「足を上げないか!! 先輩たちに申し訳ないとは思わないのか!?」
「思わねえな!!」
うわぁ。
ドアの向こうで繰り広げられているであろう攻防に、僕は感嘆と呆れの混じった吐息を溢す。
「あ、お前」
「ん? あぁ、心操君も無事にヒーロー科に入学できたんだね。おめでとう」
僕が扉越しにいつ入ろうか迷っていると、背後から心操君に声をかけられた。
笑いかけると、彼は一瞬何かに迷った後おずおずと右手を差し出してきた。
「入試、ありがとな」
「ううん。ヒーローはおせっかいが仕事だから。それに、僕はアドバイスをしただけ。それで君が入学できたのなら、それは君の力が世界に必要とされているからだよ」
入試試験の時、僕は心操君と出会い、彼にちょっとしたアドバイスをした。
内容は簡単、「ヒーローはヴィラン退治だけじゃなくて避難誘導とかも大事な仕事」と伝えただけだ。
その結果、彼は巨大ヴィランが現れた時に声が届くであろう範囲の受験生を片っ端から催眠に落とし、迅速に避難させたのだ。
この学校の先生はよく見ている。だから必ずそれはレスキューポイントという形で還元されるはずだと踏んでいた。
そして僕の思惑通り、彼は僕らと同じ1年A組の生徒となった。
心操君と握手をした僕は廊下に転がっていた相澤先生を拾い上げて教室へと入り、自分の席についた。
クラスの人数は21人。僕が特例の枠で入ったらしく、一人を除いて全員僕が知っている顔ぶれだった。
峰田君、君の事は忘れないよ。
まぁ彼はB組に入ったらしいので、いつか顔を合わせることもあるだろう。
そんなことを考えているうちに、いよいよ体力測定の時間が始まるのだった。
「せ、先生! 入学式とかはないんすか!? ガイダンスは!?」
「非合理的だな。君たちはヒーローの卵。そんなことに時間を費やしている暇はない。そして我が校は自由が売りの学校。当然それは教師にも適応される。俺は非合理的なことはやらない主義でね。君らも覚えておくように」
そう言って測定用のボールを拾い上げる相澤先生。
先生はかっちゃんと僕を見比べたあと、僕にボールを渡してきた。
「主席、お前過去の記録は」
「ありません」
相澤先生の問いに僕は用意されていた回答通りに応える。
A組の生徒がざわりとするが、先生は無視してソフトボール投げの円を指さした。
「それならいい。あそこの円の中から向こう目掛けて思い切り投げろ。もちろん個性ありでだ」
僕は言われたとおりに円の中に入る。
さて、投げろと言われてみたものの、どうするべきだろうか。
実は入学する前にナイトアイや他のプロヒーローたちからいろいろ指示を受けていたりする。
ナイトアイからはベストを尽くせ、と。
ベスト・ジーニストからはスマートに、と。
ミルコからは好きにしろ、と。
エンデヴァーからは息子の目を覚まさせてくれ、と。
…………皆自由だしエンデヴァーに限っては私情を持ち込まないで下さいよ。
あの時は思わずため息をついて頭を抱えたが、とりあえず僕の中での方針は伝えておいたので問題ない…はず。
と、いうことで、僕は全力でやることにする。
彼等を鍛えるためにも、まずは上下関係をはっきりとさせた方がいいというミルコの教えを生かそう。
僕はボールを軽く変形させながら握ると、右腕にOFAを発動。
出力をボールが壊れないであろう、ぎりぎりの78%にセット。
「フッッ!!」
大きく振りかぶって踏み込みと同時に投げれば、足元から巻き上がる砂塵と暴風を纏いながらボールは紫電の軌跡を残して天へと消えていった。
静まり返る一同。
先生の「測定不能か」という呟きに興奮と歓声が上がった。
「すっげええ!!! あいつの個性なんだよ!?」
「個性フル活用の体力測定かよ! おもしろそぉ!!」
盛り上がる生徒に、相澤先生は冷や水を浴びせるように冷たい声色で言う。
「面白そう、か。これから3年間、そう言った腹積もりで過ごすつもりか? なら、こうしよう。今回のテストで成績最下位だったものは除籍処分とする」
その宣言に再び静まり返る一同。
そんな彼らを前に、先生はニヒルに笑うだけだった。
始まった個性把握テスト。
当然といえば当然だが、僕と心操君以外は前回と変わらない成績。
一方の心操君も彼なりに個性を生かして成績を叩き出していった。
~ソフトボール投げ~
「そこの女子」
「ん? わたし————」
ある時は麗日さんに触ってもらったボールを投げて∞を叩き出したり…
「汚ねぇ!?」
「合理的な使い方だ」
~持久走~
「ねぇ、なんで心操君は僕につかまってるの?」
「お前が一番早そうだから」
「あ、そう……確かにちょっと汚い」
走る僕に自身を巻き付けたり……君、そんなに強かだったっけ?
そんなこんなで無事? 個性把握テストを終えた僕たち。
因みに最下位は昔の僕。ちゃんと指先だけでボールを投げてたから除籍にはならずにすんでいた。
ただ流石に心操君はあとで先生に呼び出されてお小言をもらってたけどね。
まぁ仕方がない。個性を生かしたとはいえあれはずるい。
心操君を置いて教室に戻ると「僕」にみんなが集まっているところだった。
と、僕の存在に気づいたのか、切島君やそれに続いて上鳴君たちも僕の方へと寄ってきた。
「おお! 流石首席だな! 漢だぜ! 俺は切島鋭児郎。よろしくな!」
「俺、上鳴電気! お前何の個性だよ!」
「僕はみど――――イズクっていうんだ。ファミリーネームはないから好きなふうに呼んでよ」
「? 日本人じゃねえの? ハーフ?」
「えっと、一応アジア系ではあるかな。ただ正確な生まれまでは…」
設定を思い出しながら話していると辺りが気まずい雰囲気になる。
戸惑っていると耳郎さんが上鳴くんの耳イヤホンジャックを突き刺した。
「あぎゃあああああ!?!?!?!!?」
「ごめんねこの馬鹿が。ウチは耳郎響香、よろしくね」
「え、あ、うん」
それからは外国でのことを聞かれながら放課後が過ぎていった。