異聞帯がロスリックだった件 作:理力99奔流スナイパー
◎
獣は呪い、呪いは軛。
汝、血を恐れよ。汝、血を求めよ。
共に嘆く者よ、交信を望む者よ、高次元へと至らん為に我らは遥か彼方へと呼び掛ける。
さあ、星々へ祈りを捧げたまえ。
例え無為であったとしても、いつかきっと__。
『
◎
何だ、あれは。
芥ヒナコ__改め虞美人は目の前で起きている現象に愕然とする。
まるでこの世の終わりのような光景だった。
天が、星空が、降り注ぐ。青白く燃えながら、ゆったりと、死を宣告するかのように。
高純度のエネルギーを纏う
宇宙は空にある。かつて、狂人共が残した言葉は、さも当たり前かのようで、正しくその言葉通りであり、これはその再現。
海の底に宇宙があるのではない。空の先に宇宙があるのではない。
__この空こそが、宇宙なのだ。
「……これは……些か不味いですね」
「ッ……エルフリーデ様!」
「退がってなさいヴィルヘルム。焼き払います」
いち早く動いたのは修道女だった。彼女はもう一振りの鎌を取り出し、そして冷気ではなく、“黒い炎”を身に纏う。
回避も退却も間に合わない。ならば防ぐまで。何と火の時代を生きた修道女は襲い来る天災にも等しき脅威を迎え撃たんとしていた。
そこに先程までの余裕は存在していなかった。
「このエネルギー反応はっ……! エルデンのセイバーが使用していたものと同じ__でも規模が桁外れだ、次元が違う! 辺り一帯が焼け野原になるぞ!」
「そんなことは見りゃ分かるっての!」
「これ……! あの村も巻き込むんじゃ……!」
「シャドウ・ボーダーを急いで向かわせてるけどこれじゃ間に合わない……!」
慌てふためくカルデアの者たち。そんな情けない騒ぎ声への煩わしさから一先ず彼らを居ないものとして放置し、虞美人は如何にして迫り来る脅威から逃れるかという思案に集中する。
(いや、無理でしょ! ふざけんじゃないわよ!)
が、すぐに思考を放棄して悪態を吐く。恐らく自分はこれでも死にはしないだろう。蘭陵王やサーヴァントたちは余波だけでその霊核を打ち砕かれてしまうだろうが、どうせカルデアも共倒れするのだ。
結果としてはこちらの得であると現実逃避する。実際はこの攻撃を仕掛けてきた存在と月の狩人が残っているため得でもなんでもないが。
「__いつか灰はふたつ」
黒い炎が、渦巻く。
修道女の身に燻る人間性に染まった炎は降り注ぐ無数の流星群と衝突する。範囲外の隕石は容赦なく地表を抉り、クレーターを作り出すが、信じられないことに黒炎の津波は流星群の落下と拮抗していた。
星と炎。両者は互いに引かず、ぶつかり合い、やがて眩い光に包まれる__。
◎
「
囁くような声で詠唱をしながらエルデンは駆ける。
虞美人たちも、カルデアも、何もかもを滅ぼさんと降り注ぐ無数の流星群。その総てを撃ち落とし、焼き尽くす為の大魔術を行使する為に__。
「
辺りが熱気を帯びる。何も無き場所から炎が燃え上がる。
ただ照らすだけの光ではなく、死をもたらす熱を纏い、万物を焼き尽くすだけの力があり、しかし炎とは、火とは真逆でどこまでも暗く、澱んでいた。
「故に、悲劇を幾度も繰り返さん。
その本質は闇。その性質は相反。
哭くように、嘆くように、唄うように、祝うように、祈るように、決められた詠唱を繋いで行く。
それらは意味無き言葉の羅列であり、しかし確かな力が込められ、深淵を垣間見た叡智の成果を引き出さんと魔力が荒れ狂う。
「我らは
ソウルの魔術や闇術とは基本的に長い詠唱は必要とせず、幾重にも圧縮されたデフォルトで高速詠唱のようなもの。極めれば無詠唱で発動することも可能な業だ。
然りとて、それは“火の時代”のシステム。不死でありながら現代に生まれ、現代を生きるエルデン・ヴィンハイムは古き遺物を発掘し、解明し、修得することは容易であったが、新たな魔術、それも実用的な、より強力なものを編み出すのは彼の強烈な才と豊富な知を以てしても至難の業であり、四苦八苦した。
故に、エルデンが見出した彼独自の魔術の多くは現代の大魔術らしい長めの詠唱を有する。その分北欧でスルトの肉体を大きく傷付けたように、規模と破壊力は既存のソウルの魔術とは一線を画す。
それ即ち、並みの不死が持つにはあまりにも不相応でそして
「深き人の__!?」
一度発動すればその浮かぶ宇宙ごと隕石群を燃やし尽くす黒い火炎は、しかしエルデンが詠唱を中断したことで不発に終わる。
間に合わず、大地へと落ちる隕石。だが、エルデンはそんなことを気にする余裕は無かった。
「かはっ……」
自らの胸部。そこに大穴が空き、心の臓を潰されたが故に。
「ッ…………誰だ?」
闇が這い、下手人の追撃から守る。
肋骨が露出し、完全な空洞が出来てしまっている。間違いなく即死するはずの傷。だが、エルデンは倒れることはなく、多少ふらつくだけで茫然と立ち尽くす。
やがて事態を把握するとどこからともなくエスト瓶を取り出して口につける。それだけで胸の風穴は、最初から無かったかのように瞬く間に再生した。
死なぬ限りは、ずっと生き続ける。それが不死人という存在のおぞましさ。
「チッ……“惜別の涙”、か。ただでさえ死なぬというのに、厄介な存在だ」
視線を向けた先に居るのは、襤褸布を纏った男。明らかにこの中国の住民ではなく、かといって汎人類史のサーヴァントであるはずもない。
エルデンは杖を構え直し、出方を窺う。不死であるが故に殺意に疎く不意打ちに引っ掛かりやすい彼だが、その対策として張り巡らせていた防御結界が一瞬にして崩れ落ち、保険であった惜別の涙すらも剥がされてしまうとは思いもしなかった。
それもたった一撃の魔術攻撃で。この時点で相手は一級の英霊に匹敵或いは凌駕する存在ということになり、警戒心を強める。
「……は?」
その次の瞬間。エルデンは大きく目を見開き、思わず素で間抜けな声を出してしまう。僅かに覗かせる不機嫌そうなその顔は、酷く見覚えのあるものだった。
しかし、それはとうの昔にこの世から消え去ったはずの者。魔術王であれ、人王であれ、この場に現れることなど有り得ぬはずの存在。
「ああ、驚いた。貴公……生きていたのか」
ただ困惑し、ただ驚愕し、そして笑う。
予想外の存在。何故どうしてと疑問が駆け巡る。然れど、やはり未知というのは甘美なものだ。
見てくれは
なに、いつもやっていることだ。
「久しいな……随分と成り果てているみたいじゃあないか、貴公も」
「黙れ。貴様と話していると、頭が痛くなる。人間性の怪物、人でありながら人でなしの化け物。つくづく忌々しい」
まるで旧い友人のように気安く声を掛ければ呪詛の入り交じった鋭く凍てついた殺気と共にそう吐き捨てられ、エルデンは平然そうに肩を竦める。
「……辛辣だな、共犯者」
否、もはや共犯者などではない。人理焼却はとっくに終わった事象であり、憐れな獣もまた人が生きる意味を理解した。
ならば彼にとってエルデン・ヴィンハイムという存在はまごうことなき敵対者だった。かの獣と違い、人のその在り方を理解し、肯定しておきながらそこに何の価値も見出ださないのだから。
「けれど、何故俺を殺す? それが無意味であるということは貴公もよく知っているだろうに」
嫌悪と殺意。それを一身に浴びながらエルデンは不思議そうに問い掛ける。
既に篝火はこの中国異聞帯各地に設置している。ここでエルデンが死んでも最後に休息した篝火の前で
「それともまさか……あの魔術を妨害したかったのか? そのせいでカルデアが滅び、ぐだ子__藤丸立香が死ぬのに?」
チラリ、と焦土と化した大地を一瞥する。恐らく虞美人たちは生きているだろうが、カルデアの生存は絶望的だ。マシュ・キリエライトの宝具ならば凌ぎ切ることは可能かもしれないが……。
「……貴様の排除を優先した。殺せずとも、動けぬようにする方法はいくらでもある」
理解し難いといった様子のエルデンに、襤褸布の男は冷たく言い放つ。
「俺の排除だと?」
「ああ。貴様は野放しにしてはいけない存在だ。所詮は死なぬだけの魔術師。古き時代の遺物だと看過し、捨て置いたかつての私が愚かだった」
「ほう……それはまた随分な評価だ。貴公らの認識を改めさせるようなことをした覚えはないのだが」
エルデンは内心首を傾げる。確かに彼らからは嫌われていた。けれど、ここまで明確で強烈な殺意を向けられる程ではなかったはずだ。
加えて、この状況はエルデンにとってかなり不利だった。流石に多少の弱体化はしているだろうが、もしも彼ないし彼らが人類悪の獣であった頃のような権能やネガスキルを保有していた場合、彼の持ち得る戦力であるサーヴァントもダークレイスも軒並み無力化されてしまうのだから。
つまりエルデン単独で襤褸布の男を相手取らねばならないということ。ロスリック異聞帯からの増援を呼ぶ手もあるが、現状そこまでの戦力を投入するのは極めてリスクが高い。
(……ふむ、結構ヤバいな)
現代まで伝わる多くの魔術の祖と云われる冠位すら保有する魔術王。しかし、体系も性質も何もかもが異なるソウルの魔術に関してはその叡智を以てしても全くの専門外だった。
それだけがエルデンにとって幸いなことであるが、それを加味しても魔術師としての力量は圧倒的に下。更にどうやら不死への対策も用意している様子である。単なる封印術ならば別段問題無いが、裏切りの白竜のように空間を切り離され、篝火を固定化するような手段を持っているのならば
(逃げるか? 恐らく単独顕現持ちだろうが、ロスリックまで誘い込めば撃破は容易い。けれど……)
それが何よりの疑問だった。
果たしてこの男は、ここで始末するべき存在か否か? この世から消え去ったはずの獣の名残。それが生き延び、異聞の地を流離うことに意味が無いはずがない。
要するに襤褸布の男は、この物語において重要な立ち位置の存在ということ。
ならば下手に手を出すのは__。
(いや、今更何を言っている? 本来の筋書きなんぞ俺という存在が現れてしまった時点でとうに崩れ去っているだろう。人理修復が俺が知るように成されたのは、奇跡のような偶然に過ぎない)
古い獣が、火の時代が、上位者が、葦名が、あれらが存在する時点であの日あの場所で思い出した記憶と乖離しているというのは分かり切っていた話だ。
だからこそ、ロスリックという異聞の集う異聞帯なんてものが罷り通ってしまっている。
顔をしかめるエルデン。一体何を考えているというのだ。こんなイレギュラーに満ちた状況の中で、未だに己は本来の物語なんて幻想にすがろうなどと__。
「__貴様。今、迷ったな?」
そして、その奇怪な心持ちは襤褸の男にも容易に見破られ、彼の逆鱗に触れた。
掠めるだけで人体を消し飛ばす高位の神代魔術によって放たれた魔力弾が幾つも飛来する。
「ッ______」
「度し難い、どこまで度し難いのだ貴様は。愚者にして狂者。この期に及んで貴様は
「……自覚はある。多少の誤解はあるが、概ねの代弁感謝するよ、貴公」
__闇の嵐。
襲い来る攻撃魔術の数々は、エルデンを守るように出現した渦巻く黒炎によって悉くが焼き尽くされ、突破しようとしたものも更に幾重にも展開された黒炎の渦に阻まれる。
「けれど、前にも言ったろう? 俺は人だ、人間だ。貴公らがいくら区別しようと、選別しようと。これ、この有り様こそが、ヒトなのだとな__」
__追う者たち。
フワリ、と浮かぶのは無数の人間性の闇。仮初の意思を持ち、生命すら宿すそれはやはり人の形に似ていて、しかし何よりもおぞましい。
先の言葉と共に、これらを展開するエルデンの姿はまるでこのおぞましさこそが人の象徴なのだと言わんとせん。
そして、襤褸布の男がそれを許容するなど如何にして出来ようか。
「消え去れ、エルデン・リング。此度の戦いのすべてが終わるまでこの星から退場していろ……!」
「__は。それは真っ平御免だとも。まともに殺り合う気など更々なかったが、これもまた一興。存分に死合うとしようじゃあないか、人王よ」
魔法にも等しき神代魔術の数々。それらと対峙するのは古き深淵から這い出たおぞましい闇の業。現代では
エルデンと襤褸布の男__“カルデアの者”との戦闘は、誰にも知られることなく密かに開幕した。
『フフッ アッハッハッハ さて、どちらが勝つのでしょうね? ぶっちゃけどうでもいいがな』
ただ一人の観客を除いて__。
◎
それは唐突な破滅だった。
幾つもあった広大な畑も、カルデアが初めて交流した現住民が暮らす農村も、総てが消えて無くなり、ただクレーターだらけの焦土ばかりが残る。
あまりにも唐突に。何の脈略も無く、何の意味も無く、彼らの命は奪われた。
「__ぷはっ」
瓦礫の中から、虞美人が這い出る。割れた眼鏡を投げ捨て、彼女は大きく深呼吸して酸素を肺へと取り込む。窒息したところで死なぬとはいえ息苦しいことには変わりない。
「ふぅ……おいセイバー……蘭陵王。無事か?」
「はっ どうにか……」
呼べば霊体化を解いて傍らに現れるセイバー……その真名を中国南北朝時代の名将・高長恭、またの名を蘭陵王。流石に無傷とは行かなかったようでその衣服はボロボロで身体も所々火傷を負っていた。
虞美人の場合は持ち前の再生力で何ともない。衣服の損傷は蘭陵王よりも酷い有り様であったが。
「そうか。今回は運が良かったな」
「はい。フリーデ殿が暫くの間、隕石を食い止めてくださったお蔭でございます」
「で、その修道女はどこに居る? 弦一郎の姿も見えんが……まさかどちらもくたばって「少なくとも俺の方は生きている」__ん?」
すると少し離れた場所の瓦礫が崩れ、中からアーチャー・“葦名弦一郎”が現れ、立ち上がる。
その全身には蘭陵王など比ではない夥しい程の傷と出血があったが、彼は特に痛みに堪える様子も無く首をコキコキと回し、平気そうに佇む。その傷自体もゆったりとしたスピードであるが、徐々に塞がっていっていた。
「ふん……だろうな。
「蟲憑きや竜胤、そして貴方様のようなものと比べれば半端も良い所ですがね……」
「私からすればどいつもこいつも半端者だ。お前といい丈といい、半兵衛といい八百比丘尼といい“死なず”でありながら揃いも揃って……まったく羨ましい限りだわ」
「………………」
「冗談よ。単に私は巡り合わせが悪かっただけ。後もう少しだけ彼処に留まっていれば……死ねたかもしれないわね」
毎度毎度、死に場所へ辿り着けない。
たった十余年。膨大な時を生きる虞美人にとってはあまりにも短過ぎる滞在ではあるが、それは愛する者と過ごした日々に次いで記憶に焼き付いており、今でも昨日のことのように思い出せる。
今思い返しても、あそこまで
噂を聞いてたまたま訪れた“仙郷”。竜の桜に吹かれ、気が付けば大陸に居たはずなのに極東の秘境へと流れ着き、彷徨った挙げ句にそこの城主に気に入られて客分として招かれた。酒の席での絡みが実に鬱陶しかったが、少なくともあの迫害と侮蔑にまみれた日々よりはずっと居心地が良かったと、虞美人は思っている。
(にしても……あの小童が、なんてザマよ。“葦名”が滅んでからまた会いたいと思わなかったことがないと言えば嘘になるけれど、こんな再会なら、こんな結末を知ってしまうのなら、会わない方が良かった)
再び訪れた時、そこに国は無かった。戦乱の果てに、すべては滅び去っていた。
諸行無常。人の身でありながら強さだけで言えば亡き夫を思い起こさせる程の化け物であったあの城主も所詮は只人。老いには抗えず、恐らくは呑んだくれが祟って病に倒れでもしたのだろう。
別にショックは受けなかった。虞美人にとって唐突な離別や疎遠などいつものことであり、その無常さには、すっかり慣れてしまっていた。
無論多少なりとも思うところはあったものの死なずや人外共はともかく、人間たちは、あの自分を慕ってくれた弓が得意な幼子は戦いに敗れようとも人らしく死ねたのだろうと思えば幾分か心は軽くなった。
しかし、実際はそうではなかった。エルデンが召喚した弓兵。多少の面影を残しながら真っ当な英霊ではなく人ならぬ存在に成り果てていた彼を目にした時、どんな悲劇があったかをありありと理解してしまう。
あれだけ
そうまでして守りたかったのか、そうまでして救いたかったのか、そうまでして、そうまでしたのに、彼の愛した国は、故郷は滅んだというのか。
鳴呼。やはり人間とは、何て__。
「……それで、修道女の方は?」
「さあ……生きてるのであれば我々のように瓦礫に埋まっているのではないかと」
「__ここに居ますよ」
次の瞬間。ボゥと黒い火柱が立ち昇り、瓦礫の山を吹き飛ばす。
その中から、修道女のランサーは現れる。後方にはヴィルヘルムも立っていた。
「生きてたのね」
「貴女方もご無事で何より。全員が生き延びたのは非常に幸運なことでした」
あの隕石へ特攻したにも関わらず目立った外傷は見当たらず、微笑を浮かべるその姿に、改めて一同は“火の時代”の英霊の規格外さを実感する。
尤も、修道女は神話にすら残っていない無名の存在ではあるもののその実力は指折り。かの時代で“灰”となった彼女がもしも使命に従い、王狩りへ赴けば難なく全ての薪を玉座へ持ち帰ってきたことだろう。
「そうね……貴女があれを食い止めてくれなかったら、初っ端でサーヴァントを失うなんて最悪なことになってたわ」
「本当にありがとうございます。フリーデ殿」
「フッ……礼には及びませ「そうですとも! フリーデ様の寛大な御心とご慈悲に感謝したまえよ!」……静かに、ヴィルヘルム」
「……ところでそいつ誰よ? エルデンの奴、もう一騎サーヴァント連れて来てたの? 聞いてないんだけど」
「それは当然です。私はエルデン殿のサーヴァントではなくこのフリーデ様の__」
「勝手について来たストーカーですよ。恐らくマスターも存在を認知すらしてないかと」
「ふーん……まあどうでもいいけど」
何やら複雑な内情があるようだ。元々は主従関係であったことは容易に察せられたが。
「しかし、カルデアの連中はどうなったのでしょうね。あれで全滅してしまったのだとすると、些か拍子抜けなのですが……」
「さあ? 個人的には死んでいて欲しいのだけれど……確かめようがないわね」
同じく隕石に巻き込まれたカルデアの者たちマシュ・キリエライトの宝具ならば防げる可能性はあるだろうが、辺りを見回してもその姿は見当たらない。
普通に考えれば全滅したというのが妥当。しかし、その死ぬ瞬間を見ていないが為に確信は出来ず、それを覆すような存在は幾らでも居ることを虞美人は知っていた。
「……それよりも、問題はあの隕石のことだ。こうして呑気にしている間にも追撃が来るやもしれん」
「ええ。規模こそ桁違いでしたが、あれは我々の所のセイバーの使う業に似ていました。恐らく同じ由来かと」
「……なら、エルデンの奴が知っているかもしれないわね」
弦一郎と修道女の会話を聞きながら、虞美人は顔をしかめる。どちらにしろ敵の正体が不明な以上、ここは一旦退却し、体勢を立て直すべきだろう。
出来ることならば、ここでカルデアを皆殺しにしておきたかったが、そう上手くは行かないようだ。
(まずいわね……民に被害まで出たし、このままじゃ痺れを切らした始皇帝が項羽様を出陣させかねない。狩人もカルデアも始末出来ていないこのタイミングでそれだけは何としてでも回避しなければ)
項羽は最強だ。それは虞美人にとって揺るがぬ事実。然れど、相手は
愛する彼が再び戦うことを断腸の思いで妥協した虞美人であるが、そんな戦場に放り込むことだけは到底看過出来なかった。
故に、焦りの感情を抱きながら今一度決意する。必ずやカルデアを始末しなければならぬと。
今度こそ、添い遂げる為に__。
◎
カリ、カリ、カリ、と。
相も変わらず男は仏像を彫っていた。外で起きていることに気付かず、知ろうともせずに。
男は喉が渇かず、空腹も感じない。否、もはやその感覚すらも忘れてしまったのかもしれず、どちらにしろ自らの生存に飲食を必要としなかった。
故に、こうして仏を彫ることに没頭することが出来る。彫り続けて腕が疲れることも無ければそのルーチンワークと化した動作に飽きることもない。
彼がかつての主人から賜った愛刀もまた幾百年経とうと刃零れ一つ無く暗闇の中に妖しく煌めいている。
考えたくないのだ。忘れたく、しかし忘れることなど到底出来やしない己が罪。それらから目を叛ける為に、或いはその身を焦がす怒りに染まらぬ為に。
これが主に従い、主を守り、主に尽くし、己が使命を全うした者の末路だった。
「…………」
ピクリ、と男の眉間が僅かに動く。荒れ寺の朽ち果てた襖が無造作に開かれたが故に。
その開け方は既に来なくなった薬師のものではなく、よもや彼女が以前に言っていたように力を求めた忍びがやって来た訳ではあるまい。
今更誰が来ようとどうでも良かった男はほんの一瞬思考するだけですぐに未知なる来訪者への興味は失せ、再び仏を彫る作業に集中する。
「……誰だ?」
しかし、その人物がそこら中に並べた仏像を躊躇無く蹴散らしながらズカズカと入ってきてこちらへ向かってくるとなれば話は変わってくる。
彫る作業の手を止め、ただ一言問う。
「こんにちは__ミラのルカティエルです」
そこに居たのは、不遜にも仏像を足蹴にする、奇怪な面と帽子を被った異様な男。その身に纏う鎧は異国のものであり、しかしかつて戦った甲冑騎士のものと違い、軽装であった。
「…………」
「…………? ミラのルカティエルです……」
両者の視線が交差する。
片や眉間に皺を寄せ、片や仮面で表情は伺えないが、思っていることは同じだった。
__何だコイツは、と。
何で二度も言うのよ