乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった2周目に転生してしまった… 作:蒼樹物書
「うーん、今日もいい天気!」
畑仕事日和だわ。
ジオルドが正式な婚約の挨拶にきてから三か月。未だに返事は保留している。
『ゆっくりで構いませんよ。思えば、僕は焦ってしまったようです』
にこり、と優しい笑みで待つと言ってくれている。王子との婚約という破滅フラグを避けたい私からすれば、ありがたいことなのだけれど。
「今日はスイカの苗を持ってきましたよ、カタリナ」
昨日はおすすめの肥料、一昨日は精巧なカカシだった。そう、ジオルドはほぼ毎日クラエス家を訪れている。おかげで我が家の畑はどんどんパワーアップしていった。
第三王子ともなれば八歳という幼さでも、かなり忙しいはずなのに。
「いつもありがとうございます、ジオルド様」
「ジオルド様、他の御用事はよろしいのですか?」
「……まるで僕が暇みたいに言うね、マリア」
いつの間にかマリアとも仲良しになっているし。偶にこっそり二人きりで話してるみたいだし。
今もあんなにも見つめあっちゃって……まさか私に婚約を申し込んだものの、マリアに心を奪われたというの!?
だから私が、婚約を保留しているのを許している。焦ってしまったっていうのは、私なんかを選んだことを後悔しているっていうこと!?
間違いないわ、マリアはすごくいい子だしすごく可愛いし。
「どうしたんだいカタリナ?」
「あの、やはり婚約の話はなかったことに……」
「ゆっくり考えてからで構いませんよ」「いやその」「ゆっくりで構いません」
どうしよう聞いてくれない。
恐らく公爵家の娘である私に婚約を申し込んだのに、平民のメイドに心惹かれたことが問題になると思っているのだ。
そんな、私がマリアの恋路を邪魔することになるなんて……!
まるで悪役令嬢……悪役令嬢なのだけれど。これは問題だ。今夜また脳内会議を開かなければ。
問題といえば。
「はぁ……どうしてかしら」
畑の前に座り込む。植えられた野菜が、しんなりと萎れてしまっている。確かに私は前世でも植物の世話が得意ではなかったけれど。
庭師のトムじいちゃんが手入れしている畑は、元気に青々としてるのに。寡黙な彼に教えを乞うてみるも、なかなか上手くいかない。
何が違うのかしら。
……あの特別な『手』が私にもあればなぁ。
◇三か月前◇
目覚めた。
そうとしか言いようがない。何時ものように一人、花々が咲き誇る庭園の手入れをしていた。
――メアリの手は、緑の手なんだわ。
緑の手。植物を育てる特別な才能のある手。緑の手を持つ私を、特別で素晴らしい存在だと彼女は言った。
ハント侯爵家に後妻として入ったお母様の娘である私は、母の死後義姉達に疎まれていた。
赤褐色の髪が汚らしい。
身分の低さが溢れ出ている。品がない。
……厄介者。
自分の価値が信じられないことは、とても辛いことだった。
父は再婚の負い目もあり、表立って味方することはできない。義姉達からすれば自分達と違う血を持つ異物は、格好の標的でしかなかった。
貴族社会の倫理に照らせば、遠慮なく気晴らしにできる相手と『今』は理解できなくもないが。
その頃、私は無価値であることを認め義姉達の背に隠れ……いや、彼女達を輝かせる為の添え物として息を潜め生きるしかない存在だったのだ。
周囲に味方のいない、私の唯一の慰めは庭園だった。
貴族令嬢の嗜みとして庭園弄りは良くあることだったが、義姉達はあまり興味を持っていなかったので私が自由にできた。
たった一つの自由。花々は水をやらねば萎れてしまう。移動するのにも植え替えという人の、私の手が必要だ。
その不自由が自身と重なって、愛おしく思えた。だから本をたくさん読んで勉強して、のめり込んでいった。
気づけば、植物についていくらか詳しくなっていた。だが、そんなものに大した価値はない。庭師も舌を巻く知識を身に付けたとはいえ、貴族令嬢にとって庭弄りは手慰み程度の価値しかない。
だから無価値な私は貴族の力の倫理に従って、適当な所で使われて終わりだろう。王位継承の可能性が低い、末席に近い者との政略結婚とか。
貴族社会における結婚とはそういうものだ。好きとか嫌いとか、そういう話ではない。力関係で決められ、利害を最優先に決められる。
そうして自身の価値を決めつけていた私に。
彼女は、新風を吹き込んだ。
ただの手慰みだったはずだ。貴族令嬢にとって、植物を上手く育てられるなんて価値があるはずがない。才能と呼べるはずがない。
特別なはずがない。
価値のない私が、特別なはずが、ない。
カタリナ・クラエス様。
公爵令嬢も迎えたお茶会で、私は何時ものように息を潜めて庭園に引き籠っていた。そこに通りかかったらしい彼女は、私の手入れしていた花を認めてくれた。
はじめは、腕のいい庭師がいるのだろう。紹介して欲しいと言ってきた。
……四女とはいえ侯爵家の娘、おべっかにはいくらか慣れている。打算から貰う賞賛はいくつも身に浴びている。
だからこそ、そんなことは頭にないとばかりにこの花々を素直に賞賛してくれている彼女に。
私は、心惹かれたのだ。
この庭を世話しているのが私だと正直に告白する。賞賛されていることに恥ずかしさを覚えながらも、手を挙げてしまいたかった。
褒められたい。認めてもらいたい。自身に、価値があるのだと。
それから。
自分の庭で野菜を育てているというカタリナ様に驚きつつも、植物の手入れについて話し実際にクラエス邸の畑を訪れて。
真っすぐに私を見て認めてくれる彼女。いつしか私の世界の中心は彼女になっていた。
カタリナ様の、隣に立ちたい。
公爵家令嬢で、王子と婚約したカタリナ様。立派で優しい、彼女の隣に。
劣等感に浸り内気だった私。そんな私が彼女の隣に立つことはとても険しい道のりだ。
それでも。
カタリナ様と一緒にいたい。
その一心で、これまで気が乗らなかった貴族令嬢の作法や立ち振る舞いも必死に勉強することができた。心から手にしたいモノがあることで、積極的になれた。
欲しい。その為に自分に価値が足りないのならば、作り上げてみせる。
欲しい。その為ならば臆病で弱虫で、逃げてばかりいた自分の心も鍛え上げることが出来る。
――そこらの軟弱な令嬢とは違うのよ。
「カタリナ、様……?」
目覚めたという他ない。『今』知っているはずのない、彼女との記憶。
それに身体が硬直してしまう。
戸惑いながらも。
『今』なかったはずの、欲しいという感情が渦巻き高ぶっていた。
とにかく、状況を確認する。
……私、メアリ・ハントは『今』八歳。十五の時に、先輩の卒業式を迎えたその日から記憶を継承したまま幼くなっていた。
周囲に日付や状況を確かめても、時間が巻き戻っているとしか判断できない。
クラエス公爵家の娘、カタリナ様も私と同じく八歳のようだ。その他の状況も、あの頃とまるで変わらない。
「そんな……」
『今』の私は、カタリナ様をお茶会に招く前。確かあれは九歳の頃だった。
つまりカタリナ様に出逢う一年ほど前ということになる。
自身を無価値と断じて息を潜め、怯えていた日々の中にある。
誰からも認められない、路傍の石のような私。
カタリナ様と出逢い、彼女の隣にあろうと走り始める前。弱かった頃の私。
――だが、私は既に走り始めた後だ。あの頃よりも、だいぶ強くなっていた。
とりあえず、私を虐めてくる義姉達に逆襲してハント家での発言力を高める。人が変わったように堂々として、知略を巡らせる私に義姉達は手を出せなくなっていった。
邪魔さえしないのであれば、これ以上義姉達へ反撃する必要はない。恨んで虐め返すより、やることがあるから。
後妻の娘という負い目を利用して、お父様にも遠慮なく甘える。義姉達とやり合えるようになったことで、お父様も義姉達と平等に愛してくださるようになった。
なので甘えまくって、既に水面下で進められていたアラン・スティアート様との婚約を推してもらう。
突然若返り昔に戻っているという異常事態に、最初は面食らっていたがとにかくカタリナ様が欲しい一心で行動する。
まず、最大の恋敵はアラン様の兄であるジオルド・スティアート様だ。
何しろ婚約者。親友で終わった私に勝ち目はない。王子様相手に侯爵家の娘、立場も違えば性別の壁もある。
だから負けることを前提とした計画を立てる。
ジオルド様が、彼女と結婚してしまったとする。その時に弟であるアラン様と結婚している私は、義理の妹ということになる。
負けてもカタリナ様の義妹。義理とはいえ家族になれる。
そうして『前』と同じく安全策を確保しておく。今回はその時期を早める。
後は攻め手。
性も立場も障壁となる。この国では彼女の隣に立つことは難しい。
だったら出てしまえばいい。国から。
国外へ駆け落ちする可能性を模索する。一応お嬢様育ちの私にとって、それは大きな難問だが完璧王子達を相手取るよりよほど簡単だ。
……『今』の私は、以前よりもカタリナ様が欲しいという気持ちが増している。
ともすれば荒唐無稽で、妄想のような手段だが私は本気だった。
各国の情勢を調べ、逃亡先の選定。第三とはいえ王子の婚約者を拐かすことになれば、追手のかかる可能性が高い。
どうしたものか……ああ、あの手がある。よし。
計画を進めながら、カタリナ様の状況についても探っていく。
ジオルド様は既に婚約を申し込んでいるようだが、まだカタリナ様は返事をしていないらしい。
こういった情報は積極的に社交界に顔を出す事で手に入った。『前回』のように内気だった頃ではなし得なかったことだ。
アラン様との婚約も決まった。彼を保険のように扱うのはとても心苦しかったが、全てはカタリナ様をこの手にする為。
それに私は『前回』の時からずっと、慕ってはいたのだ。ただカタリナ様と先に出会い、緑の手を持つ私を特別だと言ってくださったから。だから、彼は二番目。
貴族令嬢として立派な王家である彼と結婚することに異議はなかったし、妻として愛するつもりだったが一番はカタリナ様だ。
……言い訳がましくなるが、貴族社会ではよくあることだ。家の為に結婚し、恋愛は別でする。
手を打ち続け、もう三か月が経った。逢いたいという気持ちは積り続けていた。
カタリナ様との出会いは九歳の時に招待することになるお茶会だが、我慢できずに何度も招待状を送っている。
なのに、来ない。理由はあれこれそれらしい事が書かれているが、どうにも私とカタリナ様の再会を邪魔しようという意図が見える。
まさか。まさかまさかまさか。
――キース様が、クラエス家に入ったのはいつだ?
社交界に出入りしていれば、公爵家に養子だなんて話聞かないはずがないのに。まだ、キース様はクラエス家に入っていない。
『前回』と違うのかも。
「私だけじゃ、ない。他の方も……?」
理屈が通る。ジオルド様だ。彼が既に動いている。
私と同じく彼も『二回目』というならば、恋敵を排除しカタリナ様を独占する為に動く。私もそうであるように。
婚約の返事を気長に待っている。これはキース様が、クラエス家に養子として入ってくるのを阻止する為だろう。
ハント家……私からのお茶会の招待を断り続ける。私とカタリナ様の再会を妨害する。どうやってクラエス家の内部のことまで手を回したのかわからないが、頭の回る彼なら成し得るだろう。
やはり恐ろしい相手だ。
「どうりで、来ないわけだわ」
愛用の植物の本を手にし、執事に声をかける。
来ないならこっちから行く。
計画の準備に時間がかかることやあわよくばもう一度、緑の手を褒めていただきたいと『前回』と同じ流れを待っていたが。
これ以上、ジオルド様の好きにはさせない。
◇
「……マリア?」
「……人違いです」
突然の私の来訪を迎えたメイド……私と同じくらい幼くなっているマリア・キャンベルはだらだらと冷や汗を流しながら顔を背けた。
いやマリアでしょう貴女。幼いながらも面影がある。何故彼女がメイド服を着てここにいるのか。ジオルド様には、共犯者がいたということだったのね。
「どうしたのマリアー!?」
「……」
必死に他人のふりをする従者に、何の頓着もなく大声で名前を呼ぶ主。
ほっかむりに、作業着。およそ大貴族である公爵家の一人娘がする姿ではなかったが。
「カタリナ、様……」
マリアを追ってきた、その姿に視界が歪む。目頭が熱を持ち、零れそうになる。
――逢いたかった。
不思議そうに私を見る彼女を、抱きしめようとする腕を抑えるのに必死だった。
「初めまして。ハント家四女、メアリ・ハントです」
この挨拶をするのは、二度目だ。けれども、今度は堂々と。
「カタリナ様が面白い庭を作っておられると耳にしまして。とても興味が湧きましたので、お邪魔してしまいました」
「ああ、そういうことなのですね! でも、実は……」
用意してきた理由を並べる。面白い庭というのは、既に噂話で耳にしていた。やはり今回も歴史ある公爵家の庭園に畑を作っていたようだ。
それがあまり上手くいっていないのも、前回と同じ。予定より少し早いが、幼少時のカタリナ様との繋がりはこの件が大きい。
前と同じように、私の緑の手でお世話を手伝おう。
それはそれとして。
「あら、ジオルド様」
「……メアリ・ハント……っ!?」
よくもやってくれましたわね王子様。
突然来訪した私に、畑でお手伝いをしていたらしいジオルド様が蛇でも見たように驚いている。
「まさか、君も……」
「何のお話でしょうか?」
『前回』と行動を変えた私に、自分と同じく二回目である可能性を考えているのだろう。マリアがここでメイドをやっていることから、私もそうであると。
マリアのことまでは想定外だったが予定通りとぼける。
態度や行動から、可能性の多寡は測れるが確信は持てないだろう。私は安全策を敷き、その上で国外逃亡という鬼札を隠し持つ計画を立てた。
ならば敵からそれを悟られぬよう、欺瞞をかけ調べる労力を強制する。いずれ疑問は確信に変わるだろうが、時間を稼げる。鬼札を切るまでの。
恋敵のジオルド様は天才だ。それに対する私は、努力するしかない凡人なのだ。
これくらいの事はさせてもらう。
カタリナ様との再会に、喜んでばかりではいられない。
今度はただの親友では終わらせない。ただの親友では我慢できない。
だから止まらない。止まれるわけがない。
カタリナ様にとっての『特別』になってみせる。
というわけでメアリ・ハントで走るカタリナ攻略RTAはぁじまぁるよー。
基本方針は正規ルート。保険用意しつつワンチャン狙えるのがメアリ編の醍醐味です。
今回はクッソ強化済になりますので手順の省略が可能。本編開始前から計画発動できてしまいます。
……そんな感じで奴が来ました。
色々不憫な子達はまた後程。別に弟属性が嫌いなわけではないです。