ソードアート・オンライン 全プレイヤーの裏切り者 作:眠猫の玉手箱
side マクラギ
ALSがフロアボスに討伐に挑むまで、用意された時間はおよそ半日。メンテナンスしなければいけない武装は18人分。機密保持の都合上誰にも任せたくないので、全て俺がやるしかなかった。
確認しやすいように、ベンターズ・カーペットの上に等間隔で設置された大量の装備と武器を見てため息をつく。
他にもカウントダウン・パーティの準備がある。これに関しては、大半を技マシン20とラサキ、それにナナに任せてしまった。急な要件だったが、なにか理由があると察してくれたのだろう。理由を聞かずに引き受けてくれた。本当にいい仲間を持ったものである。感謝。
それでも生産部部隊長である俺にしかできないことがある。例えば関係者へのメール返信などだ。送信元の偽造ができない都合上、DKB側に不審に思われないためには俺が返信するしかない。
技マシン20からの新着のメールを確認する。
ふむふむ。……リンドさんは、どら焼きの粒あんを全てこしあんに変えようと画策しているらしい。キバオウとの言い争いの果てに、つぶあんとこしあんの割合を1:1にしようと決着したこと忘れてしまったのだろうか? あの男は。
「当然止めろ!」
技マシン20もそんなことを聞くためにわざわざメールをしてくるんじゃない! 俺に確認せずとも止めろ! 無茶苦茶なこと言ってるな。報連相大事。技マシン20はよくやってくれてる。素晴らしい仕事だ。
制止するようにメールを入れて、鍛冶業務に戻る。
「器用な……よく、メールと鍛冶業務を両立できるね。少しはサボってもいいんじゃない?」
「別にどうってことないさ。それに、ただ単に鍛冶台叩いてる最中にメールの文面を考えてるだけだ」
ナナが呆れたように呟くが、特段大したことではない。マルチタスクできなければアーガスでなんか働いていられない。むしろ、鍛冶台叩いている間は、思考以外のアクションを取れないので実質休憩時間だ。
───あれ、なんでナナがここに? カウントダウン・パーティの準備で忙しい筈では?
その違和感に気がついたのは、彼女が入室してから30秒後のこと。
その30秒の内に彼女は一つのアクションを起こした。
メンテナンス予定の鎧、そのうちの一つを抱きしめたのだ。
「……妨害するつもりか、ナナ?」
「やっぱり、ALSだけでフロアボス攻略に挑むって話は本当だったんだね」
「…その通りだ」
どこで気がついたかは知らないが、ALSの抜け駆けを予想していたようだ。ナナはその事実を残念がるように首を振った。
「まだ妨害する理由について話してもらってないが」
「決まってる。フロアボスに単独で挑む時点で消耗は確定している。それに人の命が含まれてない保証はどこにあるの?!」
ナナが叫ぶ。それは、誰しも(但し、取らぬ狸の皮算用に追われている奴らは除く)がずっと考え続けていたことだ。
「…人が死なないようにするために、今装備を万全に仕上げているんだろうが」
俺の返答は、なんとも陳腐でつまらない言い訳であった。装備が万全だろうと、死ぬときは死ぬ。そんなことは誰であっても知っていることだ。理解しているかは別として。
「マクラギがするべきはそんな事じゃない。できる筈、生産部の部隊長なら。今後メンテナンスしないって言えばそれだけで止めれる」
「できるが、しない。解放隊としての決定だ」
「卑怯だと思う、それは。責任はそれを知って止めなかった全ての人にある。死んだ人の墓を前にして、俺は依頼されただけなんだって、マクラギは言えるの?」
ああ、まったくだと思う。死は取り返しのつかないものだ。
死の責任を取る方法を俺は知らない。精々死人がこれ以上増えないようにするくらいしかできることはない。
「だけど、俺は───」
「もういい。マクラギには期待しない」
そう言って彼女は、
足元のベンターズ・カーペットを剣で切り裂き、破壊した。
ベンターズ・カーペットの上に配置されたアイテムは、所有者以外その上から動かせない。だが、逆にいえば、カーペットを破壊すればその保護は失われるのだ。
摩耗して耐久値がすり減っていたのを、「まだ大丈夫、客の前で使うものでもないし」と見過ごしていたのが悪かったか。
「あっ、くそ!」
ナナは鎧を抱えたまま、リレー選手がトラックを駆けるような勢いで逃げ出す。
彼女の目的は、ALS全体を止めることではなかった。
誰か一人を止めることだけが彼女の目的だった。
「だめだよ、ナナ。私の装備をマクラギさんの元に返しなさい」
「そこをどいて! 姉さんを助けられない!」
その誰かは、まるでこの事態を予知したかのようにその場所にいた。ちょうど、ナナの逃げ道を塞ぐような場所に。
「初めまして、マクラギさん。妹がいつもお世話になっています」
「
彼女の名前はメアリー。第1層ボスの討伐において、
「なぜここに?」
「タケからナナが知ってしまったって聞いて、妹がやらかすだろうなって思ってきてみたら案の定」
彼女は苦笑しながら答える。
どうやらこの二人は姉妹であったらしい。……そうだったの?!
確か饅頭破壊の最中、メアリーは、この世界に妹がいるとは言っていたような気がするが、まさかナナのことだとは思わなかった。
そう言われてると、確かに顔立ちがよく似ている。特に目元がそっくりだ。
その顔に浮かぶ表情は、イライラと優し気な感じで対照的ではあるが。
「ナナの気持ちは分かる。フロアボスは強敵だし、決して油断はできない。それでも、私たちは勝ってみせる」
「この破滅勇者願望持ち!」
「さぁね。…今までなんとかなって来たんだから大丈夫。必ず帰ってくるから」
そう言って、メアリーはナナを抱きしめた。少し躊躇ってから抱きしめ返すナナ。疎外感を覚える俺。
姉妹の絆を前にして、"異物はこの場から消えてぇ"という考えが浮かんでくるが、残念ながらこの部屋の出口は一つだけだ。
「納得はしないけど、この場は引き下がってあげる」
「ありがとう、ナナ。大好きだよ」
麗しきは姉妹の絆である。俺は帰っていい? ……ここ、俺の居場所だった。乱入者はこの2人だった。
そんな落体もないことを考えながら、装備を回収していき、新品のベンターズ・カーペットに配置していくのだった。
想定外の乱入はあったが、装備類のメンテナンス・強化は8時間程度で終わった。
「おおきに、感謝するで」
「ありがとうございました」
キバオウから依頼料を受け取る。若干いつもより
千里眼眼鏡で、部屋の中に人がいないことを確認してから、スケジュール表を確認する。攻略部隊の知り合いから密かにコピーさせてもらったものだ。それによれば、攻略部隊が動き出すのが今から7時間後。カウントダウン・パーティ始まる3時間前である。
(さて、向こうはどうなっているかな)
メールを送る。
──10分後、5層マナナレアの村(235,181)の遺跡にて
side ディアボロ
「ボク、ド〇えもん!」
「ポ〇モンの次はドラ〇もんか……」
目の前にあったのは某未来からきた猫型ロボット(モドキ)の着ぐるみであった。なぜかピカ〇ュウの時と同じ、眼鏡をかけている。
ホンモノだったら4次元ポケットからどこでもドアを出してもらうのだが。
「むしろ、俺が欲しいのはタイムマシンだな。過去に戻って茅場をぶちのめしてやる」
忘れがちだが、管理者はアーガス社員だ。当然茅場との接点もあっただろう。殴ろうと思えば殴れたはずだ。
「殴れるタイミングがあるなら、こうなる前に殴り倒しておけよ」
「素晴らしい案だ。是非とも実行したかった。……もし出来たとしても、直ぐに他のアーガス社員に殺されるが」
殺される。冗談の欠片もない口調で管理者は言った。茅場以外にも、いかれた奴がいたのだろうか……管理者の話によれば、いかれた奴だらけだった。管理者にアーガス社員の話を聞いた時、行動力の自由を持った小学生か? と思ったのは決して間違えではないだろう。
「まぁいい。第5層ボス情報は無事に手に入れたか?」
「あぁ。情報の通りだった」
ディアボロは、管理者の情報に沿って、お使いクエスト(という名の魔女討伐クエスト)に取り掛かっていた。
「魔女に第二形態があるなら書いておけ」
「えっ……一応、好感度を稼ぎすぎると魔女が強化されるとは書いてあった筈なんだが」
「顔がイケメンというだけで、最初から好意全開で迫ってくるとは思わなかった」
管理者が"この天然でも人造でもイケメン野郎!"と叫ぶ。人造の面良なのは管理者も同様だろうに。本来の顔の方は知らないが。
「もう一度言っておくが、俺の知識はあくまで開発段階で俺が知りえたものだけだ。だから、渡した攻略本の情報は過度に信じすぎるなよ」
「分かってるさ。だから俺が裏付けに回っているんだろ? はい、第5層で得た情報。情報が間違っていた箇所には赤いラインマーカーを引いてある。確認してくれ」
「……助かる」
管理者が、自信のない資格試験の結果を見るような顔をしながら受け取る。アルゴほどではないとは言え、管理者もかなりの速読・速筆である。
「───なるほど、第5層のボス情報は俺の知るとおりだったか。一応聞いておくが、クエストを他に誰かが受けていたような気配はあったか?」
「恐らく居ないとは思う」
随分と妙なことを聞く。
他のプレイヤーは見かけてはいない。ただ、ディアボロとしても、常に全てのクエストの目的地に居たわけではない。入れ違っていた可能性がないとは言えない。
「ただ、保証はできない。余談ではあるけど、俺も協力者もこの情報はまだよそには流していない」
「なるほど」
そう言って管理者は小言で何かを呟く。
(”仕方ない”?)
そして、管理者は何かを決するかのように、コップの水を一気飲みした。
「ディアボロ、聞きたいことがある。今後の攻略組を左右しかねない大事なことだ」
「話を聞こう」
そもそもディアボロは、管理者からの依頼を拒否できる立場にないのだが。
「ALS、DKB。この2大ギルドの力を借りずに、フロアボスを討伐できる集団を知らないか?」
「……頭でも打ったか?」
思わず真顔で罵倒したことについて、俺は悪くないと思うディアベルだったのであった。
「───なるほどALSが先走ったか」
管理者から事情を聞き、ディアベルは深い深いため息をついた。
ALSのリーダーであるキバオウさんの顔を思い出す。愚者ではないが、直情的なところがある人だった。そこを上手く唆してβテスターの確執を薄めようとしていたのだったか。もっともその企みは、ディアベルの死と共に消え、管理者が粉砕していったが。
話が逸れたが、とにかくキバオウは、考えなしにそんな愚かしい行動をする男ではない。
ではなぜそのような行動をとったのか。ALS生産部部隊長の話によると、強硬派が幹部を煽り、ギルドの分裂を危惧したキバオウさんはその案を採用するしかなかったようだ。
「……表の役職明かしたのに驚いてくれないんだな」
管理者兼ALS生産部部隊長が、どこか探るような目線でこちらを見てくる。
「生産部は有名だからさ。知ってる名前で活動していれば、誰だって気がつくさ」
実は生産部発足前には既に知っていたが、ここは誤魔化しておく。生産部は有名と言われて、ちょっと嬉しそうにするド〇えもんの着ぐるみ。単純な馬鹿である。
「キバオウさんも、手綱も取れない幹部は放逐してしまえばいいのに」
「それは──」
「リンドを随分とライバル視しているようだけど、強引にギルドの体裁を保って規模を拡大したところで、どこかで決定的な破城が訪れる。それなら例え2大ギルドから滑り落ちたとしても、今はギルドの意思の統一に努めるべきだ。本当に残念なことに、今のキバオウさんにはメンバーの手綱を取れているとは言い難いようだしね。
皮肉なものだよ。"得たものを公平に分かち合うべし"という理念の元に集まったプレイヤー達が、リソースを独占しようと動いているんだから」
"認めたくはないが、認めざるを得ない"と呟くALS生産部部隊長。
「一応、キバオウさんにはそれとなく忠告はしておく。……無駄に終わるだろうけど」
「そうだろうな。彼は身内には甘い男だ。一度仲間と思ったプレイヤーは、誰に何をいわれようと切り捨てない」
「ディアボロの言う通りだよ。あの人が仲間だった奴に敵意を向けたのは、
"彼の立場なら俺だってそうするが"と、自嘲気味に笑う管理者。
ディアボロは思案する。第5層は、フロアボスとしては例外的に少人数での攻略が推奨される。その分、少数精鋭が求められるということだ。
アルゴの伝手を使えば、準攻略組の奴らは集められないことはないが、流石に力不足だろう。アルゴも決していい顔はしないだろうし。
「メンバーを集めるのは、難しいだろうな」
「だよな…」
渋い顔を浮かべるディアベルを予想していたのだろう。管理者はため息をついた。
「ウリエルのパーティメンバーには頼れないのか?」
今度は管理者が渋い顔を浮かべる番であった。
以前、アルゴから聞いた言葉を思い出す。
───『ヒルコ』と『ユウキ』は『ウリエル』にとっての最大のウィークポイントダ……それと同時に最大の逆鱗でもあるからナ、間違っても手を出すなヨ
管理者としても、一番大事なものを危険にはさらしたくないのだろう。
「こっちでも、少し探してみるが……時間的な制約もある。あまり期待しないでくれ、青狸」
「正体がばれない程度に頼んだ。俺も立場上、大規模には動けないがやってみる。
それと、ボクは狸じゃない!」
最後に、お決まりのセリフを入れて、管理者は去っていった。
どうするにしても、まずはアルゴに連絡を取ろう。そう考えてディアボロは、アルゴの元へ向かった。
数日振りに会うアルゴは、いつも以上にせかせかとしていた。格好も、圏内でありながら圏外に出るときのガチ装備だ。
「ただいま、アルゴさん」
「いい所に帰って来たナ。ディアボロ。
ちょっと、フロアボス倒しに行くから付き合え」
「え゛゛?」
そんな、コンビニに行くような声色で、アルゴは俺を勧誘した。
side アルゴ
「…………ボスを倒そう」
長い沈黙を経て、キー坊が決意に満ちた言葉を発した。
それをアルゴはなにやら感慨深い気持ちで聞いていた。
キー坊は、ソロプレイヤーの期間が長かった。同じソロと言っても、端から"逃げ"を選択しているオイラとは違い、キー坊は"撃破"するつもりでモンスターと対峙している。危険度は段違いだ。
オイラも、1層の頃それとなく、"パーティを組んでみるつもりはないのカ?" と、言ってみたこともあるが、"それはアルゴだって一緒だろ"と、なんなく躱されてしまった。オイラがキー坊に言い負かされた数少ないシーンである。
多分キー坊は怖いのだろう。他人が。
アルゴはキリトのリアルを知らない。はったりやブラフに誤魔化され、見えにくい箇所はあるが、それでも言葉の端緒や行動の仕草から、ある程度は推測できることがあった。技マシン20のような"他人に迷惑を掛けたくない"というのとは違う、"他人が理解できない"という不信感。それに伴う"自分は他とは違うのではないか(諦観)"という自己への疑念。
だから、無意識か意識的かは分からないが他者を遠ざけていた。
それが変わった。アーちゃんと出会い、行動を共にするようになってから。
よい変化だと思う。きっとボッチ拗らせた男子中学生には、いい薬になった事だろう。その変化をアルゴおねーさんがもたらせなかったのは内心多少……ホントに多少思う箇所はあるけどナ。にゃははは
───いいゼ、なら全面的に協力しようカ
そんなことを内心で決意しながら、アルゴは残り半分になったロールケーキを一口で飲み込んだ。
「それは、この三人で、ってことカ?」
「いやいやまさか」
キー坊がとんでもない。とでも言いたげに首を横に振る。言った本人が言うのもアレだが、オイラもそれは無理だと思う。
「じゃぁ、誰に協力を頼むの?」
「えーと……」
アーちゃんの問いに、キー坊が指を右手から順に折り曲げていく。
「まずエギル組の四人だろ、それにヒルコとユウキ。それにネズハに助けてくれるかもしれないし……ゴンダ達も協力してもらえるかもしれないし……」
全ての指が全て折られたところでキー坊の言葉が詰まる。
「……それだけ?」
アーちゃんの問いに咳払いしてキー坊はこちらを向いた。
「……えーと、アルゴさん、誰か心当たりは……」
「おいおい無茶言うなヨ、キー坊」
この問いにはアルゴもあきれ顔をせざるを得ない。
「そりゃフロントランナー入りを目指している連中はチェックしてるケド、有望株だからこそ危険なミッションには誘えないヨ」
アルゴは、ゴドフリー、クライン、コーバッツなどを始めとした数名の顔と名前を思い浮かべるが、いずれもレベル的な問題だったり、それに加えて性格的な問題があったりと、今回のミッションには不向きである。だから話題には上げられない。
「そうだよな……「だから一名しか紹介できないナー」───え?」
アルゴは、肩を竦めた。
「知り合いの
「情報屋か。俺達が知っているプレイヤーか?」
「いやキー坊とアーちゃんは知らない奴ダ。……浮気するなヨ」
2人が知っている奴ダ。そう言いかけた口を、冗談で閉じた。
その後、アルゴが知る限りのボス情報を共有しつつ、人数の話を詰める。
最終的には攻略に3パーティ、18人は欲しいとキー坊が言い出し、リーテンとシヴァタにも、協力を頼むという形になったのであった。
全くの余談ですが、メアリーとナナが姉妹であることは、第1章のいくもの、留まるもので描写しています。2年以上の前の回で、その後再登場までに結構な時間たっているので、忘れている人の方が多そう。投稿が遅くてごめんなさい。むしろ話のテンポが悪いことを謝罪するべきか……?
最後のアルゴ視点に関してはほぼおまけです。アルゴがディアボロを二人に紹介するシーンを書きたかっただけなんだ()
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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次回の投稿は1週間後を予定してます。遅くとも2週間以内には出します。
追記:6/10の更新は無理でした。17までには更新します。
更に追記:6/17までの更新無理でした。多分来週には投稿できる……筈