モンスターハンターの世界にウィッチャー3の登場人物『ゴウンター・オーディム』が入り込んだお話。

ゲラルトが新大陸にコラボで現れたとき、オーディムは彼の気配を追ってモンハンの世界まで来ていた。
しかし勝手の違う世界移動でゲラルトのいる大陸には辿り着けなかった。だがそこでオーディムは丁度良さそうな獲物を見つける。

これは邪悪なゴウンター・オーディムに狙われた人のお話。

1 / 1
鏡の達人がモンハンの世界に入ったら

 ガーグァに荷車を引かせながら都へ向かう。

 荷車には売れそうなものを積んでいる。ファンゴの毛皮、米虫、お嬢サバの干物、ドングリ、香木、ネンチャク草、ハチミツ、薬草……等々、雑多な品揃えだ。

 これらを売りに行くわけだが、別に俺は行商人というわけではない。山の麓にある小さな村のただの木こりだ。どこにでもある村のお使い。かっこよく言えば交易をしに行くわけだ。

 

「街についたらモロコシの粒袋を買ってやるからなー」

 

 道行き退屈だったので、健気に荷車を引き続けるガーグァへ語りかける。返事はない。街についてからの予定を考えることにした。

 

「今回は一人だけだし、少し奮発してもいいかもな……」

 

 普段なら街への買出しは三人……最低でも二人で行く。しかし今回一緒に行く予定だった奴らは腰痛で動けなくなっていた。川の浅瀬で足を滑らせて腰を強打が原因だとか。二人して馬鹿だ。

 まあとにかく、買出しに行く者は少しだけ街で遊んできていい。普段なら三人で山分けだが今回は一人。単純に普段の三倍は贅沢できるというものだ。

 

「ま、街に無事ついたらの話だけどなー」

 

 いつもは誰かしらいるから気づかなかったが、結構俺は独り言が多いようだ。さみしい。

 一応今のところはガーグァも大人しい。近くに肉食生物がいない証拠だ。もしも襲われたら荷物をばらまきながら逃げるしかない。俺はハンターではないのだし。村にいる唯一のハンターが護衛をすると言ってたが断ってしまった。

 断った理由は惨めな気持ちになりそうだったからだ。

 

 そいつとは幼馴染で、さらには初恋相手だったりする。そいつ、リーシェは男勝りな性格で、ハンターを目指していた。少しでも近づきたいという下心から俺も目指したが……結果はまあ、俺にはなれなくて、リーシェだけがハンターに。なんとも思い出せば思い出すほど悔しいのと恥ずかしいのとごちゃ混ぜな感覚になる。

 

 好きな子に守られるだけの存在より、好きな子を守れるようになりたいと思ってたからこそ、護衛を頼めるわけがなかった。

 

「……あー! よし、街では飲もう! 思いっきり飲もう!」

 

 何を俺は女々しい考えを持ち続けているのか。切り替え切り替え。あるがままを受け入れるしかないのだ。受け入れにくいなら酒の力でも借りよう。そうしよう。

 急に大きめの声を出したことに対して抗議をするように、ガーグァが顔をこちらに向けて、グァ、と一声鳴いた。ごめんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈みかけな中、何事もなく街に到着。いくつかのテントは店じまいをしているが未だに賑やかな市場を進み続け、商会まで荷車を運んでいく。この辺はすっかり慣れたものだ。

 荷のリストを渡し、検品してもらう間に市のカタログを受けとる。どこかの馬鹿ズが「腰が腰がー」と騒いで無駄に医療品を使ったことだし、包帯や痛み止めをいつもより多目に買っとこう。そういやお隣さんが赤ちゃんの気に入る玩具を買ってきてほしいって言ってたっけ。奥さんも育児で疲れてそうだし疲労回復に効きそうなものないかな。あ、リーシェからも虫籠を頼まれてたな。大きめのやつ。あとは……香辛料と油、小麦っと。最低限はこれぐらいかな。ま、明後日にもう一度確認するし、今はこれでいいか。

 約束通り、というか語りかけた通りモロコシの粒袋を先んじて購入しガーグァにパクパク食べさせる。食べ終わってからは商会の舎に預け……ここからは俺の自由時間だ。

 

 現在は財布もずっしりと重い。明日の買い物のためにも全て使うわけにはいかないけども、充分な余裕がある。まずは宣言通り飲む。そのために酒場へと足が向かった。

 

 

 この判断が、最初の間違いだった。

 

 

 いつもなら三人で来る酒場だが今回は一人。それに村から持ってきた商品が想定より高めに売れたため、軍資金もたんまり。有り体に言えば、機嫌が良くなっていた。

 

「フラヒヤビール、お願い!」

「あいよ」

 

 席につき普段は頼まない酒を注文。といってもそんなに高いものではないけど。いつもよりワンランク上を目指しました。

 つまみは何にしようか。他の人が頼んでいるものを見てから決めるか、と店内を見渡したときだ。

 

 そいつと目があった。

 

 黄色が目を引く独特な服装の禿げ頭。肩掛け鞄にはいくつも丸められた羊皮紙がはみ出ている。

 他と浮いた格好と鞄の様子から地元の人や観光人というわけではなさそうだ。

 

 そいつはにやけながら俺の席へと近づいてきた。ひょっとしたら変なセールスマンかもしれないと警戒した俺に、情けない言葉をかけてきた。

 

「なあ、良かったら一杯奢ってくれないか? 一杯だけでいいんだ」

 

 まさかの物乞いだった。身なりから怪しい商売人だと思って警戒したのにとんだ肩透かしだ。

 拍子抜けしたのと、元々浮かれていたこともあり、

 

「いいぞ。ほら、隣座った座った。おーい、フラヒヤビール追加で!」

 

 頼みを了承し、怪しいハゲと関わってしまった。

 

「なんてありがたい。見知らぬ土地で受ける優しさが五臓六腑にまで染みそうだ」

「大袈裟なやつだなお前はー。見知らぬ土地ってお前、その年で迷子ってか」

「いいや、どちらかと言えば俺は迷子を探しに来たのさ。知り合いがこの世界に迷いこんだからな」

「この世界ぃ? ひょっとしてもう酔ってんの?」

「これから酔うさ。それより自己紹介がまだだったな」

 

 男はフラヒヤビールをぐいっと飲み、ジョッキを置いた後、その名を言った。

 

「俺の名はゴウンター・オーディム。鏡の達人とも呼ばれている行商人だ」

 

 名乗られたなら、名乗り返すが礼儀。なんて浮かれた頭で考えて俺もすぐに名を返した。

 

「俺はエルドー。あー……元ハンター志望の村人と呼ばれている木こりだ」

「よろしく、エルドー」

「こちらこそー、えっと、鏡の達人? てか商人なら物乞いとかしてんなよー」

「当然いつもしてるわけじゃない。相手に合ったやり方をしてるんだ」

 

 引っ掛かる言い方だ。きっかけを作るために奢ってくれと頼んだ、とでも言うような物言いに再び警戒心が目覚めた。

 

「言っとくけど、変な買い物はする気ないからな」

「おいおい、そんなに睨まないでくれよ。俺はエルドーとの縁を大切にしたいだけなんだ」

 

 飄々とした態度のままオーディムは別の酒を注文した。

 

「奢るのはさっきの一杯分だけだぞ」

「ああ、それでいい。さて、俺の話をしようか」

「聞きたくねー」

「そう言うなよ。これからする話はあんたにとっても嬉しい話だ」

 

 怪しい商人の決まり文句じゃないか。

 

「俺はここより遥か遠い場所で、ある商売をしてたんだ」

「回りくどい。どーせ鏡だろ」

「慌てるなよ。鏡も確かに売っていたが、そいつはメインじゃない。メインの商売は、願いを叶えること」

「……」

 

 とんでもない馬鹿だ。今時こんなことを言う商人がいるとは思わなかった。いくら小さな村の出の田舎者でもこんな話を信じるわけがない。

 ひょっとしてもうこいつはベロベロに酔っぱらっているかと思ったが、顔が赤くなっているわけでもないし、よろめいているわけでもない。

 

「ははは、わーそれはすごいなー」

「ここに辿り着いたのは知り合いを追ってなんだが、折角だからここでも商売をしようか考えてたんだ」

「すげー商売だな。笑いを提供してくれるわけだ」

 

 笑いといっても失笑だけど。

 全く信じていないどころか、俺の馬鹿にした物言いにたいしてオーディムは気にした様子はない。

 

「素晴らしい商売だろ。それで、だ。あんたには是非、ここでの最初の客になって欲しいのさ」

「そりゃいい。億万長者になりたいなーってな」

 

 お、あのテーブルの肉美味しそうだな。ケルビのももステーキか。

 

「その願いは違うだろ、エルドー」

「叶えられない願いだったかー。ケルビのステーキお願いー!」

 

「本当の願いはもっと別のものだろ? 例えば、ハンターの幼馴染に関わるような」

 

 急に具体的な言葉が、それも正確に出てきたため注文のために挙げた手が宙で止まってしまった。

 俺はこいつの前で幼馴染がハンターであることを言った記憶などない。元ハンター志望とは言ったがそれだけだ。あてずっぽう?

 

「彼女はずいぶんと勇ましい性格みたいだな。それに変わり者のようだ。セッチャクロアリを飼って芸術的な蟻塚を作りたいらしい。虫籠はそのためらしいが、籠の中で蟻塚なんてできるのか?」

 

 オーディムの話は止まらない。俺の知っていることも、知らないことすらも、知っているかのように話す。

 

「どうやら想い人はまだいないらしいが、女心は少しの努力であっという間に変わるぞ? 今度花でもプレゼントしてやるといい」

「……あいつは実用的なものしか欲しがらない」

「そいつはあんたがそう考えてるだけだ」

「なんで、知ってる……」

 

 オーディムは手を叩き、それまでよりもさらに愉しそうに言った。

 

 

「興味を持って貰えたようでなによりだ」

 

 

 願いを叶えるという話に興味を持ったわけではない。ただ、この男に得たいの知れない不気味さを感じた。

 

「質問に答えてほしいんだけどな……」

「答えに困っただけなんだ。気を悪くしないでくれよ。エルドー、あんたは右手の動かし方を聞かれたらどうやって答える? 答えに困るだろ?」

 

 ふざけているような言葉だ。だが、本気でそう思っているようにも感じる。表情や口振りからでは全くわからない。ただ気味が悪い。

 

「ああ、すまない。別に怖がらせたいわけじゃないんだ。言っただろ? 俺はあんたの願いを叶えてやりたいのさ」

「ちょっと訳がわからなすぎて頭がいっぱいだ……。色々突っこみたいけど……そもそもなんで願いを叶えてくれるんだよ」

「親切にしてくれた礼だよ。一杯奢ってくれたお礼」

 

 フラヒヤビール一杯で願いを叶えるとか釣り合いが全くとれてない。

 

「勿論、それだけが理由じゃない。あんたとの商談は、この地で今後商売をするかどうかの試金石にしようと考えたんだ」

「……?」

「知り合いなんて放っておいて、この世界で商売をするか、それとも元の世界に戻るか。最初の一歩が愉しめるものならここで商売をするのも悪くないからな」

 

 オーディムは席を立ち、鞄からお金を取り出した。

 

「場所を変えるとしよう。フラヒヤビール一杯、その支払いは頼んだぞ」

 

 そう言って、オーディムは他の注文の支払いを全て済ませた。フラヒヤビール一杯分だけ値段が足りていない会計。俺も席を立ち財布を取り出す。

 

 酒場の外に出ればオーディムが口笛を吹きながら待っていた。

 

「それじゃ、歩きながら話すか。足は人間の第二の脳と呼ばれているらしい。酔いざましにも丁度いいだろ?」

 

 オーディムの先導で歩いていく。それでも決して、往来の少なそうな道を進んでいるわけではなかった。時間があまりにも遅いというわけでもなかった。だというのに、周辺に人がいない。まるであらかじめ人払いでも済ませていたかのような静けさ。

 

「願いについてだが、いくつか忠告しておくことがある」

 

 少し前の俺ならその言葉に鼻で笑ってただろう。だが今はそんな気が起きない。本当に可能なのではないか、と考えてしまっているからだ。

 

「願いを叶えるのは一度だけだ。だがそれは、叶える願いは一つだけという意味じゃない」

「……一度に複数の願いを言えば全部叶えるってことか?」

「そうだ。例えば最近叶えた内容をあげると『愛する妻を取り戻し、富を手にいれ、不安を感じなくなるようになりたい』だったな」

 

 今の例は三つの願いだ。それを全て叶えたというのだろう、オーディムは。

 

「つまり、願い方は大事ってことだ」

 

 それから、とオーディムは続ける。

 

「上手い話には裏がある」

「裏……?」

「ああ、願いを叶える代わりに契約してもらうことになってるんだ。条件が満たされれば、あるものを差し出すっていうな」

「あるもの?」

「魂だ」

 

 おとぎ話の悪魔のような契約だな。願いが叶うだの魂を差し出すだの、どこまで真実かは置いといてだ。魂を差し出すとはつまり、死ぬってことだろう。そんな条件で願いごとを叶えてほしいとはとても思えない。

 

「だが安心してくれ。契約、決まり、ルール……そういった物にはたいてい穴があるもんだ」

「……条件が満たせなければ大丈夫、と?」

「その通り。願いとは別に、ある条件を決めるんだ。その条件が全て満たされた時、魂を失う。例え不死を願ったとしても、条件が満たされた時不死でなくなり魂を失うのさ」

 

 結局はずいぶんと危険なままじゃないか。願いに不死を入れても無駄。条件が簡単であればあっさり死ぬ。

 

「条件はあんたが決めていい」

「……え?」

「そんなに驚くことか? 俺は善良な商人なんだ。お互いの同意を得られる提案は当然だろ?」

「質問したいことがいくつもあるんだが……」

「どうぞ。それで気がすむのなら」

 

 まず気になってたことを尋ねる。

 

「お前は何者なんだ?」

「ゴウンター・オーディム。またの名を鏡の達人だ」

「そうじゃない。そういうことじゃなくて」

「そこは想像に任せるとしよう。願いを叶える精霊でも、悪魔でも、魔法のランプでも、なんでもいい」

 

 その中じゃ悪魔一択だ。魂を差し出せって言ってるし。

 

「他に質問は?」

「……条件はどんなものでもいいのか?」

「勿論、どんなものでも。達成困難な条件でないと魂を失うんだからな」

「それだとオーディムにメリットがなくないか?」

「それは違う。複雑な行程ってのは愉しくて仕方ないんだ。だから俺のメリットは愉しいってことだ」

 

 魂を奪う行程が難しいほど愉しい、みたいに聞こえる。やっぱり悪魔にしか思えない。

 

「他に質問はないか?」

「……」

「ないみたいだな」

「まだある」

 

「願いを叶えてもらった人で魂を失わずに済んだ人はいるのか、だ」

 

 正直に答えてもらえる保証はないけど確認しておきたいことだ。

 

「勿論いる。安心したか?」

「……まあ、まだお前の話を信じたわけじゃないけど」

「信じられなくても試すことは簡単だろ? 金を払えだの前払いで魂を寄越せだのと言ってるわけじゃない。だがまあエルドー、じっくり考えるといい。明日の夜、また会おう。その時答えを聞かせてくれ」

 

 話は終わりだとばかりにオーディムは夜の暗闇へと消えていった。そして、オーディムがいなくなった途端、思い出したかのように人の往来が出来上がった。先程までの無人が嘘のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿のベッドに寝転がり、ゴウンター・オーディムとのやり取りについてずっと考えてしまう。

 オーディムの言葉が嘘だろうと願うだけなら損はない。いい土産話になるだろう。変な奴に騙された、と。

だが万が一、億が一、本当だった場合に備えて条件はしっかり決めないといけない。嘘だとは思うけど。こんな馬鹿みたいな話、信じてないけど。ちょっと得たいの知れない雰囲気に呑まれてあの時は色々考え込んだだけだけど。

 

 まずは願いを考えよう。

 一つだけじゃなく、複数可能というのは太っ腹な話だ。一度きりのチャンスとはいえ。

 

 俺の願い……オーディムに言われた通り、リーシェに関係することになるだろう。

 彼女と同じハンターになりたい……いや、別にハンターでなくてもいい。彼女を守れるよう強くなりたい、だ。

 とはいえリーシェも守りたいものがあるだろう。彼女が村の専属ハンターになったのは、村の人たちが好きだからだ。俺もあの村が好きだ。

 

 竜から、いや、あらゆる生物から村を守れる力がほしい。

 これならどうだろうか。竜から、だけでは強盗などから守れない、みたいなことがありそうだし。

 いや待て。それならいっそ、

 

 あらゆる生物も村に危害を加えられないようにし、なおかつ俺を強くしてほしい。

 

 うん、これならいいのでは。これならリーシェに守られるだけの存在じゃなくなるし、万が一村に危機が迫っても大丈夫なはずだ。

 

 願いはこれでいいとして、次に条件だ。魂を奪われないように達成困難な条件。

 

 村人が全員いなくなった時、はどうだろうか。村は願いで守られるんだから全員いなくなるなんてあり得ない。病気や寿命で死ぬことはあるだろうけど、過疎化がひどい訳ではない。

 

 ……これで騙されてたら恥ずかしいだろうな。まあ、試すだけだし。土産話にするつもりだし……

 

 

 

 

 

 

 願いや条件を考えて翌日。

 昼間は買い物だ。本来の目的はこれだ。願いがどうとかじゃない。医薬品やら子供の玩具やらを買っていく。あとはリーシェの虫籠に……これ、オーディムの言葉通りならアリを飼うためなんだよな。変人過ぎる。

 そういえば花をプレゼントしてやれとも言ってたか。どんな花がいいだろう。リーシェに似合うような……考えたことがなかったから全然わからん。……どうせなら長持ちするのがいい、よな?

 

「……ドライフラワー」

 

 装飾に使われる乾燥させた花。これなら長持ちするのでは。

 

「ドライフラワーください」

「はいな。どれにするんだい」

 

 ドライフラワーとしか考えてなかった。どれがいいんだろう。色もいっぱいだ。

 

「……どれも干からびてますね」

「そりゃそうだよ」

 

 長持ちするとはいえカラッカラな花は贈り物として適切だろうか。違う気がする。

 

「女に贈るのなら花束だろ、エルドー」

「オーディム……!」

 

 突然話に入ってくるな。ただでさえお前は不気味なんだから。

 

「なんなら俺が選んでやろうか? エルドーに任せたら酷い結果が待ってそうだ」

「悪かったな……」

「このスカビオサの花束なんてどうだ? 紫は女の妖艶さを引き立てるぞ」

「お客さん、それは──」

「ほら、金はこれで足りるだろ?」

 

 流れるように金を払うオーディム。まさかこれ、願いにカウントされないだろうな。

 

「なんだか疑われている気分だ。安心しろ、これは俺の善意なんだ。エルドーとリーシェ、これ以上ないぐらい二人に似合う花だと思うぞ」

 

 恋のキューピッド気取りかこいつ。

 まあ花についてはさっぱりだし、ここは素直に感謝しとこう。

 

「……ありがとう」

 

 オーディムは相変わらずのにやけた表情だ。もしかしたらこの顔つきしかできないのでは。

 

 

 

 

 

「それで、考えてくれたか?」

「今日の夜に聞くんじゃないのかよ」

「少し繰り上げたって構わないだろ? もう決まってるんだったらな」

 

 まるで全てお見通しだと言わんばかりだ。

 

「……試すだけならいいかって考えたんだよ」

「だが願い方は気をつけろ。それと条件もだ」

「わかってる」

 

 心臓が早鐘を打つように激しくなっていく。こんな馬鹿げた話に期待してる証拠のようで恥ずかしい。深く息を吸い、落ち着こうとしたけど難しい。

 ええい、もう言ってしまえ。

 

 

「ありとあらゆる生物も、俺の住んでる村に危害を加えられないようになり……俺はあらゆる生物に負けない強さが欲しい」

 

 

 言った内容は、考えていた通りの物だ。問題ない。言い間違いは起きてない。

 

「あらゆる生物からか」

「無理なのか?」

「可能だとも。それで、魂を失う条件はなんだ?」

「村人が全員いなくなった時、だ。皆がいなくちゃ生きていける気がしないしな」

 

 願いの『あらゆる生物』はオーディムにも適応されるはずだ。だからオーディムが村人に害を成すことはできない。もしもこの条件と願いがダメなら危険と判断して試すのはやめておこう。

 

 そんな考えを持ちながらオーディムを見ればにやけながら両手を叩いた。

 

「よし、わかった。ここに契約は成立した」

「……」

 

 あっさりだ。やっぱり騙された? からかわれた?

 

 疑いの眼差しを受けながら、オーディムは宙に手をかざす。何も持っていなかった手に、突然一枚の羊皮紙が現れた。

 

「手品か何かか?」

「もしくは奇跡かもな。この紙に今の契約が記された」

「何も変化を感じないけど」

「すぐに実感するさ。そして俺に感謝するだろう」

 

 全然わからん。だけどオーディムは自信満々な様子だ。それが逆に不安を感じさせる。

 俺は取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、と。

 

「お前の願い通り、お前の村に対して、ありとあらゆる生物は危害を加えられなくなった。そしてお前の身体は強靭になった。人間の限界を超えて、な」

「……」

「村に戻った時、試す機会がすぐに訪れるはずだ。それでは、一旦お別れだ。再び俺たちの道が交差する時まで」

 

 オーディムが去った後、願いの効果を実感したのはすぐだった。買った物を荷車に積む際、いつもは複数人で協力しなくてはならなかった。だけど今回はどの荷も軽く、疲れることがなかった。いつもは苦痛に感じる油の運びも、陶器も、なにもかも。プラシーボ効果ではないはずだ。

 

 本当に願いが叶った。その日は興奮でなかなか寝付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、荷の確認もし、買い忘れもないか最終確認も済んだところで街を出る。

 行きと同じくガーグァに引かれながら。だけど心持ちだけは行きとは大違いだ。たとえ竜が出ようと問題ない。そんな自信がある。万能感に包まれている。

 鼻唄まで自然と出る余裕まである。最初は胡散臭い怪しいハゲと疑っていたが、オーディムは本当に善良なだけかもしれない。得たいの知れなさはともかく。

 

 もうすぐ村につく。山の麓にある、願いの加護に守られた村に。

 

「……え」

 

 村の入り口に異物があった。

 苔生した巨体を持つ竜。たしか名前は、ドボルベルク。

 

「なんで村に……、リーシェ!?」

 

 ドボルベルクに双剣を振るうリーシェの姿が見えた。咄嗟に走って距離を縮める。二振りの剣はドボルベルクの肉を斬ってはいるが、深くまでは届いていないのかものともしてない。

 

「! エルドー、来ちゃダメ!」

 

 リーシェの言葉は本来正しいものだ。一般人が竜に挑むなど自殺行為だ。だけど従わない。ふとオーディムの言葉を思い出した。

 

『村に戻った時、すぐに試す機会が訪れるはずだ』

 

 これはひょっとしてオーディムのお膳立てか。ふざけたことしやがって。

 イラつきをぶつけるようにドボルベルクを殴り付けた。ただそれだけで、ドボルベルクの巨体が真横に飛ばされる。周囲の木々を巻き込みながら、やがて地面に擦られながら。

 

「……まじか」

 

 予想以上の強さだ。人間の限界どころか生物の限界を超えてそう。ドボルベルクを吹き飛ばせる存在なんて聞いたことがない。

 

「……エルドー、今、何したの?」

「殴っただけ……だと思う……」

 

 歯切れの悪い返答になってしまうのも仕方がないと思う。

 微妙な空気のなか、ざわめきとともに大きな歓声が村からあがった。

 

「今のエルドー!? どうしちゃったんだよあいつ!」

「ひ、人ってすごいのねぇ……」

「絶対怒らせないようにしよ。あ、エルドー! 痛み止めの薬早くくれー!」

「うちはスパイス!」

「ガラガラ!」

 

 褒められまくる流れかと思いきや、途中から要望ばかりになってる。どこぞの馬鹿ズのせいだ。

 見たところ村には一切被害が出てないみたいだ。入り口の門も、村の囲いも壊れてない。村を守る願いも働いてるってことだろう。

 

 いろんな意味でホッと安堵のため息をついた。

 

 

「ほんとにエルドーはどうしちゃったの?」

 

 買い出し品を配り終え、一息ついたころにリーシェのこの発言だ。まじまじと観察するようにこちらを見てくる。

 

「どう言えばいいかなー。あれだ。強くなりました」

「うん、説明になってないね」

「言っても信じれない出来事があったんだよ。あ、それよりもリーシェ」

「?」

 

 ほい、と紫の花束を渡す。

 

「わっ。えっ? なに? え?」

「リーシェにプレゼント」

 

 ここで歯の浮くような台詞を言えたらいいのかもしれないが、何にも思いつかない。

 花束を受け取ったリーシェは俺を見て、花を見て、また俺を見て……と繰り返している。すごい戸惑いを感じてしまう。やっぱり花をプレゼントってのは失敗だったのでは。

 

「あー、ごめん。迷惑だった?」

「そんなことない! うれしい!」

「おおう」

「ただこういうもの貰えるなんて、夢にも思わなくて」

 

 喜びと予想外による戸惑いだったか。なら安心だ。

 

「で、でも、ごめん。花ってあまり知らなくて……薬草とかなら勉強したんだけど……」

「俺も全然わかんね。でも俺たちに似合う花らしい」

「あ、エルドーが選んだわけじゃないんだ」

「う……」

 

 失言だった。

 二重の意味で失言だった。幸いリーシェは気づいていないようだけど、今の俺の言葉、プロポーズみたいではないか。俺たちに似合うってなんだそれ。恥っず。

 

「でもこうして渡してくれるのはうれしい!」

「そりゃよかった」

 

 部屋に飾らないとだ、と言ってリーシェは倉庫へ向かっていった。たぶん使われてない花瓶を探すのたろう。

 

「花に喜ぶ一面があるとはなぁ……」

 

 今まで知らなかった意外な一面。まあ、セッチャクロアリを飼おうとしている一面も意外だけど。下手したらセッチャクロアリの方がインパクト強い。

 

 

 

 

 

 

 

 それから、二ヶ月の月日が流れた。

 あれ以来オーディムとは再会していない。そして願いの効力が消えてもいない。相変わらず怪力だし、村も安泰。

 

 リーシェのセッチャクロアリ飼育は思ってた方向と違う状態らしい。なんでも芸術的な蟻塚が作られると期待してたのに一向に作ってくれないのだとか。諦めてアリの飼育をやめて欲しいが、愛着でもわいたのか今では狩りに出るとき以外は虫籠を持ち歩いている。変人。

 

 しかし、異常のない、まるで平和な村のように思えるが最近少し変だ。

 

「エルドー、また出た! 頼む!」

「あいあい」

 

 竜が、多い。

 村に被害はない。ないけど近辺に何度も出てくる。リーシェが言うには、この辺りの主が決まってないからだそうだ。どの竜も自分こそが主になると張り切ってるのだとか。

 出没する竜を全て仕留めてはいつまでも繰り返しかねないとのことなので、追い払うにとどめているのだが……本当に数が多い。ドボルベルクにティガレックス、イビルジョーと危険な奴もわんさかだ。

 戦えるのがリーシェ一人だったらどうなっていたか。嫌な想像図しか浮かばない。

 

 ある種、異常事態なためハンターズギルドから避難を呼び掛けられているが、従うにはひとつ問題がある。

 

 願いだ。

 

 思い返せばあの願いは不味かった。あらゆる生物は村に危害を加えられない、という願い。『村に』であって村人ではない。わざわざ細かく言葉にしなくても伝わりそうではあるが、相手は魂を奪うと言っていた存在だ。果たして願いも善意で取ってくれるかどうか。

 何故あの時、願い方を横着したのかと今更ながらの後悔が募るが、もうどうしようもない。

 とにかく村にいれば絶対安全なのだ。村の外でどれだけ竜が暴れようと願いの加護がある限り問題ない。

 幸い村人たちも同じ考えなのか避難する気はないようだ。俺がドボルベルクを殴り飛ばした姿を見て、近くにいるのが一番安全と考えてくれている。

 

「それじゃ追い払ってくるから、リーシェは……あれ? どこ行った?」

「リーシェならもう山に向かったぞ」

「なんで!」

「そりゃハンターだからじゃねぇの?」

 

 だからって危険すぎる。この辺りは今、竜だらけだということはリーシェもわかっているはずなのに。

 村にいれば絶対安全なのに。

 

「探しに行ってくる! わかってるだろうけど、絶対に村から出るなよ! ここなら絶対に安全だからな!」

「おう! 不思議と村から出たい気持ちがないんだわ! 頼まれたって出たくない!」

 

 なんだその気持ち。まあ出たくないならこちらもうれしい。

 今は急いでリーシェを探しに行こう……として、轟音が響いた。まるで地面が揺れているかのような激しい音。いや、これは実際に地面が揺れている。

 

「な、なんだ……!?」

 

 どんどんと音が大きくなっていく。まるで音の発生源が近づいてくるかのように。

 

 音の鳴る場所を見れば、黄色と茶色の山肌だった。

 

 あそこは木々の並ぶ緑の山肌だった。なのに今は土と石の色。それがずれていくように、雪崩れ落ちていく。

 この、村に向かって。

 

「エル──!」

「────ぁ」

 

 気づいた時には、逃げろと言う暇もなく。

 

 村は土砂崩れに呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も見えない。身体が重い。全身に土木が、石が、まとわりついているようだ。

 

 ああ、そうだ。土砂崩れが起きて……

 

「──!」

 

 声をあげようとしたが、音がでない。今の俺はどういう状況なんだ。

 息苦しさも僅かに感じる。顔の前に何か被さっている? 邪魔だ。

 身動きが取りにくいが、異常怪力のおかげで強引に腕を動かす。そのまま顔に覆い被さるものを退かそうとした。

 

 それが破れ、顔に生暖かい液体と奇妙な感触の何かがぶつかる。プニプニとした何か。

 嫌悪感を感じながら今度は吹き飛ばす。無理矢理、打ち上げるように。

 

 するとさらに上にあった土砂をも巻き込み打ち上げた。邪魔だった物も爆散し、外の光も見えた。

 

「──血?」

 

 打ち上げた何かが重力に従いボトボトと落ちてくる。服の切れ端、赤い肉片、砕かれた骨。

 

「?」

 

 打ち上げた何か重力に従いボトボトと落ちてくる。ズタボロの布切れ、赤い木の実、砕けた白い陶器。

 

 被さっていたものなんて今はどうでもいい。それよりも、みんなはどうなった。村はどうなった。

 

 辺りを見回す。倒木、無秩序な岩、石混じり泥、そんなのばかり。

 

 なんで、村は願いの──

 

「ずいぶんと汚れてるじゃないか。エルドー」

「オー……ディム」

「ああ、鏡の達人。ゴウンター・オーディムだ。二ヶ月ぶりだな」

 

 オーディムが何故ここに。

 何故このタイミングで。

 

 考えるまでもない。こいつが、村の願いを消したんだ。

 

「オーディム! 戻せ!! 村を、みんなを!!」

「それはできない。願いは一度だけと言っただろ?」

「お前は願いの効果を変えた! 戻せ! すぐに戻せ!!」

「エルドー、落ち着けよ。俺がいつそんなことをした?」

 

 しらを切るつもりか……! 許さない! 絶対に許さない!

 

「俺はお前の願いを叶えた。勝手に願いを改変してもない。よく思い出してみろ、自分の願いを」

「ふざ……ふざけるなァ!」

 

 オーディムの首に手をかける寸前、奴は音をたてながら両手を叩いた。それだけで身体が金縛りにあったかのように動かなくなった。

 

「野蛮なのは良くないな。願いを思い出せないのなら読み上げてやろう」

「────ッ!」

「『ありとあらゆる生物も、エルドーの住む村に危害を加えられないようになり、エルドーはあらゆる生物に負けぬ力を得ること』これがお前の願いだ」

 

 そうだ。だがこの惨状はなんだ。村に危害を加えられないようになる、その願いが叶ってない。

 

「まだわからないのか? この光景は生物による危害じゃない。土砂崩れってのは災害だ。生物が起こした危機ではなく不幸な自然現象、そうだろ? この結果が不満だとしても、それはお前の願い方が悪いだけだ」

「──、────!」

 

 何が自然現象だ。どこが自然現象だ!

 大雨なんてここ最近はなかった。土砂崩れが起きる予兆なんてなかった! これは意図的なものだ!

 

「予兆はあったさ。竜の縄張り争い。それも特に巨体や力自慢の連中によるもの。それが何度も集中的に繰り返されていたんだ。木々が崩れ支えがなくなっても、おかしなことはないな」

「──ろ、す! 絶対に……!」

「それよりも先に、お前の魂が無くなるかもしれないな」

 

 魂を失う条件。

 村人が全員いなくなること。

 

 こいつに都合の良すぎる土砂崩れ。どこが不幸な出来事なものか……! どこが……!

 このまま魂を奪われる? だったら奪われる直前にこいつを殺してやる。絶対に殺してやる。

 

「慌てるなよ。まだ全員死んだわけじゃない。まだ一人、残っているぞ? 愛しい彼女が」

「リーシェ……!」

「リーシェ嬢が村を出ていたのが幸いだったな。お前にとっても、彼女にとっても」

 

 オーディムは嗤いながら両手を叩いた。途端身体の自由が戻る。しかしオーディムの姿は消えていた。だが、声だけは響く。

 

「村を守る願いは土の中に沈んでしまったな」

「オーディムゥ!!」

「おいおい、冷静になれよエルドー。今一番危ないのは誰だ? 土の中の連中か? ここで喚いてる男か? どちらでもない。竜のいる場でひとりぼっちのリーシェ嬢じゃないか?」

 

 リーシェ……!

 村のみんながいなくなったけど、まだ彼女が残っている。絶対に守る。何がなんでも!

 

「そうだ。急げば間に合うはずだ! 頑張ってくれよ、エルドー」

 

 オーディムの嗤い声を振りきるように走る。どこだ、リーシェはどこにいる。

 

 目の前まで走り迫る竜を引き裂きながら進む。進路を塞ぐ巨竜を薙ぎ払い走る。狂暴に狂う竜の脚を引きちぎり探す。

 

 ────いた!

 

「リーシェ!」

「エルドー……」

 

 無事だ。無事だ!

 絶対に守る。リーシェを殺させるものか。オーディムはリーシェを狙ってくるだろう。そんなことは絶対にさせない。

 

「リーシェ、すぐに街まで行くぞ!」

「待って……。村は、村はどうなったの……?」

「後で話す! 今はここから離れなきゃダメなんだ!」

「エルドー、痛い。離して!」

 

 なんで抵抗するんだ。ここにいては危険なのに。どこからオーディムの魔の手が迫るかわからないんだ。また土砂崩れを起こしてくるかもしれない。訳のわからない力で自由を奪ってくるかもしれない。とにかく今はすぐにここから離れないといけないのに。

 

「リーシェ! 早く────ぁ」

 

 なんで。

 ありえない。

 

「ああぁぁあああ!!」

 

 悲鳴がどこか遠くに感じた。

 なんでリーシェの腕が、千切れ────俺の力で? 今まで、こんなことなかったのに。なんで。

 

「人間の限界を超えた力を持ってるんだ。激情に任せて掴めばそうなって当然だろ?」

 

 オーディム……!

 

 忌々しい声だけが聞こえる。姿を見せる気がないのか、この臆病者が。

 

「ハァ、馬鹿な男だな。女をそのまま放っとくつもりか? 失血死になっても不思議じゃないな」

 

 あ、あああ。リーシェが。そうだ、死なせちゃダメだ。リーシェが静かになって、まさかもう。

 

「愚図が。気絶しただけだ。さっさと街まで連れていってやれ。まだ間に合う」

 

 リーシェ、リーシェ。すぐに連れていく。だから。絶対に死ぬな。死ぬな。もう千切らない。千切らないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 診療所の待合い室で、ただ待っていた。

 リーシェの千切れた腕も持ってきた。だけど繋げることができない。

 

 処置室の扉が開かれた。

 

「リーシェは!?」

「命に別状はありません。ショック死しなかったのはハンターとして普通の人より痛みに耐性を持っていたからでしょうね」

「よか、よかった……」

「ただ、腕の……損傷部が酷いものです。しばらくは痛みのあまり日常生活も困難になるでしょう。ですからご家族やご友人が彼女を支えてください」

「……っ!」

 

 みんな、土の中だ。

 

 オーディムのせいで。オーディムのせいで。

 

 いや、それだけじゃない。俺の願いに巻き込んだからだ。魂を失う条件に村のみんなを入れたから。そのせいで……

 

「余計なことは考えずに今はリーシェ嬢を守ることだけ考えたらどうだ?」

 

 ……!

 

「無視するなよ。一緒に飲んだ仲だろ?」

 

 いつの間に。

 隣にオーディムが座っている。馴れ馴れしく喋りかけてくる。

 

「なんの、用だ……」

「ようやく話し合う知性を取り戻してくれたか。うれしいよ」

「……」

 

 何が話し合う知性だ。すぐさまぶち殺したい。だけどできない。

 また身体が動かなくされている。

 

「エルドー、お前にアドバイスをしにきたんだ」

「……」

「俺自身がリーシェ嬢に手をだすなんてことはない。これは絶対だ。そんな方法で条件を満たすなんて、単純すぎてつまらない」

 

 信じてはダメだ。こいつの言葉は必ず嘘だ。

 

「嘘じゃない。俺が今まで嘘をついたことがあったか? 思い出してみろ。俺は何一つ、嘘をついていない」

「黙れ……」

「まあ待て。アドバイスはまだ終わってない。むしろここからが重要だ。リーシェ嬢はしばらく入院することになるだろう。ここで危険なのは何かわかるか?」

 

 脳裏に鮮明な光景が浮かび始める。

 この診療所の一室……ベッドに横たわるリーシェ。看護師が病院食を持ってき、それに気づいたリーシェが起き上がった。

 彼女は食事を口にし、突然痙攣を起こしもがき苦しむ。

 涙と吐瀉物にまみれながら、やがて動かなくなった。

 

「とまあ、医療ミスだ。いや、今のはアレルギー反応か? どちらにしろここが確実に安全とは言えないな」

 

 今の光景はこの男が見せた幻か。胸くそ悪くさせるのが得意な下衆め。

 

「……黙ってろ」

「まあ、この親切を受けとる受け取らないはお前の自由だ。よく考えることだな」

 

 オーディムは席を立ち診療所を去っていく。

 

 奴の先の狙いはきっと、あの言葉に焦った俺がリーシェを診療所から連れ出し衰弱させるのを期待してるんだ。これ以上あいつの狙い通りになってたまるか。

 

 慌てるな。これ以上慌てて取り返しがつかない事態になるのは避けるんだ。

 

「エルドーさん、リーシェさんが目を覚ましましたよ!」

「リーシェが……!」

 

 看護師に連れられリーシェの病室へ。

 そこには病院衣に着替えた彼女がいた。右腕は、無くなっている。

 

「リーシェ、俺──」

「右手、無くなっちゃった」

 

 無事で良かったとか、目が覚めて良かったとか、そんな言葉、言えなくなった。

 

「昨日ね、アーチさんとこの赤ちゃんがね、右手のひとさし指、握ったんだ。ちっちゃいおててで、ぎゅって」

「……ごめ、ん」

「全然、離してくれなくて。離して、くれたと思ったらすごく泣いて……明日、また握手しようねって、言ったの」

「ごめん……」

 

 なんで、こんなことに。

 

 こんなこと、願ってない。

 

「……エルドー、何か、隠してるよね」

「……」

「言って」

「……村は、土砂に呑み込まれた。俺たち以外、みんな巻き込まれて……」

 

 看護師さんの息を飲む音が聞こえた。そして部屋からそっと出ていく音も。

 

「やっぱり、そうなんだ」

「ごめん」

「…………なんで謝るの」

「……」

 

 俺がオーディムと関わったから。奴の甘言に引っ掛かって、みんなを巻き込んだから。浅はかな考えで何も見てなかったから。

 

「まだ、何か隠してるよね。言って」

「……」

 

 言えない。言っても意味がない。

 言ってどうなる。

 

 ベッドを叩く音と怒鳴り声が同時に起きた。

 

「言え!」

「リーシェ……」

「隠してないで言え! 全部!」

「言っても、信じられないことで……」

「信じられないとかそんなのいい! 誰を恨むべきか知りたいんだよ! 土砂崩れのせいとか、自然のせいとか、そんなのじゃない何かがあるなら教えてよ! 自然なんて漠然としたものじゃない何かを恨ませてよ!!」

 

 オーディムの言葉が頭によぎる。

 

『土砂崩れってのは災害だ。不幸な自然現象、そうだろ?』

 

 あれの正体は自然なんかじゃない。

 なんのせいだ。俺の願いのせい?

 

 確かにそうだ。だけど、それだけじゃない。

 

『不思議と村から出たくないんだわ! 頼まれたって出たくない!』

 

 いつも一緒に馬鹿やってたオーギルの言葉。土砂崩れの前の言葉だ。

 ハンターズギルドからの避難勧告を無視してたのは、本当に俺への信頼だけか。確かに異常な力を見せた。でも一個人の力だ。俺がいない間に村が襲われるかもと考えないわけがない。

 村から出たくないとまで言ったのは何故だ。不自然すぎる。不自然の塊のような男によるものではないか。

 

 なら、恨むべきは誰か。自然じゃない。

 

 俺と、そしてなによりオーディムだ。

 

「ゴウンター・オーディム……」

「……」

「ゴウンター・オーディムが、全ての元凶だ……! そして、奴にまんまと利用された俺も、原因のひとつだ」

「……どういう、こと」

 

 信じられない内容だろうと構うものか。恨むべきは誰か、はっきり教えてやる。リーシェの判断はリーシェに任せよう。俺はゴウンター・オーディムを恨む。

 

 

 それからリーシェに全て話した。オーディムと出会った日のことから、契約、条件、土砂崩れの時のこと。

 そしてリーシェの命も狙われていることを。

 

 

「どういう形で来るかわからない……あいつは医療ミスがあるかもと脅してきた」

「……」

「医者や看護師に念入りにミスがないよう頼んではみる。ただ、あいつは人を操れるかもしれない……」

「……」

「リーシェ……、俺も不審な点がないかずっと見張ってる。絶対に守るから……」

「……」

「リーシェ……?」

「ちょっと待ってもらえる?」

「え、はい」

 

 リーシェは左手を顎に添えて考えるポーズをとった。そのまま目をつむり深く思考する。時折唇が僅かに震えているのは独り言にして考えを整理してるのだろうか。

 

「……確認したいんだけど」

「なんだ」

「その魂を失う条件って、いつまで続くの?」

「…………聞いてない」

 

 あの時は、誰も死なないと思ってた。俺の天寿が来る頃も安泰だと楽観視していた。だからいつまで続くのか定めていない。

 

「やっぱり……となると、元をなんとかしないとね……」

「元を……そうだな。オーディムを殺せば」

「ううん、契約を上書きする」

「上書き?」

「そう。別の願いでエルドーの契約をなくす。そうすれば魂を失う条件はなくなるし、私も狙われなくなる」

「でも願いは一度だけだ……もうその機会をあいつがくれるとは思えない……」

 

 リーシェはばしんと自分の胸を叩いた。

 

「私。私が願う」

「……奴が願いを聞いてくれるか怪しい」

「そう、だね……」

 

 やっぱりオーディムをなんとかして仕留めるしか。

 そんな考えをしている最中に、視界の端に突然黄色の服が入った。

 

「おいおい、俺抜きで相談だなんて水くさいな」

 

 また急に出てきた。瞬間移動でもしたかのように、もしくは始めからそこにいたかのように、オーディムは椅子に深く腰かけている。

 

「……これがゴウンター・オーディム?」

「これはこれは。リーシェ嬢に自己紹介はいらなそうだな」

「オーディム、盗み聞きしてたのか」

「聞こえが悪いことを言うなよ。勝手に聞こえてきただけだ」

 

 悪びれた様子は一切ない。こいつに痛む良心なんてないのは当然か。

 

「それより、聞いてたのならわかるでしょ。私の願いは叶えてもらえるの?」

「……その願いはエルドーの契約破棄か?」

「うん」

「それで、魂を失う条件は何にするつもりだ?」

「願いを聞いてくれるかどうか、先に答えてくれてもいいじゃない?」

「いいや、先に条件を聞かせてもらう」

「……一回勝負の戦いで私が負けたとき、魂を失う」

 

 一回勝負……オーディムは未知数だ。危険すぎる。リーシェは何か勝算があると信じたいけど不安だ。

 

「ハァ」

 

 オーディムはわざとらしくため息をついた。

 

「あのウィッチャーの時と似たような展開だな……。その条件はダメだ」

「なんで!」

「怒鳴るなよ、嫌な思い出があるんだ。他人の契約破棄のために自信満々で魂をかけた男に。だからこうしよう」

 

 オーディムの言葉からして、以前契約破棄を成功した人物のことだろう。嫌な思い出となってるのはざまあみろだ。願わくばトラウマ級の嫌な思い出であってほしい。

 

「一回勝負に挑むのはお前じゃない。本来の契約者、エルドーだ」

「……!」

 

 これは、願ってもない話だ。俺なら幸い願いで手に入れたなにものにも負けない力がある。オーディムの不思議な力相手でも勝算はあるはずだ。

 

「それ以外の条件は認めない」

「それ、私たちに選択肢ないよね」

「これでもかなり譲歩してるんだ。俺が何かしなくてもこのままならお前たち二人は死ぬ。それなのにこうしてチャンスを与えてるんだからな」

「やるしかないか……」

「リーシェ、大丈夫だ。俺は負けない」

「すごい不安」

 

 不安だなんて心外だ。

 確かにオーディムに騙されていた愚か者だと自覚してるけど、勝負なら負ける気がしない。

 オーディムはにやけた表情で勝負について話した。

 

「勝負は単純。謎かけだ」

 

 え。

 

「俺が謎を出す。お前は答えを探す。制限時間が来たとき、答えが正しければお前の勝ちだ。だがそうでない場合、お前は死に、リーシェは魂を奪われる」

 

 力は使わないんだ。え。

 

「エルドー! 集中する!!」

「おう!」

 

 リーシェの活で集中力が乱れていたことに気づけた。危ない。こいつの言葉全てに疑わないと危険だとすでに身をもって知ってるのに、なんで俺はボケッとしてたのか。

 

 謎解き。気になる点は制限時間。

 いや、一点にだけ集中するな。全部気にするべきだ。

 

「それじゃ、始めるか」

「待て! 制限時間はどれぐらいだ!」

「謎を出したあと教えてやるさ」

 

 このハゲ……

 

「我、汝と共にありしものなり

暗き闇の中で我、無力となる

眩き光の中で我、無力となる

我は汝にのみ真実を教える

我は……何ぞや」

 

 ……

 

「答えはこの病室にある。正解だと思った物をひとつ……そうだな。このコップにいれてくれ。制限時間が来たとき、答えが正しければお前の勝ちだ。そして気になる制限時間だが……看護師がこの病室に入ったときにしよう。正確な時間は看護師のみぞ知るってな」

 

 謎について考える余裕を与える気はないのか。矢継早に次の説明を入れてくる。

 

「俺は邪魔にならないように部屋の外にいよう。それじゃ、健闘を祈る」

 

 そう言ってオーディムは病室の外へ出ていった。最悪だ。奴が看護師を呼びにいけばすぐにタイムアップだ。ふざけやがって。

 いや、病室は鍵を内側から掛けれる。たとえ看護師が来ても少しは時間が稼げる。

 

 あとは答えを考えなくては。ヒントは問題文、コップ、この病室内。

 コップに入る大きさのものが答えだ。だから椅子だの机だのと大きいものはあり得ない。

 そして病室内にあるもの。

 コップに入る大きさなんていっぱいある。スプーンに本のしおり、羽ペン、ボタン、その気になれば窓に飾ってある花だって折り曲げたら入る。

 

 やっぱり問題文から答えを考えるべきだ。

 

 リーシェはもうわかってるだろうか。さっきから静かだけ……ど……?

 

「リーシェ!?」

 

 リーシェが喉を抑えて苦しんでいる。何が起きてる。さっきまで普通だったのに、なんで。

 

 突如部屋にいないはずのオーディムの声が聞こえる。

 

「ああ、言い忘れてた。リーシェがそこにいたら一緒に考えるだろ? 二対一なんてフェアじゃない。だからリーシェには少し黙ってもらうことにした」

「オーディム! リーシェに何をした!!」

「今言ったばかりだろ? 黙ってもらうことにしたんだよ。だが、ただ喋れないようにするだけじゃ、文字で答えを教えたりするかもしれないからな。考える余裕を与えないために呼吸もできなくさせた」

「ふざけるな!!」

「リーシェがヤバそうならナースベルを鳴らせ。そうすれば、優しい看護師さんが駆けつけてくれるぞ」

「オーディム……!」

 

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな──!

 あいつ、俺たちを弄んで……! 必ず後悔させてやる! 殺してやる! 楽に死ねると思うなよ……!

 

 怒りに思考が染まりかけ、ばしんと頬に痛みが走った。

 

「……リーシェ?」

 

 リーシェは変わらず苦しそうにしている。だけどそんな苦しみの中、俺を叩いた。

 

「ごめん、ありがとう」

 

 オーディムに惑わされるな。冷静になれ。答えを見つけてこの勝負に勝つ。それが最重要事項だ。

 

 そして問題を解くだけじゃなく、オーディムの行動を予測するべきだ。奴は言葉のどこかに罠を張る。願いの時も、条件の時もそうだったように。

 必ず何かしらの罠が仕組まれているはずだ。

 

 奴の今までの言葉を思い出せ。奴の今までの罠から癖があるはずだ。

 

『不幸な自然現象、そうだろ?』

『お前の願い方が悪い』

『俺は何一つ、嘘をついてない』

『制限時間が来たとき、答えが正しければお前の勝ちだ』

『優しい看護師さんが駆けつけてくれるぞ』

 

 ……そうだ。あいつは嘘をついてはいない。

 嘘はついていないが、言葉遊びのように別の意味として扱う。歪んで言葉を扱い、人を陥れる。そして最後にこう嗤うのだ。

 

『お前の願い方が悪い』

 

 そしてもうひとつ、奴の性格の悪さは、罠の存在を教えてから相手を罠まで押し込む。罠があると言ったのに、とさも相手が全て悪いかのように扱う。

 

 だとすれば、出題の中に罠があるか? いや、その可能性は低い。問題文が間違っていては相手を馬鹿にできない。

 

 問題文の外に罠がある。それも気づかなければ致命的な罠が。

 

『正解だと思ったものをひとつ……このコップにいれてくれ。制限時間が来たとき、答えが正しければお前の勝ちだ』

 

 ……ここだ。

 この説明が罠だ。『制限時間が来たとき』という前置き。

 

 たとえ正解だとしても、コップにいれただけではクリアにならない。制限時間が来たときのみ、正解か不正解か判定される。

 

 恐らく正解を前もって入れたとしても奴は揺さぶりを掛けてくる。正解ならすぐになんらかのアクションがあるなんて考えは捨てるべきだ。

 

 罠を見つけたことだし、後はそもそもの問題点。

 謎かけの答えだ。

 

 頭がやけに冴える。問題文もしっかり思い出せる。

 

 我、汝と共にありしものなり

 暗き闇の中で我、無力となる

 眩き光の中で我、無力となる

 我は汝にのみ真実を教える

 我は……何ぞや

 

 最初のは、私はあなたと一緒にいますよ。

 二つ目が、真っ暗だと私は無力です。

 三つ目が、眩しいと私は無力です。

 四つ目が、私はあなたにだけ真実を教えます。

 

 ……これ、ただ今風の言葉に直しただけだ。

 わかりやすそうなのは二つ目、三つ目かな。真っ暗でも明るすぎてもダメ。あ。

 

 ……

 

 答えがわかった瞬間、オーディムの趣味の悪さに吐き気がしそう。

 

 こんなの答えに辿り着いても、そんなことないと思いたくなる。外れであってほしいってなる。

 

 室内のスプーンを手に取り、コップに近づく。

 

 呼吸が荒くなる。

 

 心臓がうるさい。こわい。違う答えが隠れてるんじゃないか。そんな不安が溢れる。

 

 ダメだ、弱気になるな。

 

 土に呑まれたみんなは、もっと怖かったんだから。

 

 

「ラァぁアアアッ!!!」

 

 

 気絶するな。意識を手離すな。吐くな。震えるな。

 

 地面に落ちた謎かけの答えを掴む。壊れないように。手が震える。右の眼窩の痛みか。

 

 あいつはひとつでいいと言ってた。だから、片眼だけでいい。

 

 あとはコップに入れるだけ……?

 

「リーシェ……?」

 

 リーシェの顔色がもはや完全に青い。血色のない、どう見ても限界だ。

 そうだ、コップに入れたらナースベルを鳴らさないと、悠長に看護師を待てるはずがない。鍵も開けないと。

 

 急がなくては、と思いコップに眼球を入れようとした。しかし、リーシェが腕を掴んで邪魔をする。

 

「リーシェ……どうしたんだ」

 

 まさかオーディムの妨害……? それにしては弱々しすぎる。そう思わせる罠?

 

 疑念に染まりゆく考えの中、リーシェが自分のポケットに手を突っ込み、ある生き物を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室の鍵を開け、ナースベルを鳴らす。

 入ってきたのは看護師ではなくオーディムだ。

 

「思ったより早かったな」

「早くリーシェを解放しろ!」

「待て待て。看護師が入ってくるまでがゲームだ。そう慌てなくても数十秒も掛からない」

 

 オーディムはコップの中を覗き見た。

 

「ほう。これがお前の答えか」

「ああ」

「あと五秒だな」

 

 何が、と尋ねる前にオーディムがコップを持ち上げた。

 部屋の外から足音が聞こえる。看護師だ。

 

 

 そしてオーディムは、コップをひっくり返した。

 

 

 それと同時に看護師が入ってくる。

 

「リーシェさん、どうされまし──キャアア!」

「看護師さんを驚かせるなんて良くないな、エルドー?」

「お前の糞問題のせいだよ」

「え、エルドーさん、何が! その眼は……!」

 

 看護師さんの心労に負担をかけてしまっているなと思いつつ無視。今はオーディムだ。

 

 騒ぐ看護師を尻目にオーディムが両手を叩いた。

 

 するといつぞやのように身体の自由が奪われる。今度はこの場にいる全員のようだ。看護師さん本当にごめんなさい。

 

「さて、答え合わせをするとしようか」

「しなくていい。正解は眼球だろ」

「ああ、正解だ。だが残念だな。お前の敗けだ」

「……」

「俺は言ったぞ。『制限時間が来たとき、答えが正しければお前の勝ちだ』とな」

「制限時間が来たとき、コップをひっくり返してコップの中身を空にしたからお前の敗けーってか」

 

 オーディムは怪奇な顔を浮かべる。その目の先は自身が持つ逆さまのコップ。

 ようやく気づいたらしい。思い込みからくるミスは悪魔にもあるようだ。

 

 コップの中には、未だに眼球が入ってるのだから。

 

「こいつは……」

「お前の敗けだよ、オーディム」

「勝ち誇って負けるのダサい」

「か、身体が動かな……い。つ、疲れのせい? 休みがほしい……」

 

 看護師さんごめんなさい。あとお疲れ様です。

 

「私のセッチャクロアリ。あの時、一匹だけ連れ歩いてた子」

「……」

「もう一度言ってやる。お前の敗けだ、オーディム。二度とこの世に来るな……!」

「……まあ、いいだろう。あのウィッチャーも元の世界に戻ったようだ。俺も戻るとしよう。この世界の生き物はどうも慣れないしな」

 

 突如黒い渦が現れた。オーディムは拍手をしなが渦の中へと入っていく。

 

「またいつか、互いの道が交差する時を愉しみにしている」

 

 渦の中、奴の身体がパラパラと剥がれ落ちていく。まるで燃えた表皮を剥がす樹のように。そしてオーディムは完全に形をなくし、黒い渦も閉じて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーディムからなんとか解放されたが、良かった良かったと終われる話ではない。

 奴との契約がなくなったため、当然俺の力は元に戻った。もう竜に勝てない。それは別に全然いい。むしろ奴との縁が切れたことは素晴らしい。

 だけど、村のみんなが死んだことはなかったことにできない。リーシェの右手も戻らない。何も良いことなんてない。

 

「これからどうする?」

「……リーシェは、何か考えてる?」

 

 もうじき退院できる俺たちは今後のことを考えないといけない。

 リーシェはハンターに復帰するのも難しいだろう。頼れる親戚もいない。この街で働き口を探すとかだろうか。

 

「私は……まだ悩んでる」

「そっか。俺は放浪してみるよ」

「なんでまた」

「オーディムがもしまたこの世界に来た時……俺みたいな馬鹿が少しでも減るように、あの悪魔のことをいろんな場所で伝えたい」

 

 馬鹿な夢見て、故郷を壊した愚か者がこれ以上増えないように。あいつに弄ばれる犠牲者がいなくなるように。

 

「私は……」

「勝手な頼みだけど、リーシェはこの街に残ってほしい。みんなのお墓参り、俺は安定していけるか怪しいし」

「ほんと勝手な頼みだね。あーあ、結局私のそばに残ってくれるのはセッチャクロアリのブラックヴァイパーだけかぁ」

「ネーミングセンス……」

「あ、あと一輪だけだけど、エルドーからもらったこの花」

「あ……」

 

 リーシェは拗ねたように、そして寂しそうに花を見て笑った。

 

 

 

 

 

 あれから独り放浪を続けている。

 こうして独り旅をしていると、オーディムはこの結末を見越していたのではないかという考えがよぎる。

 

 あの日、リーシェに贈ったスカビオサの花束。奴は俺とリーシェにお似合いだと言っていた。

 

 スカビオサの花言葉は『私はすべてを失った』

 

 どこまで掌の上なのか、わからない。

 ただ、今は奴の苦しみを願うだけではなく、奴の愉しみを奪うように動くことしか考えていない。

 

 この世界から、奴の居場所を完全になくしてやる。

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。