IFもしも鬼化したのが炭治郎だったら 作:カボチャ自動販売機
後の展開をあまり考えていなかったのですが、やりたい展開をいくつかと、最終話の構想は何となく出来上がったので二話目を投稿します。
話数が増えそうだったら連載に切り替えようかと思っています。
鼻唄を歌いながら、ご機嫌で体を揺すっている蜜璃の対面で、禰豆子は呆れながら空っぽになった大皿を眺めた。
蜜璃と二人での炭治郎探し。
鬼殺隊が誰も向かっていないにも関わらず、鬼から助けられた、という証言が多数出ている村がある、という情報を聞き付け、まずはそこへ向かっている二人。村までは相当な距離があり、10日はかかる。村人達が助けられた、というのも随分前のことで、そこに炭治郎がいる可能性は低かったが、何かの手がかりはあるかもしれない。そんな程度の淡い期待なため、とりわけ急いでいるわけではなかった。
そんなわけで、蜜璃の和菓子を食べよう!という提案を禰豆子に断る理由などなく、吸い込まれるように和菓子屋へと入店した。
入ってすぐに蜜璃が注文したのは桜餅――を100個。禰豆子は思った。聞き間違いか、と。店員もそう思ったのだろう。何度も聞き返すが、蜜璃はその度に笑顔で100個!と嬉しそうに言うのだ。
100個もの桜餅はすぐには出てこない。まずはどーんと目の前に大皿で20個程の桜餅が配膳されたのだが、蜜璃はそれを、パクパクと一口で止まることなく口に放り込んでいく。禰豆子が自分の分である3つを完食するころには、蜜璃はもう食べ終わろうとしているところだった。
全体を覆うようにくるむ桜葉の隙間から、淡い桜色のお餅が顔を覗かせる桜餅は、禰豆子の手のひらに収まる程度の大きさで、大きくはないが、それでも小さくはない。実際、禰豆子は3つも食べればいっぱいだった。それなのに蜜璃は満足した様子もなく、まだかな~、まだかな~と、楽しそうに次の桜餅を待っていた。
「禰豆子ちゃん、もう食べないの?いっぱい食べて良いんだよ?」
桜葉の程よい塩加減と、なめらかなこし餡の優しい甘さを、ふわふわのもち米が包む桜餅は、文句なしに美味しいのだが、食事には限度というものがある。
曖昧に微笑む禰豆子に、蜜璃はちらちらと周囲の客を見渡して、禰豆子の耳に口を近づけ両手で隠すように覆うと小さな声で言う。
「……もしかして私って食べ過ぎ?」
もしかしなくても食べ過ぎなのだが、もう蜜璃ともそこそこの付き合いになる禰豆子には、これを肯定すると相当に面倒だ、ということはすぐに分かった。それに、もう既に桜餅が後80個運ばれてくることは決まっている。どうせくるのなら美味しく食べるのが良いだろうし、その方が蜜璃さんも幸せ、と何かと理由をつけて自分を納得させると禰豆子は口を開いた。
「蜜璃さんは頑張っていますから、それくらい普通ですよ」
蜜璃は特異体質の持ち主。
彼女を構成する筋繊維の密度は、先天的要因によって常人の八倍にまで達している。これが外見上は細腕の巨乳美人でありながら、成人男性を遥かに上回る怪力の正体だ。
そしてこれが彼女の大食いの理由でもある。
蜜璃の特異な体質は体の維持・活動に莫大なエネルギーが必要になってしまうのだ。
相撲取り三人分とも言われる蜜璃の食事量は凄まじく、大柄な者もいる柱の中でも一番の大食漢と言われるほどだ。
食事の量を控えると意識が朦朧とするなど、身体機能に影響が出てしまうのだから仕方のないことなのだが、細身の女性の体にそれだけの食事がみるみる吸い込まれていく様子に驚愕してしまうのもまた、仕方のないことであった。
周囲の客達は自分の菓子を食べることも忘れ、口をあんぐりと開けている者までいて、鈍感な蜜璃でも何やら自分がおかしいのだと感じてしまうくらいだ。
とはいえ、楽観的な性格の蜜璃は禰豆子の言葉にパァッと表情を明るくし、安心したのか、そうだよね!美味しいものね!うんうん!と再び体を揺らして鼻唄を歌い始める。
禰豆子は数ヵ月間、蜜璃と師弟関係にあり、それなり以上に親しい間柄であるし、蜜璃の体質のことも、常軌を逸した大食いも、知っている。
師弟の頃は、殆んど毎日食事を一緒にしていたのだから当然なのだが、何度見ても驚愕する光景であることには変わりない。この人は桜餅を食べ過ぎてこんな髪色になっちゃったんじゃ、と禰豆子は冗談気味に思ったものだが、幸いなことに禰豆子はその答えを聞くことはなかった。甘露寺蜜璃という不思議生物は、本当に桜餅の食べ過ぎでこの髪色になってしまったのだから。
「うわぁ!美味しそう!こんなにいっぱいあるなんて素敵!」
いよいよ運ばれてきた残りの桜餅80個。禰豆子から見て、対面の蜜璃の姿が隠れてしまう程の山になった桜餅は見ているだけでお腹が膨れそうな光景だったが、蜜璃は、先程20個食べたことなど忘れたように、目をキラキラさせて、頬を赤くして拍手している。
「んん~!美味しい!」
同じものをそれだけの数食べて尚幸せそうな顔をしている蜜璃の姿に、やはり柱は格が違う、とどこかズレたことを禰豆子は考えながら、何気なく蜜璃の食事を用意している様に見えた甘露寺邸の使用人達を思い出していた。
甘露寺邸の使用人はその全員が料理人である。
普段はそれぞれが別の仕事を持っているが、食事時には全員が厨房に入り、配膳し、蜜璃の速度に負けないよう片付けては作りを繰り返しているのだ。その速さは国内随一であり、甘露寺邸出身の料理人ともなれば料理人界では一つのステータスと成りうる程。
この蜜璃の様子を見ていれば、そうなる理由も分かるというもの。彼らは必要になったがためにそうした料理スキルを身に付けたのだ。
甘露寺邸の人事について蜜璃は特に要望を言ったりせず、運営も丸投げなため、使用人達が独自に人材教育、雇用を行った結果、このようなことになったのである。禰豆子が弟子になった当初、満漢全席のような大量の食事を出されて、いじめかなと思ったものだが、蜜璃のせいで使用人達の感性がぶっ壊れていただけである。尚、禰豆子が食べられなかった分の食事は蜜璃によって綺麗に無くなったわけだが。
「美味しかった~!んー、今日のお夕飯は何かなー」
体質とか関係なく、この人は元来の食いしん坊なのではないか。100個もの桜餅を食べ終わってすぐに出た言葉が夕飯の話だったことに、禰豆子はジトッとした目を蜜璃に向けた。禰豆子の視線に晒された蜜璃は首を傾げており、その意味には気がついていないのだろう。
蜜璃は、軽く村人の月収くらいのお支払をして、大満足で店を出た。桜餅を急いで作り過ぎて屍の様になっている職人達が見えた気がしたが、禰豆子は気のせいだと信じることにした。
「この先の村の近くで鬼の目撃情報があったらしいから、夜はお仕事だね!」
村を出て山道に入ろうと二人が並んで歩いていると、生えているのか、装飾しているのか、頭に何やらモサモサとした毛のようなものを載せた真っ黒な
このような鴉を
人語を使い隊士とコミュニケーションをとることもできるほど頭がいいため、隊士一人一人につけられており、隊士に本部からの通達を伝えるなど伝令としての役割を持つ鴉だ。性別や性格もバラバラで個性豊かで、蜜璃の鴉のようにおしゃれをしている鴉も多い。
最近、この周辺では女の子が行方不明になる事件が相次いでいて、先の村ではつい昨日、一人女の子がいなくなったというのだ。
情報にあった村は二人の足なら二時間とかからない。日が落ちる前には到着できるだろう。炭治郎を捜索しながら、こうして事件があれば仕事に向かう。常に人材不足の鬼殺隊には最高戦力である柱を遊ばせておく余裕はない。
お腹を満たした二人は、蜜璃の鴉に導かれるようにして、次の村へと向かった。
◆
「うわぁあああん!!ごめぇええんねぇえええ!!」
「みみ蜜璃さぁあああん!?」
蜜璃は走っていた。ドバドバと涙を流しながら、溢れんばかりの胸を揺らして、その手で禰豆子の手を掴んで爆走している。
もはや地に足が付いておらず、蜜璃の怪力で宙に浮いたまま超スピードで引っ張られている禰豆子にはその謝罪に答える余裕はない。コントロール不能の暴走機関車に引っ張られながら、目の前スレスレを木やその幹が通り過ぎていくのは、絶叫恐怖体験だろう。
年頃の女の子二人は、絶叫しながら夜の山を転がるように駆け下りていく。
全ては蜜璃のうっかりから始まった。
血鬼術。
日光以外では死なない不老不死性と、超人的な身体能力や怪力を持つ鬼にはそれとは別に、一定以上の実力を備えた鬼に発現する異能の力がそれだ。
千差万別かつ非常に多岐に亘るため、鬼殺隊は常にあらゆる状況を想定する警戒心と、敵の能力を見極める観察眼が必要になってくる。柱ともなれば、その能力は極めて高い――恋柱以外は。
「女の肉は柔らかいから好きだぁ」
口から涎を垂らした巨漢の鬼。体の所々に穴が空いていて、ひび割れたような肌に、背中からはコブのように左右に二つ大きく肉が飛び出していた。
少女が二人、夜道でこのような化物に遭えば、泣き叫び、腰を抜かして震えるしかないだろうが、彼女達は違う。鬼を狩る者、鬼殺隊の一員だ。
「今日は私が禰豆子ちゃんに格好いいところを見せるわ!」
その鬼殺隊の中でも最強の一人である蜜璃は張り切っていた。
日が落ちる前に村へと到着し、情報収集をし日が落ちてから、目撃や被害があったという情報の多かった森へと入った二人は、すぐに鬼と遭遇した。蜜璃は率先して禰豆子の前に出る。
師弟関係にある時、ろくに技を教えられず、折角出来た初めての弟子を、伊黒小芭内に奪われ(逆恨み)、中々格好いいところを見せられていない。もしや、自分の格好いい所をみれば、恋の呼吸を学びたい!と弟子に戻ってくれるかも!という気持ちもあった。
「色鬼って知ってるかぁ?」
蜜璃は鬼の話に耳を傾けず、即座に自らの日輪刀を抜き、攻撃へと移った。
蜜璃の日輪刀は、鬼殺隊の日輪刀製作を一手に担っている刀匠の里、その長である鉄地河原鉄珍が打った特殊な刀、『変異刀』である。
その紙のように薄く、布のようにしなやかでありながら、達人が扱えば決して折れる事の無い薄鋼の刀身は正に傑作の一刀。
蜜璃はこの変異刀を高速克つ変幻自在に振るうことで、高威力、広範囲の攻撃を実現していた。
蜜璃は体勢を低くして踏み込み、グッと体を縮めて飛び出し、爆発的な加速と共に、そのしなる刀を連続で振るう。
――【恋の呼吸・壱の型 初恋のわななき】
目にも留まらない超高速の斬撃が蜜璃の怪力で繰り出されれば、その威力は計り知れない。そのあまりの斬撃の速さに、死ぬその時まで斬られたことに気づかない鬼もいる程だ。
「
斬撃の嵐の中を鬼は無傷で立っていた。相変わらず涎をべたべたと地面に滴ながら、目をぐるぐると動かして笑っている。
「嘘ぉ!?どうしてぇ!?」
その丸太のように太い腕で殴りつけてくる鬼の攻撃をかわしながら、蜜璃は再び刀を振るうが、やはり蜜璃の攻撃によるダメージは一切ない。
――【水の呼吸・参ノ型 流流舞い】
禰豆子は驚愕する蜜璃の横をすり抜け、流れるように鬼の攻撃を回避しつつ、斬りつけるが、鬼からは一滴の血も流れなかった。
「お前も桃色、可愛い桃色、食っちゃおう、桃色食っちゃおう」
禰豆子を捕まえようとその姿を追う鬼に、駆け出した蜜璃が飛び上がる。
――【恋の呼吸・参ノ型 恋猫しぐれ】
蜜璃は猫のように飛び跳ねながら、縦横無尽に斬りつけていく。予測不可能な斬撃を鬼はかわそうとせずにそのまま受け続けた。
「オッ、オッ?」
蜜璃の攻撃に、意味のない声を漏らしているものの、体に傷はなく、これ以上の攻撃は無意味と判断した蜜璃は、そのまま後方に大きく飛び、巻き込まれないように離れていた禰豆子と合流した。
「禰豆子ちゃん、まずいかも!」
「蜜璃さん、柱なんですからそんな情けない顔で私の方を見ないで下さいよ!」
「だって全然攻撃効かないんだもん!」
格好いい所を見せるどころが、最高に情けなかった。汗をダラダラ流しながら涙目で弟子にすがるような目を向けるのは、柱としても、師としても最悪である。
「くひっ、お、お前ら俺を斬ったな?桃色で斬ったな?そうだな?」
鬼のコブが水が沸騰するような音を鳴らしながら膨らみ、穴からは桃色の蒸気が出始めた。
明らかな異変。
禰豆子は観察に集中する。感覚を研ぎ澄まし、ただ分析することに力を注ぐ。
鬼の基礎能力はそれほど高くない。力は強いが動きは鈍く、単調な攻撃しかしてこない上に、こちらの攻撃を見切れもしない。攻撃が通りさえすれば、蜜璃どころが、禰豆子であっても苦もなく滅することができるだろう。
問題なのは柱である蜜璃の攻撃ですら無傷で乗り切るその異常な固さだ。斬った感触は確かにあるのに、ダメージが通らない、不思議な感覚。
外観としては最初同じくらいの大きさだった左右のコブが、左側だけ不自然に膨らみ、血管のような管が浮き上がり、脈打つように動いている。
「
嬉しそうに、楽しそうに言う鬼に、禰豆子は一つの推測へと辿り着く。それは義勇から凪を分析した超直感とも言うべき、一を聞いて十を知るようなそんな能力。
「――蜜璃さんっ!攻撃しちゃダメです!」
禰豆子のその才能が導き出した答え――それを口にする前に蜜璃は動き出してしまった。禰豆子の制止も聞かず、刀を振るう。
「桃色はっ!恋の色なんだからぁ!」
――【恋の呼吸・弐ノ型 懊悩巡る恋】
刀のしなりを利用し、敵を螺旋状に斬り裂く、紙のように薄く変幻自在の軌道を描く変異刀でなくては出来ない予測不可能の斬撃――
「へ?」
――それは実現せず、攻撃が鬼に触れた瞬間、蜜璃の日輪刀が消えた。
間抜けな顔で、刀を持っていたはずの手をにぎにぎしながら固まった蜜璃が、ダラダラと冷や汗を流し始める。
「また桃色が集まったぁ」
鬼の血鬼術、【色鬼】。その能力は複雑怪奇だ。
左右のコブにそれぞれ一色ずつ、その色の物を溜め込み、その物と同色の物では体に傷一つつかない。
さらには、そのルールに逆らい自らに触れ続けた同色のものを支配することができる。
今、左コブに保存されているのは桃色。女の子だけを食らい続け、その着物を蓄えていたからだ。
よって、桃色の日輪刀ではダメージを与えることは一切できず、それでも攻撃を繰り返した蜜璃の桃色の日輪刀は、支配されてしまい、鬼に吸収されてしまったのだ。
そんな詳細な能力までは分からなくとも、感覚的にどういうことが起きたのかを悟った蜜璃の行動は早かった。禰豆子の手をひっ掴むと、そのまま背を向けて山を駆けたのだ。こうして話は戦いの冒頭に戻るわけである。
「何あれ!?何あの鬼!?刀取られちゃった!?どうしよう!もう、どうしよう!ねぇ、禰豆子ちゃん!?禰豆子ちゃああん!!」
「蜜璃さん!ちょっと待って!本当に待って!きゃぁあああ!!」
頚を日輪刀で完全に切断しなければ鬼は殺せない。蜜璃にどれだけの怪力があろうとも、日輪刀が無くては、日光に晒す以外に鬼を殺す方法は無く、まだまだ夜明けまでは時間がある。
蜜璃の逃げる、という判断は正しいだろう。この時点で既に、蜜璃は敵の攻撃無効化の条件が色であることを察していた。蜜璃の奪われてしまった日輪刀も、禰豆子の日輪刀も、桃色の範疇に収まる色、鬼を殺す手段が無いのだ。深追いするよりも、逃げてこの情報を伝え、複数種類の呼吸の使い手でチームを組み、討伐するのが最善。
その蜜璃の逃走を止めたのは禰豆子だった。禰豆子の懇願で停止した蜜璃は、そこで始めて青白い顔で目をグルグルに回している禰豆子に気がついた。
「わわわ!?禰豆子ちゃんごめんねぇ!?」
やっと地に足が着いた禰豆子はそのまま、ふらふらと座り込む。まだ頭はグラグラしていて、逆流してきそうな桜餅を無理矢理に耐える。気分は最悪で、地面だろうとなんだろうと、このまま寝そべってしまいたかったが、今はそんな状況ではない。
禰豆子は覚束ない手先で、何とか腰に挿していた刀を鞘事、蜜璃に手渡した。
「ね、禰豆子ちゃんこれは!?」
鞘から抜けば、そこには美しい水色の刀身。最初に持った持ち主の適正によって刃の色が変わる日輪刀、水色は水の呼吸に適正を持つ者に出る色。
「予備で常に一本持ってるんです。これは元々私のではないので刀身は水色ですよ」
「禰豆子ちゃん大好き!!」
抱きつく蜜璃に、今は出そうだから勘弁して欲しいと思いつつ、最早口を開くのも難しい。
禰豆子は常に二本の日輪刀を帯刀している。普段使用している淡い薄紅色の日輪刀と、もう一本――鱗滝左近次の元で修行をしていた時に炭治郎が使っていた日輪刀だ。
ずっと見ていた。炭治郎が鬼になってから2ヶ月間、その刀が炭治郎によって振られるのを、ただ塞ぎ込んで見ていただけだった。
禰豆子は、炭治郎が去った後、始めてその刀の重さを知った。鋭さを知った。脆さを知った。
鬼になったからといって、ただ力が強くなったからといって、この刀で岩を斬るなど到底無理に思えた。
『その日輪刀は自害させるために渡したものだ。自我はあっても、すぐに人を喰いたくなる。自制できなくなったら死ねとその日輪刀を渡した』
それだけではない。育手である鱗滝左近次が自我を保っている炭治郎を前にしても、そう判断したように、鬼の血を、性質を、ただその精神を持って抑え込むなど無理なのだ。今までの誰にも出来なかったことなのだ。
炭治郎はただ岩を斬ったのではなく、鬼舞辻無惨の血にすらその強靭な精神力と、誰も傷つけたくないという優しさで、打ち勝ったのだ。
ただの一度も禰豆子を傷つけることはしなかった。禰豆子の前ではずっと兄でいてくれた。
兄は凄い。凄く強い。
どれだけ修行しても、どんな技を身に付けても、追い付ける気がしない。
それは鬼としての強さではなく、竈門炭治郎が持つ人間としての強さ。
大きな篭にいっぱいの炭を詰めて、手を振りながら山を下りていく、兄の強さには。
少しだけそんな力を貸して欲しかった。鬼と対峙する勇気が欲しかった。
家族を殺されたあの日の夜のことを、今でも夢に見る。泣き叫ぶ弟と妹、最期まで守ろうとしてくれた母、何の感情も感じられない鬼舞辻無惨。
震える夜も、涙が溢れそうな夜も、兄の姿を思い出せば耐えられた。
笑いかけ、頭を撫で、食べず、眠らず。ただ優しく、ただ剣を振り、ただ強い。
鬼になっても何も変わらず接してくれた、兄。
私はその妹なんだ。出来る、頑張れ、頑張れ禰豆子!そう自分を奮い立たせることで、禰豆子は初めて鬼と対峙できるのだ。炭治郎の日輪刀は、そのためのお守りだった。
「よーし、あの鬼、散々やってくれて、許さないんだから!」
気合い十分の蜜璃は、数十メートル先に、鬼の姿を捉えた。桃色の蒸気がその体から排出されており、夜の闇の中でもその居場所は分かりやすい。
「え、その構え……」
「ふふ、私の恋はね――」
蜜璃の元で修行をしていた禰豆子には分かる。構えた型は恋の呼吸ではない。抜刀した刀を構え、地が沈むほどに力を込めると、蜜璃は飛び出した。
――【
禰豆子の目を持ってしても捉えきれない程の高速、炎の残像だけを残して蜜璃の姿が消える。
「――燃えるんだから!」
超高速の突撃は、鬼まで直線にただ真っ直ぐ、炎の渦を生み出し、邪魔をする木々を抉り取って、突っ込んでいく。
轟音と共に、鬼の懐に現れた蜜璃が放つのは、木々すら粉砕する超高速の突進、その全てが乗せられた熱く滾る恋の情熱。
防御しようと顔の前で閉じられた丸太のような太い腕も、その頚も、紙切れのように吹き飛ばし、蜜璃は消滅していく鬼のコブから吹き出した、着物や、髪飾りが降る中で、天より降ってきた、自らの愛刀を掴むと、遥か先の禰豆子に、どうだ!と言わんばかりにそれを掲げて、その豊満な胸を張った。
「私、蜜璃さんのこと初めて格好いいと思いました」
「えへへ……え!?」
木に体を預けて座り込むまだ本調子ではない、禰豆子の元へ、蜜璃がドヤ顔で帰ってくると、最初に言われたのがそれだった。
褒められた、と照れるのも数瞬、すぐにその言葉の意味を悟ってショックを受けたような顔をする蜜璃に、禰豆子は続ける。
「それにしてもあの鬼、桃色ばかり溜め込んで、蜜璃さんみたいでしたね」
「禰豆子ちゃん、もしかして怒ってるぅ!?ねぇ、怒ってるのかしら!?」
顔は笑顔なのに、明らかに怒っている。まるでしのぶちゃんみたい!と蜜璃はガクガク震えながら禰豆子にすがった。桜餅を食べていた時、普通だと言ってくれたじゃない、と情けない顔も追加だ。
「いえ、別にバカみたいな力で振り回されて怖かった、とか、柱のあんな情けない姿見たくなかった、とか思ってませんよ、本当ですよ、桜餅柱の蜜璃さん」
「禰豆子ちゃんが伊黒さんみたいになってる!?」
やっぱり禰豆子ちゃんも食べ過ぎだって思っていたのね、そうなのね、と涙目になる蜜璃。そのネチネチとした言い回しは、正しく小芭内のそれであり、またも本人の知らぬ所で勝手に好感度が下がっていく。
「止めてくださいよ、私が凄く性格ねじ曲がってるみたいじゃないですか」
「禰豆子ちゃん伊黒さんのことそんな風に思ってたのね!?伊黒さん可哀想!」
いや、私より蜜璃さんの方がずっと酷いことしてますからね?
そう思った禰豆子は、文通が返ってこなくなって久しい蜜璃からの手紙を、毎日一日千秋の想いで待っている姿を思い出して逸そ哀れにすらなった。蜜璃さんには後で小芭内さんに手紙の返事を出すように言っておこう。そう決めた禰豆子だったがその優先順位は相当に低かった様で。
「さあ、大分調子も良くなってきたので、宿に行きましょうか。早く湯浴みしたいです」
「そうね、一緒に洗いっこしましょうね!」
「あ、それは良いです」
「どうしてぇええ!?」
戦いを終えた二人は女子らしく賑やかに、涙目の蜜璃と、なんだか蜜璃の反応が楽しくなってきてしまった禰豆子とで、村へと帰る。宿について、湯浴みをする頃には、もう小芭内のことはなにもかも忘れていた。
次の日も、その次の日も、小芭内の元に手紙が届くことはなかったのである。
コンセプトとして、甘露寺邸の使用人の話とか想像も交えつつ、竈門兄妹以外も原作ではやらないであろうことをさせていきたいな、と思っています。
では、次話もよろしくお願いします。
大正コソコソおまけ話
――宿のお風呂にて――
(゜-゜)アレ? 禰豆子「そういえば、散々やってくれてって、向こうは何もしてませんよね?蜜璃さんが攻撃して、勝手に日輪刀奪われただけじゃ」
(;つД`)桜餅柱「禰豆子ちゃん、もういじめないで!?」
( ・∇・) 禰豆子「なんだかたのしくて、つい」
( ; ゜Д゜)アワワ 桜餅柱「禰豆子ちゃんが、新しい何かに目覚めてるぅ!?」