頭ふっわふわな短編集   作:サラダ豆乳パン

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主人公の名前は、舞堂刀兵衛(ぶどうとうべえ)

ルートが二つあります


東方Project 博麗霊夢・高麗野あうん・魂魄妖夢・東風谷早苗・古明地こいし・稗田阿求・茨木華扇でハーレム(霊夢&あうん落ち)※二つに分岐します

 いつも以上唐突に、霊夢の母である先代巫女を紫が藍まで使って拉致った、とある日。

 

 

「はー、やっぱり茶ってのは緑茶に限るぜ」

 

「そうね」

 

 

 そう、縁側で年頃の少女達が婆臭く茶をしばいている。ご丁寧に煎餅まで添えて。

 

 

「あぐっ。お、今回のあたりだな霊夢」

 

「あんたに先に毒見させてよかったわ」

 

「なっ!? 通りでいつもは先に食いつくはずなのに、と思ったぜ」

 

「そもそもあんたが持ってくることは、ヤな事しかないんだから当然でしょ」

 

 

 まだ警戒している霊夢は煎餅のにおいをかいでいる。魔理沙は泥棒―本人は借りているだけらしいが―だけでなく、魔法薬を研究したり作ったりなどもしているのだ。鼻や味覚がバカになっている可能性は十分にある。遅効性の不味さがあるかも知れぬ、と少しの間に霊夢は煎餅を隈なく見回したりして魔理沙の様子をひっそり窺った。

 

 

「研究の息抜きに来たらそうされるなんて、お前はひどい奴だぜ」

 

「はぐっ。研究が上手くいくように祈祷はいかが?」

 

「遠慮しとくぜ。私は呪われたくないしな」

 

「ふふ。今から呪うわ」

 

 

  少女達の和やかな会話。平穏である。手や足が何やら急がしそうであるが平穏である。取っ組み合いをしているように見えるが気のせいだ。

 

 

「霊夢さーん。刀兵衛様がいらっしゃいましたよー!」

 

 

  霊夢とその母に微妙にこき使われているあうんが来客を告げる。掃き掃除をしていたのだろう。箒を手に客人と共に霊夢たちの方へやって来た。

 

 

「よ、刀兵衛」

 

「あぁ」

 

 

  言葉の端がかすれる感じの独特な発音の男性が、魔理沙に応じる。霊夢といえば乱れた髪や衣服を整えている。顔には引っ張られた後が残っているので、完全には見た目が整えられていない。

 

 

「おじさん、久しぶりね」

 

「たった三月半だろう」

 

「人間の方には長いと思われますよ、刀兵衛様」

 

「そうだったか」

 

 

  男性、舞堂刀兵衛は仙人である。どこぞの説教臭い仙人とは違って、博麗神社近くの山にある自宅にほとんどいるのだ。食料や日用品など人里に買い物にいく事はあるが、先も書いたとおりほとんど自宅にいる。そこで何をしているのかといえば剣術、弾幕、格闘技といった鍛錬と修行である。たまに外出するが、それは幻想郷の状況確認や貧乏神社、いや博麗神社に賽銭をいれたりするぐらい。仕事はどうしたといわれるだろうが、ちゃんとしている。職業:仙人(優雅なる自由業)ではない。仕事は、たまに来る森近霖之助からの依頼である。彼の店、【香霖堂】に運ぶ“外の世界からの流出品”の輸送の護衛だ。それで、高額の報酬を得ているのだ。霖之助のような物好き以外には、ただのガラクタであろうが、彼から見ても微妙なものでも正当な給金を支払ってもらっている。博麗親子を養えるくらいは、懐が温かい。

 基本的に一人でいることが多い。理由は、興味の対象外である会話には積極的に参加しないばかりか、突き放す物言いをするからだ。老若男女問わず、どうでもいいことは心底どうでもいいのだ。壁にでも話していろとか、興味ないねとか言ったのかもしれない。

 

 

「賽銭は賽銭箱に入れとくか?」

 

「ここは神社よ。そうしてくれないと賄賂になるわ、おじさん」

 

「同じだろ?」

 

「違うわよ。ホント呪うわよ、あんた」

 

 

  刀兵衛は言われた通り賽銭箱に向う。その間に、霊夢は新たにお茶と菓子を用意する。せかせかとしていて、普段のだらけた様子は何処いったのかと首を傾げたくなるものだった。魔理沙が手をつけないよう、あうんは見張り役である。お茶と菓子を守護らねば!

 

 

 

 霊夢が刀兵衛専用の茶と菓子を出し、彼をもてなすことはいつものことだった。先ほどのは魔理沙の珍しい手土産ついでに、勝手に彼女が茶を入れただけだ。刀兵衛には茶や菓子を出すし、異変解決後は宴会に誘ったりもしている。理由は賽銭と異変解決に協力してくれる恩返しとだという。霊夢が幼い頃からの知り合いだ。世話にも現在に至るまでなっている。友達以上の親しさがあるということだ。霊夢の普段より表情や言動が柔らかめなのが、友愛以上親しさ以上のものを感じるが。

 

 

「そう言えば、刀兵衛。阿求がお前のこと探してたぜ」

 

「いなかったことにしろ」

 

「そんな冷たくしてやるなよ。お前のこと知りたいだけだろう?」

 

「魔理沙さん、知らないんですか?」

 

「何が?」

 

「えっと…」

 

 

  と、あうんが刀兵衛に視線で伺いを立てる。刀兵衛は自分の頬の火傷痕を撫でただけであった。

 

 

「刀兵衛様の武勇伝を書物に記したいんだそうです、彼女」

 

「武勇伝? こいつの? おいおい、こいつ、自分のこと書かれたら余計引きこもるぞ」

 

「引きこもるという言い方は止めて下さい、魔理沙さん!」

 

 

  いつの間にか早苗がやってきていた。きっと索道で来たのだろう。

  だいぶ他人と付き合いの悪い刀兵衛を擁護する言葉を出すのには理由があった。それはとある日、守矢の信者達、狂信者と変質者交じりのストーカーに誘拐されそうになるところを、察知して現れたヒーロー、否、刀兵衛によって救出されるという事件があったのだ。その後は刀兵衛の『相手を思う事も大事だろうが、まず自分を大事にしろ』という言葉の内にある優しさに惹かれ、それ以来は刀兵衛がよく立ち寄る博麗神社に来て、その度に通い妻のように彼にアプローチをしている。ちなみに、刀兵衛が退治した信者達は八坂神奈子と洩矢諏訪子の二人に引き渡し、引導を渡されている。

 

 

「じゃあ、なんだよ」

 

「隠遁です」

 

「引きこもりと変わらないぞ」

 

「ち・が・い・ま・す! 舞堂さんには、あるんです! こう神聖さが!!」

 

「神聖さ~?」

 

 

 あうんに見守られつつ、霊夢の近況報告を聞きながら茶と菓子を頂く、黒髪ポニーテールの刀兵衛を魔理沙は胡乱に見る。黒色の着物と灰色の袴、同じく灰色の羽織を身につけ左腰に二本の刀を差す男。頬にできた火傷痕がこちらから関わることを遠慮したくなるが、性格も明るい方ではないため余計そうなる。興味の対象外の会話には突き放す物言いもするのが更に。

 

 

「典型的なひきこもり野郎っぽいなぁ」

 

「なんでそうなるんですか! こう、優しいところがあるじゃないですか。私を守ってくれたり、あの事件が起こった後はしばらく警備してくれたり、里であったら荷物持ってくれたり…」

 

「お前に対してじゃないか」

 

「私“だけ”に? そ、それって!?」

 

「あんただけなわけないでしょ。頭沸いてるの、あんた?」

 

 

  暴走しそうになる早苗を止めたのは霊夢だ。あうんは参拝客なのか、人を見つけそちらの方へ歩いていた。霊夢の相手をしていた刀兵衛といえば、肩に子供を乗せて人力ジェットコースターをしている。事案?

 

 

「刀兵衛お兄ちゃん、もうっと早くできる?」

 

「いいだろう。振り落とされるなよ、古明地妹」

 

 

  キャー! と嬉しい悲鳴を出して乗客になっているのは古明地こいしだ。妖怪なので事案ではない、合法である。【地霊殿】の異変時、偶然にこいしが散歩を終えて地霊殿へ戻って来た時、刀兵衛が星熊勇儀に圧勝したところを目撃した。そして、興味を持ち勝負を挑むが完敗。古明地さとりから事情を聞いていた刀兵衛に『生き物の心には光と闇の2つ存在している。しかし、全てを諦めて生きるのは まだ早い。お前には、帰る場所も、待っている家族もいる』という言葉を聞かされてからは希望を持ちはじめた。その後、現在は刀兵衛が立ち寄る博麗神社に来ては、兄のように刀兵衛に甘えている。が、魔理沙を含め他の人はそんなこと知らない。こいしがいつの間にか刀兵衛になついてるという印象だった。事案ではない。繰り返す、事案ではない。

 

 

 

「ほら! 子供にあんなにお優しいじゃないですか」

 

「まぁな~」

 

「責任感もしっかりあるんですよ、ああ見えて」

 

 

 背に阿求を乗せた茨木華扇が現れた。彼女を下ろして微笑ましそうに彼らを見ている。

 

 

「そうね。ずっと私の世話をしてくれるの、本当に責任感が強くて参るわ」

 

「えぇ、私たちが子供の頃にした約束をずっと守ってくれるんですから。そこも刀兵衛のいいところですよね」

 

 

 目だけが笑っていない笑顔の鍔迫り合いが行われている。刀兵衛がよく博麗神社を訪れる事を知り、自分も頻繁に訪れるようになっているのでこんなことはもう当たり前になっている。茨木華扇は刀兵衛の幼馴染だ。ここにいる面子で刀兵衛の子供の頃を知っている唯一の人物になる。リードしているとも言える。

 

 

「舞堂さんは、舞堂さんの男らしさが一番の魅力だと思います!」

 

 

 そう声に出すのは、刀兵衛の武勇伝を書物に記したいらしい稗田阿求だ。数々の異変解決に貢献しているのを森近霖之助に聞き、そう思ったらしい。同じような情報は鴉天狗達の妖怪新聞でも見たりしているが、あれは脚色を多分に含むエンターテイメント性の強いものであるから、ちゃんとした物が欲しいのだろう。あの稗田阿求に武勇伝として記したいと頼まれている本人は、いまだこいしと戯れている。その彼を求めここまでやってきたというのに。

 

 

「確かに男らしいところもいいわね」

 

「昔は可愛らしかったんですけどねぇ」

 

 

 当時を思い出したのか、手を自身の腰より下ぐらいに下ろして華扇は懐かしむ。それぐらいの背の頃の刀兵衛と、今の刀兵衛は変わっているのだろうか。当時を知らない乙女達は食いついた。

 

 

「その話詳しく」

 

 

 霊夢、早苗、阿求。犬のような俊敏さで、同じく耳の良さを駆使しあうんも。魔理沙は彼女らほどの真剣さ、気迫はないが、鴉天狗達に渡すネタにしようと聞き耳を立てる。そんな五人に華扇は微笑んだ。

 

 

「いやです」

 

 

 にこやかなのに断固とした意志を感じた。

 

 

「いいじゃない。聞かせなさいよ」

 

「子供の頃から素敵だったんですよね?」

 

「舞堂さんのことをもっともっと知りたいです、華扇さん」

 

「教えてくださいよー、華扇さんー。いじわるは良くないんですよ?」

 

 

 乙女たちの食いつきがパない。

 彼女らが知っているのは、程度の能力を持っていること、仙人であること、身体能力と戦闘能力が高いこと、酒に強いこと。冷たいようで責任感が強いところ。自分たちが惹かれるほど素敵なことぐらい。初恋の相手や、恋愛遍歴、童貞か否かなど。他に色々知っておかなければならないことがあるのだ。傍にいるために。今の知人友人関係では物足りないものがあるのだろう。知的好奇心兼乙女心暴走である。

 

 

「ふふ。“私と刀兵衛だけの”思い出ですから」

 

 

 この仙人、穢れているのでは?

 

 

「なんのお話をされているのですか?」

 

「おー、妖夢。お前も早く混じったほうがいいぞ。出し抜かれちまう」

 

 

 阿求と華扇の護衛として共に来ていた妖夢は、先ほどまで彼女の師と話していた。師というのは妖忌のことではない。師は刀兵衛だ。

 その経緯はこうだ。異変解決にやって来た刀兵衛と霊夢達を迎撃するために立ち塞がる。けれども、刀兵衛との一騎討ちに敗北。解決後は刀兵衛の剣術に興味を持ち、自ら弟子を志願。その後は白玉楼の仕事をしながら、たまに訪れる刀兵衛に剣術の指導をしてもらっている。

 

 そして、魔理沙は華扇たちの様子に、茶と菓子をあらかた食い尽くしたのを機と見て家に帰るようだ。妖夢にそう言いやると、箒に跨り飛んでいく。喧嘩は見るのが楽しいが、飛び火するのは御免蒙るのだ。誰だって、理由のない意地など張らないのだから。だって、こんなに乙女暴走などしているのだし。

 

 

「妖夢。あんたも言ってやりなさい。この女、おじさんのこと教えてくれないの」

 

「舞堂先生の? は、はぁ…、舞堂先生の何を?」

 

 

 妖夢の肩をつかんで霊夢が華扇を指さす。華扇といえば他の乙女たちに対して優雅な勝利を得て喜んでいる。やっぱり、この仙人穢れてますわ。

 

 

「舞堂さんの幼い頃のお話です」

 

「舞、舞堂先生の幼少の頃!?」

 

 

 この馬鹿、と華扇含むその場の乙女たちが口を塞いだが、時すでに遅しであった。

 

 

「俺の子供の頃?」

 

「ききたーい」

 

 

  こいしに肩車をしながらやって来ていた刀兵衛がしかめっ面をしていた。こいしは無邪気に肩の上で揺れている。

 

 

「あー、その…」

 

 

  乙女ズに背を押された妖夢が気まずげに呻く。

 

 

「言わない。話させない。華扇、黙っていろ」

 

「言いませんよ。言いませんとも、私たちだけのお話ですもの」

 

 

  全員シュンとなろうが知ったこっちゃないと、刀兵衛は自分の火傷痕を撫でた。

 

 

 刀兵衛は帰り、霊夢と早苗、あうんを残し、彼目当ての他のメンツも帰っていった。早苗は索道もあるし、敵情調査という心持ちで残ったようだ。 

 

 

「霊夢さんと早苗さんが揃うって、どうなんでしょうね」

 

 

 方や博麗の巫女、方や守矢の風祝。どちらも派閥があるものだ。宗教でもめんどくさい諍いはある。というか元だが、彼女らの場合、早苗が突っかかるのがほとんど。霊夢は柳に風という、知らん、どうでもいい、というスタンス。ムキになるとしたら、お金のことと刀兵衛のことだ。後者のことは早苗もムキになる。

 

 

「なによ。文句あんなら守矢んとこ行けば?」

 

「狛犬さんってドックフードでいいんですかね?」

 

 

 あうんの何気ない言葉に二人はそう返す。霊夢は、大体のことはどうでもいいからそう反応するが、早苗はあうんをペットとして飼う感覚であった。どちらもひどい。

 

 

「ふ、ふつうの食事が欲しいですぅ…」

 

 

 博麗家では、一度犬まんまを提供したことがある。神棚に捧げたり、祈祷したものを。あうんはもちろん泣いた。普通の食事がしたいと泣いた。

 

 と、和やかな会話を少女たちがしていると、霊夢の頭の上の空間が歪む。

 

 

「霊夢」

 

「でたな、紫。って、お母さんも」

 

 

 そう隙間から現れたのは八雲紫、そして霊夢の母の先代巫女だ。どちらも少々余裕がなさそうである。

 

 

「霊夢。ちょっと神社から出るの控えるのよ」

 

「いいけど…。なんで、お母さん?」

 

「ちょっとあるのよ、面倒なのがね。あうん、霊夢をよろしく」

 

「はい、かしこまりました」

 

「じゃ、先代巫女は連れてくわね」

 

 

 用事はそれだけだったようで、すぐ空間が閉じた。三人は首を傾げる。

 

 

「霊夢さんのお母さん、何急いでたんですかね」

 

「うーん…。面倒なの、ねぇ」

 

「異変ですかね?」

 

 

 最近も面倒くさい異変があったが、十以上のものを解決してきたのは霊夢だ。刀兵衛が協力し、他の少女たちも色々したりもするが。

 

 異変を起こす側も解決する側も悔恨残さずに済むということになったのは霊夢からである。それ以前、先代巫女までの間は彼女の巫女服が真っ赤になることも、その頃から協力している刀兵衛が刀だけでなくそうなるのも茶飯事であった。力で上下を決めるのは同じであるが、平穏に済むのは霊夢のほうである。スペルカードルールという弾幕ごっこが始まってから、そうそう不穏なことは起きていないはず。個人間ではどうだか知らないが、幻想郷という範囲で見れば月人が侵略戦争をおっぱじめるということはなく、人間と妖怪の理想郷でいる。妖怪の食事のためにということもあろうが、それは大体示談で終わるのがほとんどだ。基本的に食事として提供されるのが外来人だからというのと、こっそりそういうことで決まっていたというのもある。

 

 だから、霊夢は先ほどの母親たちからした嫌な感覚に、自身の腕をさするのだ。大体霊夢の母は何かあろうと、誰かが聞かなければ何があったのか語らない。霊夢もそういうところがあるが、下処理でも後処理でも躓くことはなかった。それが、あの詰まるような物言い。何かあるのは間違いない。

 

 

「そう言えば聞きました、二人とも。最近通り魔事件があるんですって」

 

「早苗さん関連ですか?」

 

「私関係ないですよ、たぶん…。あちこちで斬り捨てられてるんです。こう、斬り捨て御免って」

 

「はぁ…。皆さん無事なんですか?」

 

「………」

 

 

 早苗の沈黙が意味を悟らせる。血生臭いことだ。

 

 

「で? あんたんとこの信者もやられたの?」

 

「諏訪子様と神奈子様が加護を与えているので比較的少なくて済んでいます。ですけど、ちょっと不穏な感じで」

 

「犯人分かってるんですか?」

 

「鋭利なもので切り裂かれたとしかわかってないんです。しかも複数犯みたいで、同日に三、四人被害者が出たり」

 

「確か鴉天狗が今朝突っ込んできた妖怪新聞にもそんなに出てたわね」

 

「え? 妖怪も範疇なんですか?」

 

「みたいです」

 

 

  妖怪のほうも同様なのだろうか。霊夢は焚き火用にしようとした新聞を尻の下から引っ張り出す。少々草臥れたそれは、中々に凄惨な記事を書き起こしていた。

 

 

「かまいたちだったら傷治すしねぇ…。あ、見なさいよ。ここ」

 

 

 と、見出しと、とある一文を霊夢は指でなぞって見せた。同時に口に出してもなぞる。

 

 

「《犯人は妖怪でも人間でもないのでは? 現場では、筆者含めある人数に謎の精神的異常が起こった。それはそれぞれで意識的高揚と逆のものがあった。学者に聞き及んだところ、麻薬的な作用がある物質が検知されたとのこと。犯人は、その物質が空気中に局所的に集中し、それを長い間吸引したことで頭がおかしくなり乱闘が起こったのではないかと、学者は論じた》…だって」

 

「麻薬的な物質ってなんです?」

 

「そこは…、書いてませんね。空気洗浄機があればこの事件って解決するんですかねぇ?」

 

「河童に頼む?」

 

 

 河童は盟友が犠牲になっているのだ。彼らの技術を駆使し、高品質、高性能なものを作ってくれるだろう。

 

 

「すでに依頼した、と出ていますし使ったみたいですけど、意味ないみたいです。土壌まで汚染しているみたいですね」

 

「科学的な異変なんて解決できませんよ…。私、化学の成績も良かったですけど仕組みとかちんぷんかんぷんですし」

 

 

 霊夢は、これを異変と気付いている。だが、母が動いたのだ。自分の出番はないだろうと、確信した。きっと、彼女が【おじさん】と呼んで親しんでいる刀兵衛も手伝っているのだろうし。と、思うと、背筋に悪寒が走った。

 

 

「あうん」

 

「はい?」

 

 

 霊夢は立ち上がり、刀兵衛のいるはずの方向を見つめた。

 

 

「ちょっと留守にするわ。ちゃんと神社守ってんのよ」

 

「え、は、はい。って、霊夢さん、先代巫女様から」

 

「そうですよ、霊夢さん。どうしたんですか?」

 

 

 二人に返事を返すことなく、霊夢は神社から飛び立った。

 

 

「おじさん。何処へ行くのよ」

 

 

 慣れた気配がまったく感じられなかったから。

 

一旦主の元へ戻ったが、妖夢は里に来ている。新しい菓子屋ができたとのことでやってきたのだ。いつもなら余分に金子を持たせるのだが、今日はなかった。それは寄り道はだめだということである。妖夢を労うために暇をつぶして来い、という意味合いでいつもはお使いなどさせるのだが、今日は違った。なるべく早く帰ってこいと言われたのだ。本当なら出かけずともよい、と言われたのだが、ちょうど菓子がなく仕方がなかった。主は我慢するといったが、せつない顔をさせるには忍びないと思っての事だろう。

 

 

「あら、妖夢さん」

 

「こんにちわ、阿求さん。なにかあったんですか?」

 

 

 普段はお供を影からつけるが、今日、彼らはがっちり阿求を囲んでいる。

 

 

「えぇ、例の事で会議を」

 

「そうでしたか」

 

 

 例の事。あの鴉天狗の新聞に出ていたものである。

 

 

「目星はついているんですか?」

 

「あまり…」

 

 

 里内では妖怪の仕業と見ているということは知っていた。それで【幻想郷縁起】を書いている彼女の知恵が必要になったのだろう。あれは完成されたものではなく編集中のものだ。紅魔館の連中のように新たに参入してくるものもいれば、修正しなければならないもの、まだ記していないものはある。

 

 

「阿求様。そろそろ…」

 

「分かりました。私は濡れ衣を剥がすために行ってきますね」

 

「あぁ、はい」

 

 

 いつもの優しそうな雰囲気を凍てつく氷に変えた阿求は去っていった。先ほどの会話でも穏やかそうな口ぶりなのに、妖夢さえ緊張する何かがあった。稗田家のあの噂は本当かもしれないと背筋が寒くなる。

 

 それを剥がすために意識を変える。つい雰囲気に当てられ、手に掛けかけた刀から手を放す。布団を冬用に変えるべきか悩む季節の風が頬を撫でたのもそうだ。

 

 そういえば、妖夢の師である刀兵衛はどの季節が好きだったろうか、と。何故そんなことを考えたのかは、風が冷たいものだったから。先ほどの阿求の雰囲気に比べては優しいものであったけれど。

 刀兵衛に似合うと思う季節は秋であると考えた。秋はいい。秋は、夏の暑さに辟易していたのが、人肌が恋しくなるような温度になる。関係が深まりやすい季節といえる。冬は体を温めあう季節。そこに行く前に、春の陽気に当てられ会話をするようになったのを、夏の日差しで共に日々を楽しむようになり、秋で恋を実らせる。秋はいい。人々の心を夏より暖かくする季節だ。なれば、刀兵衛にこそ似つかわしい。あの、興味のないことには突き放す物言いがやんわりすることはないけれども、秋になれば互いに近くにいることもなんとなく許してくれるから。軽い打撲程度でも、優しくしてくれるのだから。

 

 刀兵衛のくれる痛みが好ましかった。手折ることなど容易いのに、一度一度長く続く痛みを与えてくるのがいい。秋になれば何処も彼処もそうなる。顔に直接やってほしいものの、そうはならず服で隠れるような部位だけだけれども。それも風呂場で湯水に当たってしみると心持ちがひどく良くなる。とても穏やかに誰かを思うことができる。ジンジン疼く痛みが心を穏やかにするのだ。誰にも施したくない痛みがいい。秋のように人肌に染み込んでくる温度は、刀兵衛だからこそ与えられる。霊夢や魔理沙ではこうはならない。枯葉が落ちるように、静かに沈むような痛み、そして、舞うように哀し気に踊る痛み。それは刀兵衛だけが与えてくれる。

 

 そんなことをつらつら考えて歩いていたら、いつしか目当ての菓子屋の目の前まで来ていた。

 

 前に、稽古で打たれた右わき腹を擦りながら入る。痛みが心地よかった。

 

 背筋を丸めそうになる風が後ろで舞った。秋らしい、人を恋しくさせる風が。

 

 

「舞堂先生はどのようなお菓子がお好きなのだろう」

 

 

 いつか、刀兵衛がこの風に包まれながら妖夢自身に致命傷を与えてくれるといい。傷つけたくないのに傷つけてしまった、という確かな痛みを刀兵衛と二人で感じられるようにと。それこそ剣士たちらしい恋模様であるのだから。

 

 

 

 

 役場は老若それぞれ集まっていた。上座に阿求が座ると、一同はいったん静まる。

 

 里長が軽く挨拶し、他の代表もそれぞれ、どこそこの誰それと言う。これから行うのは会議だ。

 

 

「まず、此度の事件の発端の説明を願えますか?」

 

 

 いつもの穏やかそうな雰囲気はなく、稗田家当主として厳かな空気をまとった阿求が話を進めるようだ。

 

 事件は、三月半前ぐらいに最初に起こったらしい。それで死んでいたのは木っ端妖怪だったので、明確に事件とはしなかったものの、鴉天狗の新聞に載っていた異常があったようだ。妖怪同士の小競り合いで終わるべきはずのものは、いつしか被害者を増やしながら人間にまで被害者になった。事件の起こる間隔は不確定で、一日に三度も起こったものが三日に一度であったり、被害者数も一人であったり四人であったり、起る日も昼夜決まりがない。犯人の目星として見た妖怪が殺されても事件は続いた。

 

 

「被害は妖怪も交えて六ほどですね」

 

 

 もっといるのだろうが、今回の集まりで必要な数字はそれだった。被害者の原型がないもの限定の話だ。異常に当てられその場で行動したものもいたが、大体は抑えられているらしい。

 

 一人が言った。これは妖怪の仕業で間違いない、と。その声に、自分もそう思うという声が幾度も上がる。どの妖怪かは分からないが、その線で間違いないだろうという見解だ。【幻想郷縁起】に書かれていた妖怪を数知れず上げていく。付喪神の仕業や、狐狸の仕業いったもの。だが、どれもこれも被害者、加害者両方いるものの明確に犯人とは言えない。

 

 一人が言った。もしかして、あの男では、と。

 

 

「あの男とは?」

 

 

 舞堂刀兵衛の名が上がった。あの男が怪しい、と。

 

 

「何故、そう思いますか?」

 

 

 一人が、刀を持っているから、と言った。次々言葉を続ける。人に対して冷たいのは人を恨んでいるから、と、妖怪以上の力を持っているから、と、妖怪に魅入られて殺して回って自身の愉悦を満たしているのだ、と。その一人につれ、周囲からも、刀兵衛が犯人ではと疑いを持つ声が上がる。あちこちに。やれ、邪仙なのだろうと、実は妖怪であるのだと。

 

 阿求は微笑んだ。

 

 

「そうですか。では、貴方」

 

 

 口火を切った一人を指さす。

 

 

「私を斬れますか」

 

 

 一体何を言うのだろうか。一瞬固まったが、即座に首を振る。

 

 

「どうして斬れないのですか?」

 

 

 それは貴女様が稗田阿求様であるから、と答える。阿求はその答えに鼻を鳴らした。

 

 

「舞堂さんも私を斬れません。貴方方も、同じく。どんな理由があろうとね」

 

 

 周囲がざわつく。それでもよく通る可憐な声。

 

 

「舞堂さんは、男らしい方です。それがどういう意味かお分かりですか?」

 

 

 一同が顔を突き合わせても阿求の言っている意味が理解できない。男らしい、とは力が強いとか、男前ということだろうか。困惑を露わにしながら一同は頭を悩ます。

 

 

「舞堂さんの男らしさ。それは“優しさ”というのです」

 

 

 ざわめきはしなかった。阿求が許さなかったのだ。

 

 

「“優しさ”と“男らしさ”が何故同じであるか、分からないようですね。 …優しく在るには、どうすれば良いのでしょう。他者を思える? そんなのは当たり前です。では、情が深い? 前提条件です。他には、何があるでしょうか。素直であること? すぎるとどうなります、互いに火傷だけではすみませんよ」

 

 

 一同は黙るしかない。阿求の声は静かだけれど、口をはさむなと圧があるのだから。

 

 

「では、男らしく在るには、どのようであればいいのでしょうか。強さ? 逞しさ? 気前の良さ? どれもこれもそれらだけでは足りません。強さが欲しければ血反吐を吐いて足掻きなさい。逞しさが欲しければ泣き言を言おうと行動なさい。気前の良さが欲しければ明日も笑えるよう稼ぎなさい。そのようにしても舞堂さんのようには成れませんが」

 

 

 阿求は笑った。とても冷たく、美しく、薄氷なような笑み。一同に対する警告であった。

 

 

「舞堂さんの##RUBY#“男らしさ”#“優しさ”##とは、“閉じていること”です。誰かを思うのに、心を開く必要はないのです。だって、救われたいなら表に出したりするでしょう? 隠していても滲み出る。救うならば、救う相手を金銭であれ、人生であれ背負う必要がある。ひどい労苦です。裏切られる場合もある。弱音など吐くなと謗られるのなど常。だからこそ、閉じていなければならない。責任をもって相手を救い上げるために。閉じていなければ、自身から、他者からの雑言に気を取られ、摩耗し潰れてしまう。閉じることで“必ず救う”と定め続けれるのです」

 

 

 一同の心臓が冷たくなる。

 

 

「誰かを救うためには責任を持たねばなりません。死んでもいいという逃げは許されない。もう止めたいなど言っても無駄。今まで私が知っている拷問で、誰かを救うなどという拷問ほどひどいものはありません。だって、満足しきれなくなるんですから。その行為が善だけのものではないのです。偽善です。自分が満足するためのものです。それが、満足できなくなるんですよ。次は次は、と涎を溢れさせながら強請りだす。傲慢さというのはこれですね」

 

 

 心臓が冷たく脈打つ。

 

 

「だから、閉じる。それでも、舞堂さんは自分のためにじゃないんですよ」

 

 

 満面の笑みはなによりも恐ろしかった。

 

 

「“私や、貴方たちのため”に」

 

 

 目が離せない。瞬きを言葉だけで封じられていた。

 

 

「“私たちを救うために舞堂さんは閉じ続ける” それが、どういう意味か。“一人でいなければならない” ということ。なんと、なんと…」

 

 

 阿求は両手を胸の前で静かに握った。それだけの仕草なのに、誰もが身体を震わした。

 

 

「可愛いらしいのでしょうね」

 

 

 乙女の吐息は熱く、重いものであった。

 

 

「であるというのに、舞堂さんが犯人と?」

 

 

 そのまま阿求は熱に浮かされたまま言う。

 

 

「ふふ、愚かね…。舞堂さんが犯人ではありません。私の家のもの、妖怪の賢者様が把握しているものがこれです」

 

 

 傍に控えていた阿求の側仕えが報告する。アリバイ証明だ。

 

 

「この村のものが犠牲になった日も、妖怪が犠牲になった日も、舞堂さんが犯人である証拠は一つもありません」

 

 

 両手を解き、手を一同に向ける。

 

 

「舞堂さんは犯人ではありません」

 

 

 一音一音ハッキリと言う。一同はうわ言のように繰り返した。

 

 

 

 

 早苗は守矢神社に帰り自室にいた。霊夢が飛び出してから居座るという気にはなれなかったのだ。

 

 少女らしい小物を少し飾った机を前に一つ考えた。霊夢が刀兵衛がいるであろう山を見た後に飛びだしたのは、一体何故だろうと。

 

 考えながら、机に飾ってある写真立ての一つを手に取る。現世の頃の写真や、神奈子や諏訪子と撮ったものではない。刀兵衛と早苗が並んでいるものであった。早苗は満面の笑みだが、刀兵衛は写真の方に向いているものの仏頂面でピースサインも何もしていない。だが、二人の距離はとても近かった。これ程の距離は今はない。この写真はお守りのようなものである。早苗誘拐未遂事件から少し経って撮ったものは、今見ていてもにやけ顔が止まらなくなる。

 

 

「舞堂さん…」

 

 

 刀兵衛の輪郭をなぞる。薄いガラス越しに指を滑らす。つむじからゆるゆると。

 惹かれる前ならば、指紋がついてしまったことから色々諦められたろう。が、早苗はもうそれすらできないだろう。

 

 『相手を思う事も大事だろうが、まず自分を大事にしろ』。刀兵衛のその言葉が、ふいに耳の奥で脈打つ。

 

 相手を思うことは容易くはない。自分を大事にすることも同じく。刀兵衛はそのような難題を早苗に課した、そう早苗は今になって考える。それは風のにおいが苦いからだ。

 仲良くなったと自負できるが、相変わらず突き放す物言いをされることもある。惹かれてから通い妻のようにアプローチしてはいるが暖簾に腕押しなことはもう当たり前になっている。自然に近寄ろうとすれば、目で制されることはよくあること。構わずに特攻するには、早苗の現代思考的に難しかった。

 

 早苗は幻想郷に来る前は普通に学校に行っていた。幻想郷の寺子屋規模ではない。一クラスには三十人以上の人がおり、何クラスもあれば百人などすぐ超える。里の人数など数クラスだけで超えていた。男女も教師も合わせれば、見飽きるほどいる。であるから、男女のあれこれを見ることはよくあったし、早苗も年頃のようなものは同じくあった。

誰々が付き合った。あの子、あの人が好きなんだって。アイドル、俳優のこの人がかっこいい。――等々、友達とよく話し合っていた。そのような思考は現代であったから培われ、そして生きていた。当たり前だろう。時代にそぐわなければ廃される。アレンジしようと大多数に気に入られなければ同様に。

 

 そのような思考だから、あの事件が起きた。信者的に早苗の動きが気に入らなかったのだ。幻想郷も色々試行錯誤はしているものの、早苗がいた現代に比べて古臭すぎる考えをするものが老若揃って一定数いる。気に入らないなら排除しようという考えがなかったわけではなかったのだろう。彼らはだから誘拐なん手ぬるい手を使った。計画的犯行。カタツムリのように動くほどじれったくしつつも勘考し、行動した。だが、それは失敗に終わった。何故なら、刀兵衛がそれを察知して早苗は救出されてしまったからだ。

 

 彼らの視点からすれば、早苗は相手に対する接し方が緩すぎた。老若男女、区別をしているものの早苗は緩かったのだ。それを刀兵衛は早苗がアプローチする前から何とはなしに見ている。だから、察知してからでないと動けなかったのだ。本来なら目が出る前に潰すなりした方がよかったが、早苗にばかり注視してしまっていたのだ。で、起ったのは早苗“が”起こすのではなく、早苗“に”起った。前者なら刀兵衛が出張ることはなかった。母親代わりのような二柱の神や、霊夢が出張ればいい。だけれど、後者だからこそ刀兵衛は動かざるをえなかった。正義感はもちろんあろうが、偏に霊夢のために行動したのだ。

 

 相手を思うことは難しい。勘違いなどよく起こる。

 自分を大事にすることは難しい。気迷うことなど常だ。

 

 だから、早苗は勘違いを起こすし気迷う。

 

 “舞堂刀兵衛は東風谷早苗だから助けてくれた”と。

 

 勘違いでもいい、気迷うことすら厭わない。そんな、まるで道化のような心情。道化でもいい。普段の熱に浮かされたバカな女であるのだって、道化のように傍からは見える。実際、道化だ。近寄れば相手にはされるものの、心の距離が近まったという確信はないといっていい。

 

 相手を思う。

 舞堂刀兵衛を思う。少し恋愛に夢見がちな早苗にとって、彼の態度はそれを汚す。他人との会話で興味がなかったら突き放すなど、コミュ障以上の問題児だ。早苗が会話をしようとしても同様なことはする。多少恋愛経験もあるし、対人関係もあまり問題を起こしたことのない早苗にとって、刀兵衛は難しいものだった。つーと言えばかーと返すというようなお決まりのものさえ、刀兵衛は決まりを守りもしない。だから、相手を思う、ということを理解しようと道化のような態度をとってしまう。

 

 自分を大事にする。

 早苗自身を大事にする。自己に自惚れ気味の早苗にとって、容易いことのはず。容姿がいいし、人を楽しませる話術をそこそこ持っている。目の動き、表情、身振り手振り、声のトーン、どれもこれも普通の人から見て、不快に思うようなことはないといっていい。若い感性で自己を見つめると、自分は完璧と言っていい。信者の方であれ、親代わりの二柱の神様さえ、他の色々な人々、妖怪さえ、手間取ることはない。刀兵衛以外は。だから、自分を大事にする、ということを理解できず道化のような態度をとってしまう。

 

 道化のままでいることなど耐えられなかった。早苗はそこまで図太くない。女でいたい。芸人などなりたくなどないのだ。自分が笑われて好かれるということに不快を感じる。他者を嘲笑うことは現代人の感性からしても捻たものはある。でも、それが自分に当てられたなら、嫌すぎるのだ。

 

 相手を思う。道化。嫌だ。  自分を大事にする。道化。嫌だ。

 最初は、優しい言葉だと感じたのだ。相手ばかり思いやるな、自分のことも思いやれ、という意味だと。その通りだったのだろうが、この写真を見ていると先ほどのようなことが頭を回る。

 

 相手を思うならば、道化で在れ。自分を大事にしたければ、道化で在れ。

 

 あぁ、道化で在れたなら難しくはないのだ。そんなに難しくはないのだ。

 

 写真の中の刀兵衛と目を合わせる。その瞳は静かで、実物はいないのに早苗を見つめてきているようであった。

 

 

「舞堂さん」

 

 

 刀兵衛の首の部分に、爪を立ててしまう。おしゃれで少し長めに整えた爪はギシリ、と指に圧を与えた。

 

 

「舞堂さん」

 

 

 圧を強める。首を飛ばさんばかりに。

 

 

「道化で在れば愛してくれますか…?」

 

 

 刀兵衛は何も返さない。当然だ。本人はいないのだから。

 

 

「『相手を思う事も大事だろうが、まず自分を大事にしろ』というお言葉。私、期待しちゃいますね」

 

 

 勘違いでもいい、気迷うことすら厭わない。

 

 

「私のことを想ってくれてますよね」

 

 

 ピシリ、と。爪と写真立てのガラスにヒビが入った。

 

 

「舞堂さんを思いますから、舞堂さんは私を大事にしてくださいね」

 

 

 ならば、東風谷早苗というありのままの女のままで、道化で在ろう。

 

 

 

 

 

 こいしは、いつの間にか枯葉だらけの場所にいた。いつもの【無意識を操る程度の能力】の所為だ。この能力は、彼女を何処かにやり一人にする。

 

 地面に落ちているどんぐりと落ち葉を蹴飛ばす。銀杏がなくてよかった。あれの果実の部分をつぶすと、とても臭い。

 

 

「刀兵衛お兄ちゃーん」

 

 

 返事はない。当たり前だ。刀兵衛はここにいないのだから。そのことが、どうも今は苛立つ。

 

 

「刀兵衛お兄ちゃーん」

 

 

 少し低めの声で名を呼ぶ。返事などない。刀兵衛はここにいないのだ。そのことに苛立ってしょうがない。

 

 三度目の正直、というのはなんだか違う。運命的ではないから。出会うのなら、ふいに視線があったときとかの方がいい。一番は、気づいたら隣で寝ているとかだ。

 

 少々土混じりに落ち葉を蹴飛ばす。履物に土が付こうが構いやしない。家に帰った時に姉であるさとりに、ため息をつかれるだけだ。

 

 

「生き物の心には光と闇がある、か」

 

 

 さとりのため息を思い出すのが嫌で、刀兵衛と初めて出会った時に言われた言葉を口にする。

 

 

「光ってなんだろう。闇ってなんだろう」

 

 

 光とは善なる心。闇とは悪なる心。そういうもの、かもしれない。色で言えば善が白で、悪が黒。どちらもそういうイメージで、その通り。

 

 

「混じちゃったらどうなるんだろうなぁ…」

 

 

 覚妖怪としての能力は手放している。だけれど、手放すまでに見てきたものは綺麗ではなかった。小さな子供からしわくちゃの老人に至るまで、誰もかれも混じり混じって汚いものがあったのだ。身近な人に対する感情も、誰かをあてにする感情も醜かった。その醜さに耐えきれず、こいしは第三の目を閉じた。刀兵衛の言葉の通りなら【全てを諦めた】とも言おう。

 相手の心が見えるというのは、その人の全てを受け入れているというのだ。けれど、姉であるさとりはそういう全力思考のあるタイプではない。そういうものもあるのね、とりあえず見るわ。という一方だけでなく他の視点でも捉えられる思考力があったから、覚妖怪なんてやってられる。

 こいしはそうではなかった。一部だけでも耐えがたかった。良い感情にしろ悪い感情にしろ、それを誰かに与えればどちらとも攻撃になる。優しい言い方をすれば刺激になるだが、こいしにとっては攻撃でしかなかった。好きという言葉の裏にある下心、嫌いという言葉にある下心。上辺だけでとっても深く読み込んでも、どちらも気持ちのいいものではない。好きだって汚いものがある。例えばあの人のどこそこが好き、と言うのなら、そこがその人のことを嫌いになりやすいところだということがわかってしまう。嫌いだって汚いものがある。例えば、あの人のどこそこが嫌い、と言うのなら、そこ以外も好きではないというのが滲み出ていると気づく。だが、そういうのを妥協して生きていくのから、相手を好きになれるし嫌いにもなれる。そして、関わって普通に生きていく。

 

 こいしは、自分は相手を好きか嫌いか、そういうことを普通にできなかった。

 姉であるさとりが好き、ペットであるお空やお燐たちも好き、地獄にいるものたちもある程度好きである。“誰かから見れば好きだろう”という固定観念で“好き”と定めた。姉だから好き、ペットだから好き。地獄にいるのだから好き。こういうところがいいんだろうな、という誰かの視点で好きと思ってきた。こいし自身にどこが好きか聞けば答えらえる。具体的に言葉を出すときもあろう。でも、どれもこれも薄っぺらい。こいしが好きと感じた温かみが一切ない。それもそうだ。こいしは誰も好きになったことなどないのだから。

 

 そうであるから、当初は刀兵衛に事をどうしようと思ったのだ。

 

 最初は、随分オカシイことを言う男だと思った。生き物の心に光と闇があるなど知っている。であるから、第三の目を閉じた。そうと知っているはずなのに、だいぶ深刻そうに言うので失笑を浮かべそうになった。が、できなかった。第三の目で見なくてもわかる、まっすぐさ。あんなにまっすぐ見てくれたのなんて閉じる前も合わせて初めてだった。姉でさえ、しょうがないと目をつむった。ペットたちは見守るだけ。地獄の連中などそういうものと見送るのみ。誰もかれも優しくはあったけど冷たくもあった。手を取ってくれる者もいた。だけれど、その先はなかった。さぁ、進んで、とすぐ手を離された。期待はなかった。ダメージは最小になったけれど、第三の目すら涙で滲みそうになったことは一度や二度ではない。全てを諦めるには十分だろう。

 

 しかし、希望を持ち始めてしまった。刀兵衛の目と言葉の所為で。

 

 『お前には、帰る場所も、待っている家族もいる』

 

 帰る場所、待っている家族。容易く好きと言えるほど、こいしは子供ではなかった。複雑に長く考えすぎてずっと口に出せなかったのもある。怖くて口に出せなかった。どのように相手は思うだろうと考えると唇が縫い付けられたようになる。怖いのだ。好きと伝えるのが、分かってもらうのが。

 

 だって、大事だって思っているから。

 

 誰だって大切なものから離れてほしくない。光だけの面で見れば【熱愛】。闇だけの面から見れば【盲愛】。光と闇が混じり混ざった言い方をすれば、【偏愛】。二つともいい方向だけで捉えれば、【熱愛】であるならば優しく愛せる。【盲愛】であるから強く愛せる。であっても、【偏愛】ならば、優しくもできず強くもできずに、“壊すしかない”。花を摘む行為と同じだ。優しく愛するならば、枯れるまで育てる。強く愛するならば、根が腐るまで水をやる。花を摘むというのは、“今しか価値がない”と見放すことだ。枯れるさまを見て愛おしさを感じるなど滑稽だと、腐らせるような真似をするなどバカだと、言い放つ。花にとって、花を摘むほどひどいことはないというのに。先の二つは、花の一生を見ている。枯れるまでの経緯や腐るまでの経緯など関係ない。“死ぬ”まで見守った。だが、あれは違う。咲いている時だけしか愛せないなど、滑稽だ、バカだ。

 そういう愛し方ではいけないと思ったから。自分の視点では愛せなかった。

 

 故に、あんな言葉を言い放ちまっすぐに見やがった刀兵衛で試そうと思った。偏に、大事にしたいものがいるから。

 

 どうすれば上手く好きになれるのか。どうやれば優しく嫌いになれるのか。それらを、兄のように甘えるふりをしながら学んでいった。大事なものたちのために。言葉では何一つ学べなかった。刀兵衛がああいう性格な所為だ。人に嫌われるだけの男のように見える。であるが、どうにも好かれていた。霊夢やあうん、妖夢、早苗、阿求、華扇。どいつも女の情を抱えて接していた。それに、こいしも混じり始めたのは最近になる。

 

 刀兵衛は古明地こいしでは壊せない、ということが分かったから。

 

 壊れなければなんでもよかったのが、どうか壊れないでほしい、と願うほどに惹かれた。子供らしく振舞ってもなんだかんだ女扱いするのに目を緩ませてしまう。強い男だから惹かれたのもある。実際は、一目惚れだったのだろう。

 

 だって、あんなに、未だに、古明地こいしをまっすぐ見てくれる男なんていないのだから。

 

 

「刀兵衛」

 

 

 “お兄ちゃん”呼びが癖になる前になんとかしようと声を出す。

 

 

「わたしをね」

 

 

 いつか、あの冷めた口が“古明地妹”でなく、【こいし】と甘く呼んでくれますように、おまじないを。

 

 

「“好きにな~れ”」

 

 

 落ち葉をサクサク踏んで歩きだす。無意識に刀兵衛の隣にいればいいなと思いながら。

 

 光のように闇のように、優しく強く。そして、混ざり合って

 

 

「わたしが壊れても刀兵衛が好きなんだから~」

 

 

  どうか、言葉通りに受け止めてほしい。

 

 

 刀兵衛と一緒に買った酒を口に含む。まず、ふくみ香を楽しむのだ。口をすぼめて息を吸い込み、ズルル、と乙女的にははしたない音を立てて味を確かめる。舌の上で転がすように空気と酒を混ぜる。華やかな香りと芳醇な味わい。原料が水と米と米麹だけだというのに、どうしてどうして、こうも旨いのだろう。肴など当時を思えば十分すぎる。これで、隣で共に刀兵衛が飲んでいれば何も言うことはない。が、今日は、彼を一人にしてやるべきだ。本当は傍にいてあげたいが、彼が拒むというのならしょうがない。

 

 

「………」

 

 

 釣瓶落としのように日がすぐ沈むこの季節には、より酒がいいだろう。きっと、刀兵衛も今日はこの酒を飲んでくれるだろう。だって、今日はあんな日だから。

 

 

「刀兵衛。貴方には私がいるからね」

 

 

 鬼であった頃から近くにいた。誰も相手にしてくれないから隣にいたのだ。そうさせていたのだ。

 

 

「ずっとそばにいるから。ねぇ、刀兵衛…」

 

 

 一人ぼっちの刀兵衛。父も母も相手にしてくれなかったから、ずっと一人。友達なんていなかった。誰も刀兵衛の心に寄り添うことなどできない。だって、そのようにしたんだから。

 

 

「ふふっ」

 

 

 幼子のようにいられず、大人にすら成りきれず、一人延々と他者を求める愛らしい男。仙人にまで一緒になってくれるほど私に依存してくれる愛らしい男よ。

 

 最近は、少々うるさい輩が周りにいるけれども、まぁ許そう。私たちには決して切れない一線がある。共に仙人として在り方を同じくするだけではない。他人なんぞ斬り捨てられれば楽だけれども、私たちはそうはなれない。甘い物の合間にしょっぱい物をつまみたくなるような感覚で、誰かを好きになりたくなる。本命がいるのに道を逸れたくなる。仙人になって互いに少しばかり取り繕えるようになったが、その気が治りはしない。

 

 私は刀兵衛がいるのに、誰かのための責任を取る。刀兵衛は私がいるのに、誰かのために責任を取る。

 

 自分たちで完結するには、私たちはちゃんとどうであるか分からなすぎた。仙人となって何年も経った今でもよく分かっていない。仙人である前の私であったなら答えにたどり着いたろうか、と詮無き事を考える間もなく、刀兵衛と私はうろんに生きていく。

 

 

「父のために成る? それとも、母のために守る?」

 

 

 私は、私の刀兵衛を拾わなかったあのゴミを許さない。私は、私の刀兵衛を捨てさったあのクズを許さない。そして、どちらの選択をしようとも私は刀兵衛を絶対に離しはしないの。

 

 泣きべそをかくことすらやめてしまった刀兵衛。どうか、私と離れず、切れず、揺らいでいよう。季節外れの風鈴のように、悲しく歌おうではないか。

 

 

 『華扇』、と未だ微かに期待を込めながら私を呼ぶ刀兵衛が愛おしくてたまらない。本当なら、今すぐ家に押し入って褥を共にしてあげたい。のだけれど、それはまだでいいと確信している。期待に応えるために私は選択を待ち続けるのだ。

 

 期待した通り、いい感じに酔える。この酒はいい物であった。

 

 

「刀兵衛…」

 

 

 思わず自分の胸が苦しくなるほど甘い声が出た。

 

 きっと、私たちの出会いは運命であったのだ。そして、その運命はずっと紡がれていくものであるはずだ。

 

 隣り合うために私たちは他に気をかけては近づく。近づいては他に気をかける。愛するために、愛が欲しいのだ。互いに経験がないわけでない。それを自ら明かしたことはないけれども、異物が臭う。目に来るような刺激とともに胎が空く。そして、互いにまた寄り添い床に就く。背中に引っかき傷を作れば、こちらも噛み痕を作られる。一晩だけで済んだためしは、ない。

 

 胎がすくのだ。切なく、痛む。

 

 静かな寂しい温度は、酒が熱くさせる。そのおかげで我慢ができるのだ。

 

 刀兵衛が小さな頃によくせがまれた抱擁。ませた子だったわけではない。無表情にそんなことを強請るのだ。強く、潰れてもいいから抱きしめて、と。父の逞しさを覚えさせてもらえず、母の温もりを忘れさせてもらえない哀れな愛し子。欲しくて産み落としたというのに、子供を不幸にさせる所業。今なら、改心するまで説教をしたのかもしれない。だが、当時から私はそれは私の役目としてきた。最初は哀れみだった。刀兵衛の気が済むまで抱きしめ続けて、彼は棒立ちというもの。抱きしめ返すことをしなかった。その行為が分からなかったのだ。

 抱きしめる、という行為は愛情表現だ。あなたを愛している、と伝える表現。抱きしめ返す、という行為も同じ。親なら子を愛すのは当たり前。子も同じ。そういう当たり前が刀兵衛にはなかった。その時、私たちが愛し合ってなかったから抱きしめ返せなかったわけではない。わからなかったのだ。ただ受け止めていればいいということしか思いつけない哀れさに、涙がにじんだこともある。一度したあと、しばらく口を利かなかった。いつもなら軽く取っ組み合いもしたりしていたが、それすらなかった。喧嘩したわけではない。そういうふうにするのだ、と刀兵衛は学習していたのだ。涙をこぼすことを我慢できなかった。

 

 抱きしめる。その行為には、抱きしめ返す、ことが必要だというのに。いや、必要という表現は良くない。反射のように当たり前、というのだ。その当たり前を刀兵衛は知らなかった。

 

 嗚咽を混じらせながら、抱きしめ返すんだよ、と言って、こちらから強請ってやった。おそるおそる背に回された小さな手の温かさの、なんと愛おしいことか。刀兵衛の、興味の対象外である会話には積極的に参加しないばかりか突き放す物言いは、親譲り。どちらにもそういう対応をされたのだ。そして、それが当たり前だとされた。もう変えられないほど当たり前になった。

 

 ――許せない。許せるわけがない。

 

 仙人である前からこの思考はある。だけれど、ふっと許してしまいそうになる。

 

 

 『華扇』

 

 

 床で赤子のように泣きながら嬉しさをこらえず、私の名を呼んで力強く抱きしめ返す。離れないでほしい、どこにも行かないでほしい、愛していてほしい、とつよくつよく。

 

 それで、あれらのことを全て許してしまいそうになる。

 

 …悪酔いかもしれない。少し吐き気がした。酔い覚ましにグラスの中の液体を全部呷る。まだまだ酒はあるのだ。一本も空けずに終えるには日が高すぎる。

 

 

「貴方が恋しいわ、刀兵衛」

 

 

 子宮あたりを服の上から撫でる。

 

 あれらに似て責任感が強い、とてつもなく愛おしい男よ。貴方が恋しくてたまらない。欲しいと泣くのは、ここだけではなく心もなの。

 

 

「貴方と同じく寂しがり屋なの、刀兵衛」

 

 

 貴方限定でね。

 

 

 

 

 

 あの後、刀兵衛は家に早々に戻った。今日も酒を一本空けるのだろう。棚からグラスを一つ取りそそぐ。匂いだけで心地よく酔えそうだ。異変解決後の宴会では全く酔いつぶれない刀兵衛も酔いそうになる。一杯飲む前に普段していることをこなさなければならない。

 

 いつものように仏壇に一礼してその前に座る。刀の一本一本を位牌に向けては正座を崩さず、綺麗に礼を。呼吸を止め、苦しくなる直前で頭を上げた。心臓の鼓動の大きさとともに頬の火傷痕がうずく。体は火照るが頭は静かに澄み渡る。

 

 

「今日もありがとうございました」

 

 

 稽古後の挨拶のような、神聖さを伴う礼儀正しさ。もう一度、刀を上に頭はそれより下にして礼をする。そして丁寧に刀掛けに収める。日常的に掃除しているのだろう、仏壇はもちろん、刀掛けにも埃一つついていない。どちらも上物であるが、どちらも少々奇妙であった。

 仏壇には一通り仏具も揃い花も活けてあるが、線香を備えられていない。これでは彼らの食事がない。刀掛けは三本掛け。だというのに刀兵衛は二本の刀、獅子王―柄も鞘も黒色・刀身は銀色と普通の刀と同じ見た目だが、耐久性は極めて高い―と、蒼龍―柄は白色・鞘は黒に近い灰色・刀身は空色に近い銀色。獅子王と同様に高い耐久性を持っている―しかもっていない。刃を潰した刀や木刀といった練習道具は別のところにある。一本分余計にある刀掛けだ。

 

 欠けている、というのを自らに対してあてつけているのだろうか。

 

 そういうことではない。これが正しいのだ。

 

 食事は何のためにある。食べる人がいるために。それがいないなら、いらない。当たり前のことだ。

 三本掛けの刀掛けは何のためにある。三本掛けるために。ならば、一本空いているのは、当然だ。

 

 

 霖之助から報酬の一部として譲り受けた時計を見ると、まだ夕食には早い時間であった。一人暮らしなので支度をせねばならないが、今日は軽く済ます気でいるのだろう。頭の中で、昨日の残りは、と考えているようだ。十分にあると判断した後、瞑想に入るために準備にかかる。

 

 瞑想を使う程度の能力。これが舞堂刀兵衛の程度の能力だ。瞑想で新しい技(剣術、格闘技、弾幕等)をイメージで思い浮かべる能力。自宅での修行でしか使う機会は少ない。剣術は防御に特化した手堅い戦法を得意としている。包囲された状態、対集団戦で真価を発揮する。長年の修行でこの戦法を熟練しているため弾幕の集中砲火も対抗できるのだ。接近戦では防御を攻撃に転じ、カウンター技を使用して相手を無力化することができる。この戦法で“異変を起こす側”の数々の強敵に勝利して≪異変解決≫に貢献している。

 

 だが、今回の瞑想はそういうものではない。

 

 

 舞堂刀兵衛。彼は瞑想で自身の本質を問う。

 

 

 懐から小刀を取り出す。鞘からゆっくりと引き抜いたそれは、刃を潰しておらず彼の顔をハッキリ映す。鏡のような刀身を持っていた。その切れ味など、たやすく知れよう。両手で握りしめるように持った刀身を頬に当てる。火傷の痕に。

 

 血が疼く。頬に熱が集中する。小刀が熱を持っているように感じられたのだ。その熱が頬に押し当てられているような感覚。熱くなり、痛くなり、哀しくなる。

 

 その感覚を全身で感じられるよう、目を閉じる。熱を忘れないように。あの熱を思い出せるように。

 

 息を大きく吸う。火事場の灼熱感を夢想する。熱が来るような感覚。手が焼けるなど当たり前。顔も焼けるし目も焼ける。その姿が誇らしかったのだ。憧れた。刀兵衛は憧れていた。今も。

 

 息を細く吐く。自身から流れるものは臭い。毎日磨いてもドブのように感じる。思い出になってしまった好んだ味は味気ない。味覚が大人になってしまったのだ。許せない。刀兵衛は焦がれていた。今でも。

 

 切っ先がぶれる。頬を切る。

 

 血が流れてしまった。それを食いしばっていた口の端が受け止める。そして口内に入り、ちびちびと自身に侵略してくる。元は自分自身のものだが、この表現が正しい。血は舞堂刀兵衛という男を犯した。暴虐に、抵抗などできずに、犯される。

 

 痛みなど伴わない。血は暴虐だけれども、的確に異常反応を制していったのだ。麻痺反応ではない。これは麻酔でも何でもない。恐るべき侵略である。舞堂刀兵衛という男が変質するための侵略行為だ。

 

 目が開かない。息が上がる。だというのに手はびくともしない。頭の中もぐちゃぐちゃであるというのに。

 

 常人と同じく紅いそれは、舞堂刀兵衛を征服していく。心を置き去りに、変革を受け入れさせていく。

 

 頭が巡る。

 

 

 ―待て、待ってくれ―

 

 

 普段の彼は、忍耐・精神・頭の回転力を備えており、数々の実戦を経験しているため戦闘力も極めて高い。弾幕戦(遠距離戦)・接近戦においても高い実力を持ち、【幻想郷最強】の強さを持つ“鬼”にあっさりと勝利し、【博麗の巫女】と互角に渡り合うほどである。それが、今は這うことすらできない赤子のように無力だ。

 

 彼の頭は異常であることはわかっている。意識上でも、脳としての機能上でも。だから、意識を必死に組み立てる。

 

 

 ―自分を持て―

 

 

 自我の領域を高め、侵略を止めようとする。意識的に肉体を操作するのだ。腸が捻じれようが、肺が潰れようが、心臓が膨張しようが、今はそれを危険と判断させず、ほかの異常を消しに行く。血管の弁が機能しない。傷口を塞ぐ役割を持つ血小板すらも。血が流れていく。あらゆる臓器に侵略者の情報が組み込まれてしまう。

 

 汗が頬を伝う。それが口に流れる。けれども、意味はなし。ただの不純物として処理される。血が一滴でも入ってしまえば侵略者の思うがままだ。活性化させればいいのだから。

 

 白血球、赤血球、血小板。今までのそれらを侵略し変質させる。数、容積、濃度、比率の増減が激しくなる。激しい頭痛、吐き気、寒気が襲う。発疹まで。新陳代謝が謎の活性化をなし、皮膚がはがれていく。

 

 

 ―俺は、何だ―

 

 

 自問自答を繰り返す。意識の混濁。心だけは守るため、そこに最終防衛を引いたために起きた生命危機。

 

 

 ―俺は、何だ―

 

 

 繰り返す。心から応答は今はできない。通信すれば、通信回路から侵略されてしまうから。

 

 

 ―俺は、何だ―

 

 

 脳で問う。脳波は乱れ、脳漿が泡立つほど脳が揺れる。脳が萎縮と膨張を繰り返す。全身に渡る異常は、舞堂刀兵衛という人物を消去しようとしているようだ。

 

 

 ―俺は、何だ―

 

 

 膨張した脳が破裂しそうになり、萎縮した脳が凝固しようとしている。舞堂刀兵衛の終わりを迎えるのはすぐだろう。

 

 

 ―俺、は―

 

 

熱を思い出す

 

熱を受け入れる

どれぐらいのヒロイン数がいい

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