独りぼっちは語りたくない   作:扇メトン

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明け方に投稿して次の日の昼過ぎに感想を頂いて無事モチベの維持に成功しましたありがとうございます。
そんな私は感想貰った瞬間に書き始めました。
ここからあとどれ位の日数で投稿できるのでしょうかね?
私には分かりません。
ガガガ文庫さん、編集担当付ける件、まだ待ってますからね。


紅茶は渋く、クッキーは苦く

 放課後は暇判定をされた翌日。逃げるように飛び出した次の日に、半ば喧嘩を売るようにして後にしたあの教室。何が言いたいかといえば、あの教室に行くのは、と言うよりも雪ノ下を含め関係者全員に会うことですら非常に気まずい。なのに俺はまたこの道を歩かされている。違いがある点といえば気まずさが爆増している点と、一色と俺の立ち位置が逆になり、袖を引かれる形で歩いている事だ。

 なんか普通に恥ずかしい。手を引かれるよりも袖を引かれる方が、なんと言うかこう初々しいカップル感が演出されているように感じてしまう。歩き始めは抗議をしたが。

 

「だって先輩逃げるじゃないですか」

 

 この一言を発し、あとは有無を言わせぬ勢いで引っ張られ続けている。あの時の目は照れているなんて可愛いもんじゃなかった。思い出したくもない程に嫌そうな顔をしていた。普通に傷つく。そして何よりここ最近のやり取りを思い返すと、とんでもなく恥ずかしいことを言ってきた気がするので、こいつと会うのが1番気まずいまである。

 

「さぁ、着きましたよ」

 

 奉仕部の部室前でようやく袖を離される。そして何故かドアを開けずにこちらを見上げる一色。

 

「なにしてんの?」

 

「どうぞ」

 

「いや、どうぞって用件があるのはお前の」

 

「どうぞ」

 

 おかしい。俺の言い分は非の打ち所が無いほどに正しいはずなんだが。

 

「へいへい、わかりましたよ・・・」

 

 思えば気まずいのは一色も同じはずだった。なんなら一色の方が正面からぶつかった分、気まずさは俺以上なのかもしれない。そして昨日の話を自ら振るのだ。俺なんかでも着いてきて欲しいと思ってしまうくらいには緊張しているはず。責任を取るというのであれば、ドアを開けて真っ先に気まずい空気に突っ込むくらいしてやるべきなのかもしれない。

 一色の言う責任と言うのは、未だに何を指しているのか理解できていない。だが、奉仕部へ連れてきたのも、袖を振りほどかなかったのも俺だ。この奉仕部絡みの案件に関しては俺に責任がある。だからケリをつけるまでは、とことん付き合ってやろう。

 確か高橋先生と来た時もノックをしないことを咎めていたなと思い、可能な限り機嫌を損ねないよう、ノックと声がけを行い教室へ入る。

 

「失礼しまー、す・・・」

 

 どうしてここに先生方がいるのでしょうか。

 どうしてここに由比ヶ浜がいるのでしょうか。

 どうしてここに今会いたくない選手権、首位4人が集まっているのでしょうか。

 なんなら一色を入れて首位の5人が揃っている。誰が優勝するんだろうな、このペナントレース・・・!見逃せないっ!いや、見たくないんだってば。

 何故か脳内に地元球団のマスコットがサムズアップしている姿が浮かぶ。マー君、お前覚えてろよ。

 

 そしてなんで全員話もせずにこっちを見ていたんだ?ノックをしたからと言えばそうなんだが、それにしては事前に待ち構えていたような空気感というか。とにかく違和感がある。

 

「君達は仲がいいんだな。いつ入ってくるのかと少し心配したよ」

 

「私は副顧問初日の相談者だから少し緊張していたので、比企谷の言動にはむしろホッとしましたよ」

 

 一体何がどうなっている?高橋先生が副顧問という事は、平塚先生が顧問なのだろうか?

 

「私も初めての相談者がヒッキーで少し安心しました。でも頑張るからね!ゆきのん!」

 

 由比ヶ浜、そう言えば昨日入口で出くわしたが、まさか入部でもしたのだろうか。

 

「そのゆきのん、という呼び方はやめてもらえるかしら。なんだか歯痒いわ」

 

 言葉では嫌がっているが、満更でもなさそうなのは気のせいですかね?気のせいじゃないですね。チョロのんなのかな?

 それにしても、あまりにも語感が良い。1度は言いたい日本語と言っても過言は・・・いや、そうじゃない。そんな簡単な話ではない。まるでそうあるべきであったかのような、パズルの穴に綺麗にピースが収まるような。

 何故かその呼び方に、何故かその光景にほっとする。

 

「雪ノ下先輩って案外ちょろいんですかね・・・?」

 

「今考えてたことは、多分上手くいかないから止めておけ・・・」

 

「な、何ですかいきなり。別に私もゆきのんとかゆきのん先輩とか呼べば、らくらく攻略で超ハッピーとか考えてませんし、それを実行に移そうなんて、ほんと、これっぽっちも考えたりしてませんから」

 

「そうね、もしそれで物事が上手くいくと考えているのであれば、その考えそのものが危険だと理解させることから始めることになるわね」

 

「わ、解ってますよ。それくらい・・・」

 

「冗談よ。それが理解出来ていないのであれば、昨日みたいなことにはならないでしょうしね」

 

 雪ノ下の言葉に隣に座る由比ヶ浜が少し気まずそうに目を背ける。俺は立ち聞きしたことを知っているし、一色だって恐らく勘づいてはいるだろう。勘づいているだろうが、一色としてはどう思っているのだろうか。恐らく立ち聞きしていたであろう由比ヶ浜と顔を合わせること、そして何故か居合わせた教師2名。雪ノ下1人でも気まずいだろうに、この布陣は些か酷なのではないだろうか。

 ふと気になり横に立つ一色へと視線を向ける。笑顔だった。見事なまでに口の端が引きつった笑顔だった。そりゃそうなるよね。わかるようん。小学校の頃、たまたま近所の公園を通り掛かった時、クラスメイトの男子ほぼ全員がサッカーをやっている所へ出くわしたことがたる。あの時も引きつった笑顔しかできなかったなぁ。

 

 そして訪れる一瞬の沈黙。相談者の一色が黙ってしまったのだから会話も途切れる。だがそれも一瞬だけ。

 

「それで君の・・・えっと」

 

「一色です。1年の一色いろはです」

 

「悪いな、まだ新入生の名前を覚え切れてなくて。知ってるかもしれんが俺は高橋鉄男。生物学の教諭だ。それで、一色の相談事なんだよな。用件によっては俺は、場合によっては平塚先生も席を外すが、どうする?」

 

 恐らくこの教室で気遣いオブザイヤーを受賞できるであろう、高橋先生がすぐに間を埋める。そして、男が居ない方が良いという提案。先程の沈黙をどう受け取るかは別としても、その提案は的確だ。男や教師がいて気まずいのであればそれを払拭できるし、必要であれば引き止めることもできる。選択肢を与えつつもあくまで生徒の意思に委ねる。なるほど、これがデキる男か。

 その提案に一色は安心したのか1度息を吐き綺麗にお辞儀をした。

 

「お気遣いありがとうございます。先ずは雪ノ下先輩とお話をさせてください。先生方にはいずれ相談をさせて頂くかも知れませんが、まだ頼りたくないです」

 

 まだ頼りたくない。その言葉は突き放すような響きではなくて、まるで自分に言い聞かせているようだった。

 きっと教師に、いや大人に頼ると言うのは負けたような気がするのだろう。自分より力のある人間に頼るのは確かに楽だし早い。だけど、それは根本的な解決にはなり得ない。いじめを受けているであろう生徒に、先生に相談してくれ、なんて言っているようじゃダメなんだ。

 自分で力をつけなければ、弱くないことを証明しなければ、いじめは消えたりしない。力のある人間に頼っていじめが無くなるのであれば、いじめで自殺する子供がいる訳がない。

 力に頼っても解決しないのだから、力に頼るということはこの上なく惨めに思えてしまうのだ。

 つまり大人に頼るということは、いじめられて虐げられ、すり減らされた末、最後に残ったプライドすら失ってしまうことのようにも感じるのだ。

 

「そうか、必要になったら遠慮なく相談してくれ」

 

「無論、私もいつでも相談に乗るとも。大抵は職員室にいるから、いつでも来なさい」

 

 そう言い残し2人は教室を後にした。なるほど、これが大人のやり方か。これは俺も乗るべきでは?

 

「俺もどっかしらにはいるだろうから、必要になったら、痛い痛い痛い」

 

 踵を返したところ、足を踏まれました。思いっきり、踵で。そうだよな、逃げ出そうとしたなら回り込まないで後ろから襲いかかればいんだ。子供ながら何故そうしないのかと疑問に思っていたことを思い出した。もしかするとあの世界の魔物は人間よりも優しいのかもしれない。

 

「先輩がどこにいるのか大体分かってますのでご心配なく。それに先輩がいて相談できないことなら引っ張てきません」

 

「わかってるよ・・・」

 

 そう、わかっているのだ。一色が何を話そうとしているのかも、それがどれだけ勇気のいることかも。わかっているのだ。

 

「私、仲良くしたい先輩がいるんです」

 

 雪ノ下は目を丸くしていた。無理もない。昨日の今日でまさか逃げ出した本人が、全く同じことを言うなどと誰が想像できただろうか。俺に至っては驚きを通り越して引いている。

 

「一色さん、それでは何の解決にもならないと、昨日はっきり伝えたつもりなのだけれど?」

 

「でもそれって、雪ノ下先輩が解決できなかたってだけですよね?」

 

 驚いた。まるで昨日とは別人だ。少なくてもこんな状況で喧嘩を売るような後輩じゃなかったと思うんですが。

 そしてそれは雪ノ下も同じだったようで、完全に虚をつかれていた。だが直ぐに挑発的に口元を上げ切り返した。

 

「それならあなたには解決できるとでも言うの?」

 

「いいえ、わかりません。全く検討もつきません」

 

 えぇ・・・。この子マジ?本気と書いてマジ?ノーガードで喧嘩を売るどころか、攻撃する術すらないのかよ。

 だが雪ノ下は今度は驚いていなかった。まるでこの答えがわかっていたかのように、次の問いも答えがわかっていたかのように。困ったような、嬉しいような、そんな曖昧な表情で問うた。

 

「本気で言っているのかしら?」

 

「はい。本気です」

 

 そのまっすぐな言葉は、まっすぐな眼差しは、間違いなく昨日見たものと同じだ。そして昨日感じたあの感情に間違いはなかった。眩しい。俺は、おそらく由比ヶ浜も言葉を発することができなかった。そして、やはり雪ノ下だけはその解がわかっていたようで、静かに微笑んでいた。

 

「だってマルバツクイズで間違えたから諦めるなんて勿体ないじゃないですか。もう一方にも飛び込んだっていいし、もしかしたら他にも三角とか四角とかあるかもしれないじゃないですか。これはテストじゃないんですから。正解するまで間違えたっていいじゃないですか」

 

 衝撃だった。間違えたっていい。思えば当たり前のことだが、どうしてひとつ間違えばゲームオーバーだと思っていたのだろうか。そもそもゲームじゃないんだ。人間そう簡単に終わったりしない。

 

「そうね。少なくても貴女は私が思いもしなかった答えを導き出した。それならきっと貴女のやり方は、間違っていないわ」

 

「ありがとうございます。私もそう思います」

 

 自信たっぷりに答えるその笑顔には、もはや昨日の涙は見る影もなかった。本当に強い女の子だ。

 

「それで仲良くなる方法についてなんですけど・・・」

 

「ごめんなさい。それに関しては私は力になれないわ」

 

「否定早くないですか!?」

 

「前にも言ったでしょう。私そういうことには疎いの」

 

「なんでそんなに誇らしげに言えるんだよ・・・」

 

「あら、空気谷くん。それなら貴方には何かしらの助言ができるとでもいうの?」

 

「いや確かに空気だったけども。というかぼっちに仲良くなるための助言を求めるなよ。こう見えても昔クラスメイトと仲良くなろうとして会話の練習をしてたら、そこを目撃されてその日から逆に・・・って危ねぇ。思わず黒歴史を暴露するとこだったじゃねぇか。お前なに?誘導尋問うまくね?将来FBIにでも就職するの?」

 

「全部あなたが勝手に話したことでしょう・・・」

 

 雪ノ下はこめかみに手をあて溜息、由比ヶ浜は普通にドン引き、一色は笑顔で壁際まで下がって物理的にドン引き。あれれ~俺また何かやっちゃいました?

 

「そこの男のことは置いておくとして。一色さんの相談についてだけど、悪いけれど奉仕部では・・・」

 

「あのーそれだったら私にいい考えがあるかも・・・みたいな?」

 

 それまで俺並みに空気だった由比ヶ浜がおずおずと手を挙げた。

 

「クッキーなんてどうかな?」

 

 

 

 

 昨日、部室を出る時に由比ヶ浜と出くわしたわけだが、それは家庭科の先生から奉仕部への相談を勧められたかららしい。曰く男の子へのお礼にクッキーを作りたいのだとか。なんだよその青春全開のイベント。あまりにも無縁すぎて、今日の今日までリアルで発生するものだとは思いもしなかった。

 由比ヶ浜の言い分としては手作りクッキーを渡すことでイチコロだとかなんとか。もう仲良くなりたいのか殺したいのかわからん。JK怖い。

 由比ヶ浜が雪ノ下から作り方を教わるとのことで、そこに一色も交えてお菓子作り教室が開催されることになり、場所は家庭科室へと移動したわけだが、以外にも使用許可は由比ヶ浜が昨日の時点ですでに取り付けていたようだ。最初は一色は乙女として当然の嗜みとかで、ある程度作れるといっていたが、雪ノ下の由比ヶ浜への指導はそんな一色ですら新たに得るものがあるらしく、順調にお手本の作成が行われた。そう、順調だったはずなんだ。

 

「どうしてこうなるのかしら・・・」

 

「どうしてこうなった・・・」

 

「どうしてこうなるんですか・・・」

 

 クッキーを作ること3度目。なぜか由比ヶ浜の前には部分的に黒い、焦げ茶色の粒がいくつか転がっていた。においも甘ったるいようで酸味があり、それらすべてを包んで余りある焦げ臭さが家庭科室に充満していた。

 

―――問題は由比ヶ浜がクッキーをオーブンから取り出そう時から起こり始めた。その時オーブンの前で待機して焼ける時を今か今かと待ちわびるその姿が微笑ましく、由比ヶ浜以外の3人は目配せをすると各々が片づけを始めていた。

 始まりは床に転がる空のジャム瓶だった。実習時の片づけ忘れだろうと、瓶を拾い窓際の棚に置く。そうして調理台に戻るとそこには、インスタントコーヒーの粉の袋が置いてあった。これも見るからに中身が入っていない。クッキー作りに熱の入った雪ノ下あたりが変わり種でコーヒー味のクッキーでも用意したのだろうか。若干の違和感は残るが、床にぶちまけたりコーヒーを淹れた形跡もない。ならばきっとそうなのだろう。

 いや、待て。見るからに几帳面な雪ノ下のことだ。部室で見た荷物の整頓具合を見ても、こんな無造作に中身のない袋を置いておくか?それに袋のあった位置を考えると、由比ヶ浜が雪ノ下と袋の間に立っていなかったか?それならばそのコーヒーを使用したのは―――。そこで目に入る決定的な物証。初めて袋を開けた時にゴミとなる密閉部分。それが由比ヶ浜のエプロンのポケットから飛び出していた。そして、口元に残るはジャム。間違いない。由比ヶ浜はクッキーにこれら2つを混ぜた。その結論に至ると同時に無情にもオーブンの焼き上がりを告げる電子音と、由比ヶ浜の声が響いた。

 

「なんですかこれ、食べられるんですか・・・?」

 

「さっきイチコロって言ったいたが、こういうことだったのか・・・」

 

「2人ともその言い方は失礼よ。毒が入っているわけじゃないのだから死にはしないわよ・・・死なないわよね?」

 

 やめろそんな目でこっちを見るな。俺だって不安なんだよ。

 

「見た目は確かに少しあれだけど、おいしいと思うんだけどなぁ」

 

 もしかして俺たちのこと恨んでるのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。あと見た目はほんのり赤みがかった黒で、決して『あれ』なのは少しどころの騒ぎではない。

 

「4人で食べましょう。もしかすると万が一、食べた人は死ぬかもしれないのだし、誰か1人だけ死なせるのは寝覚めが悪いわ」

 

「背に腹は代えられませんね。私もこの年で殺人事件の容疑者にはなりたくないですし」

 

「もし生きていたら、きっとまた4人でクッキーを作ろう。今度はおいしいやつをな」

 

「3人ともあんまりだ!?」

 

 もちろん誰も死ななかったが。4人全員が飲み込むまでに要した苦痛は、きっとこれから生きていく上でこれ以上味わうことはないだろうと、そう確信できるものであった。

 その後クッキーを作り直すこととなるのだが、雪ノ下の指導はより厳格なものとなり、一色の意識はすべて由比ヶ浜の挙動へそそがれ、俺は関係のない調味料への進路を身を挺して断った。3人が3人、そこまでの全力を注いでなお、焼きあがったのは真っ黒な物体だった。さっきほどまでの劇物と比べれば、焦げているだけだからマシだろうと高をくり実施された試食だが、それは砂糖と塩を間違えるという典型的で致命的なミスが施された異物だった。3人が全霊をもって不審物への注意を払ったがために起きた、あまりにも平凡な悲劇だった。そう、大きすぎたのだ。ひとつ前の衝撃が。

 

 そのような苦難の道を乗り越え迎えた3度目の完成で現在に至る。

 材料も問題なく作られたはずだが、俺たち3人は心当たりがあった。あまりの精神ダメージに、作っている時には考えが及ばなかったミス。

 それは3度もクッキーを焼いたオーブン。もともと高温で焼き上げる焼き菓子には事前にオーブンを温めてから生地を入れ焼き上げる。直前まで使用していたのだから内部はすでに高温。そしてそれは最初に焼く時の予熱の温度を超える。2回目の焼き上げに関しては、そのことも計算に入れ加熱時間を短めにセットしていた。そして3回目の加熱時間も同じように短く設定していた。だがそれも一回目の焼き上げの時に由比ヶ浜が早く焼けるからと、俺たちが片づけをしているときに加熱温度を上げていたため、想定よりも温度は高く、結果焦げているわけだ。

 

「なぁこれもう1回やるのか?」

 

「流石に今日は疲れたわね・・・」

 

「まさかクッキーを作るためにここまで疲れるとは思いませんでした・・・」

 

「ごめんね、みんな。これじゃ美味しいクッキーを作るのは諦めた方がいいかも・・・なんて」

 

 ん?美味しいクッキー?そうか、これはとんでもない勘違いをしているようだ。見たところ2人とも気づいていないようだし、仕方ないここは一肌脱ぐとしよう。

 

「なぁ由比ヶ浜。お前はお礼のクッキーを作りたいんだよな?」

 

「そうだけど・・・」

 

「それならどうして美味しいクッキーなんか作ろうとしてるんだ?」

 

「それは、お礼なんだから美味しいクッキーを作らないといけないじゃん」

 

「お前は致命的な勘違いをしているようだな。30分後またここに来てください。俺が本当のクッキー作りを教えてやろう」

 

 さて、ここからは俺のターンだ。

 

 

 

 

「ヒッキー、30分経ったけど」

 

 もう30分か。スマホゲーのデイリー消化してたらあっという間だな。これからシニア期で大事な仕上げな訳だが、こんなことなら40分とでも言っておけばよかったか。

 

「ほれ、これが本当のクッキーだ」

 

「えーなにこれ!あんな自信満々に言ってたのに私と大差ないじゃん!」

 

「お菓子作れる系男子って確かにポイント高いと思いますけど、これは作れる系男子とは呼べませんね」

 

「いや、別にポイントとか貯めてないから」

 

 俺が貯めているのはTポイントと小町ポイントくらいだよ。どっちも貯めるだけで1度も使ったことは無いけど。と言うか小町ポイントはいつになったら使えるんだ?結婚式の時に「これが今までの小町ポイントの景品だよ」って最高の笑顔を見せてくれるのか?やめろ誰だその男は。お兄ちゃんそんなの認めませんからね!そんな事なら小町ポイントは貯め続けて墓まで持っていくからな!

 順当な反応を見せる2人とは違い、雪ノ下だけはこのクッキーを訝しんでいるようで、考えを巡らせているようだ。まぁなんだ。雪ノ下に種明かしをされるのもしゃくだし、さっさと仕上げてしまおう

 

「悪い、今日のお前頑張ってたから少しでも元気づけられるようにって作ったんだが、こんなんじゃダメだよな。捨てちまうわ」

 

「ちょっ!それれはもったいないし!」

 

 そういって由比ヶ浜はクッキーを手に取った。計画通り。新世界を作れる気がしてきた。

 クッキーを口に含んだ由比ヶ浜はものすごく微妙な顔をしていた。そりゃそうだ。焦げというのは、シンプルでありながらも、その主張はとても激しい。それが粉ものの焼き菓子となるとなおさらだ。

 

「た、確かにちょっと焦げてて苦くて、おいしくはないけど・・・だけどほんのり甘みもあるし!あとすっごい元気出たし!」

 

「そっかそりゃよかったな。それお前の作ったクッキーだし」

 

「へ?」

 

「そんなところだろうとは思ったわ。だけど理由がわからないわ。なぜあなたはこんなことをしたのかしら」

 

 案の定、雪ノ下はこのクッキーの正体を見破っていた。おそらく由比ヶ浜の反応も、俺の考えもわかっているだろう。だがそこまでだ。無理もない。男子高校生の単純さなんて、男子高校生にしかわからん。それに己を高めることで、自らを守ってきた雪ノ下には到底理解できないことだろう。

 一色に目をやると、なるほどと納得しきっていた。いや、なんでわかるんだよ。男子高校生の単純さは男子高校生にしか・・・こいつまさかそこまで理解して!?なんて悪魔だ・・・。

 

「まぁ由比ヶ浜に補足説明してやるとだ」

 

「なんで名指しだし!?」

 

 それはお前だけ何も理解していないからだよ。

 

「答えはお前が口にしていただろう。元気が出たって」

 

「だってそれはヒッキーが私が元気が出るようにっていうからで、その嬉しかったというかなんというか・・・」

 

 やめろそこで恥ずかしがるな。こっちまで恥ずかしくなる。

 

「ようは味なんてどうでもいいんだよ。男子高校生なんて、いや由比ヶ浜もそうらしいが、それ以上に単純なんだよ」

 

「でも美味しいほうがいいに決まってるじゃん!」

 

「美味しいに越したことはないが、そんなのできるやつがやればいい。できないのならば自分のできる全力でやればいい。それだけで喜んじまうもんなんだよ」

 

「ほへぇー・・・」

 

 わかってるのかこいつ。わかっていないの代名詞みたいな返しが来たぞ。

 

「ヒッキーもそうなの?」

 

「あ?そりゃそうだろ。なんてったって絶賛男子高校生の真っ最中なんだから」

 

「ふーん、そっか。なんかわかった気がする」

 

 えぇほんとでござるかぁ?絶対わかってなさそうな感じが―――。

 

「みんなありがとう!私なりにやってみる!」

 

 そう言い残して由比ヶ浜は駆け出して行った。私なりってまさかまたジャムとかコーヒーとか混ぜてこないよな?まさね?信じてますよ由比ヶ浜さん。あれはトラウマものだぞ。お礼には決してならないからな。

 

「先輩って意外といいこと言うときありますよね」

 

「うるさいよ」

 

「私も今日は勉強になりました。ありがとうございます、雪ノ下先輩。ついでに先輩も。結局自分の分作れませんでしたし、帰って作ってみますかねぇ」

 

 それじゃあお疲れさまでしたと。一色も帰路につく。

 

「あの2人。片付けのことを完全に忘れているわね」

 

「そういえば・・・」

 

「私たちもさっさと片付けて帰りましょう」

 

 雪ノ下と一色が、作業中も片づけを進めていたようで時間としては大してかからなかった。いや、俺も少しはやってたよ?だとしても最後の30分でもう少し片づけをしておくべきだったかな。

 

「最後のクッキーだけども」

 

 それは片づけが終わり、家庭科室に鍵をかけた時だった。

 

「美味しくなくてもいい。なんてただの甘えじゃないかしら」

 

 やはりそうだ。雪ノ下には納得のいくものではないのだろう。

 

「人によって限界のラインは変わるのでしょう。それでも、少なくても由比ヶ浜さんはもっと上を目指せるはずだった。貴方の言葉でそれをやめてしまうのであれば、それは彼女のためにならないわ」

 

「努力はできるやつの特権なんだよ。それに他人の言葉で努力をやめるようじゃ、どのみちお前の言う上には辿り着けないだろ」

 

 それに由比ヶ浜は言ったんだ。私なりにやってみると。諦めたわけじゃない。努力をやめたわけじゃない。自分なりのやり方を続けると言ったんだ。それならきっと美味しいクッキーだって作れる。

 

「それもそうね。それじゃ私も失礼するわ。鍵は私から返しておくわね」

 

「おう」

 

 夕日に染まる廊下を雪ノ下は歩いていく。昇降口はそちらなのだから、向かう先は同じなのだから俺も行けばいい。だけどあんな風に言われた後だ。後を追うわけにもいかず、一つ上の階の渡り廊下へ向かう。

 誰もいない屋外の渡り廊下は海風が気持ちいい。肺に満ちた甘ったるい空気を吐きだしたかったし、丁度よかった。

 

 なんであんな青春みたいなことをしていたんだ。そんなもの陽キャどもにやらせておけばいい。俺が由比ヶ浜みたな女の子に関わることが間違っているんだ。もう、俺は間違えない。

 

「よっ、遅くまで大変だったらしいな」

 

 そこにいたのは高橋先生だった。なんだかんだ、この人もタイミングが悪いな。

 

「なんでこんなところにいるんですか」

 

「そろそろ終わったころかと思ってな」

 

「答えになってませんよ」

 

「だってここ景色がいいだろ?人間嫌なことがあった時は目に見える景色ぐらい良くしたくなるものさ」

 

「嫌なことがあった、っていうのは決まってるんですか」

 

「そうでもなきゃこんなところに来ないだろ、お前」

 

 あぁそうか。この人は今までの数回のやり取りだけで、傷だらけの俺を見抜いて、一人で勝手に傷を増やすところまで考えを巡らせてくれたんだ。ここにいなければそれでいいし、いればつまりはそういうこと。

 

「かっこいいっすね、ホント」

 

「だろ?」

 

 本当にかっこいい。なんで俺の周りの人はみんなこうなんだ。これじゃ俺は自分のみじめさを―――。

 

「お前は周りを気にしすぎだ」

 

「いや、ぼっちってのは周りを気にしまくって穏便に立ち回らなきゃ、後ろ盾もないから生きていけないんすよ」

 

「それを気にしすぎだと言ってるんだよ」

 

 そう告げると高橋先生はいつかのように頭を撫でまわす。アホ毛のコンディションが崩れるからやめてほしい。いや、ホントにマジで。

 

「たかだか高校の3年間が何だっていうんだ。これから先、生きていくであろう60年を3年間で決められてたまるもんか」

 

「俺達には今が全てなんですよ。頭で理解していたって心は納得してくれません」

 

「まぁそうだろうな、誰だってそうさ。みんな幻想を抱いて今一瞬を全力で生きる。それでいいんだよ」

 

「だから先生の言っていること矛盾してますって・・・」

 

「やっぱりお前にはまだ早いか」

 

 そう笑うと、高橋先生の頭を撫でる力は強くなる。

 

「もう、帰ります」

 

「おう!また明日な!」

 

 ようやくごついてから解放され、歩き出す。きっと今振り返っても先生はこっちを見て笑顔を返してくれるのだろう。きっと俺が自分の足で歩き去るまで見守り続けてくれるのだろう。そう思うとなんだか少し心が軽くなった気がする。そうだ今日教えられたばかりではないか。人間そう簡単に終わらないんだ。もう少し気楽に生きてみても、きっと悪くない。だからまだ肺に残る、この甘ったるい空気も少しは残していてもいいだろう。そう、悪いことじゃないはずだ。

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 

「ヒッキーこれあげる!この前のお礼!」

 

「は?いや別に昨日は大したことはしていないし、そんなに気にしなくてもいいんだが」

 

 昨日は基本見ていただけだ。お礼というなら雪ノ下にこそ渡すべきだろう。それはそれで渡すつもりなのだろうが。

 

「違うよ。これはもっと前。わんにゃんショーの時のやつ」

 

「あぁ、確かサブレ」

 

「そう、私の家族。だからそのお礼。あ、ちゃんとママに見てもらいながら作ったから、少し焦げてるけどそんなに酷くはないはずだから。それじゃ!」

 

 由比ヶ浜はそう言い残し、青いリボンで止められた袋を片手に駆け出す。あれが雪ノ下の分なのだろう。受け取るクッキーに目を落とすと、確かに少し濃い焦げ茶色ではあるが、昨日のものに比べれば、見栄えはよくなっている。早速一つ口に含んでみると、やはり焦げの風味が先に来るが、昨日のものに比べれば全然食べられるレベルであった。

 わんにゃんショーの時のお礼。つまりそれは、少し自意識過剰ではあるが、昨日のクッキーを渡す相手は・・・。冷静に考えるとなんだか顔が熱くなる。照れ隠し、というわけではないがクッキーをもう1つ口に放り込んだ。

 

「あっま・・・」

 

 やはり、男子高校生は単純だったのだ。そう、どうしようもなく単純なのだ。




どうもこんにちは。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
前書きを書いてから半年が経ちましたね。
絵を描き始めたりゲーム配信を始めたり。
時間は一生足りません。
仕事をしている場合じゃありません。
それはさておき。
書き始め当初に考えていた内容より、半年後に書き始めた時に浮かんでくる内容がすごくよくって、いや完全に主観ですし、結果がどう受け取られるのかとか全くわかりませんが。
最後に高橋先生出てくる予定なかったんですよ。
本当に勝手に出てきたし、何でここにいるのって思いましたよ。
でもいたんすよね、そこに。
まぁそんな感じです。
次いつお会いできるのでしょうかね。
ただ今回みたいに、馬鹿みたいに時間がかかった結果、自分の中でよりよくなるかもとか思うと、やはり次回も気長に構えていただけるのがありがたいですね。
誤字とかも後でおいおいチェックしていきまふ・・・。
それではまた、いつの日か。
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