頭ふっわふわな短編集   作:サラダ豆乳パン

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ルートが二つにわかれます


八雲藍ルート

 博麗兄妹が幼い頃に、私は世話をしていたことがある。私自身の意思からではなく、紫様からの命でだ。特に疑問に思わず遂行した。紫様は私にとって絶対だ。そのような存在から下されたものに疑問など抱いてはいけない。彼らの父母たちの了解はすでに紫様によって得られており、すぐ世話係に勤しむ。

 

 世話をするのは幼い子供たち。しかも人間。加減が難しい。二人とも血統からして凄まじいが、その当時は幼子。私より背も知も低い相手に手こずるのは道理であった。食事のときは大人しくしていないし、勉学や修行のときもあっちこっちに気を散漫させ、遊びも子供観点では可能と勝手に判断する危機管理のなさ、寝るときでさえ彼らが寝落ちするまであれこれしたり、と悪戦苦闘し披露困憊が常であったのも懐かしい。二人とも男女であれど年がそれなりに近かったので喧嘩は茶飯事。勿論、夢蔵は妹の霊夢が女の子であるのはわかっているし、年下だから怪我などはさせなかったものの、霊夢が大声で泣くまでちょっかいやらなんやらをかけていた。毎度毎度、夢蔵が霊夢を泣かせては彼の尻を真っ赤になるまで引っぱたいたものだ。これはまだ優しい方である。

 彼らの両親の叱り方の方が怖い。ご飯抜きなど体調面での罰はなかったものの、両親は子供たちが何かやらかすと完全に反省したことが分かるまで彼らを無視するのだ。ご飯は作るし、修行もやる。けれど、義務的にやってくる。もともと、修行では親子の情など然程知らんという厳しさであったが、頑張れば褒めるし、怪我でもすれば心配そうに声をかけたりなんだりもする。けれども、そんなものもなくなる。親子間だけでなく夫婦での会話も聞こえなくなるので、実は仲が悪いのではと危ぶまれるほど、確かにあった暖かい家族間の会話がまったくなくなってしまう。

 子供であれ大人であれ、居心地の悪いところにはいたくない。改善できるのであれば改善に手を尽くすのはどちらも同じだ。時間がかかるものなら、より短く出来るよう調整し、手順や物が必要なら揃える。夢蔵と霊夢が揃ってごめんなさいと謝るときもあれば、それぞれ別々に謝ることもあった。

 

 子供の時分だ。家庭内の不和は強くクるものだろう。酷く心が不安定になるものだ。泣きべそをかいて、酷いときは体調まで崩した。それでも両親は、心から反省するまで許さない。手を出さないやり方で、こうも子供を痛めつけるやり口はないだろう。私でさえ子供たちには同情したものだ。それゆえ、私もなんとかしてやろうと動く。が、夢蔵らの両親は、これがウチの教育方針です、と揺らがず続いていた。

 

 なんとか許されて父母が優しい顔をすると、子供たちの安心した顔が見れる。その日は決まって、子供たちの好きなものばかり出るのだ。別に子供たちを嫌っているからではないのが分かる。父母も話せなった間の寂しさ苦しさがあるのだろう、いつもは夜更かしなどさせないのに子供たちが話し疲れて寝入っても子供たちの傍を離れなかった。豪快な寝相の夢蔵と寝言が煩い霊夢たちの寝顔を優しそうな目で見守り、彼らの頭をゆっくり撫でる。普段、兄妹らの寝かしつけは私の役目だが、そのときは父母が出番だ。私は控えにさえならない。

 

 まぁ、また繰り返していたが。

 

 それでも、楽しく家族をしていた。その中に、私も混ぜて。

 

 当初は、人間などと思って適当に世話をしていたが、いつしか情が湧いた。嫌いなものを残していたら無理やり口に突っ込んでいたのが、どうしたら食べてくれるだろうと悩みながら食べてくれるように調理したり、勉学や修行をさぼり遊び呆ける様にイライラし怒鳴り散らしていたが、躓いているからと察し同じ目線になって共にしたり、いつまでも寝ない子供たちに妖術をかけ強制的に寝させたのが、彼らの父母が子供たちを寝させない私を叱るまで子供たちとお話をしていたり、と私も博麗一家の一員のようになっていた。

 

 楽しい日々。それも終焉は来たのだ。

 

 紫様が言ったのだ。世話係をやめてとある仕事を手伝って欲しいと。

 

 以前なら、即座に命に従うため世話係を辞めただろう。だが、分かりましたという言葉だけの即答すらできなかった。私の名を呼んで笑いかけてくれる子供たちから離れたくないと思っていたのだ。いたずらをしている時だって構わない、泣きべそをかいていたって構わない、最後はなんとも愛らしく私に笑ってくれる子供たちから離れたくなんてなかった。一時だけとはいえ嫌だった。

 

 食事のとき、おいしいといいながら笑う顔をずっと見ていたい。勉学や修行で辛くとも励んでいるとき、よく頑張ったなとちゃんと褒めてあげたい。遊ぶとき、怪我しないよう見守って一緒にもっと遊んであげたい。眠るとき、悪夢を見ないよう子守唄を歌ってあげたい。

 

 まだまだ、やってあげたいことがある。私がいなくなって悲しそうにする子供たちが目に浮かんで、苦しくて堪らない。何度か、紫様の元へ行くため彼らから離れたことがあったが、それから帰ってきたときの寂しかった、会いたかったと口でも態度でも表して、くっつき虫になる子供達の姿も浮かぶ。

 

 離れたくない。

 

 子供たちが、大きくなって。好きな人が出来て。結婚して。子供を作って。おじいちゃんおばあちゃんになって。大往生で眠りにつくまで。ずっと、ずっと傍にいてやりたい。

 

 なにも、これからずっと彼らから離れるわけではないことは説明されて分かっている。けれど、そのときの私にいつもの冷静さはなかった。

 

 紫様は悩む私を困ったようにしていたが、強制的に離してしまった。

 

 お別れの言葉すら出来ずにお別れをしてしまったのだ。子供たちの泣き顔が浮かんで止まない。苦しくて苦しくて堪らなかった。

 

 けれど、命には逆らう気は元々なかった。私は紫様の式なのだ。そのおかげで、子供たちと会えた。そのせいで、子供たちと離れた。

 

 そして、またすぐ会えるということはなかったのだ。仕事は現在まで内容は変わりつつも続いている。

 

 そうして数年後、『春雪異変』で開いてしまった幽明結界を修復中に脱走した幽霊達を捕まえて連れ戻して来た夢蔵とようやく再会を果たしたのだ。

 

 

 

 

 小さな頃、見上げていた背を今は越している。

 

 大きくなった俺は、藍よりも強くなっているはずだ。子供の頃は、簡単に尻を叩かれていたが、そんなヘマもやられる気も毛頭ない。

 

 だから、一人前の男として見られるのも当然のはずなのだ。酒も飲めるし、嫌いなものも食べられるようになったし、次代の『博麗の武士』としても立派だとも言われている。

 

 それゆえ、初恋を実らせるのは十分であるだろう。大体、初恋というものは異性の親らしいが、俺は藍だった。特に深い理由でもないが、気づいたら好きだった。そう気づいたのだ。藍がいなくなった後に気づいたものは、幼くも叶えられないものだろうと思ったのは当然だ。女性というものははっきりとどういうものかは分からないが、その発展途上段階の女の子のことは良く分かっていたからだ。俺の妹である霊夢を筆頭に良く分かる教材はあるのだから。色々個性はあれど、根本はどの子も同じ。

 

 女と男は違うもの、だということ。

 

 何を当たり前と思うが、これをちゃんと理解するには勉学だけでは成しえない。会話など接しあわなければ分からないのだ。子供の頃から女の子というのは複雑に出来ている。男が単純というわけでなく、女が複雑すぎるのだ。活発だろうと大人しめだろうと、彼女らは自分を一番に良く見て欲しいというところがある。男もそうだろうというが、女の子はそれを綺麗に見せるのが上手だ。おふくろが言うには、女の子は生まれたときから女らしいが、そう言葉は非常に正しいのだろう。男のようにふざけていても、叱られるときは一番反省してますという様を見せるのではなく、私はしょうがなくやったんです感を意図的であれなんであれ自然にやるのだ。俺が見てきた女の子の中で、こうしていなかった女の子はいなかった。前者のように謝れば一番の悪と断定されるだろうが、後者であればこの子は悪くないのかなと判断されるのは茶飯事だ。悪を被ろうとする子もいたが、結局擦り付けていた。

 

 男の場合は、馬鹿だろうと計算高くいようと、自分が悪かったと謝る。女の子はそうではなかった。そういう態度だから、これだから女は、という輩もいる。そこで拗れると面倒だが、俺はそういうのではなかった。良く観察し勉強していたのだ。なにも真似する気はない。自分の性分に合わないし、そういうのは ない と思ってもいた。なら、何故、そうしていたか。藍の好みに合うようにしたかったからだ。

 

 自分から直接聞いたわけではないし、本人が好みがどうとも言っていなかったが、おふくろが言っていた、女は自分を分かってくれる人が好きという言葉を今も信じているのだ。

 

 初めから藍を観察しろと言われるだろうが、自身の初恋に気づいたのは彼女がいなくなってからだ。本番相手がいないなら練習相手しかいないだろう。

 

 観察し勉強した俺は、女と男は違うもの、と理解した。違うならば相容れないということはない。今も俺が生きているように、違うけれども、すれ違い続けているわけではないのは確かだ。すれ違うこともあろうが繋がるときもあるのだ。その繋がるときが長い者たちが、恋仲となり夫婦となるのだろう。そうなってから、すれ違いが増えて終わってしまうこともあろうが、あったことは変わらない。一本の糸ではなく、もう一つ糸があって、それらが絡まらないように上手く繋がったとき他人から近くなる。あらゆる糸がある。その中で、絡まらないことはないし、繋がらないこともない。多種多様にあり、七転八倒するもの。その糸を途切れないように紡がせるには苦労する。一本の糸のまま生涯を終えるものはきっといない。

 

 故に、赤い糸というのは目には見えないけれど確かにあるはずだ。

 

 そうして繋いだ。今度こそ離れないように結んだ。

 

 それも、離れ分かれたことがある。

 

 一度は、子供の頃。それは赤い糸というわけではなかったが、繋いでいたものは分かたれた。再び繋いだのは、俺がすっかり大人になったあとだ。

 

 それも、分かたれた。

 

 もう繋ぐことはないと諦めることは出来なかった。藍の傍から二度と離れたくない、別れの言葉も言えないさようならは嫌なのだ。

 

 だから、もう一度繋いだ赤い糸は結んだまま離れないように。強く結び、何度も結ぶ。

 

 まるで絡まっているようにぐちゃぐちゃで不恰好に見える二つの赤い糸。それが、俺たちの正しいあり方だ。

 

 途切れずに紡ぎ、繋げ、結ぶ。

 

 終わる気はない。ただ、好きな奴とは一緒にいたい。

 

 子供の頃の恋は成長しているかは知らん。大人の恋愛の仕方など分からん。

 

 こんな格好がつかないから一度分かれたのかと知っても意味がない。

 

 子供のころからの恋心を舐めるな。ずっとずっと、初恋を忘れなかった俺を舐めるな。

 

 格好つけられないほど、お前が好きなんだ。子供のままでいられないんだ、藍が好きなんだ。

 

 

「お前が好きだ、藍」

 

 

 結んだ赤い糸を解くことはやめよう。

 

 

 

 

 夢蔵と藍の愛は酷く不確かである。

 

 夢蔵は初恋の相手を藍とし、それを実らせた。けれど、それは一度壊れたことがある。

 

 一度実らせたものは、陳腐な恋愛物語。口に出すまでもなく陳腐と感じるもの。藍は保護者としての観点でしか見ていなかった。それ故、夢蔵との仲もなかなか進展しない。それどころか、ちゃんと一人の男としてみていなかったはずだ。愛し愛されはしていたが、それは男女の仲というものではなかったのだ。藍から見れば、たとえ自分より背が高くなろうが強くなろうが、幼い頃の夢蔵の印象が晴れない。それもそうだろう。彼とは、幼い頃のときほど一緒にいた時間はいまだないのだから。ダダをこねる姿も、いたずらっ子な姿も、泣きべそをかく姿も、そういう幼い【子供】時代の姿の方が、目に焼きついているしよく理解している。大人になったとはいえ、そう知っているからこそ【子供】としてでしか見れなかった。だからだろう、夢蔵の恋は実らせさせたが、終わらせるのではなく《壊れた》のは。

 

 年の差での恋愛事情は昔からそう珍しくはない。恋歌が盛んに行われる平安より前からそういうものはあった。互いに惹かれてから始まるものはごく僅か。どちらかが気になってからが始まり。夢蔵たちは後者の方。年上が年下を恋愛対象にするには、条件や柵が付きまとう。自身と相手の年齢であったり、世間体であったり。年下は、そんなこと知ったこっちゃないというブレーキを破壊して突進してくるのがほとんど。夢蔵もコレに当たる。

 ――愛してるなら、どうだって構わない。そういう姿勢だからこそ、《壊れた》。ある程度はそれでいいかもしれないが、ずっとではそうなるのが道理だ。石橋も叩き続ければ壊れるように、いくら強固であれど壊れるものは壊れる。

 

 面倒くさい言い回しはここまでにしよう。

 

 率直に言えば、夢蔵は女に夢を見すぎて藍との仲が壊れたのだ。

 

 誰だって他人に夢を見る。――これぐらいはしてくれる、これなら許してくれる。そういうものは接していくうちに、自分の理想と相手が違うという齟齬が起きる。当たり前だ。相手は自分とは違う生き物なのだから。自分に都合がいい存在が欲しいなら、夢を見てるだけにしろというもの。それを受け入れるか、それとも理想を押し付けてくるかで差は非常につけられる。全て受け入れろというわけではない。嫌だなと思うところを我慢し続ければいつか爆発する。ときには、こうしてくれないかという提案することも大事だ。そうすれば、相手も考慮してくれたりするし、あなたはこうしてね、と長続きする秘訣になる。けれども、初めからそうできる人はそうそういない。頭ごなしにこうしろと命令口調で言ってしまったり、デリカシーに欠けて愚痴のように言ってしまったりと、そうすることで仲が終わることは珍しくない。お分かりだろう、夢蔵と藍は理想の押し付け合いだったから壊れたのだ。

 

 夢蔵は初恋であり恋愛経験はないものの、女をよく観察し適した対応を学び実行してきた。だからこそ、ファンクラブなるものが出来ている。けれども、全力で女にぶつかったことはなかったのだ。不快に思わないように計算し対処し為す。そういう一連の動作は、非常に億劫だ。疲れもする。だからこそ、藍には全力でいってしまった。自分のやりたい放題にしてしまったのだ。藍に都合があっても、それを無理やり手伝って一緒にいたり、一人の時間も必要だろうにそれを考慮せずにひたすら傍にいたりと、数々のアウトなことをやってしまった。

 

 藍も理想を押し付けていた。それに違和感を感じるものはいるだろう。けれど、本当のことだ。夢蔵は成長したというのに、いつまでも子供に接するようだった。長く生きた彼女は男との付き合いをよく心得ている。男女の仲になり、色々してきている。綺麗なこともあれば汚いものもあっただろう。だから、綺麗なことであり続けるようにしてしまった。恋愛は綺麗なままではいられない。そして、相手は子供の頃を知っている夢蔵だ。どうなろうと、恋愛『ごっこ』しかできなかった。成長した【男】の夢蔵ではなく、おままごとのようなごっこ遊びを【子供】の夢蔵としていた。

 

 そして、壊れた。

 

 疲れたのだ。恋仲であれなんであれ、一緒にいて疲れることもあろう。けれど、蓄積すれば発散する。そういうこともできず、溜めに溜めて壊れた。そうなったのは、愛交渉をしたときだった。べつに性交渉ではない。キス程度のものだった。する前に壊れていればまだマシだったもの。けれど、壊れたのはした後だった。傍からみれば、このまま仲が続くだろうという様子だったが、し終わった後に互いに感じたのはとてつもない疲労感だった。それで二人は解ってしまった。

 

 ――好きじゃない、と

 

 お互い、夢から覚めた気分だった。ちゃんと好きであるはずだったのに、心が冷めていく感じは誤魔化せない。相手が好きなのかと問われれば、二人とも即座に好きだと応える。このときもそれは変わらない。だが、熱くなるはずの心は急激に冷めていく。

 

 そう、《壊れた》。

 

 修復は不可能。もう新品を用意するしかない。なんなら、再利用してからのものでもいい。

 

 即座にその判断は出来なかった。だから、二人は一度壊れ、離れた。笑顔で別れたのだ。言葉にはしない。ただ二人だけには壊れたことを理解し、離れた。

 

 

 けれど、今は再び共にいる。愛し愛されの仲、理想を押し付け合う仲。ちっとも変わっていない、わけではなかった。

 

 夢蔵の全力を変えたから、再び繋がっている。

 

 初恋と童貞を拗らせた妄想を止めた。愛するなら、藍というのをちゃんと見だした。幼い頃の、思い出補正フィルターというなかなか取れないはずのものを取ったのだ。接し方も丁寧に、けれど時折乱暴にならない程度に強く、藍を愛していることを全力で伝える。そうなれば、藍も意識を変える。いつまでも子供であるという考えが抜けないのが、解され取っ払われた。そうしても、すぐに男として見れるわけにもいかない。どんなに接していても子供の頃の彼の姿を思い出し、その頃のような接し方が直らなかった。これは一度壊れたときもそうだった。が、夢蔵は努力した。藍の見てきたどの男たちより随分黒い恋情を隠して隠してゆっくり開放していく。独占欲、支配欲によく似た、藍に対する紛れもなく真っ直ぐな愛情。壊れたときは、それをとても綺麗に見せていた。藍が夢蔵を【男】としてみないが故のダダだ。それを、幾多の男と接してきた藍でさえ“黒い”というのを見せてくる。恋愛は綺麗だけではないのをよく知っているからこそ、それがなんとも“嬉しい”と感じた。夢蔵の恋情をようやく理解できたのだ。それまでは、夢蔵の恋情を理解したつもりでいただけだった。ごっこ遊びは藍から始めたものだったのにようやく気づく。

 

 そして、黒いままの恋情は二人を再び結んだ。

 

 

「夢蔵」

 

「どうした、藍」

 

 

 二人くっついて木に寄りかかる今を見れば解るだろう。

 

 

「キスがしたい」

 

「…あぁ」

 

 

 あの藍が強請ってくれる。熱くなる心はよく知れよう。

 

 大人の色気の中に恥ずかしげに見せる少女のような色気に意識がやられる。目と目が合うことでさえ愛撫のようだった。目蓋が下りてしまえば、前戯を始めてくれと言っているものだ。

 

 

「ん…」

 

 

 触れるだけ。

 

 なんども触れる。

 

 

「ふ…ぁ、夢蔵…」

 

 

 夢蔵が藍を魅力的だと思うように、藍も夢蔵が魅力的だと思っている。藍からすれば、これさえ体験したことがあるだろう。けれど、夢蔵とするとまるで初体験だと感じるのだ。男に自分の名前を呼ばれるのも、男に触られるのも、男を感じるのも。

 

 

「藍」

 

 

 男が藍の名を呼ぶ。それだけで、愛していると伝えてくるのだ。

 

 

「藍」

 

 

 低くなった声は、聞かせるだけで藍を愛していることを解らせ犯してくる。

 

 

「夢蔵、あのな…」

 

 

 犯してくるのは藍も同様である。少し低めの掠れたアルトは、耳だけではなく脳を犯す。

 

 

「分かってくれ、私はな…。お前が、な…」

 

 

 続く言葉はなんなのかは分かっているが、是非に聞かせて欲しい。この確かにあるはずの恋情は止まることはないのだから。

 

 

「すき、なんだよ…」

 

 

 幼い夢蔵とは完全に別れた瞬間だった。

 

 さようならは今ようやく言えた。別れの言葉ではないものだが、別れの言葉だ。ごっこ遊びは終わり。かくれんぼも鬼ごっこも、おままごとも終わり。

 

 

「すきなんだ」

 

 

 泣くほど悲しいけれど。あの時、何度も泣いたけれど。悲しくて悲しくて、泣いたけれども。

 

 

「俺も好きだ、藍」

 

 

 愛する男がいるから、もうこの悲しさとはお別れするべきだ。

 

 涙が静かに流れる。夢蔵はそれを優しく見守り、微笑んでいる。

 

 

「あぁ、幼い頃の夢蔵(お前)とはさようならだ」

 

 

 無邪気に笑っていた頃の顔を、今の大人びた男の顔に変えた。

 

 

「だから、これからよろしく夢蔵(愛する人)

 

 

 ようやく愛は生った。

 

 

「とんでもなく愛するよ」

 

 

 その藍の言葉に黒い恋情は純化されかかった。

 

 長年拗らせたものだ、やすやすいかない。黒いままでいないと困る。だって、幼い頃の夢蔵()とさようならできないから。

 

 

「なら、どうにかなるほど愛するから」

 

 

 確かなはずの恋情はちゃんと黒いまま応えられた。

 

 ようやく繋がったこの赤い糸、繋いで、紡いで、結ぶ。俺が最後の男だ。藍が最初で最後の女だ。

 

 

 さようならはしないから。

 

 

 互いにそう言って、二人の時間を作り続ける。

 

 

 まるで夢心地だ。このまま眠ればいい夢が見れそうじゃないか。夢を見るのは楽しくて仕方がないな。

 

 

 

起きることを止めようかな

 

視界を白くする

 

視界を黒くする

どれぐらいのヒロイン数がいい

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