レミリアの部屋には一つの檻がある。それは作りが頑丈で、彼女が壊すのにさえ一苦労する。けれど錠前などついておらず、いつでも中のものは檻から抜け出せる仕様になっているのだ。そんな檻としての役目を果たせぬ檻の中には一人の男がいる。
レミリアの愛する人間、博麗夢蔵だ。
彼は、無敵の強さを持つ。見た目にそぐわぬ強さだ。両刃とも峰である刀で、彼の十倍はあろう大岩を綺麗に真っ二つにするという腕前を持つ。そこに霊力や氣など使った形跡もなく、そして大岩の断面はまるで、よく斬れる包丁で豆腐を斬ったような、つるりとした滑らかな断面だという。これでもう、彼の並々ならぬ実力が伺える。これだけではない。幻想郷に住む数々の凶悪な妖怪、外から来る悪辣な輩を彼が退治してきたのだ。それもスペルカードルールが広まる前からである。スペルカードルールはごっこ遊び。如何に本気を出そうとも、ある程度勝負が決まればそれで終わる。だが、彼がこなしたのはそういうのではない。殺すか殺されるか、の二択の殺し合い。霊力の衰えていくおふくろ、まだまだ幼い妹、守るべき大事な家族。その大事な二人に止めろと言われても無理をして、いつしか無理ですらなくなって戦ってきた。
そんなものに檻など意味があるはずがない。
そもそも、檻に監禁しているのではない。監禁できていないとかそういうことでなく、夢蔵は一緒に暮らしているというノリだ。レミリアは勿論そうだろう。《紅霧異変》で撃破されて以降、夢蔵の強さに惚れてよく懐く様になっており、よく博麗神社へ遊びに来ている。そして、いつしか勢いあまって誘拐。抵抗の意思がなかったのは、いつでも神社に帰れるということだからだろう。夢蔵の相手にはならないのだ、レミリアは。純粋な力比べならばレミリアの圧勝だろう。威厳たっぷりに振舞うが、内面はほとんど子供と同じであろうと吸血鬼。人の中では突出するだけの夢蔵は恰好の餌でしかない。
元々、弱点が多い吸血鬼。それを退治する神職、というのは本でよくあることだ。故に、レミリアは負ける、というのは面白くない。実際、殺し合いになったら犠牲は互いだけで払いきれるものではない。吸血鬼であるレミリアは、頭さえ残っていれば一晩で回復する凄まじき生命力。驚異的な身体能力、そして魔法まで操るのだ。夢蔵は数々の難敵と対して同等の実力であるが、所詮は人。頭を吹き飛ばされれば死んでしまうし、蘇ることもない。
そんな彼らがのんびり同棲のようなことをして大人しくしているのは、二人は好きあっているからだということ。なので、勝ち負けもなにもない。
なんと陳腐と馬鹿にすること勿れ。本来、捕食者と披食者であろう関係が好き合うというのは、真に素敵ではないか。一方的に好きではなく、互い互いに好きだと成っているのだ。
好きだとアプローチしたのはレミリアだ。まともに受け取らず適当に流したのは夢蔵。レミリアの好きは、幼いものだろう。男女の恋愛的な濃密さになるには、女のとしての経験のなさ、本人の子供な内面。強さに惚れたのだって、きっとミーハーそのものだったのだろう。いくら洒落に愛の言葉を投げかけても、夢蔵は笑って団子食うかぐらいしか返さないのが、そうだ。それが、いつ好きあったのか。
互いに“知らない”を“知る”ようになり“理解し合った”から。
好きであれ嫌いであれ、どちらも他者に興味があるからそんな感情を抱く。小さいながらも“好き”があったレミリアが夢蔵に興味があるのは言うまでもないが、夢蔵は好きでも嫌いでもなかった。つまり、興味がない。それ即ち、なんとも思わない、どうでもいいというものだ。
ひどい、ということはしないで欲しい。レミリアはスペルカードルールに則り、比較的おとなしくしてはいるものの、いつ仇為す存在になるか分からない“吸血鬼”。警戒度は一定の水準に置かなければならない。レミリアの子供っぽい性格も警戒対象だ。妖怪にも性格が幼い、大人らしい、とあるが、どちらがなるべく警戒した方がいいというと、幼い方だ。無邪気に壊す。それは恐ろしい。人間でも小さな子供が自分より小さなものを壊すということはある。虫であったり、小動物であったりと様々だが、何故壊すのかと尋ねれば、皆理由などないのだ。自分の気分で壊す。壊すことに意味を持たない。人間であれば周りの大人が叱り付け正常になるものもいるが、妖怪は元から異常なものだ。いくら矯正しようと根本は変わらない。気分で壊していくのだ。
そういうのを知っているし理解しているから、どちらの感情も抱かなかった。夢蔵は幼い頃から色々と妖怪などと触れ合っているものの、彼らの好物として食べているのがなんであるか、よく理解しているのだ。
“触れることはあろうが、決して交わることはない” そういう思考があった。
それがどうして好き合ったか。もう一度言おう。 【互いに“知らない”を“知る”ようになり“理解し合った”から】
始まりは互いの日常の話をぽつぽつ、それが互いの深い家族の話が混じり、いつしか、いつも親身に話すようになった。あるときはレミリアが神社へ、あるときは夢蔵が紅魔館へ。互いに、“相手をもっと知りたい”と興味を抱いたのだ。
それが深まり、レミリアはちゃんと恋をして夢蔵は好きを自覚し、ある日二人は共に暮らしだした。
幻想郷を飛び出したのだ。あの楽園から、抜け出したのだ。
「夢蔵」
檻の中の主人と私。童女のような姿をちゃんと女として愛する主人は、きっと傍から見れば異常なのだろう。眠たげに主人の名を呼ぶと優しく唇を撫でてくるが、愛撫にしか感じられないのだから。時折、私の長く尖った歯を軽くくすぐるのが、よりもどかしく感じられる。
「どうした?」
主人は器用に生きていたと思う。とてもまともとは言えなかったけれど。触れるのが痛い、というのを知っているくせに触れてくる。人間でもダメなものはいるというのに、まずは触れる。触れて痛みを抱える、それでも触れようとし続ける。そうして、ある程度馴染めるものはいた。けれど、どう足掻いてもダメだというときは絶つ。そんなもの痛むだけではない。一生の傷として残り続ける。ヒリヒリしてズキズキしてジクジクするもの。そんなものを負い続けるのは、まともとは到底いえない。そのくせ、傷を隠して笑うのだ。痛くないと言って、周りも笑わせるのだ。
何度でも触れて、痛んで、触れて、傷を作って、また触れて。あの氷の妖精だって学習してやめるだろうものを何度も繰り返している。それを誰も知ることもなかった。私もその内に居たのだが、とある日、ようやく知ることが出来たのだ。
壊れた者。それに何度も触れて、そして痛んで、最終的にはまた傷を作った。主人とは仲が良かったそれは本当は主人とは相容れないものだった、なんていうよくある話。幻想郷は妖怪も人もある程度の良好関係を持ってはいるものの、そんなものは一部だけ。基本、妖怪は人を食料としてしか見ない。“どうしてもいい”という考えなのだ、ならと、それは逆転の発想をした。“妖怪をどうしてもいい”その考えを実行に移す実力を、それは持っていた。それは、男だった。そしてターゲットの妖怪は、女妖怪。妖怪退治と称し、好き放題食い散らかした。中には友好的なものもいたのだろう、それで主人が解決に当たったのだ。何度も諭したそうだ。その度に、それは言葉だけの謝罪をした後、またやった。あるときは、夢蔵が女妖怪を守った。けれど、別のに手を出す。何度も諭して諭して、結局努力は報われずに絶った。最後のターゲットになるだろう私の前で。
本気で殺そうとスペルカードルールなしにやりあったものの、相手が姑息だったし実力もあった。人間の知恵というのは馬鹿にできない、それを外の世界でも幻想郷でも分かっていたが、実力で捻じ伏せられると踏んでいた。けれど、欲というものの力は凄まじく、拘束され組み敷かれた。飲みたくもないが、最終手段の吸血をしようとしても体の自由が利かなかった。服に手を掛けられ、思わず身がすくんだ。自分より下でしかない人間に恐怖を抱いた。声も出せないまま、嫌だ嫌だ、と叫んだ。それの欲望に塗れ歪んだ顔。誰にともなく、許して、と縋った。ほぐれてもいないそこに進入されそうになったとき、恐怖は天井を越えた。声も出せない、動けもしない、そんな体で逃げようとしたのだ。力も出ない、魔法も使えない、蝙蝠にさえ変化できない。触れたとき、ごめんなさい、と好きなものに謝った。
入る感覚がいつになっても来ない。このとき実は気を失っていたのだ。でも、それは僅かな間。気がついたとき、私は主人の着物に包まれていた。目を覚ました私を安心させるように笑った主人。いつもの穏やかな顔の中に見えるもの。それは、泣きそうに見えた。
何故そうなっているのか、と不思議に思いつつ自分の先ほどの状況を思い出し身を震わす。赫怒と恐怖から。どちらも混ざった震える声で殺さなくてはいけない相手は何処だと尋ねた。そうすると、主人は笑って、絶った、と言ってそれの心臓を見せてくれた。まだちゃんしない頭のまま辺りを見渡すと、なかなかな光景。血の海、その中にそれの臓物や骨、肉が散らばっていたのだ。主人の手を借り、それらに近づく。そして、燃やした。念入りに。周りの草木も焼けるが知ったことではない。少しそこから遠くにある抜き取られた目玉が視界に入る。あのおぞましい記憶がよみがえり、感情のまま踏み潰した。足裏に感じる気色の悪い感覚があの時の気色悪さを思い起こさせる。すぐさま、他の草や土に足をこすり付ける。気持ち悪くもなり、思わず吐いた。苦しくて、吐いた。体を丸め、両手で自身を抱きしめて、何も思い出さないように必死で涙が止まらない両目を閉じたのだ。優しく背をさする主人に、みっともない所を、という考えさえ浮かばなかった。
十分ぐらいか、それぐらいの間、胃の中が空になっても吐くことしかできなかった。主人の水筒で口を洗われ、同じようにハンカチで口を拭かれる。されるがままだった。ぼんやりと思った。 汚れた と。そう思った途端、全身が震えた。主人が近くにいることさえ恐怖だった。最後までいかなかったものの、全身汚れたのだ。それのものに塗れていた私を思い出す。唾液だけではなかった。そのことを思い出し、着物を脱いで全身を見る。乾いて張り付いているのは私の汗だけではなかった。張り付いているものを取ろうと掻き毟ろうとする。強い力で手首をつかまれ、それは阻止された。泣きそうな顔でこちらを見る主人がいた。
[ごめんな]
なんども謝る主人。その日はその言葉で私の記憶は沈んでいった。
優しく抱きしめてくれているのだろう主人の温もりが、その時ばかりは嫌でたまらなかった。この謝罪は、私だけに当てられたものでないことを理解していたから。
「ふふふ」
童女のように笑うレミリア。愛らしさが日に日に増す。その気になれば、彼女の顔をくすぐる様に愛でる俺の指なぞ簡単にへし折れるというのに。
あの日からちょうど四十九日後、俺はレミリアと幻想郷を離れた。誘拐ではなく、駆け落ちだ。幻想郷にいる限り、彼女はあの日を思い出してしまうのだろう。俺のレミリアを奪おうとした汚物を絶った日。過去の人をとやかく謗ることはするべきでない、と教え込まれたが、そうされるのが当然なものならばいいだろう。同じ人間でいることが恥ずかしい奴らを何度も見てきたことはある。その度に、絶ってきた。何度もなんとかしようとした。そして、よく裏切られては最終的に絶つことになる。そいつらのために墓を立て供養もした。だが、あの汚物には必要あるまい。虫も殺せぬ顔をして、俺のレミリアに手を出そうとしたのだ。閻魔が許そうが、神が許そうが、俺は許さない。何度でも絶つ。
手遅れとなる前でよかったと心底思う。いや、実際は手遅れであったのだろう。レミリアを紅魔館へ送ってから彼女はいつもどおりの様子だったらしいが、俺に会うことは駆け落ちする日までなくなった。男が怖くなったというわけではなかった。古道具屋の《香霖堂》へ一人で行っていたのは知っている。のんきにお茶まで飲んで話していたのも知っている。それは、この檻のことなどについての話だったのだけれど。俺はレミリアのため、他の被害者のため処理をしていたから会う日がなかった。急がしかったが、レミリアのことを心配しない日はなかった。他の被害者には申し訳ないが、レミリアだけを心配していたのだ。処理をしている日はレミリアの可愛らしい笑顔が浮かんでは、あの日の可哀想な有様を思い出す。
“もう一度、殺したい” 純粋な殺意が溢れそうになる。
汚物は骨すら残らず焼失してしまった。魂すら残っていない。先のほうはレミリアがやったが、後は俺の方だ。許す気がなかったから、そうした。地獄行きになったとしても、あれは罪を償うためだ。償ったところで罪は消えない。触れない、不可侵領域のものだ。だというのに、償う? ふざけるな、と憤る。レミリアを取ろうとした汚物にその権利があるわけがない。
だから、こうして思い出して殺し続ける。
「夢蔵、こっち見て?」
「あぁ、見てるよ、レミリア」
何度も、レミリアのことが好きだということを自覚して。何度でも、あの汚物を殺す。
最初はなんとも思わなかった相手に夢中になっている様が、我ながら微笑ましく思う。また来たのか、と少し呆れながら接していたのが、いつしか早く会いたいなどとなったのは比較的最近のことだ。どんな相手でも平等にするというのが、一応意識としてある。平等に差別する、という意味でもあった。人間にはこう、妖怪にはこう、とマニュアルを自分で作りこなしていたのだ。その枠組みから外れたのはレミリアが初めてだった。吸血鬼だというのに昼間から神社にわざわざ俺に会い来る。今までなら、俺から会いにいく、というか監視しにいくというのが恒例であったが、それをせず向こうから来るというのは新鮮だった。その新鮮味がよく心に響いたのを覚えている。平等に差別するのをよく分かっていても、彼女はニコニコと笑っていた。それに、また響く。他の客とは別に茶菓子を用意するようになり、会話は聞き役に徹していたのが自分も話すことが多くなる。そして、咲夜が迎えに来たので帰る、というときの別れの言葉があまり好きでなくなった。最後は、いつも愛の言葉でさようならだったが、その言葉を聞きたくなかった。一番最後の別れの言葉として残っているのはこれだ。
“一つになるまで、二つのままで”
意味はよく分からなかった。恥ずかしく、少し下手なウインクをして言うレミリアがすごく可愛かったのはよく覚えている。この言葉の次の日アレが起こったのだ。
それから会わなくなって、そして俺たちの幻想郷での最後の日。
汚物の処理を完全に終わらせた帰り道。その日も、あの日と同じ夜だった。少し厚着をするべきだったと思う風の強さに、上に来ていたものはレミリアに貸したままだったのを思い出す。月は全部、夜に食われてしまって見えない夜だった。ぼうっと空を見ながら両手を伸ばしてみた。二つの手。右手と左手を組んでみる。レミリアの言葉を理解しようとしてみたのだ。けれど、これでは意味が分からない。手を離し、片目を閉じてみる。開けている方で見える静かな暗闇と、閉じている方で見える渦巻く暗闇。どちらも同じようで違った。これもなんだか違うように感じられたのだ。
開けている方の目が少々疲れたのでそちらも閉じる。ぎゅっと強くすると目の奥が痛んだ。強めの風が吹くと、風の中によく知った匂いを感じた。目を開けてみると、空に紅い月がいた。
「ねぇ、夢蔵」
月は、届くようで届かない距離に居て。
「二つでいる?」
「いやだ」
即答する。意味は分かっていないのに。
「じゃあ…」
眉をハの字にして、甘く微笑んだ。
「一つになりにいきましょうか」
月の誘いに乗り、外へ飛び出した。
理解が追いつく。
“一つになるまで、二つのままで” とは“俺とレミリアが一緒になるまで” ということだったのだ。
きっと、だから、今のままではダメなのだろう。
あいつと同じ人間であることがダメなのだろう。愛の言葉は何度も囁かれているし、こちらからも少しばかり恥ずかしいが言っている。けれど、たまに恐怖で引きつる顔を見るたび心が痛む。
そして同時に湧き出るこれが愛だと信じている。これが、これこそが。博麗夢蔵の中に確かに生まれ、育まれて、止まることのない、愛だ。生まれたものは愛だ。育まれているのは愛である。止まることのない、この情動は愛でしかない。誰かに、それこそ、あのレミリアが失くすべきと嘆くものであろうと、之を失う気など俺が潰えるときでさえ無くすことはない。させる気もないのだ。
この愛は、唯一無二。ただ思うのは、“レミリアだけを愛している”ということだ。そう、確固であるはずの蠢いて在る、未熟な感情は雄叫びをあげる。この未熟さが、程よく熟す時も熟れすぎる事もないのだろう。未熟なまま在り続け、止まることなく声をあげ続けるのだ。
「レミリア」
幼くも美しき俺の、俺だけの、
「血を吸っても、いいんだよ」
渇いて、渇いて、堪らないのを知っている。俺も同じだから。
「ぁ…、あァッ…! なんでぇっ!!」
お前が必死に抗っているのを解っている。俺とお前は別の生き物だから、共に愛し合えた。でも、同じ生き物でもそれは変わるわけがないのを、どうして解らない。
怖いのだろう、興味が失せそうになるのが。
自慢になるのか分からないが、俺は人間の最高傑作の一歩前の領域に居る人間だ。人として生まれ、生きて、在ってきたのだから、そこに行き着くのは俺の義務だ。拒む気はない。けれど、それは昔の話になる。今は、全力を持ってレミリアと共に居たいのだ。親の顔、妹の顔、友人の顔、今までに知り合った様々な顔を思い出すが、走馬灯でもないような気がする。思い入れがないわけではない。ふと、目を閉じれば、すぐさま思い出せるほどの入れ込みようだった。でも、もう要らない。そんなものよりレミリアと番いたい。このような思いを抱く、人でなしになってしまったのだから人間ではいられないのだ。こうだから拒もうとしているのだろう。
“人間でここまで強い” そういうのが良かったのだろう。だが、もう人間のままで、この情念をお前に抱くのは陋劣すぎるのだ。だから、お前に並べれば純粋なままお前を愛せる。本当に、愛せるのだ。
「アァッ! グゥ、ウゥウゥゥウヴヴッ!!!」
自身の欲に抗うな。止めたら、いい。止めていいんだ。
「夢蔵!! 夢蔵!!!」
血を吸いやすいよう、優しくレミリアの頭を俺の首筋に近づける。
「あぁぁアぁァぁァァ…っ!!」
牙が皮膚に触れる。
「愛しているよ、レミリア」
皮膚に牙が食い込む。そして、いともたやすくそれは喰い破られ、血が吸われる。同時に別の何かも抜かれていく。俺の人間性というちっぽけなものだろう。ならば、どうでもいい。
荒く息をしながら血を啜る。口の端にかすかに流れる自分の血が憎らしい。熱い接吻は数え切れないほどしたけれど、血の方が情熱的に繋がっているように感じられるからだ。涙は興奮しているから流れているのだろう。確かに感じる温もりに、少し和やかな気持ちになる。
互いに流れていくものの意味など、まだ理解できていない。だって、完全に同じじゃないから。
そして、待ちに待った、逆流。俺の霊力にレミリアの霊力が交ざりこむ。決して離すまい、と力強く抱いている腕が軽く緩む。いや、跳ねた。腕だけではない、俺の体が跳ねている。アナフィラキシーショックのようなものだ。不安感、動悸、手足のしびれ、耳鳴り、めまい、冷や汗、呼吸困難、等々、目まぐるしく正常になるための異常が起きる。
どうなるのか、そんなもの分かっているはずなのに、愛しきものを拒絶する自身の体が疎ましい。
目の前が白む。愛しいものは小さな口で俺を飲む。頭が白んでいく。愛しいものは小さな手で俺にしがみつく。
感覚は鋭敏のはずだ。だって、愛しいものの体温が良く分かるのだから。今の身体、魂に至るまでの異常事態がどうでもよくなる。我が事ながら、嗤う。生命の危機を感じているもののはずが、それがどうでもよいとは。小さな愛しい温もりが離れていかなければ、どうでもよいのだ、本当に。
混ざる。混ざる。混ざる。
交ざる。
そして、生まれて初めて呼吸した。
すっきりとしたもので、先ほどまでの異常がない。嗚咽を零す愛しきものをあやしながら、ふと室内にあった鏡を見る。
誰も映っていなかった。
「レミリア」
愛しきものの目蓋を優しく開け、その紅き宝石越しに自身を見る。何処となくレミリアに似ているのがいた。
「レミリア…」
何故か謝りだす小さな愛しきもの。何に対して謝ることがある。何も謝ることなどないというのに。
ほら、同じになった。そして、変わらないだろう?
「変わらないさ」
犬歯が発達して、鋭くなっている。それ故、話すとき少々気をつけなければいけない。口内炎の吸血鬼など、恥ずかしいだろう。
「…夢蔵?」
「そうだとも」
「わたしの、夢蔵?」
「勿論だとも」
ほら、同じだ。変わらなかった。なぁ、愛するものよ
「俺が好きか?」
即答しない愛しいもの。恥ずかしがっているわけではないだろう。きっと、溢れてくるものを抑えるのに必死になっているのだ。
「好きか、夢蔵が?」
博麗の名など捨てる。もはや、名乗れない。もう、ただの
日焼けして仄かに褐色だった肌が、レミリアと同じように白く。きちんと手入れしていた爪は長く尖っている。ならば、きっと目も髪もレミリアと同じだ。
「ぁ、は…」
口周りを汚していた紅を広げてみる。口紅のように。そんなことしたことないから少々乱暴になってしまったが、なんとも映える愛らしさだこと。
「夢蔵」
女は本当に紅が似合うのだな、と感心していると呼ばれた。それににっこりと笑って返す。
「同じになったのね…」
どうして悲しげに言うのか分からないが、すぐに笑顔を見せてくれたのでどうでもよくなった。
「ねぇ…」
目と目を合わせる。なんだか笑いたくなるが、真剣なその眼差しに我慢した。
「……あいしているわ」
初めて、ようやく、愛された。
静かに額をくっつけて笑う愛しいもの。心地よい温かさがそこを中心に全身に広がっていく。
交ざりあった魂同士が歓喜し合っているのを良く感じる。手を繋ぎ踊っているようだ。踊りは上手くないから、練習しなければならないだろう。長くなるだろうが、きっと付き合ってくれる。上手くなったら、喜んでくれるが分かるから。
今度は歌を歌っているようだ。レミリアの魂だけでなく彼女自身が歌っているからもあるが、なんとも美しい一曲。思わず微睡んでしまう。まるで夢心地だ。このまま眠ればいい夢が見れそうじゃないか。夢を見るのは楽しくて仕方がないな。
起きることを止めようかな
どれぐらいのヒロイン数がいい
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一人
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二人ぐらい
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ハーレム