キャプテン・デク / ザ・ロンリー・アベンジャー 作:minmin
――雄英体育祭は、要するに『個性あり、なんでもありの体育祭』だ。TV放映もされていて、その人気は全国レベル。スポーツの祭典と呼ばれたかつてのオリンピックに匹敵するとか。そして生徒たちにとっても、プロヒーローたちに自分の存在をアピールする絶好の機会でもある。形式は学年別総当り。複数種目をヒーロー科だけでなくサポート科などの他の学科も同じ土俵で種目ごとに競い合う。
……あちらの世界のヒーローたちは、どう思うんだろう。恐れられたり、奇異の目で見られることがなくなったと喜ぶのか。それとも、見世物にされていると憤るのか。どっちもありそうだ。
「1-A 緑谷出久!!」
現実逃避をしていると、ついに僕の名前が呼ばれてしまった。ヒーロー科入試1位だから、ということで1年生の選手宣誓に選ばれてしまったのだ。こういうの苦手なんだけど、どうしよう。こんなとき、さっきまで想像してたあの人たちならなんて言うんだろうか。
『体育祭?それってオリンピックみたいなやつ?なんでもありなら僕の勝ちに決まってるだろう。時間の無駄だね。その時間をもっと有効活用しようじゃないか、親睦を深めるとかね。シャワルマって知ってる?近くに美味い店があるんだけど――』
……この人、何言っても揉めそうだなあ。
『体育の祭。つまり、筋肉の祭だ。そして、俺は筋肉だ。後はわかるな?』
わかりません。あと、途中から脳内で太らせてしまってごめんなさい。
キャプテンは……真面目に、無難なことを言って終わりそうだな。でも――
『真っ当な方法で!!しかし圧倒的な実力を示して魅せろ、緑谷少年!!世界に『君が来た!!』ってことをね!! 』
これは、僕が来た!!ってことを世間に示す戦いだ。選手宣誓なんて絶好の機会を無駄にするわけにはいかない。カツカツと階段を登りながら少し考えて――浮かんできたのは、結局キャプテンの顔だった。
「宣誓」
右手を上げる。瞳に決意を込めて、前を見据える。
「数年前、僕は負けました」
周囲がざわつく。何を言っているんだ?という戸惑いと、多くの負の感情。
「家族を失い、友人を失い、自分の一部を失った」
周りの景色が消えていく。あの時へ、戻っていく。
「取り戻せたものもある。けれど、そうでないものもあった。負けるということは、何かを失うということ。だから――」
精神があの頃に戻っていくのを自覚する。僕は、所謂『サバイバーズ・ギルト』なんだろう。2009年、トニー・スタークが自身がアイアンマンであると公表してから、超人の数は何かに導かれるかのように、指数関数的に増えていったという。それでも、人を、世界を、宇宙を救うにはヒーローの数はまだまだ少なかった。
そして、ヒーロー飽和社会と言われるこの世界。……戻ってからずっと、学校生活を謳歌している自分がもどかしかった。死柄木弔と出会って久しぶりに感じた濃密な死の気配に、いてもたってもいられなくなった。おかしいんだろう。異常なんだろう。それでも、この気持こそが僕があの世界にいたという証でもあるから。だから、今だけは。
「『必ず勝つ』」
あの時の自分の言葉を重ねよう。
第一種目は障害物競走。出場者の数に対してスタートゲートが明らかに狭い。つまり、このスタート地点が既に最初の篩。なんだけど。僕の周りには微妙に奇妙な隙間ができていた。あんな選手宣誓をしてしまったせいなのか、生徒の大半が気味悪がって僕に近づきたがらなかったせいだ。――まあいい。僕は全力でやるだけだ。
3、2、1、……スタート!ゲートに付いたランプが切り替わると同時に全身の筋肉をフル稼働させて前に進む。とりあえず前に出ないとな、なんて考えていると、足元から冷気。いきなりだな轟君!
慌ててジャンプすると、予想通り足元が一斉に凍りついていた。周囲を確認すると、足首辺りまで凍らされた生徒が沢山いる。とはいえ、ざっと見る限りヒーロー科の生徒は殆どが回避しているようだった。
……あんまり悠長にしている暇はなさそうだな。
脚に力を込めてずんずんと進んでいく。加速仕切る前にと周囲の生徒が掴みかかってくるが、気にしない、気にならない。
――ラグビーやアメリカンフットボールの選手とふれ合った経験のある人ならわかるだろうか。どれだけ力を入れようと、数人がかりでも動かすことはできないし、逆に片手で無造作に押されただけで吹き飛ばされてしまう。常人同士でさえ、筋力と体格の差は如何ともし難いのだ。ならば、超人兵士たる僕だとどうなるか。
『オイオイオイオイ!!初っ端から妨害ブチかました轟もすげぇが、緑谷なんだアレ!?背中に3人ひっさげたまま走ってやがるぞ!?』
特に鍛えてもいない、成長途中の子ども程度ならこうなるのだ。とはいえ、いつまでもこのままという訳にはいかない。意識がないまま僕にしがみついている生徒はそっと離させていただいた。前に見えたのは……かっちゃんだ。つまり先頭集団には入れたらしい。
入試で見たお邪魔ロボットが氷漬けで倒れている上をそれぞれの方法で飛んでいくかっちゃんや瀬呂君、常闇君を追いかける。多分轟君が飛び出していて、かっちゃんたちがそれをおいかけているんだろう。観客に見せやすくするためや、順位を明確にすることを考えてゴール前はなるべくシンプルなギミックにしているはずだ。それまでにできるだけ距離を詰める!
続いてのギミックはアクションゲームに出てきそうな飛び飛びの足場の間にロープが張り巡らされた綱渡り。足が止まる生徒たちを無視してかっちゃんと同時に突っ込んだ。なるべく間隔が狭い足場を選んでスピードを落とさずに直接飛び移り続けていく。ちょっと遠いところも、跳躍でなるべく距離を稼いであとはロープにぶら下がれば腕の力だけで移動できる。
「テメーには……テメーにだけは負けねぇぞ糞デク!!」
良い感じに汗をかいて調子が出てきたのか、掌から爆風を出しつつ空を飛んで移動するかっちゃんが、僕の頭上を通り過ぎざま叫んでいった。その姿が、今はもういないあの人と重なって。
「僕も負けないよ、かっちゃん!!」
なんだか、久しぶりに心から笑えた気がした。
谷を越えて少し進むと――なんだ?見る限り平坦な道なのに、轟くんが進みあぐねている?
『地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!!目と脚酷使しろ!!』
地雷!?いくら雄英高校とはいえ体育祭で地雷はまずくないか!?
『ちなみに地雷!威力は大したことねえが音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!』
相澤先生の『人によるだろ』という言葉と同時に、轟君のすぐ後ろを走っていた誰かが派手に吹き飛ばされていた。ただ、落下による衝撃はあっても爆発自体で怪我はしていないらしい。それでも地雷はどうかと思うけど。
「どけぇ!デク!」
かっちゃんは相変わらず空中を飛んで地雷を無視していく。このままだと1位争いは轟君とかっちゃんに絞られるだろう。僕が取るべき行動は――
『おぉっとぉ!?無個性ながらここまで先頭集団に食い込んでいた緑谷がうずくまっちまったぞ!!』
呼吸を整える。手をついて、前傾姿勢に。腰を上げて―― Go!
『ってはあああぁぁぁっ!!??緑谷、まさかまさかの強行突破だ!!いや無理があるだろ……って爆風も轟音も無視してそのまま突き進んで行くぞ!!』
個性にも色々ある。身体能力が無個性となんらかわらない人だってざらにいるだろう。ならば、地雷の威力は『一般的なフィジカルの生徒が深刻な怪我をしない程度』まで抑えられているはずだ。それなら、僕なら無理やり突破できる!!
なるべく地雷を後ろに蹴り出すように走っていく。爆風を後ろに逃し、加速する。後続の妨害にもなる。まっすぐ最短距離を進んで――見えた!先頭を進む轟君と、その肩を掴むかっちゃんだ。2人とも振り返って驚きの表情をしているが、もう遅い。
「On your left !!」
左側を失礼しつつそう声をかける。1度は言ってみたかったんだ。1位なんだし、キャプテンもこれぐらいは許してくれる……よね?
『ゴオオォォォル!!選手宣誓の宣言通り!!1位は緑谷出久だぁ!!』
湧き上がる歓声に右手を挙げて応える。さあ――まだまだ、これからだ!!
一般人がちょっと体が浮くくらいの威力なら、超人兵士なら問題ないよね?というお話。ただこの世界のデク君はキャプテン的にガタイが良くなっているんですが、ジョン・ウォーカーやブラックパンサーみたいに体格が変わらないまま超人になった人ってキャプテンと比べて体重の差とか影響出るんですかねやっぱり?
※露骨な宣伝注意
オリジナル作品「男子高校生冒険者の日常」というお話をこちらと小説家になろう。で同時投稿し始めました。お暇な方は駄文を読んでやってください。