キリトがアンダーワールドに閉じ込められて2年という月日が経っていた。
ある安息日、キリトとユージオは、それぞれの傍付きであるロニエ、ティーゼと交流を深める為に、街を散策することになった。ロニエと2人きりになってしまったキリトは彼女とどう接するのか…


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One day in underworld

人界歴 三八〇年 五月某日

 

キリト/桐々谷和人は、朗らかな春の風に吹かれながら学院外の草原で横たわっていた。「学院」というのは、もちろんキリトとユージオが現在上級修剣士として在籍している修剣学院のことだ。そして今日は休息日である。週末ではなく、リアルワールドでいう祝日みたいなものだ。この日、キリトはユージオとそれぞれの傍付きのロニエ、ティーゼと昼食を食べていた。食事は2人の傍付き剣士がわざわざ準備してくれたものだ。

キリトがアンダーワールドで覚醒し、相棒のユージオと出会ってから既に2年という月日が流れていた。

 

(アインクラッドのあの日を思い出すなあ…)

 

アンダーワールドで目を覚ましてからというもの、『あちら側』の世界のことをよく考えいた。SAOで出会った数々の人達やスグ、シノン、絶剣、ALOの仲間達…。そして最愛のパートナーのアスナ。そう、キリトは心の奥では恐れていたのだ。あの世界でのキリトは本当は存在しない、偽物なのではないか…と。それに、自分があの世界のことについて、この世界の住人に話せないということと、二年以上の月日が経ってもなお外部からの救いの手がないことが不安を更に強めた。今の自分には思いを寄せ、信じることしか出来ないのだ。それに、自分にはアスナとの約束がある。まだ諦める訳にはいかない。

 

「俺はアスナがいないと本当に何も出来ないんだな…。」

 

「どうしたんだい、キリト?ぼうっとして。」

 

隣からの声で、キリトは現実に引き戻された。

 

「ああ、気にするな、ユージオ。天気があまりにも良くて眠いだけだ。」

 

「相変わらず呑気だね、キリトは。」

 

「いいか?ユージオ上級修剣士殿。暖かい陽の下で寝ることは剣術の向上に繋がるんだ。アインクラッド流の基本だぜ。」

 

「そうなのかい?覚えておくよ。」

 

ユージオの言葉の後にロニエ、ティーゼから「クスッ」と笑い声がした。

 

「ぬっ、笑わなくてもいいだろ?」

 

「あははっ、やっぱりキリトは変わらないね。」

 

そんな何気ない会話をする時間が、今のキリトにとって一番楽しかった。昼食を食べ終わると、キリトとユージオはそれぞれの傍付きと街を回ったり、お喋りをしたりする時間、ということになっていた。ユージオと傍付きの二人のアイデアらしい。最初は乗り気ではなかったが、先輩として、後輩の学院内以外での面を知っておくのも大切なことだ、というユージオの言葉も理解出来るし、彼女達の同室のフレニーカ修剣士のことも気がかりだったのだ。

 

一旦学院の部屋に戻って支度をした後、二手に別れることになった。気まずい空気にならないように、俺からロニエに声を掛けた。

 

「ロニエはどこか行きたい所があるか?俺はこの辺りでは跳ね鹿亭しか知らないから期待しないでくれよ。」

 

「ふふっ、そんなことだろうと思ってました。ここから15分ほど歩いた所に綺麗な花畑があって、色んな動物がいるのですが先輩はどうでしょうか?知る人ぞ知る穴場ですので、人も少ないはずですよ?」

 

「おっ、それは楽しみだ。ありがとう、ロニエ。」

 

ラグーラビットのようなS級食材があるかについて、思いを馳せる俺であった。

 

ロニエの言う花畑に着くまで、思いのほか話題に困らなかった。アインクラッド流や、ユージオに出会った時のこと、ルーリッド村のこと…(さすがにゴブリンとの戦闘は言えなかったが)何を話してもロニエは興味深そうに聞いてくれた。目的地に近づくにつれ、ロニエが緊張しているように見えたのが少し気になるが、気のせいだと思いたい。

 

目的地につくと同時に、俺は目を見張った。自分の想像していた花畑とは比べ物にならないほど広く、綺麗だったからである。俺はあまり花に詳しくないが、多種多様の花があるのは一目でわかる。47層の《思い出の丘》にある花畑の2倍くらいの広さだ。

(さすがにモンスターが出てきたりしないよな……)と、おかしなことを考えていると、隣からロニエの声が聞こえた。

 

「キリト先輩に気に入って頂けたようで、安心しました。とりあえずあちらの椅子に座りましょうか。」

 

ロニエに座るように促されながら、俺は興奮を抑えきれずにいた。

 

「ああ…これは驚きだ。よくこんな場所見つけたな、ロニエ。しかも本当に人がいないな…。気になる動物もたくさんいそうだ。」

 

「良かったです。キ、キリト先輩……。隣…座ってもいいですか?」

 

この時、俺はロニエがとても緊張していることに遅れて気が付いた。

 

「あ、ああ…」

 

ロニエは俺の横に座ると、無理に綻ばせたで、子供を諭すような声で俺に言った。

 

「キリト先輩…。キリト先輩って、その……。

心の奥で、身近な人、例えばユージオ先輩にも言えないような悩みを抱えらっしゃるんですか?」

 

俺は度肝を抜かれた。何故なら自分の悩みを他の人に話したことがないからだ。それどころか、できるだけ顔にすら出していなかったはずだ。ユージオにすら気付かれていないのに、なぜ出会ってまだ2ヶ月にも満たないロニエに見破られてしまったのか。

 

「なぜ私が知ってるのか…という顔ですね、キリト先輩。安心してください、誰かから伝え聞いた訳ではありません。キリト先輩が時に見せる真剣な顔からそう思っただけです。」

 

「そうだったのか…女の勘というものは怖いなあ。」

 

「本当は私みたいな人が触れていいことなのか迷ったんです。だって、ユージオ先輩にすら話してないということは、先輩なりの事情があると思ったからです。でも…」

 

ロニエは数秒間言葉を濁していたが、やがて決心したかのように続けた。

 

「でも、いつも呑気なキリト先輩が時々見せる悲しい顔を見ていると、私は…私はとても心配なんです。剣術は学院内の誰よりも秀でていて、まだ出会って間もないのに、大切なことを沢山教えて頂きました。フレニーカの件もそうです。誰よりも呑気で、誰よりも強く、そして誰よりも優しいキリト先輩だから心配なんです。キリト先輩程の悩み事ともなれば、私が聞いたところでなにも変わらないかもしれません。でも、言葉にして吐き出してみると、楽になると思いますよ?」

 

ロニエの言葉には包み込むような優しさがあった。まるで俺が初めて愛したあの人のように。

だからこそ、俺は話す訳にはいなかった。後輩を巻き込みたくなかったのからだ。俺は、数十秒もの間、どのような言葉を返すべきか迷っていた。そして、彼女を傷つけないように話した。

 

「心配させてすまなかったな、ロニエ。でも、俺は大丈夫だよ。昔からの悪い癖で少し考えすぎてしまうだけなんだ。だからロニエが気に病む程の事じゃないんだよ。」

 

彼女を安心させる為に笑顔を作って話した。しかし、俺はこの後の彼女の言葉で、自分の浅はかさに気付かされることになった。

 

「キリト先輩の馬鹿っ!!!」

 

俺は驚いた。彼女は泣いていた。

 

「キリト先輩は、周りの人を心配させないように、そうやって何もかも自分一人で背負い込むつもりなんですか!?そうして自分だけ傷付いていくんですか!?それを知ったら、キリト先輩の大切な人が、ユージオ先輩が……私が悲しむことに気付かないんですか!?キリト先輩のばかぁ!ううっ…」

 

俺は言葉を失った。同じ台詞を、昔アスナやスグ、リズベット、シリカ、クラインに言われた記憶がある。SAOの時も、ALOの時も、GGO事件の時もそうだ。俺は他の人のことを考えているつもりでなにも考えてなかったのだ。ロニエに酷いことをしてしまったと自覚した。すぐに謝るべきだった。しかし俺は、なぜか涙を流していた。そして自然と言葉が溢れ出てきた。

 

「ごめんな、ロニエ…俺は、本当はとても怖かったんだ…大切な人と二度と会えなくなるのが怖かった。いつか記憶を失うかもしれないのが怖かった。」

 

不意に、ロニエの両手が俺を引き寄せた。まるで子供をあやすかのように。後輩を泣かた挙句に、こんな姿を晒してしまっては今後どうするのか。しかし俺はそんな事を考える余裕がないほどに酷く嗚咽を漏らしていた。次々と涙が滴り落ちる。彼女の服の胸元を濡らす。

 

「本当は痛かった、辛かった…うっ、ううっ……でも誰にも言うことが出来なかったんだ…本当は吐き出したかった。泣きたかった…弱音を吐きたかった…うう…」

 

ロニエは軽く俺の背中をたたいてくれた。

 

「よしよし、痛かったね、辛かったね…。よしよし、もう大丈夫だよ。キリト先輩、今日は好きなだけ甘えていいんですよ?」

 

俺はリミッターが外れたかのように泣いた。言葉にもならない嗚咽を漏らした。その間、ロニエはずっと背中をさすってくれていた。

 

実に恥ずかしいことに、俺は30分もの間泣き続けていた。最後にロニエはハンカチで顔を拭いてくれた。

 

「ありがとう、ロニエ。今度こそもう大丈夫だ。助かったよ。」

 

「そうですか、私はもう少し慰めて差し上げても大丈夫ですよ?」

 

「もう体力全回復だ、本当にありがとう」

 

最後に感謝の言葉を述べると、俺は真剣な顔で続けた

 

「そして、本当にすまなかった。俺は人の気持ちを考えているつもりが、その逆のことをしていた。ロニエの気持ちを踏み躙るようなことを言ってしまったな、もう先輩失格だよ。」

 

「そんなことありません。泣いてしまったのは半分本気ですが、あとの半分はこうでもしないとキリト先輩は正直になってくれないと思ったからですよ。それに、キリト先輩とユージオ先輩には感謝しているんです。本当は気付いてるんですよ?傍付き剣士を選ぶ時に順番を最後に回して貰い、最後に余った下級貴族の私達を傍付きにして頂いたこと。」

 

「そうだったのか…」

 

「それに、私はキリト先輩が最強の剣士だと確信しています。そしてキリト先輩とユージオ先輩が整合騎士になって、目的を果たせることも…」

 

「ありがとう、これこらは一層頑張るよ。ロニエの為にも、な。」

 

「勿体なきお言葉です…。

そ、それで…キリト先輩が大事な方々に再会出来たら、たまには…その、私にも会いに来てくださいね?」

 

ロニエは頬を赤らながら言った。俺は彼女を安心させる為に、小指を出して言った

 

「ああ、約束する。剣士の誓いだ。」

 

ロニエも小指を差し出しながら言った

 

「ありがとう…ございます。これは、なんですか?」

 

「俺の住んでいた場所での約束の誓いだ。俺はこの先何度挫けても、立ち上がって前に進むよ。そして、整合騎士になって、この世界の間違えを正す。それが出来たらロニエに会いに行くよ。」

 

「はい…!」

 

その後、ロニエと花を見たり、動物を探したりしている内に、夕方になっていた。

 

「もうこんな時間だし、そろそろ帰るか」

 

「そうですね、次はユージオ先輩とティーゼも一緒に連れて来ましょう。」

 

「おう、楽しみにしておくよ、ロニエ。」

 

俺には数年間毎日のように培ってきた仲間達との絆と、この世界での仲間達がいる。思い出はずっとここにある。会えない場所にいても、俺はあの世界の仲間達のことを思っている。それで十分だ。

 

俺とロニエは、一度跳ね鹿亭に寄って(勿論俺の奢り)、学院に戻った。最後に謝意を伝え、別れた。

 

部屋に入ると、ユージオが既に戻っていた。

 

「キリトにしては珍しいね、こんな時間まで後輩と出掛けるなんて。どこに行ってたんだい?」

 

「ああ、少しな…また今度4人で行こう。」

 

「あははっ、その様子だと上手くいったみたいだね。」

 

「ま、まぁな…

それはそうと、明後日に神聖術の試験があるだろ?俺はそれのために今から徹夜猛勉強をしないといけないんだ。悪いがユージオく」

 

「はいはい、わかったよ。晩御飯を部屋まで持ってきてくれないか、でしょ?いつもの事だよ。」

 

「話が早くて助かるよ、ありがとう。」

ユージオはキリトの嫌いなものをたくさん持ってきてやろうと考えながら、食堂に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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