乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった2周目に転生してしまった…   作:蒼樹物書

2 / 11
【2】

 何時ものように、誰の為でもないお菓子を焼いていた時だった。

 

 「……カタリナ、様……」

 

 見慣れた、古ぼけたオーブンの前で立ち尽くしながらその名前を口にする。

 『今』知っているはずのない、名前。

 

 「カタリナ様……」

 

 ああ。

 声にする度、心が震える。温かくなる。

 つい先ほどまで冷え切っていたはずの心が、ぽかぽかと温もりを感じている。もっと、もっとそれを感じたくて。

 

 「カタリナ様、カタリナ様……っ」

 

 言葉にする程愛おしさが溢れてくる。慕う心が心音を跳ね上げていく。思い出した。

 光の魔法に目覚めたことで父に捨てられ、母とも疎遠となり独りぼっちになった私。義務から魔法学園に入学した私は、そこで彼女と出会ったのだ。運命の出会い。

 

 ……あの時、私は全てを諦めていた。

 学園に入ったのも義務感や今後の進路を明るい物にすれば、愛する母に楽をさせてあげられるという考えだけ。

 だから私は、友達との楽しい学園生活なんてものを期待しなかった。ただの足掛かりと思っていた。

 実際たまたま魔法に目覚めた平民に対する貴族の方々の目は冷たかったし、理不尽や不平等は当たり前だった。

 

 唯一、成績上位者が選ばれる生徒会の方達……地位も高い方々は教養に秀でている為か、そうした虚栄心を満たす為だけの行為はしなかったが。

 それでもやはり、貴族社会において『使える』相手でなければ積極的に関わることもない。ただの平民相手に時間を使うほど暇ではない。

 淡々と、それぞれが仕事をこなしていく。私もその方が楽だった。このまま日々をやり過ごし、消費していくだけだと。

 

 諦めていたのだ。

 

 「――カタリナ様!!」

 

 諦めて、いたのに。

 あの方が現れた。

 

 

 成績上位者のみで構成される生徒会に出入りする異例の女生徒。公爵家の娘でジオルド様の婚約者。初めは、特権を振り回すありきたりの貴族令嬢だと思っていた。

 とはいえ、平民の私が邪険にする訳にもいかない。だから会長の淹れたお茶を飲む彼女にお菓子をご用意する内に。

 

 惹かれた。

 

 天真爛漫とはこういう人を言うのだろう。

 無邪気に私の出したお菓子を頬張り、今度は私の手作りお菓子を食べたいという。その言葉には打算も何も感じられず、純粋な好意だけを叩きつけられる。

 ……それでも、また裏切られるのではと迷いながらも。何時もより、丁寧に作ったお菓子を用意して。

 

 『光の魔力を持っているというだけでチヤホヤされて……!』

 『こんな平民が作った貧相なものを生徒会の方々に食べさせようなんて、不相応にも程があるわ!!』

 

 何時ものように向けられる悪意。嫉妬……ああ、やっぱり。時折私を目障りそうにしていた女生徒達に囲まれ、私はただ言われるがままでしかいなかった。

 私なんかが、望んじゃいけないんだ。また、失うだけだった。

 

 お菓子が入った籠が叩き下ろされ、踏みにじられそうになる。

 

 『――やめなさい!!』

 

 颯爽と現れたその背中。私を囲み、叩き潰そうとする悪意を遮るその背中。

 いつもの、お茶とお菓子を美味しそうに楽しむだけの普段からは想像もできない程の鋭い声。背に守られているはずの私すら、身が竦みそうになる。

 

 『あなた達、一体何をしているの!?』

 

 怒気をはらんだ声に、貴族の少女達が蜘蛛の子を散らすように退散していく。私は突然の出来事に呆然としていた。

 ……たすけ、られた?

 

 その事実を受け止める前に、地に落ちたお菓子の前に腰を下ろすカタリナ様。

 躊躇なくお菓子を食べ始めるカタリナ様。

 それはもう美味しそうにぱくぱく、多めに作っておいたお菓子を完食するカタリナ様。

 カタリナ様?

 

 混乱した。

 

 え、カタリナ様は公爵家のご令嬢ですよね? 平民の私とはいえその高貴さは知っているつもりだ。貴族の中でもトップクラス、王家との婚姻も許されるお立場。雲の上の人。

 なんで拾い食いしてるのこの人。

 混乱し困惑する私に、カタリナ様は何一つ偽りはないとばかりに美味しかったと言ってくれた。

 

 ――私にとってお菓子作りは数少ない趣味だ。なんの価値もない平民で、皆に避けられ忌み嫌われる私の。

 生徒会に日々贈られる、高級シェフ達が作る豪華なお菓子に比べて地味で平凡で貧しい私のお菓子。

 だからそんな私の、趣味の産物がこの高貴なお方に認められるはずがないのに。

 

 『……ありがとうございます』

 

 ただ、お礼を言うことしかできなかった。

 久しぶりに、笑った気がした。

 

 

 

 それから貴族令嬢達の嫌がらせは加速し過激化していったが、そんなものは耐えられた。

 カタリナ様に手作りのお菓子をお出しする。カタリナ様の課題をお手伝いする。

 そんな日々が、どんなに冷たく心を刺す悪意も溶かしてくれた。

 

 なのに。

 

 『平民のくせに!』

 『魔力が特別だから贔屓されたに決まっているわ!』

 

 痛い。急所に突き立てられる、氷柱のように冷たい悪意の言葉。いたい。いたい。耐えられる。カタリナ様さえいてくれれば、こんな言葉。そのはずなのに。

 

 頑張っているのに。

 

 スタートラインから劣っている私は、授業についていくのに他の人より勉強するしかない。授業中に理解し切れなかったことを復習し、明日の為に予習を出来る限りしていく。

 睡魔に負けるぎりぎりまで続ける。続けていかなければならない。疎遠になったとはいえ、たった一人残った家族である母の為にも。

 

 彼女達が言うように贔屓があったのならば、どれほど楽だったことか。

 

 努力を義務としている私に、遊び回っているだけの彼女達の言葉は何より心を刺した。

 わたし、がんばっているのに。

 結局、理解されない。私の努力に価値なんて――。

 

 そして。再び。

 

 カタリナ様……。

 貴族令嬢達の前に立ち塞がってくださるカタリナ様が、彼女達に反論し始める。

 

 この学園は公爵家の娘である自身にすら贔屓しない平等であり、私の成績は実力に依る物であることを。

 一生懸命に努力する私を認めてくれているからこそ、生徒会の方々も一緒にいてくださることも。

 

 私を、私のしてきたことを見ていてくれた。私の努力を認めてくれた。

 それを否定する貴族令嬢達を、否定してくれた。ありもしない贔屓を想像して妬み、ただ悪意を向けるだけの彼女達には『破滅』が待っていると。

 

 ……気づけば、ぽろぽろと涙が溢れていた。

 止まらない。止められるはずがない。

 

 困惑し、慰めてくださるカタリナ様の為に止めたくても止まらなかった。

 嬉しかったから。

 こんなにも嬉しいことがあるなんて、想像もしなかった。この方に認められて、この世界に在れることがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。

 

 初めから何の期待もしていなかったはずの学園生活。

 ――平民の、たまたま資格を得て紛れ込んだ女の子が。

 王子様や高貴で華麗な殿方との運命的な出会いをして、恋をする。乙女が夢見るそんな物語はなかったけれど。

 

 こんなにも素敵な運命の出会いがあった。

 

 

 ……思い出した。

 そうとしか言えない。八歳の私が経験しているはずのない、十五歳の時の記憶を思い出したのだ。魔法学園、生徒会、夏休み、あの事件、卒業式。そして、カタリナ様のことを。

 

 なんで? どうして? と思う前に身体が動いていた。

 家にある僅かな私物や着替え、日持ちする食べ物を搔き集める。目指す場所までは馬車でなら日帰りだが、お金はないのだからこの短い手足で駆けていくしかない。

 それがどれほど難しいことかは考えが至らなかった。逢いたい。ただ逢いたかった。

 

 今は家を空けている母に置手紙を残す。

 

 大切な人に逢いに行きます。決して家出ではありませんのでご心配なく。また連絡します。愛してます。以上。

 

 たぶん、いや絶対混乱すると思うから次の連絡はできるだけ早めにしよう。

 搔き集めた物を古ぼけたリュックサックに詰め込んで背負う。

 小さくなった私の身体に一瞬、違和感を感じるがそんなものに構わず駆け出す。

 見慣れた田舎町、そこから飛び出して。

 カタリナ様に逢いたい一心で。

 

 

 

 それから。

 八歳の女の子がたった一人で、どうやって田舎町から公爵邸に辿り着いたのかはよく覚えていないが私は成し遂げた。

 門前では物乞いと思われ最初は相手にされなかったが、ただひたすらクラエス家での奉公を願い続けた。

 ただの平民の少女である私が、カタリナ様にお会いするにはこれしか思いつかなかった。十五歳になれば『前』のように魔法学園でお逢いできるのだが、我慢できるわけがない。

 しかしそんな身元の知れない者を、それも公爵家が簡単に招き入れるはずがない。

 

 だから、ひたすらに願い続けた。

 朝から晩まで、ずっと門前で。夜が更けても立ち続ける。迷惑かと思わなくもなかったが、こちらにも譲れないものがあった。

 

 意識が朦朧としながらも我慢比べを続けていると、困った門番に呼ばれた短髪のメイド……アンさんから事情を聴かれた。

 流石に『前』の話をするわけにはいかなかったので、立派な公爵家であるクラエス家にお仕えしたいということにする。

 クラエス家についてはある程度知識はあったし、それに加え光の魔法を発現していることもしっかりアピールする。自分に並べられる武器を全て晒し、彼女の許に至る為に全てを差し出す。

 

 アンさんは終始厳しそうな眼……主人を守る為の、品定めの為のそれを向けていたが。

 最後にはリハビリの名目で、私に目が届く所までカタリナ様を連れ出してくれた。

 ボロボロになっていた私にカタリナ様はすぐ気づき、今すぐ家に入れてやれと言って下さった。

 

 全てアンさんの算段だ。

 お風呂と食事、そして温かい寝床を与えられて。その後はアンさんに付いて見習いとしてお屋敷で働くことを許された。

 

 「マリアさん、よろしくね!」

 「……よろしくお願いします、カタリナ様」

 

 新人の見習いメイドである私に、まるで新しい友達のように接してくださるカタリナ様。まだ私と同じく八歳、幼いながらも十五歳の頃の面影がある。

 ともすれば気が強く意地悪に見える吊り上がった目尻と鋭い眼、しかし人懐っこい笑顔がそれをアンバランスな魅力にしている。

 幼くも、間違いなくカタリナ様だ。

 

 逢いたかった。

 泣き崩れ、抱きしめたくなる衝動を必死に我慢する。今の私はカタリナ様に仕えるメイド。かつてのように級友の間柄ではない。

 それでも今この時を一緒に過ごせることが嬉しい。ジオルド様やメアリ様達は、彼女と幼馴染だったから。

 カタリナ様はそんなことで贔屓したりはしないけれど、やはり昔話が一緒にできないのは少し寂しかったのだ。

 

 「同い年なのね、嬉しいっ。仲良くしてね!」

 「はいっ……嬉しい、です……」

 

 あ、ダメだ。

 ぽろり、と溢れてからは止まらなかった。ぽろぽろと零れていく涙を止めることができない。

 カタリナ様が何か悪いことをしたかと心配して下さる。違うのです。嬉しいのです。とても、とても。貴女と同じ時を、『今』からまた始められることがこんなにも嬉しいのです。

 

 今、この状況がどうしてもたらされたのかは理解できない。

 これから、一体どうなるのかはわからない。

 

 けれど。

 誠心誠意、尽くそう。今はカタリナ様のメイドとして。

 

 

 

 メイドとして働き始め。最初にしたのはカタリナ様の額に出来た傷痕を癒して差し上げることだった。

 光の魔力は癒しの力、傷や病気を治す。田舎町では不気味だと周囲から厭われたこの力が、カタリナ様をお助けできることが嬉しかった。

 

 ――痛々しい、出来たばかりの傷痕は光の魔法により綺麗さっぱり消えた。

 

 幼い女の子が魔法をこれほど使いこなせることは異例であるようで、周囲の大人達は大騒ぎしていたが感謝してくれるカタリナ様の愛らしさに呆けて耳に入ってこなかった。

 

 

 

 ああ、そういえばカタリナ様とジオルド様の婚約のきっかけは確か……思い出したのは、それからだいぶ後のことだ。




マリアの実家はクラエス邸から馬車で日帰りの距離、馬車を時速10km/h程度と想定して20~30km程の距離と想定しています(夏休みのマリア家訪問の描写から)
成人の徒歩が時速4km/hとして子供で3km/hくらいと想定。つまり10時間くらいの距離ということですね。
8才のマリアちゃんは10時間くらい駆け抜けた後三日三晩カタリナ邸の門で待ち続けました。
なにそれこわい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。