Vtuberの中の人!@ゲーム実況編   作:茶鹿秀太

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夢は叶わないと悟ったあの日に捧ぐ

「なぁ。マジで萎えたよなさっき」

 

「それ。俺たちの方が真剣に練習してんのに何で急に後から校舎使うやつに譲歩しないといけないんだよって感じ」

 

音楽準備室で、こっそりと練習を休んでいる男子高校生が二人。

 

先ほど南森と大野にちょっかいをかけようとしていた二人だった。

 

「しかもあれだろ? 聞いたか? 軽音部のやつら言ってたんだけどよ、魚里関わってんだってよ。しかも撮影も結構ヤバいらしくてさ。なんか暴力表現とか性表現多いらしいぜ。しかも学校の住所貼り付けて、凸待ちとかするってよ。それ聞いた生徒指導の先生マジぶちぎれてた。魚里が大野君騙したことに一番怒ってたけど」

 

「マジかよ、あーでも最近アイツらマジはしゃいでるよな。大野君騙してるとかいう噂もあるしなぁ。ってか、嘘だとしてもさ。なんで本気じゃないやつが学校使ってんだか。動画投稿なんて遊びの延長だろって」

 

「はは、違いねぇ。俺たちも次は地区大会ゴールド目指さんと……、ん?」

 

何か聞こえた男子高生が音楽準備室から外の扉を開こうとする。

 

「ん、どした?」

 

「いや……なんかドタバタしてね? こう、めちゃくちゃ廊下でもランニングしてるみたいな」

 

「は? サッカー部か? え、今日練習予定合ったっけ」

 

「いやないはずだけど……」

 

扉を開ける。

 

……何かが階段から迫ってきているような錯覚を覚える。

 

音楽室は3Fにある。……そう、PC室と同じフロアだ。

 

「んー……なんだ?」

 

「なんか、足音? が……すっごい」

 

バタバタ、とか。

 

ドスドス、とか。

 

簡単に説明できない。

 

だが、二人は何となく聞いたことがあるような足音。

 

「あぁ、なんかクラスの男子集めて鬼ごっこしてるみたいな」

 

廊下に出て、階段の様子を見る。

 

「「んー……?」」

 

音が、廊下に響き渡る。

 

まるで何かから逃げ出しているのか。あるいは追いかけているのか。

 

「なんか声聞こえね?」

 

「あー。ってか、なんだ、なんかやばくね?」

 

そこで、男子生徒は気が付く。

 

そういえば、音楽室の目の前にある階段の隅に、通行人の邪魔にならないように……。

 

絵の貼られたドミノがあったな、と。

 

カタン、パタパタパタ。

 

見えないが、階段の折り返しのドミノが倒れていく音が聞こえる。

 

おそらく正面から見れば、ある少女が走っている絵が、パラパラ漫画のように流れているように見えるだろう。

 

その少女を先頭に……。

 

同時に、まるで巨大な生命体が迫りくるような錯覚。

 

「「ぁ、ぁぁ……っ、ぁああっ!?!?」」

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!!!

 

「「うわあああああああああああああああああああ!?!?」」

 

二人が顔を合わせて音楽準備室に飛びのいた。

 

なにせ、巨大な人の流れが、二人に向かって全力疾走してきたから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走れぇえええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

繭崎が吠える。

 

カメラを持った放送部員と、サポートの一人がドミノを必死に追いかける。

 

「ヤバいって!! これ本気でヤバいやつだって!! 止めなくていい? 止めなくていいの!?」

 

「もうやぶれかぶれだって!!! わけわかんない!!! でも、南森ちゃんがあんなに頑張ってたのに、ここで無駄になんて私出来ないよぉ!!! もう、なんであのババア教師に追われないと……ひぃっ!?」

 

ドミノの加速とともに、後ろから生徒指導の教師が迫りくる!

 

「お前らぁああああ!!!! 絶対許さないからな!!!! 早く止めろ!!!! 退学にすんぞおらぁああ!!!!」

 

「「ぎゃああああああああああああああ!!!?」」

 

「ブロック!!」

 

「ぐわっ!?」

 

繭崎が肉壁になって女教師と衝突する。

 

しかし、体重差によって繭崎の方が吹っ飛ぶ。

 

二人が止まった瞬間に、魚里に恨みを抱えたバンドメンバーがすり抜けるように追いかける。

 

「くそ!! 絶対邪魔してやる!!! あのカメラ奪うぞ!!!」

 

「「おうっっっ!!!」」

 

「させるかぁああああああああああ!!!!」

 

魚里と大野がバンドメンバーにタックルする。

 

倒れたところを魚里がバンドのボーカルの首を背中から絞めた。

 

「このぉ、パチこいて調子こきやがって!!! 絶対成功させたるわ!!」

 

「ごふっ!? ふ、ざけんな……俺たちの邪魔したやつがぁ……自分の時だけぇ!!!!」

 

「ごめんなさい!」

 

「ぐえっ!?」

 

ボーカルの後頭部が踏みつけられる。

 

南森がカメラを追いかけて全力で走る。

 

「私の夢は、もう私だけの夢じゃない……ッッッ!? サーシャさんもぉ、くまこちゃんも、大野君も、みんなが、みんなが協力してくれた作品をっ、邪魔させない……っ!」

 

「「アタック!!」」

 

「きゃんっ!?」

 

後ろからバンドのベースとドラムが南森を押しのけて加速していく。

 

カメラを持った放送部員がPC室に入る。

 

「やばいやばいやばい、ここでサビなんだって、時間、時間はやく、はやくぅ!!!」

 

「「いたぞおらぁああああああああああ!!!!」

 

「ぎゃあああああああああああああ!!? 放送部 is Deadぉおお!!」

 

「このぉ!!」

 

「「ぐわっ!!」」

 

サポートの女の子が決死の体当たりで食い止める。

 

「「くっ、邪魔するな!!!」

 

「あっちょっと邪魔ぎゃあああああああああああ!?」

 

「「ぐえっ!!?」」

 

追いついた魚里が勢いを止められず三人の取っ組み合いに突っ込んでまとめて倒してしまう。

 

「「くそ、邪魔しやがって!!!」」

 

「うわあああああなんでそこにぎゃあああああああああ!!!?」

 

「「ぐえっ!!?」」

 

大野や他の放送部員が四人の山に巻き込まれ全員上に乗るように積み重なる。

 

「ぐわっ!? パワー型女教師!!」

 

「邪魔よ!! カメラはどこ……っ、てぎゃああああああ!!!?」

 

「「「「「ぐえっ!!?」」」」」

 

繭崎、サーシャ、女性教員、放送部顧問も巻き込まれてPC室の出入り口がふさがれた。

 

 

 

 

 

 

カメラマンの少年は、ひたすら撮り続ける。

 

PC室に入った瞬間、同時にタイマーで設定した動画がPC全てに流れ出す。

 

サビでは、最初にパラパラ漫画風の動画でアイドルステップをする少女がいる。

 

画面が真っ暗になったと思えば、次はPC室のホワイトボードにプロジェクターにダンスが映し出される。

 

大野が、命を込めて考えたダンスを、白銀くじらが踊る。

 

激しさもあって、かっこよくて。

 

みんなが真似したくなる、そんなダンス!

 

「……不謹慎かもしれないけれど」

 

少年は目を輝かせて呟いた。

 

「すごいや、本当に、すごい……!」

 

そして再び、ドミノがPC室の反対側の出口から出るように倒れ始める。

 

「よ、よし! PC室終わった!! ドミノ追いかけ……うわぁあああああああ!!!」

 

「「「「待てぇええええええええええええ!!!!!」」」」

 

「「「「追ええええええええええええええ!!!!!」」」」

 

カメラマンの生徒だけ全員に追われるという恐怖に、思わずカメラが手から滑る。

 

「し、しまったぁあ!!?」

 

「うおおおおおおおお!!!!」

 

ここぞとばかりに女性教員が飛び込むようにカメラをキャッチしようとする。

 

「「させない(ません)!!!」」

 

「ぐぎゃっ!!!」

 

女性教員の足を南森と魚里が飛び込んだ瞬間に引っ張る。

 

人の隙間から、一気に掻い潜ってカメラをキャッチしたのは、大野だ。

 

「こ、こんなところにサッカー部としての経験が生きるなんて」

 

「「「「待ちやがれぇええええええええええ!!!!」」」」

 

「う、うわああああ!!!???」

 

全力で大野は走り抜けようとした。

 

しかし、しかしだ。大野はそこで気が付いた。

 

「ど、ドミノのスピードに合わせないといけないのかこれぇ!!!」

 

「「「放送部!! スクラム組めぇええ!!!」」」

 

「「「「ぐわっ!?!?」」」」

 

放送部が大野の前に集合し、妨害する四人組をスクラムを組んで防ごうとする。

 

しかし、普段運動のかけらもしていない放送部員のスクラムは物の数秒で崩れ去った。

 

「ギャー! ちょっと弾幕薄いよ!! なにやってんの!!」

 

「だって待機列だってこんなモッシュしないですもん!!!!」

 

放送部、壊滅状態。

 

女性教師がヒステリックに絶叫する。

 

「もうヤケよ!! ここまで来たら絶対止めてやる、例え、たとえ大野君がどうなってもね!!!」

 

「ひぃいぃいいいい!!!?」

 

初めて大野は女性に恐怖を覚えた。

 

学校に行けば一年生の期待の星。イケメン、王子様といった形容詞がつけられる生徒も、狂乱状態のこの場では形無しだった。

 

「でも、このままいけばなんとか!」

 

「そぉい!!!!!」

 

「ぐわっ!!!?」

 

大野の足を横からスライディングで転ばせたのは、回り込んで先回りしたバンドのボーカルだ。

 

「あぁ! カメラが!!」

 

再びカメラが宙を舞う。

 

奇跡的に、カメラはドミノしか映していない。

 

「うおおおおおおおお!!!!」

 

ここぞとばかりに女性教員が飛び込むようにカメラをキャッチしようとする。

 

「「させない(ません)!!!」」

 

「ぐぎゃっ!!!」

 

女性教員の足を南森と魚里が飛び込んだ瞬間に引っ張る。

 

「えっ、ちょ!? きゃっ!?」

 

たまたま回り込んでカメラをキャッチしてしまったのは、サーシャだ。

 

「サーシャさん走って!」

 

南森が叫ぶ。

 

「分かったわ!! ……ぎゃん!!?」

 

サーシャが突然膝から崩れ落ち、右足のふくらはぎを抑える。

 

「いだいいだいいだい……ちゅった、ちゅった……(訳:攣った、攣った)」

 

「ば、馬鹿野郎!」

 

繭崎がカメラを奪い取って再び走り始める。

 

「……!? い、いかん!!! メーデー、メーデー!!!」

 

繭崎が叫ぶ。

 

時間はもう日曜の昼。

 

吹奏楽部が練習を終え下校準備中だったのだ。

 

「ど、どいてくれ! どいてくれぇええ!!!」

 

「「「「「きゃ、きゃああああああああああああ!?!?」」」」」

 

必死に走る繭崎の顔を見て、後ろに追いかけてくる魑魅魍魎共を見て、吹奏楽部員が絶叫する。

 

繭崎は必死にかわしていくが、後ろでは大野が集団に圧されて倒れてしまう。

 

「ぐわっ! いてて……。ん?」

 

大野が目を開けると、真っ黒な景色が広がる。

 

目を凝らしてよく見てみれば。

 

吹奏楽部部長の黒スパッツを仰ぎ見る形で、倒れてしまったのだ。

 

しかも丁寧に、部長の足の間に頭をすっぽりと入れる形で。

 

「……」

 

「……」

 

「ご、ごめっ」

 

「ちっ……」

 

舌打ちを全員に聞こえるように打って、大野の頭を足で小突いた。

 

大野は涙を流して謝罪を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ、こんなてんやわんやじゃ……ん……?」

 

繭崎は走りながら、生放送の様子をチェックするためにスマホで逐次確認をしようとしていた。

 

つまり今、生放送の画面が繭崎のスマホに流れているのだ。

 

「――、なんで」

 

繭崎が叫ぶ。

 

「南森ぃいいいいいいいい!!!!!!」

 

「繭崎さん!?」

 

いち早く集団から抜け出して繭崎の隣で走る南森。

 

「1000、1000なんだ!!」

 

「な、なにがですか!!」

 

「同時視聴者数が、1000を超えてるんだよ!!!」

 

「!? な、何でですか!? そ、そんなに注目が!?」

 

南森が動揺している中で、繭崎の口角が上がっていく。

 

「分からない、だが、……!? 今コメント流れた、なんだ、Vtuber? どこかのVtuberがこの放送の宣伝をしてくれてるのか? 分からないが、そのVtuberがURLを拡散している!!」

 

「いったい誰が!?」

 

「名前は……ネル!! Vtuberネルだ!!!」

 

「っっっっ!?」

 

息を呑む。あの、ネルが。Vtuberネルが、宣伝をしてくれているというのだ。

 

繭崎が、ネルの宣伝する際の文面を読み上げる。

 

『私の、大切な友達が頑張ってるんだぁ。お願い、応援してあげて。良い子だから、みんなきっと好きになる。白銀くじらを、よろしくね』

 

南森は、正面を見る。

 

ドミノ倒しになりながら、走り続ける少女がいる。

 

白銀くじらが、自分の前を走っている。

 

「っ、絶対、絶対成功させますからぁ!!!」

 

涙をこぼしながら走る。

 

「2サビ、1Fの廊下一周、ひたすら走る! ドミノが倒れて、ずっとアイドルステップを踏んでるように見える。んで、美術室飛び込んで、テレビに映像が映る!! 大野のダンスを映して、最後は体育館へ!!!」

 

一階に向かって走る二人。

 

繭崎が確認するように動画の内容を伝言する。

 

「一緒に行くぞ!!」

 

「はいっ!!!!」

 

二人が全力で一階に降りて、そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がしゃぁあああああああん!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ」

 

廊下に、木が崩れる音が聞こえた。

 

体育館へ渡る廊下。

 

嫌な予感がした。

 

南森が、吐き気を催しながら確認しに行く。

 

「ぁ、ぁああ!?」

 

そうだ。この企画は、ドミノ倒し。

 

ドミノが崩されてしまったら、もう撮影できないんだ。

 

そう思って、今見ている光景を茫然と眺めていた。

 

「ぁ、ぁあ」

 

悲鳴を上げたのは、南森じゃない。

 

声を出したのは……大野の取り巻きの女子だった。

 

「ぁ、ぁの……ごめ、そ、そんなつもりじゃなくて……ゃ、ごめん、ごめんなさい……っっ! ごめんなさぃ……」

 

「ごめん!! ウチら様子見に来ただけで、その、わざとじゃ……」

 

「―――っ、直すの手伝って、早く!!!!」

 

南森が大声で繭崎を呼びかける。

 

「繭崎さぁん!!!!!!」

 

「くっ、こっちは任せろ、だからそっちは早く!!!」

 

「はい!!!!!」

 

崩れたドミノを必死にかき集めて、一個ずつ並べていく。

 

取り巻きの女子も最初は茫然としていたが、慌てながらドミノを置いていく。

 

「何秒……あと何秒……1分無い……1分無いのに……っ」

 

「えっと、えっとぉ……」

 

「順番違います!!!」

 

「ひぃ、ごめん、ごめん……」

 

「やだ、やだ、こんなところで、こんなところで終わって……終わったら……」

 

「……あんた……なんでそこまで……」

 

南森の必死の形相に、取り巻きの一人が呆気にとられる。

 

「南森さん!!!」

 

大野と魚里が到着して、状況を理解したのか、急いでドミノを直す。

 

「くそ、間に合う、間に合う!」

 

「大丈夫、大丈夫だって!!!」

 

大野も、魚里も必死にベストを尽くそうとしていた。

 

急に、血の気が引いた。

 

「よぉ……楽しそうだなぁ、積み木崩し」

 

反応できたのが、南森だけだった。

 

バンドのボーカルが、衝動的にドミノに向かって蹴りぬこうとした。

 

その蹴りを、南森が反射的に飛び込んで受けようとしてしまった。

 

「っ!?」

 

そこまでするつもりはなかったと言わんばかりに、驚く男だったが、足は既に、振り抜かれようとしていた。

 

「ひっ……、……、……?」

 

ゆっくり、南森が目を開けると、一人の大人が立っていた。

 

彼は、生徒の足をタイミングよく抑えつけていた。

 

「何をしている?」

 

「……こ、教頭先生……、なんで……」

 

ボーカルの男が茫然とした顔で、教頭の顔を見つめる。

 

「撮影を止めなさいっ!!! 止めな……っ、教頭先生!? 何故ここに!?」

 

「何故? 放送部の活動を妨害する輩がいると、通報を受けたものでね」

 

南森の頭に浮かんだのは、放送部の若手教師だ。

 

彼の姿を途中から見なくなった。そうだ、きっと、彼が職員室にSOSを求めたのではないか。

 

そうか、日曜日に学校のカギを開けているのは教頭先生だったのかと、南森は頭の隅で考えた。

 

「こ、この撮影は生徒の魚里が不純にも学校の品位を下げるとの話があり!!」

 

「馬鹿者っっっ!!! 管理職を通した話だぞ。そのような不純な企画であれば私に話が来た時点で止めている!!! 」

 

「で、ですが生徒からも情報が!!」

 

「その生徒は、女子を蹴り飛ばそうとするこの生徒のことか!! 何が正しいか、冷静になれば判別つくと思うがどうかね!?」

 

「ぐ、ぅぅ!?」

 

大人同士の会話が繰り広げられている間、ドミノを並び終えた魚里が、泣きながら訴えた。

 

「た、たり、たりない、足りないって!!!! 一凛ちゃんっ、三つ、三つ連続したやつが足りないよぉ!!!!」

 

「っ!?」

 

「南森ぃいい!!! あと30秒でそっちに行く!!!」

 

「ぁ、ぁあ!!?」

 

南森が現実に戻ってきたように叫ぶ。

 

「探して!!! あと三つ、あと三つなんです!!!!」

 

「分かった!!!」「い、急がないと!!!」

 

大野と魚里が周囲を探す。近くにあるはずだと、隙間もくまなく探す。

 

「ない、ないぞ!?」

「なんで、もう時間が!」

 

「あと20秒ぅううううううううううううう!!!!!!」

 

繭崎の叫びに合わせて、階段から必死の形相で放送部員と、吹奏楽部員が降りてくる。

 

「なになに」

「何があったの?あと何秒とかって」

「ドミノ足りないってマジ?」

 

カメラを握っていた、カメラマンの生徒が絶叫した。

 

「放送部ぅううう!!! 今ここでドミノ見つけないと一生の恥だぞおおおおおお!!! 探せぇええええええ!!!」

 

「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」

 

放送部が、汗をまき散らしながら周囲をバタバタと探し始める。

 

吹奏楽部には理解できない光景だった。

 

だが。一人だけ……南森の気持ちをなんとなく理解できた人がいた。

 

吹奏楽部の部長だ。

 

(なんか、似てる。全国行きたくて必死になってる私たちみたいな表情。学校使って頑張るって、なんか、分かんないけど。あんま仲良くないし、何してるか分からないけれど)

 

部長は足元を見る。ドミノに描かれた絵が、彼女たちの努力を物語っているような気がして。

 

(私たちと違うやり方で、頑張ってるんだ。……関係ないけれど、少しくらい手伝っても、ばちは当たらないよね)

 

「……はぁ。吹部ぅ!!! ちょっと周囲確認、ドミノ見つけ次第報告っっ!!!!」

 

「「「「「「「……はいっっっ!!!!」」」」」」」」

 

 

吹奏楽部の中にいる、男子二人が、放送部と南森たちの必死の形相を見て、動揺する。

 

「なんだよこいつら……なんで」

 

「何でこんな必死こいて……馬鹿じゃないかよ……」

 

だが、何故か。

 

今、何かしないといけないと、心が叫んでいるような気がした。

 

今まで、こっそりさぼっていた自分が恥ずかしくなるような、そんな全力を目の当たりにして、何かしないと自分たちが馬鹿に見えてしまう。

 

心の中に言い訳ばかりしていた二人が、地面を這った。

 

「「くそ、手伝ってやらぁ!!!」」

 

 

大野の取り巻きの女子二人も、絶望しながらドミノを探す。

 

「ぅぅ、ないよぉ、ウチのせいで……ウチが……ひっく……ウチがぁ……」

 

「馬鹿、探す手止めないの!! あんた、ここで見つけれなかったら……大野君、いや、南森ちゃんに顔向けできないよ!!! 乙女は根性!!」

 

「ひっぐ、ごめんなさい……ごめんなさぁい……」

 

「くっそ、マジで見つかんないし!!!!」

 

 

 

 

「どこどこ!!?」「見つからない!!」

「ホントにここにあるの!?」

「分かんない、でも見つけないと!!」

「まだ終わらないぞ、終わらせないぞ!!」

「絶対あるから!!」「ない、ないよ!」

「後、あと何秒!?」「分かんないぃ!!」

「探せって!!」「馬鹿そこさっき探した!!」

「くそ、どこだよ」

「やばいやばいやばい!」

「おーいドミノ―!!」「なになになに!?」

 

 

 

 

「後、10秒ぅううううう!!! くそぉおおおおお!!! 退いてくれぇええ!!!」

 

繭崎が、廊下を一直線に走る。

 

放送部のだれかが、ぼそっと呟いた。

 

「……終わった」

 

その声をきっかけに、全員が繭崎から退けるように端に移動する。

 

「くそ、くそぉおお!!!」

 

大野が最後まで諦めないで動こうとする。

 

「なんで、最後の最後でぇ……」

 

魚里がへなへなと壁伝いに倒れる。

 

「……ぅぅ、ぅぅぅ……」

 

南森の悔し涙がぼろぼろと廊下に落ちていく。

 

何がダメだったのか分からない。

 

何でこうなったのか全く分からない。

 

だが、もしや。

 

もしや……世界が自分をVtuberにするのを諦めさせようとしているようではないか。

 

事故に遭ったり、MVを作れと言われたり、期限が1週間になったり。

 

自分は、なるべきではなかったのではないか。

 

あの日、あの時憧れなければ良かったのではないか。

 

Vtuberなんか、なるべきじゃ……。

 

「……ぇ……」

 

南森は、涙をこぼしながらそれを見た。

 

気付かなかった。

 

目の前に差し出された、三つのドミノがあった。

 

誰も、気にしてなかったのだ。

 

誰も見てなかったのだ。

 

ただ、彼女は玄関から体育館の方にドミノが伸びていたから見に行っただけなのだ。

 

何気なく、それこそ大野の取り巻きの女子たちと同じように、学校には行っただけだ。

 

 

理由は、誘われたから。それ以上でも以下でもなく――。

 

 

 

 

 

「……キチャッタ」

 

「えっ」

 

たった一言、たった一言で目の前の少女がだれか理解できた。

 

深くフードを被った少女は、南森とだけ目線が合う。

 

「……ハヤク、トッテ」

 

「う、うん!!」

 

ドミノを三つ、空いた場所に並べる。

 

繭崎が、「っ、しゃああ!!!」と狂喜して体育館に駆け込んだ。

 

「ど、どうして……」

 

「な、ナンカ、学校、来たくなかったけど……。来てみて、ヤッパ学校最悪だなって、ウン。ドミノ、たまたま足元にアッテ……。迷惑ダッタカモ? デモ、……見に来てって、言ってくれたから……」

 

「ね……っ、寝(ねる)ちゃぁああああああん!! うわあああああああああん!!!」

 

「ヒグゥッ、イタイ、イタイ、ミンナミテル!」

 

南森は君島を強く抱きしめる。

 

おそらく、誰も彼女のことを知らない。学校の生徒だけれど、知っているのはおそらく教頭だけだろう。

 

それでも、南森は彼女のことを知っている。

 

知っているから、強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

体育館に駆け込んだ繭崎。

 

会場は真っ暗だったが、繭崎が入るのと同時に、体育館正面に、映像が流れる。

 

少しだけ見せて、おそらく生放送を見ている人には、別の映像が流れる。

 

学校の映像を使うのはここまで。

 

残りは、『白銀 くじら』が正面カメラに向かって踊っている動画が、ラストに流れているだろう。

 

「はぁ、はぁ……終わった……、どうだ。どうだった?」

 

繭崎の手がもつれて、スマホを落とす。

 

スマホを取ったのは、体育館で座り込んでストレッチをしていたサーシャだった。

 

「……そこにいたのか。ギブアップした人がゴールにいるって……マラソンかよ」

 

「……ねぇ、繭崎」

 

「はぁ、はぁ、なんだよ……」

 

息絶え絶えで聞き返す繭崎を見ずに、スクリーンに映される『白銀 くじら』のダンスを、じっと、ただじっとサーシャは見つめていた。

 

「これ、私が作ったの」

 

そしてサーシャはぽろぽろと、こらえきれなくなったように涙をこぼした。

 

「私が、描いたの……。私が、作ったの……」

 

「……あぁ」

 

「私の作品が、踊ってるの。……歌ってるの」

 

「……あぁ」

 

繭崎は汗を拭きだしながら床に座り込んだ。

 

「はぁー……良かったなぁ……。あぁ、そういやアニメって、大学の時のお前の夢だっけ」

 

サーシャは、目をこすりながら、うんうんと頷いた。

 

「夢、叶えてもらったの……」

 

白銀くじらが踊りを止めて、一礼する。

 

そして、曲のロゴ『Swimmy』が表示される。

 

「はっはっは。ホント、馬鹿だな俺たち。何やってんだか!」

 

繭崎の笑いにつられるように、サーシャは嗚咽を隠すように笑った。

 

サーシャの脳裏には、才能がないことを嘆いた大学時代の自分がいた。

 

今の自分が、かつての自分に声をかける姿を、少しだけ想像した。

 

きっと今の自分なら、こう声をかけるだろう。

 

大丈夫。続けていれば、きっと夢は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、一つの噂がネットに流れた。

 

それは、生放送一発撮りで、MVを作ったVtuberがいるという噂だ。

 

その噂を聞いて、Youtubeには新人Vtuberをチェックする人々が集まった。

 

この鮮烈なデビューに、ネットでは意見が分かれた。

 

「こんなんすげぇじゃん」

「やろうと思ったことがすごいわ」

「曲結構よくね?」「ダンスも見たことあるこれ! かっこいい!」

「絵もモデルも一級品じゃん」

 

肯定的な意見と。

 

「バーチャルにリアル持ち込むなよ」

「学校で撮影は草。特定班はよ」

「MVにしちゃクオリティ低いんじゃね? ほら、ここ映像浮いちゃってるし」

「一発ネタっしょ?」

 

否定的な意見。

 

 

しかし、両方とも、新人Vtuberに対する反応としては大きく。

 

繭崎が最後に見た画面には、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

同時視聴者数 1650人

 

再生回数 1万

 

高評価 230

 

 

 

新人Vtuberとしては破格の数字をもって。

 

『白銀 くじら』はデビューした。

 




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