IFもしも鬼化したのが炭治郎だったら   作:カボチャ自動販売機

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柱出したかったので、原作六巻までスーパーダイジェストで飛びます。



1話 竈門禰豆子

長い黒髪を後ろで縛っているのは、今はいない兄の真似であり、それは自分がそうありたいという願いであり、そうならなくてはならないという覚悟だった。

 

竈門禰豆子は襟までピッチリとしまった飾り気のない真っ黒な隊服の上から、相対するような美しい淡い桃色の着物を羽織っている。腰には刀、その右耳には日輪が描かれた花札のような独特の耳飾り。

 

『禰豆子、これを繋ぐんだ。俺が全部終わらせるから、鬼舞辻無惨を殺すから、だから禰豆子は幸せに生きるんだ』

 

兄から託されたその耳飾りの意味を禰豆子は知らない。けど、兄が父から託された大切なもので、だからこれを禰豆子に託した兄の決意は計り知れなくて、それを止められなかった自分がどうしようもなく情けない。

 

『俺は人を食わない!』

 

鬼になって尚、自我を保っていた兄。自分を守ってくれた兄。自らを殺そうとする剣士にそう言い放った兄。

自分ならそんなに強くいられただろうか、家族を食ってしまってはいないか、そう考えると恐ろしく、それもまた情けない。その情けなさを振り払うように、ただ強さを求めている自分がどうしたって小さな存在に思えて仕方がなかった。

 

鬼舞辻無惨によって家族を殺され、『水柱』冨岡義勇によって育手である鱗滝左近次の元で修行をすることになった。心の傷の癒えぬ禰豆子は、兄が眠りもせず、食事もせず、ただ刀を振り、そして、岩をも斬り裂くのをただ見ていた。

鱗滝の元で修行を始めて二ヶ月で、兄は禰豆子を鱗滝に託し、出ていった。鬼舞辻無惨を追う。俺が終わらせる。そう言って、引き留める鱗滝にただ感謝の言葉だけを残して。

 

禰豆子が立ち上がり、刀を手に取ったのは、そんな兄の顔を見たからだった。孤独で寂しそうで怒りに満ちている。いつも優しく、誰かに囲まれ、怒りなど見せたことのない兄のそんな顔が許せなかった。そんな顔に今の今まで気がつけなかった自分が許せなかった。

 

だから禰豆子は鬼殺隊へと入った。兄を人間に戻す方法を探すため、自分の弱さと向き合うため、辛くても、痛くても、悲しくても、進んでいかなくてはならない、鬼殺の道へ。

 

禰豆子が修行を始めてから約二年。紆余曲折あったが、藤襲山で行われる最終選別を生き残り、無事に入隊。幾多の修羅場を乗り越えた禰豆子は今、鬼殺隊の本部へと来ていた。

 

周囲には禰豆子と同じような隊服を着た剣士が何人か集まっている。それを見て、自分の隊服を見て、禰豆子は何かを諦めるようにため息を吐いた。

 

背に『滅』の字を背負った黒い詰襟の隊服は、基本的に同じデザインなのだが、剣術という力を身に付けた故の個性なのか、それぞれが自分の好みに改造をしていることも多い。そんな明確なルールが定められているわけでもない隊服を、皆が何故、脱ぎ捨てずに改造までして着こなしているのかは単純明快。機能性が抜群だからだ。

特別な繊維でできており、濡れ難く燃え難い上に、通気性も良い。頑丈さも折り紙付きで、雑魚鬼の爪や牙ではこの隊服を裂く事すらできない程。

 

だからこそ禰豆子も、この隊服を身に付けていた。不本意ではあるが身に付けていた。

禰豆子の隊服は一見、スタンダードな隊服に見えるが、良く見ればおかしな点も多い。通常ズボンのはずの隊服は膝上のスカートになっており、その胸元は菱形に露出している。この菱形に意味などない。むしろ耐久力はその分だけ下がっている。

スカートも同様で、防御力を考えればズボンの方が良いはずなのだが、膝上スカートに、太股の半ばまである長い靴下。

可愛いとは思う。けど、禰豆子としては必要以上に肌を露出する趣味もないし、普通の隊服が良いと思っている。

それを妨げるのはこの隊服を作った『隠』と、自らの師の影響があって。

 

「禰豆子ちゃん!ああ、会いたかったよ!」

 

桃色から黄緑色へとグラデーションがかかったような不思議な髪色に、両目の下の黒子、ざっくりと空いた胸元から晒された豊満な胸。

常にふわふわとした表情を浮かべ、今も嬉しそうに顔を赤くしながら禰豆子の手を取ってブンブンと振っている彼女こそ、禰豆子の師であり、鬼殺隊の最上位隊士、柱の一人、『恋柱』甘露寺蜜璃である。

 

「わぁ!ちゃんとその隊服着てくれてるんだね!嬉しいなぁ!」

 

禰豆子は元々、水の呼吸の使い手であり、蜜璃は炎の呼吸の派生であるオリジナル呼吸、恋の呼吸の使い手だ。本来なら師弟となることもないのだが、禰豆子には蜜璃から学ぶことになった事情があった。

 

禰豆子が学んだ水の呼吸は、その名の通りどんな形にもなれる水のように変幻自在な歩法が特徴であり、それによって如何なる敵にも対応できる癖のない呼吸だ。それ故に、派生した流派も多く、初心者にも易しいため一番多くの剣士に使用されている呼吸であるが、それはつまり初心者を脱した時、さらに高みを目指すためには独自の技が必要となる呼吸とも言える。

 

禰豆子は今、その段階に踏み込んでいた。

太陽に一番近いため一年中陽が射す陽光山で採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石から打たれた刀、日輪刀。

日光を浴びる事以外は基本的に不死身である鬼に対して、その頚を斬ることで、殺す事ができる唯一の武器である。

 

その日輪刀は『色変わりの刀』とも呼ばれ、剣士として一定以上の力量の持主の手に渡ると最初の一度だけ刃の色が変わるのだ。禰豆子が新たな日輪刀を手にした時、その刃は淡い薄紅色に染まったのだ。

この特徴は水の呼吸の派生、花の呼吸に適正があることを表しているものだったため、禰豆子は、元花の呼吸の使い手であり、現『蟲柱』胡蝶しのぶの元で修行をすることになったのだが、そこに待ったをかけたのが蜜璃であった。

 

「ずるい!ずるいわ!しのぶちゃんにはもう女の子の継子がいるじゃない!私も女の子の継子が欲しいわ!」

 

継子とは柱が直々に育てる隊士のことであり、つまりは柱の弟子を示す。特に選定基準などの決まりはなく、それぞれの柱が決定権を持ち、育てる人数に制限は無い。そのため、禰豆子の適正に合わせて、しのぶが禰豆子を継子にすることに何ら問題はないのだが、密璃はそれをずるいと言って喚いた。

しのぶには既に継子が、可愛らしい女の子の継子がいたからである。

蜜璃はそれを常々羨ましいと思っていたし、なのに、またも可愛らしい女の子の継子がしのぶの元へ行ってしまうことに我慢ならなかったのだ。

 

とはいえ、そんな我儘で、大切な戦力と成りうる将来有望な隊士の進路を決めさせるわけにはいかない。本来ならば蜜璃の我儘はそこで終わるはずだったのだが、元来あまり賢い方ではない蜜璃が頭を悩ませ、その我儘に理由を付けたのだ。

 

「禰豆子ちゃんの刀は桃色にも見えるもの!もしかしたら恋の呼吸の方が適正があるのかもしれないわ!」

 

水の呼吸は、技が基礎に沿ったものであるため水の呼吸を学んだ者が全く別の呼吸の適正に目覚めることも少なくない。それ故に、禰豆子が花の呼吸ではなく、恋の呼吸なのではないか、という蜜璃の苦し紛れの指摘も否定出来ない事実であった。

蜜璃にとっては幸運なことに、当時しのぶは多忙で、継子のいない蜜璃に預けるのも良いのではないか、ということになり、禰豆子は蜜璃の元で学ぶことになったのである。

 

しかし蜜璃には重大な弱点があった。それは。

 

『こう、ビュビューって感じよ!そうするとぐあああ~って力が出るから!』

 

指導力の欠如。彼女には論理的にものを教えるという能力が全く無かった。

そんなことは他の柱も、最終的に決定を下した、鬼殺隊をまとめあげる当主、産屋敷耀哉も承知している。それでも蜜璃の我儘を通したのは、それだけ恋の呼吸に有用性があるからだ。

 

蜜璃が使う恋の呼吸は、脚を止めての強力な斬撃が多く、変幻自在の脚運びを主とする水の呼吸とは対照的とされる呼吸、炎の呼吸を源流としている。

彼女は入隊当初、現『炎柱』煉獄杏寿郎に継子として弟子入りして炎の呼吸を学んでいたが、その類い稀な剛力と柔軟さを併せ持った身体を駆使して、まるで新体操のようにアクロバティックな動きから斬撃を繰り出す恋の呼吸を生み出した。

言うならば、彼女の特異な体質故に生まれた、炎の呼吸と水の呼吸の良いところを合わせたような無茶苦茶な呼吸なのだ。禰豆子が蜜璃の元へ向かわされたのは、この恋の呼吸を常人でも扱えるように落とし込むことが出来るのではないか、と期待されてのことだった。

 

彼女がここまで期待されたのは、彼女が現『水柱』冨岡義勇が編み出した独自の技、【拾壱ノ型 凪】を修得した実績によるものだ。

義勇もまた、指導力は決して高くない柱の一人。口下手で、言葉では技を上手く説明出来ず、それを自覚できないタイプ。

 

禰豆子は、目が良かった。

 

義勇の口下手から発せられる指導ではなく、義勇の技を見て、それを修得するためにどうしたらいいか、見極められた。

兄弟が多く、あまり裕福でもなかった禰豆子には、人を見て今何が必要とされているのか、何がしたいのか、理解する感性が養われていた。つまりは技を見れば、その人が何を考え、どう動きたいのか、読み取れる。後はそれを自分が出来るように実行すれば良い。

 

紛れもなく天賦の才。

ただの女の子だった禰豆子が僅か二年で、継子として選ばれる程のその才能を持ってして、蜜璃の技を見た禰豆子は結論付ける。

 

「蜜璃さん、恋の呼吸は私には無理です」

 

技を真似ることは出来るだろう。ただ、威力が圧倒的に足りない。恋の呼吸の無茶苦茶な動きで、鬼をバラバラに四散させる引く程の火力が出せるのは、蜜璃の怪力があってこそなのだ。

ショックを受ける蜜璃と、ですよね、というような反応で受け入れた柱達と当主によって、二人の師弟関係は僅か数ヶ月で終わりを告げた。

蜜璃は泣き喚き、禰豆子が死にそうになって他の柱達に救出されるまで抱き締めて離さないなど一騒動あったものの、結局、禰豆子はしのぶの継子となることになったのだ。

 

ただ、しのぶも忙しい身。そのため禰豆子は今日この日まで、水の呼吸の派生である蛇の呼吸の使い手『蛇柱』伊黒小芭内の元で修行をしていたのだ。

そのため、蜜璃に想いを寄せる伊黒には災難なことに、蜜璃から禰豆子を取られたと逆恨みされ、現在絶賛無視中でかつてないほどに凹んでいるわけだが、それは良いだろう。

 

「禰豆子ちゃん、お揃いだね!可愛いね!キュンキュンしちゃうっ!」

 

禰豆子の今着ている隊服は、蜜璃の元へいた頃に新調されたもので、届けられたそれに唖然とし、拒否しようと思ったのだが、蜜璃がお揃いが良い!と騒ぎ、喚き、禰豆子の周りでドッタンバッタンして、キラキラとした期待の目を禰豆子に向けてきたため、断りきれずにこの隊服を着ることになってしまったのだ。胸元が蜜璃程は露出していないとはいえ恥ずかしいことに代わりはない。

小芭内の元へ行くことになった時、やっとこの隊服を元に戻せると思ったものだが、小芭内が『甘露寺がそれを望んでいるのなら、俺はそれを守る』と意味不明なことを言い出し、禰豆子の隊服申請を握り潰しているため、禰豆子は今も、蜜璃と同型の隊服を着ることを余儀なくされてしまっているのだ。

隊服はその特殊性から、縫製にも相応の技術が必要であるため、勝手に修正することも出来ず、目下、解決策はない。

嬉しそうにする蜜璃とは裏腹に、禰豆子はまたもため息を吐きたくなった。

 

「禰豆子ちゃん、この後桜餅を食べに行きましょう!」

 

禰豆子と蜜璃では蜜璃の方が身長が高く、興奮した蜜璃に抱き締められた禰豆子は、その豊満な胸に押し付けられ、素肌から発せられる桜餅のような甘い香りと柔らかさに包まれ、やっぱり自分にはこの隊服はまだ早いと思ったものだが、そんなことよりも、遠くの木の上から、こちらを怨めしそうに見ている現師匠の視線が気になった。

ここはフォローしておいてあげないとめんどくさいと悟った禰豆子は、蜜璃に言う。

 

「小芭内さんも一緒にどうでしょうか?」

 

禰豆子のその言葉に蜜璃は頬を膨らませて、プイッと顔を背けた。遠くから何かが地面に落ちたような音が聞こえる。

 

「伊黒さん、禰豆子ちゃんを取っちゃったから暫く遊んであげないの」

 

うわー……と、完全に八つ当たりで無視されている小芭内が可哀想な気がした禰豆子だったが、意味不明な理論でこの隊服を着させられていることを思い出し、これ以上のフォローは諦めた。やれることはやった。

 

「お館方様のお成です!」

 

暫くの間、蜜璃との雑談に興じていると、そんな幼い声が聞こえた。直ぐ様切り替わる空気。

整列し、跪く柱達。禰豆子は現在の師である小芭内の横に並んだが、それにまた蜜璃が不満そうな顔をしている。蜜璃と小芭内の関係はもう暫くこの状態が続きそうであった。

 

「お早う皆。顔ぶれが変わらずに、柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

 

鬼殺隊の最高管理者『当主』産屋敷耀哉。

顔の上半分が焼けただれたように爛れ、その両目は殆んど何も映さない。聞く者に心地良さや癒しを与えるその優しい声は、直接頭に入り込むように聞き取りやすい。

 

「今日は皆に大切な話があるんだ」

 

耀哉のその言葉に皆が伏せていた顔を上げる。

 

「知っている者もいると思うけど――竈門炭治郎。今日来てもらった竈門禰豆子の兄は今、鬼を狩る鬼として活動している」

 

禰豆子の兄かどうかは別として、鬼を狩る鬼、の噂は誰の耳にも入っているだろう。それでも彼らが少なからず驚きを露にしたのは、鬼殺隊で都市伝説的に広まっているそれを耀哉が口にしたからだ。

耀哉が柱達の前で口にした以上、それは事実。驚くのも無理はない。

鬼を狩る鬼、そんなものが現実に現れることを予想していたものなどいないのだから。

 

「鬼になっても自我を失わず、鬼舞辻無惨に反乱する異端の個体だけれど、私が重要視しているのはそこじゃない」

 

柱達は知らぬことだが、耀哉は、鬼舞辻無惨に反乱する鬼の存在を、炭治郎の他にも知っている。だから、そういう個体が現れたこと自体は、重要ではないのだ。

――重要なのは、炭治郎の能力。

 

「炭治郎は、鬼となって強化された鼻で、鬼舞辻無惨を追い続けることが出来るんだ」

 

炭治郎は家族を殺された日、鬼舞辻無惨と遭遇している。鬼となって強化された彼の嗅覚は、その時に覚えた匂いのおかげで、無惨がどこに居ようともその匂いを嗅ぎ分けて、その位置を知ることが出来るのだ。

 

驚愕に目を見開き、騒がしくなる柱達。

 

それもそうだ。ここにいる歴戦の柱達でさえ、鬼舞辻無惨とは誰も接触したことがなく、その姿も、能力も知らないのだから。

それを追い続けることが出来るなど、鬼舞辻無惨打倒のためには喉から手が出る程欲しい力だった。

 

「実際、既に炭治郎は二度、鬼舞辻無惨と遭遇し、下弦の鬼を二匹殺し、上弦の弐と交戦し、生き延びた」

 

上弦の弐。

その言葉が出た瞬間、明らかに雰囲気の変わった者がいた。いや、変わったのではなく、溢れた(・・・)とでも言うべきか。そのあまりに深く濃い殺気に、思わず他の柱達は刀を構えた。

 

「しのぶ」

 

耀哉のその一言で『蟲柱』、胡蝶しのぶは表面上は(・・・・)怒りを鎮めた。

その様子を見て、耀哉はゆっくり頷いて間を作ると、続きを話し始める。

 

「どうやら炭治郎は鬼を喰らって力を得ているらしい」

 

炭治郎が鬼になってまだ二年と少し。それだけの期間で人を食わず、上弦の鬼とやり合っているのだ。それくらいのタネはあって然るべきだろう。それでも柱達は押し黙った。人を食わずに鬼だけを喰う。それを出来る者がどれだけいるだろうか。いや、そもそも鬼となって尚、人を食わぬことが難しいのだ。そんな状況で、人を我慢し、鬼だけを喰うのは強靭な精神などという生易しいものではなく、最早、狂人。静まり返った場を一気に沸騰させるように、耀哉はそれを言った。

 

「私は彼に鬼殺隊に入って貰いたいと思っているんだ」

 

反応は様々だった。それぞれが何を思っているのか、纏う雰囲気から耀哉には分かったことだろう。それでも彼は穏やかな声のまま、ゆっくりと話す。

 

「現状、鬼舞辻無惨を殺すには彼の力が必要だ」

 

遭遇したことのない彼らにとっては推測でしかないが、鬼舞辻無惨は上弦の鬼の力からして、完全生物と言って差し違えの無い力を有しているだろう。しかし、現状、鬼舞辻無惨を殺すのに最も不足しているのは、鬼舞辻無惨を殺すための戦力よりも、鬼舞辻無惨を発見する方法なのだ。

柱達でさえ、誰も接触したことがなく、その姿も、能力も知らないという程に、鬼舞辻無惨は周到に隠れている。どれだけ戦力を集めようとも、目標を発見できなくては殺すことなど出来はしないのだから。

 

「……私は賛成です。お館方様のおっしゃる通り、彼の力は必要不可欠なものになるでしょう」

 

『蟲柱』、胡蝶しのぶの心情は複雑だ。鬼の力など借りたくはないが、しかし、彼女の復讐のためには、炭治郎の力もまた必要なのだ。

上弦の弐。炭治郎が既に遭遇しているということは、いつでもその鬼を追跡できるということ。それはしのぶの復讐を遂げるのに大いに役立つ。

彼女は復讐のためならば、鬼とすら組んで良いと思えるほど精神に余裕はなかったが、だからこそ目の前にあるチャンスを逃したくもなかったのだ。

 

「禰豆子ちゃんのお兄ちゃんなら私も!」

 

『恋柱』甘露寺蜜璃は何かを考えて発言したわけではないだろう。先程まで珍しく怒ってるしのぶちゃん可愛いと、場の雰囲気など関係ないとばかりにキュンキュンしていたのだ。この発言も、禰豆子ちゃんのお兄ちゃんならきっと可愛いわ!という謎の理論が展開されて出た言葉でしかない。

 

賛成の声が上がったのはこの二人だけ。

賛成派の女性陣とは反対に大多数の男性陣の反応は厳しかった。

 

「嗚呼……何があろうと鬼は鬼。私は承知しかねる……」

 

『岩柱』悲鳴嶼行冥は涙を流し、ジャリジャリと数珠を鳴らしながらも、一切の躊躇なく応え。

 

「全力で反対する!!鬼に頼らずとも、

この煉獄の赫き炎刀が鬼舞辻無惨を討ち取りましょう!!」

 

『炎柱』煉獄杏寿郎は自らの力を誇示するように、大きな身ぶりで声高らかに叫び。

 

「俺も派手に反対だ。ド派手に信用できねぇ」

 

「その通り。信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

 

『音柱』宇髄天元が冷静に言うと、それに呼応するように『蛇柱』伊黒小芭内が嫌悪感を隠そうともせずに言い放つ。

 

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。答えは初めから出ております」

 

『風柱』不死川実弥が力強く、そう反対意見をまとめた。

 

そうすると、黙ったままの『水柱』冨岡義勇と『霞柱』時透無一郎に皆の注目が集まる。先に口を開いたのは無一郎だった。

 

「僕はどちらでも……どうせすぐに忘れるので」

 

彼が口を閉ざしていたのは、考えていたのではなく何も考えていなかったかららしい。そうして無一郎が、ぼーっと空を眺める作業に戻ったために、いよいよ全員の視線が義勇に集中した。ここまであまりに強硬な反対意見が多かったため、禰豆子も不安げな視線を義勇に向けていた。

 

「……これは考える意味のあることなのか?」

 

真面目な顔をして出たその言葉に、場の空気が一気にヒリつく。捉えようによっては、バカにしているとも取れるその発言は、この場で放つには相当に相応しくないものであろう。

 

不思議そうに首を傾げる義勇に殺意すら抱きそうになったしのぶであったが、これを額面通りに受け取ってはいけないと察し、義勇と何度か言葉を交わす。

それを聞いていた柱達の表情は、怒りの表情から、徐々に呆れたような表情に変わっていき、最後には顔を引きつらせた。

 

しのぶが解読した結果、義勇の言葉は、そもそもここでどれだけ論じようとも、炭治郎自身の意志が分からなくては意味がないのではないか?という提案だったわけだが、彼の口下手が妙に言葉を省いた結果、喧嘩腰になっていたというのだ。

 

「そんなだからみんなに嫌われるんですよ」

 

「……俺は嫌われてない」

 

青筋を立てながらも、ニコニコとした笑顔のままで言い放つしのぶに、義勇はそう返したが、何故か柱達は義勇と目を合わせようとしない。禰豆子もまたこっそり顔を伏せる。

 

「皆の意見は分かった。禰豆子、君はどう思う?」

 

耀哉がこの場に禰豆子を呼んだのは、この質問のためだったのだろう。耀哉の言葉で柱達の視線は一気に禰豆子へと集まった。がんばって、と口をパクパクしている蜜璃の姿も、そんな威圧感の中にあっては認識できない。

 

禰豆子はビリビリとした空間の中で、自分の奥深くへと潜り、考える。甦るのはあの日の記憶。家族を失い、兄が鬼になった忌まわしき残酷な過去。

 

『逃げて!姉ちゃん逃げて!!』

 

『この程度の血の注入で死ぬとは。太陽を克服する鬼など、そうそう作れたものではないな』

 

必死で叫び、殺された母や兄弟。自分を庇って血を注入された兄。

至極なんでもないように、どうでも良いように、吐き捨てるように、そう言い放った鬼舞辻無惨。

 

鬼は恐ろしい。鬼舞辻無惨を直接目にし、目の前で家族を惨殺された禰豆子には、柱達の大半が兄を拒否する理由も意味も、十分に理解できた。理屈ではなく、鬼は恐怖だ。滅びるべき悪。信じることなど到底出来ないのは当然。

 

だが、兄は。

鬼は信じられないが、禰豆子にとって兄は何よりも信頼できる存在なのだ。他の誰が何と言おうと、無条件で信じられる。

禰豆子の答えは、刀を手にした時に既に決まっていた。

 

「兄は、竈門炭治郎は、必ず鬼舞辻無惨を討ちますっ。だから私は鬼殺隊に入りました!」

 

それは要領を得ない答えだっただろう。複雑に絡み合った禰豆子の心情、その根本の部分だけが弾け飛んだような言葉は、禰豆子の決意のようなものなのだから。しかし、その決意は、確かに一瞬だけ、歴戦の強者達である柱達を呑み込み、支配した。

 

耀哉は、そんな禰豆子に微笑むと、反論しようとする柱達を抑えるように口を開く。

 

「――暫くの間、柱には交代で、禰豆子と一緒に炭治郎の捜索をお願いするよ」

 

常に人手不足で大忙しの鬼殺隊で、一般隊士とは隔絶した強さを持っている重要な戦力である柱を、この任務にあてるということが、耀哉が炭治郎の存在をどれだけ重く見ているかの証明だった。

 

「何をどうするにも、まずは彼を見つけないとね。彼も含めて顔を突き合わせて、もう一度話し合おう」

 

炭治郎の処遇について、納得していない者もいたが、どうしようにも、確かに件の炭治郎を見つけないことには何も始まらないのは確かだった。

 

あの日、引き留められなかった兄を探す。今の禰豆子はあの頃の禰豆子とは違う。ただ見ているだけのか弱い女の子ではない。

そう自分を奮い立たせるように、刀の柄を強く握っていると――頭に、ふにょん!と柔らかいものが当てられている感触。鼻孔をくすぐるのは、ほんのりと甘い桜餅の香り。

 

「お館様!最初は私が禰豆子ちゃんと一緒に行きます!」

 

「うん、頼んだよ、蜜璃」

 

「はい!お任せください!」

 

 

ふんすっ、と気合い十分に自分を抱き締める蜜璃と、微笑ましそうにそれを眺めている耀哉に禰豆子は思った。

 

 

凄く不安だ。

 

 

前途多難な禰豆子の兄探しはこうして幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

――闇夜を月明かりだけが照す山中。

 

それは冷たく、ただ冷徹で、どこまでも深い赤の氷。

水晶のように透き通ったその赤に閉じ込められた鬼は、驚愕の表情のまま一切動くことはない。

 

その氷に寄り添うように、一人の男が立っていた。

 

灼熱のような赤銅色の長い髪を乱雑に後頭部で縛り、晒された額の左側には大きな傷。緑と黒の格子柄が描かれた着物はボロボロで胸元が大きく開いてしまっている。

男はその左耳に揺れている日輪が描かれた花札のような独特の耳飾りを触ると、真っ赤に染まった刀を鞘に納めた。

 

それと同時に砕ける赤い氷。真っ暗な闇夜でも、月明かりに照らされ美しく凄惨に舞う赤い結晶は、地に着く前に滲むようにして消えていく。それは不思議と優しく、寂しそうで、男は完全に氷が消えて無くなるまでそれを眺めていた。

 

「……俺もすぐにそっちへいくよ――」

 

男は呟きながら空色の襟巻きを巻き直し、炎のような模様の入った狐の面を顔に付け、歩き出す。その足取りはしっかりしていて、なのに消えてしまいそうで、炎のように熱い。

 

「――鬼舞辻無惨(・・・・・)を殺したその後で」

 

男、竈門炭治郎はそのまま闇へと消える。どこまでも暗く、深く、沈んでいく。

 

炭治郎は自らの何もかもを燃やして、やり遂げようとしていた。

 

殺された家族の復讐?それもあるだろう。しかしそれだけで心優しい少年だった彼が鬼とはいえ、命を無慈悲に狩り続けるなど出来はしなかっただろう。

人を食わず、鬼を喰らい、その力を飲み込み、剣を振るう。孤独で苦しく、熱くて冷たい。

 

そんな闇の中でそれでも進めるのはただ一人生き残った妹のため。

 

妹が、禰豆子が安心して暮らしていけるように。もう二度と何も失わずにいられるように。

 

綺麗な着物を着て、好きな人と一緒になって、子供をもうけて幸せになって欲しいから。

 

だから殺す。奪う者を。家族を殺し、自らを鬼へと変えた鬼舞辻無惨を。

 

鬼を殺す鬼。

人を食わず、人を助け。

鬼を喰って、鬼を狩る。

されど鬼殺隊に非ず、唯一人の狩人。

 

彼に助けられた人々か、彼と刃を交えた鬼殺隊か、彼を恐れた鬼共か。

誰が名付けたか彼の通り名は――『鬼滅』。

 

彼は鬼を殺し続ける。

鬼舞辻無惨を殺す、その日まで。




この後、禰豆子がそれぞれの柱と共に、炭治郎を探しながら、様々な事件に巻き込まれていく……というのがメインストーリーになる予定でした。
とりあえず思い付きと勢いだけで書いてしまったので短編にしました。
感想・評価の評判とぼくの気合い次第では続きを投稿したりするかもしれないので、その時はよろしくお願いします。
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