君の激情に恋をして 作:考える人
光がスターズの事務所を訪れていたのとほぼ同時刻――
スタジオ『大黒天』の事務所では、事務所の看板役者がうつ伏せ状態でソファーに倒れていた。
しかもただ倒れているだけではなく、看板役者からは近寄りがたいほどの負のオーラがにじみ出ている。
仕事をしながらどうしても視界に入るそれを、黒山墨字はうっとしそうな表情で見つめていた。
「おい柊、何だあれ。うっとうしいからやめさせろ」
「光くんが役者になるって聞いて最初は喜んでたんですけど、うちじゃなくてスターズに入るって知って一気に落ち込んじゃったみたいで」
不機嫌まる出しの声で尋ねられた柊は、なんとか取り繕った笑顔で答える。
「ったく……。おい夜凪、前から言ってたろ。あいつの性格からすれば、役者になってもうちにはこねぇって」
「おかしいじゃない!!!」
黒山の言葉を受けた看板役者の夜凪は、勢いよく起き上がり、抗議するように大声を上げた。
「好きな人とは一緒に居たいって思うのが普通でしょ! なのに黒山さんの話が本当だとすれば、光は私のことを好きになればなるほど離れていく! そんなのどうしようもないじゃない!」
「んなもん俺が知るかよ! じゃあとっとと諦めて百城にでもやりゃあいいだろ!」
「それは絶対にイヤ!!!」
ギャアギャアと子供のように大声で喧嘩する二人を見て、めんどくさいとばかりに柊はため息をつく。
二人の喧嘩だけでなく、理解し難い夜凪たちの恋愛関係も含めて。
光と夜凪の恋愛を初々しい少女漫画のようなものだと考えていた柊だが、百城も加えた昼ドラ並みの愛憎劇だったと知り、微笑ましく感じていた気持ちは既に消えている。
今の柊には、どこか自分の知らない所でやってくれという突き放すような思いしかなかった。
そんな柊をよそに、相変わらず喧嘩を続ける夜凪と黒山。
しかし黒山は急に落ち着きを取り戻したかと思うと、ぼそりと小さくある言葉を告げる。
「――まあ、方法がないとは言わねぇけどよ」
「なに!?」
その言葉を聞いた夜凪はすぐに立ち上がり、黒山のデスクに乗り出して近づく。
今すぐその方法を教えろとばかりに。
「あいつの性格は確かに筋金入りだ。といっても、結局は好みの話でしかない。激情を受ければ好きになるって話じゃなく、好ましいと感じるものでしかないんだよ」
「どういうこと?」
「好みだとかタイプだとか、そういうのを越えて人を好きになることもあるって話だ。ほらいるだろ。たくさん食べる女が好きとか言っときながら、まったく食わねぇモデル体型の女と付き合うやつ」
その例えはどうなんだと口にしかけた柊だが、巻き込まれたくなかったため心の中だけにとどめた。
「つまり激情とか関係なく、私の隣にいたいと思わせればいいってこと?」
「そういうこった。ま、さっきもいったがあいつは筋金入りだ。生きることと演じることが同義だったんだからな。役者として向き合うとなりゃ、今のお前だって下手すりゃ食われる可能性も――」
「やってやるわ」
黒山の言葉を遮るようにして宣言する夜凪。
その表情と声には強い決意が込められている。
「だって、光に気持ちを自覚させたのは10年前の私だもの。今の私が負けるわけにはいかないから」
「……そうだな」
徐々に役者としてのプライドを持ち始め、羅刹女の舞台を経てより強くなった夜凪に、黒山は満足げな表情を浮かべる。
とある一本の映画を撮る―――そんな自身の目的が、すぐそこまで近づいている証拠だったからだ。
「……激しい愛情も、立派な激情には違いねぇか」
「……? 何か言った黒山さん?」
「何も言ってねえよ」
小さくつぶやかれた言葉は、誰にも聞こえることなく消えていく。
「待ってて、光。絶対にあなたの隣に立ってみせるから」
目の前に立ちたい光と、隣に立ちたい夜凪。
全てを知った後でも、相変わらず彼らはすれ違い続ける。
ただ今までと違うのは、彼らが確かにお互いを見て、そのすれ違いを理解しているということ。
理解したうえで、彼らはその恋を自らの望む形に落ち着かせようとしている。
恋は戦い――それはまさに、光と景の現在を表す言葉だった。
ーーーーーー
「うちの社のHPにのせる簡単な宣伝用映像、いわゆるPV撮影ね。あなたと同世代の若手俳優たちを紹介する内容よ」
そんなふうにアリサさんから説明を受けながらたどり着いたのは、まさに今撮影が行われているスタジオだった。
パッと見たところ、僕と同世代の少年少女が数多く集まっている。
当然ながら全員容姿は整っており、ちらほらとオーラを発している人も見受けられる。
さすがに景や王賀美さんレベルの人はいないけど。
そんな若手俳優たちに加え、撮影スタッフを含めたスタジオ内の全員が一斉に僕の方を向く。
正確に言えば、僕の隣にいるアリサさんに。
「え、なんで社長が?」
「お前聞いてたか?」
「いえ、そんな予定は……」
「というか隣のやつ誰だよ」
予定外の社長の登場ということで、スタジオ内に生まれた戸惑いがわかりやすく伝わってくる。
中でも若手俳優たちのほとんどは見るからに委縮していた。
「ごめんなさい。急で申し訳ないけど、この子も撮影に加えてくれないかしら」
そんな困惑した空気を切り裂くように、アリサさんが撮影ディレクターらしき人に頼み込む。
「えっと、メインとして彼を加えるってことですか?」
「いいえ、個別で紹介する子は変えずに、最後の全員が映るシーンに入れるだけでいいの」
「それならぜんぜん大丈夫です。はい」
しばらくアリサさんとディレクターらしき人が二人っきりで話を進め、その話がまとまるとアリサさんはまた僕の方へと戻ってくる。
「さあ、行ってきなさい」
「…………え?」
いや行ってきなさいと言われましても。
「このまま行くんですか? その、衣装とかメイクとかそういうのは……」
「そんなものなくていいわよ」
「ええ……」
なんだか適当過ぎない?
そりゃ景みたいに独創的な服装をしてるわけじゃないけどさ。
納得できない部分もあったが、アリサさんの指示通り僕は撮影に加わる。
急に社長に連れてこられた得体のしれない奴ということで、悪目立ちしていて非常にやりづらい。
好意的な視線も少しは存在するが、そのほとんどが探るような視線。
記念すべき初仕事だというのに、すでに帰りたくなってきた。
景に会いたい。
そうこう考えているうちに撮影が始まる。
といっても、僕の役割はひな壇の上に立ってカメラに目線を向けるその他大勢のうちの一人。
しかも中段あたりの一番端という全く目立たない位置。
ひな壇の前では、おそらくこのPV撮影の主役らしき人が一人だけ前に出て、カメラに向かってスターズの宣伝らしき文言を述べている。
対して僕は一言もしゃべらず、その場に突っ立っているだけ。
……まあ、最初から目立つ役やポジションを与えられるなんて考えてなかったし、こうして仕事をもらえるだけでもありがたいことだというのは理解している。
ただこんないてもいなくても変わらない役のために、アリサさんがわざわざ僕を撮影に加えたことには疑問が残った。
後でアリサさんに直接聞いてみようと考えたところで、主役の人物がセリフを全て言い終える。
これで撮影も終わり――かと思いきや、スタッフさんたちが集まって何やら深刻そうに話し合いを始めた。
「え、なに? 終わりじゃないの?」
「まだ動いたらダメ?」
「なんか変なとこあったか?」
その様子を見て周りの若手俳優たちもザワザワとし始める。
そんな中で僕は強烈に嫌な予感を感じていた。
なぜなら集まって話しているスタッフさんたちが、チラチラと僕の方に視線を向けているからだ。
最初は勘違いかとも思ったが、やはり間違いなく僕の方を見て何かを話している。
そんなおかしなことをしたつもりはないんだけど。
撮影が止まったまま進まないことに僕は不安を感じていると、女性スタッフの一人が僕の方へと駆け寄り声をかける。
「ごめん、君ちょっと移動してもらってもいいかな?」
「えっと、すいません。僕なにかおかしなことしてしまいましたか?」
「ああ、そういうわけじゃないの。君がなにか悪いとかじゃなくて、ほら、君は容姿がすごく整ってて目立つから、もう少し目立たないように移動してもらおうと思って」
「……わかりました」
正直納得できない理由ではあったが、僕は素直にスタッフの指示に従って移動する。
移動した場所は前の人の頭とほとんどかぶっており、カメラには僕の顔が半分も映らないような位置だった。
目立たないようにといっても限度があるでしょ。
本当に僕のいる意味がなくなってきたな。
そんな僕の顔がほとんど映らない状態で、撮影が再開しようとしていたその時、アリサさんが待ったをかけた。
アリサさんは少し時間をくれというふうにディレクターと話すと、僕を手招きして呼び寄せる。
その手招きに応じ、近づいた僕がアリサさんからかけられた言葉は苦言だった。
「何してるのあなた」
「むしろ何もしてないんですけど」
アリサさんの理不尽な言葉に、僕はつい反射的に言葉を返してしまう。
「この撮影の主役はあなたじゃない。なのにあなたが一番目立ってどうするの」
「いや、それはどうしようもないじゃないですか。顔を変えるなんてできないですし」
そもそも目立っていた自覚すら僕にはない。
ただその場に立っていただけなんだから。
「何も難しいことじゃないわよ。今まであなたがやってきたことをやればいいんだから」
「……?」
「そうやって生きてきたんでしょ。自分を隠して、あの娘の隣にいるために」
「あ……、そっか」
アリサさんのその言葉は、僕の中にストンと落ちた気がした。
そうして撮影が再開する。
ひな壇のもとの場所へと戻った僕が想像するのはかつての自分。
大人しく、迷惑をかけず、悪目立ちしないことで、景の傍に居続けたあの日々を思い出す。
本当に簡単なことだった。ずっと付けていた仮面を、かぶり直せばよかっただけのことなんだから。
すると撮影は何事もなく終了する。
先ほどまでごちゃごちゃしていたのが嘘のように。
後から聞いた話だが、この時スタッフ全員がひどく驚いていたらしい。
どうしても主役より目の行ってしまう少年の姿が、突然消えてしまったように思えたと。
撮影を終えた僕はアリサさんのもとへと戻る。
「あなたはスターとしての素質を生まれながらにして持っているわ。それこそ、あの娘や陸に負けないほどの素質を」
アリサさんは僕の目を真っすぐとらえ、静かな声で告げる。
その目は僕を誰かと重ねているようにも見えた。
「事務所で推したりしなくとも、きっとあなたは世間に見つかる。そしてトントン拍子でこの世界のトップにたどり着くはずよ。でもだからこそ、あなたにはしばらくの間、いろんな経験を積むことを重視して欲しい」
「今日みたいに、ですか?」
「ええ、いろんな現場、いろんな撮影、いろんな役を見て聞いて学んで、あなたには役者として生きることの楽しさを知ってもらう。だからあなたにはしばらく大きな役は与えないし、オーディションも受けさせない。少なくとも高校を卒業するまでは仕事をこっちで制限させてもらうわ」
この時の僕は、アリサさんが何を懸念していたのかわかっていなかった。
これも後になってなんとなく理解できたことだが、おそらくアリサさんは僕が役者を辞めてしまうことを懸念していたんだと思う。
役者への憧れとか、役者として生きる覚悟なんてものはなく、僕の中にあったのは景や百城さんと共演したいという願望のみ。
だからこそ、アリサさんは役者として生きることそのものの楽しさを教えたかったのだろう。
先ほども言ったが、この時の僕はアリサさんの考えを全く理解できていない。
アリサさんが僕を誰と重ねているかもわからない。
それでも、アリサさんのその方針に逆らおうという気は起きなかった。
アリサさんが真剣に僕のことを考えて言っていることは、嫌でも伝わっていたから。
「わかりました」
了承の意を伝えると、アリサさんはかなりわかりにくいがどこか安堵したような表情を浮かべる。
きっとこの人にも、これまで後悔するようなことが何度もあったんだろうなと、勝手に想像してしまう。
「この世界で太く長く生きていくために、役者として幸せになりなさい。わたしも、あなた
その言葉に、僕は力強く返事をする。
僕の役者としての人生は、間違いなくこの時から始まった。
数ヶ月後――
多くの人が行きかう東京の街中で、僕は撮影現場に向かうため歩いていた。
撮影といっても、僕が演じるのはセリフもないエキストラ。
しかし初めての時代劇ものの撮影現場ということもあって、少しワクワクしながら現場へと向かっていた。
そんな中、少し先の道で歩く人全員が一様に同じ方を向きながら歩いている場所を見つける。
性別も年齢も関係なく、歩きながら顔を正面ではなく見上げるようにして上に向けている。
中には立ち止まり、スマホで写真を撮っている人までいた。
僕もその場所まで移動し、皆が向いている方に顔を向けると、その注目の理由を理解する。
それはビルの屋上の看板。その看板には、大手企業の広告塔となった女優の顔がどアップで映し出されていた。
その女優とはもちろん、今や日本でその名を知らぬ者はいないほどの有名女優となった夜凪景。
僕は景の看板に向かって手を伸ばす。
当然のようにその距離が縮まることはない。
あっという間に、手の届かない所に行ってしまった幼なじみ。
本当に、おかしな話だと思う。
僕はずっとこうなることを望んでいた。
景が女優になると聞いたとき、僕は嬉しかったんだ。
女優として成功することを微塵も疑っていなかったからこそ、これで景と離れることができると。
二人の道は別れ、そのまま疎遠になっていくのだろうと。
景を不幸にしないためにも、こうするのが一番なのだと。
それが実際に遠くへと行ってしまった今、僕も役者として生きることを決め、景に必死に追い付こうとしている。
この濃密で僕の人生を大きく変えた1年ほどを思い出し、改めておかしな話だと思う。
何度も迷って、何度も間違えて、何度も考え続けて、結局僕は何も変わらなかった。
それでも、もう僕の心に迷いはない。
景と正面から向き合うために、この道を進み続けると決めたから。
僕は伸ばした手をぎゅっと握り、力強く宣言する。
「追い付いてみせるよ、景。絶対に君の前に立ってみせるから」
この数年後、とある幼なじみが主演とヒロインとして初めての共演を果たすのだが、それはまた別の話。
君の激情に恋をして ~完~
というわけで、『君の激情に恋をして』はこれにて完結です。この二次小説を書き始めた時点で、こういう形の終わりにしたいというのは決めてました。その後の展開に関しては、原作次第かなと考えていまして……それで、その……大河は…………うん、この話はやめよう。
とにかく、途中三年近く放置してしまいましたが、なんとか中途半端にせず終わらせることができてよかったです。見てくださった方へ、本当にありがとうございました。
先の展開を話してしまいそうという理由で、今まで感想にはまったく返信しませんでしたが、しっかり全部に目を通してモチベーションにしておりました。ぜひ完結記念に感想ください!!!
本編としてはこれで最後ですが、いくつかこんなシーンを書きたいな~というのはあるので、番外編として投稿したりはすると思います。
改めて、最後まで見てくださって本当にありがとうございました。
それを読むこと、見ることが自分の日常の一部になっているような作品が終わった時の喪失感が、昔は嫌だったんですが、いつのまにか好きになっていました。もしかしたらドМなのかもしれません。
この○○が好きシリーズ、なんならただの性癖開示になってることも多々ありましたが、あとがきのシリーズが好きという感想もちょくちょくあって嬉しかったです。