いつしか稽古とは名ばかりの斬り合いになっていた。
互いに相手が憎いから何だの負の感情での争いではない。そう、いつしか。気づかぬうちに斬り合いとなっていた。
夢蔵に弟子入りしたのは妖夢が初めてではない。初めは美鈴。妖夢は二番目の弟子だ。けれど、指南の方向はそれぞれ違う。先の弟子は、氣など用いるときもあるが基本は手足を主体にする武術の使い手。妖夢は、長刀と短刀の二振りを扱う剣術の使い手。どちらの方が夢蔵にとって指南しやすいかといえば妖夢の方だろう。面白みも彼女だ。前者はすでに体の捌きやら上手い力の抜き方を知っているため、それを軽くプラスするために実戦が主。妖夢は、剣術の腕はなかなかのもの。けれど、そこには綺麗さ“しかない”。前者の武術は、何が何でも勝つ、という生き汚い面がもう備わっている。妖夢はそれが無い。魅せ物だ。妖夢の一閃一閃の、その美しき剣閃に見惚れた弱小のものらの命を絶つには十分。だが、綺麗な“だけ”なものは夢蔵や強者に到底敵わない。彼は、父が亡き後、死に物狂いの修行をしてきた。未熟な時分には、姑息や卑怯と呼ばれる戦法をもって勝利したことも多々ある。それは弱かったから。弱いなら強き者にくじかれるもの。それに引っかき傷以上のものを与えたければ四の五の言わずなんでもするしかない。生き残るために、汚いことをする。誰から見ても、汚い、醜い、恥ずかしい、そう謗#られてもかまわない。
生き抜く――。ただひたすらに、それを目指す。
夢蔵は守るべき母と妹がいたのでそう一点特化には至らなかったが、今の強き夢蔵がいるのはこれがあったから。砂をかけて目潰しなど当たり前。唾を吐きつけ、相手の逆上を狙うため思いもしない罵詈雑言をがなりたてる――等々、酷いことをして、妖夢の稽古は実戦を越えた斬り合いになった。
当初、妖夢は何がなんだか分からず混乱しあっさり倒された。その様に夢蔵はまた酷いことをする。
――あんた、ダメだな
たった一言。それは、ひどく傷つけるものだ。
落胆を見せる、または滲ませるものではなかったけれど、傷をつける。それに、ひどいひどい、と女々しく泣き喚くのなら、とうに破門にしていた。だが、続いたのだ。破門されて、ただの知り合い関係になって続いているのではない。師匠と弟子の関係も続いた。当時の妖夢は混乱の最中。その中で、何故こうするのか、何故倒されたのか、といくつも思索したのだ。師事した夢蔵は、早く立ち上がれ、と言わんばかりに刀を妖夢自身から逸らさない。それの前に思索など後回しにする。
祖父であり剣の師である妖忌の指南方向とは違うが、同様な厳しい稽古事をこなす。女の肌になんて事を、と言われるほど酷い傷が残ったのはよくあることで、痛みに思わず涙ぐむことはあったが零すことなどしなかった。それをしたら、剣士として終わることをよく分かっていたから。性差など気にせずに、ただ剣士として立ち向かってくることに安堵していた。ここで女だから、と手を抜かれたなら師事するのをすぐに辞めただろう。
妖夢の前に立つのは剣士。夢蔵の前に立つのは剣士。
それだけの関係を始め、続けてきた。夢蔵は、妖夢が憎くてひどくするのではない。そんな感情など湧かない。何の感情も無いのだ。
彼に剣の稽古を願い出たものは今までにいた。でも、誰も続いたことは無かった。大部分が、始めの稽古事でふるい落とされたのだ。老若男女願い出たものの、全て続かなかった。基本を教える前のものは、まず体力をつけねばならない。それは並大抵の量をこなすものではなかった、故にいなくなる。基本を抑えたものには、妖夢にも行った実戦形式の稽古。ついてこれるものなどいなかった。こうなることは、もう分かっているのに妖夢にもそれをやめなかった。
思いがあるとすれば、こういうことだろう。
――いつか致命傷がつくのが怖いなら、今散々に傷つけ
この意味は自ずと知れよう。夢蔵も弱い頃はあった。何度も何度も怪我をして傷ついてきた。それでも、こうして今がある。父の言葉が胸に刻まれているからだ。
――剣はいつか己を斬る。
そのいつかはきっと致命傷だろうと思いつく。詳しい意味は分からない。代々博麗の武士になるものに伝えられたそれは、まだ分からない。そうでも、きっとその斬り傷は致命傷なのは確かだろうと、思い至る。痛みに喘ぐだけなら、涙を零す程度なら、序の口だ。いつか、何も感じることができなくなるという、本当の痛みを知るのだろう、と。ある程度解釈した代々の博麗の武士の。否、父の教えを伝えたかったのだ。
弱いままでは誰もいられない、だが、強いままでも終われない。いつか、本当の傷を負い、終わる。
夢蔵は刀を握るたび、志半ばで死んだ父の柄だけになった刀が何度も脳裏をよぎる。――お前をこうはしない、お前は殺すものじゃない。そう何度も愛するように語りかけると同時に、心の隅で思うのだ。――お前はどうなるのだ、という漠然とした不安感を。それを誤魔化すには年が行き過ぎた。柄に自分の手の油が染み込むように、それらも刀どころか夢蔵の全身に染み付いている。
だけれども、心の中で思うのは。
誰も傷ついて欲しくない――。
それだけなのだ。それだけなのだと妖夢が気づいたのは、夢蔵を斬ったあとだったのだ。
今日も我が愛刀である鉄刃刀を握ることは無い。
鉄刃刀は両刃とも峰だが、手入れは普通の刀とほぼ同等だ。拭い紙で古い油をふき取る。打ち粉をし、先ほどのとは違う拭い紙で粉を拭く、そしてまた打ち粉をして拭くこと二、三回。こうして油の曇りを完全に取り去る。次は、もらしがないか見る。それが済めば、あとは刀剣油を刀身に塗る。このとき、なかごの手入れもする。これも刀身と同じ手入れ法だ。油は古すぎると、油が乾燥して錆びの元になる。打ち粉はできるだけ細かくした砥石の粉末状のものが詰めてある。これの使用目的は、刀身についてる古い油をとること、刀の表面を美しく仕上げることの二つ。そして、拭い紙は古い油を取り去ったり、打ち粉を取るために使う。まぁまぁ、なかなかに面倒だが、これを一度でも怠ればより面倒だ。木刀もまともに触れない小さな時も、親父に言いつけられ家にあった刀の手入れをしていた。もう面倒くさがるのが面倒だと感じるようになるほど、体に染み込んだ動作になるのも当たり前だろう。
そんな日常の一動作として含まれたことも、もうすることは無いのだが…。
寝床に寝転がりながら詮の無いことを考える。頭の中はふわふわとしていて、めまいを起こしているのかもしれない。目は白いものを写す。ひんやりとした感触がする。錯覚だけれど。
腹筋の力を使い、起き上がる。乞われて伸ばした髪が、いくつか首筋や背中に当たってこそばゆさを感じる。さて、髪留めは何処へ置いたのか、とようやく目を開けてみるのだ。髪留めと大げさに言うが、タダの黒い長細い布きれだ。妻の化粧箪笥とは別に小さな机があって、そこに置いてくれたような気がする。というか、いつもそうだ。ぐるり、と顔ごと机がある方に向ける。お…あった。
両足を使い机に近寄ってブツを確かめる。予備のものだったろうに、男に使われるなんてお前も哀れだな、なんて下らないことをいつものように思いつつ霊力を操って髪を束ねる。小細工なら妹の少し下にいるのだからコレぐらいは余裕だ。三つ編みやら編み込みやらは面倒だし、男の俺がやっても気色悪いだけだろうとやらない。…けして、やれないわけではない。普通は手鏡やらなんやらで具合を確認するのだろうが、面倒なので俺はやらないのだ。ダメなら、妻がだらしないですよと少し叱りつつも嬉々として直すのだからいいだろう。全力で髪をいじくりまわされるだろうが、本人が楽しいならそれでいいのだろう。
さて、寝るときの服装のままなのはどうしようか。着替えは何処に置いてくれただろうか。そういえば布団もたたまなければいけない。二人で一つの敷きと掛けを使っているが、流石に枕は二つある。俺は固い枕が好きなのだ。固すぎて、石のような枕が。
だが、どうしようか。軽いことは霊力で何とかなるが、複雑だったり布団程度の重いものは無理だった。このままでいると、きっと怒られるだろう。すねげを全力で毟られる刑が発動することは間違いない。けれど、あぁ、どうしようもない。
「あなたー、朝餉ができましたよー」
襖が開かれ妻が現れる。おぅ、まいった。
「…身だしなみ整えましょうか」
ずりずり動き回った所為で、せっかく綺麗に整えられた着替えも先ほどまで寝ていた寝具も、ぐちゃぐちゃだ。妻は少し黙った後、俺に近づいてそう言った。
「面目ない」
「いいんですよ、私に頼って」
「…面目ない」
「いいんですよ…」
菩薩のように微笑む妻がありがたかった。
せっかく、いつも洗濯して干して糊をつけてくれた着物が大変である。大人しくされるがままになって妻に整えてもらう。その後に、上手く束ねたはずの髪も実は残念な仕上がりだったようで、妻にするりと解かれた。
「ちょっとここに座って待っててくださいね」
言うとおり待つ。化粧箪笥から良い物の櫛を取り出し俺の髪を梳く。もう自分で触ることのない髪はうなじや肌に当たる。先ほどとの感触とは違ってサラサラになっているがそれで分かった。
「今日はどのような髪型にいたしましょうか」
どうでもいい、と言うと不機嫌になってうなじを抓られるので、お任せします、とだけ言って大人しくする。きっと出来上がりは男らしくない髪型なのはよく理解している。櫛を取り出すついでに開かれた鏡を前にしてそう悟りを開いた。
「……、うん。いいですね!」
鏡の向こうの妻が楽しそうに笑っている。あぁ、ならもういいさ。
「さて、と。次はお布団ですね」
先ほど化粧箪笥の前にやられたときと同じように持ち上げられる。男なのに女子に持ち上げられるのは恥ずかしいがしょうがないだろう。また着物がぐちゃぐちゃになるのは俺も困る。だが、なんだかもどかしい。そんな男心を気にせず妻は俺を邪魔にならないところに下ろして寝具を片付ける。テキパキとした行動を見ていて、いい嫁だ、とまた思う。
「よっし、終わりっ」
布団のシミを見て狼狽えていた頃が懐かしい。やり遂げた妻の顔に、そんなことを思う。
「では、朝餉を食べましょうか」
手伝うことを最後まで許さなかった妻は俺を抱き起こした。
「なぁ…」
「はい?」
「ちゃんと立てるさ」
「でも…」
「大丈夫」
しっかり二足で立ってみせる。よろけそうになっても手を借りないようにして、共に居間に向かう。
心配そうに付き添う妻に笑いかけた。
「妖夢、お前の夫は大丈夫だ!」
たとえ、刀を握ることがもう二度とできなくても。
夫婦となって幾月か、それとも幾年か。そのような瑣末なことはどうでもよいと隅に置く。わたしを頼る夫の世話の方が重要なのだ。居間までの少しの距離の途中で尿意を催した夫の世話をする。いつまで経っても慣れないようで、困ったようにしながら用を足す姿に少し欲情する。本人も少し固くなるので満更でもないのだろう。そうなると、用が足せなくなって二人して照れ笑いを浮かべるのはよくあることだ。
そんなことをした後、清めて朝餉を取る。わたしが口にご飯を運んだり、吸い飲みで喉を潤すという行動に少し申し訳なさそうにするも、基本ニコニコと子供のように笑いながら食事を楽しんでる。慣れた動作に誇らしくなり、見慣れた表情だけれどいつものように嬉しくなる。魚の骨をなるべく身を傷つけず綺麗に取れるようになったのは自慢だ。元々、箸使いは標準以上はあっただろうが、小さな豆を菜箸で移動するのにそれほど苦労しなくなったのなら上達したということで間違いない。料理の方も良いはず。幽々子様のお屋敷にいた頃の食事の支度はやったことが無かったのだ。他の幽霊がやり、わたしは幽々子様の稽古指南や庭師としての仕事、当時は自分自身の稽古事を夫に指南してもらっていた。共に暮らすまで調理の心得があまりなく、米は真っ黒、よくておかゆ。魚は半生だったり炭であったり、味噌汁はダシの存在を知らず塩辛い汁になったり、とひどい有様だった。けれど、調理技術を普通レベルにまで上げた。そして、見た目のよさ、彩り、栄養バランス、味、すべて見事にしてみせたのだ。夫は、わたしの言いつけで台所に入らないようにしていた。気配がした瞬間、大急ぎで夫の元へ行き大事ないか夫の降参の声すら聞かずに調べつくしたのだ。夫はそれなりの料理の腕は持っていたようだが、すでに失われた技術だ。当時より霊力の操作も、覚束ないものになっている。なら、女として、妻として、愛する人のために全力を出すのは道理だろう。
朝餉を食べ終わり、わたしは食器を洗う。この洗いの時間は、夫も台所に居させる。別に手伝わせる気は毛頭ない。全部わたしがやりたいことなのだから。ともかく、夫と話しながら食器を片す。半霊に洗い終わって拭いたものを棚に運ばせつつ、せっせと片す。調理道具は使い終わるたび洗うので楽だ。会話はいつも通り他愛ないもの。短い時間だけれど、二人でいる時間のなんと素晴らしいことか。なになにが美味しかったとか、朝餉を食べたばかりだというのに夕餉は何にすると聞いてきたり。その都度、嬉しいという感情を顔にも声にも出してくれるから、こちらも同様になる。当時とは違う、少し幼くなった甘い声と緩い表情はなんとも心をくすぐるもの。あの斬り合いのときとは別人のようだ。当時を思い出し、はにかんでしまう。
洗い物が終わり、わたしと夫は部屋で書を読む。音読し、項を捲る。初めは、読み聞かせなどしたことが無く、緊張して早口になってしまったりよく誤読したこともあったが今そんなことは無い。隣、肩を寄せ合って、一つの書を読む。
わたしの声だけが部屋に響き、後は二人の息遣いの音。
この時間も大切だ。夫婦が共に居ることは大切なのだ。離れないようくっついていなければならない。けっして離れてはいけない。どうしても、というときはあって離れることもあるが、その離れた分を埋めることは重要で、隙間が開いていると不安で仕方が無い。そこから逃げていくもの、そこから抜けていくもの。それがあってはいけないのだ。
そのようなことをいつものように思い詰め、今日の音読を終わる。喉が渇き、傍においていた冷水を飲む。それから、夫にも吸い飲みで水を。間を見て用を足す。夫のをしてから自分もする。このとき、わたしから離れさせない。恥ずかしい気持ちは勿論ある。けれど、何処にもいかないでほしい気持ちを分かって欲しいので傍にいてもらう。
この後は、わたしの剣の稽古だ。夫を越えた腕が鈍らないように。
魅せ物であって、冥土の土産。当時のわたしの剣は魅せ物でしかなかった。それを、最期の土産にする。綺麗なまま終わることを願うのはわたしが女だからだろう。醜いところなど見られたくない、無様な様など見て欲しくない、情けない姿など見せられない、そういう思いは確固な物。けして外れることのない、わたしの絶対神域。仇なすものであろうとなかろうと、これはずれることはない。確かに見つけたわたしの神域。
夫の視線を感じる。静かな、とても静かな、白色だ。枯れて落ちる葉のような生気のない空気感。それでも、静かな白色はわたしから一寸も離れない。それの、なんと嬉しいことか。
【あぁ、あなた…、離れないでいてくれるのですね】
もう両腕がなくても、離れないでいてくれるのですね。
責任を負っているから、愛したのではないと分かってくれるでしょうか。剣で語り合った日々の中に育もうとした愛を今育んでいることをお分かりですか。答えることはないことは分かっているのです。
あなたの刀が憎かった。あなたから離れてくれなかったから。 あなたの意思が疎ましかった。わたしから離れていくから。だから、どれもこれも壊したのです。
離れて欲しかったの。わたしから離れないようにしたかったの。わたしだけのあなたにして、あなたにはわたししかいないと思って欲しいだけだったのよ。母親や妹共を見ないで、親しい仲を見せ付けられるのが不快だった。里の女共と話さないで、わたしの知らない臭いをつけないで。思い出すだけで頭が痛む。わたしは剣でしか語り合えなかった。剣だけの関係だった。刀の無味な鋼の輝きに、わたしの恋が映っていたのにきっとあなたは気づいていなかったのでしょうね。初めてあなたに会ったときから想っていたのに、馬鹿な人。一目惚れなのよ。あなたの強さに興味を持った以上に、あなたが気になったの。気絶していても、あなたの霊力は残っていたのだし、それを追えばあなたを見つけられる。屋敷の幽霊やわたしの半霊を使ってあなたを見て恋をした。
えぇ、恋したの。…そして、あの日。わたしたちは離れなくなったの。
本当に。
嬉しい。まだ、嬉しい。
あの日。妖夢に斬られた日。
なんの油断もなかった。いつものように全力で生きた、あの日。両腕を斬られ、それを失った日。思わず呆然とした。そして心底、安堵した。負けたことや、両腕を失くしたことは、少し、いや、やせ我慢はよそう。本当にひどい衝撃だ。けれど、安堵できた。
もう、いいのだ。そう、気持ちが落ち着いた。
そんな俺を気にすることはなく、妖夢は俺の腕がついた刀を壊した。《誓いの証》だったものを壊されても激高することもなかった。言葉にしようとするならば自分が積み上げたものに失礼であろうと、飲み込んだ。その所為で、涙がこぼれていってしまった。俺の矜持からこぼれたものではない。それは、なんと言おうか…。きっと、“離れてはいけないものが離れてしまったから”。斬れたのではない。離れていってしまったのだ。
剣はいつか己を斬る、とはこのことか。あぁ、確かに致命傷だなぁ…。そう思い、涙は止まらなくなっていた。
その後からの記憶はあまりない。女の味を知ったけれど無味に感じたし、夫婦となった日付すら曖昧。腑抜け、という言葉すら優しい言葉になるほど、離れてしまった俺はよく分からなくなった。媚びるように笑い、ばれない様に心で泣くことが常になった。なにも今が悲しいから泣くのではない。
何もなく、離れてしまい、いたかった。
だから、泣いていた。それに、妖夢も気づいているだろう。呆けてしまったようにいる男の隣にいたのは何故なのか、理解できなかった。剣では語り合ったことは多々あるが、それだけであったのだ。義務感からか、とも考えたがそうではないだろう。献身的に世話し、愛し、受け入れるその様は、なんだか離れてしまったものが恋しくなることがなくなるほど興味を惹かれた。白い中、見つめた先に見えたのは、“甘い”ということだ。舐めた意味ではない。ただ、ほんのり感じる、その甘み。溶けてしまうくせに離れることのないもの。
大事な、物。そう、大事にしなければならないもの。
だから、これは生まれたのだろう。今度こそ、離すな、と生まれたのだ。
――
そう、いたい。
「なぁ、妖夢」
笑いかける。媚びたようになっていないか、心配する気が起きない。
「俺は立つんだ、一人で」
怯えないように、幻肢痛で心を奮い立たす。
「お前と並んで立ちたいんだ」
何も出来ない俺に、何かが出来ることはもう無いけれど。何かしてやりたい気持ちはあるんだから。
「妖夢、好きだ」
そう、ようやっと言えた。
媚でも怯えからのものでもない。本気の本気。大事な刀を壊されたときも、両腕を斬り落とされたときも、ずぶずぶ意識が溶けていたときも。これだけは、揺るぎもしないものなんだから。
「夢蔵…さ、ん」
床のとき以上に女らしい表情の妖夢によかったと思う。やっと“愛せた”。
「夢蔵さん、好き」
「俺もだ」
「ちゃんと言って」
「好きだ…」
「うん。好き…。好き…っ」
両腕が残っていたなら、片腕だけでも残っていたのなら、泣き落ちる愛しい人を抱きしめられたのにと思う。もっと、どんなものにも負けぬほど強固で。むしろまた生えるようなものであればよかったのに。斬られたことに何ももはや思うことはない。今が重要なのだから。
なんとか体を愛しい人に近づける。小さな肩に頭を寄せた。
「ちゃんと好きだから」
涙声はちゃんとした言葉になっていない。でも、謝っているように感じられたので、もっと頭を妖夢に寄せた。泣き声がひどくなる。
「なぁ、妖夢…」
言葉で抱きしめる。
「いたいんだ」
そう言うと、しがみついて来た。両腕の無い、少し軽くなった上半身がぶれる。案の定、その場に倒れてしまった。
「いたいんだよ」
筋肉が少し無くなった胸に妖夢がしがみつく。
「わたし、も…いたい…っ!」
…あぁ、抱きしめてやりたい
そう思いながら、やってきた眠気に身を任せる。妖夢の体温が心地いいのと、俺がすっきりしたことからの安堵から出てきたのだろう。
鼓動と共に動いている確かなはずの愛情は、いつか流した赤と緑の補色のようで。口の中で、ほのかに灰が香る。
まるで夢心地だ。このまま眠ればいい夢が見れそうじゃないか。夢を見るのは楽しくて仕方がないな。
起きることを止めようかな
どれぐらいのヒロイン数がいい
-
一人
-
二人ぐらい
-
ハーレム