死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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 はい、さっさと最新話が書きあがりました。なんて素早さだ(自画自賛)
 待ちきれないのでさっさと投稿します。一番読まれる日時ってやっぱ土日の夜とかなんでしょうか。

 しかし、更新が遅かったせいで読者さんが離れてしまったなと実感すると寂しいこの頃。
 とはいえ泣き言を言ってもいられないので、頑張って完結を目指します。

 感想、評価等、お待ちしています。
 


流血、そして

 ベルナルド率いる”アンバー”が使用したランチャーは、銃弾によって粉砕されたエントランスから小隊本部陣地地階へ飛び込み、炸裂とともにいくつかの効果をもたらした。

 

 一つ目は、弾頭内に充填された炸薬の爆発による直接加害だった。これは上階への後退指示を受け移動していたチャーリー小隊の戦闘員一名に破片を浴びせ、即死せしめた。戦闘員は爆風で上下に分断され、上体は吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。

 

 二つ目は、爆発による副次効果だった。炸薬の爆発とはとどのつまり、固体が急速に気体化――すなわち、体積的な膨張――を果たすことによる影響全般と言い換えることができる。

 

 その具体的な例が衝撃であり、これは直撃しなければ被害のない破片と違い、空間そのものに作用する。特に、閉所であればそれは顕著だ。

 

 解放された空間であれば、爆発の影響は遮られることなく拡散する。無論、それでも爆薬量次第では甚大な被害が生じるが、閉所の場合それはより凶悪かつ致命的となる。なぜなら、固相爆発によって生じた衝撃波は壁や天井によってその進路を阻まれるからだ。

 

 この際、障害物となる壁面等が衝撃に負けて破砕される分にはまだマシかもしれない。しかし残念ながら、”アンバー”が使用したランチャーの弾頭にそれを引き起こせるほどの炸薬量はなく、またチャーリー小隊が陣取ったビルの壁面や天井も、それで崩壊するほど脆弱ではなかった。

 

 結果、爆発によって生じた衝撃波は屋内を跳ね回り、地階にいた戦闘員らに襲いかかった。音というよりは衝撃と言っていいそれに人を死に至らしめるほどの力がないとしても、衝撃波と急速かつ大幅な気圧の変化、そしてそれに伴う轟音は、人間という脆弱な生物の感覚器官を麻痺させ、あるいは意識を刈り取るには十二分すぎる。

 

 地階防御を担当する隊員らの過半は、それをもろに浴びることになった。

 

 後退の命令をうけ、階段に移動を開始した小銃手二名が昏倒した。そのあとに続いた彼らの僚友らは意識喪失にこそ至らなかったものの、叩きつけられた衝撃によって平衡感覚を揺さぶられる結果となった。

 

 しかし彼らは、爆発物が炸裂し銃弾が飛び交う環境を経験して生き延びた戦闘員らだ。それだけであればあるいは、抵抗力を保持しえたかもしれない。そうならなかったのは、爆発によって舞い上がった微細粒子による視界の閉塞によって、前後不覚に陥ったからだった。

 

 意識を失わずに済んだ幸運な戦闘員らはしかし、照明の絶えた暗夜と視界を塗りつぶす粉塵によって、地上にいながら空間失調へと陥っていた。

 

 U.S.S襲撃チーム”アンバー”による突入が始まったのは、炸裂から十秒ほど経過してからのことだった。彼らは爆発物の使用による効果――殺傷のみならず、敵の能力、戦意への揺さぶり――を理解していたが、爆発による加害半径の外に退避する都合上、その時間差は致し方ないものだろう。

 

 そしてある意味で、それがその後の流れを決定づけたと言っても過言ではない。

 

 ”アンバー”第一分隊は速やかにエントランスに殺到し、粉砕され、噴煙を吐き出す穴になり果てた元正面ドアを素早く潜り抜けると、追加の音響閃光弾を――彼らの基本装備に破片手榴弾の割り当てはなく、持ち込めたのはごく少数に過ぎない――投げ込みながら、広いホールに速やかに展開した。

 

 最初の犠牲者は、昏倒せずに済んだチャーリー小隊の戦闘員だった。彼は突然の衝撃と轟音、そしてほとんど塗りつぶされた視界に平衡感覚を奪われ、立ち上がろうと地面をのたうち回りながら、連なるブーツの足音へと銃口を向けようとしたところだった。

 

 もちろん、当人が敵らしき気配への指向を意図したとして、立ち上がることもままならない状態でどうこうなるものでもない。

 

 それを目視した”アンバー”戦闘員の対応は、機械的かつ冷淡だった。彼らは単に、訓練された戦闘員としての反応に終始した。すなわち、目視、ウエポンライトを照射しての識別、そして射撃だ。

 

「一名無力化」

 

 射撃が一発。それに続く淡々とした排除の報告。

 

 頭部を射抜かれ、瞬時に崩れ落ちたチャーリー小隊員に後続が追加の射撃を浴びせかける。その横では、部屋から飛び出してきた別のU.B.C.S隊員が撃ち倒され、濁った悲鳴すら追い打ちが押しつぶす。

 

 一人目を射殺した”アンバー”戦闘員はそれを意に介さず、地階のあちこちで炸裂する音響閃光弾の炸裂音と閃光に急かされ、自身が進むべき方向に目を戻した。

 

 そして、それが彼の最期になった。

 

 

 

 

 

 

「後退しろ! 急げ! 後退!」

 

 ハリソンは叫んだ。

 

 下階での爆発の意味を瞬時に理解した彼は、思考よりも先に階段へ駆け寄っていた。理屈ではなく、経験に裏打ちされたなにかが、地階班の撤収には支援が必要だと強く訴えた結果だった。

 

 爆発の衝撃に遅れて、階段から流れ込んできた粉塵の中に飛び込んだハリソンは、目の前で頭を撃ちぬかれて倒れる部下を見た。正確に言えば、それを視界に収めた。

 

 目の前で死んだ部下が、誰であったかは考えなかった。彼は指揮官であり、戦闘員だった。部下を失うのは初めてではない。そして、足元に転がり込んできた音響閃光弾に関しても、同様だった。

 

 一般の認識と異なり、音響閃光弾そのものに意識を刈り取るほどの威力はない。閃光を目にして、視界を喪失することもない。ただ緊張状態の人間の本能――強い閃光や騒音に対する、反射的防御行動としての硬直――を引きずり出し、一瞬の優位を確保するだけのものだ。

 

 そしてそれは、ハリソンにとっては慣れ親しんだものでしかなかった。少なくとも、指揮下にある部下の死と違い、現役時代の訓練で数百かそれ以上の音響閃光弾を浴びている。

 

 よって、彼の反応は素早かった。

 

 崩れ落ちた部下のシルエットの向こう、噴煙に溶けた防弾装備着用の着ぶくれした輪郭に照準を合わせる。足元、僅か数段下で炸裂したマグネシウム系炸薬の爆燃、それに伴う閃光と大音響は、引鉄を絞る指先と、銃口を指向する腕を狂わせるには及ばない。

 

 銃声はそのほとんどが音響閃光弾の炸裂音にかき消された。しかし、銃弾まで消えるはずもなく、三点射(バースト)がU.S.S隊員の首から頭部にかけてを連続して射抜いた。

 

 そのまま、前進しようとする勢いに任せて倒れこんだ人影にさらに三発。親指で切り替え軸(セレクター)をはじいて単射に入れ替えると、いましがた射殺した敵の向こうから現れた影にさらに射撃を叩き込む。

 

「下がるぞ! 撃つなよ、後退する!」

 

 ハリソンの声に反応したのは、外周防御の撤退戦を辛くも生き延び、本部陣地に合流したベケットだった。

 

 彼は小隊本部に帯同する数少ない機関銃手として、階段の防御への配置転換のために部屋を出ようとしたところで、ランチャーの炸裂を受けた。死ななかったのは幸運だった。

 

 まき散らされた破片か、それに粉砕された建材の欠片か何かが、彼の左肩を引き裂いていた。しかし、それで直ちに死に至る程のものではなかった。当然、戦闘力の喪失にはほど遠い。

 

 ベケットは、ハリソンの射撃を受けてホールに散開したU.S.Sの”気配”に機関銃をばらまきながら階段口へと飛び込んだ。その背後には衝撃波を受けて昏倒した二名を両手で引きずりながらマッコイが続く。

 

 ハリソンは応射する敵の発砲炎にほとんど乱射と言っていい射撃を送り返しながら、血と煤で汚れ切ったマッコイを手助けすべく、一歩踏み出そうとする。

 

「大尉、射撃を続けてください!」

 

 それを誰かが引き留めた。

 

 無線手だった。彼はカービンを背中に回し、どうにか負傷者を引っ張り上げようと悪戦苦闘しているマッコイのそばまで素早く駆け寄ると、片方をつかんで肩を担ぐ。

 

 その間、ベケットは階段口にしゃがみこみ、数発ずつの単射を矢継ぎ早に敵方へと送り込んでいる。危険な状況だった。機関銃は目立つ。

 

 ハリソンは弾倉の中身を撃ち尽くすまでの間に、左手で新しい弾倉を引き抜いた。撃ちきると同時に空弾倉を廃棄し、瞬きの間に新しいものを送り込んでボルトを前進させる。再び射撃。階段の手すり壁に当たった敵弾が跳ね、銃弾が右腕を、建材の破片が顔面を切り裂いた。

 

 しかし、ハリソンはそれを意に介さなかった。致命傷ではないはずだった。よしんばそうであったとしても、いまするべきことに変わりはない。そして少なくとも、腕は機能している。

 

「ベケット! 後退しろ!」

 

 負傷者の片割れを無線手に任せ、自身が担当する一人を担ぎあげたマッコイが、ハリソンの横を通りすぎざまに声を張り上げた。

 

 それを受け取ると、ベケットは機関銃を胸元に抱え込み階段を駆け上がった。その背を狙う敵を阻止すべく、ハリソンは弾倉に残った弾を手あたり次第に敵らしき輪郭に送り込む。

 

「大尉、代わります。後退を指揮してください」

 

 ハリソンの隣にたどり着くなり、ベケットが言った。彼は空になった軽機関銃の一〇〇連弾箱を捨てると、慣れた手つきで新しいものに入れ替えた。

 

 ハリソンは頷いた。

 

 振り向くと、無線手はすでに小隊系の周波数で地階が突破され、負傷者が発生している旨を無線で送達しているところだった。

 

 ハリソンはそれを確認すると、白煙を立ち昇らせるカービンの筒先を頭上に向け、二階の窓から外へ射撃を続けていた隊員らに上階への移動を促した。隊員らは直ちにそれに従った。

 

 階段を受け持つらしいベケットとマッコイに目くばせし、ハリソンも上階に移動する隊員らのあとに続く。

 

 割れた窓から黒い球体が投げ込まれたのは、まさにその時だった。

 

 ハリソンはそれを目にし、瞬時に叫んだ。これもまた訓練のたまものだった。

 

「手榴弾!」

 

 

 

 

 

 

 

「外はとんでもないことになってやがる」

「本部陣地は」

「敵が突入した」

 

 ”外界”を覗き込んだクラヴィスの返答に、くそ、とマディソンが吐き捨てた。

 

 その声の向こうでは、軽機関銃の盛大な銃声がまき散らされている。

 

 ヴラッドはそれを聞きながら、腕時計に目を落とす。発光塗料の針が示す時刻は、三分隊と敵との交戦から二〇分余りが経過したことを示している。つまり、市民の離脱はおおむね完了している頃あいだ。

 

 頭上、クラヴィスが押し上げたマンホールの隙間から流れ込んでくる戦闘音は、双方が入り乱れた乱戦に突入していることを示している。つまり、主力の離脱は失敗しつつある。

 

 ヴラッドはそう判断した。

 

「どうする」

「どうするもこうするも、俺たちに期待されていることは」

 

 フレデリックが問う。ヴラッドは間を置かずに返した。その声音は、ほかに選ぶべきものはないと確信している声だった。実際に、ほかにするべきことは見当たらない。彼らは敵の後背から食らいつき、状況をひっくり返すことを望まれている。

 

「遊撃。というかまあ、ハリケーンよろしく全部ひっかきまわすことを」

 

 ようやく置かれた状況を前に上官がどう振舞うかに思い至ったのか、フレデリックが苦笑とともに応じる。

 

「その通りだ。クラヴィス、外の状況は」

「何も見えやしない」

「好都合だ。装具異常、負傷等報告」

 

 異常なしの報告が、三々五々、しかし速やかに届けられた。最後に、救出からここまでをともに逃げてきた第三分隊の生き残りが、力強く親指を立てる。完全暗黒で見失わぬよう全員が腰に提げたサイリウムの灯りが、戦闘高揚のもたらす闘志をにじませた横顔を照らしている。

 

 ヴラッドは頷き、無線の送信ボタンに手をかけた。

 

 外の戦闘音はわずかな時間の間に激しさを増している。残された時間はわずかだった。主力の損耗が破滅的になる前に介入する必要がある。

 

 そうでなくとも、敵が突入を開始したばかりのこのタイミングをおいて、突入に適した状況はない。敵が突入後の地盤を固めてしまえば、自分たちの突入は犬死に終わるだろう。

 

『各局、こちらキングピン。敵が地階に侵入、地階を放棄した。主力は現在、本部ビルを段階的に……』

 

 小隊本部無線手の声が、爆発音にかき消される。相当ひどいことになっているらしい。

 

 ヴラッドは指先で頭上を示し、握りこぶしを二度上下させた。それを見た部下は直ちに行動を開始した。クラヴィスがマンホールを跳ね上げ、外に飛び出す。マンホールの外は小隊本部陣地敷地内だった。

 

 ノーマッドは敵の分隊と接触し、離隔を行ってから地下に逃げ込んでいた。それは追跡を完全に絶つためでもあるが、同時に敵の行動を予測しての決定でもあった。すなわち、後方で接触し一個分隊を壊滅に追い込んだ以上、敵は当然後方からの接触を警戒すると踏んでのことだった。

 

 わざわざ、待ち構えているとわかりきった敵に当たることはない。後方の警戒に人員を割かせたまま、敵中に現出できる方法があるのならば、それが一番だ。

 

 無論、それは敵にとって致命であればあるほど好ましい。いまがまさにその瞬間だった。敵は粉塵と発煙の中を突入しつつあり、視界は限りなく劣悪で、状況は混沌そのものだからだ。

 

 ヴラッドは、ノーマッドはそういう状況でこそ真価を発揮すると確信していた。

 

 彼は先に上った部下に続いて梯子を登りきると、背中に回したカービンを手にした。ベルトから銃剣を引き抜き、切っ先が欠けたままのそれを銃身に取り付ける。

 

 周囲を見回すと、クラヴィスとフレデリック以外の全員が、同じように着剣を済ませていた。ヴラッドに続いて出てきた三分隊員もそれを見て同じように銃剣を取り付ける。

 

 なるほどとヴラッドは小さく笑った。

 

 誰もかれも戦意旺盛で、同じようなことを考えているらしい。

 

 それを見、怪訝そうに眉を吊り上げつつも、マディソンがどうするよと手振りで示した。周囲を発煙弾の白煙が取り囲み、視界はこれ以上ないほど劣悪だったが、不必要に声を出すことを嫌ったらしい。

 

 ヴラッドは五指を揃え、本部ビル正面を示した。

 

 続けて、握りこぶしを水平に二度ほど突き出す。意図は単純明快、前進、攻撃。彼らは戦闘部隊だった。

 

 ヴラッドは自身が示した通り、本部ビル正面へと走り出した。マディソンとフレデリックがそれを追い、ジョエルとクラヴィスが左右を固める。そのあとから、着剣したカービンを抱えた三分隊員が続く。

 

 ヴラッドは抱えた銃剣の先を意識した。敵が現れれば、突き刺すか撃つか。考えることはそれだけだ。銃弾と爆発でひしゃげたフレームだけになったエントランスに駆け寄る。

 

 周囲は乳白色の闇に支配されていたが、ヴラッドは眼前に現れた影を見逃さなかった。抗弾ヘルメットの大きな輪郭。瞬時に敵と判断する。それは駆け込んでくるヴラッドらの気配を感じ取り、振り向こうとした。

 

「待っ……!」

 

 こちらを認め、すぐに正体に気づいたらしく硬直する黒ずくめから発されたのは、女の声だった。ヴラッドはそれを無視した。というより、そうであると気づいたのは、銃床と被筒をつかんだ手でカービンの切っ先をまっすぐ敵の細い喉へと突き伸ばしてからだった。

 

 もちろん、その前に気づいたとして彼がためらう理由はない。目の前にいるのは敵であり、武器を手にしている。

 

 切っ先は、一瞬でU.S.S戦闘員の喉へ吸い込まれた。

 

 肉を裂く妙に重い柔らかさと、骨に切っ先が食い込む硬質な手応えを感じたが、それももはや活性死者を銃剣で処理する中で慣れたものだった。生物として死んでいるか、そうでないかの違いでしかない。

 

 ヴラッドは刃を水平にして喉に突き立てたカービンを、そのまま横に薙ぎ払う。抵抗というには弱く、しかし生き物を断ち切った確信を得るには十分な手ごたえを血振りで払い落し、ヴラッドは即座に視線を巡らせ脅威を捜索した。

 

 いましがたヴラッドに喉を裂かれ、地面に倒れ伏した”敵”。その後ろから現れた人影にとびかかったのは、ヴラッドの隣に控えたマディソンだった。

 

 眼前で倒れた僚友を前に、何が起きたかを理解する時間すら与えられなかったのだろう。マディソンのカービンが突き出され、鈍く煌めく切っ先が影の喉元へ伸びた。明らかな狼狽の声が、すぐに血に溺れる人間の濁った悲鳴に切り替わる。

 

 ヴラッドはそれを一顧だにせず、自身が喉を裂いた女が最期の抵抗を試みて拳銃へ伸ばした腕を、ただ無言で踏みつけにした。内心には、ひどく冷え切ったものがある。ヴラッドは熾烈な戦闘の合間の、殆ど無音の殺人を淡々とこなしながら、戦闘に特化した自身の極端なまでの冷酷さを自覚していた。

 

 そして、それを恥じる神経が――たとえこの瞬間だけだったとしても――死滅している事実に安堵感すら覚えている。そうであるかぎり、自分は求められる役目を果たし続けるだろうという、根拠のない自信が自分のどこかに芽生えつつある。

 

 典型的な戦闘高揚だなと自重する間に、クラヴィスとジョエル、フレデリックがこちらを追い越しエントランスへ突入していく。

 

「キングピン、ノーマッド。ノーマッドは地階から侵入する。誤射に注意しろ」

 

 ものの数秒で意識を喪失し、あとは避けえぬ死へと転がっていくだろう敵の腕から足を離すと、ヴラッドは無線に吹き込みつつ僚友の背中を追った。前方では、誰何の声に押しかぶせるようにカービンの射撃音が轟き始めている。

 

 先行したクラヴィスらが、ビル内に侵入したU.S.Sと戦闘を開始したのだろう。

 

 無線への応答を待ちながら、ヴラッドはこちらの後方を固めると決めたらしい三分隊員を引き連れビル内へ踏み入った。

 

 そこは、惨憺たるありさまだった。

 

 爆発物が炸裂したらしく、粉砕された建材が飛び散ったホールは、爆風で半ば引きちぎられた蛍光灯が天井から垂れ下がっていた。そして、上階へ繋がる唯一の昇降口として機能している中央階段の前には、U.S.S戦闘員に交じってU.B.C.S隊員の遺体が転がっている。

 

 そのどれも、手ひどく被弾し、あるいは爆発で引きちぎられていた。

 

 倒れ伏したU.S.S戦闘員は突入したクラヴィスらが排除したのだろう。クラヴィスとジョエルはホール左の部屋に射撃を叩き込んでいて、フレデリックは軽機関銃の短連射でホール右のオフィスエリアに制圧力を送り込んでいる。

 

 ヴラッドは、その中を駆けた。

 

 敵は地階の完全制圧を優先したのか、あるいは上階への突入を優先したのだろうか。後者であればひどいことになる。

 

 しかし、焦る心中のままに走りこむわけにはいかない。味方が上階を確保しているのであれば、そこに飛び込んだ瞬間自分がどのように認識されるかは考えるまでもなかった。敵として撃たれることになりかねない。

 

「ノーマッド! 上がるぞ!」

 

 U.S.S隊員の死体が転がる階段の踊り場まで、ヴラッドは駆け上がりつつ声を張り上げた。

 

 左右では部下が敵と火力の応酬を続けている。すぐそばに銃弾が飛び込み、耳障りな着弾音とともに建材をまき散らす。ヴラッドは耳を澄ませた。応答はない。いや、この戦闘騒音で聞こえないだけだろうか。

 

 ヴラッドは一呼吸にも満たない時間で思考した。

 

 敵が上階に達しているのであれば、すでに射撃を受けているはずだ。そもそも、戦力に十二分の余裕があるとは思えない敵が、地階に部隊を残したまま上へ行くとは思えない。

 

 であれば、まだ敵は上階に達していない。

 

 理屈で考えれば、そのはずだった。ヴラッドは自身の思考に従うことにした。それよりほかに手がなかったからだ。この場にとどまれば自分たちは敵に包み込まれることになる。背後では、元三分隊員が後方からの接敵を報告し、射撃を始めている。

 

 時間の猶予はなく、見える範囲の事実を総合したうえで、理屈以外に信じるべきものはなかった。もちろん、現実と理屈の間には往々にして埋めがたい差が生じることを彼は理解していた。

 

 結局のところ、理屈による結論というのは主観的に確認できた事項を重ね合わせた最大公約数でしかない。

 

「ノーマッドだ! 撃つなよ!」

 

 ヴラッドは再度、大きく声を張ると階段を駆け上がる。

 

 銃は脇に抱え、射撃の意志がないことを示すために左手を高く掲げて大きく振り上げた。もちろん、それはそう見えるように振舞っているだけだ。カービンのグリップを握りこんだ手は、すぐに安全装置を外し射撃する用意を整えている。

 

 階段を駆け上がったとき、階段の手すり壁の角から銃口が突き出されていた。

 

 軽機関銃の銃口だった。ヴラッドは、意識して銃口を向けることを避けた。すぐに銃口が下ろされる。ベケットだった。顔はひどく煤け、血のにじんだ腕に機関銃は重いのか、小刻みに震えている。

 

『ヴラッド、上階は安全か!』

「地階組は直ちに合流して階段を固めろ」

 

 呼びかける無線に応じつつ、ヴラッドは周囲を見渡した。

 

 視界の端で、ベケットがゆっくりとへたり込んだのが見えた。ヴラッドはそれを意識して視界の端に追いやり、手榴弾の炸裂を受けたらしい二階の床に倒れこみ、あるいはよろよろと立ち上がる男たちの中に、身じろぎもせず突っ伏す男を見つけた。

 

 くすんだ金髪。恵まれた体躯と、数日の苦闘でよれてなお隙なく着こなされた戦闘服。

 

 それがハリソンだとヴラッドは瞬時に理解した。

 

 力なく横たわる指揮官の戦闘服に、じわじわと赤黒い染みが広がっていく。 




 まだまだ続くよ対人戦。
 バイオハザードってなんだっけ……。
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