八幡との初めてのお家デートで喧嘩してしまった雪乃。
姉や義妹や親友に、どうすれば八幡と仲直りできるかを相談するのだが、彼女たちからは呆れたような視線を向けられ……。

※pixivでも投稿していたものを改稿した作品となります。

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お家デートで初喧嘩

 とあるコーヒーショップのテラス席。

 そこで各々注文したカップを手にテーブルを囲み、私は彼女たちにある相談をしたのだけれど──、

 

「雪乃ちゃんが悪い」

 

 話を聞いた姉さんが呆れたような顔をして真っ先に口を開き、

 

「雪乃さんが悪いです」

 

 それに続くように盛大に溜息を吐いて肩を竦めた小町さんも同調し、

 

「ゆきのんが悪い」

 

 由比ヶ浜さんは死んだ魚のような目をして断言すると、ガンッと額をテーブルに打ち付けて突っ伏してしまった。

 

 

「……解せないわ」

 

 

 「「「 それはこっちの台詞だよっ!? 」」」

 

 思わずこぼした私の呟きに、三人から一斉に非難の声が上がる。そんな状況に私は逃避するように手元のカフェラテに口をつけて、ふと思う。

 

 

 

 どうでも良いのだけれど、あなたたち息ピッタリね。

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 胡乱げな目をした姉さんが、苛立たしげにテーブルを爪の先で叩きながら私に問いかける。

 

「もう一度聞くけどさ、初めてのお家デートだったんだよね?」

「えぇ、そうね」

「何度かデートを済ませて、それが良い感じに成功して、そこで今回は付き合い始めてから初めて比企谷くんの自宅へ行ったお家デートだったんだよね?」

「だから、そう言っているでしょう?」

 

 私の返答に納得がいかないのか、マジかこいつ……と姉さんが呻きながら頭を抱えてしまった。実姉とはいえ、その反応はさすがに失礼ではないかしら。遺憾だわ。

 

「……雪乃さん」

「なにかしら、小町さん?」

「小町が言っても身内贔屓になっちゃいますけど、あれでもお兄ちゃん、ものすごく気を遣ってたんですよ」

「……そう」

「前日からもうそわそわ緊張して、無駄にリビング掃除しまくって、挙句の果てにはお茶菓子どうしようとかしょーもないこと悩みだして、恥を忍んで小町に相談するほど心を砕いてたんです。あの唐変木で朴念仁なウドの大木のお兄ちゃんがそこまで頑張ったんです。端的に言ってこれは奇蹟です」

 

 ヨヨヨっと泣き真似をしながら小町さんが熱のこもった声で演説する。実の妹にそこまで言われるってよっぽどね。さすが比企谷くんだわ。

 まぁ、でも、そこまで言われるとさすがに少しは悪かったかもという感情が湧いてくる。ただ、それと同時になんともこそばゆい感覚にも襲われて、なんだかひどく居心地が悪いのだけれど。

 

「あのさ、ゆきのん」

「……」

「あたしが言っても、ただの負け惜しみだし、嫉妬とかそういう感情がゼロとは言えないから、あんまり言いたくないけどさ」

「由比ヶ浜さん……」

「さすがにそれはないよ」

 

 由比ヶ浜さんが泣き出してしまいそうに眉尻を下げて、咎めるような声で私に諫言する。

 

「わたしが言っても説得力ないけどさ……。雪乃ちゃん、もうちょっとこう、比企谷くんの気持ちも考えてあげなよ」

「そう言われても……」

「わかってます。わかってますよ。雪乃さんがそういう人だって。小町はもちろん、お兄ちゃんだってそれは承知してます。それでもですね、ほら『親しき仲にも礼儀あり』って言うじゃないですか。そういうことですよ」

「……私にどうしろと」

「簡単だよ、ゆきのん。むしろそれ以外が難し過ぎるまであるよ」

 

 姉さんが、小町さんが、由比ヶ浜さんが、三人ともが神妙な面持ちで私を見据えて、口を揃えて苦言を呈する。

 

 

「「「 猫だけじゃなくて、比企谷くん(お兄ちゃん、ヒッキー)にもかまってあげて 」」」

 

「だってカマクラが……」

 

 

「「「 猫の所為にしない!!! 」」」

 

 

 比企谷くんのお家でカマクラと戯れてたら一日が終わってしまったことで、私と比企谷くんは付き合いだしてから初めての喧嘩をしてしまい、未だに仲直りができていない。だからこの三人に相談したのだけれど、三人からはお説教を受けてしまった。

 

「だってそこに猫がいるのよ? 愛でるでしょ?」

「猫大好きなのは知ってるけど、それをちょっとは比企谷くんにも向けなさいって言ってるの」

「何を言っているの。比企谷くんはいつでも愛でられるじゃない」

「おぉう。雪乃ちゃんがさらっと惚気た……」

 

 姉さんが、育て方間違えたかも……なんて言いながら天を仰いでいるけれど、失礼ね。姉さんに育てられた覚えは断じてないわ。コンプレックスとトラウマは数えきれないほど育まれたけど。

 釈然としない気持ちで何となしに横を見てみると、あはは……と笑いながら遠い目をした由比ヶ浜さんが黄昏ていた。

 

「……あたしのヒッキーへの想いって猫以下だったのかなぁ」

「うわぁぁ!? ゆ、結衣さん! そんなことなかったですよ! 気をしっかりもってください!!」

 

 そう言われると心苦しいわね。決して比企谷くんを蔑ろにしているつもりはないのだけれど。

 

「もうさ、雪乃ちゃんが比企谷くんの家に行くときは、カマクラは余所に預けとくとか……ごめん、わかったから。そんな泣きそうな顔しないでよ」

「泣いてないわよ!」

「雪乃さん、小町のかーくん秘蔵写真あげますから、泣かないでください」

「だから泣いてないと言っているでしょう!? その写真はやく!!」

「ゆきのん、少しは欲望抑えようよ……」

 

 結局、私から比企谷くんへきちんと謝罪することを条件に小町さんのカマクラ秘蔵写真を入手することに成功した。これは尊いわね。至高だわ。さすが小町さん、このアングルなんてカマクラの愛らしさが惜しげもなく表現されていて控えめに言って最高じゃない。

 小町さんから貰った写真にホクホクしていると、姉さんが真剣な顔で私に忠告してくる。

 

「雪乃ちゃん、わかった? 次会ったときはちゃんと謝るんだよ?」

「えぇ、任せなさい。心配いらないわ」

「どの口が言ってるのか」

 

 失礼ね。さすがにここまで言われれば私だって反省のひとつくらいするわよ。

 

「……今度、比企谷くんに菓子折りでも持っていこうかしら。姉として」

「小町もお兄ちゃんにもうちょっと優しくしようと思います」

「生きるのが辛い」

 

 あの、由比ヶ浜さんには本当に申し訳なく思うわ。冷静になって考えてみると、そもそもどうして由比ヶ浜さんにも相談してしまったのか。デリカシーに欠けた行動だったわね。本当にごめんなさい。

 

「とにかく、会ったらまず素直に謝ること。いいわね? 次も猫にかまけて喧嘩しましたなんて相談されたら、さすがのお姉ちゃんだって怒るからね?」

「そのときは小町も協力できませんので、肝に銘じてください」

「もしそんなことになったら、あたしへの宣戦布告と受け取るからね」

 

 こうして三人からアドバイスという名の脅しをかけられた私は、もう一度お家デートをやり直す条件で比企谷くんと仲直りしたのだった。

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 ──後日。

 

 先日と同じコーヒーショップのテラス席で、私は声を荒げた。

 

「聞いているのかしら、三人とも!?」

 

 私はいま荒ぶっている。それはもう荒ぶっているわ。怒り心頭よ。

 

「……」

「……」

「……」

 

「こんな仕打ち許されるかしら!? く、屈辱よ!!」

 

 あれはやり直しのお家デートのために比企谷くんの家にお邪魔したときだったわ。

 出迎えた比企谷くんから無言で手渡された猫耳カチューシャ。何をふざけているのと怒りそうになったのだけれど、これも比企谷くんなりの歓迎の印、仲直りのキッカケ作り、前回は私に落ち度があったのだからこのぐらいの仕打ちは甘んじて受けよう、猫耳……にゃー。と、そうして大変不本意ではあるけれど、私は黙って猫耳カチューシャを頭につけたわ。

 そしてリビングに移動して、なにやらお茶の準備をしだす比企谷くん。その間も、私はカマクラを愛でたい気持ちを押し殺し、我慢したわ。二度も同じ過ちを繰り返す私ではないもの。それはもう全力で我慢したわ。最初に謝罪する。そう小町さんとも約束したもの。血の涙を流さんばかりにカマクラを撫でたい気持ちを押し殺したのよ。本当よ?

 

 それがなに? 私にお茶を差し出した後、開口一番に比企谷くんがなんて言ったと思うかしら?

 

 

 『ほーら、雪ノ下。ちゅ~るだぞー? 猫大興奮のちゅ~るだぞー? マジ猫のんまっしぐら』

 

 

「そう言って、私の眼前にCIA○ちゅ~るを突き付けたのよっ!? あと、まっしぐらのフレーズはカル○ンよ!」

 

「何やってるのよ、比企谷くん……」

「お兄ちゃん、根に持つタイプだから……」

「あたしもヒッキーに餌付けされたい……」

 

 ……最後の由比ヶ浜さんの言葉は聞かなかったことにしましょう。

 

「それでどうしたの?」

「比企谷くんからちゅ~るを奪い取って只管カマクラを愛でてやったわ。比企谷くんの目の前で」

「……で?」

「そのまま一言も話さないまま帰ったわよ」

 

 どうしてそこで姉さんから呆れたような眼差しを向けられないといけないのかしら。さすがに今回は比企谷くんが悪いと思うのだけれど。

 

「……これ小町たちが相談乗る意味あるんですかね?」

「なんかもう、お姉さんも放っておけば良い気がしてきたわ」

「爆発すればいいのに、二人とも」

 

 どういうことかしら? あと由比ヶ浜さん。そういう台詞をハイライトの消えた瞳でさらっと言うのは止めてちょうだい。冗談なのか本気なのか判断に迷うのだけれど。

 

「……どういうこと? 私をからかう以外に何か意図があったとでも言うの?」

「まぁ、悪意が無かったとは言いませんけど。むしろ悪意の塊でしたけど。でも多分それ、お兄ちゃん的には雪乃さんとのデート満喫してたと思いますよ」

「え……?」

「たぶんさ、一回目のときに悟っちゃったんだろうね。雪乃ちゃん相手に無駄に気合い入れても仕方ないって。だから、比企谷くんも自分も楽しめる方向に舵を切ったんじゃない?」

「私をからかって楽しもうと?」

「……違うよ、ゆきのん。ほら、偶にヒッキーが言ってるじゃん? ゆきのんは猫を愛でられて幸せ、ヒッキーは幸せそうなゆきのんを見れて幸せ、WIN-WINの関係ってやつだよ」

 

 その言葉をゆっくりと噛みしめて、五分ほどかけて理解したところで、自分の顔が熱を帯びていくのが分かる。

 

「……愛されてるねぇ、雪乃ちゃん。でも、それに甘えきっちゃダメだよ?」

「そう、ね」

 

 姉さんの言葉に私が頷いたところで、私のスマートフォンからピコンと軽快な音が鳴る。

 見れば、比企谷くんからトークアプリ経由で動画が送りつけられていた。訝しがりながらもその動画を再生し、私は即座に後悔する。

 

「……ぶふっ」

「うわぁ……。雪乃さん、猫耳つけたままめっちゃ真顔でかーくんモフってる」

「あたしも後で送ってもらおー」

 

 正面と左右から覗き込んでいた三人が、それぞれ好き勝手なことを言っているけれど、今はそれどころじゃないわ。私はワナワナと震える手を何とか宥めて、スマートフォンをポケットへ仕舞うと静かに席を立つ。

 

「……小町さん。今日、比企谷くんは?」

「あー、家に一人で留守番してると思いますけど」

「ちょっと急用を思い出したから失礼するわね」

 

 そうして私はまだ半分以上残っていたカップの中身を勢いよく飲み干し、比企谷くんの自宅へ向けて走り出した。

 

 

「……待ってなさい、比企谷くん。次は私があなたに首輪をつけて市中引き回しにしてやるわ!!!」

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪乃ちゃんも雪乃ちゃんだけどさ、比企谷くんも相当だよね……」

「お兄ちゃん、捻くれてますから……」

「ヒッキー、会いたいなら素直に言えばいいのに……」

 



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