メランはモビーディック号の姿に慌てて海へ走り出そうとした。
けれど、それよりも先にゴール・D・ロジャーはメランのことを抱え上げて海まで走る。それにバレットは他の三人を抱えて後を追う。
メランは目の前に迫る船に絶望する。
言い訳、マルコのこと、他のドンキホーテの人間達のこと、白ひげの怒り、そうして、現状の説明に頭を巡らせる。
けれど、うまい話など転がっていない。
(ドンキホーテに関しては。昔の、関係者と説明をするか?いいや、船長達もさすがにあんな子どもと、弱そうな女の口を無理矢理割らせようとはしないはずだ。だから。)
青い顔で自分の脇に抱えた少女の顔を見て、ロジャーはあきれた。
「はあ、メランよ。お前、またつまらねえことを考えてるんだろ?」
「つ、まらないだと!?」
怒気を強めたそれに、ロジャーはけらけらと笑う。
「難しいことこねくり回したって仕方がねえだろ!こーいうときはな、はっきりと言いたいことを言うべきなんだよ。」
たどり着いた海には、すでにモビーディック号が着いていた。そうして、そこから何やら不機嫌そうに飛び降りる白ひげの姿があった。
船から下りて、島に降り立っていたシルバーズ・レイリーが同じような様子で叫んだ。
「ロジャー!」
それに被せるように白ひげが叫んだ。
「ロジャー!」
「よう!白ひげ!」
白ひげはメランのことを確認すると同時に、安堵するように目を細めた。それにメランの中でじくじくと罪悪感が痛む。
「あ、あの・・・・」
メランがまず謝罪をすべきだと口を開こうとしたときだ、ロジャーがそれに被せるようにまた叫んだ。
「おい、白ひげ!迎え来たみてえだがわりい!メランは俺の娘になった!帰れ!」
高らかに告げられたそれにメランはがばりと口を開き、ロジャーのことをぐるんと見た。彼は、いつも通り、楽しそうに笑っている。
愉快そうに、楽しそうに。
それと同時に、白ひげからびりびりとした威圧感を感じる。
(覇王色!)
それと同時に、ロジャーはためらいもなくメランをぶんとレイリーの方向に放り投げた。逃げるにしても空中であることと、気絶しそうなほどの威圧感の中ではまともな行動は出来ない。
ぼすんとレイリーに受け止められたメランはぐるぐるとした感覚と、白ひげからの感情をもろに受け取ってしまう。
怒り、苛立ち、安堵、心配、疑問。
見聞色によってメランは白ひげがどう思っているのか、何か、妙に理解してしまう。
「やあ、おかえり。」
レイリーがそう言っているが、メランには気にならなかった。それよりも先に、白ひげとロジャーの怒鳴り声に気が行く。
「ロジャー、てめえ!!!俺の娘だ!」
「はっはっは!なんだよ、親父とも呼ばれたこともねえくせに!俺はな、お父さんって呼ばれたんだよ!」
「はあ!?あの警戒心のつええ奴がお前に懐くわけねえだろうが!?」
「言われたんだよ!いやあ、白ひげ!娘って可愛いな!」
二人はそれと同時に、互いの得物を取りだした。
黒い、稲妻が見えた気がした。
がんと、ロジャーと白ひげが得物を打ち合わせると同時に、まるで何かが爆発したかのような衝撃が辺りに広がる。木々の木の葉が舞い、海は波がうねりを上げる。
「すげえ・・・・」
ようやく追いついたバレットが二人の戦いを見て、茫然とそう呟くのが聞こえた。
怪獣同士の大喧嘩。
一言で表現するならそんな戦いだった。互いの船はまるで嵐に遭っているかのように揺れ動き、衝撃波で体が震える。
その中心で、二人の強者が荒ぶり、争っていた。
「ロジャー!俺の娘と、俺の息子だ!返しやがれ!」
「だから、俺の娘にするっつったろ!バレットも気に入ったからうちの船に乗せる!」
「勝手なこといってんじゃねえ!ロジャー!てめえ、俺の家族を奪おうってのか!!」
互いに手を止めた二人が怒鳴り合う。白ひげのその言葉にいつの間にかモビーディックから他の家族達が降りてきてオーロ・ジャクソン号の人間とにらみ合いを始めている。
その中に、マルコの姿を見つけて、メランはほっと息を吐いた。少なくとも無事であるようだ。
(さすがに、ドフラミンゴの姿はいないか・・・)
安堵しながらなんとかこの場を収めるために動きたいが。
「すまないね、今、君を逃がすとロジャーが五月蠅いんだよ。」
「あのな!?あれをおめおめとそのままにすると!?どれだけ被害が出ると思うんだ!?」
「ふむ、まあ、この殺気だと相当の被害が出るだろうね。これは、本当の奪い合いだ。」
「なら、止めろよ!レイリー!あんただってこんな小娘のせいで被害が出るのはごめんだろう!?」
叫ぶメランにレイリーは、一瞬だけきょとんとした顔をした後、くすりと、ふふふふふとまるで少女のように楽しそうに笑った。
「・・・・メラン、君は少し、勘違いをしている。」
「・・・・勘違い?」
レイリーは片手でメランを抱え、自由な方の手でメランの顔にかかった髪を軽く払う。
「私たちは海賊なんだよ。」
「だから!」
「欲しければ奪う。」
それは、とても穏やかな声だった。穏やかで、そうして、とても、荒々しくて獣のように冴え冴えと冷たい声だった。
「そういうものだろう?」
命が、今、この男に握られている。自分であらがえない、無法者の腕の中にいる意味をまざまざと理解した。
そんな中、バレットは抱えていたシャンクスとバギー。そうして、気絶していたホーミングをたたき起こしてその場に降ろす。
そうして、バレットはビリビリと一触即発の空気を出しているロジャーと白ひげの間に、飛んだ。
「バレット!」
「おや、行ってしまった。」
メランが己の呼ぶ声を背に浴びて、バレットは殺気に塗れた空気に分け入る。慣れたものだ、いいや、その殺気に満たされた空間はバレットにとって故郷のように肌に馴染んだ。
白ひげは、ようやく遠目の中で確認していたバレットの存在に安堵したように微笑み、手を伸ばす。
「バレット!てめえ、無事だったのか!?」
自分の肩を掴んだ白ひげにバレットは少しだけ悩むような仕草をした後、軽く頭を下げた。
「・・・・ごめんなさい。」
「は?」
白ひげは突然の、その、自分にしか聞こえていなさそうなかすかな謝罪に殺気を思わず引っ込めた。
「・・・・・勝手なことした。」
バレットはそう言った後、下げていた視線を白ひげに向けた。
「迎えに来てくれたこと、ありがとう。」
しっかりと、それは言わねばとバレットは思っていた。
言葉を尽くさねば人は分かってくれないと。どれだけ信頼だとか、記憶を重ねても、口にしなければ分からず、不誠実を重ねれば齟齬が産まれる。
メランはずっと、その少年に、そう教えてきたから。
だから、バレットは、今回いくらメランのためだとは言えども、自分がその男に不誠実なことをしたと理解していた。
バレットは、その男には不誠実でありたくなかった。
メランとよく似た黄金の瞳をした男に、バレットは不誠実でありたくなかった。
「・・・てめえの子どもを迎えに来ねえ親は居ねえだろうが。」
「ちげえ!俺の娘だ!」
「てめえ、ロジャー!今、ぜってえそれを言う時じゃねえだろうが!」
「知らん!メランは俺の娘だ!そんでバレットも船に乗るんだ!」
「子どもか!!」
白ひげが怒り狂う言葉を聞きながら、バレットが口を挟む。
「ロジャー、こういうときは当人がどう思ってるのかじゃねえのか?」
「バカか、バレット。海賊なら欲しいもんは力尽くでも奪うもんだ。」
「女を力尽くで口説く男はだせえって前にいってたじゃねえか。」
「ロジャー!てめえ、うちのバレットに何教えてやがる!」
「お前、バレットも年頃なんだからこれぐらい分かってていいだろうが。こいつだって、良い女だと思う奴がいるかもしれねえだろう?」
「女のことならレイリーに聞く。」
「なんでだよ!?」
「ロジャーに女のことは聞くなってクルーの奴らが言ってたぞ。」
「おいいいいいい!!誰だあ!俺がモテねえってバレットに教えた奴!」
がうがうと唸るロジャーはすぐに息を吐き、そうしてレイリーに近寄る。そうして、固まっていたメランを受け取り、白ひげに見せびらかすように頬ずりをする。
「ほら、メラン!白ひげよりも俺の方が好きだろ!」
それに固まっていたメランは何か、非常にいらっとした。いや、元々、無理矢理船に乗せられて諸諸の計画が狂っていたことも苛立ちを沸き立たせていたのだろう。
メランはロジャーの口ひげを思いっきり、それこそちぎる勢いでひっぱった。
「誰が娘じゃ、ごらあああああああ!!!」
「いでででででででででででで!!」
ぐいいいいいと髭を掴まれたロジャーの悲鳴が辺りに広がる。
「てめえ!一体いつ、私があんたのことを父と言った!」
「言ったじゃねえか!おんぶしてやったら!」
「寝言じゃねえか!てめえ、今日日、そこらの詐欺師の方がましなこと言うぞ!?」
「いいじゃねえか!こんな男前な父ちゃん、そうそういねえぞ!?」
「男前度で父親選ぶならレイリーにする。」
「お前!酒場の女と同じようなこと言うなよ!」
「うっせえよ!?事実だろうが!?」
目の前で繰り広げられる二人の喧嘩に白ひげは茫然とそれを見つめていた。
メランは愛想がよく、警戒心の強い少女だった。それは感情のコントロールが上手く、激情を隠し、本心を晒さないと言うことだ。
目の前の、己の心のままに、怒り狂ってロジャーと言い合う少女。
それは、白ひげの見たことの無いものだった。
「ともかく!私は白ひげの船に帰るんだよ!?不始末起しまくって、立つ鳥後を濁しまくってる場合じゃねえんだよ!?」
「いーやーだー!!」
「いやだじゃねえよ!?気色わりい!!」
最後の言葉にさすがのロジャーももの悲しさが勝ったのか、がーんと固まる。それにメランは腕の中から逃れられないが、白ひげに視線を移す。
その時の顔は、やっぱり、とても静かな目をしていた。
とても、静かで、穏やかで。
「・・・・船長、その、申し訳ありません。勝手なことをして、規律を乱しました。」
何の感情も浮んでいない、目を。
「咎めは私が受けます!払える代価は少ないですが。だから、マルコのことも、バレットのことも、赦してくれませんか!?」
メランはそう言いつつも、どんなことをすれば謝罪になるのか分からない。
(腕とか?いいや、白ひげの性格的にさすがにそれは。今後の敵船でのやり合いの時にできるだけ手柄を立てて、その分け前を海賊団に還元とか?いや、手柄を立てるって可能性が絶対じゃないなら、こんなこと謝罪になるのか!?)
頭の中でそんなことを考えつつ、白ひげの、そうして海賊団の反応も気になる。先ほどまではロジャー海賊団のほうに敵意を向けているのに、今は何故か自分の方に視線を向けている。
とても、驚いて、残念そうで、悲しそうに、少しだけの苛立ちの混じる目。
(謝罪が間違いか!?いいや、マルコがどう報告したかで反応については帰るべきだったか!?いいや、マルコがドフラミンゴたちを連れて帰った時点で私の勝手な行動はばれていたはず。なら、謝罪が正解のはずだ。)
メランは、目の前で、自分を見つめる男を見た。
聞きたいことがあった。
あの、やわい女と、小生意気で哀れな子どもたちがどうしているのか。
聞けばいい。だが。メランはあまり、彼らに誰にも、関心を向けないで欲しかった。だからこそ、話すタイミングを伺っていた。
(いや、この男なら何もしてないはずだ。彼らの正体を知らないなら、ただの、哀れな、無力な存在には、何も。)
メランは息を吸い、ロジャーの腕の中でもがきながら言葉を続ける。
「すみません。その、少しどうしても放っておけない人間に会って。マルコと一緒に居た三人のことを安全な島まで送り届けたいと思ってしまって。」
メランは黙り込み、何故か、自分以外に何も喋ろうとしない周囲に疑問を感じながら、次にどんな言葉を吐こうかと思っているとき、白ひげが口を開いた。
「ああ、マルコが連れてきた。今も船にいる。」
「ああ、それは。えっと、迷惑を・・・・」
「どこの誰かも聞いた。俺たちの天敵だな。」
白ひげは伺うようにメランを見た。
女は、白ひげに己の正体を洗いざらい話していた。
怒りや、敵意を、持たなかったわけではない。女は、それに背筋を伸ばして、白ひげのことを見つめた。
何故、それを話したと。話すべきではなかったと、それは真かと、狂った誰かの狂言かとじっと己の見る白ひげに女は笑った。
一人の少女は己に対して誠実であった。弱者の願う、優しい正しさをすくい上げてくれた。
「・・・・あの子は、私の息子に興味を持ったゴールド・ロジャーに攫われました。私たちのせいで。私はあの子を助けたい、夫のこともありますが。私には何の力もありません。だからこそ、それを頼めるのは白ひげ様。あなただけです。」
ならば、そうであるならば。
私は貴方に誠実であらねばなりません。
私に出せる対価は、それただ一つだけならば。
じっと、背筋を伸ばして、自分と同じ人間に誠実であるために全てをさらけ出した女を害することが出来るほど外道にはなれなかった。
何よりも疑問だった。
それは、何故、それらの素性を知るに至ったのか?
白ひげのそれは、メランの反応を伺うための問いかけだった。
メランはそれに、発狂するように荒れ狂った。
「止めて!!!」
絶叫染みたそれは、いつも穏やかで、静かで、落ち着き払った少女のことを考えれば、あまりにも幼い慟哭だった。
「人が産まれた場所を選ばないなら、彼らにどれほどの罪がある!?出会うはずがなかった彼らとあなたと合わせた罪は私にあるはずだ!お願いだ!彼らに何もしないで!なにも!怒りが、憤りがあるなら!それは私が背負うべきものだ!」
懇願染みた声で、メランは恐怖と祈りを表すかのように白ひげに手を伸ばす。
「これ以上!私の祝福を、きずつけないで・・・・・」
掠れた声で、今にも泣き出そうそうな、そんな目で。
メランは白ひげを見つめる。
「傷つけちゃいねえ!雑用はさせてるが、それだけだ。なにもしてねえ!」
それにメランはほっと、安堵するかのような顔をして、そうして、改めてロジャーに視線を向けた。
「・・・・ロジャー、離せ。私はあんたの娘にならない。あっちに帰って自分のしたことの後始末をしなくちゃいけないんだ。そんな不誠実なこと出来るか。振られたんだからさっさと離してくれ。」
不機嫌そうにそう言ったメランはロジャーの腕から逃れようともがく。
ロジャーは、それに、本当に珍しい静かな目をしてメランを見つめる。
「・・・・ダメだ。」
「はあ!?てめ、いい加減に。」
「当たり前だろ。白ひげの家族になる気もねえくせに船に戻ろうとする方がずっと不誠実なことじゃねえのか?」
その、その言葉に、メランはまるで子どものような顔をした。
いいや、年頃を考えれば、立場が違えば十分にそんな、幼くて、茫然と目を見開いて、不意を突かれたかのような表情をしてもおかしくはないのだろう。
けれど、それはずっと、老いた目で静かに世界を見ていたから。
その、幼い顔が、どこか、とても痛々しい。
「どうせ、あいつのこと親父なんて呼べねえんだ。後始末の云々があるなら、うちが保証で宝でも出してやる。お前は、別に、どうだっていいんだろ?なら、うちの船でもいいはずだ。」
「あんたにそんなことをしてもらう筋合いなんてない!これは私の問題だ!」
「・・・・てめえこそいい加減にしろ。」
ロジャーは抱えていたメランの首を掴み、そうして、死なない程度に締め上げる。
「ぐっ!?」
「メラン!?」
うめき声を上げるメランにバレットが叫び声を上げる。それにロジャーはバレットへの牽制に覇気を出す。
「・・・いいか、船底の下は地獄ってな。海賊が新しく仲間を引き入れる意味ってのがどんなものなのか。船で生活してるてめえならわかるだろ?なのに、だ。いつまでも中途半端な立場に立ってんじゃねえ。仲間にもならず、船に居座るなんざ舐めたことをいつまで言いやがる?」
それは、確かに言われても仕方がないことだろう。
仲間にもなろうとしない存在を船に乗せる。
メランというそれがそんなことをするほど悪辣な存在であれたのなら、きっと彼女はその方が幸せだったのだろう。
けれど、その少しの疑念が残るような状態はけして健全ではない。
緊張した空気の中、メランはそう言われたことに一瞬だけ傷ついた顔をした後、それでも目をぎらつかせてロジャーの胸ぐらを突かんで言い返した。
「その言葉、そのままてめえに返してやるよ!ゴール・D・ロジャー!」
ぎらぎらとした金の瞳で、風になびく群青の髪をたなびかせたそれは叫んだ。
「てめえこそ、何の権限で私の領域に踏み入れる!?私が白ひげに不誠実なことをしてるとして、てめえに何の関係がある!?それこそ、それは私と白ひげの問題だ!貴様にそれを言われる筋合いなんてないはずだ!」
燃えるような、金の瞳が、黒の瞳を貫いて。
少女の中にある幼さを覆い隠すように、燃やすように、それは怒りを吐き散らす。
「私が私をどうしようとそんなことは私の勝手だ!私はお前の娘ではない!お前の旅と私の旅は交わらない!私の世界に立ち入って良いのは、あの地獄を共に生き抜いたダグラス・バレットだけだ!私には貴様など必要ない!」
叩きつけるようなその声には、怒りだけがあった。
拒絶という、鋭くて、誰にも触られることを拒む声。
隔絶した、冷たい冴え冴えとした声に、ロジャーは今までの激情など忘れたかのように、とても軽やかな声で言った。
「そうだ、お前が受入れるのはバレットだけだ。だがな、聞くぞ。メラン。」
メラン・ブルー。
その言葉に、メランは、とても驚いた顔をした。
それは、メランとバレットしか知らない名前だ。
ブルー。
・・・・姓に青か?
知らん、ただ、思いついたのはそれだけだ。
そうか、なら、もしも名乗る機会があるなら。私はメラン・ブルーにしようか。
いつかに、寄る辺を持たない子どもたちが、二人きりの子どもたちがこそこそと付けた、未だに名乗ったことのない名前。
「お前は、バレットが幸せになったと確信したとき、お前はいったいどこに行くんだ?」
「どこに・・・・」
「幸福になりたくないお前の願いがバレットの幸福なら、その願いが叶った幸せなお前は、バレットのことさえ置いてどこに行くんだ?」
静かな、黒い瞳がメランを見る。
言葉を無くした、言い訳さえも遠くに、ただ、なくして。
ロジャーは心底、傷ついたような顔をしたそれにあきれた顔をして、そうして、そっとメランを砂浜に置いた。
さらさらとした白い砂に埋もれて、うなだれるそれをロジャーはじっと見る。
「そうやって、バレット以外はいらねえっていうなら。お前はどうしてそんなに誠実であろうとする白ひげを裏切ってまでホーミングや、その家族を助けようとした?」
メランは、ただ、黙り込む。
ロジャーはそれに、とても珍しい、静かな目をして、メランを見つめる。
「・・・俺はな、まあ、お前にお父さんって呼ばれるのも悪くねえから船に乗れって言うのも本当だ。でもな、それ以上に腹が立つんだよ。」
見下げた、小さな少女の姿。
それにロジャーは、息を吐いて、言葉を紡ぐ。
「・・・・俺はな、お前のじめじめしたところが、ほんっとうに腹立つんだよ!!いいか!この海にはよ!?見たことのねえもんがうじゃうじゃしてるんだ!誰も知らねえ財宝!隠されている謎!見たこともねえ景色!わっくわくしやがる!今日だって、絶景みてよ!いやあ、すごかったな!なのに、なあ、メラン。」
ロジャーはうつむいた子どもの頭をじっと見つめる。
「花畑を嬉しそうに見つめるくせに、すぐにそれをしちゃいけないことみてえに目をそらすお前が俺は嫌いだ。」
自由やてめえの願いをそこまで拒絶しておきながら、何故、てめえは海賊になった?
ロジャーの放ったそれに、メランは、辺りの砂を掴むように握りしめた。
「・・・・海賊旗の下にいるってことはな。てめえの信念をかけて、世界の庇護から足を踏み出すってことだ。何がお前の足をせかした?何がお前にその旗を掲げさせた?」
おい、メラン。
ロジャーは問いかける。
「誰にも咎められるわけでもねえのに、そこまで己の幸福を認めねえのは何故だ?自由になる気も、喜びさえも嫌がっておいで、てめえはどうして、海賊になった?」
それにメランは、ようやく口を開けた。
「・・・・寄る辺のない私たちに、それ以外の選択肢があったと思うのか?」
「いいや、お前は頭が良い。世界情勢もある程度把握している。なら、バレットほどの強さがあれば世界政府にとって良い条件で受入れられる可能性だって考えただろう。だが、お前は海賊になることを選んだ。何故だ?」
「あんたには、関係ない。そうだ、そうだろう!?ロジャー!」
ようやく頭を上げた少女はロジャーを睨んだ。
「あんたはどうして私に関わる!?腹が立つ卑屈な子どもなんて放っておけ!それでいいじゃないか!それで、それで、よかったはずだ・・・・!」
「そうだ、そうだな。まあ、ホーミングだとかで興味が湧いたのはあるけどな。お前のそれにも腹が立った。でもな、俺としては、お前にどうしても聞きてえことがあるんだよ。」
「なんだ?」
「・・・・お前は、なんだって、俺と最初にあったとき。
喉の奥で何かが潰れるような音がした。
その言葉に、メランは、何かとてもひどく申し訳ない気分になった。
何せ、その感情は、あまりにもロジャーに対して失礼な話だろう。他人を哀れむような立場も、権利も、メランにはないのに。
それでも、メランは、思ってしまった。
最初にあったとき、ロジャーのことを思い出した。
海賊王、とても自由で、とても強い、好き勝手に生きた男。
それが、彼女が紙の上で見た男の姿だった。
けれど、メランはそれと同時に、思ってしまった。
男は数多くの冒険をして、誰よりも世界を知って、この海を駆け回り。
されどなお、その男は、己の冒険の最後に言ったのだ。
間に会わなかったと。
己の冒険の最後に、笑い話の名前を付けた男の話を見て、メランは思った。
最後まで、きっと、誰よりも自由なはずだった男は、もしかしたら、願った夢を叶えることは出来なかったのかも知れないと。
それを、メランは哀れんでしまった。
メランは己のなした、とんでもない非礼にやはり、黙ることしか出来ない。
何を語れというのだろうか。
何を、お前の冒険の果てを語れというのか。
「だから、お前のことが知りたくなった。お前を船に連れて帰った。そうしたら、しけた顔をしやがって。雑音混じりで、聞こえてくる声の中でずっと泣きやがって。なあ、メラン。」
ロジャーは屈み込み、そうして、うつむいた顔を上げさせた。
それはやっぱり、メランらしくない子どものような顔をしていた。
「俺を選べ。」
男が手を差し出す。大きくて、節くれだった手をメランに伸ばす。
「白ひげの側だとお前、難しいことぐるぐる考えるだけだろ!なら、俺のとこに来い!そうしたらよ、くだらねえこと考える暇もねえような冒険に連れて行ってやる!」
それは、その笑みは、なんて、いつかに見た麦わら帽子のあの子によく似ていて。
「そんな顔をするなよ。お前が幸せになって誰もそれを咎めやしねえんだ!なあ、今日だって楽しかっただろ!?この海にゃ、あんなことが山ほどあるんだ!だから、俺と行こうぜ!そんなしけた顔なんてする暇がねえぐらいの冒険に連れて行ってやるよ!」
ああ、それはなんて、高らかな言葉だろうか。
それは、なんて、自由な言葉だろうか?
それでも、メランの中にある、遠いいつかの何かが冷たく、己を見つめてくる。
そんなことが赦されるのか問いかけてくる。
「・・・・私は。」
語る言葉を無くして、メランが口を紡ごうとしたとき、バレットがそっと近寄ってきた。
「おい、メラン。」
のろのろと顔を上げた相棒にバレットは視線を向ける。
そうして、一つだけ、問いを放った。
「メラン、お前は俺と同じだったんじゃねえのか?」
「何の話を・・・・・」
「俺とお前は、ずっと、同じだったのかも知れねえってこの頃よく考えた。」
お前も、俺と同じように、自由になりたかったんじゃねえのか?
メランはそれにゆっくりと目を見開き、そうして、バレットを見た。
そうだ、メランは、目の前の少年にだけは、何よりも、誠実でなくてはいけない。
だから、そうだ、だから、メランはまるで全てに観念するかのように、ぽつりと呟いた。
「・・・・・昔、おとぎ話の中で、海や空の果てには楽園があるんだって聞いたことがあった。」
なあ、お前さん、結局ダグラス・バレットって名乗るのか?
・・・ああ、ずっとそうだったからな。
そうか、決めたのならいいけど。それはそれとして、私も名前をどうするか。
なんだよ、メランって名乗ってるじゃねえか。
いや、姓をどうするかって話だよ。
いるのか?
一応ね。姓を名乗らないのは、ないか、隠したいかの二択になる。姓を名乗れるって事はある程度の家庭の家の子である可能性を示せるから一応ね。けど、なんて名乗るか。
・・・・ブルー。
・・・・君ね、青ってそれは。
いいだろうが。お前を見てたら、思いついたのがそれだったんだよ。
ああ、髪か。そうか、なら、そう名乗るかな。
いいのかよ?
いいよ。そんなにも、お前さんがこの髪を気に入ってくれてると思うと、なんだか嬉しいからね。
・・・好きにしろ。