なにやらチートのような体を手に入れたので楽しく生きたいと思います(願望) 作:nonose
ゆっくりと沈んでいる意識の中で、人の声が聞こえてくる。女の声だ……
「それで、こうなったと。問題は数ですか……」
「らしいのよ。もっともあのメイドが向かうとするなら、貴方は行けないかしら」
「まあでしょうね。未だに私に対しての嫌悪感は拭いきれていませんし。まあ、代わりにこちらに対しては幾分かと言うよりも、随分と懐かれているようなので、上手くやったみたいですね」
誰だ……上手く聞き取れ……
「……彼が死なれても困ります。最悪の場合私も向かいましょう、少し身体に違和感はありますが何とかなるでしょう」
「なら、気をつけて行くかしら。その間のコイツの面倒はベティーが見ているのよ」
「えぇ、任せましたよベティー」
声は聞こえなくなった。
◆
「……何がどうなったんだ」
意識が覚醒し、見覚えのない天井を寝転んだまま見上げる。どうやら犬共にガブガブと食われまくった後に救出されて治療されたのか、最後にある記憶の冷たい地面とは違い、ふかふかのベッドに寝かされているようだった。
「いっつ……、完璧に治されてる訳ではねぇのか」
身体を起こそうとして、脇腹から来る痛みに顔を顰める。その痛みは徐々に自身の意識を覚醒させ、ゆっくりとだが状況把握を進ませていく。
腕から自身のケツまで余すことなくつけられた白い傷跡は恐らくというか……間違いなく魔獣の犬っころのせいになるんだろう。
俺がこんな悠長に寝られているところを鑑みるに、助けてくれたのはレムか……もしくはランサーか。
そうだった場合は、事切れかけてた命を拾ってくれた恩人だ礼は言っておこう。
「んで、そのレムと……エミリアか。2人には迷惑を掛けちまったな」
眠っていたであろう、その間2人とも俺の側にいていてくれたのはこの光景から見てよく分かる。
レムは眠る俺の手をずっと握っていてくれ、ベッドの端で布団に顔を埋めさせて眠っていた。
エミリアは少し離れた場所で椅子に座り疲れ果てて眠っている。治療をしてくれたのはこの2人だろうか。
「さぁ、それはどうかな」
俺の言葉に反応し、エミリアの髪から浮遊して現れたのは精霊のパックだった。
「おはよう、スバル。どうかな? 身体の方は」
「パック……。まあ多少傷が残ってて動きにくいが、たいしたことはねぇよ、時期慣れるだろ」
「そりゃよかった。リアも、そしてそこの子もよく頑張っていたからね。最初はリアもオドまで削らんばかりの勢いだったけど、そのメイドの子も多少手を貸してくれたから、そこまで大事には至らなかったよ」
「そうか……。起きたら礼を言わなきゃな」
「うん、そうしてあげて。それで何か聞きたいことは無いかな? 起きたら状況説明を頼まれててね、ちゃんと教えてあげるよ」
「頼まれた……てことは」
パックの言葉に、思い当たる人物を思い浮かべる。
まずひとつにラム……はねぇな。ここに来てるかどうかも分からねぇし、となるとランサーかベア子?
可能性として高いのはランサーだろうけど、わざわざパックが現れるまで待つやつじゃないだろうしな。
まだそんなに長くない期間だが、あいつ意外と短気というかなんというか、やるときはシャカシャカ動いてんだよな。それ以外はダラっとしてるけど
「まあ頼まれたのはベティーからだね。あの子がわざわざ禁書庫から出てきて、尚且つボクに頼み事をしてきてくる何てそうそうないからビックリしちゃった。いま入れ込んでるあの子の影響かな」
「ベア子が? マジか……てことはランサーも来てんのか」
「そうだね。ベティーはボク達が来るのを確認して出ていっちゃったけど、いまは村のどっかで例の子を待ってるんじゃないかな?」
「……本当に仲良くなりすぎだろアイツら」
「ちょっと特殊なんだよ、あの二人は」
「ちょっと気になる情報が出てきそうだけども、とりあえずは、だ。レム……の方はこの状況を見るに大丈夫だったみてぇだけど」
「そうだね、多分スバルを担いで来てる間は酷い有様だったろうけど、鬼化の影響で傷はガンガン治っていくからいまは平気だね」
「本当に良かった……これでレムを死なさせてたら、考えただけでもゾッとするな。子供達の方はどうなったんだ? 無事か?」
「村の子達も無事だよ。目立った傷跡もないし、それこそ小さい傷や体力の消耗は魔法でどうにか出来てる範疇。呪いの方もボクとベティーで何とかやってるから無事解呪は出来てるよ」
「…………そっか、良かった。本当に」
自身が取りこぼしたものはなかったことをパックから聞くことが出来、何とか安堵する。
まだ何も失ってない、それならあとは現状維持のまま自体を解決するだけだ。
「ひとまずボクがこの場で説明出来ることはそれくらいかな?」
「あぁ、助かったぜパック」
「ご期待に添えたなら何より……って、どこいくの?」
「ん?」
パックの説明を聴き終わり、誰かの家から出ようとしていた俺を不思議に思ったのかパックが呼び掛けてくる。
この場で誤魔化してもいいが、誤魔化したところで意味は無いだろうから素直に言ってしまったって良いだろう。
「村の様子を見に行くのもついでにベア子に会いにな。さっきの話から察するに、俺とレムの代わりにランサーが魔獣共の相手してくれてるんだろ?」
「そうだね、でもあの子に対してなら心配する必要はないと思うけど」
「それはそれ、これはこれだ。心配するしないは置いといて自分の尻拭いは出来るだけやんねぇと。もしもの時にランサーに頼りっぱなしになっちまうからな」
「……男の子だねぇ」
「うっせ」
パックにからかわれ、ちょっと顔が熱くなりながら俺は家を出る。
そこには予想通りというか、想定通りというか。身体をボロボロにさせた村の人達が村の中心に集まり騒がしくしていた。村の人達の傷が治り切っていないのは、パックの時間が足りなかったのと俺にエミリア達を寄越してくれたからなのだろう。そう思うと多少あいつらには顔を合わせずらい。
「あら、バルス起きてたの」
「て、ラム……? なんでここに」
家を出て直ぐに丁度通りがかったのだろう。出会したのは桃色の髪のメイド姉妹の姉の方ラムだった。
両手には抱えきれないくらいの……芋? をザルに入れて運んでいる最中のようだった。
少し離れているもののここまで食欲を誘う匂いが届いて、自然と口内に唾液が溜まって喉を鳴らす。
そんな俺をさて置いてラムは俺からの問いに答え始める。
「なんでって、領民がこんなことになっていると言うのにその主であるロズワール様の僕である私が来ない訳には行かないでしょう」
「説明が奇っ怪で長ったらしくて上手く耳に入ってこねぇよ……。で、真意は?」
「ランサーに命じられたからよ」
「知ってた……お前ってそういうやつだよな……」
何となくそうなんだろうなとは思っていた考えが当たり無意識に肩を落としてしまう。
「──と言っても、本当にそう思っていない訳では無いわ。事実、領主にとって領民達は大切、それを守ってくれたことはとても感謝しているわ」
「……そう言われるとありがてぇな。けど、屋敷の方は大丈夫なのか? レムもエミリアも、ベア子も村に来てんだろ?」
ラムからの珍しい素直な好感情の言葉に多少照れ臭くなって、次の言葉を急かす。
「まあいまは本当に誰も居ないし、わざわざ屋敷に侵入しようだなんてヤツはそれこそ魔女教くらいなものよ。それも屋敷を襲う理由なんてないだろうし」
「魔女教ってなん『グゥー』……っ」
気になる単語に聞き返そうとした途端、もう俺の腹の虫は待つことが出来なくなったのか一際大きい鳴き声を鳴らし空腹を訴えてきた。
「あら、犬に噛まれて犬でも伝染った? 浅ましいわね」
「犬が伝染るってなんだよ!?」
「丁度いいわこれでも喰らいなさい」
ラムがそう言い、若干押し付けながら手渡してきたのは、先程から鼻腔をくすぐり続ける匂いの正体。両手で抱えられたザルの上に鎮座する『芋』だ。
「ラム特製、蒸したての蒸かし芋よ」
「そんなドヤ顔で言えるもんの料理じゃねぇだろ……有難く頂くけどさぁ。うぉ、あっつ! けどうめぇ!? ……シンプルながらも空腹に突き刺さる美味さしてるぜ」
「当然でしょ」
俺の言葉に気分を良くしてくれたのか、尚もドヤ顔を続けるラム。可愛らしいと言えばそうなのだろうが、何故だろう無性に腹が立ってくるのは……。
「……とと、そうじゃねぇ。ラム、ランサーはどうした? レムやエミリアたん とか ベア子は村に居ることは分かってんだけど、ランサーだけはまだ姿を見てねぇんだ」
「あの人なら……そういえば姿を見てないわね。気分屋だから、その辺で草でも見てるんじゃない?」
「お前それ本人に聞かれたら……いや意外と気に入りそうだなアイツ。ちょっと変なとこあるしな」
実際、いままでを含め大した時間を一緒に過ごすことはしてないがランサーの本心……と言うべきか、素の状態を見たことがない。
いつも見るのは禁書庫か、ラムの言う通り外で日向ぼっこしながら呆然としてるところかだ。唯一の理解者、ナツキスバルを唯一 知っているのはあいつだけだ。
だからこそ
──もっと知りたい
そう思わなくもない。
「てなるとあとはベア子頼りか。探すっきゃねぇな。ところでラム、村の様子はどんな感じだ?」
「見ての通りよ。ボロボロだけれど、幸いにも死人は1人も出ていない。村の結界も貼り直したから魔獣が入り込む心配もない」
「そうか……ん?」
何かおかしいと思った。
ずっと俺はランサーが、村に魔獣が来ないようにもしかしたら犬畜生を倒しに行ってくれてるんじゃないかと思ってた。けど、ラムが言うには魔獣は村にはもう入ってこない。
変な矛盾点のようでそうでは無いようで……。
「それも含めてベア子を探した方がいいな」
とりあえず、考えるのはやめた。
◆
木々の隙間から漏れ出る光すら、か細い。薄暗い森の奥、そこにランサーは居た。
「…………数が多い。何を持ってこんなにも群生しているのか」
そうボヤきながらやっているのは魔獣の駆除だ。両手に持たれた無銘の槍。盗品蔵の一件以降使えるようになったランサーの能力の一つだ。自身が意識することで武器を取り出すことが出来る。
槍に付着した血を払いながら、ゆっくりとまた奥へと進む。
「それにしても、こんなことになるなら最初からついて行けば良かったですね。まさか相手が群生の魔獣とは……見誤りましたか」
自身の過去の行動を悔いているその間も魔獣は襲ってくる。【魔獣 ウルガルム】 犬型の魔獣でその見た目の通り俊敏な動きと、噛みつきや引っ掻きで攻撃してくる。多少の知能は備えているのか、少しの連携程度は出来るようだった。
身体の大きさは大体1m前後。大型犬程の大きさはある為、数で責められると厄介。
挙げ句の果てに、真に厄介である点はそこではなくナツキスバルにもつけた自身達のエサであると印をつけるマーキング。マナを吸い取られ、衰弱する呪い。
ひと噛みするだけで傷跡と共に悪臭がしそうなモノを置いてかれるのだ。
しかしそれもランサーの前には意味をなさない。
もっと呪いが強ければ、もっと魔獣の格が高ければ また話は違ったかもしれないが。
「しかしまあ、ベティーですら解くのに難儀を示すとは。塵も積もればなんとやら、大魔術師にも届くらしい」
ベアトリスのことを思い出しながら、ランサーはこの村へ来たことを思い出す。
ラムからの言伝で村へと急いだランサーたち──呪いを解くための人手がいるとしてベアトリス、何かあった時のために戦力としてランサー──村へ着いて見たのは、死屍累々の惨状。昏睡する子供たちや、生傷が耐えない村人達。
それに加え、身体がボロボロの状態のナツキスバルに身につけている衣服の至る所に血痕が残るレムの姿が、現状の厄介さを見せつけてきていた。
ナツキスバルは先日のベアトリスの忠告通り、身体に多数の魔獣からの噛み跡を残されており、それと同時に呪いも付与されていた。
一つ一つはベアトリスやパックなら簡単に解けるものだが、それも複雑に幾重にも重なれば解ききるのは難しい。ランサーの言う『塵も積もれば──』とはまさにこのことだった。
1匹1匹の戦闘能力はランサーにとっては大したことはないが、やはり彼女にとって鬼門になっているのは群生した魔物の数による『時間制限』の方。
数日も掛ればこの森のウルガルムは大半数、休みなく駆除し続ければ彼女は駆逐することが出来るだろう。その間にナツキスバルに呪いを付けたウルガルムも殺すことが出来る。
だが、1日の終わり頃。ウルガルムは食事を開始する。その前に何とか倒しきれなければいけない……だが
「いや、これムリでしょ……。強がらずにベティーにも助けを乞うべきでしたか。そもそも広範囲攻撃が出来る屋敷の主が居ないのが致命的過ぎますね……どうしてこんなにも状況が詰んでいるんですか」
──あまりにも人手が足りない
それもこれも全部、もっと彼女自身がナツキスバルに付いていれば防げたかもしれないが、後悔するにはもう既に遅かった。
無意識のうちに溜まる不満、ストレスにランサーの動きはただでさえ技能のない稚拙さであると言うのに、更に雑に、思考は単純な作業に、されども終わりのない途方さに考えることをやめていた。
だからこそ気が付かない
魔獣とは別の、もう1つの悪意に
「あら……随分と機嫌が悪いのね」
暗闇の底から聞こえる若い女の声。
それと同時にランサーの懐から聞こえる
風切り音
「こんばんわ、今夜も月が綺麗ね──カゲトラ」
月明かりの下
鮮血が舞った