IFもしも鬼化したのが炭治郎だったら   作:カボチャ自動販売機

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今話はやりたいようにやった。反省はしていない。


4話 胡蝶しのぶ

初めて素直に尊敬できる柱かもしれない。

 

禰豆子は、自身が継子となる予定の柱、『蟲柱』胡蝶しのぶを前にして安心し、憧れすら抱いていた。

素早く惚れ惚れするような剣技。広く深い医療の知識を持つ研究熱心な才女。天女もかくやという常に微笑みを浮かべた美貌。

 

その全てが尊敬に値する目指すべき柱の姿に思えた。またも脳内で桃色の塊が胸を張って自己主張を繰り返しているが、それは放り捨てる。

 

「禰豆子さん。来て頂いて早々、申し訳ないのですが、暫く研究で籠りっきりになってしまうので」

 

「はい、分かりました。丁度、そろそろ蜜璃さんのところへ行かないとまずい時期だったので、そっちへ行ってきます」

 

最後に甘露寺邸を訪れたのは二週間以上前になる。小芭内との探索を終えた後に訪れたのが最後で、その後は一人での任務をこなしていた。柱とばかり旅をしていると、実践経験がどうしても足りなくなる。柱達も忙しく、常に誰かが炭治郎探索に出れるわけでもないため、禰豆子はその時間で、着実に実践経験を積んでいった。

 

そうして分かるのは、やはり自分では水の呼吸を極められはしないだろう、ということ。

 

【水の呼吸・拾壱ノ型 凪】。

冨岡義勇が編み出したその独自の技を修得し、恋の呼吸、蛇の呼吸、と独自性の強い呼吸を間近で体感したことで、その想いは日に日に強くなっていた。

 

見えそうで見えない、進むべき道。

 

迷いの中にあった禰豆子は、ついに自らの日輪刀が示したと思われる適正、花の呼吸の元使い手『蟲柱』胡蝶しのぶの元を訪れることになったのである。

次に炭治郎探索に出るまでの間は、ここでしのぶの継子にして、花の呼吸の使い手でもある栗花落カナヲと共に、修練に励むこととなったのだ。

 

とはいえ、やはり忙しいのが柱という職業。それに加えてしのぶは、藤の花から特殊な毒を精製したりと研究面でも大いに鬼殺隊に貢献しており、そちらも忙しい。禰豆子が来た初日である今日、技を見せてもらい、指導にあたってもらったものの、それもどうにか捻出した時間だった様でとても慌ただしかった。

禰豆子が正式な継子となれていないのも、最近のしのぶの多忙さ故であり、炭治郎捜索の任務を考えると、そうなれるのは随分と先のことのように思えた。

 

「全くあの人は。嫌なら嫌と突っぱねてしまって良いのですよ?」

 

呆れたように言うしのぶに、禰豆子は微笑んで返した。

禰豆子も蜜璃と文通を始めており、今朝届いた蜜璃からの手紙には、次はいつ来るのか、とそればかりで呆れるくらい露骨な催促の手紙だった。あまり放置しておくと、突撃してくるのが目に見えているので、その前に出向いた方が楽だ。それに――

 

「良いんです。蜜璃さんのそういうところ、実は私、嫌いじゃないですから」

 

普段は表にも出さないが、禰豆子だって蜜璃を慕っているのだ。会えれば嬉しいし、安心するし、一緒にいられれば幸せ。

尊敬とはまた違うが、姉のようにも、妹のようにも思っている。甘露寺邸へ行く度に、おかえり!と嬉しそうに迎えてくれる蜜璃が、禰豆子にとって大きな存在であることは間違いなかった。兄以外の全ての家族を失った禰豆子にとって、蜜璃はもう帰る場所になりつつあったのだ。――柱として尊敬されたい蜜璃としては、やや複雑かもしれないが。

 

 

 

 

「禰豆子ちゃん!待ってたのよ!」

 

甘露寺邸に到着すると、飛んで来た蜜璃が禰豆子を抱き締め、頭をヨシヨシして、手を引っ張って中へ連れていく。慌ただしくて、激しい歓迎は、師弟関係が終わり、甘露寺邸を離れてからというもの、何度訪れても収まる気配はない。それが少々煩わしくもあり、それ以上に嬉しい。禰豆子はもう、人懐っこく、蕩けた様に笑う蜜璃の笑顔に、帰ってきたんだ、と感じられるようになっていた。

 

「丁度取れたての蜂蜜が沢山あるの!巣蜜をねぇ、パンケーキにのっけて食べると超絶美味しいのよ~!バターもたっぷり塗って!紅茶も用意して!」

 

手をぶんぶん振りながら禰豆子を連れて歩く蜜璃。すれ違った使用人達は、皆一様に、禰豆子へ、おかえり、と声をかける。

 

昼食は蜜璃の宣言通り、パンケーキだった。何段にも積み重なったそれは、座った禰豆子の頭程の高さがある。巣蜜と共にたっぷりの蜂蜜とバター。その隣には付け合わせのように切って盛られたフルーツ。

ここでの食事に慣れている禰豆子は、洋食も食べ慣れているし、ナイフやフォークも使えるが、これはどう食べたら良いのか困惑してしまう程のサイズ感だ。

 

「しのぶちゃんのところはどう?やっぱり帰ってくる?帰ってきちゃう?」

 

「まだ一日しか行ってませんから」

 

ぐいぐい迫ってくる蜜璃に、禰豆子は苦笑い。小芭内のところへ行ったときも、こんな風に迫られたことがもう懐かしく感じる。蜜璃はまだ禰豆子を継子にすることを諦めてはいないようだが、禰豆子としては恋の呼吸を引き継ぐ、という意味での継子としては、自分では務まらないと理解していた。

禰豆子の様子に、蜜璃は今回は引くことにしたのか、話題をしのぶについてに変えてきた。

 

「指導は凄く分かりやすいですし。いつも笑ってて、優しくて。適切な医療技術を周知したりもしていますし、とても立派な方だと思いました」

 

蜜璃は、しのぶばかり褒められるのが気に入らないのか、むっと頬を膨らませていたが、はっとしてキラキラとした目を禰豆子へ向けた。

 

「禰豆子ちゃん、私もいつも笑ってるわよ?」

 

ニコニコ、キラキラ、と笑みを浮かべて自分を指す蜜璃に、禰豆子もまた、満面の笑みを浮かべた。

 

「しのぶさんの笑みは大人っぽいけど、蜜璃さんは……うん、私は素敵だと思いますよ」

 

「なんで濁すのぉ!?」

 

パンケーキ美味しいですね、と露骨に話を逸らす禰豆子。蜜璃の笑顔が素敵だと思っているのは本当ではあるが、どこか子供っぽいのも、また事実。

少しの間、拗ねていた蜜璃ではあるが、美味しいものを食べればコロッとご機嫌になる。パンケーキを半分ほど食べ終わる頃にはもうすっかり元通りだ。

 

「炭治郎君の探索、次は誰と一緒に行くの?」

 

柱には担当区域があるため、基本的に目撃情報などがあれば、その担当と共に探索をする。特に目撃情報などがなければ、比較的鬼の出現頻度が低くなってきた区域の柱が担当したり、他の柱が区域を広げてカバーし合い担当者を排出したりとしている。

 

「『霞柱』の時透無一郎さん、ですね」

 

「無一郎君!」

 

何故か嬉しそうな反応の蜜璃。他の柱と一緒に行く報告をした時も同じ反応であったため、恐らく誰でもこの反応なのだろう。

 

「無一郎君はね、凄いのよ!刀を握って二ヶ月で柱まで昇格しちゃったんだから!」

 

二ヶ月だなんて、禰豆子はまだ素振りしかしていなかった時期だ。その期間で剣士の頂点たる柱まで昇格するなど、どれだけの才能なのだろうか。戦慄する禰豆子に、蜜璃は大きく切ったパンケーキをフォークに刺しながら続ける。

 

「無一郎君の後は、また私と行きましょうね!炭治郎君、会ってみたいわぁ」

 

柱達は基本的に炭治郎へ良い感情を持っていない。炭治郎の鬼殺隊加入賛成派のしのぶでさえ、炭治郎の能力は評価していても、炭治郎自体への感情は良いものではないだろう。そんな中、禰豆子の兄というだけで、容認している蜜璃は、意外にも禰豆子の支えになっていた。兄を探して良いのだと、共に戦えるのだと、反対されようとも、そう思い続けていられるのは、この笑顔のおかげなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘露寺邸で5日程過ごし(本当は3日で帰る予定だった)、中々帰してくれそうにない蜜璃を何とか振り切って蝶屋敷へと帰還した禰豆子。

 

「あれ?」

 

帰って来たことを報告しようと、しのぶの部屋を訪ねたのだが、ノックをしても返事がない。蝶屋敷の誰に訊いても、しのぶはここにいる、というのだから、この部屋にいるのは間違いないのだが、人のいる気配さえない。まだまだ昼間のこの時間に寝ているとも考えにくいが、徹夜をすることも良くある、とも聞いていたこともあり、寝る時間がずれ込んでいる可能性も考えられた。起こすのも悪い、と禰豆子が立ち去ろうとすると、微かに、声のようなものが部屋から聞こえた。

禰豆子の超直感なのか、何となく嫌な予感がして、眠っていたらごめんなさい、と心の中で謝りながらドアをゆっくり開ける。

 

しのぶはやはり部屋にいた。ドアを開けてすぐの床に、ぶっ倒れていた。

 

「し、ししししのぶさん!?」

 

気をつけの姿勢のまま倒れてしまったかのように、顔面から床へピターンと倒れたしのぶがいたのだ。

慌ててひっくり返して、その頭を膝へのせると、苦しそうな表情をしたしのぶが、絞り出すように一言。

 

「んん……お腹が……空きました……」

 

ああ、この人もか。

 

禰豆子は涙目になりながら、しのぶを横抱きに抱えると、部屋から運び出す。異様に軽いしのぶのお腹がぐう~と鳴って、早く早くと催促しているようだった。

 

 

 

 

 

研究に没頭すると、空腹も疲労も寝不足も、全て感じなくなる。それが、ふと研究が一段落して我に返ると、ドッと押し寄せてくるのだ。いつものしのぶなら、自分の肉体のギリギリで作業を止められていたのだが、炭治郎のことで、上弦の弐の話が出てからというものの、研究に熱が入り過ぎていたのだろう。あと少し、あと少し、と時間が徐々に延びていって、それがここまで積み重なり、ついに倒れた。

そこを、たまたま禰豆子が発見し、救出したというわけだ。

 

柱って、誰も彼も人として必要な何かをどこかへ忘れている気がする。

それは犠牲にしたとかそんな格好いいものではなくて、たぶん元来の気質で、そういう人だから柱となれるのかもしれない。

 

禰豆子はそんなことを考えながら、調理場に立っていた。昼食はもうとっくに終わった時間だが、空腹のしのぶに、何か食べ物を与えなくてはならない。

 

慣れた様子で一通り料理の準備を済ませると、食材を見て少しだけ考えて、調理を開始する。

 

まず、一人用の小鍋にご飯と水を入れて1度沸騰させ、すぐに弱火にする。

梅干しの種を丁寧に取り除いて、その果肉を食べやすいように切って、鍋へ。隠し味は蜂蜜。

蜂蜜は体内に取り込まれてから素早くエネルギー源として働き始めて、胃腸に負担も掛からず栄養分となるため、病人食などとの相性は最高だ。

お米と梅の香りを楽しみながら、コトコトと煮ていき、ご飯が柔らかくなったところで火を止める。

そこへお米を煮ながら同時に作っていた昆布ダシを加え、かき混ぜれば完成。

 

「しのぶさん、出来ましたよ」

 

梅と蜂蜜の粥。

しのぶは疲労と寝不足と空腹という、三重苦で苦しんではいるものの、病人ではないが、体調不良であることには間違いなく、丁度、甘露寺邸でお土産として蜂蜜をもらったばかりだったこともあり、即席で考えたメニューだったが、その完成度は高い。

甘露寺邸で仕込まれた禰豆子の料理スキルはどこに嫁へ出しても恥ずかしくはない程に仕上がっており、禰豆子自身の超感覚もあり、新メニューの開発能力は甘露寺邸の料理人達も目を見張る程だ。

 

「お、美味しそう……」

 

仮眠を取っていたしのぶのお腹が可愛らしく鳴った。湯気を立ち上らせた熱々のお粥は、空腹のしのぶには輝いているようにすら見える。

 

「熱いので良く冷ましてから食べてくださいね」

 

禰豆子の忠告通り、ふぅふぅとレンゲで掬ったお粥に息を吹き掛けて、しっかり冷まして口に入れる。淡いお米の甘味と、それを引き立てる梅干しの酸味。昆布だしをベースにしたそれは薄味でありながらも、しっかり味を楽しめる絶妙な味付けで、隠し味の蜂蜜が最後に少しだけ顔を出し、また次を食べようと思わせるようなさっぱりとした甘さが喉を抜ける。

 

「……美味しい」

 

空っぽのお腹に、苦もなく吸い込まれていくお粥は優しく、次々と口に運んで綺麗さっぱり無くなった。見事なまでの完食である。

 

「栄養を取らないとですから、良かったらこれもどうぞ」

 

しのぶが食べ終わったのを見計らったかのように、調理場から出てきた禰豆子の盆の上にあったのは、冷たいグラスに注がれたレモネードと、涼しげな器に盛られたレモンの蜂蜜漬けだった。

 

レモンの蜂蜜漬けも、蜜璃からのお土産で、禰豆子が美味しいと言ったからか、大量に持たされたのだ。蜂蜜にもレモンにも疲労回復効果があるため、今の状況には丁度良い。飲み物として用意したレモネードは禰豆子のお手製だ。お手製、と言ってもレモンの蜂蜜漬けから作ったものである。

レモンの蜂蜜漬けを水に浸して混ぜ、味を整えたものだが、十分に甘く美味しい。

元は同じものなのだからレモンの蜂蜜漬けとレモネードの相性は抜群。

 

爽やかな甘さと酸味は、体に染み渡るようで、全て食べ終わるころには、しのぶはすっかり幸福感で満たされていた。どうにも抜け切らなかった倦怠感が無くなっているくらいだ。

 

すると、途端に睡魔が襲ってきた。このまま眠れば絶対に気持ちいい。甘い睡眠への誘惑。しかし、まだ眠るわけにはいかない。もう少し、あと少しだけ、研究を先に進めたい。常にまとまった時間が取れるわけではない。任務が入ればすぐにでもいかなくてはならないのが柱だ。こうして時間が空いているときに、進めておきたいと思ってしまうことも、倒れる大きな原因の一つなのだろう。

 

「申し訳ありませんでした、何から何まで。このお礼はまた後日しっかりと」

 

「えっ、しのぶさん、研究続ける気ですか?」

 

立ち上がろうとしたしのぶへの、禰豆子の問は笑顔だけで返す。ここまで介護されておいて研究を続けるというのは、罪悪感がないでもないが、やれるときにやっておかなくては、という精神がそれに勝る。

 

「また、倒れますよ?」

 

「大丈夫です、食べたら治りましたから」

 

笑顔のしのぶに、禰豆子はジトッとした目を向けた。常識的に考えて、倒れるほどの疲労と寝不足は、満腹になったからといって治ったりしない。しっかり休んで初めて回復するのだ。医学に詳しいしのぶでなくても、それこそ子供だって分かることだ。

 

「食べてすぐ治るわけないじゃないですか、何日寝ていないんですか」

 

しのぶは笑顔のまま答えない。自分でも何日寝ていないのか分からなくて、冷や汗が流れてきたくらいなのだから答えられるわけもない。

 

「で、では私はこれで――」

 

「――どうしてもじっとしていられないなら……こうですっ」

 

逃げるように立ち去ろうとしたしのぶの手を、掴んで引っ張る禰豆子。

普段のしのぶならいざ知らず、弱りきった今では避けることも出来ず、そのままふらっと倒れてしまう。

 

「はい、大人しく眠ってください」

 

優しく受け止められた先には禰豆子の膝。

そこへ頭を乗せられると、立ち上がる気持ちが無くなって、抗いがたい睡魔が襲ってきた。何かの血鬼術かと思ってしまうくらい、体がふやける。頭を撫でられている。優しくすくような、子供をあやすような……ダメだ、このままでは――

 

 

 

 

 

 

 

『しのぶは本当は甘えん坊さんなのよね~』

 

――風邪で弱っているとき、姉に言われた。その優しい声と、頭を撫でる手とが、どうにも心地よくて、ああ幸せだな、と実感できる一番の時間で。しのぶは何も言わずに、されるがまま、その心地よさに身を預ける。分かっている。これは夢だ。過去の記憶だ。姉はもういない。この手で看取った姉。鬼に殺された姉。

 

『もっと甘えないと駄目。疲れたら休んで、お腹が空いたら食べて、眠くなったら眠るのよ。姉さんは、しのぶの笑った顔が一番好きだなぁ』

 

――パチリッと、突然微睡みから目が覚めた。あらあら~と、姉の緊張感のない声が遠くで聞こえた気がした。

 

「あ、起きました?」

 

目の前にあったのは、当然、姉の顔ではなく、つい最近、しのぶの住む蝶屋敷にやって来た継子となるはずの禰豆子の顔で。

 

急速に顔が熱くなる。全て察した。不幸なことに記憶は全部ある。

自分は少女の膝の上でぐっすりと、それはもう心地よく、かつてないほど健やかに、眠っていたのだ。体を丸めて幼子のようになって、眠りこけていた。

 

しのぶを、かつてない羞恥が襲う。

これから何を指導したって、部屋でぶっ倒れて、手作りご飯を食べて、膝の上で爆睡した事実は変わらない。一体どんな顔をして指導すれば良いというのか。何を言っても滑稽なだけな気さえしてくる。

 

「良く眠れましたか?」

 

禰豆子の問いかけが辛い。当然ながらぐっすり快眠だった。だからと言って開き直って、素晴らしい太ももですね!なんてはっちゃけられる性格ではない。夢まで見て爆睡していたというのに、何を今さらカッコつけているんだと、自分でも思うのだが、しのぶとて、それ相応には柱としての自分を保っておきたいのだ。

と、そこでしのぶは気がつく。夢まで見て爆睡していた自分、その自分は夢の中で姉と会話をしていなかったか?、と。

しのぶは、恐る恐る口を開く。そうであって欲しくはないと、願いを込めながら。

 

「な、何か寝言を言ったりは……していなかった、ですよね……?」

 

「あー……えっと、その……姉さん大好き、とか、もっと撫でて、とか……」

 

死のう。一瞬それが過ってしまう程の失態。部屋にこもろう。研究をするんだ。何もかも忘れて没頭しよう。あは、ははは、と乾いた笑みを浮かべて意識をどこかへ飛ばしてしまったしのぶに、禰豆子は苦笑いを浮かべる。確かに、普段のしのぶとのギャップもあって、聞かされている方も恥ずかしいくらいだったのだが、でも、それも良いのかもしれない、とも思うのだ。

 

「――もっと甘えたら良いんじゃないですか?もっと他の人に。蜜璃さんはポンコツだし、小芭内さんはネチネチしているし、不死川さんはイライラしているし、宇髄さんは派手好きだし、柱だって皆、格好いいところばかりじゃないんです」

 

しのぶの最も尊敬する柱も――姉も、そうだったかもしれない。いつも、もっと柱としての威厳を持って欲しいと思っていたし、笑顔で、ふわふわしていて、時折適当で、それでも、カッコよかった。大好きだった。尊敬していた。

 

「私にはもう見られちゃったんですから、甘えたら良いと思いますよ」

 

少し悪戯っぽく、優しく微笑む禰豆子の顔が、どうしてか姉と重なって見えた。

 

「――では、もう少しだけこうさせてくれますか」

 

恥ずかしそうに頬を染め、下から控えめに小さな声で聞いてきたしのぶに、禰豆子はなにも言わず、ただゆっくり頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなったんだろ……」

 

「禰豆子さんが言ったのではないですか」

 

すっかり寛ぎモードで、禰豆子の膝に頭を預けて目を詰むっているしのぶが言う。ほら、手が止まっていますよ、と頭を撫でるように要求までしてくる始末だ。綺麗で、頭が良くて、格好良くて、憧れの柱だったのに、それが今や禰豆子の膝で気持ち良さそうに寝ていた。

当初は恥ずかしがっていたのに、何やら吹っ切れたらしく、やりたい放題だった。甘えたら良いとは言ったものの、ここまでは求めていない。

 

禰豆子さーん、禰豆子さーん、と呼ばれ、ニコニコのしのぶに膝枕をねだられるのが最近当たり前になってきている。指導の時は相変わらず格好いいのだが、研究が行き詰まったり、何か嫌なことがあったりすると、こうしてねだってくるようになったのであった。

無理をし過ぎて倒れることが無くなり、疲れたらこうしてきちんと休んでくれるのは良いのだが、もう少し威厳というものを持って欲しいとは思う。

 

「そろそろ私、カナヲと鍛練する時間なんですが」

 

「仲良くなれましたか?」

 

栗花落カナヲ。

しのぶの継子であり、妹のような存在。蝶屋敷に来て二週間程が経ったものの、禰豆子が彼女について知っていることは少ない。

 

「ん~、どうでしょうか。私は仲良くしているつもりではありますけど」

 

「ふふ、やはり分かりづらいですか」

 

カナヲは常に穏やかに微笑んでいるが、自ら喋ることは殆どなく、その胸の内を読み取りづらい。禰豆子の直感としては嫌われてはいないと思うのだが、それも言い切れない程だ。

しのぶにはなんだかそれが面白かった。昔の自分を見ているみたいで懐かしい。

 

「でも、禰豆子さんならカナヲの心を開ける、そんな気がします」

 

昔は、指示されないと何もできず、食事をするかどうかさえ自分で決められなかった。

今だって、指示されていないことは銅貨を投げて、その表裏で決めている。

それは凡そ人間の生き方ではない。

 

少しのきっかけなのだと思う。人が変わる瞬間は、何も劇的とは限らない。些細なことで人は変われるし、進める。

 

背を押してくれる人が必要なのだ。一度進めばその後は自分の足で歩いていける。

 

しのぶでは押してあげられないから。両手両足、自らの全てを一つのことに集約してしまったしのぶでは、後ろ向きに歩いているように過去へすがっているしのぶでは、ダメなのだ。

 

だからせめて、自分はカナヲの師であろう。姉であろう。

 

そのために、少しだけ休憩。

 

少しだけ休んだらまた元の『蟲柱』胡蝶しのぶに戻るから。

 

カナヲが憧れるような、心動かされるような、そんな姉に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――襖が開く音と、硬貨が落ちて何かに当たった甲高い音。

 

「し、師範?」

 

いつもの微笑みのまま、心なしかアワアワとしつつも、固まって首を傾げているカナヲの顔。姉であろう、と決意した直後に、カナヲの前に広がる景色には、年下の少女の膝枕でご満悦のしのぶ。

 

「……………………カナヲ、これは強くなるためなのです」

 

戸惑うようなカナヲの声に、しのぶはガシッと石のように固まって数秒。ゆっくりと体を反転させカナヲの方を向くと、膝枕されたまま、それはそれは素晴らしい笑顔で、真剣な声色で、嘘を吐いた。

 

 

――やっぱり柱は素直に尊敬できない!

 

禰豆子は叫びたくなるのを必死で堪え、何やらプルプルしながら、拾い上げた銅貨を投げ始めたカナヲの姿を涙目で見詰めていた。




大正コソコソおまけ話

(/≧◇≦\) 蜜璃(手紙)『禰豆子ちゃんがお家に来てくれました!パンケーキを一緒に食べて、蜂蜜も二人で取りにいって、鍛練もやりました。禰豆子ちゃん、もう柔軟はバッチリ!それから――』


(゜-゜)ジメッ 小芭内「延々お前の話が何枚も綴られているんだが」

( ・∇・)フム 禰豆子「まあ、たまの来客ですからね。私に届いた手紙だと、何が美味しかったとか、今度何々を一緒にやろう、みたいな感じですよ?」

(ーー;)ン? 小芭内「……俺も何度か甘露寺邸を訪ねているんだが」

(*°∀°)ニコッ 禰豆子「手紙に一文もなければ、会話にも出ませんでしたね!」

( ; ゜Д゜) 小芭内「……」

(*´ω`*)ゾクゾク 禰豆子「(楽しい)」







【挿絵表示】


笑顔付き様から素敵なイラストを頂きました!今回のシチュエーションにぴったりな良い膝枕ですね!
本当にありがとうございます!

もっと禰豆子と絡んで欲しい柱は?

  • 桜餅柱
  • 蛇弄柱
  • 嫁命柱
  • 膝枕柱
  • 傷布団柱

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