こいしちゃんは全部投げ捨てて唯一無二の能力を手に入れたんだけど、一方お姉ちゃんは全部背負い込んで地底最恐の座を勝ち取ったんだよね。
……そういう対比も、とっても良いと思うんですよね、俺。

3月10日はさとりの日なので、さとパルのはなしをどうぞ。

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「あの忌々しい瞳さえなければ、ですって?」

 パルスィは土蜘蛛の顔をまじまじと眺めやると、心底莫迦にした表情になり、はん、と鼻で嘲笑った。

「まさか、あれが瞳を潰された程度でどうにかできると思っているのかしら」
 嗚呼可笑しい。けらけらと笑ってそう言うと、ふと真顔に戻って困惑顔の土蜘蛛に向き直り、いいこと、と諭すように言った。

「ねえヤマメ。覚えておきなさい。さとりの一番恐ろしいのは、能力でもない権力でもない。獣望だなんてとんでもない。恐ろしいのは……」
 そこまで言って、パルスィは含み笑いを漏らした。


「意思の強さよ」

 そう言って、笑った。





貴方の炎に浮かされる

 

 

 

 

 

 宴会だった。

 

 廃獄と地上の親交の復活を慶び、新たな太陽の生誕を祝うその祝宴は、一昼夜どころか週を回らんとする今でさえ、盛況なまま続いていた。

 

 

 土蜘蛛娘が回らぬ呂律と赤ら顔に見合わぬ糸捌きを見せては、やんややんやと酔いどれ共の些か大仰な喝采が上がる。眼を閉じたサトリが酒を呷れば、いいぞいいぞと歓声が響く。そして未だ幼き八咫烏がその天蓋目掛けて太陽を吐いては、星熊鬼が踊りかかってその閃光を打ち砕かんとする。時には砕け、時には耐えきり、そして時には掠られもせず辺りを照らす太陽に、鬼も魍魎も息を呑んでは拍手を送る。

 

 その大規模な宴会には、恐らく旧都の住人の八割方が参加しているようだった。酒宴がそれこそ一月続くのも旧都に於いては珍しくないが、ここまで規模の大きいものは、滅多に見られるものではなかった。

 

 

 

 そして、その宴会の中心部、……ではなく、その端のほう、橋にもたれて水橋パルスィは立っていた。

 

 

 熱に浮かされたような瞳であった。けれど決して祝宴の熱狂に呑まれているのではなかった。橋の周囲は未だにひとは疎らであったし、呑まれているなら彼女はとうに人込みへ向かって走り出しているに違いなかった。そもそも彼女はそういうものにとんと興味のない質であった。

 

 寧ろ注意深く見たならば、彼女の瞳に浮かんでいるのが、甘味を目にした童子が如き輝きであるのだと、きっと気付けることだろう。そうして彼女が嫉妬を司る者であると思い出すと、恐怖に震えて殆どの者はその場から逃げ出すに違いなかった。つまるところ、その目はどこか、捕食者の如き鋭さも内包していたのである。

 

 

 

 

 

「こんにちは、パルスィ。今日もお元気そうで何よりですね」

 そして、彼女はその「殆どの者」から外れる者の一人だった。

 

「あら、さとり。こんな僻地に来るなんて珍しいのね」

 来客の方に顔を向けると、パルスィは意外そうな様子でそう言った。

 

 実際、珍しいことだった。さとりが出不精であることは、旧都の誰もが知る周知の事実だ。彼女が外に顔を出すのは、何かしらトラブルのあった時か、或いは妹に連れ回されている時ぐらいのものである。

 

「ええ、まあ」

 パルスィに倣って欄干に背をもたれると、さとりはひとつ頷いて曖昧に声を返した。彼女の顔は相も変わらず鉄面皮で、眉の一つも動かす素振りすら見せなかった。

 

「元はお空が問題を起こしていやしないかと見に来たのですが、特には問題もありませんでしたからね。ついでに旧友のところにでも顔を出してから帰ろうかと思ったところです」

「旧友ねえ。仲の良し悪しは置いといて、少なくとも古くはないんじゃないの」

「まあ、私はパルスィの半分ほども生きてませんから」

「じゃあ新友ですね、ぐらいは言いなさいよ。否定してあげるから」

「だから言わないんですよ。否定されるから」

 

 相対するパルスィの側も、ぶっきらぼうな物言いといい仏頂面といい、傍目にはどうにも不快そうにしか見えないような様子だった。何も知らない者からすれば険悪なように見えるだろうが、けれどその実、二人の仲は悪くはなかった。彼女らは、表象的にも表情的にも、またその能力と精神性でも似通っていたから、なにかしら通じるところがあったのだろうと周囲の者たちは考えていた。

 

 

 

 

 

 向こうの方、祝宴の中心を指す方角から、わっと歓声が聞こえてきた。二人はそちらの方を向いて、赤々とした輝きが天蓋を照らし出すのを見た。どうやら再び八咫烏が太陽を吐いたらしかった。眩しさに目を細めつつ、パルスィはどこか満足そうに口を開いた。

 

「綺麗ね」

「まあ、そうですね」

 

 躊躇と困惑。それらの幾らか入り混じったさとりの曖昧な相槌に、振り返りつつパルスィは首を傾げた。「そうでしょう、自慢のペットですよ」などと言ってくるかと思っていたのにと、彼女は肩透かしを食らった気分だった。

 

「自慢じゃないの」

「まさか。力に溺れずひとに尽くせる、心清らかな自慢のペットですよ」

 心外そうにそう応じて、それよりも、と言葉を続ける。

 

「私はてっきりパルスィが、あの眩しさが妬ましいと、そう言うのだと思っていたのですけれど」

「は?」

 パルスィは、呆れたとでも言いたげな顔でさとりを見やった。

 

「妬ましいに決まってるでしょ。いっそ火傷しそうなぐらいよ」

「本当ですか?」

 今度はさとりの方が首を傾げる番だった。パルスィの心象のそのうちには、欠片も嫉妬が見えなかったからだ。

 

「今の貴方の心象が描いているものは、むしろ私には、感謝のように見えるのですが」

 

 ああ、とパルスィは息を吐いた。なるほどね、そういうことね。そう一人何度も頷くと、改めてさとりへ向き直って、言った。

 

「そりゃあまあ、感謝もするわよ。こんなに入れ食いになったのは、いつぶりかすらも分からないもの」

 

 

 

 

 

 

 

「というと?」

「見ての通りよ」

 首を傾げるさとりに向けて、パルスィは市街地の側を指し示した。さとりの目には見えなかったが、パルスィの目は街中が緑に染まっているのをはっきりと見て捉えていた。

 

「あの鴉を妬ましく思っているのはなにも私だけじゃないの。例えばこの辺りの宴に加わってない奴等なんかは、あれが眩しすぎて逃げてきた奴等だし」

 パルスィは恍惚とした様子であった。馳走を目前に並べられ、うずうずとしている幼子を、どこか彷彿とさせる様子であった。そしてそれは強ち間違いというわけでもなかった。さとりの頬を、つと一筋の汗が伝った。

 

「それに」とパルスィは言葉を続けた。その指す指を、より旧都市街の中心地へ向けて、言った。

 

「宴会してる莫迦どもも、心の底では大差ないわ。妬みが勝るか酒が勝るかの違いだけ」

 素晴らしいことよね、とパルスィは嘯いた。実際彼女の瞳には、周囲のあらゆる魑魅魍魎が、こと高級な砂糖菓子の如くに映っていた。

 

「軽くつつけばそれだけで焦げ付く程に燃え上がるのよ。まさしくあれは入れ食いね。ともすれば、地上で暴れていた頃よりも、生を謳歌しているのかもしれないわ」

 

 

「それは、」

 さとりは数度、逡巡するように口を開いては閉じるのを繰り返して、それから言った。

 

「良かったですね」

「あら、ねえさとり、もしかして視えてないのかしら」

 

 パルスィは、にいと口元に弧を描いた。ついとさとりを指差した。

 彼女の瞳はひとを小莫迦にするかの如くに細められて、そしてそれは真実揶揄う心の逸った結果だった。

 

 

「貴方のことよ、さとり」

 

 

 嘲るように、言った。

 

 

 

 

 

 

 

「ペットの鴉のことだけじゃない。地上の人間、何物にも負けぬと信じるその傲慢さが妬ましい。入道使いと船幽霊、やることがあると地上へ飛び出すその輝きが妬ましい。新たな神の生誕だ、なんて叫ぶ旧都の莫迦共が。友人思いのペットの猫の誠実さが。妹の無感情な能天気さが。心の底まで、呑まれそうなほど妬ましい――」

 実に、情熱的ね。そう言ってパルスィはさとりに笑いかけた。まさしく、獲物を見据える目つきであった。

 

 さとりの内には激流のように嫉妬の思念が渦巻いていた。パルスィの瞳を通して見るなら、それこそ輝かんばかりの感情の奔流であった。けれどあくまでさとり自身は自然体であるものだから、パルスィ以外はきっと彼女の感情に気付いているものはないのだろうと思われた。

 

 ……否。むしろそれは、パルスィの眼前だからこその濁流だった。

 緑の瞳に宿した彼女の怪物は、望むか否かに関わらずして、周囲のものも狂わせる。相手の心中の緑の炎が大きいのなら、猶更。

 

「傍目には判らなかったのだけど」

 言うと、パルスィはさとりの瞳を覗き込んだ。第三の側の赤い瞳だ。見通すような冷たく鋭い普段の様子とは裏腹に、その眼はぼんやりその焦点を失っていた。やっぱり、と漏らしたパルスィの言葉に、さとりは苦く顔を顰めた。

 

「おかしいと思ったのよね。貴方、普段ならもっといけ好かない……ひとの心情を土足で読み上げる奴だもの。やけに大人しいと思っていたのだけど、……その眼、今は殆ど視えてないのね?」

 

 

 さとりは応えなかった。それが何よりも雄弁な答えだった。

 

 

 正確に言えば、眼を凝らしている余裕がない、と言うべきだろうか。何一つとして語らなくとも過去の奥底の心象までもを詳らかにする彼女の瞳はしかし、己の心象の激しさに揉まれ、他者へと焦点を定めるだけの精神的余裕を失っていた。今のその眼が映すのは、せいぜいがひとのぼんやりとした感情だけであった。

 

「苦しいでしょ? 辛いでしょ? 流石にもう背負いきれないものね?」

 ここに来て、パルスィの顔に浮かんだ喜色は、はちきれんばかりのものであった。その瞳は爛々と緑に輝き、獲物を狙う猫の如きであった。上ずる声を震わせながら、虚空を抓むと引き寄せた。色を灯さぬ緑光が、その指先に絡まっていた。

 

「安心なさい、さとり。私が全部、食べてあげる」

 

 そう言って、パルスィはぐわりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「――駄目ですよ」

 

 

 酷く冷たい声だった。

 

 

 パルスィが気付いた時には、既にその腕は赤色のコードに絡めとられて留められていた。コードはさとりの服の袖から伸びていた。

 

「あのねさとり、これだと食べれないじゃない」

「だからです。食べてもらう気はありませんので」

 呆れたような目を向けられても、さとりは無表情のままだった。にべもないさとりの返答に、パルスィは呆れて息を吐いた。

 

「せっかくひとが助けてあげようとしてるのよ?」

「必要ないと言っているのです」

 そう言って、さとりは第三の瞳を胸元に構えた。指先の爪が刺さったのか、ぽたりと数滴の血が流れ落ちた。

 

「この嫉みも、この恐怖も、この苦しみも、この喜びも、全ては凡て私のものです。総て私の背負うものです。誰にも明け渡すものですか」

 

 相変わらず強情ね、とパルスィは心中で吐き捨てた。見えてますよ、と呟いたさとりに、見せてんのよ、と言い返した。

 

「ねえさとり、貴方分かっているの? 度を過ぎた嫉念は、吐き出さないと身を亡ぼすわよ。貴方がどれだけ強いとしても、今のままだと」

 

「違いますよ」

 パルスィの言葉を遮って、さとりは言った。

 

「私はなにも、強いから背負っているわけではありません。まったく逆です」

 

 さとりの瞳は力強さを取り戻していた。それが痛みによる気付けのもたらしたものなのか、意思の強さによるものなのか、はたまた単なる虚勢なのかは、パルスィには判別する術がなかった。

 

 

「全てを余さず背負ってきたから、私は強くなれたのです」

 

 そう言って、笑った。

 

 

 

 

 

 

さとりの背中を見送ると、再びパルスィは背中を欄干へ持たれかけた。彼女の顔は、背筋の寒くなるような冷たい笑みを浮かべていたから、道行くものたちはその顔を見てはぎょっと立ち竦み、続いてそそくさと逃げ去っていった。

 

 パルスィは上機嫌であった。満腹であるのもそれを助長してはいたが、何よりこれからの楽しみの増えたのが大きかった。

 

 さとりの放った言葉の真偽は、彼女には判別つかなかった。けれどさとりの抱く嫉妬に幾らか、異常に古く、けれどもやけに新鮮なものが含まれているのには気付いていた。全て余さず背負っている、というのは恐らくそれのことだとパルスィはあたりをつけていた。

 

 さとりは彼女の友人であった。けれども今やそれ以上に、大事な観察対象でもあった。

 

 彼女がその肥大した嫉妬を上手く飼い慣らし続けられるのか、それとも何処かで破綻するのか。

 その行く末を夢想する度、パルスィはその頬の弛み往くのを止められないのだった。

 

 

 

 







例大祭17in静岡、サークル参加します。
お品書きはこちら↓
https://twitter.com/sakuuma_ROMer/status/1236288475051069444


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