お久しぶりです。
時間が経つのは早いもので、気が付いたらアニメ4期が終わっていました。
原作の方でも驚きの展開が連続する中で、色々と新たな情報も判明して徐々に整合性が取れなくなっていくのが怖いところですが、少しずつ書き溜めていた分だけ投稿します。
合図はない。
『角』による擬似角から取り込んだ膨大な量のマナを全身に巡らせる。マナによって身体能力を強化する『流法』が、莫大なマナを得て爆発する。
一歩。
音を置き去りにする踏み込みと共に、滅剣を振るう。
狙う先は『強欲』の首。視線は先ほどまでティルがいた場所に固定されている。まったくこちら側の動きが見えてない、身体運びからして素人のその首だ。
滅剣は一部の例外を除いて、触れたあらゆるものを分断する魔剣。普段使いの剣は通らずとも、滅剣ならば。
しかし、そんな考えは直後に否定される。
ラインハルトが得意とする、マナを斬撃に変換する剣戟。ティルも再現出来るそれを、正真正銘今出せる全力を以って叩き込んだ。それと同時に、手には僅かな抵抗があった。
ただの余波で氷山が崩壊するほどの剣戟を受けて吹き飛んでいく『強欲』を見据え、確信する。
恐らく、『強欲』の常軌を逸した防御力のからくりは滅剣と同系統。空間を隔てているために攻撃が届かないか、あるいはそれに類するような能力。
滅剣は分断の能力だけでなく、ラインハルトですら破壊出来ない頑丈さを併せ持つ。それと同等のものを守りに利用しているなら、あの防御力も納得がいく。普通ならば、何の抵抗も感じる事なく対象は断たれるはずなのだ。
視界の隅で『暴食』が動く。
滅剣を振るい、剣戟を放つ。その影がまるで移動の過程を消し飛ばしてしまったかのような不自然な軌道で動くのを捉えつつ、一旦下がった。
「ティル、お前本気出したらヤバいな!? 一瞬ラインハルトかと思ったぜ!」
「邪魔なのでどこかに行ってくれませんか」
「それとちょっとお口が悪い!」
スバルを含めてフェルト陣営の者は今のところ無事。しかし、予想の通りなら現状攻撃を通す手段がなく、かつ恐らく攻撃もほとんど防御不能の『強欲』は任せられない。『暴食』ならば、とも考えるが、原理不明の挙動が気に掛かる。
「フラム」
「はい。姉様」
「グラシスに連絡。全部使って全力で来い。敵は滅剣と同系統の能力」
こういう万が一の時のために屋敷にはグラシスを待機させていた。フラムとグラシスの持つ『念話の加護』は、一日に一度だけ互いの距離に関係なく言葉を届ける事が出来る。
そのおかげで、こうしてすぐにラインハルトを呼び寄せる事が出来る。助けを呼ぶ形になるこれは、本当は自分の力不足がさらされるようで使いたくない手ではあったが、ここにいるのはティル1人ではない。
「下がれ、老木! 邪魔だ!」
スバルたちよりもさらに後方、ヴィルヘルムたちクルシュの元へ集った老兵へ魔女教特有の十字形の短剣を向ける『暴食』へ、ニ歩。
距離を詰めると同時に警告を叫ぶ。
そのついでに放った剣戟はやはり、躱される。少し離れた場所からの一撃だ。実力者であれば、反応するのは難しい事ではない。ただ、それに身体がついてくるほど動ける者は稀であるが、『暴食』にはそれを可能にする能力があった。
「ほんっとぉに、滅茶苦茶してくるなァ……!」
否、今度は完全には躱されなかった。
その証拠に、『暴食』の右腕の肘から先が消失していた。
「死ね」
二度も見れば分かる。
空間跳躍とでも呼ぶべきその能力は、元を辿れば陰魔法と原理を同じくする、空間に対する干渉。陰魔法で再現出来るかはさておき、陰魔法にとりわけ高い適性を持つティルにとっては、それがあると分かった上で観察すれば、その前兆あるいは起こりを察知する事は不可能ではない。
すなわち、空間跳躍の跳躍先を読めるという事だ。
ティルは例の一件以降力をつけて
ただ、積み重ねた時間と執念がある。
一歩で『暴食』の懐に入り込み、勢いそのままに滅剣を振るう。ただそれだけで『暴食』の身体は2つの肉片となるだろう。
牽制に放った一撃目。邪魔な老兵共への警告ついでのニ撃目。それらとは違い、明確に斬る意志を以っての三撃目だ。たとえティルが動くと同時に空間を跳躍したとしても、その瞬間に跳躍先を斬る。
その先に死が繋がっているのを感じ取ったのか、直後の『暴食』の動きは跳躍ではなく、手のひらを突き出す攻めへの転じ。
だが、愚策。
「──遅い」
あくまでついででしかなかった一撃と、明確に斬るという意志を持った一撃。その違いを見誤った。あるいは、通常時との差を認識し切れていなかった。それとも、そもそもそんな事まで考えが及んでいない破れかぶれか。
最も逃亡に適するはずの空間跳躍は見切った。身体能力が劣る身で背を向けても斬るだけ。目くらましでも出来ればあるいは、という場面。『暴食』は誤った。
千切れ飛ぶのは、突き出した腕。すかさず首。念の為にもう片方の腕に両足、胴体は3分割。最後に首から上だけになった頭の脳天に滅剣を滑らせた。
これでまだ生きているとなれば話は変わってくるが、恐らくは死んだはずだ。もう動いていない。
「チッ……! ウル・ドーナ!」
『暴食』討伐完了。しかし、息をつく暇はない。
滅剣を維持するのがギリギリである、魔法使用許容量を超えての魔法使用。どこかの血管が切れたのか、鼻から血が流れる。
土魔法により、フラムたちがいる地面、クルシュたちがいる地面、そして老兵たちがいる地面。味方側の全ての人間がいる地面を盛り上がらせた。
直後、先ほどまでそれぞれがいた場所──地面が盛り上がった事により、局所的な円錐台型となった大地の側面を、致死性の小さな粒状の何かが通り過ぎた。『強欲』の攻撃だ。
防御を突破出来ない以上、遠くに飛ばしたとしても面倒な事に戻ってくる。
「フラム! 周囲警戒!」
「はい、姉様!」
長年の付き合いだ。それだけで伝わる。そして、フラムが動けば祖母と祖父はそれに合わせてくれる。
魔女教の親玉のような存在だと思われる大罪司教、その1人である『暴食』が死んだとしても、野良の魔女教徒がいる可能性はある。
ただの魔女教徒ならフラムでも対処するのに問題はない。ティルは『強欲』の対処に向かう。
「さっきから好き勝手してくれてるけど、自分で付き人って言ってたでしょ。どこにお前みたいな暴力女を傍に置きたい人間がいるかは知らないけどさぁ……! その自覚があるなら男を立てるぐらいしたらどうなのさ!」
「黙れゴミ置き場。その口、害獣の肉片でも詰め込んでやろうか」
「あのさぁ……! 僕がこうして会話をしようとしてるのに、まともな受け答えすら出来ないなんて、その頭は一体何のためにあるのかなぁ……! それとも僕の事を馬鹿にしているわけ!?」
「馬鹿? ハッ、自分を過大評価するな。低能ゴミ雑魚クソ野郎」
「お前ぇ……!!」
挑発を受け、その怒りを隠す事もなく『強欲』が蹴り上げた砂粒が致死の砲弾となってティルに向かう。他の者たちの方へ射線が向かないように気を付けながら避け、そして間を縫うように接近し、剣戟を叩き込む。
防御を貫通出来なくとも、動かす事は出来る。
不可視の刃、砂粒の砲弾を避けながら、何度も剣戟を叩き込んで他の者たちがいる場所から移動させ、余波が流れないようにする。
「いい加減に気付けよ! 威力の問題じゃないってさぁ!」
時に地中へ、時に空へ叩きつけながら、何度も打ち込んだ。
「いい気になるなよ、暴力女! お前が好き勝手出来てたのはあくまで僕の器の大きさがあってこそだ!」
されるがままになっていた『強欲』だが、今度はそのの身体は吹き飛ぶ事はなく、極光だけが通り過ぎていった。
まるでその場に固定されたように動かない。鎖骨の辺りで衣服すら傷付けずに停止した滅剣を全力で押し込んでも、それは変わらない。
「いい加減、僕の権利を侵害するの──もがっ!?」
「体内にも展開してるのか。随分と周到な」
一度滅剣を引き、無駄にペラペラと回る口の中に突き刺してみるが、どうやら口内にも体表と同じような能力によって防御しているらしい。ほんの先端しか入らなかった。
今のところ、この『強欲』相手に攻撃を通す手段はない。だが、これほど強力な能力。それも、滅剣のように常に一定の形状を保つのではなく、絶え間なく形を変え続ける身体を覆うように発動するのは、相応に負荷があるはずだ。
時間経過か、あるいは一定以上の攻撃か。ともかく、いずれこの防御は解ける。狙い目はそこだ。
そう考え、一旦下がろうとした瞬間、左足の辺りに異変を感じ、留まる。
マナ過剰循環体質を擬似角で再現しているティルは、莫大な量のマナを吸収しながらも、ゲートで吸収している訳ではないため、ある程度マナが集まってくる指向性が分かる。精密性がある訳ではないが、どの方向、どれぐらいの距離に何か物体があるのかを読む事が出来る。
その感知能力が、そのまま下がると左足が当たる辺りに何があると告げていた。
だが、見ると何もない。その場所に滅剣を向ける。
「これは……」
ガリッと、硬質な何かの表面を滑ったような感覚があった。
一瞬思考に間ができてしまったが、滅剣を通さない以上、『強欲』の能力と同質のもの。触れない方が良いと判断した。
「……いい加減お前に付き合うのも疲れたよ」
『強欲』が手を伸ばしてくる。
身体に触られる前に滅剣の刀身を差し込んだ。
漆黒の刀身を何の躊躇いもなく、『強欲』は掴んだ。その直後、ティルの身体が不自然に浮き上がった。
「二度と会わないのがお互いのためだからさぁ……お前は空の彼方に消えろ……!」
投げ飛ばされたのだと理解するのは簡単だった。
だが、おかしい。空を飛ぶとあるはずの空気の抵抗がまるで感じられなかった。
宙を蹴る。しかし、何の推進力も得られない。それどころか、投げ飛ばされた勢いを削る事すら出来ない。
勢いそのままに、雲を突き抜けてさらに高度が上がっていく。
「姉様ぁ! ティル姉様──っ!!」
強化された聴覚にフラムの叫ぶ声が届く。
妹を心配させるなど情けない。
今、擬似角を解除する選択肢はない。少しの間まともに魔法が使えなくなるだけでなく、身体能力も平常時に戻ってしまう。再び『角』を使おうとするとその副作用が癒えてからになる。
仕方ない。
ズキリと痛む頭と再び流れる鼻血を無視し、1つの魔法を発動する。風魔法に音を飛ばすというものがある。エッゾからそんな魔法があると雑談のように教えられた時には、どんな場面で使うのかと思ったものだが、今この瞬間にはこれ以上に適する魔法もないだろう。
『フラム』
「ね、姉様!?」
『私は大丈夫だから、今すぐそこから……いや』
既に雲の上まで飛ばされた。強化された視覚のおかげで、その寸前まではフラムの姿が確認出来ていた。今はもう白い雲に遮られて見えないが、その座標が分かっていれば声は届けられる。
そして、その雲の上。
燃え上がるような赤髪が駆け、そして突き破って下に降りていくのが見えた。
『ラインハルトに伝言。普通に斬るのは無理。時間切れ……は待たなくていいか。全部使って大瀑布に落とせ。分かった?』
「はいっ! 姉様!」
自分の不甲斐なさをさらすようで情けなかったが、ラインハルトが来た以上はもう何も問題はない。
残った問題は、どうやって下に戻るかという一点だけだった。
「厄介な……」
正直に言うと、それが一番厄介で面倒で、そして現状どうすれば良いのか全く分からなかった。
ただ、フラムたちが無事ならそれで良い。自分の事なら多少無茶でも危険でも構わないのだから。
「あのゴミ野郎……戻っても生きてたら殺す」
同時に、もはやこの状況ではあっても仕方ない滅剣を解除すれば、わざわざ鼻血を流すような事もなかったと今さらながらに思い至った。その分の八つ当たりも含めて、『強欲』に対する怒りを燃やすのだった。
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「お嬢様、フラムから伝言」
台所に立ってお菓子を作っていたところに、グラシスはやってきた。
「フラムは、なんて?」
「『全部使って全力で来い。敵は滅剣と同系統の能力』って。今は姉様、奮闘中」
「そうなんだ。うん、分かった。じゃあ、グラシスも準備して」
「がってん」
連絡を飛ばしてきたという事は、それだけ緊急事態だという事だ。
全部使って、という言葉の意味。何を使うのかと言えば、それは加護だ。正直な話をすると、『角』を使って最大限強化したティルの身体能力は、素のラインハルトのそれとそう変わらない。無論、正確に言うならばラインハルトの方が優れるのだが、その差は他の者が思うよりも小さい。剣術にもそれほど差がある訳ではない。
では、何が二人に差を生んでいるか。その答えが加護である。
助けを求めてきている以上、負けるとまでは言わずともティルでは勝てない敵が出たという事だ。
ならば、出来る事は全てやって、使える加護は全て使うべきなのだ。
「お嬢様、持ってきた」
着慣れている近衛騎士の制服に着替えると、グラシスが両手いっぱいに様々なものを持って現れた。
龍剣レイドを含めたそれらをグラシスは一旦床に置き、手の中に残したのは化粧道具。
「──『戦化粧の加護』」
何も、今から全力で化粧をして可愛くなって戦いにいこうという訳ではない。加護の条件を満たせればそれで良い。
ほんの少しの化粧を終え、次にグラシスはマントを取り出した。近衛騎士のものではないが、白い生地なので、制服と合わせてもおかしくはない。
「──『戦装束の加護』」
続いてグラシスが取り出したのは、簡素な装飾の首飾り。それを、ラインハルトの首に着ける。
「──『被飾の加護』」
そして、グラシスは龍剣レイドを手に。ラインハルトは床に膝をついた。
「──『叙剣の加護』」
両手で龍剣を受け取り、それを背中に提げる。
「ロム様、見送りの準備」
「準備するほどの事はないと思うが……」
「手紙を書いて誠心誠意のお見送り」
「まさか今から書けと言う訳ではないじゃろうな!?」
後ろで行われている愉快なやり取りを聞きながら、目を閉じた。
「──『瞑想の加護』」
やろうと思えば、他にも積み重ねられるが、それで遅れてしまっては意味がない。
「グラシス、いくよ」
「行ってらっしゃい、お嬢様」
「一緒に」
「行ってらっしゃい」
グラシスを脇に抱え、玄関へ向かう。その途中、作りかけだったお菓子を口の中に放り込んだ。
「──『腹拵えの加護』」
「今さらじゃが、お主やってる事めちゃくちゃじゃな」
「普段はこんなにしないけど、ティルがああ言ってたから…………手紙は、書けた?」
「本気で言うてたのか!?」
「ないなら、大丈夫」
見送られる時に手紙でも読んでくれたなら、それで1つ加護の発動条件を満たせるのだが、急な話だったので仕方ない。
玄関から外に出て、一歩。雲の上へ。
「──『蒼天の加護』」
白い地を踏みしめ、その場所へと急行した。
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額に暗虹の角を生やしたティルの一撃は、最初のループを切り裂いた、盗品蔵でのラインハルトの一撃を連想させるような極光となって『強欲』を呑み込んだ。
実を言うと少し不安ではあったのだ。奥の手があるとはいっても、二周目のループにおいて、ティルは『強欲』に手も足も出ないというレベルで敗北した。
それを知っているスバルは、勝てなくても時間稼ぎが出来れば重畳だと考えていたが──とんでもない。
「おいおい、マジかよ……!」
続いて『暴食』のいる方向へ、さらに極光が迸る。
ラインハルトが放ったものよりも、あるいは強力なのではないかと感じてしまうほどの剣戟。無論、あれは屋内での出来事であったし、あれがラインハルトの全力という事はないだろう。
だが、とはいえラインハルトを彷彿とさせる一撃。このまま『強欲』を倒してしまうのではないかと思えるほどの迫力があった。
「というか、あの角……もしかしてティルもファンタジー種族か!?」
「あれは鬼族の角を参考に開発した魔法、高循環回路設置型マナ吸収擬似角だ。ティル嬢自身は人間で間違いない」
「高循環……なんだって!?」
「今は『角』で良い! ともかく、あの角でマナの取り込みを強化したティル嬢の身体能力はラインハルト嬢のそれに引けを取らない程だ! それに接触型遮断──『滅剣』が加われば倒せない相手など世界を見渡しても片手の指で足りる」
エッゾは色々と説明を端折った感じがあるが、ともかくとして、アレがティルの切り札。二周目の『強欲』戦とは全く様子が異なる。
「時間制限はある。それまでに倒せなければ、ほとんど魔法が使えない状態になってしまう。あるいはその前にラインハルト嬢が到着してくれれば良いが……」
「魔法が使えない状態……どうりで」
恐らくあの時は極寒の獣に対してこの切り札を使った後だったのだろう。確かにこの状態ならあの化け物だって倒せそうだ。
と、そこへティルが下がってきた。
「ティル、お前本気出したらヤバいな!? 一瞬ラインハルトかと思ったぜ!」
ラインハルトと同じぐらいに感じた、というのはスバルにとっての最大級の称賛だ。
「邪魔なのでどこかに行ってくれませんか」
「それとちょっとお口が悪い!」
しかし、それに対するティルの返答は塩対応も良いところ。
確かに邪魔ではあるのだろうし、実際足手まといでしかないため、何も言い返せはしないが。
「フラム」
「はい。姉様」
「グラシスに連絡。全部使って全力で来い。敵は滅剣と同系統の能力」
先ほどとは打って変わってラインハルトへの救援を求めるティル。それほどまでの相手という事だろう。やはり『強欲』は手強い。
ティルの剣戟が、『強欲』の不可視の攻撃が、遠くで舞っている。もはやスバルには大怪獣バトルでも起こっているのかと、冗談のような事を考えるぐらいしか出来る事はなかった。
「姉様ぁ! ティル姉様──っ!!」
一瞬の停滞。
直後に叫んだフラムの目線を追いかける事によってスバルも状況を理解した。
小さな粒のようなものが空へ上がっていく。それがティルの姿だという事は疑う余地もない。
普段からは想像もつかないフラムの取り乱した様子も、この状況を見れば無理もない。このまま押し切ってしまうのではないかと思った矢先の事だったのだから。
「不味いな。まさかあの状態のティル嬢がラインハルト嬢以外にやられるなど想像もしていなかった。出来るだけ時間を稼いではみるが、ラインハルト嬢が到着するまで持ち堪えられるかどうか……」
この場の目的は、ラインハルトが来るまでの時間を稼ぐというものに変わっていた。
だが、エッゾのそれは必要のない悩みだった。
ティルと入れ替わるように、『最強』がこの地へ降り立った。
「ラインハルト!」
見間違えるはずもない。
燃えるような赤い髪をなびかせながら、青い瞳が振り返る。
「ティルが言ってたのは、どれ?」
「アレだ。あの白い奴。万全のティルでもやられたから気を付けてくれ」
「うん。わかった」
そう言いながら、ラインハルトは脇に抱えたグラシスを下ろした。
「本気出すから、離れてて」
ラインハルトの本気。
一体それがどれほどのものかなどスバルには想像も出来ないが、少なくともスバルにとってはこれ以上に信頼出来るものもない。
鞘に収まったままの龍剣、その柄に手をかける。
しかし、抜けない。抜けないまま、ラインハルトは柄を握った。
「名前、聞いておく」
「あのさぁ……さっきの暴力女といい、君といい、本当に自分の事しか考えられない売女しかいないのかなぁ。まぁ? 名前を聞こうとする姿勢は評価するよ。名前を知るっていうのは人間関係を始める上で一番大事な事だ。けどさ、普通まずは自分で名乗るのが筋ってものじゃないの? 自分は名乗らないのに僕にだけ名乗らせるつもりなのかな。もちろん普段の僕なら……」
「『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレア」
「そうそう、それで良いんだよ。僕は魔女教大罪司教、『強欲』担当──レグルス・コルニアス」
「魔女教の『強欲』……分かった。倒す」
「はぁ……『剣聖』ってあれでしょ。剣を振るしか脳がないってやつ」
「話をするつもりは、ないから」
いつの間にか近くに戻ってきてきた『強欲』とラインハルトの会話を眺める。
スバルは武力的な意味では役に立たないが、口でのやり合いになったら割って入ってやるつもりだった。
そんなラインハルトのそばへフラムが駆け寄り、口元に手を当てて何かを伝えた。
「大瀑布……うん、わかった」
「……もういいよ。息をするように僕の権利を踏みにじるお前たちにはさっさと消えてもらうに限る」
『強欲』が、腕を振り上げた。それは、スバルも知る不可視の斬撃のような攻撃だ。
それに対して、ラインハルトは柄を握った龍剣を構えるでもなく、ただ無防備に立っているだけ。
「どぉ──っわば!?」
「……? スバル?」
いくらラインハルトといえども無防備で受けて無傷とはいかないだろう。
とっさにスバルはラインハルトの身体を押して『強欲』の攻撃軌道上から外そうとし、恥ずかしながらその身体を1ミリも動かす事は叶わず、直後にラインハルトが自分の意思で身体を半歩横にズラして回避した。
「危ないから、離れててほしい」
「なんかごめんね!? 避けないつもりかと思ったから!」
「うん、そう。当たるつもりだったから」
「いやいや、ティルでも勝てなかったのにそんな小手調べみたいな事は……」
「だから。そんな相手の攻撃なら、死ねると思ったから」
「──は?」
本気で理解が出来なかった。
死ねると思った? 死にたい? 一体、なぜ。
全く意味が分からなかった。ぐるぐると思考が回るが、何も答えは出てこない。
「『不死鳥の加護』。私は、死んでも蘇れるから」
「い、いや……だからって、なんで……」
死んでも蘇る。平時なら聞き流せない内容だが、今はそれどころではない。
死にたいなどと思ったその理由を。
「それを起点にして、いくつか加護の条件を満たす」
「加、護……」
「ティルが言ってた。使える加護は、全部使う」
「ティルが、そう言ってたのか……?」
スバルの身体が脇に抱えられ、ラインハルトが飛び上がる。
つい先ほどまでいた場所を砂粒の散弾が通り過ぎて行った。フラムは自身の足でその場を離れる。
「ティルは、その加護について知ってるのか……?」
「わからない……知らないかも」
「ティルがそんな事、させようとするはずない。全部っていうのは、きっとあいつが知ってる加護の話だ」
そう、仮に。
一時的にとはいえ死ぬ事で超絶パワーアップするとして。そんな事をティルが許可するはずなどないのだ。
あの過保護の事だ。かすり傷1つでもキレ散らかすに決まっている。
「でも、全部元通りになるから。今は、ティルも見てない」
「──俺も、見たくない」
ティルが、とは言ったが、結局のところはスバル自身がそんな姿など見たくないというのが本音だった。たとえ全て元通りになるとしても、死ぬ事の苦しみはスバルが一番よく分かっている。ラインハルトには、そんな思いをしてほしくなかった。
「なら、やめる」
あっさりと考えを翻したラインハルトに、スバルは安堵の息を吐く。
「代わりに、『欠損の加護』」
「明らかに物騒な名前なのは気のせい!?」
「身体のどこかが欠損するほど力が強くなる」
「却下!」
かと思えばこれだ。
これまで知らなかった一面ではあるが、後でゆっくりとお話をしなければならない。
「なら、『流血の加護』と『死神の加護』。血を流すほど力が強くなる。でも、すぐ傷が塞がるから、塞がらないようにしておく」
「分かってて言ってない!? もちろん却下!」
『強欲の攻撃』を避けながら、ラインハルトは次々と加護の候補を挙げていく。
そのほとんどを、スバルは却下した。当然だ。そのいずれもが何らかの代償を支払う事で強くなるというようなものだったのだから。
「……いじわる」
「かわいい顔して言ってもダメだからね!? というかこれは別に意地悪したい訳じゃないっていうところは後でお話しようね!?」
「うん……でも、わかった。そういうのは使わない」
そう言って、ラインハルトはスバルを地面に下ろした。
そして、一瞬目を瞑ったかと思えば。
「──『就眠の加護』『快眠の加護』『目覚めの加護』『起掛けの加護』『常戦の加護』」
「ん……?」
『強欲』が馬鹿の一つ覚えのように放ってくる攻撃の一つが、ラインハルトが構えた龍剣の鞘の表面を滑る。
「──『見切りの加護』『守勢の加護』『反撃の加護』『報復の加護』。スバル、乗って」
そう言って、ラインハルトはスバルに背中に乗るように促した。
今さらその程度の事を拒む事はしない。
「──『御伴の加護』『新天の加護』『地霊の加護』。掴まってて」
「…………おう!」
なにやらすごい事をしてそうではあるが、一旦考えない事にした。
直後、視界が切り替わる。
──『武神の加護』『戦神の加護』『剣士の加護』『剣奴の加護』『居合の加護』『早太刀の加護』『速攻の加護』『会心の加護』『両利きの加護』『攻勢の加護』『先制の加護』『初撃の加護』『死神の加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』『加護』──────
一歩で『強欲』との距離を無にしたのだと気付いたのは、振るわれた龍剣が『強欲』へと衝突とも激突とも言えるようなぶつかり方をしながら衝撃波が撒き散らされてからだった。
思わず目を瞑り、次に開けた時には『強欲』の姿は消えていた。
さらには前方、草原のように生えていた緑も木々も何もかもが削り取られた荒野となっていた。
「追いかける」
ラインハルトが飛ぶ。
道中いくつもの加護を発動しながら、もはや空間と空間をまるでワープでもしているかのような速度で。何もない空中を蹴っているような気がするが、ここまでくると些細な問題だ。
空中、前方に白いシルエットが見えた。
かと思えば次の瞬間には目の前に迫っており、その直後に白い影は消えた。正確には、スバルには消えたように見えた。ラインハルトは龍剣を振り抜いており、追撃を加えたのだと遅れて気付いた。
一つで各国の代表面ができるような稀少で強力な加護、その総数およそ三百。
加護を後天的に授かる事が出来るという特殊体質、それに裏付けられた対応能力がラインハルトを相手取る者にとって厄介となる。だが、そんな受け身の姿勢ではない。ただ純粋な膂力とそれに付随した能力を強化する加護が、三百だ。
平常時すら他の者と一線を画すラインハルトの身体能力が、今この瞬間において笑ってしまうほど強化される。
「これで、終わり」
そう言って、ラインハルトは再びいつの間にか追い付いていた『強欲』へと龍剣を振り下ろした。
直後、極光が視界を埋め尽くした。
世界全てを塗り潰してしまいそうな光が収まる頃には、当然『強欲』の姿はどこにも見当たらなかった。
「ここは……海……?」
そして、ラインハルトは地面へと着地した。
その背中に乗ったまま、スバルは目の前に一面の青色が広がっているのを見た。
「大瀑布に繋がってる」
「これが噂の大瀑布に……それで、『強欲』は大瀑布に落ちたのか」
「うん。もう大丈夫。普通は上がってこれない」
「普通じゃないパターンだと上がってくるのね……?」
「こうやって、空を蹴ったりとか」
「あぁ、うん……」
▼△▼△▼△
ひとまずは『強欲』も倒せたと考えて良いだろう。
ラインハルトの背に乗ったまま、来た場所に戻ったスバルは皆にその旨を伝えた。
「なるほど、では残りは『怠惰』のみというわけだ!」
「ああ。怪我人は出ちまったが、さすがはティルだ。死人は出てねぇ。このまま『怠惰』も……って、そういえばティルだ! あいつ、空にぶっ飛ばされたままじゃねぇか!」
幸いにして『強欲』と『暴食』の襲撃でも犠牲者は出なかった。ティルが対処に向かう前の初激によって吹き飛ばされたり瀕死になった者もいたが、全てフェリスが治療したようだった。凄腕のヒーラーだとは聞いていたが、あの状態から犠牲者ゼロだったのは、敵を押さえたティルはもちろん、フェリスの活躍も大きいだろう。
しかし、その功労者である肝心のティルがこの場にはいなかった。
「ティルなら大丈夫。戻ってきた」
そんな焦るスバルに、ラインハルトは冷静に空を見上げながら言った。
つられて見上げると、何か小さな点のようなものが降ってきているような気がした。先ほどの剣戟の影響か、空からは雲が消えており、よく見える。
というか、ティルだった。
ピンク色の頭が真っ逆さまに落ちてくる。
このままでは地面に激突して大変な事になるのではと思ったが、何とか出来るであろうラインハルトは動かない。
「大丈夫。ティルは、雲の上から落ちてもかすり傷一つない」
「どういうシチュエーションでそんな事になったのかは気になるところだけども……」
直後には地面に激突するという瞬間に、ティルの身体は不自然に減速し、背中から地面に降りた。
恐らくは魔法だろう。いつか、ラインハルトがティルは魔法で空が飛べるというような事を言っていた。
「フラム、グラシス。治癒魔法」
「は、はいっ」「姉様、大変っ」
大の字になって横たわるティルは額の暗虹の角を消し、双子を呼んだ。
見た目で分かる怪我らしい怪我はない。唯一、今も鼻血が流れているぐらいだった。ただ、いかに鼻血と言っても、そうドバドバと血が流れ続けると脳か何かにダメージを負ったのではないかと不安になる。
何よりも先に妹たちに助けを求めるほどなりふり構っていられない状態なら、フェリスに頼んだ方が良いのではないかという考えが浮かぶ。
「ゲート。分かる?」
「どうしてこんな事に……」「姉様、ボロボロ……」
「次は自分のゲートも治せるように感覚を掴むこと」
「えっ……」「ひぇっ……」
思ったよりも余裕そうだった。
「『滅剣』を維持したまま無理に魔法を使った副作用だろう。この様子だと、それほど深刻なものではないのだろうが……魔法が本職にもかかわらず、ティル嬢を剣一つに集中させられなかったのは不甲斐ない限りだ」
「まぁ、戦闘中はお荷物でしかない俺が言うのもなんだけど、そんなに思い詰める必要はないんじゃないか? エッゾさんも魔法で出来る事はやってた訳だし」
正直、あの戦いで力不足を嘆くのはもはや逆に嫌味にすらなるのではないかとスバルは思った。エッゾだけでなく、白鯨戦で活躍したヴィルヘルムたちですら、スバル視点ではほとんど棒立ちのようなものだ。
「それはそれとして、改めて。ラインハルト」
「うん」
「来てくれてありがとう。本気で助かった」
「うん。間に合って良かった」
予定とは違ったが、元々『強欲』はラインハルトに頼るつもりではあったため、ある意味予定通りとも言える。
周囲を見渡しても、他の魔女教による追撃もない。ひとまずは一件落着と言えるだろう。
「私は、戦う事しか出来ないから」
「なに言ってんの。お菓子だって作れるし、料理だって出来るし、掃除に洗濯だって俺より上手く出来るんだから。あれ……そう言うとお助け従者の俺の立場が……」
「スバルは、スバルのままいてくれたら良いから」
「それを言うならラインハルトだっていてくれるだけで120点満点だぜ」
残す脅威は『怠惰』のみ。
大罪司教二人のフライング登場は予想外だったが、予定よりも早くその二つの脅威が取り除けたと考えると、かなりプラスだった。
「ちなみにだが、ナツキ殿はいつまでラインハルト嬢の背中に乗ったままなのかね?」
「おっと。違和感なさすぎて普通に忘れてた」
ラインハルトの背中から降りつつ、次の一手を考える。
とはいえ、憑依の対策は一応考えている。それが通じなかった時の事は怖いが、まずは進むだけだ。
ラインハルトちゃんは殺る気になったらただでさえ馬鹿みたいな身体能力を加護マシマシで強化した上で龍剣という名の鈍器で全力で殴ります。相手は死ぬ。
原作ラインハルト君と拙作ラインハルトちゃんの共通点
・家庭環境
・身体能力
・加護を後天的に授かる体質
・マナ過剰循環体質
・精霊類を誘引する体質
・生まれつきのゲートの欠陥
原作ラインハルト君が持つもの
・『剣聖』という称号への敬意や王国の剣としての誇り
・英雄にしかなれない精神性
・尊敬し合える仲間
・力を振るう事に対する重さへの理解と騎士道
・ラインハルトちゃん以上の多数の日常生活を豊かにする加護(現時点)
拙作ラインハルトちゃんが持つもの
・『剣聖』という肩書き
・どこにでもいるか弱い少女の精神性
・いつか自分を追い越そうとする親友
・力を振るう事へのためらいのなさと勝つ為なら何でもする覚悟
・原作ラインハルト君以上の過剰に思えるほどの戦闘系加護(現時点)
レグルスさんはアウグリア砂丘を避けて空中を運ばれた上、大瀑布に落とされました。
ちなみに、レグルスさんがこれで倒せるのかは正直私にも分からないので、アンケートを取りたいと思います。いつになるかは分かりませんが、いつかのために。
レグルスさんは……
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さすがに死んだ
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この程度では死なない