俺の命を救ってくれたのは人形師でした。 作:元ジャミトフの狗
黄金姫の寝室は、あまりにも凄惨たる有様だった。
寝台に
披露宴に列席していた魔術師のお歴々は皆沈痛な面持ちで、そのバラバラ死体を見ていた。彼らが悲嘆するのは人が死んでしまったからではない。ただ『 』の領域にまで手をかけた研究成果の損失を憂いているのである。
そしてそれは実の父親であるバイロンも同様だった。
「なるほどな、これは大騒動だ」
遅れてやってきた蒼崎一行に注目が集まる。
敢えてひょうきんな口調で現れたのは、蒼崎橙子が存分にこの状況を好ましく感じているからだ。年甲斐もなくはしゃいでいるともいう。もっとも些か以上に不謹慎な態度なのだが。
「もしかしてこの場にいる全員が容疑者になる訳かな? いやはや、まるで小説だな」
「橙子、その辺にしとけ」
調子づく蒼崎橙子に苦言を呈したのは彼女の使い魔、八朝勝馬である。彼の眼部は包帯で巻かれているものの、その足取りはしっかりしていた。
蒼崎橙子の隣に並ぶ男。その事実からして、一同は彼こそが『
「しかしこれだけの魔術師が揃う中、こうもやり過ぎては目的もわからないな。ああ、この部屋が黄金姫にしか開けられない
魔術錠。時計塔の宝物庫などに常備された魔術礼装であり、所定の人物から生成された魔力の波長を鍵とする。したがって魔術的な堅牢さは最優秀と評する他になく、汎用性を犠牲にした機能は数ある魔術礼装の中でも随一と言われている。
「神秘を取り扱う我々にとって
唐突に話を振られたライネス・エルメロイ・アーチゾルテの額からは脂汗が滲んだ。実際、この場で第一に疑われて然るべきなのは彼女である。
ライネスは黄金姫の遺体を最初に発見した重要参考人である。そして殺人事件の原則として、第一発見者は容疑者になってしまう。また貴族主義に属するエルメロイ家と、民主主義に属するイゼルマとの関係は決して良好とは言えない。
動機および状況証拠は十分。手段も備えている。正直な話、この時点でライネスは詰んでいた。
「橙子」
ぴしゃりと言い放ったのはやはりと言うべきか、八朝勝馬だった。半ば嬲るような彼女の言葉遣いに、少しばかり思う所があったようだ。
「あはは、わかったよ。そう怖い顔してくれるな」
やれやれと首を振る橙子。そこには悪びれた様子は見られない。
「失礼した。ライネス嬢、主人は悪趣味にもこうした事案を好んでいてね。どうか非礼を許してほしい」
「あ、ああ。それは構わないが」
昨日、ちょっとしたいざこざを勘違いされたまま解決して見せたお人よしが、実は悪名高い
「とはいえ状況は整理すべきだ。いいかな、バイロン卿」
「ええ、構いません」
蒼崎橙子が促すと、バイロン卿も頷く。そして一言「来なさい」と声をかけると、部屋の入口からメイドの双子、カリーナとレジーナが現れた。彼女たちは黄金姫と白銀姫の専属のメイドである。正確にはカリーナは専属のメイド
「話によればエルメロイの姫君、貴女が第一発見者だというが。どういう成り行きだったのかね?」
ある程度は返答の予測がついているのだろう。橙子はいっそ不気味な笑みを浮かべたまま、ライネスの言葉を待つ。
「……昨日、黄金姫との密談がありました」
ライネスは懺悔するように切り出す。
彼女曰く、黄金姫には個人的な対談を申し込まれたという。ただし対話の内容は亡き黄金姫の名誉のため黙秘するとのこと。また第一発見者となったのは、昨日の内に朝食に誘われたから。
無論、この場にいる誰しもがそんな苦し紛れな言い分に納得する訳がない。それはライネス自身も弁えているようで、苦々しい表情が見え隠れしていた。
「ふむ、成程ね。ではカリーナさん、貴女は黄金姫の御傍付きだ。ならエルメロイの姫と黄金姫が如何なる会話をしていたのか分かるんじゃないかな?」
「……私は席を外しておりましたので」
橙子の問い掛けに暗に「何も知らない」と返した。しかしながら、蒼崎橙子はその加虐的な笑みを崩さないまま追い打ちをかける。
「いいや、それでは
「ミス・アオザキっ!!」
バイロン卿の怒号が寝室に響き渡る。その表情は血気迫るといった様相であり、橙子を憎しみを込めた目で睨みつけていた。
それもその筈だ。橙子の行いは魔術の解体そのものだ。
マジックの種明かしをすれば、その手品から
「おっとこれは失礼した。どうも愉しくって仕方がないみたいだ」
「……次からは気を付けるように。だが仰りたいことは理解した。カリーナ、お前ならばディアドラの意向もある程度までなら予測がつくはずだ」
「……それは」
メイドは顔を地面に向けながら顔を歪ませる。御傍付きとして思うところがあるのか、中々口を開こうとしなかった。
だが彼女の主人たるバイロンが「カリーナ」と語気を強めれば、流石に抵抗できる訳もない。彼女はか細く、しかし皆にハッキリ聞こえるように告白した。
「ディアドラ様は、エルメロイへの亡命を、切望しておりました」
★
民主主義派の魔術師(厳密に言えば黄金姫は魔術師ではないが)が貴族主義に属すエルメロイへの亡命。
その言葉の羅列は魔術社会では相当に重い。神秘や技術の漏洩は当然の事、面倒な政治的な側面で言ってもあまり歓迎される事ではない。加えて、黄金姫は
したがって、全責任はライネスに圧し掛かった。例え彼女が黄金姫の亡命を受け入れる意志がなかろうと、ただ
まして黄金姫の寝室に集まった魔術師たちは皆ライネスとは異なる派閥の者達だった。理不尽が罷り通る下地は出来上がっていた。
「彼女には悪いことをしたな」
「罪悪感を抱くようなら悪役を買って出るな」
勝馬のつぶやきに対して、いつの間にか眼鏡を外していた橙子は至極正論を返した。
「そうだな。とはいえ、後で何かしらのフォローはするつもりだ」
そう。何を隠そうこの八朝勝馬が黄金姫に扮したカリーナを嗾けたのである。
トリックはこうだ。黄金姫はつい一か月程前に魔術の不具合によって亡くなり、その代替として最も黄金姫と接していたカリーナが橙子の整形手術を受けた。それによりカリーナは一時的に黄金姫並みの『美』を備えることになり、その状態のまま昨日の披露宴およびライネスに対し亡命を呼びかけたのである。
つまり勝馬と白銀姫、そしてメイド姉妹は完全なグルと言う訳であり、タネさえ明かせば単なる三文芝居だった。しかしバレなければ何も問題ない。少なくとも、白銀姫とカリーナ、そしてレジーナが日本に逃亡するまでは。
「勝馬、脚本を愛する一人の創作者としてお前に一つ忠告しよう」
「ん?」
「全てを救える等と思いあがるなよ。誰かの味方をするという事は、誰かの敵になるという事なんだからな」
その言葉は実に含蓄に富んでいるように思えた。だから勝馬も「肝に銘じるよ」と深く頷いた。しかし彼は「とはいえ」と前置きしてから続けた。
「さっきのはちょっとはしゃぎ過ぎだぞ、橙子」
「あれくらい道化を演じてた方が疑いの目を向けられるだろう?」
「どうして自分から警戒されたがるんだか」
呆れた様子で首を振る勝馬に、橙子は外した眼鏡を再度装着した。
「ん~? それは勿論、貴方が動きやすくなるからよ」
あっけらかんと宣う橙子に、思わず勝馬は顔を向ける。勿論視界は閉ざされているため彼女の表情は見えないが、不思議と柔らかな笑みを浮かべている気がした。
「傍観者になるんじゃなかったのか?」
「ええ。でも指を咥えながら静観できる程、私は利口ではないのよ。ご存じかしら?」
「そりゃあもう身に染みて。全くもって橙子らしい事だ」
でもそれって傍観なのか、という言葉を勝馬は飲み込んだ。
先の忠告を含めて、彼女の行動が己の使い魔を想っての物であることは、彼自身十分に理解していたからだ。そしてだからこそ、彼女の道化にも乗っかったのだ。
「すまないな。また迷惑をかける」
「一蓮托生。いつものことでしょ?」
リアルが多忙につき中々ssを書く時間を取れませんでしたっ!!!(言い訳
ところで、漫画版ロード・エルメロイⅡ世の事件簿6巻が出ましたね。本作の舞台であるイゼルマ編の真っただ中なので、興味のある方はどうぞ! カッコいい橙子さんが見れますよ!!(唐突なダイマ
ぶっちゃけ事件簿は……
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漫画だけなら見たことある。
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小説呼んだぜ。
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アニメだけなら見たことある。
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見たことない。