あるいは【水覇のテトラコード】
「聖女様、どうかこの国をお救いください」
そう言って私に頭を下げるのは、300万の人が暮らしているこの国の王様。
あわわ、頭を上げてください! 私なんか全然大したものじゃないんで、ただの小娘なんで。
そんな風に言いたいんだけど、立場っていうものは私の方にもある。むしろ私の方がやばい。
本当になんで私なんかがって思うけど、私はこの世界で最も大きな宗教“
聖女だし、私は誰よりも美しくて、
だから、私はこう言おう。
「まかせなさい! この水の聖女、テトラ・クリムガードに!」
◇ ◇ ◇
この世界は、魔物という魔物、あるいは闇の眷属で溢れかえっている。
魔物は人間よりもずっと強く、そして大きい。神様からの“祝福”を受けていないほとんど全ての人は、国を出て旅をするなんてまず無理でしょう。
“祝福”っていうのは、この世界を見守ってくれている神様が、地上の人間を選んでその力を貸してくれること。強い。
この神様に選ばれた人のことを“聖女”っていうんだけど……。そう、神様から力を借りられるのは女の人しかいないの。何でだろうね。
そもそもこの広い世界でも、今現在生存が明らかにされている聖女の数はたったの9人。
この世界で信仰されている神様は100
ちょっと魔物を倒したからって目に見えるほどの変化はないし、人類は滅亡に向かっているみたい。やめよう、この話題。
今日の私の仕事は、雨の降らない国に雨を降らせること。
私が歌えば雨が降るから、これは簡単。
でも私がここに訪れるまで、90日間も雨が降っていなかったんだって。ひええ。
魔物のせいで環境が変化して、国の周りは砂漠になっちゃってる。
川もないし、本当なら国から別の場所に移住した方がいいんだけど、魔物の
私にできるのは、雨を降らせることだけ。
少しでも人のためになるなら、それでいいんだけどね。
◇ ◇ ◇
「聖女様、ささやかですが私どもの感謝の気持ちを込めて宴を用意してあります。どうぞ私どものもてなしを受けていってください」
「どうもありがとう」
気がつけば宴会が始まっていた。
私の役割からすると当たり前なんだけど、私の出席する宴会っていつも雨が降っているんだよね。パーティーの間だけ雨止めてていい?
料理が運ばれてくる。
むむっ、乾燥きのこが入っている。
変なきのこを食べて死にかけたことは10や20じゃないんだけど。
でもこれはいいキノコだね。食べてもぴりぴりしない。
現在の食糧事情はかなり悪いらしいのだ。
良かったころに私は生まれてないから詳しいことは言えないけれど。
一歩国を出れば魔物に襲われるような世界で、酪農だとか牧畜だとか、農耕だとかをやるような土地が十分に確保できない。人間の住む場所だって足りてないのに。
聖女は半分神みたいなもんだから食べなくても死なないんだけどね。
せっかくお礼をしてくれるのにそれを受け取らないのも悪いし。
そもそも私が料理に手を付けなかったら誰も食べ始められないので。
立場社会って大変だねぇ。
砂漠トマトの漬物。
トマトはなるべく水を与えない方が、旨みが凝縮して美味しくなるというけれど。
90日間水なしで育つのはどんなトマトなんだろう。
えっ、貯水池はあった? ぎりぎり?
そう。たっぷり水をあげるよ。貯蓄が減っていくのを見るだけなのは怖いもんな。
コロッケとか緑のスープとか、全体的に香りが強い。
どんな香辛料使ってるんだろう。
料理しないから見ても分からないけど。
ヤシの実の飲料は美味しいけど半分固形だった。
吸えない。
聖女が全開ストローなんてできるわけないだろ!
思わず祝福を使ってしまった。
後は酒類も駄目ね、聖女なので。
そんなこんなでパーティーも更けていき、お開きに。
「聖女様、お部屋の用意が出来ております」
「ありがとう。案内してくれ」
この城のメイドさんに案内されて私が部屋に向かうとなると、私の付き人・護衛の騎士なんかがずらずらとついてくる。二桁くらい。そんなにいらないんだけど。
部屋についたら女の付き人と騎士が先に入っていって、安全確認していた。少しして安全が確認されると撤収する。
「何か問題がありましたら、私どもが扉の前におりますので何なりとお申し付けください」
「うむ。それではおやすみ」
二人の騎士を残して各々の部屋へと帰っていった。明日も早いからね。
◇ ◇ ◇
さて。人が確認したからって自分で確認しない訳にはいかないだろう、精神的に。
「
法力が雨のように小さな粒となって部屋の中を洗う。実際に濡れるわけではない。
ふむむ……掃除は行き届いているみたいだ(上から目線)。
あっ、植木鉢の土の中に小さな幼虫。森へお帰り。
虫は触れないので長めの棒で挟んで窓から捨てる。
下に人がいた場合? まあ雨だから傘の一つもさしているでしょ。……しばらく雨降ってないんだっけ。
荷物の中から透明な鉢を取り出して、水の塊を投入する。
そこにねじを巻いた金魚型オートマトンを投下。金魚の目は怪しく輝き、周囲を見張る。
これは盗聴対策・侵入警戒の機能がある優れものだ。
実は前の世代のどこかの聖女が作りだしたとか。
性能が良ければブランドは何でもいいけど。
「何かあったら知らせて」
これでよし。
まだ寝るまで時間あるし、聖女はその気になればしばらく寝なくても済む。
古文書の解読でもしようかな。
◇ ◇ ◇
一人になるといろいろと考えてしまう。
私、テトラ・クリムガードは水聖教の聖女だ。
これは先にも言ったかな。
髪は透き通る海のように青く、瞳の色も青い。元々こんなんじゃなかったんだけど。
私が聖女に選ばれたのはどうしてなんだろう。
そもそも水聖教がどんな宗教かっていうと……教義とか経典とかの詳しい内容は抜きにして。あんまり覚えてないし。
水聖教で
名前について記された一番古い石板が欠けているので、正しい名前なのかどうかは分かっていないんだけど。
ローライト神は名前なんて気にしない
水といえば飲料・料理用に使うとか、農業・畜産用にも必要。現状ほとんどできてないけどね。
あとは身体を清めるのにも大事よね。特に魔物によって汚染されたり、干上がったりしている現代では、水の神への信仰は際限なく上がっている。
私も拝まなきゃ。
ありがたやありがたや。
いや、まあ、うーん。
私が聖女になってからこの神様が度々夢に出てくるんだけど、もしかするとその実態は邪神なんじゃないだろうかとも思う。
はっきりと見えるときはうねうねとした触手、あるいは水中ミミズの集合体。きめえ。
水の神だっていうのにカラーリングも赤だし。
血管みたいにドクドクしてる。
夢に出そう。
もう出てるけど。
人……神も見た目で判断しちゃいけないっていうけど、この姿を聖女以外でも認識できたなら供物は人間の生き血か似たようなものになってたと思う。そもそも信仰されるのだろうか。
見た目以外も大雑把。
私が“祝福”の使い方を覚えるまでは大変だった。
とある海上都市で、水かさが減って船での乗り付けができないというので水位を上げてくれとお願いされたときのこと。
それをそのままローライト神に伝えたところ、空から水の塊が落下してきて結果的には海水面が大人3人分くらい上昇した。
咄嗟に都市全域にバリア貼らなきゃ確実に死んでた。
都市に住んでいる住民からすればやったのは聖女である私なんだけど。
後でローライト神に訪ねてみたところ、じょうろで水をまいたようなものだという。
人と神ではスケールが違うのかも。というかじょうろを持つ手はどこだよ。
聖女はあくまでも神様の力を借りるだけなので、自分の力だと思って全力を試しちゃいけない。
神様も楽しくなってくると暴走しちゃうから。やっぱり邪神だよねえ。
まあローライト神が邪神であるかどうかは、当面のところ私以外に影響を及ぼすものではないので考えていても仕方がない。聖女じゃなくなったらこの先生き残れないし。
私はローライト神からの好感度はかなり高いと思う。
本人……本神(?)、が私ほど相性のいい巫女はいなかったって言っているし。
適性なんかは神様が決めているのかと思ったけどそうじゃないみたい。
私がこんなミミズみたいな神と相性がいいって、どういうこと?
とりあえず、明日も雨を降らせよう。