3周年記念ということで書きました。

ライブが始まる直前。花園たえはステージ上でふと昔のことを思い返しました。その瞬く間の回想です。

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花園たえの回想

 暗闇に私は立っている。しかしそれは決して暗澹たる漆黒などではなくて、目の前には星々のようなペンライトの輝く夜空のような、そんな闇。星々は今か今かと武者震いのように身を震わせながら静かに来る瞬間を待っている。

 

 とても静かだ。自分と、4人の息遣いが鮮明に聞こえてくる。闇は私の感覚を鋭くする。汗ばんだ手がピックを握る感触。左の指がステンレスの弦をそっと撫でる。自分の一挙手一投足が手に取るように分かる。

 

 ドラムスティックが鳴るまでの間、私は星々に遠い過去を見た。

 

 小さい頃の私はなんというか、目標だとか、夢だとか、そういうものは持ち合わせず、友達も出来ずに、いつも1人でその場凌ぎの楽しさに身を委ねていた。

 

 それが変わったのはいつの頃だったか。そう、あれは確か小学生の夏休みの頃。私はその日も夏の暑さに負けず近場の公園で木登りをしていた。

 雲一つない快晴、茹だる熱気に降り注ぐ蝉時雨。猫は日蔭で欠伸をする。滑り台は白く輝き、アスファルトは陽炎に揺れる。そんな夏だった。

 彼は突如としてやって来た。ギターバッグ片手に、汗を拭う事もせずに。白のTシャツはぐしょぐしょで彼の身体の輪郭を映し出す。顔は酷く憂鬱そうだ。失礼だが、無職の酔っ払いみたいだなと思った。

 彼は顔色一つ変えずに灼熱のベンチに座り、ギターを取り出す。熱いアコースティックギターを膝に置き、左手はネックに、右手はサウンドホールへとゆっくり添える。

 そして彼は音を奏で始めた。それは風鈴を鳴らす涼風のような、或いはそう、積乱雲の落雷のような、そんな音だった。

 

 それから彼は1ヶ月、毎日ここでギターを弾いた。何度も、何度も。私は彼を神と呼ぶようになった。私は燦然と世界を照らす太陽の下で、汗を垂らしながら彼の前でその演奏毎日聴き惚れた。

 一度彼の顔を見た。相も変わらず憂鬱そうだった。悲しそうにも見えた。彼の頬を伝った滴は汗か、或いは涙か。私はまだ知らない。

 そして彼は来なくなった。最後に一つのアルバムと手書きのコード譜を私にくれた。

 そして、少女Aとしての私は、あの夏の日にくたばって死んだ。

 

 ハッと私は俯いてた顔を上げた。私に向かって聞こえる息遣い。その中に混じる足音。それが耳を打った。その方へ顔を向ける。

 香澄と目があった。左の耳に吊られた大きな星型のイヤリングに伝う汗。星雲のような瞳が確かに私を射抜く。

 それは私を更なる追憶へと誘う。

 

 神と出会ってから、直ぐ様私は楽器店でアコースティックギターを買った。なけなしのお小遣いは全て尽きた。あの時ほど正月は恋しかった年はもうないだろう。

 

 神から貰ったホワイトアルバムをCDプレーヤーにセット、ヘッドフォンを装着して聴いた。何度も聴いた。

 ギターも毎日指から血が出るくらい練習した。神が言った言葉を信じたから。努力し続ければ、いつ必ず夢に出会えると。

 

 それから何年時が過ぎただろうか。神から貰ったアルバムはとうに昔に擦り切れてガラクタと化した。愛すべきガラクタだ。今も部屋に飾ってある。

 

 高校1年の春の終わり頃だっただろうか。その頃の私はなんというか、多感な中学の3年間只管にギターを弾いていたからギター以外に取り柄が無く、人との喋り方もすっかり忘れて人見知り。結果友達が1人の出来ずに毎日屋上でギターを弾くだけの学校生活を送っていた。そして家に帰ってまたギター。授業中は当然寝ていた。

 

 そんなこんなで寂しく過ごして初夏の手前、ひょんな出来事があった。

 いつも通り昼休みに屋上で手早く昼食を食べて、ギターを弾いていた。さて次は何を弾こうかと思考。ふと空を見上げると烏が2匹、優雅に空を飛んでいた。この時期は烏が学校の周辺を飛んでいる。

 

 それでビートルの「blackbird」をしばらく弾いていた。余りに夢中に弾いていたから、ふと我に帰った時、予鈴が鳴ったのか否か分からなくなった。いつも寝ているとは言え遅れたら不味い、そう思って急いで荷物を畳み階段を駆け下りようとしたら、何かに躓いて転んでしまった。どうやらその何かは1人の女子生徒だった。

 その時は巻き込んでしまった罪悪感とか、不器用な自分への自己嫌悪とか、はやく教室へ戻らねばという焦燥感とやらでいっぱいいっぱいで、巻き込んでしまった相手に特に目もくれずに去ってしまった記憶がある。

 思えば、これが運命の出会いだったのかもしれない。

 

 それから数日後、公園に訪れた。空は黄昏れ、涼しい風に背中を押されながら、すっかり冷えた二つの滑り台の狭間に座り、腰を下ろす。足を組み、慣れた手つきで背負ったギターを構える。目の前にはすっかり顔馴染みになったまだ名前を知らないキッズ達が好奇心に満ちた目で私の演奏をじっと待つ。錆びた弦の指を添え、深呼吸を一つ、そして優しく弾く。

 呼応するように吹いた一陣の風。鉄風は赫サビをふるい落とし、夕暮れに溶けて消えていく。

 

 記憶を噛み締めるように、脳裏に残る神を自分に投影する。彼のように、激しく、優しく旋律を奏でる。「幽霊メダル」など子ども受けしそうな曲の後に弾くは彼のバンドが作ったであろう曲。メロディーは知らない。教えてもらったのは伴奏(コード)のみ。何度も弾いたそれは錆みたいにすっかり私の身体に染みついていて、何も考えずとも指が自然と次のコードを奏でる。

 

 夕のもう直ぐ終わり、空の殆どが淡い夜で満たされている。紫と藍を混ぜたような空に、我先にと姿を見せる一番星。この曲は、どこかそんな気分にさせる。

 

 歌声が耳朶を打つ。しかしそれは不協和音ではなく、まるであるべき所に収まったような、或いはパズルのピースが埋まった感覚だった。

 キッズ達は掃けていて、代わりに少女がいた。猫のような、或いは星にような変わった髪型をした少女が目の前にいた。その星雲のような瞳は確かに私を射抜いていた。

 

「もう一回」

 

 隣のクラスで最近噂になっている少女が目の前にいた。風の噂では弱気で頼りない子と聞いていたが、目の前の彼女は確か意志を持った瞳でこちらを見ているではないか。

 もう1度、最初から演奏を始める。彼女もそれに合わせて歌い始める。

 

 どうして彼女がこの曲のメロディーを知っているのかは甚だ疑問だったが、今はこの心地良い時に身を委ねていたかった。

 目を閉じる。大丈夫、もう手を見なくても指は勝手に次のコードを奏でる。

 彼女の歌声に耳を傾ける。嗚呼、このメロディーをどれ程待ちわびただろうか! 

 

 ─Yes! BanG_Dream! 

 

 それを最後に曲は終わる。街の喧騒が思い出したように私達の周りを満たす。

 耳元を横切る涼風。彼女の息遣い。指と弦が擦れる音。川のせせらぎ。行き交う自動車の排気音。デュエットの余韻。

 

 彼女が口を開く。私はそれをじっと見つめる。

 

「……ねえ、花園たえさん」

 

 それが戸山香澄との出会いだった。その日、私は夢に打ち抜かれた。

 

 

 それから私が彼女達とバンドを結成するまでにもう一悶着ある訳だが、それはまた別のお話。態々此処で語る必要もないだろう。此処以上にふさわしい場所に収まっているのだから。

 それからの日々は長かったような、或いは短かったような。

 

 長い、長い道のりだった。初めは祭の余興とか、有咲の蔵でのライブが、気付けば品川ステラホール、さいたまスーパーアリーナ、その他数えキレないほど程の場所でライブをして、その度にいろいろな人と出会って。そして今は武道館のステージに足を付けている。

 

 永い、永い時間だった。勉強して、練習して、ライブして、そしたらまた勉強、ライブ。それを繰り返すうちに気づいたら卒業していて。何度も何度も解散しそうになったりすれ違ったりしたけど、BanG Dreamの名の下に集まった私たちはずっと一緒だった。そして、多分これからも。

 

他にも色々あった筈だ。覚え切れない出会いと別れがあった筈だ。数え切れないくらい笑ったし、嫌というほど泣いた記憶もある。でも、そんな日々も、思い返せば短く、一瞬で終わってしまう。

 

 肌を纏う空気が変わった。もうすぐライブが始まるんだと直感で悟った。もう1度メンバー全員と目を合わせる。ドラムスティックが1回、甲高い音を鳴らす。もう一回。感覚を狭めて後4回。

 

 さぁ、始めよう。私達はまだ走り始めたばかりだ。此処でまたその一歩を踏み締めようではないか。

 

 神様、見ていますか。あの時貴方が出会った少女は、確かに夢と出逢えました。

 

 これからも努力は続けよう。夢と出会うためでなく、夢を手放さないために。

 

 最後のカウントが会場に響いた。眩しい照明が私達を照らす。

 

 私はありったけの力を込めて右手を振り下ろした。

 

 顔を上げる。香澄は笑っていた。有咲も、りみも、沙綾も。きっと私も笑っていただろう。

 

 コードを掻き鳴らす。それは彼女と出会った運命の歌。

 

 孤独な鉄風は今や思い出の産物だ。鉄風は雷鳴となって、鋭く轟いた。会場に、或いは私と皆んなの心に。

 

─雷鳴、鋭くなって




※過去は捏造です。読者の数だけ花園たえには過去があると筆者は思っています。

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