3月某日。
未だ吐く息が白い今日、僕はいつもより早く起きて事務所を出た。
今日は雄英高校の受験日だからだ。
肌を刺すような冷たさに、僕はマフラーに顔を埋めながらこれまでの半年を思い返す。
無事、ナイトアイと協力関係になった後、僕はこれからのためのに全国を走り回っていた。
根回しや脅威の芽を摘みとったり、流石に海外に行かされた時は驚いたけど……まぁ、これも皆のためだと思えば苦にはならなかった。
そんなこんなでナイトアイが培ったパイプを最大限使って関係各所に根回しをしたり、プロヒーローとの繋がりを作ったりしていた結果……僕の出生届が割とひどいことになった。
僕は学校に提出用に資料に目を通す。そこには当然僕の出生に関することも載っているのだが…
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名前(仮名):イズク 年齢:17(推定)
身元保証人:プロヒーロー「サー・ナイトアイ」
:プロヒーロー「ベスト・ジーニスト」
:プロヒーロー「ミルコ」
:プロヒーロー「エンデヴァー」
出生・略歴
正確な出生日不明。東南アジア方面のスラム街で誕生。幼少期を孤児として過ごし、8歳の時に紛争経験あり。その時の後遺症として左目がほぼ失明。
2年前に留学中のヒーローに保護され、しばらくの間は孤児院へ。その後ナイトアイに引き取られる。
*特記事項
身元保証人であるプロヒーローの権限により、下記のどちらかを満たしている時にのみ”個性の限定的使用”を許可する。
・身元保証人、又は同等の権限を持つ責任者による戦闘許可指示
・プロヒーローがヴィランとの戦闘によって負傷、救助活動続行困難な場合
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ナイトアイ以下数名、絶対無理をしただろ。
封筒に同封されている特免――特秘型限定個性免許――の写しを見ながら僕は深いため息を吐く。
確かに、限定的とはいえ個性の使用が許可されたのは助かったが、これで生徒というのは無茶あるんじゃないだろうか。
明らかな優遇に申し訳なく思いながらも、バレればまず間違いなく突っかかってくるであろう、親友の姿を思い浮かべながら僕は電車に揺られていくのだった。
マンモス校であり、ヒーローを目指す学生にとって一種の憧れである雄英高校への入学は、自身の経歴への箔付けである……昔の親友がそう言っていたように、ぞろぞろと会場へ流れていく人だかりを見ながら、僕は数年越しに呟く。
「やっぱり倍率高いなぁ」
学生服に身を包む生徒で溢れていて一人だけ私服にパーカーという出で立ちなせいか、周囲のせいとはチラチラと僕の方を覗き見ている。
その視線には怪奇や失笑、怒気といった感情が秘められていた。
「……やっぱりナイトアイにお願いして制服もらっておくんだった」
遅まきながらに後悔するが、過ぎてしまったことだと意識を切り替え、受験会場へ――――
「どけデク!!」
「うわぁ!? ごご、ごめん!」
行こうとしたら背後から聞きなれた罵声。振り返ってみれば、そこにはトゲトゲ頭に吊り上がった目。眉間に深く刻まれた皺が特徴の少年、爆轟勝己。通称「かっちゃん」が昔の僕を押し退けていた。
イライラを隠すことなくポケットに手を突っ込んだ状態で通り過ぎる親友に、僕は涙腺が緩みそうになる。
……あと、改めてみればこの時の僕、弱腰過ぎでしょ。小物臭というか雑魚感が否めない。
その後は、前にも聞いたことのあるプレゼント・マイクのを受けてからいよいよ実技試験だ。
ナイトアイが裏から手をまわしたのか偶然なのかはわからないが、同会場に「僕」やかっちゃんの姿は見えない。
しかし、代わりにとある人を見かけた。
『お前は体育祭からずっと俺の目標の一つだったんだぜ?』
脳裏に蘇る彼の言葉。
僕は今から自分がしようとしていることに内心呆れながらも、”彼は必要だ”と割り切って行動に移すことにした。
「ねぇ。ちょっと相談があるんだけど」
そう僕から声をかけた時、彼は驚いたような警戒したような表情をしていた。
ガラガラと崩れ、傾く高層ビル。
”彼の個性によって”迅速に離れていく受験生を前に、しかし僕は眼前の脅威をただ見つめていた。
落下する瓦礫がアスファルトへ叩きつけられ、破片と砂塵が舞い上がり突風が僕のフードをめくる。
褪せた緑の髪が風に揺れ、光を通さない左目が錆色の輝きを放つ。
生徒を追い立て、ビル群を破壊する巨大ロボを前に、僕は数年後の未来を観ていた。
人にとって脅威とは何か。そう彼に問われた時、僕はすぐに返すことができなかった。
五本の指を空に向ける彼は、しかし指一本で地面を割った。
脅威とは絶対的何かを持つ存在のこと。
昔なら銃や兵器であるように。
今なら個性であるように。
脅威は消えることはなく、この世界が平等になることはない。
「おいお前! お前も早く逃げろよ!!」
僕の背中にかかる声に、しかし僕は友人の言葉とは逆の行動をとる。
一歩前へ。
倒れるビルが辺りを暗くし、巨大ロボの繰り出す大振りが瓦礫を撒き散らす。
そんな市民にとっての”脅威”に対し、ヒーローは立ち向かわなくてはならない。
「だめだよ、ここで逃げちゃ。だって、僕らはヒーローなんだから」
僕は笑顔でそう言ったのだが、なぜか彼は困惑気味に眉を顰めるだけだった。
一歩、空へ。
僕は意識を切り替えるとOFAを纏い、紫電の軌跡を描きながら飛びあがる。
振り下ろされたロボットの腕の隙間を潜り抜けロボットの眼前に迫る。
ここで拳は愚策、市民がいると仮定した場合の最善手は――ッ
「エアフォース『封縛陣』!!」
広げた掌から伸びる黒い軌跡は、次々に枝分かれし分裂していく。
戦時中、幾度となく多対一、或いは守るべきものがある状態での戦闘を余儀なくされていた。
最もひどかったのは無限に増える軍勢と戦った時だが、あれほどの地獄はそうそうないだろう。
そしてそんな場面において網目のように細かく、柔軟で強固なこの個性は、捕縛という面において無類の強さを誇っていた。
「ッ!!」
ロボットを包み込むように伸びた黒鞭が十分に行き渡ったのを確認した僕は掌を握るように鞭を引き絞っていく。。
大人気ヒーロー二人の直伝であるこの大技によって、ロボットはプレス機にかけられた廃車のようにどんどん圧縮されていく。
最初は黒鞭の網を抜け出そうと藻掻いていたが、メキメキと音を立てながら潰れていくロボットは、最終的に民家一軒分程度の大きさにまで潰れ、文字通りスクラップと化した状態で大通りへと難着した。
周囲が唖然とするなか、僕は何事もなかったかのように地面に降り立つと、尻餅をついている彼に手を差し出した。
「お疲れ様。心操君」