ワンナイト聖杯戦争 第三夜 対決、三人のセイバー! 作:どっこちゃん
9 ハイランダーの大戦士
「はっはーッ! 鬼さんこちら、ってなもんだな」
この世のものならざる二つの影が夜に浮かび上がり、針のような光を弾く二振りの大剣が閃く。
「――この現世の全ての文物に、それを紡ぎ作り上げた人々の思いが宿っている。そうとは思わぬのか!?」
しかし、パラス・アテナの追撃は困難を極めていた。
バルバラの予想通りだった。彼我の戦闘力には明確な差がある。にもかかわらず、乙女の切っ先は否応なく翻弄されてしまうのだ。
巨漢のサーヴァント、蒼のセイバーは逃げに徹するかのようなそぶりを見せながら、時折り身をひるがえしては攻勢に転じ、はたまた逃げの一手へ立ち戻るという挙動を繰り返す。
本来ならその瞬間に斬り捨てるべきところだ。しかし、巨漢は攻勢に転じるその度に周囲の建造物に自らの大剣を叩き付けるのである。
「止めろ!」
乙女は破壊された電柱や公共物の破片が別の民家に降り注ぐのを受け止めようと足を止める。しかし、その隙を大剣クレイモアの一撃が狙いすますかのように突いてくるのだ。
「――ッ!! なぜ、こんなことを……意味がない! 無駄なことだ!!」
「そうでもねぇさ。実際――こんなに隙だらけだからなぁ!!」
今再び動きを止めたパラスへ向けて、まるで断頭台のごとき白刃が振るわれる。
受け止めようとパラスは油断なく盾を構える――が、白刃はまるでそれをすりぬけるようにして迫ってくる。剣の軌道が捻じ曲がったのだ。
巨漢が渾身の全身駆動をもって繰り出す大剣の一撃。その挙動は剣による斬突と言うよりも、逃げるはずもない大木の幹めがけて大斧を振るうのに似ていた。
本来当たるはずのない攻撃だ。英霊でなくともこんな大振りが命中するはずがない。
「――ッ!」
しかし、パラスはその見え見えの一撃を寸でのところで回避する。当たるはずのない切っ先が、しかし彼女に肉薄してくるのだ。
空を切った大剣は遥かに距離を隔てた位置にまで斬撃を伝播させ、爆破解体よろしく向こう三軒のビルディングおよび家屋をまとめて両断、崩壊させる。なんたる威力か。
「貴様――」
乙女は苦渋をにじませながらも、それを見ていることしかできない。それどころか大幅に飛び退いて態勢を崩し、たたらを踏むありさまだ。
この稀有なる英霊をして、有りうべからざる事態だと言わざるを得ない。
「おいおい良いのか?
それをいいことに、巨漢は実に生き生きとしてその巨躯を捻転する。今再び、全力のフルスィングが大気を炸裂させながら乙女に迫る。
「舐――めるな!!」
「ぐぉ!?」
当然、いつまで好きにさせるつもりはない。反撃を受けた巨漢は血を流して後ずさった。
盾による痛打である。パラスは後退しながらさらも盾を投擲していたのだ。敵の刃が盾を避けて伸びてくるなら、逆に盾が刃に止められることもない道理だ。
「ハ――ハハ! 良いねぇ。良い
今度は蒼のセイバーがのそのそと後退した。パラスはすかさず盾を拾い、態勢を整える。
『なんとか押し戻した。――しかしこのままでは』
趨勢は未だ五分とは呼び難い。両者は民家の少ない、ひなびた区画で足を止め、睨み合うように対峙した。
『ここなら被害を抑えられる……』
「よぉ。どしたぁ? 随分とガムシャラじゃあねぇか」
周囲の状況を確認するパラスに対して巨漢はフフン、とばかりに鼻を鳴らす。
「……貴様こそ、図体のわりに小技が好きなようだな」
「そりゃあな。さすがに良いとこなしのまま終わったんじゃ英霊の名が廃るってもんだ……」
再び大剣クレイモアを大上段に構えた蒼のセイバーは、血を流しながらも不敵に笑って見せた。
趨勢はパラスに取って不利なままだ。
斬り合いに持ち込んだはいいが、パラスが宝具を使用しようとすればヤツはまた引くだけだろう。
これ以上周囲の建物を破壊しながら逃げ回られるのは避けなければならない。
故に、パラスは守勢に回らざるを得なかった。徐々に間合いを取りながら、大盾を前に出して敵の先手を誘う。
『心を落ち着けろ。おのれを律して戦うべし。我は戦神アテナ成り!』
パラスはなんとか思考をなだめて思考する。
『あの男の奇怪な斬撃。恐らくは宝具によるもの。なにをされた? 何が起こった?』
問題は、相手の斬撃の哲理が解らないということだ。パラスは体験した事象を率直に表現してみる。
『つまりは剣が……
――否。おそらくは違う。
少なくとも空間ごと歪む、或いは時間軸をずらす、因果を捻じ曲げると言った宝具ではない。
とパラスは判断する。
それほどの事象を引き起こすには何かしらの予兆が存在するはず。
少なくとも、効果を発揮するまでに尋常でない魔力を宝具に充填することが必要になるはずだ。
そのような一撃必殺の宝具、使用することで即相手を敗北に追い込めるような宝具であるなら、警戒することぐらいではできたはずだ。
あの一撃にはそれが無かった。
故に、あの一撃はさほど魔力を必要としない利器としての宝具である可能性が高い。
『どうする? 多少の手傷は止む無しと考え、この身で受け止めるか? ――ダメだ! 小兵の技とは言え、先ほどの銀箔のセイバーとは威力の桁が違う』
ならば盾は役に立たない……。ならば、いやしかし……。
「捨てるかい? 盾を」
巨漢が
ギッ! っと乙女は奥歯を鳴らした。
「断る! ――我はアテナ」
応答を差し置いて、斬撃が迫る。
「ああ、そうかい!」
思考は刹那。決断は烈火のごとく! パラスは己の戦法に固執し、盾を構えて前進する。
『盾では止められぬ、ではない。止めるのだ! 哲理を捻じ曲げてでも! それこそが戦神アテナの――』
乙女は双眸を欄と見開き、炸裂弾のごとき威力をもって迫る刀身を見る。
このままいけば間違いなく盾に突き立つ軌道。元来なら問題にならない。
即ちここに何らかの
見通せ、その神秘の哲理を!
そして凝視を受ける大剣の軌道は、そのときわずかに
その速度が、わずかに減速したように感じた。サーヴァント故の感覚加速適応故であろうか?
否! そうではない。実際に迫りくる刀身が
つまりブレーキをかけている? いや、これは――。
見る間に刀身は、切っ先は、ゴリゴリと歪な挙動をもって
これは「固定」だ! 十分に加速した剣を何らかの由来により強引に「固定」し、そこで不協和音めいて行き場をなくした力が刀身を歪める。
そして「固定」を解除することで、刀身は本来の軌道とはまるでかけ離れた速度と挙動をもって対象を襲うこととなる。
それがこの蒼のセイバーが持つ宝具の哲理なのだ!!
今もまた、白刃は弓なりにしなる銀色の大蛇の如く、虚空をうねる。
予測のしようがない攻撃だ。いかに神に連なる乙女とて、サーヴァントの放つ斬撃を目視してから回避するのは至難の業である。
回避には「予測」が必要なのだ。故に――ここは「回避」ではなく「攻撃」に転ずるが易し!!
パラスは、「固定」を解除され、再び跳ね上がろうとした刀身の袂へ向けて自らの剣を叩きつけたのだ。
切り捨てるのではなく、押さえつけるかのような一撃だ。
『よし! 止めた!!』
自在に「固定」し、それを「解除」するのが哲理だというのなら「固定の解除」そのものを行わせなければいい。
乙女は野獣めいてほくそ笑んだ。
わかってしまえば、どうということはない。
先ほどの銀箔のセイバーと同様、宝具全体から見れば、平均にさえ届いていない三流の代物だ。
「見たぞ――これで二度と」
「いやぁ、恐れ入ったぜ――とても女神にゃ見えねぇ」
ぎりぎりと鍔競り合うかのような体勢のまま牙を剥いた乙女に、巨漢は皮肉めいた視線を向けてくる。
「え?」
わずかに身をすくませたパラスの隙を、巨漢は見逃さなかった。
「固定」は解除されぬまま、蒼のセイバーは剣から諸手を離したのだ。しかし剣は落ちず、弾かれもしない。剣は空間に「固定」されている。
そこで、巨漢はするりと身体を反転させた。
「あんたの顔だよ。女神様というには――ちょいと野性味が過ぎやしねぇか!」
パラスと向かい合うように剣を叩きつけようとしていた状態から、今度は半ばパラスに背を向けるような形で態勢を入れ替える。
乙女の返答を待たず、「固定」は解除される。
最初の斬撃で込められた、パラスに向けう斬撃の力。対してパラスが剣を抑え込もうと込めた膂力。本来拮抗するはずのそれに、もう一太刀、別の力が加わる。
今度は剣を抑え込もうとするパラスのそれに倣うような方向性の力である。
つまり、いま二人のセイバーのサーヴァントは二人で同じ方向に剣を押し進めようとしているような状態となる。
いわば共同作業だ。当然、このままなら巨漢の剣は当て所もない虚空を斬ることになるだろう。
その切っ先には何者の姿もないのだから。
だが、すべてはこの男の掌の上なのである。男は剣の勢いに任せて自らの身体を回転させた。独楽のように。軸足の踵を支点にして。
大剣の刀身はほぼ360度旋回し、無防備なパラスの背面を打った。
さすがに刃筋は立てようもない。だが乙女もまた、まるで予想の立てようもない攻撃に対処することは不可能であった。
戦術の化身たる乙女には、神懸った直感や予知能力めいた先見の明は備わっていない。
虚を突かれた時点で、乙女の敗北は決定していたのかもしれない。
乙女の華奢な五体はギクシャクと歪みねじれながら、遥か前方へ吹き飛んだ。
後を追うように、鮮血の雨が大地を染める。遅れて、手放された剣と盾とが、悲鳴のような音を立てて地に転がった。
「甘く見すぎたな。――単純だからこそ、いろいろと加減が効くんだぜ?」
男の名は「ウィリアム・ウォレス」
言わずと知れたハイランダーの大戦士である。ハイランダーとは大剣クレイモアを使いこなすスコットランドの戦士を指す言葉だ。
ウォレスは13世紀のイングランドに対するスコットランド抵抗運動の礎となった騎士にして大英雄として知られる男である。
そしてこの男が振るう宝具は、すなわちハイランダーたちの象徴たる大剣クレイモアを使いこなす過程で得た奥義が宝具として昇華したものなのだ。
しかし、この男の本質はまた別のところにある。
「さぁて、普通ならここで終わりなんだがな……」
巨漢の大英雄ウィリアム・ウォレスは、しかし闇の奥先を見下ろして苦笑いを浮かべた。
まるで、この戦いが未だ決していないとでもいうかのように。
すると、呼応するかのように血まみれでアスファルトに突っ伏したはずの乙女の五体が、
そして次の瞬間、再びすさまじい勢いて夜の虚空に噴き出した鮮血が、鋭利な刃へと姿を変え蒼のセイバー、ウィリアム・ウォレスへと襲い掛かった。