私の名はラビィ・ソー。発泡酒の500ml缶とイカせんべいを片手に電車に揺られている。
外の景色をぼーっと眺めていると、川のほとりの無人駅に停まった。
川はこのあたりの地層に銅イオンの含有が多いためか綺麗なエメラルドグリーンをしており、夕暮れの迫った日差しに照らされて、
水面がキラキラとアンニュイに輝く。女子高生が二人乗ってきた。一人は黒髪になにやら紅白の筒のような髪飾りをつけており、
もう一人は目の前の川のような緑色の頭髪をしていた。緑色の髪の子が、黒髪の子に話かけた。
「2次方程式の解の公式、ax^2+bx+c=0のとき x=-b±√(b^2-4ac)/2aなんて、実生活で使う~?」
ふふっ。通学の電車で高校生が話す内容は、いつの時代も似通ったものだ。学習した内容について、実社会での有益性を議題に上げ、一笑に付す…。きっとこれから、黒髪の子は相槌を打ち、数学の担当の先生を茶化して笑ったりするのだろう。そんなことを、発泡酒をすすりながら私は微笑ましく思っていたのだが、黒髪の子の返答は私の予想を外したものだった。
「あら、そうでもないわよ。例えば、初速30m/sの物体の加速度gが-5m/sの場合、速度と原点からの距離はどう求まるかしら?」
2次方程式のことを、緑色の髪の子は聞いているのに、この黒髪の子は物体の運動の話をし始めたぞ…?私はイカせんべいの一辺を指でつまみ、口に放り込んだ。いつもならボリボリとそのまま噛み砕くところだろうが、私は彼女らの会話が気になって、イカせんべいを口の中で転がすようにポリ…ポリ…とゆっくりと咀嚼した。
「速度は加速度を微小時間Δtで積分すれば求まるから、∫gdt=gt。距離は速度をΔtで積分して、∫gtdt=(gt^2)/2。
速度は初速30m/sが与えられているので、∫gdt=gt+c、c=30、g=-5より、速度v=-5t+30。したがって距離rは、
∫-5t+30dt=-5t^2/2+30t。」
「うふふ。優秀ねぇ~。じゃあ原点からの距離が0になるtをもとめてごらんなさい。」
「あっ、これって解の公式そのまんま使えば求まるのね!a=-5/2、b=30、c=0を代入して、t=-30±√{(30^2)-4×(-5/2)×0}/(-10/2)
=12,0 つまり、スタートしてから12秒後と、スタート前、この2回、距離r=0が訪れるということをあらわしているのね。」
ううむ、2次方程式の解が二つあるということが、単なる数字遊びではなく、現実に表象している例を巧みに説明してしまった。気づいたら、私の手中にある発泡酒の500ml缶は空になっていた。