その日は、随分と憂鬱な空だった。
朝の天気予報では一日晴れだと言っていたが、今の空は完全に雨が降りそうな曇り空になっていた。
「はぁ……最悪」
俺は、皆が帰りの支度をする中で、一人ポツンと机に頬杖をついていた。
どうせこの雲の量だ、今から家に帰っても濡れるだけだ。いっそこのまま、雨が止むまで学校に居ようか。なんて考えていたときだった。
「あれ? 奏多くん、まだ帰らないの?」
「ん? あぁ、羽沢か。いや、今から家に帰っても濡れるからいっその事学校で雨が止むのを待とうかと」
ドアの側から声をかけてきた人物は『羽沢つぐみ』この街の珈琲店の看板娘。
陰では大天使つぐエルなんて呼ばれてるらしい。その領域まで行くと最早神では?なんて思っては行けないらしい。
それにしても、こんな遅い時間になっても生徒会の仕事があったのだろうか?
今は17:30を過ぎる頃、そろそろ教員が巡回してくる時間になる。
俺は、それを見計らって外に出ようと思ったんだが……教員が羽沢にでも頼んだのか?
「そうなんだ……なら、止むまで家に居ない?」
「羽沢珈琲店?」
「そう……だめ、かな?」
そう言って、分かりやすくシュンとする羽沢。別に迷惑と言う訳ではない。寧ろありがたい位だ。しかし、確か今日は定休日な筈。
しかも、先程から羽沢は右手を隠してる様にも思える。怪我でもしたのだろうか?
「なぁ、羽沢」
「? どうしたの? 奏多くん」
「右手、怪我でもしたか?」
「っ!……な、なんでもないよ」
そう言って、さらに腕を隠す羽沢。
羽沢は、よく自分で悩みを抱え込んでしまうタイプだと羽沢の幼馴染4人からは聞いている。
だから、今回もなにか溜め込んでいるのではないかと心配になる。
「そうか……なら行くか」
「うん!」
その時、羽沢が浮かべていた笑顔はまるで太陽の様な笑顔だった。
それと同時に、目には光が差し込んでおらずハイライトが見えない。
その時俺は、羽沢に僅かな恐怖を感じてしまった。
羽沢の家に着くと、家の前の珈琲店のドアには「close」と看板があり休みである事は分かる。
「さ、入って」
「あ、あぁ。ありがと」
でもまぁ、ここの珈琲店の娘が言っているんだ、入っても問題ないだろ。
そんな事を思いながら、近くのイスを借りて荷物を置く。
店に着く少し前に、雨が降ってきて少し濡れてしまっている様だ。
少し悪い気もするが、タオルを借りれるか聞いてみよう。
「なぁ、羽沢……」
そう言って後ろを振り向こうとした瞬間。
バチバチバチ!!
首元から身体に電流が走り、その場に倒れ込む。打ち所が悪かったのか、どんどんと意識が遠のいて行く。
「ふふっ、やっと来てくれたね奏多くん。これでキミを……ふふっ、ふふふふふっ」
「は……ざわ……」
意識が遠のいて行く中、最後に見えたのは頬を赤らめ、目からハイライトが消えた、今までに見た事がない様な羽沢のトロンとした顔が写っていた。
****
何処からか、時計の針の音が聞こえる。
俺は、ゆっくりと思い目蓋を開け周りを確認する。
カーテンは締め切られていて、外の様子が全く分からない。だが、光が差し込んで居ない所を見ると夜の様だ。
「あ! やっと起きたんだね!」
「羽沢……なのか?」
暗闇で誰かは認識出来ないが、その声は、羽沢の声だと直ぐに分かった。
そして、先程と倒れている場所が違う事を理解する。
「まさか……ここは、羽沢の部屋?」
そうボソッと言うと、人の気配がグッとちかずく。それと同時に、部屋に明かりが灯る。
信じたくはなかった。
けれど分かっている。
やはりそこには、羽沢が居た。
「……どう言うことだ、羽沢」
「どう言う事って……それは、みんなに奏多くんを取られないためだよ?」
「みんなに……取られないため?」
「そう、わたしはずっと我慢してた。ひまりちゃんが奏多くんに抱きついた時に嫉妬に狂いそうになった時もモカちゃんと奏多くんが楽しそうに話しているのも……全部、全部我慢して来た。でも、もう我慢するのは辞めたの」
言っている意味が分からない。
いや、分かっていながら声が出ない。
抗えない。
まるで甘い角砂糖が珈琲に入った時の様に、溶け込み一つになりたいと願ってしまう俺がいる。
受け入れろ、もうダメだと言う俺がいる。
パサッ
服が落ちる音がした。
俺は、音の方を見る。
そこには、下着姿になった羽沢が居る。
「ねぇ、奏多くん……」
「………」
声が出ない、助けが呼べない。
体が動かない。
欲しい。
羽沢つぐみと言う人間を欲してしまう。
いつからなんだ?こんな感覚になるのは。
「ふふっ、奏多くんが一週間も寝てる間に一杯シちゃった♡」
「っ!」
少しずつ寄ってくる羽沢、それを拒絶出来ない俺。
……もう、考えるのは辞めよう。
「つぐみ……」
「ふふっ、奏多くん……お楽しみはここからだよ?」
そして、俺は……
****
「っ!」
バッと、勢いよく起き上がる。
そこはいつもの部屋で、俺は自分のベッドに横たわっていた。
悪い夢を見ていたのか、服が汗でビショビショになっている。
「……」
先程まで、なにか夢を見ていた気がする。
だが、思い出せない。
「はぁ……顔でも洗うか」
そう思い、俺はドアを開けようとする。
ガチャッ
ドアが開かない。
「は?」
強く押しても、引いても開く気配がない。
すると、後ろに人の気配がした。
「わたしね? 奏多くんのためなら、蘭ちゃんや巴ちゃん、ひまりちゃんにモカちゃん。幼馴染だって手にかけれる……」
「あ……あぁ……」
そこには、夢に出てきた表情とまったく同じつぐみが立っていた。
「これからもずっと一緒だよ……
それでは、またどこかで