ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第50局 本領

 

 

 

まだ昼とは呼べない、朝の時間帯。

夏休み中の小学生など、まだ寝ていてもおかしくない時間であるにも関わらず、会場の熱気は早くも最高潮に達そうとしていた。

 

 

準決勝第二試合先鋒戦は、南2局に移っている。

 

 

 

 

「やっと全力ってとこかしら?」

 

「いやいや、最初から全力だよ。皆が手強いだけ」

 

「……ま、なんでもいいわ。やっと……楽しくなりそうね」

 

ガラガラと回り続ける自動卓の音を気にも留めず、やえと多恵の会話は行われていた。

交わる視線。挑戦的なやえの笑みは、心底この状況を楽しんでいるように見えた。

 

休まる時間などない。やえにしてみれば、夢にまで見た舞台なのだ。全身全霊で戦うのは当然のことだろう。

 

 

 

南2局 親 白望 

 

 

(下家の姫松がまたダルい感じ……2回戦と同じだ……)

 

多恵の感覚が、極限まで研ぎ澄まされているのがわかる。

 

白望は2回戦で多恵と戦っている。その時も、あの染め手とは思えない河での染め手と、強烈な多面待ちにかなりの点数を削られてしまった。

今回も、同じ道をたどるわけにはいかない。

最大限の注意を払って、親番の手を進行させる。

 

 

 

8巡目 白望 手牌 ドラ{三}

 

白望 手牌

{②②③④④567二三四六七} ツモ{八}

 

 

 

白望が持ってきた牌に、波紋が広がる。聴牌だ。

一息つくと、白望はまた同じように左手を頭に当てた。

 

 

(タンヤオが確定する{②⑤}待ちがセオリー……だけど)

 

白望はチラ、と下家の多恵の河と手牌を見つめる。

多恵は{白}を鳴いてポン出しが{②}。{④}は危ない部類。河は染め手にはあまり見えないが、先ほどの清一色が、白望の頭をよぎる。

 

 

「……少し迷ったけど……リーチ」

 

白望が横に曲げた牌は、{②}だった。仮に多恵が聴牌しているとしたら、高確率で多面待ち。当たる可能性の高い{④}を切るよりは、多恵への安牌でリーチを打つことを選択した。

曲げた{②}にも、波紋が広がる。

 

 

が、波紋は広がりきらずに、乱暴に踏みつぶされたことによって霧散する。

 

 

 

 

「ロン」

 

 

表情を歪めたのは白望。

 

その静謐な空間に生まれたはずの波紋は、1人の王者によって土足で踏み込まれた。

 

 

やえ 手牌

{①③④赤⑤⑥二二三四五中中中}

 

 

「……5200」

 

 

王者に迷い家は通用しない。

問答無用で点棒を奪い取られる。

 

 

 

『晩成の小走選手の和了り!カン{⑦}にとらず、カン{②}待ちを選択したのには、何か理由があったのでしょうか?』

 

『まあ、注目を集めてる姫松の騎士様の安牌で待つことによって他2人からの出和了りを狙った……って感じじゃねえの?』

 

ここまで派手な和了りが少なかったやえだが、ここは高打点とまではいかないものの、確実に点棒を稼ぐことに成功する。

 

 

 

 

南3局 親 多恵 ドラ{2}

 

4巡目。

 

 

「リーチ」

 

やえが勢いづいた。

わずか4巡にして今度は横に曲げられた牌に、流石の多恵も顔をしかめる。

 

 

「……私の親番で……私がオリると思ってる?やえ」

 

「フン、あえて言うなら……そうね。『押せるものなら、押してみろ!』よ」

 

少し幼く聞こえるようなやえの発言に、白望と優希は首をかしげている。

そんな中1人、目を見開くのはもちろん多恵だ。

 

思い出すのは、在りし日の会話。

 

 

 

『やえはどーんと押せるなら押してみろ!って構えてる方が、きっと似合ってるよ!』

 

 

 

 

本当に昔の話だ。

多恵の表情が、優しいものへと変わる。

 

 

「……よく覚えてるね……」

 

多恵がやえにした助言を、やえは覚えていたらしい。

セリフを聞いて思い出せるくらいには、多恵もその思い出を大切にしているのもまた事実だが。

 

 

 

 

(身内話やめてもらっていいすか……)

 

空虚な願いが、背もたれによりかかる白望の身体から抜けていった。

 

 

 

 

 

6巡目 多恵 手牌 ドラ{⑦}

{②②②③④④④455678} ツモ{6}

 

 

聴牌だ。{58}のどちらかを切れば、{①②③④⑤}待ちの聴牌。

親であるということも考慮すれば、ここは追っかけリーチと行きたいところ。

 

 

「……」

 

無言で、多恵は一瞬やえの顔をみた。

やえの口角が若干上がる。

表情が雄弁に物語っていた。「切れるものなら切ってみなさいよ」と。

 

 

「……嫌だね」

 

即座に多恵が切ったのは、{②}。聴牌を取らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この打牌選択に、納得いかない雀士が一人、清澄の控室にいた。

 

 

「そんな……クラリン先生ならこの手は絶対に追っかけリーチを打つはず……場況も良い。親。リーチを打たない理由なんて……」

 

和は困惑していた。先ほどの清一色を見たことにより、和の中で、多恵=クラリンでほぼ確定だ。

だとすると、今回のこのリーチ打たずが理解できない。自身は親で、{8}の放銃率なんてたかが知れている。

局収支でいえばこの5面張はリーチを打たない理由がない。

何度も何度も、繰り返しクラリンの動画を見たからこそ、この打牌の理由がわからない。

 

 

「でも、仮に{8}切ってたら、晩成に放銃だったわね」

 

「それはただの結果論です!」

 

食い入るように先ほどの場面に動画を戻した自身のスマートフォンを睨みつける。

久相手に強く出てしまうほど、今の和は冷静さを欠いていた。

 

 

(どうして……?分からない。相手は4巡目リーチ。{8}が特別危ないなんて情報も無ければ、この5面張が弱い理由も見当たらない。点数状況を踏まえたって、いつもの先生なら絶対にリーチしにいく手……)

 

立ち上がり、両手を机についてスマートフォンを凝視する和。

情報を整理すれば整理するほど、回る理由は見つからなかった。

 

 

「……じゃあきっと、クラちゃんには今、和に見えてないモノが見えてるのよ」

 

「見えていないモノ……?」

 

久が何を言っているのか、和には理解ができなかった。

別にモニターの情報を見逃しているわけではない。わずか数順のできごとで、手牌を読むもなにも、そんな時間はなかったはずだ。

 

しかしその考え自体が、久からすれば根本から間違っているわけで。

 

 

「じゃあ対局が終わったら聞いてみなさい。あなたの先生に。……あなたの中の何かが変わるかもしれないわ」

 

「……」

 

腑に落ちないといった顔の和に、久はふふふ、と笑って見せた。

 

 

(先生……もしあなたが本物のクラリン先生だとするなら……教えてください。私に……麻雀を……!)

 

和の目がモニターの先の多恵を捉える。

そこには、いつもと違い少し楽し気な表情を浮かべる多恵の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は、多恵が{②}を切った状況に戻る。

 

 

「なによ、つれないわね」

 

「……やえと何万局打ったと思ってんの?」

 

多恵の打牌を見て、やえがツモ山に手を伸ばしながら軽口を叩く。

優希は、多恵が対局中に楽しそうに話すのを、不思議そうに観察していた。

 

 

(姫松のロボット騎士、もっと無表情で打つタイプだと思ってたじぇ……)

 

事実、優希が見た映像では大体がそうだった。

しかし今日は幼馴染のやえが同卓している。だからかなと、優希は勝手にあたりをつけた。

 

 

 

 

同巡 白望 手牌

{⑥⑦⑦⑧⑨6788三三六七} ツモ{八}

 

 

最高で平和三色ドラドラまでつく、絶好の聴牌だ。

白望は1度手牌の{8}を手に取ったが、すぐに手牌の中に戻す。

白望も、この牌が切れないことは気付いていた。

 

 

「……ダル……」

 

王者の放つリーチは、他者の手に圧力をかける。

聴牌は入るが、その聴牌が素直に入れば入るほど、当たり牌なのではないかと疑ってしまう。

 

白望は{⑨}を切った。

 

ここも回らされる。

 

 

 

 

7巡目 多恵 手牌

{②②③④④④4556678} ツモ{4}

 

張り替え完了。見事に聴牌を組みなおした多恵が、改めてリーチをぶつける。

勢いよく、それでいて冷静に。

流れるような動作で河に置かれた牌が、横を向いた。

 

 

「リーチ」

 

「来たわね……!」

 

 

王者を討つ為の剣が、3本生成される。

正確無比な狙いで放たれた剣が、王者を討たんと飛んでいく。

 

やえが目を見開いた。

 

 

 

 

「……でもね、その1巡が命取りなのよッ……!」

 

 

 

瞳の炎が燃え盛る。

 

この日をどれだけ待ち望んだと思っている。

 

この日のために後輩達がどれだけ努力してくれたと思っている。

 

 

(たった1巡、1つの打牌でも、無駄にはしないッ……!)

 

勢いよく持ってきた牌を、自身の手牌の横にたたきつける。

 

 

 

「ツモ!!!3000、6000!!」

 

 

やえ 手牌 裏ドラ{2}

{③③22234567南南南} ツモ{③}

 

 

 

3本の剣の内1本を、手を深紅に染めて握りつぶす王者の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

『決まったあああ!!!!晩成の王者、前半戦南3局で跳満ツモ!!一気にトップに躍り出ました!!!』

 

『姫松も追い付いたけどすぐにツモられたね。晩成の王者に先リー打たれたらやりづらいんだなあ。しらんけど!』

 

晩成の応援席から、盛大な歓声が上がる。

ここまで苦しい戦いを強いられたやえの、やっと訪れた大きな和了り。

盛り上がらない理由がない。

 

 

 

南4局 親 やえ ドラ{⑦}

 

 

(このままじゃ後半戦の南場が思いやられるじぇ……どうにかしてこの2人の親を流す方法を探さないと……!)

 

前半戦はついにオーラス。東場ではリードできていた点棒も、気付けばすぐに取り返されてしまった。

連荘がないおかげでそこまでひどい目にはあっていないが、優希にはわかる。

この2人は、まだまだ余力を残している。

 

後半戦もこのような早い展開になってくれるとは思えない。

 

ひとまずは、このオーラスを早く終わらせること。

南場は、自身の主戦場ではないのだから。

 

 

優希 配牌

{②⑨13557九東南南白白} ツモ{東}

 

 

(配牌良くはないけど、字牌対子3つ……!南場でも、和了りきるじぇ……!)

 

しのぐだけでは、ツモで削られて点棒を失う。

これから先で勝っていくには、多少はリスクを背負わなければいけない。

守りの化身もとある雑誌で言っていた。「振り込まないことが、守りではない」と。

 

 

「ポンだじぇ!」

 

更に言えば優希は今やえの下家にいる。これは麻雀の基本だが、親の上家で鳴きすぎると親へのツモが増えるので、親の上家にいる時は鳴きの基準を調整する必要がある。

 

逆に、親の下家に座る、つまり今の優希のような状態なら、親のツモ番を飛ばすという意味でも、鳴きは意外と効果的だ。

 

「それもポンだじぇ!」

 

運よく対面から鳴ける牌が出てくる。これでやえのツモ番は2回飛ばされたことになった。

 

 

 

 

6巡目 優希 手牌

{35578東東} {南横南南} {白横白白}

 

 

(よしこれでイーシャンテンだじぇ……!)

 

別に混一にするつもりは優希にはなかったのだが、1番早く和了れそうだったのがたまたま混一だったので、自然とそうなった形。

 

次巡、間髪入れずに対面から{東}が出てくる。

 

 

 

「ポン……!だじぇ……」

 

優希が言葉に詰まった。嫌な予感がしたから。

 

 

ここまでの鳴きは全て対面。

 

運よく鳴ける牌が出てきた?誰から?

 

おそるおそる、手を伸ばしながら、対面に座る人物を見た。

 

 

多恵(騎士)の表情は、今まで優希が見たこともないほどの笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

自然にゾクり、と背筋が寒くなった。

 

 

 

 

 

 

 

(偶然なわけないじょ……鳴かされた……!!)

 

そもそも、当初優希は東をポンするつもりはなかった。東は虎の子の安全牌。混一に向かいながらも、リーチに一発で振り込まないようにするための盾。

しかし、あまりにも上手くいく手牌を眺めていた優希は、思わず手拍子で、聴牌をとってしまった。

 

しぶしぶ優希は手牌から{3}を切る。本能的にまずいとは思っているが、ここで和了りきれば問題ない。

 

 

「……ダルすぎ……」

 

白望も途中から多恵の狙いに気付いていた。

やえを封殺しつつ、優希の手牌を短くする。

そうすると、なにが起こるか。

 

多恵のツモ番だ。

 

 

「リーチ」

 

多恵が持ってきた牌を()()()()横に曲げた。

 

優希が目に見えて萎縮する。

 

 

「多恵あんた……」

 

やえの問いに、返事はない。

今の多恵の瞳は、無慈悲に優希を貫いている。

 

 

やえのツモ番を飛ばしたことによって、やえに宣言牌を捉えられる危険性を最大まで減らし、狙いをすませたリーチ。

 

やえが現物の牌を切る。

 

 

(ぐっ……現物……!それか和了り牌……!現物か和了り牌さえくれば問題ないじぇ……!!!)

 

祈るように手を伸ばす。

 

優希が持ってきた牌は、{8}だった。

多恵に、通っていない牌。

 

 

 

優希 手牌

{5578} {東横東東} {南横南南} {白横白白} ツモ{8}

 

 

(これ……は……)

 

優希は一瞬手牌の{7}を持ち上げて、戻した。また今度は今持ってきた{8}を手に取って、やはりまた戻した。

優希の手は数秒手牌を右往左往したが、何かに気付いたのか、今は膝の上に手をやって、その拳を固く握っている。

 

 

「……はあ……」

 

1つため息をつき、やえがパタンと手前に牌を倒した。

それの意味するところは。

 

 

 

「……{5}が対子で…………だから……か」

 

 

小声で呟かれた言葉。

対局者である3人も聞き取れないそれは、呟きと呼ぶかどうかも怪しい。

 

 

うん、と納得したように頷くと、ゆっくりと顔を上げた多恵。

 

口惜しそうに歯噛みする優希に対して、多恵は一言だけ。

 

 

 

「……終わりだね」

 

 

 

 

 

 

多恵 手牌

{1113456667発発発}

 

 

 

 

白銀の甲冑を来た騎士の持つ剣の切っ先が、優希の喉元にあてがわれていた。

 

 

 


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