■
「あのね、ねぷちゃんのお誕生日会を開こうと思うんだ~」
言い渡されたプルルートからの言葉に、ノワールはまず頭を抱えた。
「ええっと……ネプテューヌの誕生日、近かったっけ?」
「ううん、しらないよ~?」
「……どういうことよ」
こてん、と首を傾げる彼女に、ノワールも同じように首を傾けた。
プルルートによって招かれたプラネテューヌの教会、その彼女の自室にて。仕事の合間を縫ってまでやって来たというのに、そんな支離滅裂なことを言われたことは、しかしながらいつも通りなことだった。ため息を吐いてから、続く彼女の言葉に耳を傾ける。
「ねぷちゃんがこっちに来て、女神になった日があるでしょ?」
「そうね」
「あと一週間でね、ちょうどその日なんだ~」
「……なるほど」
つまりは、彼女が女神になったその日を記念しよう、ということらしい。
彼女らしい考え方だな、なんてノワールは欠伸交じりに思っていた。
「あっちの次元での誕生日は違うかもしれないけど、こっちの次元ではその日が誕生日! ってことにすればいいかもしれないし。それに、これだけ長い間仲良くしてたのに、一度も誕生日とか祝ってあげないのは悲しいから~……」
「ま、いいんじゃない? ネプテューヌもそういうのは好きそうだし」
というより、そういう噂を一言でも聞きつければ真っ先に飛びついてきそうではある。別にそれは嫌なことではないし、むしろそうした明るい所は彼女のよい所でもあるが。
「私に話してきたってことは、サプライズにするのよね? 他に伝えてる人はいるの?」
「えっと……ブランちゃんとベールさんには話したよ。プレゼント、ちゃんと用意してきてくれるって~」
「そ。よかったじゃない」
あの二人はなんだかんだネプテューヌのことを好いているのだ。普段の発言や行動は水に流して、快く祝ってくれるだろう。表面上の対立があるとはいえ、それなりの信頼はある。
そしてそれは、ノワールにとっても同じことだった。
「なら私も参加させてもらおうかしら。一週間後だったわよね?」
「うん、ありがと~!」
「他でもないあなたの頼みだもの。それで? 必要なものとかの目途はついてるの?」
「えっと、まずはケーキでしょ~? それに、ぬいぐるみも沢山用意して~」
楽しそうに笑う彼女の姿を、けれどノワールは受け入れることはできなかった。今はただ、プルルートのとなりで安らかな笑みを浮かべるだけ。ネプテューヌへと思いを募らせる彼女のことを、一人の友として眺めることしかできなかった。
自分でも馬鹿らしいな、とノワールは思った。嫉妬深いことへの自覚はある。けれどそれを治したところで、彼女は自分へ振り向いてくれるのかを考えると、ノワールはやるせない気持ちになってしまう。
最早、呪いなのかもしれない。誰とでも平等に接する彼女の優しさが生んだ、執着のようなもの。プルルートの笑顔はたまに、ノワールの心にぼんやりとした影を産んだ。
「……私のことは、祝ってくれないのね」
対面するプルルートにすら聞こえない、そんな微かな呟きを、ノワールは口にした。
■
神次元の女神と超次元の女神には、一つだけ明確な違いが存在する。
そもそも神次元の女神とは、世界にごく少数しか生成されない女神メモリーを入手し、その上でわずかな確率で適合した人間のみが成り得ることが出来る、奇跡の存在である。
つまり言い換えれば、神次元の女神は、本来は人間であったということ。
すなわち、プルルートが口にした曖昧な誕生日よりも明確な誕生日というのが、ノワールにもあるはずなのに。
「何なのよもうっ! あの子ったらずーっとネプテューヌのことばっかり!」
ぎゅう、と自分のぬいぐるみ(プルルート作)を胸元で抱きしめながら、ノワールはそんなことを口にしていた。ラステイションの教会の自室、ベッドの上に寝転がりながら、ノワールは今日の出来事を振り返る。
といっても思い出されるのは、楽しげにネプテューヌの誕生会についてを語っているプルルートの姿だけであって。
「私も同じ日に女神になったんだけど! ネプテューヌの真隣で女神になってたんだけど! なのにどうして私の話はしてくれないわけ!? もうっ!」
握った拳で自分のぬいぐるみ(プルルート作)をぽこすか叩きながら、ノワールはそんなことを叫んでいた。部屋の外を誰かが通るかなど、気にしている余裕もなかった。
もしかすると、自分の誕生日を忘れているだけかもしれない。プルルートへの怒りを募らせる中、一度だけノワールは考えた。が。
「そもそも私、誕生日なんて祝われたこともないんだけど!?」
それはノワールの怒りを加速させるだけだった。そも、プルルートが人の誕生日を覚えているところを見たことがない。ノワールも誕生日の翌日にそう言えば昨日、そんな日だったと伝えると「そっか~、じゃあこれあげる~」とそこら辺にあった菓子だの花などを渡してくるような人物である。
いや、何かを渡してくれるだけ良いのかもしれない。良いのかもしれないけど。
「だからって……なんであいつだけ……」
たとえ本人に自覚がないとはいえ、こうも明確な差を見せつけられると、さすがに色々募るものである。ごろん、とうつ伏せになって、ノワールが再び今日のプルルートの姿を思い出した。自分以外へと向けられる彼女の笑みに、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
それが怒りなのか哀しみなのかの判別も、今のノワールにはできなかった。
「……馬鹿みたい、ほんと」
心の内の靄を振り払うように、ベッドから起き上がる。
「にしても、贈り物、ね……」
そう呟きながら、ノワールは呆れたような顔になって、溜息をひとつ。
プルルートの件で隠れていたが、こちらも大きな問題であった。個人的に渡すのなら、ちょっと高めのプリンだったりを持っていけば、彼女も喜んでくれるだろう。
だが、今回は自分の他にもネプテューヌを祝う者が存在する。聞こえがいささか陳腐になってしまうが、すなわち普段のネプテューヌへの感謝を形にする機会なのだ。
それはつまり、何を渡すかによって、ノワールのセンスが問われるということ。
「あれ……? 誕生会ってこんなに重苦しいものだったっけ……?」
一瞬、そんな疑問が浮かんだが、それはすぐ重圧によってかき消される。
仮に、先ほど例として挙げたプリンを持って行ったとしよう。人の良いネプテューヌのことだ、贈り物自体は素直に受けとって喜んでくれるはず。
だがしかし、もし他の連中が手の込んだものを持ってきたとしたら? いい例がプルルートだ。手作りのぬいぐるみなんか持ってきたりして、あの笑顔と共に渡すのだろう。
ブランとベールに関しても、何か自分の手掛けたものを、という考えがあるかもしれない。そうなると、プリンを買って持ってきただけのノワールはどうなるか。
『あ、ノワール……うん……ありがと……ありがとね!』
『買ってきただけですの……?』
『買ってきただけね……』
『買ってきただけなの~?』
「あああああっ! 無理無理無理無理! そんなの私、耐えられないわよ!」
無論、そんなものを気にするような仲ではないし、言わないことも知っている。だからといって、その優しさに甘える訳にはいかない。何と戦っているのかと聞かれたら、ノワール自身と、なのだろう。これは誰かのための戦いでなく、自らを突き通すための戦いなのだ。
などと無駄に仰々しい考えを頭に浮かべても、結局何も変わることはなくて。
「……どうしようかしら」
期限は残り一週間。その間に自分の手がけた、かつ贈り物として遜色のないものを。
「そんな都合のいいもの、あるわけ――」
と。
言いかけたノワールの眼に止まったのは、部屋の隅にある箪笥だった。
「……いやいや、絶対被るでしょ。それに私、そんなキャラじゃないし……」
言い訳するように独り言ちながらも、しかしその視線は箪笥の方へと向けられたまま。
無論、部屋の持ち主であるノワールは、その中に何が入っているかを知っている。それが彼女との思い出の品であること、そして自分に似合わないものであるということも、全て。
だが、他に逃げ道がないのも事実である。諦めたように、ノワールはため息をひとつ。
「……しょうがないわね」
中に入っていた裁縫用具を机の上に広げ、とりあえず何が欠けているかを把握するところから始めることにした。
■
「ねぷちゃん~、お誕生日おめでと~!」
そんな間の抜けた声と対になるように、クラッカーの甲高い音が鳴り響く。
舞い散る紙吹雪の中から姿を表したのは、呆気に取られたネプテューヌの姿だった。
「ぷるるん? えーと……なにこれ? 今日はみんなでゲームする日じゃないの?」
「ちがうよ~。今日は、ねぷちゃんのお誕生日なんだ~」
「…………????」
真顔のまま首を傾けたネプテューヌに、ブランとベールが付け足した。
「あなたがこっちに来た日、覚えてる?」
「私たちは存じ上げませんが、プルルートが言うには今日が丁度その日だった、と」
「んんー……? えーっと……」
「だから」
未だに疑問符を頭の上に浮かべる彼女に、たまらずノワールが口を開いて。
「あなたがこの次元にやってきて、女神になったのがちょうど十数年前のこの日なのよ。だから今日は、そのお祝いってこと」
「あー、なるほど! すっかり忘れてたよ!」
「誕生日とは少し違うかもしれないけど、私達にとっても、ねぷちゃんにとっても、今日は大切な日だって思うの。だから、みんなでお祝いしようかな~って」
「そっか、ありがとぷるるん! 私、すっごく嬉しいよ!」
満面の笑みを浮かべながら、ネプテューヌがプルルートの両手を握る。
ずい、と迫る彼女にプルルートは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに照れ臭そうに笑って返した。その表情の変化が、ノワールにはどうしてかはっきりと見えた。
それは、あんな風に笑う彼女を見たのが、初めてだったからかもしれない。
「みんな~、プレゼントはもってきてくれた~?」
プルルートの言葉に初め、ベールが小包を取り出した。
「私からはこれを」
「あ、お茶? ベールらしいプレゼントだね!」
「ええ。安直かもしれませんが、他に思いつくものもありませんでしたから。ですが、私のおすすめをいくつか用意しましたわ。ネプギアちゃんと一緒に召し上がってくださいな」
「うん! ありがとね、ベール!」
正直そのやり取りにノワールは苦言を呈したくなったが、口を開くことはできなかった。これだったら無駄なことを考えずにプリンを用意した方が良かったかもしれない。本当にこういうところだな、なんてノワールは自分のことながら考えていた。
そんな彼女の苦悩など知るはずもなく、続けてブランが数冊の本を取り出した。
「私からは何か本でも一冊、って思ったけど、あなたは小説を読まなかったわよね」
「ラノベだったら軽く読むんだけどねー。文章ばっかだとどうしても退屈になっちゃって」
「そう思って、漫画化してるものをいくつか持ってきたの」
はい、といくらか不愛想に手渡してから、ブランが続ける。
「小説が読めなくても、これだったら話の共有は出来ると思って」
「おお、ありがとブラン! さっそく今日から読み進めてみるよ!」
「……続きが気になったら、いつでも言ってくれればいいわ」
そこでブランとの会話は終わり、次にネプテューヌがノワールの方へと視線を向ける。
「……な、なによ」
「いやー、ノワールはどんなプレゼント用意してくれてるのかな、って!」
やけにキラキラと目を輝かせながら、そんなことを口にするネプテューヌ。
「そういえば私、あっちでもノワールからプレゼントとか貰ったことなくってさ。こっちのノワールはどんなプレゼントくれるのかな~って楽しみだな~」
「確かに、あまりイメージは湧きませんわ」
「私達みたいにキャラ付けされてないからかしら。強いて言えばぼっちキャラだし」
「あっ」
「……ごめんねノワール。私、そういうつもりじゃ……」
「勝手に盛り上がってるんじゃないわよ! ぶっ飛ばすわよ!?」
「あはは、ごめんごめん!
「まったくもう……ほら、これ」
すると、ノワールがポケットから取り出したのは、手のひらほどの小さな袋だった。受け取ったネプテューヌは一瞬だけそれを見つめたのち、再び彼女の方へと向き直る。
「開けていい?」
「いいわよ」
言い方に少し棘があるのは、いつもの事なんだろうか。それとも。
疑問に思いながらネプテューヌが封を開け、入っていたものを手のひらへ。
「これって……」
果たして中から転がってきたのは、プルルートとネプテューヌを模した、小さな布のストラップだった。特徴を上手く捉えてデフォルメされた二人の姿は、どこか寄り添い合っているようにも見える。
「……ちょっと、何とか言ったらどうなのよ」
ノワールの言葉で初めて、ネプテューヌは自分が口を閉ざしていたことに気が付いた。
「あ、えっと……かなり予想外だったっていうか……ノワール、こういうの作れたんだね」
「何よその言い方。別に普通でしょ? それとも何? 気に入らなかった?」
「いやいやそんなことないよ! むしろ嬉しすぎてびっくりしたの! ほんとだよ!?」
「はいはい、分かってるから。そんな大きな声で言わなくても大丈夫よ」
大げさに言ってくるネプテューヌを鬱陶しく思いつつも、ノワールはどことなく嬉しさを感じていた。こうやってまっすぐに感謝を伝えられることに、悪い気はしない。あれを作っていた時の苦労も、形になって初めて分かった自分の卑しさも、今は忘れられた。
そうやって喜んでいるネプテューヌを眺めてると、ふとプルルートが傍に寄り添ってくる。
「あ~! ノワールちゃん、お裁縫したのひさしぶりだね~!」
「え? そうなの?」
「うん、二人だけだったときは、よく一緒に服とか作ったんだよ~?」
ね~? とこちらを覗き込んでくるプルルートに、ノワールは無言で首を縦に振った。
「私がいろいろ教えてあげて~、作った服とか交換したりしたよね~。ねぷちゃんが来てくれてからは、あんまりやらなくなっちゃったけど~」
「それは……」
――あなたが、ネプテューヌばっかりに構うからでしょ。
喉まで出かかったその言葉を、ノワールはすんでのところで飲み込んだ。それを面と向かってプルルートと、何よりネプテューヌの前で言うほどの勇気も卑しさも、ノワールには持ち合わせていなかった。彼女たちの繋がりを否定することなんて、もうできなかった。
ネプテューヌの手のひらで寄り添う二人の姿が、その証明だった。
「私からはね~、これ~」
表情に影を落とすノワールなんて見向きもせずに、プルルートがレジ袋を持ってくる。
「え? これって……」
「ねぷちゃん、すきでしょ~?」
がさごそと、その中を漁りながら彼女が取りだしたのは。
「はい、プリン~! みんなの分もあるから~、いっしょに食べようね~」
ほらほら~、と一人一人にプリンを手渡しながら、プルルートがにっこりと笑う。
普通の市販のプリンだった。コンビニに売っているような。手のひらのそれを見降ろしたノワールは、呆れたようなため息と共に、うっすらとした笑みを浮かべていた。
「あ、これ私が好きなメーカーのプリンだ! ぷるるん、覚えててくれたの!?」
「うん~。あんなに喜んでたから~、好きなんだな~っておもって~」
「ありがとぷるるん! もー、ほんとに大好きだよ!」
そもそもが考えすぎだったのだ。ネプテューヌが喜んでくれると思うのなら、なんでもいい。例えそれが市販のプリンであろうと、皆で笑い合えれば、それで。
「あ、そうだ! そういやアレやろうよアレ! プリンに醤油かけたらウニになるってやつ! ぷるるん、冷蔵庫みせて! 確か前買ったやつがまだ……」
「あ~、だめ~! ねぷちゃん、他の家の冷蔵庫って見ちゃダメなんだよ~!」
「え、ぷるるんそういうの気にするタイプだったっけ……ってか、そもそもここって半分、私の家みたいな……」
「でも、ダメなものはダメなの! ほら~、ウニじゃなくてプリンたべようよ~」
笑ってくれればそれでいい。おめでとう、と。一言だけ声をかけてくれるだけでもいい。
それなのに。
(……私とは、もう笑い合えないのかな)
笑みを携える彼女の横顔は、とても遠くに感じられた。
■
自室の扉が叩かれたのは、日付の変わる十分ほど前のことだった。
「ノワールちゃん、まだ起きてる~?」
果たして、その妙に間延びした声には聞き覚えがあった。忘れるはずもなかった。だとすればこんな礼儀知らずな時間に、他人の部屋の戸を叩くことにも辻褄が合った。
もとより彼女に関しては、教会の出入りは自由にしてある。それは互いに何かあった時にすぐ駆け付けるためでもあるし、友人としての信頼でもあった。
また何か面倒ごとだろうか、なんて思いつつも、ノワールがゆっくりと扉を開く。
「……こんな時間に何の用?」
「あ~、よかった~。もう寝ちゃったかとおもったよ~」
その先には、胸を撫で下ろしながら言ってくるプルルートと。
「すいません、こんな時間に押しかけてしまって……」
申し訳なさそうに頭を下げる、イストワールの姿があった。
「イストワール? プルルートだけならまだしも、なんてあなたが……」
「私もプルルートさんを止めようとは思ったんですが、どうしても今日じゃないとダメでしたから……それに、こんな夜中にプルルートさんを一人にさせるわけにもいきませんし」
「あー……まあ、それもそうね」
イストワールの言葉に納得を覚えたノワールへ、プルルートが頬を膨らませる。
「む~、ふたりとも心配しすぎだよ~。私もこどもじゃないんだから~」
「はいはい、分かったから。それで? 結局どうしたのよ」
そうやって先を促すと、彼女は手に持った紙箱をノワールへと手渡してから、言った。
「これ、あげる~」
「……何よ、これ」
「いいからいいから~、開けてみてよ~」
彼女にしては珍しい、半ば強引な物言いに不審さを感じながらも、ノワールはそれに従うことにした。両手で抱えられるほどの、そこそこの大きさの白い紙箱だった。指先で封を切ったそのときに、ほのかな甘い香りがすることに気が付いた。
やがて、中から姿を表したのは。
「……ケーキ?」
明らかに市販品のものではなかった。クリームにはところどころムラがあるし、乗せられたイチゴも等間隔ではない。不出来と呼べるほど粗末なものではないが、かといってちゃんとしている、とも言えない微妙な出来もの。言い換えれば、努力が見えるような、そんな。
そうしてノワールは、もう一度プルルートとまっすぐ向き直ってから。
「あなたが作ったの?」
「うん~!」
問いかけに、プルルートは満面の笑みで答えた。
それはノワールが求めてやまなかった、あの頃の笑顔だった。
「お菓子作りははじめてだったから、ちょっと大変だったけどね~」
「凄いんですよ。プルルートさん、ネプテューヌさんたちに頼らずに一人で最後まで作ったんですから。ここまで必死になったプルルートさんを見たのは、初めてかもしれません」
「ちょっと、い~すん~? さっきからちょいちょい失礼だよ~!」
もう、と口を尖らせるプルルートへ、ノワールがふと問いかける。
「その、プルルート? 私、まだちょっと状況がよく分かってないんだけど……」
「え~? ノワールちゃん、鈍感すぎるよ~」
「それだけはあなたに言われたくないわよ!」
思わず声を張り上げてしまったが、それで何かが分かるはずもない。
諦めて口を閉ざすと、プルルートはにっこりと笑いながら、口を開いて。
「ノワールちゃん、お誕生日おめでとう~!」
なんて言いながら、ぱちぱちと両手を叩き始めた。
「…………え?」
「ほらほら~、早くケーキ食べちゃおうよ~。お皿もフォークももってきたから~」
「食べ終わったらすぐに帰るんですよ? ただでさえこんな時間にお邪魔してるんですから」「え~、ノワールちゃんのお部屋にお泊まりでいいよ~」
「よくないです! 大体、プルルートさんはは女神としての自覚をもう少し……」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
いつもの小言が始まる前に何とか我を取り戻したノワールが、そのまま部屋に入ろうとする二人を引き留める。イストワールも大概だな、などという思考は置いておくことにした。
「誕生日って……一体、どういう」
再びのノワールの問いかけに、プルルートはこてん、と首を傾げて。
「だって、ほら。今日はノワールちゃんが女神になった日でしょ?」
「……あ」
「だから今日は~、女神ブラックハートの誕生日、ってこと~」
淀んでいた空気が、一気に晴れていくようだった。プルルートの放ったその言葉だけで、ノワールは救われたような気持ちになった。たった一言、それも一度だけのもの。それでもノワールは、満たされたような、溢れるような気持ちになった。
「……忘れてたわけじゃ、なかったのね」
「忘れるわけないよ~。今までは色々大変で、お祝いなんてできなかったけど、今ならできると思って~。だから、遅くなってごめんね?」
「いいのよ、覚えてくれてただけで」
――それに、あなたの笑顔を見られただけで。
なんて、本人にはとても言えないけれど、心の中だけでノワールは呟いた。
「にしても、どうしてこんな時間にしたのよ」
「本当は、ネプテューヌさんと一緒にやったらどうですか、って私も提案したんです。でも」
イストワールの言葉に、プルルートは少しだけ俯きがちになってから、小さな声で。
「……ノワールちゃんを、ねぷちゃんに取られたくなかったから」
そうしてまた、プルルートはその顔に笑みを浮かべた。それはノワールが今まで一度も見たことのない、少女の笑顔だった。恥ずかしさを誤魔化すような、少しだけずるい笑顔だった。
「ごめんね、わがまま言っちゃって。でも、ノワールちゃんの一番は譲りたくなかったの」
「プルルート……」
「私はね、他の誰よりもノワールちゃんに女神になってほしかったんだ。ノワールちゃんを置いて女神になるなんて考えられなかったし、私だけが置いて行かれるのも、耐えられなかったと思うの。だから、ノワールちゃんが女神になってくれて、ほんとに嬉しかったんだ」
初めて聞かされた、彼女の本心だった。そしてそれは、ノワールの抱いているものと全く同じものだった。襲ってくるのは驚きと、それを優に超える嬉しさだった。
いつもすれ違っていると思っていた。彼女の考えは自分には理解できないだろうし、自分の考えも彼女には理解されないのだろうな、とノワールは思っていた。
けれど、それは違った。
「もしかしたら、って何度も思ったの。ノワールちゃんがノワールちゃんじゃなくなっちゃうかもしれない、もう二度と、ノワールちゃんと会えなくなるのかもって。でも私ね、信じてたんだ。ノワールちゃんはきっと女神になってくれる、私とずっと一緒にいてくれる、って」
「……私も同じよ。怖かったことも、それでも女神になれる、って信じ続けたことも」
「でも、ノワールちゃんは女神になってくれた。私の信仰に、答ええてくれたの」
だから。
「女神になってくれてありがとね、ノワールちゃん!」
花の咲き誇るような、あの頃と同じ笑顔で、プルルートはそう言い放った。
■