Vtuberの中の人!@ゲーム実況編   作:茶鹿秀太

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新しい出会い、です!

白銀くじらの初ライブは、大きな反響があった。

 

今勢いのある若手として、知る人ぞ知るVtuber紹介記事で紹介されたり、ツイッターのフォロー通知が鳴り止まなくなったりしたのだ。

 

おかげで南森と繭崎は嬉しい悲鳴を上げて、次の動画にチャレンジしていた。

 

その折を見て、とある日本のゲーム会社がDMで声をかけてきたのであった。

 

「Vtuber限定の、新作バトロワFPSの大会ですか……?」

 

繭崎がゲーム会社に出向き話を聞いた。

 

「えぇ、今ウチで新作のバトロワFPSを出すんですが、ぜひ御社のバーチャルタレントに大会に参加してほしいと考えまして」

 

ゲーム会社の営業部の男性が熱をもって交渉する。

 

「しかし……Vtuberのゲーム大会を会社が主催とは珍しいですね……」

 

「えぇまぁ。やはり韓国発のゲームである『PUBG』や、アメリカの『Apex Legends』『VALORANT』を見ても、Vtuberそのものが主催する大会はあれどゲーム会社側公式で声掛けするのは、日本だとまぁまぁ珍しいですね。中国発の『荒野行動』やらスマホ母体の方が若者の人気が大きいんですけど、まぁウチはPCとコンシューマーで展開してますから、埋もれないように営業で差別化したいなと」

 

「何故日本だと珍しいんですかね。中国展開の大きいゲーム会社さんですとVtuberに声掛けする場面をよく見ます」

 

「まぁ間違いなく『bilibili動画』の影響でしょうね。中国でも日本のVtuberは人気ですから、出るだけで非常にリターンの大きい広告効果が得られます。日本だと……まぁ。その。……誰にも言いません?」

 

「言いません言いません」

 

「リスクの方が大きいって見てるんですよね正直。ちょっとしたことでも炎上する界隈ですし、すぐ炎上するタレントを使うのって怖くありません? 日本は特に坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの思想が顕著と言いますか……。日本のゲーム会社って先進的に見られがちですけど、ゲームに対する投資事業なので、経営方針的には保守的にならざるを得ないというか。お金を出して明確にリターンが期待できる環境かと言われたら、まだ未整備で、未発達な業界でしょうね。Vtuberという小さな芸能界は」

 

「なるほど……。これからのVtuber運営会社の未来のために私どもも尽力しますので応援よろしくお願いします。……ところで、なぜそのリスクを背負ってVtuberを使うのです?」

 

肩をすくめて営業が苦笑いをした。

 

「ウチのプロデューサーとディレクター、Vtuberオタクなんですよ。命かけて社長にも企画書通しちゃったんです。」

 

「あぁなるほど」

 

あるある、と言わんばかりに手を打って繭崎は笑った。

 

「ウチの白銀くじらでよろしければ、ぜひお願いいたします」

 

「ありがとうございます。では案件報酬としてウンヌンカンヌン」

 

大人たちの話し合いは進んでいって、南森の次の目標は、なんとゲーム大会となった。

 

しかし南森にとっての悲劇は、そのゲーム大会には参加要項があったことだろう。

 

【参加要項】

p3

 

発売日から最低30分の生放送でゲーム実況を行い宣伝する(2週間程度)。

大会は1か月後。

メンバーは3名。なおメンバーは運営の方で設定します。

今回案件以外のメンバーは公募によって集める。こちらで集めた人間が42名。公募18名による60名で大会を実施。

 

ゲーム実況を、生放送で。

――繭崎は、不慮のドジを踏んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……緊張するなぁ」

 

吉祥寺駅を降りて、井の頭公園のベンチに座ってぼーっとする南森。

 

アイギス・レオ「ギリー」こと不動瀬都那の電話を受けて2日後の話だ。

 

アイギス・レオの事務所、岩波芸能社に呼ばれた南森。本来であれば繭崎も参加すべきだが、……不動に止められた。

 

「多分二人とも出禁食らってるぜ。佐藤さんもそう言ってる。まぁ顔合わせだけだし、事務所前で集合してどっかで合流でもいいぜ」

 

しかし、南森はあろうことかそれを拒否してしまった。繭崎はあきれた様子で頭を抱えていた。魂胆が分かっているからだ。

 

南森一凛、彼女は素直に、アイギス・レオの事務所だからという理由でちょっとだけでも雰囲気を味わいたかったのだ。

 

かつて、オーディションが落ちた場所だとしても。

 

かつて、交通事故によって意識不明になった過去があったとしても。

 

ただのオタクとしてちょっと見たかったのだ。聖地巡礼というやつだ。

 

「……ふふふ、ギリーさんともちょこっと仲良くなれて嬉しいなー。あ、そうそう」

 

カバンからファイルを取り出し、資料を読む。アイギス・レオの資料だ。

 

そこに記載されているアイギス・レオの【ゲーム担当 イブニング】についての。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーん! たくさん来ちゃったよー!? ど、どうしよ~!? え、えい! えい! あ、やった! 一人吹っ飛んだ!」

 

最初に声を聴いた感想は、万人が「かわいい」とため息が出るほどだ。

 

「わー、味方さんありがとうございますー! すごーいエイムぴったりー! え、弾薬くれるんですか!? もしや……わーリスナーさんだったー! 奇跡―! ありがとうございますー!」

 

ピンク色のツインテールを揺らして、魔法少女のような装い、フリルの多い衣装で。胸元はハートのマークを付けて谷間を隠すように。あざとくて、天然で、どこか愛せるゲームストリーマー。

 

「いやー! また負けちゃったー」

 

ゲームはちょっぴり下手だけど、ゲームが大好きなVtuber。それがイブニングだ。

 

ファンからの愛称は、イブたそ。

 

ファンマークは♡と魔法のステッキ、そして兎だ。

 

何故兎がファンマークになったかというと。

 

「えーだって。兎さんって寂しいと死んじゃうんだよ……? 寂しいと死んじゃうなんてかわいいね。あ、違う、かわいそうだよね。うん、ごめん本当にごめん本当に言い間違えちゃった。本当に。ごめん。かわいそうだよねー。ごめんってみんな! リスナーのみんな待って! 拡散しないで! お願い! いやー! 私またやらかしちゃいましたー!!!」

 

生放送で失言したことが原因である。以後、彼女のキャラは完全に定着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな人と……ゲーム大会……ごくり」

 

完全にファン目線で緊張で心臓が破裂しそうになっている南森。

 

哀れかな。

 

自分の生放送での課題をクリアすることを完全に忘れ、一緒に彼女とゲームをプレイしたらどうなっちゃうんだろうという思考以外そんざいしなかった。

 

 

「くじらちゃーん!一緒にマップ移動しよー!」「くじらちゃーん!敵きちゃったよー!」「くじらちゃーん!さっきはありがとー!回復してあげるねー!痛いの痛いの~とんでけ~!」「くじらちゃーん!頼りになるなぁくじらちゃん!」「くじらちゃーん!」

 

「ほわぁ……ほわぁ……っ!」

 

一般ファンが限界化していた。

 

「はっ、いけないいけない。えーっと、あと1時間くらいか。ふぅ。ちょっと休んで、事務所に向かわないと……」

 

感情を抑えるように、公園内を流れる川を見つめる。

 

4月になり、ボートに乗って川を渡る人も増えた。

 

桜はほどほどに咲いていて、桜を見に多くの人が来ていたし、写真を撮る人も中には多かった。

 

かしゃり、かしゃりと。

 

「もうシーズンかぁ。……?」

 

偶然、視界の端に何か妙な動きをしている人が見えた。

 

マスクをつけて、震えるように立ち止まっている……女性だ。

 

沢山の人通りのある中で、突然その人が動きを止めて、周りの人は迷惑そうに彼女を見ていた。

 

かしゃり、かしゃり。音が聞こえる。

 

どさっ。

 

「えっ」

 

先ほど立ち止まっていた女性が、……膝から崩れ落ちた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

周りは視線だけを向けて動かない。

 

その時動けたのは、南森だけだった。

 

「ど、どうしよう、あの、あ、寒いですか? 水辺だから……あの、大丈夫ですか?」

 

緊張して口が上手く回らない。

 

「っ、はぁっ、っく、はぁっ、はぁっ、っ」

 

「か、過呼吸……。えっと、あの、こっち!」

 

南森は手を引っ張って、今さっきまで座っていたベンチに女性を座らせる。

 

そして背中をさすって、「大丈夫ですか? 落ち着いて……」と声をかけ続けた。

 

女性は涙をこぼしながら、口元を抑えている。

 

ロングコートにパーカーを着て、小さな猫の形をしたのネックレスを身に着ける彼女は、南森が考えられないほど、細く、震えていた。

 

綺麗なボブカットの黒髪の彼女を見て、(芸能人みたい……)とこっそりため息が出るほどきれいな人が、ボロボロと涙を流す姿は、少し怖かった。

 

だが、彼女の胸の色は、暗く深い青で満たされていて、悲しさと不安を感じてしまった。

 

だから、見捨てておけなかった……。

 

 

 

 

 

 

女性が落ち着いたのは、それから15分が経過した当たりだった。

 

「……ゴメンナサイ、急に、取り乱してしまって……」

 

「いえ、……良かったです、落ち着きましたか? お水、よかったらこれ、飲んでください。……口はつけてないですから」

 

「……、ありがとう」

 

小さく口を開けて水を飲む彼女を見て、南森は見惚れてしまった。

 

「……きれい……」

 

「……、そんなこと、ないよ」

 

声が聞こえてしまったようで、小さい声で否定されてしまう。

 

「ご、ごめんなさい、その……すいません」

 

先ほどまで泣いていた彼女は目も腫れていて、そんなことを言うべきではなかったと反省する。

 

「……あの、ゴメンナサイ。カメラのシャッター音を聞くと、体が震えて。……最近は、あまり外に出ることもなかったから、油断しちゃったの」

 

クールな顔つきな彼女は、瞳を少し濡らしながら、真っ赤な顔で年下の少女に頭を下げる。

 

「そうだったんですか……。……あの、こう言ってしまうと失礼かもしれないんですけど、芸能人の方ですか? その、……ごめんなさい」

 

「いいの。……芸能人、ではないかな? …………、ゲーム」

 

「え?」

 

「ゲーム、に関する仕事」

 

「す、すごい!」

 

思わず南森が手を鳴らす。

 

「その、作る側ですか!? 実況とか、プレイの方ですか!? あ、ゲームセンターですか!? 広報とか事務とかもあるのかな? も、もしや人事!?」

 

「そ、そこまで食いつかれるとは思わなかった……。あれ、ゲーム関係の職業って、まだなりたい職業ランキング入ってたのかな……? うーん……。それは……。ナイショ」

 

「ほわぁ」

 

目の前にゲームに関わる仕事をしている大人の女性がいる。それだけで、南森にとっては尊敬の対象だった。

 

(あ、そういえば)

 

ふと、岩波芸能事務所を思い起こす。

 

(もしかして……。彼女が、アイギス・レオの【ゲーム担当】イブニングちゃんだったり……?)

 

ふと、人生最初に見たアイギス・レオのライブを思い出す。

 

あの夜空のようにキラキラと輝いていた美しい心象風景。

 

かつて不動 瀬都那の心と同じような、夜空であれば……。

 

しかし、目の前の女性の心は深い悲しみの暗い青しか残っていない。

 

(……違う、よね? 多分)

 

毎回都合よくアイギス・レオの関係者と出会うわけがないと、南森は自分のミーハーな思考に呆れた。

 

「あの、連絡先、交換しませんか?」

 

「え?」

 

女性が少し震える手を抑えながら、上目で南森に言葉をつなげる。

 

「その……。お礼、させてください。……お願いします」

 

「あ、その……はい。ラインで、いいですか?」

 

「……うん。ありがとう」

 

薄く、儚げな様子で彼女は笑った。

 

「私の名前は……、逸舗 瀬良(いつみせ せら)」

 

「逸舗さんですね! 私の名前は……」

 

ここで、南森について書かなければいけない。

 

彼女は完全にこの後はアイギス・レオの事務所に行き、イブニングとギリーに会うつもりでここに来ていた。

 

それから彼女は生放送用に自己紹介の練習を無限に練習していた。

 

彼女の自己紹介は大体こんな始まりである。

 

「私の名前は、白銀くじらです!」

 

「えっ」

 

「えっ。…………。あ。ほ、ほわー!?」

 

勝手にテンパってしまう少女に、逸舗は微笑んだ。

 

「……そっか。貴方が」

 

「ほわー!? ほわ、ほわ?」

 

「……ごめん、ね。ちょっと、不動さんに電話してもらっても、いい? 遅れるって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって、イラストレーター 三浦 サーシャの家に一人の少年がやってきた。

 

「……で?」

 

目を瞑ってほほ笑む一人の女性、サーシャがソファに座っている。

 

淹れたコーヒーは沸騰せんとばかりに湯気が立っていた。

 

目の前にいた少年の名前は、大野 流星(おおの りゅうせい)。

 

南森と同じクラスで、南森が初めて作ったMVを手伝った男だ。

 

彼は緊張しながら、声を震わせてサーシャに交渉を持ちかけたのだ。

 

「お願いします……live2dで、Vtuberの立ち絵を描いてください!!」

 

サーシャは笑顔を崩さない。

 

……いや、笑顔が能面のように張り付いている、といった表現の方が正しいだろうか。

 

「なるほどね。なるほどなるほど。あー。はいはいなるほど」

 

サーシャがコーヒーカップを手に取る。

 

その手はプルプルと震えていた。

 

「そりゃね。私も大人だから。うん。大人だからね、話は聞くわよ。もちろん、もちろんだけれど、私もプロだから、報酬は頂かなくてはいけないことは分かるわね? 分かって? 分かってるよね?」

 

「はい……。覚悟の上ですっ……」

 

「なるほど。繭崎と違ってきちんと準備したのね? ……ちなみに、いくら?」

 

「……俺も、覚悟を決めてここに来たんです。俺だって、馬鹿じゃない。イラスト一枚にお金がかかることは承知の上です。だから……小遣い全額持ってきました」

 

大野がカバンから封筒を出した。

 

その封筒から、お金を見せるように出した。

 

「サーシャさん……お願いします!! 1万円でお願いします!!!!」

 

「死にさらせやオラァッッッ!!!!!」

 

少年、大野 流星は天井にめり込んだ。

 

大野にとって天井にめり込むのは、人生で初めての経験だった。

 

気持ちとしては、痛いと悲しみのブレンドだった。

 

コーヒーの香りが、服に染みついている気がする。大野はちょっぴり涙が出た。

 


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