乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった2周目に転生してしまった… 作:蒼樹物書
何故、今なのだ。
何故、この瞬間に記憶が舞い戻ってしまったのだ。
陽の入らない、ランプの灯りだけが照らす薄暗い部屋。
囲う壁にはびっしりと儀式実行の為の、魔術文字が書かれている。
十人近い大人達が、二人の少年。片方は既に抜け殻だが……囲んでいる。
抜け殻の少年は綺麗な布の上に横たえられ。
もう一人の少年は、縄で縛られている。
屈強な男達を従え、煌びやかな真紅のドレスを身に纏った女はそんな少年を見下ろしていて。
「……おかあさま……」
「ああ、シリウス! あなたなのね!!」
赤の女……奴は、何の罪もない母とその息子を贄にして得たと『思っている』少年を抱きしめる。
――ああ、知っている。知っているとも。俺はこの後殺される!
何故、今この時に舞い戻っているのかはわからない。だが、殺されるわけにはいかなかった。
奴が周囲の男達に命じる前に、闇の魔法で記憶を奪う。何故ここにいるのかすら、理解できないように。何故、奴に従っているのかすら忘れてしまうように。
これで、赤の女の手勢は木偶となった。
「奥様。私を、騙していたのですね?」
「な、なにを……!?」
赤の女……ディーク侯爵夫人は、まだ状況を呑み込めていないようだ。
家族を人質に取られ、従順に禁忌である闇魔法の儀式に臨んだ私が。家族と共に故郷へ帰ることだけを願っていた私が、反逆するなど思ってもいまい。
私も、未だこの状況を理解し切れていない。
だがこれだけは理解している。
『前』この女が私の家族を殺したことを。恐らく『今』もそうだということを。
愚かしくも『前』の私はそんなことを知ることもなく、この女に従っていた。そして用済みとなった私も殺されたのだ。
「必ず、地獄に落とす。『前』は叶わなかったが、『今』は」
呆けている男の腰から鋭剣を引き抜く。
突然の事態に怯え、這いずるように逃げる背中。『前』は叶わなかったが、私は舞い戻り……この手で、叶えることができる。
ああ、これで叶わなかった復讐を果たすことができる。家族の、仇を討てる。
「やめろ!!」
――なのに。
縛られている少年……シリウス・ディークの魂を流し込まれた、哀れな犠牲者が声を上げる。
攫われ、実の母を目の前で殺され。今度は他人の器にされそうになった。
直接手を下したのは私だが、この女は少年にとっても憎むべき相手のはずだ。何故、止める?
「僕も『二回目』だ!」
「……っ!?」
まるで事態を呑み込めない侯爵夫人を尻目に、少年を見つめる。彼も『前』を知っているというのか?
だったら何だというのだ。
あの公爵令嬢に助けられて、今度は自分がこの女を助けたくなったのか?
「……僕は覚えている」
『前』。
殺され、怨念の塊となった私に憑りつかれ。憎い仇から愛情を受けながら、復讐の時を待ち続けた少年。
聖女と出逢ったことで、その感情はかき乱された。
聖女は万能の、物語の主人公などではない。
あの時、救うと言ったのならば少年は彼女を憎むことが出来た。
――お前に何が分かるのだと。
差し伸ばされた手を払うことが出来た。少年が、聖女を憎むように出来たのに。
だが、そうはならなかった。だから私は心残りのまま消え去り――。
「地位も権力も奪い尽くし、地獄に落とす。あの時貴方は、そう宣言した」
『今』。
この場で殺せる。そんな喜びに舞い上がっていた私に、少年の言葉が刺さる。
そうだ。ただ地獄に落とすだけでは足りない。家族を奪われた私はその無念を晴らす為、やり切れない思いを少しでも返済させねばならない。
殺すだけでは駄目だったのだ。
「必ず、全てを奪って地獄に落とす。だから、まだだ」
そう言って嗤う少年。その言葉で、彼が『二回目』であることを確信する。
私は彼の母を殺した仇であり。
そして、首謀者である侯爵夫人を仇とする同志だ。
『前』は死後に怨念となり。
彼を唆して憎悪に心を染めさせ、復讐へ走らせた。
しかしその成就を見届ける前に聖女によって、彼は私を……怨念を払った。私は侯爵夫人の破滅を見届けることなく、消し去られた。
「『前』は貴方がいなくなった後、復讐は成された。彼女の何もかも、奪った」
それは、悪魔の囁き。
私が彼にしていた、それだ。
「『今』なら。君にも、彼女の破滅を見せてあげられるよ」
無念の内に殺された私。
今度は私に囁かれる悪魔の言葉に、心から笑ってしまった。
望んだ復讐。同じく侯爵夫人を恨む者として、唆し操っていた彼が今度は私を唆そうとしている。それがあまりにも可笑しかったから。
「いいだろう」
怨敵であるこの女を殺すのが、惜しくなった。
ただ殺すだけでは足りない。奪える全てを奪った上で、地獄に落とす。
『前』私はそう宣言したのだから。悪魔の囁きに従おう。
女に向けていた鋭剣を下ろして。
縛られている少年を抱え、儀式の間を後にする。
突然に裏切り、剣を下ろし。少年を攫って出ていく私に侯爵夫人は、呆然としている。
――待っていろ。
お前には、必ず破滅をくれてやる。
私と、少年が。
◇
それから数日間。
儀式の間を後にした僕と黒衣の男はディーク侯爵夫人の罪、その証拠品を搔き集めていった。
死の淵にある息子を救おうとしたとはいえ、闇の魔法を得ようとしたこと以外にも様々な非合法を行っていたから。
シリウス・ディークの記憶を受け継ぎ『前』に行っていた、復讐の準備が役に立った。
あとは、これを持って僕が証人として告発するのみとなった。
「あ……おかえりなさい」
証拠品を一人整理していると、黒衣の男が隠れ家に帰ってきた。
自然に出た僕の言葉に、彼は自嘲するように笑って。
「……私を、憎んでいないのか」
「許すことはできません。貴方は、母の仇だ」
侯爵夫人が全ての元凶だと理解していても、直接手にかけた彼を許せるはずがない。
だが。
証拠品を集め、確実に侯爵夫人を破滅へと導く。
その為に隠れ家で寝食を共にしながら準備を進めるうち、不思議と憎いと思うことはなくなった。
二人きりで作業を進めながら、互いの話をした。
彼が遠い故郷に産まれ、魔法の才があることで侯爵夫人に目をつけられたこと。そして、儀式の為に家族を人質に取られていたこと。
僕が侯爵に手をつけられたメイドの子として産まれ、田舎へ越して母子二人で幸せに生きていたこと。
ただ、憎しみのままに『前』心の中で共にあった彼……『今』こうして、面と向かって話せたことで。
何かが解決するわけではない。僕の母はもう死んでしまったし、彼の家族も既にこの世にいない。
侯爵夫人への復讐を互いに誓いながらも。
辛く悲しい心は、和らいだ。
――人を救うことなんてできる訳がない。でも、傍にいることはできるから。
ああ、そういうことだったのだ。
カタリナ様が僕を助けてくれたあの言葉。物語の主人公のように奇跡を起こすことなんて、人間にはできない。
だが、悲しみに寄り添いそれを分け合うことはできる。
ずっと一人ぼっちで憎しみを育んでいた『前』とは違う。
『今』は互いの悲しみを知り合うことができた。
互いの悲しみを分け合い、互いの悲しみを少しでも癒すことができた。
「それでいい。どちらにせよ、私は君に追われる立場だ」
「では」
「ああ。準備は整った」
家族の遺骨も回収できた、と寂しそうに笑う黒衣の男。
これから、遠い故郷に帰り家族を弔うのだという。その後は、国外に出るそうだ。
「悪いが、今この場で君に殺されてやるつもりはない」
「僕もその気はありませんよ。せいぜい追手に怯えながら、生き延びて下さい」
王国に、証人として全てを話す。そうすれば例え脅されていたとはいえ、実行犯の彼にも追手がかかる。
奇妙な数日間。母の仇と共に作業をし、寝食を共にしていた。
彼は僕を拘束すらしなかった。
侯爵夫人を地獄に落とすという約束をしているとはいえ、何時でも寝首をかけたはずなのに。
おそらく、それでもいいと彼は思っていたのだろう。だから、僕は彼を手にかけなかった。
母の仇である彼に対する、僕の答えだった。
「そうするよ。もう一つの復讐も果たせたしな」
「もう、一つ?」
――カタリナ・クラエスを手にかけた。
黒衣の男がそう言った瞬間、手近にあった包丁を握る。
『前』彼の目論見はカタリナ様によって破綻した。侯爵夫人と同じく、恨みを向ける可能性に気付かないなんて……!
「待て。出来たのは、結局嫌がらせ程度だったよ」
彼は夜中にクラエス邸へ侵入し、眠っているカタリナ様に闇の魔法を使ったらしい。
「悪意を増幅させて、破滅に落としてやろうと思ったのだが」
やはりどこにも増幅させるモノがなかった。
そう言って、大笑いする黒衣の男。
「だから、記憶を消してやったよ。あんな子供の記憶が消えたところで、大した仕返しにはならんが」
「……」
「おっと。これは、殺される前に逃げた方が良さそうだ」
言い捨てて、隠れ家から逃げ去っていく。追うが、子供の身体で追いつけるものではない。
黒衣の男を見失った僕は、証拠品を手に王国へ告発するしかできなかった。
王国は闇の儀式の事件について、既に証拠集めをしていたらしい。どこからか、第三と第四王子が事件について嗅ぎつけていたようだ。
僕は身柄を保護され、黒衣の男にも追手がかけられた。
そうして、大量の証拠品と僕という証人が現れたことで事件は立証され。
ディーク侯爵夫人は身分剥奪の上、国外追放。黒衣の男は、この沙汰を恐らくどこかで見届けただろう。
これに満足しないのであれば……追放された彼女に、直接手を下すかもしれない。だが、僕には十分だ。後は彼が自由にすればいい。
僕は禁忌である闇の魔法に関わった者として、しばらく魔法省で身柄を拘束されていたのだが。
十五歳となり、魔法学園に入学を許された。
僕が強く願い出て、今まで捜査に協力的だったことから許可が下りた。元々僕は風の魔法を持っているので、例外とし辛いこともあったのだろう。
とはいえ、事件に関する一切は秘密とすること。卒業後は、再び魔法省に身柄を預けることを約束した。
「これが、事の顛末です」
「秘密、話しているじゃありませんか」
「王子様に脅されて話せと言われれば、仕方ないですよね」
呆れたように告げるジオルド王子に、にこりと笑いながら答える。
僕はこの状況をずっと待っていた。
「一年前、一緒に入学したニコルに話すべきか……同じ『二回目』なのか探っていたんですけどね」
『前』幼馴染だったニコルは、基本無表情で心の内が読みにくい。
ラファエルの名を使っていることから『二回目』であることには、彼は気づいていたはずだが。
結局僕に対する疑念を払いきることはできず、そして僕も確信できない以上ここまで秘密を守るしかなかった。
「……その、すまない」
「いいよ。こうして君と、一緒に卒業出来そうだから。叶わなかった望みが叶ったから」
僕は『前』卒業前に事件が発覚したことで、ニコルと最後まで学園に通うことができなかった。それも、僕が入学を望んだ理由だ。
「つまり、こういうことでしょうか」
複雑に絡み合い混迷し、突拍子もない現状。
物語に造詣が深いソフィアが最初にその事実に辿り着く。
「ここにいる全員が『二回目』である。カタリナ様も」
「えっ、いや私は」
「メアリ。もうバレてるから」
何故かとぼけようとしているメアリさんを、アラン王子が窘める。
その通り。だから、カタリナ様は初めて会ったキースを義弟だと断じた。
「しかしカタリナ様は、闇の魔法で『一回目』の記憶が消されていた」
「おかげで僕らは白か黒かの選別にあちこち警戒していた……だからこそ、真相に辿り着くまで時間がかかった訳ですね」
流石ジオルド王子。頭の回転が速い。
黒衣の男がカタリナ様を襲ったことも勿論、役人に話している。
闇魔法絡みであることから、調査は秘密裏に進められたが……カタリナ様には闇魔法による影響はない、というのが結論だった。
なぜ黒衣の男がカタリナ様を狙う理由があったのか、それは話せずにいたことから襲撃自体なかったのではないかと思われているようだ。
理由を話すには『前』の話をする必要がある。
荒唐無稽な話を信じてくれるのは、同じ『二回目』の相手のみだ。ニコルは先ほど述べたように、確信が持てなかった。
うかつに秘密を洩らせば、死罪になる可能性がある。
残念ながらここまで、僕だけの秘密となってしまった。
「でも、義姉さんは僕を思い出した」
そう。義弟ではない、キース・クラエスという強烈な齟齬。
恐らくそれが最後の条件となりカタリナ様の記憶は回復した。
「強い衝撃が最後の一押しになった。けれども、それが成せたのは」
「……私、ですか?」
僕が視線を向けた先。
カタリナ様を、愛おしそうに膝枕をしていたマリアさん。
光の魔法の保持者。闇の魔法を感知する光とはいえ、悪意の増幅ではなく記憶の消去のみを施された為に気づくことはできなかった。
これは未解読なことが多い、闇の魔法に対する僕の個人的な知見だが。
メイドとして幼い頃からカタリナ様に寄り添い続け……記憶の回復を促進していた。無自覚ながらもカタリナ様を想う心が、見えない闇を照らし続けたのだろう。
様々な要因が重なり、絡まり合って。
カタリナ様は僕達と同じ『二周目』になった。
全ての懐疑は解かれ……関係性は変わってしまったけれども。
ただ無邪気に、学園生活を楽しめる日がやってきたのだ。
さて。
これでハッピーエンドだ。背負っていた荷が、ようやく下りた。
一人になった生徒会室で、椅子の背に体重を預ける。
皆はまだうとうとしたままのカタリナ様を、部屋まで連れて行った。
ハッピーエンドの向こう側。ようやく、本腰を入れてそこへ進むことが出来る。
闇の魔法を実際に受け、様々な要因から記憶の回復をしてみせたカタリナ様。僕が将来入ることになる魔法省も、さぞかし興味を持つことだろう。
長年魔法省と関わって人脈を作り上げた『今』。
彼女もそこへ入ってもらうための算段を準備している。復讐の準備なんてモノではなく、未来の幸福の為の準備。
たった二年在籍する学園……僕と彼女の場合は、歳の差があるから一年だけ。
幼い頃から彼女を慕う、手強い恋敵たちを相手取るには短すぎる。
だから、未来の時間を作るのだ。新人として魔法省に入った彼女を先輩として助け、たくさんの時間を共にすることができるように。
カタリナ様。
僕と、聖女の未来の為に。
ラファエルで始めるカタリナ攻略RTAはぁじまぁるよー。
隠しキャラの彼ですが攻略は復讐イベ消化後でないと出来ないので、実質復讐RTAです。
二周目の場合は黒い人を止めることが出来るので、そこから共闘ルートに入り赤い人を即破滅させます。
学園では好感度ゲージが溜まりきらないので卒業後の準備に費やしましょう。入省後は真面目に仕事せず好感度を上げてエンドです。
(ピロロロロロ…アイガッタビリィー)
カタリナ・クラエスゥ! 何故君だけが『一回目』だったのか! 何故以下略。
というわけで、次回最終話。連続投稿です。