「心配しすぎですよ。
あなたが不安になるのも分かりますが、誰も黙って出て行ったりしませんから……」
「うん……」
手を伸ばし、うつむくウラヌスの頭を撫でて、ついでに頬をプニプニしてあげる。
用事を概ね済ませてレストランで昼食を摂っていたんだけど、長く隠れ家を空けているうちに4人が居なくなっているんじゃないかと、ウラヌスが不安を口にしたのだ。
私とウラヌスが外にいるから、隠れ家に誰も止める者がいないという理屈らしい。まぁ気持ちは分かるんだけど、そこまで心配してたら買い物にも行けなくなる。
「そもそも食事が済んだらすぐ帰るつもりでしたから、落ち着いてくださいね」
「でも、この後ホームコードを確認するんでしょ?
内容によっては……」
「あー、急ぎの用事がないとはもちろん言い切れませんが……
ただ何かあったとしても、私もまだ全快してませんし、連絡は後日にします」
「……分かった」
港町アムリタを出て、少し離れた無人の砂浜でホームコードの確認をしている。が……
結構多いな。おそらくゲーム内で無事を確認する前、私の心配をしていたであろう仲間からのメッセージがやたら入ってる。1つ1つは大した長さじゃないけど、何十件もあるとね。
ウラヌスも自分のホームコードの確認をしていたけど、昨日も確認したからかとっくに終わっていて、私の方が終わるのを腕組みして待っている。
「すいません、件数が多いのでもう少し待っていてください」
「あ、うん。大丈夫大丈夫。
聞き
難しい顔してたから声をかけたけど、表情を平静に戻すウラヌス。なんだろ、さっさと帰りたいから待たされて不機嫌なのかと思ったけど、どうも違うみたいだ。
「──お待たせしました。確認終わりましたよ」
「おっけ。
……誰かに連絡しなくて大丈夫? 家とか」
「ええ。大急ぎの内容はなかったですし、今日はこれで」
何件か気になるものはあったけど、いちおう体調を万全に戻してからの方が良さげだし、父さんに連絡したらいつ帰ってくるんだとか長話になりそうだからな。
「話したいことがあるんだけど、移動しながら喋っていい?
ペースは落とすから」
「ええ、構いませんよ」
この分だと、ホントに早く帰りたそうだな。断る理由もないし、別にいいけど。
多少迂回しつつも、隠れ家への帰路を早歩きしながら話すウラヌス。私も並走しながら話を聞く。
「──っていう感じで、ノンビリしてると良くなさそうなんだよ」
「そうですか、ビーンズさんが……」
昨日もノヴさんから連絡があったと聞いていたけど、さっき確認したら追加でビーンズからのメッセージも入っていたらしい。
元々ビーンズはウラヌスの隠れ家を知ってるらしく、話があるから早めに返信が欲しい、連絡をくれればすぐこちらへ来る、とのことだ。
このタイミングでメッセージを入れたということは、おそらくゲームから戻ったことを知っているのだろう。すぐ来る、とはノヴさんに連れてきてもらうことを
「アイシャはどう思う?」
「十中八九、ネテロからの伝言だと思います。
ビーンズさんは信用されてますから、おそらく姉弟の事情も聞いているでしょう」
「うん……
だから別にビーンズが隠れ家へ来ること自体は構わないんだけど……」
「難しいですね……」
結局のところ、何の話か分からないから受け身にならざるを得ない。予想はできるけど、こちらの思惑通りにコトが運ばない可能性も考慮しなければいけない。
話次第では、レオリオさんに連絡して、すぐアームストルへ帰らないといけないかもな。リィーナと今後について早めに相談する必要がありそうだ。
「すいません、私が体調を崩したせいで行動しづらくしてしまって……」
「そんなこと気にしないで。
今は体調を戻すことに専念してくれればいいよ」
「不調が長引いては元も子もないですから無理はしませんが、できる限り協力します」
「うん、無理のない範囲でならお願いしたいかな」
「了解です。もう来ているなんてことはないと思いますが、いちおう急ぎましょうか」
「そうだね」
隠れ家の場所を知っていてノヴさんの協力もあるなら、連絡を返す前にビーンズが来てしまう可能性も僅かにあるからね。トラブルになりかねないし、未然に防ぎたいところだ。
私達が隠れ家に帰ると、当然ながらウラヌスの不安は
「無断で外に出たわけだけど、それはよかったの?」
「そりゃ閉じ込めてたつもりはないから、気を付けてくれるなら自由に出て構わないよ。
だから入口のロックもかけてないんだし」
「それにしても、ずいぶん意識が変わったじゃないですか。
今まであんなに修行するのを嫌がっていたのに」
「アタシは元々自主的に鍛えてたもの。せいぜいオーラ量くらいだけど。
あんた達がもう修行しなくていいって言ったとしても、続けるつもりだったわよ?」
「大変結構なことです」
「シームは桜ってご褒美があるから修行をがんばってたはずだけど、それがなくなってもちゃんと修行できるか?」
「ボクだってちゃんと修行するよ。
……でも桜は出してほしい」
「あー、はいはい……
単なる
「約束だよ?
出してくれなかったら、ウラヌスに抱きつくからね」
「オマエ、俺が桜を出してても時々抱きつくじゃねぇか……」
「あらあら♪」
むぅ。2人の話を聞いてたら、
「ウラヌス、あなたの代わりに可愛がってあげたいので桜をください」
「なんでアイシャは俺を背中から刺すわけ?」
「そんなつもりはありませんよ。
それともあなたをプニりましょうか?」
「変なこと言わないで、分かった出すから……」
「あらあら♪」
「アラアラじゃねぇよ、まったく……」
「そういえばあなた達、外でお昼は食べてきた?
結構急ぎで帰ってきたみたいだったけど」
「いちおうな」
「いちおうは食べてきましたが……
早いめに切り上げたんで、ちょっと物足りなかったんですよね」
「じゃあスープが残ってるんだけど、飲む?」
「ええ、ぜひ。
いい匂いがするなー、と思ってました」
「あー、俺も貰うわ」
「あなたはさっさと桜を出しなさい」
「分かったから、いま出すから脇腹つつかないで!」
「すっかり尻に敷かれてるな……」
「うっせぇモタリケ、オマエが言うな!」
「アハハ、それじゃスープあっため直すわね♪」
「にゃーん♥」
「ふふ、桜は相変わらず可愛らしいですねー」
「にゃう」
膝に乗せて撫でなでしてあげるだけでも、幸福感で満たされるよ。
「はぁー……」
「そこでクソデカ溜め息吐いてるにゃんこも、なでなでしてあげましょうか?
ほら、こっち来なさい」
「やめてね? イヤ、ホントやめてね?」
私が伸ばした手から逃れるように身を引くウラヌス。まったく、素直じゃないな。
「そういえば、モデルの件なんだけど……」
「あ、はい」
私が膝に桜を乗せてる姿を見て思い出したのか、モタリケさんがその話を切り出す。
「ったく、嫌なこと言い出しやがって……」
「約束だっただろ。何枚か描かせてくれるって」
「……約束はしたけど、その度に桜を貸し出すのが気に食わないんだよ」
「オレは猫有りで一度描いてるから無しでも構わないけど、アイシャちゃんはどう?」
「その……
希望を言えばせっかくなんで、桜も一緒に描いていただけると」
「わたしもー♪」
「にゃうん」
「ほらな」
「しってた」
カクンと首を折るウラヌス。当たり前じゃないか。モデルをしてる時はほとんど身動き取れないから、桜は絶対手放さないぞ。
「……つぅか、前に下絵が終わってたヤツは最後まで描けてないんだろ?
色塗りゃいいじゃねーか」
「ここでか?
絵の具と油で多分汚れるし、ニオイもかなり籠るぞ」
「あっ、それはちょっと待て……」
なるほど、モタリケさんが描くのは油絵だもんな。例の地下室も換気はしていたみたいだけど、それでもニオイはしてたもんね。
「外まで画材を持って上がるのも難しいし、この辺りの野外だと風が吹いて砂も舞ってるだろ?」
「うーん……
満足に絵を描ける場所がないってことか」
悩ましげにウラヌスは腕を組む。確かに厳しいな。そもそも隠れ家では描けないわけか。
「アイシャちゃんだっていつまでもここにいるわけじゃないだろうし、先にモデルをしてもらった方がいいと思うんだが」
「……」
答えに窮するウラヌス。これは私が答えないとダメかな。
「モタリケさんの言う通りだと思いますし、モデル自体は構いませんよ」
「そうすると、モデルの時の衣装をどうするかなんだけど」
「あ、えっと……」
今度は私が答えに窮する。そうだ、次は違う服でって話だったな。どうしよう……
「ちょっと待て、モタリケ。
優先しないといけないことがあるから、あんまり
「都合がつく時で構わないが、約束は守ってくれよ?」
「分かったよ……」
確かにやらないといけないことが多いなぁ。……ま、今は桜を
「にゃーう♥」
私が帰るタイミングについて言及されたので、少なくとも誕生日前には一度家に帰り、用事を済ませたら戻るということを伝える。多分ウラヌスの飛行船で送ってもらうことになりそうだ。ウラヌス的には、飛行船をいつまでもアムリタへ放っておきたくないらしく、アームストルに飛行船を留めて一度整備点検へ出したいらしい。
少なくとも家へ帰る前に一度モデルはするつもりだけど、まだ私が復調していないので、まずは明日モデル用の衣服を港街へ買いに行くということで話がまとまる。
遊んだり本を読んだりして過ごし、夕食は豪華なお鍋とお刺身だった。私とウラヌスが腕を揮い、みんな美味しいと喜んでくれた。私もゴハンを何杯もおかわりしちゃったよ。
食欲が戻ったので、これなら明日から問題なく動けそうだ。大丈夫だったらビーンズに連絡しようかな。ウラヌスにもそう伝えておこう。
夕食の後、順番にお風呂へ入っていき、最後のモタリケさんがお風呂上がりに「夜風に当たりたい」と告げて、外へ出ていった。
ところがモタリケさんがなかなか戻ってこず、ウラヌスが不安そうな顔をして「様子を見てくる」と言って外へ向かった。大丈夫だと思うけど、まぁ気が済むようにさせるか。
「モタリケ」
「……なんだ、お前も来たのか」
「なかなか戻ってこないから、様子を見に来たんだよ。
こんなところで、ぼーっと突っ立ってどうしたんだ?」
「別に」
何もない岩場で、モタリケはポケットに手を突っ込んで月を見上げていた。……悩みがあるって感じだな。不満そうな気配を隠そうともしてない。
「ずいぶんツマんなさそうだな。
絵を描けないのがそんなに面白くないか?」
「そこまでは言わないけどな。
……オレが考えてるのは別のことだよ」
「不満があるなら言ってくれよ。
現実に連れ戻したのは俺なんだし、無理のない範囲で改善できることならするから」
モタリケは分かりやすく溜め息を吐いてみせ、
「オマエに言っても仕方ないと思うが……
どうにもあの空気に
「空気?」
「家族みたいに仲良くしてるだろ?
でも実際には家族じゃない。もちろん仲がいいのは構わないと思うが、オレにとっては馴染めない空気なんだよ」
「……モタリケさ。
昔は盗賊団の一員だったんじゃないのか?
そこではどうだったんだ」
「……その頃も同じだったよ。
所詮オレは部外者で、周りからも
用事がない時でも声をかけてきたのはベルだけだ」
コイツ……
「それはどっちかっつーと、モタリケの問題だと思うんだが……」
「分かってる。実際ベルは楽しそうだしな」
うん、ベルは不満なさそうだよな。なんなんだ、あの適応力。ちょっとは嫁を見習え。
「ただそれは、ベルが家族ごっこを楽しんでるだけに見えて仕方ないんだよ」
「オマエな……」
「聞かれたから答えたんだ。気分を害したなら謝る。
……でもバラさないでくれよ。ベルにぶたれちまうから」
「なんぼでもシバかれとけ。バカらしくてチクる気も失せるわ。
で、俺にどうしろってんだ」
「どうもしなくていい。オレが我慢すれば済む話だ」
腕を組んで考え込む。……まぁ言いたいことは分かるんだけど、難しいな。
「家族がどうのというより、状況が不安定なのがイヤなんだろ、モタリケは。
だから安心できないし、馴染もうって気になれないんだと思うけど」
「確かに盗賊団に所属してた時も今も、そこは同じだな。
安心できないから落ち着いて生活できない。仲良くしようって心のゆとりが持てない」
「安心できる生活か……
そんなの、俺が欲しいくらいだよ」
「贅沢だってのは分かってるが、せめて地に足の着いた生活をしたいってのが本音だな。
オマエに言わせれば安定には
「……。
お前から甲斐性を取り上げちまったってことか」
思ったより重い決断を迫ってたんだな。あのままで良かったとは思わないけど、かなり悪いことしちゃったな……
「オマエとアイシャちゃんに匿ってもらってる立場で言えた義理じゃないのは分かってる。
だからせめて絵を描きたいんだが、それもここじゃ難しい」
「……」
返す言葉もない……。自尊心を傷つけられたままにされたら、現状を受け入れられないのも当然だ。モタリケを軽率に扱いすぎた……
「先に戻ってていいぞ。
オレは気晴らしに、もうしばらく夜風に当たるから」
拒絶するように告げるモタリケに、俺は言い様のない不安に駆られてその手を掴んだ。
「わっ!? な、なんだ?」
「その……
どこにも、行かないよな……?」
気の利いた台詞も思い浮かばず、何とか言葉を絞り出した俺を見つめるモタリケ。
しばらく黙り込んだ後、モタリケは苦笑しながら、
「そんな顔するなよ。
どこにも行かないし、アテもないから行けやしないさ。
ベルをここに置いていったら、地の果てまで追ってきそうだしな」
「……ホントだな?」
「ああ……
だから泣くなって。そんな顔で戻ったら、みんな心配するぞ」
「泣いてねぇよ……」
俺はモタリケから顔を逸らす。くそっ……無駄に心配させやがって。