乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった2周目に転生してしまった… 作:蒼樹物書
「どどどどうしよう……」
王子主催のお茶会から数日が経ち。
ついに約束の日が来てしまった。
偶々ソフィアを助けたことのお礼に、彼女達が我が家へ訪れる約束の日。
ソフィア・アスカルトとその兄ニコル・アスカルト。
ニコルは、FORTUNE LOVERの攻略対象の一人。
宰相の息子で私やジオルド達より一つ年上、無口な美形の先輩。ニコルルートはまだプレイしていなかったから、知っていることと言えばこれくらいの基本情報。
あとは先にゲームをクリアしたオタク友達から聞きかじった情報だけだ。ライバルキャラはニコルの妹だったかしら……つまりソフィア。
破滅から免れるためにも冷静にならなくちゃ。
ニコルルートでのライバルキャラがソフィアということは、私と関わっている可能性は低いだろう。確認する手段がない以上、そう考えるしかない。
たぶん大丈夫。破滅フラグはきっと立たない。ヨシ。
……それにしても二人とも凄い美形だった。
ソフィアもだけれど、ニコルも恐ろしい程の魅力がある。あんな男の人から、本気で迫られたら……。
破滅フラグを回避する為に日々努力していたが、乙女としての感情が湧き上がる。
ゲームでは魅力的だったジオルドは、カタリナとなった私には破滅へ誘う存在。その弟であるアランも、偶にジオルドと一緒に会うけれどメアリの婚約者だし。
そういう意味では、初めて出会う原作ゲームの魅力的な男性。前世、色恋には無縁な人生だったけれどもしかしたら……。
――いけない。
マリアとジオルドの恋を応援しようとか両親が急に熱愛夫婦になったから、自身もそっち方面に思考が流されやすくなっている。
未知のニコルルート。どこに破滅フラグが潜んでいるかも分からないというのに。
それに。ゲームの画面越しで感じていた感情が今、現実のモノとして目の前にあることが……。
「お嬢様」
いけない、と思考を切り替える為に頭をぽかぽか叩いていると。
妙に頬を紅潮させたアンが、自室にいる私へ声をかける。どうやら、二人が到着したらしい。
気は重いが行くしかない。
◇
「……そんな風に、カタリナ様は私を助けて下さいまして」
「なるほど。いや、あの子がそんな立派に……」
「うっ……あのカタリナが……!」
クラエス家を訪れた私とお兄様。
出迎えたカタリナ様のご両親、ルイジ様とその妻ミリディアナ様。カタリナ様との馴れ初め、その雄姿を語る私に涙している。
はじめての社交、それも王子主催のお茶会に娘を放り込みながらだいぶ親馬鹿だこの人達。
――将を射んとする者は、まず馬を射よ。私が知るはずのない世界の言葉に従い、カタリナ様が出てくる前に外堀を埋める。
先日のお礼の為に訪れた私達、それを出迎えたクラエス夫妻に事情を語り。
ちょっとその雄姿を盛っておく。カタリナ様は超素敵でしたけれども更に盛る。ましましだ。
「妹が大変お世話になりました。とても、素敵なご令嬢に」
私に付き添ったお兄様がにこり、と礼をする。魔性の笑み。
「そんな……不肖の娘が」
目元をハンカチで覆う、未来のお義母様。
対して公爵家当主たるルイジ・クラエス様は男女問わず魅了する、その笑みをものともせず冷たい声で問う。
「――素敵、か。まさかニコル様は、第三王子のジオルド様が婚約を申し出ている……カタリナに懸想しているのではあるまいね?」
それは、娘を持つ父親が無自覚に持つ直感だった。
「俺は……いや、僕はカタリナに恋をしました」
公爵家当主たるルイジ・クラエス様はその言葉に身を硬くする。
お兄様の、本心からの言葉。
娘を持つ父親が何より恐れるその言葉。
「王家から婚約を申し込まれた公爵家の娘。それを奪いたいというのかね、宰相の息子が」
僅か九歳の男児。それに対して、ルイジ様は貴族社会の倫理に依る刺すような言葉を向ける。
国家運営を実質任される宰相……とはいえ、王家の権力は絶対だ。
そんな王家から申し込まれた婚約。
先延ばしにした上、破棄にするなどと。いくら王家に近い血筋を持つ公爵家といえ、できるはずがない。
だが。
「――俺は、彼女が欲しい」
本音のまま、立場すら忘れ。
真っすぐに自身を睨むように見据える男児。覚悟を決めた、男の眼に自身が重なる。
ならば、良い。
自身もいくつもの障害を越えて今、妻であるミリディアナを我が物とした。そうして成した一人娘を、今また飢えて欲する男が我が物としようとしている。
これも、因果か。
「アン。カタリナを呼んできてくれないか」
ルイジ様の表情がすっ、と柔らかくなる。お兄様を見る目が、温かいものになる。
まるで、未来の娘婿を見るように。馬射った。やったぜ。
これで勝つる。腹黒ざまぁ。おっと、また知らない人が。
国政を王から任される宰相。その息子が王子の、未来の花嫁を寝取る。
場合によっては国を割る大事だ。だがしかし、そんな事実を理解しながらクラエス夫婦はお兄様を認めてくださった。
お兄様を本気にさせることも難題だったが、実はこの両親を堕とすことも難題の絶対条件。
なぜかは知らないが、波乱の恋とか許されない愛に寛大になっているらしい。
風はこちらに向いている。
勝てる。手強い恋敵達に勝てる。
『今回』こそ、カタリナ様とお兄様が結婚して。
私は彼女とより強く繋がれる。お義姉様と呼ぶことができる。
間に挟まれる。最高かよ。
――勝った。
邪魔する王子達に侯爵家の令嬢は、お父様にお願いして足止めし得る用事を捻じ込んでいる。もう間に合わない。
そして未来のご両親も、お兄様が堕とした。
後は、お兄様とカタリナ様を二人きりにして愛を囁かせる。
魔性の魅力で、幾人も無自覚に堕としてきたお兄様。それを正面から浴びせれば、いくら恋に疎いカタリナ様とて必ず墜ちる。
「あ、あのぉ……」
「カタリナ様をお連れしました」
黒髪のメイドに連れられ、カタリナ様がやってくる。クラエス夫妻は、それと交代するように部屋を後にする。
「改めて、先日はありがとうございました」
「いえ、そんな……私は何も」
お礼を告げる私達兄妹に、どうもカタリナ様は緊張しておられるようだ。
兄と視線を合わせたがらないし、彼女らしくもなくもじもじしている。可愛いが過ぎる。いや落ち着け。
もう既に勝ち筋は見ている。
「カタリナ様が助けて下さった時、まるでロマンス小説の殿方のように思いましたわ」
「……えっ、ソフィア様もロマンス小説を読まれるのですか!?」
かかった。
目論見通り、私とカタリナ様の大事な繋がり……ロマンス小説の話題に食いついてくれた。
私と出逢う前、彼女はロマンス小説仲間に飢えていたはず。
後は話を盛り上げていく。二回目の私はその手の知識を多く蓄えており、カタリナ様の好む話題に事欠くことはない。
そうして、少しずつ話題を誘導していく。
カタリナ様の蔵書に興味があると。カタリナ様の私室に招き入れられるように、話が進むように。
場を作り上げる為に。
今、この場では駄目だ。
クラエス夫妻は退室したが、私たち兄妹とカタリナ様以外に超睨んでくる金髪メイドがいる。
滅茶苦茶警戒されている。恐らく腹黒当たりの差し金だろうが、どうも私達は危険視されているのだろう。
「じゃ、じゃあ私の部屋にお越し頂けませんか!?」
「喜んで♪」
ロマンス小説の話で、すっかりカタリナ様の緊張も解けた。警戒も、解けた。
楽しそうに私室へ案内してくれるカタリナ様。騙しているようで心がちくりとするが、今度こそ私は彼女の特別になりたい。
カタリナ様の私室。まずカタリナ様、そしてお兄様が続く。私と金髪メイド……マリアはその後方。
そこで。
「あら、魔法が暴走してしまいましたわー」
私ってばうっかりさん!
カタリナ様とお兄様が部屋に入った途端、風の魔法が暴走してドアが閉じられ歪んでしまいましたわー。うっかりですわー。
みしみしびきっ、と悲鳴を上げてドアはバリケードとなった。お兄様とは打ち合わせ済みだ。
『前』では魔法の制御はあまり得意ではなかったが、この為に死ぬほど練習した。この為だけに。
「……カタリナ様ぁ!」
マリアが扉を叩く。しかし公爵家の頑丈なドアはびくともしない。
ほんの、僅かな時間だろうが。
二人きり。
お兄様とカタリナ様を、その状況に出来た。
これで。
◇
「すみません、カタリナ様……妹は魔法の制御が、苦手なところがあって」
「そんな、お気になさらず……」
まだ灯りを付ける前の、薄暗い自室。
マリアが扉を叩いてくれているが開きそうにもない。ニコルもどうにかしようと押したり引いたりしているが、まだ幼い少年の力ではどうにも出来そうにない。
他に、この部屋から出る経路はない。永遠にこの部屋に閉じ込められるなんてありえないが、急に不安が押し寄せてくる。
よりにもよって、彼と二人きり閉じ込められるなんて。
「本当に、すまない。けど、大丈夫だから」
「ニコル様……」
なんだろう。しらない感情が、湧き上がる。
真っすぐに私を見て。頼りになる言葉を囁いてくれる。この人に、付いていきたいと思ってしまう。
私がカタリナになる『前』にも、感じたことのない感情。そんなしらない感情が押し寄せてくる。
……こわい。
「大丈夫」
ニコルが私の震える手を取り、強く握る。少年ながらも、私のそれと違う男の子の手。
温かい。不安に凍えた私は、この手に縋りたくなってしまう。
けれども、これに縋れば。
たぶん私は『変わってしまう』。それが、なによりこわかった。
「カタリナ様ッ、ドアの近くにいるようなら離れて下さい――ッ!!」
ぶぉん。何か、巨大で重いモノを振りかぶる音。
――光。
閉じられ、薄暗い部屋に差す光。
重厚なドアは一撃の下にこじ開けられた。
私を差す光……その先で、ドアを破壊したらしいハルバード片手に。
マリアが、微笑んでいた。
◇
八歳の時、前世を思い出して七年の時が過ぎた。ついに十五歳になってしまった。
本当に色々あった。
破滅フラグを回避する為に方針を決め、対策してきたが。
あまりにも状況が混迷している。
まずジオルド・スティアート。
私の破滅を招く可能性が一番高い彼。FORTUNE LOVERでは私……カタリナが、彼と婚約していたことに端を発している破滅フラグ。
だが、申し出を受けて七年、未だにその返答をしていない。
両親が庇っていることなど色々要因はあるものの、ずいぶん気が長いと私でも思う。
マリアとジオルドの仲を応援したい私からすれば、ありがたいのだけれども。
マリア・キャンベル。
日々、メイドとして私と共に育っていく彼女。段々、気づき始めた。
――マリア・キャンベルはマリア・キャンベルなのだと。
FORTUNE LOVERの主人公マリア・キャンベル。
当初そんなはずはない、主人公が悪役令嬢の下でメイドなんかやっているはずがないと思っていたが。
成長し、その可愛い顔が原作のそれに近づいていく。認めざるを得なかった。
……マリアとジオルドの恋を、応援したい。
二人はずっと定期的に私から隠れて逢っているようだし、恋仲に違いない。
マリアとジオルドが結ばれるということは、ライバルキャラである私は破滅フラグまっしぐらかもしれないが……それは何とかしよう。
大好きなマリアの為だもの。
彼女の幸せの為ならば、ジオルドに斬られる……それはちょっといやだけれど、国外追放くらいなら耐えられる。その為にも、国外でも生きていく糧である農業の知識も蓄えたのだもの。
アンに付いて、私の専属として一緒にいてくれたマリア。
優しくて、努力家で。
彼女がこっそりくれる、素朴な手作りお菓子はとても美味しくて。
なのに無欲なマリア。私なんかに仕えているだけで満足だと言ってくれる。
彼女の幸せを望むならば、私には破滅が待っているのかもしれない。
けれど。
それでもいいと、思ってしまった。
……ま、まぁ最悪斬られそうになったら、この改良を重ね続けた蛇の玩具でジオルドを怯まさせて逃げればいいのだし。
国外追放になっても何とかやっていけるだろう。たぶん。
それに頼もしい仲間もいっぱいいる。
メアリにソフィア。アランやニコルも。
時間を積み重ね、皆いいお友達だ。
メアリは妙に二人だけの海外旅行に誘ってくるし、ソフィアは平民と王子のロマンス小説を読みたい私に略奪婚の小説を推してくる。
アランは、ジオルドと話している私を楽しそうに見ているだけだが……ニコルはちょっとこわい。いやすごく紳士的で素敵なのだが、二人きりになりたがるというか。
その度にマリアが間に入ってくれている。彼と二人きり、真っすぐ向き合えばたぶん私は変わってしまう。
それが何より、恐ろしかったのだ。
皆と共にある。この世界が壊れてしまうことが。
私が変われば今ここにある状況は一変してしまい、これまでと同じような世界は崩れ去る。
ジオルドやメアリ、そしてマリアが畑仕事を手伝ってくれて。アランも偶にきてくれて。
ソフィアと小説の話で盛り上がって、ニコルがそれを楽しそうに見守ってくれる。
こんな日々が、何時までも続いて欲しい。
周囲の皆が笑っている世界。
私が誰かを選んで誰かが泣いてしまうなんて、いやだ。
そう願い続けて七年。気づけば、魔法学園への入学の時が来てしまった。
「ついに、恐れていた乙女ゲームが始まってしまうということ……!」
乙女ゲームの攻略対象とその関係者たちとの物語が。
設定とはかなり違う感じにはなっているが。
ゲームが始まれば、恋が始まり恋は人を変える。この前読んだロマンス小説にも書いていた。
けれど、願わくば。
これから始まる乙女ゲームを破滅なく無事に乗り切り。そして。
――皆とずっと一緒にいられますように。
マリア、メアリ、ジオルド、ソフィア、ニコル、アラン……。
……誰か、足りない気がするけれど。
ここまでやって墜ちない野猿。
シャイニング(光)がシャイニング(映画)。Here is Johnny!
悪役令嬢が主人公のフラグ奪うなら、主人公が悪役令嬢のフラグ奪ってもいいよね。
ようやく七年経ちました。次回、魔法学園入学。
お待たせし続けた彼の出番です。