乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった2周目に転生してしまった… 作:蒼樹物書
「ではこれより、第一回カタリナ・クラエス破滅エンド回避の為の作戦会議を開幕します」
議長……私の開幕宣言により会議が始まる。
この会議の参加者は私、私、私、私、私の五名だ。要は脳内会議だ。
――頭を強く打ったことで前世の記憶を思い出した。
きゅうりを咥えたまま交通事故に遭った日本人学生の私は、乙女ゲームFORTUNE LOVERの世界に転生してしまった。
夢であって欲しいと願いながらも状況を整理し調べていくが、そうとしか思えなかった。
しかも転生先はゲームの意地悪なライバルキャラ、カタリナ・クラエス。ハッピーエンドでもバッドエンドでも大体死ぬか国外追放という、破滅フラグしかない悪役令嬢だ。
嘘でしょ。
死んだ上に、次の輪廻が破滅を待つだけの身だなんて。
混乱して何も考えずに受け答えしたせいで、腹黒王子……ジオルドからの婚約も受けてしまった。非情に不味い。完全に原作通りの展開だ。
というわけで緊急会議だ。
「何か良い案のある方はいらっしゃいますか?」
「はい」
「ではカタリナ・クラエスさんどうぞ」
私が問いかけ私が手を挙げ私が許可する。脳内会議だから。
発言を許可された私が婚約破棄を提言してくる。そうよね、婚約の発端となったのは額の傷痕だ。しかし傷痕は既に消えている。
事の始まりとなった怪我から数日後、我が家のメイドとして働き始めたマリア。
平民では稀な魔法を発現しており、しかも属性は超レアな光。癒しの力を持つ光の魔法で、あっという間に額の傷痕を消してくれた。
一生残るかもしれない傷痕すら完治させる力……その希少性も頷ける。
しかもマリア超いい子。勤め始めてすぐなのに、私のことを全て知っているかの如く奉仕してくれる。
手作りのお菓子も素朴なのにとっても美味しくて、食べ過ぎてアンに怒られてしまうくらいだ。
しかし。
「ジオルドの方から申し出てきた婚約で、こんなにも家族も喜んでいる状況でそんなことできると思いますか?」
……確かに。ジオルド・スティアートは王家の第三王子。公爵家とはいえ、簡単に婚約を断れるはずがない。
それに王家との婚約ということで、母を含め周囲は祝福モード。婚約を破棄することは難しいだろう。
破滅を避ける為、学園へ入学しないことやそもそも主人公を虐める悪役令嬢にならなければ、という案も出るが確実ではない。
あ、そういえばFOTUNE LOVERの主人公もマリア・キャンベルという名前だったわね。すごい偶然だわ。
超レアな光魔法の発現者という所まで一緒だけれど、主人公が悪役令嬢の所でメイドしてたなんてありえないから偶然に決まっているけれど。
紛糾する会議だが、とにかく目の前のフラグを回避する為の方針を立てる。
剣の腕と魔力を磨くこと。まず剣で殺されないようにし、国外に追放されても生計を立てられるようにするのだ。
FORTUNE LOVERのカタリナはジオルドを追いかけてばかりでろくに勉強もしなかったのだ、今から頑張れば何とかなるはず。
それから方針に従い剣を学び、魔力を高める為土と対話する。つまり畑を作る。アンやマリアは良く分かっていないようだったが、祖母の教えが間違っているはずがない。
作業着に頭巾で、鍬を地面に突き立てる。ざっくざっくざっく。土の声が聞こえる。これが土との対話……!
「お待ちください!」
「カタリナお嬢様は気分が優れないようですので……」
「マリアぁッ!?」
門の方が騒がしい。アンが悲鳴のような大声を上げている。何か争っているようだ。
「……これはこれは。畑を耕している気分が優れないご令嬢がいらっしゃるようですね」
天使の笑みを浮かべた、腹黒ドS王子が現れた。
後ろからお待ちくださいと懇願しながら追いすがるアン、身分のことさえなければ今すぐ物理的に噛みつきそうなマリア。誰にでも優しい聖女のような彼女が、あんなにも敵意を露わにするのを初めてみたなぁ、と思っていると。
「本日は婚約の件で正式な挨拶に参りました。私との婚約、お受け頂けますか?」
ジオルドが片膝を付き、幼いながらも堂に入った動作で掌を差し出す。金髪碧眼、美麗で完璧超人のような男子に求婚される。乙女ならば誰もが即応してしまいそうな状況に、手を伸ばしかける。
「……奥様、お気をしっかり。カタリナ様が王妃候補になってしまいますよ?」
「――っ!? そんなの無理だわ無理よ無理!?」
三回言った。作業着を着て畑で王子の求婚を受けそうになっている娘に対して、三回言った。
お母様に囁いたのはマリア。
魔力の鍛錬中に突然現れたジオルドに自失となっていたお母様はその一言で覚醒し、娘を全力否定した。お母様? 私も傷つくんですよ? 王妃が務まるわけないということは同意ですが。
「額の傷痕も私の魔法で完治しておりますので、ジオルド様がお気に病まれる必要もないかと存じます」
「……いえ、傷物にしたという事実こそが重要なのです。『偶然』光の魔力を持つ貴女がここにいなければ、どうなっていたか」
「私はここにおりますので。王子は何か焦っておられるようで」
こわい。
私を背にしてジオルドと対峙するマリア。互いに笑顔でいるのだが、周囲の従者達が口も挟めぬほど怯えている。
破滅フラグを避けたい私からすれば、婚約破棄に味方してくれているマリアを応援したいのだが何故かそれも心が痛む。
ジオルドと私はほとんど初対面のはずだ。だから望みである婚約の障害に対し、焦った顔を見せる彼。それに胸を締め付けられる必要はない。彼は私を破滅に導く悪魔のはずだ。
「あの、とりあえずお返事に時間を頂けませんでしょうか……?」
ばちばちと火花を散らすように向かい合う王子とメイドに、そう提案する。状況は私の処理能力を超えている。
けれども、二人が争う状況に耐え切れない。
提案に、お母様も乗ってくれる。断れるはずがないと判断しつつも、作業着で王家の求婚を受けるという事態は避けられる利を認めたらしい。
「……いいでしょう。君、ちょっといいかな」
「はい。失礼いたします、カタリナ様」
不承不承ながら、といった感のジオルドが踵を返す。去り際にマリアに声をかけ、それに彼女も望むばかりと応じてその後を付いていく。
まさか、マリアのことを罰するつもりじゃ……!?
「あっ、あの、ジオルド様!」
「なんでしょう、カタリナ様」
「――うちのメイドが無礼をしました。けれども、マリアは私のメイドです。どうか」
「……わかっています」
大きく頭を下げ願い出る私に一瞬、ジオルドは苦虫を口いっぱいに噛み潰したように表情を歪める。
まだ勤めて数日のマリア。しかし彼女は私に、クラエス家に精一杯尽くしてくれている。優しくて努力家の彼女が、何故ジオルドにこれほど激しい態度を見せるのか分からないけれど。
彼女は見習いとはいえ私付きのメイドだ。主従という制度には未だ慣れないけれども。
私は彼女の奉仕に対して、返すべきものがあることは知っている。
聡明なジオルドはその一言で察してくれたようだ。従者の無礼は主の責任。責を負うにしても、従者の受ける罰は主が決定する。例え、主従揃って吊るされることになろうと。
……破滅フラグを避けたいはずだったのに。
でも、マリアの為ならそれでもいいと思った。
◇
「……君、二周目ですよね?」
クラエス邸を離れ、お付きの従者達を払い二人きり。何故かメイドになっていたマリア・キャンベルへ、一言目で告げる。
何の障害もないはずの、二回目の人生。カタリナとより幸せな日々を過ごせるはずの今生に現れた、最大の衝撃。
――マリア・キャンベル。
魔法学園に入学した平民の少女。多くは貴族が目覚める魔法に覚醒したという異例。しかも希少な光魔法適正という異例尽くめだ。
……物覚え付いた頃から単純で、理解し得ないことの無いつまらない世界。そんな中に在って目を引き得る存在だ。カタリナと、出逢う前ならば。
僕は、もう出逢ってしまっていた。
だから、彼女は惹かれる相手ではなく。
恋敵。
十五歳になり魔法学園に入学して。そこで『前回』僕らは彼女と出会った。
道に迷ったから、木に登り周囲を確認しようとした彼女。ああ、カタリナみたいだなと思った。それくらいで気にも留めなかったが。
いつの間にか、彼女はカタリナに誑かされていた。
生徒会で接点を得ていたようだが、どうも僕の婚約者は関わる人間全てを誑かさないと気が済まないらしい。平民ということで虐められていたところをカタリナが助けたらしく、それで墜ちたようだ。
彼女はカタリナを慕うようになり『あの事件』の時、欠かせない程の力となってくれた。妻となるカタリナに、心強い友人が出来たことは喜ばしいはずだが。
マリア・キャンベルは、恋敵だ。
恋敵と断ずるのは、直感という他ない。天才と持てはやされる僕がそんなものに振り回されるはずがないなのに。
けれども。それは確信だった。彼女は、マリア・キャンベルは最大の恋敵だ。カタリナと同性であることなど問題ではない。
法、国……例え『世界』が相手であろうとカタリナの為なら戦える。マリア・キャンベルはそういう相手だ。
だから、すぐに分かった。彼女が僕と同じく二周目であることも。
「え、えっと……」
「『あの事件』を、回避する為に君の力を借りたい」
「……っ!」
彼女は恋敵ではあるが、カタリナの為という点においては頼もしい味方だ。
だから、この言葉を選んだ。
「ジオルド様も、ですか」
「はい、二周目です。だがカタリナにあんな目には、二度と遭って欲しくない」
マリアも今の状況……二周目という今に困惑し、助けを望んでいる。そして、今の状況だからこそ出来ること。カタリナの為に出来ることを模索している。
互いに最大の恋敵と認識し合ってはいるが、カタリナの力になりたいという願いは同じだ。
『あの事件』。生徒会長に依るあれを回避したいというのは、僕らの願いだろう。何とか解決したとはいえ、死に向かい眠り続けるカタリナ。
……あんなものは、二度と見たくない。
ならば、光の魔力を持つマリア・キャンベルの力は必要だ。闇の魔力、そのカウンターとして機能する彼女の力が。
既に『彼』について調査の手を伸ばしてはいるが……生贄の儀は、成された後だったようだ。
王子としての権力、僅か八歳の身ではもどかしい程のそれでは手を打ち切れない。
現状『あの事件』を完全に回避するのは難しい。また、あの最悪の絶望を味わうことになるかもしれない。
――僕も、マリアも既に味わっている。
「私も、カタリナ様をお慕いしております」
「僕もだ」
カタリナの為。その為に僕らは共闘できる。それを確認して、今後を話し合う。
……『あの事件』を回避することを第一目標として協力する。僕は王族としての力を遠慮なく振るい『彼』の動向を探り、マリアはカタリナの傍に寄り添い身を守る。
僕だけでなくマリアも二周目……前回の記憶を持っていることから、他にも同じ人間がいる可能性がある。用心は必要だ。
危害を加える可能性がある相手以外にも、警戒が必要な相手は沢山いる。何しろ僕の婚約者は人を誑かすことに置いては世界一だから。
「とりあえず、婚約のお返事はしばらく待つことにします」
「カタリナ様のお茶会デビューは、出来る限り先延ばし致しますね」
勤勉で賢い彼女は、僕の意をすぐに理解してくれた。カタリナと出逢う『前』のことも沢山聞いていたマリアは『今』の状況を理解している。
――『あの事件』対策はする。それはそれとして、恋敵の参戦は遅いほど良い。
カタリナが婚約しなければ、代わりにクラエス家後継ぎとなるキース・クラエスは養子になることはない。つまりキースはカタリナと出逢うことはない。
それを決められるのは僕の立場あればこそだ。返事をもらうのを保留しても、権力を盾にいつでも婚約を押し通せる。王族万歳。
カタリナ初めてのお茶会……それに参加しなければ主催のハント家、その四女メアリと出逢うことはない。これはクラエス家の内で決められることだから、現状僕の手が届き難い。メイドの立場であれ『前回』を知っている彼女なら上手く立ち回ってくれる。まだ作法に疎いカタリナに、お茶会デビューは早いとクラエス夫妻に吹き込んでもらう。
……利害は一致した。僕の有利は確保しているが。
義弟として同じ家に住まい、何時でも実力行使に出れるキース。弱気で内気だったはずが、カタリナとの出逢いで恐ろしくなったメアリ。
二人をカタリナと出逢うまで、少しでも先延ばしに出来るのは互いに利益だった。
こうして。
奇妙な協力体制は確立した。全てはカタリナと自分の為。
お互い、キースやメアリ達を憎く思っているわけではない。良い友人達だ。むしろ幸福を祈っているが、僕がカタリナの隣に在る為に他の幸せを探して欲しい。
いずれ再会したいが、今はもう少しカタリナを独占したい。
「では、連絡は密に」
「心得ております、ジオルド様」
前代未聞の状況に在ってマリアは平然としている。それに妙な頼もしさを覚えながらも、負けていられないと自身を奮い立たせる。
今度こそ、彼女を確実に手にする。
片っ端から周囲を誑かしていくカタリナを捕らえ、籠の鳥にする。協力者で恋敵のマリアは物語ならば主人公の器だ。
とても難しい舵取りが必要となるだろう。
――僕は天才だ。世界を思い通りの、つまらない灰色に塗り潰す。僕だけの極彩を灰色の檻に収めてみせる。
カタリナ……僕の彩を。
火と光の重いラリーが続いておりますが、重いのは二人だけではないのでご安心下さい。
次回、奴が来る。