ワンナイト聖杯戦争 第三夜  対決、三人のセイバー!   作:どっこちゃん

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12 アイギスの罠 

 

 

 鏡。鏡だ。つまり、アレは、あそこに映っている、赤くけがらわしい姿は、私だ。

 

 さらけ出されてしまった私の姿だ。

 

 アレは私だ。

 

 パラスは、パラス=アテナは鏡に映った自分を見て崩れ落ちる。

 

 巨木の根の如く膨れ、歪みねじれた歪な身体。血色の甲冑を纏うその姿。

 

 もはや人ならざる異形の荒神である。存在そのものがパラドックスに端を発する彼女は本性とその人格とが著しく乖離している。

 

 アテナから切り離された不純物で構成されていながら、その人格は正義を愛する女神のそのものなのである。

 

 故に、自分の有り様を許せず、その本性を憎み、覆い隠そうとさえした。穢れの無い白亜の乙女の姿で。

 

 だが、今剥き出しとなってしまったその暴力性は彼女自身に抗いがたい現実を突きつける。

 

「う、う、う……ううぅ」

 

 何の意味もない涙がこぼれる。

 

 見渡せば、怨敵である蒼のセイバーの姿はなかった。逃げたのか? 多分そうだ。

 

 パラスはしばし、呆然としたままその事実を持て余していた。何も感じなかった。ただ、もはやどうしようもないのだという感覚だけが泥のようになってしまった五体を縛る。

 

「殺さ……ないと……」

 

 それでも、立ち上がる。泣いている訳にはいかない。晒されてしまったことは仕方がない。

 

 ただ、観られたからには消さなければならない。

 

 こんな姿を見られた以上、捨て置くことは出来ない。こんな姿をマスターにも見せることは出来ない。

 

 パラスは再び元の、白亜の装束を構築しようとしたができなかった。

 

 ダメだ。露わになってしまった本性はもはや抑えようがない。押さえ込もうとするが、できない。収まってくれない。敵を逃したままでは血が収まってくれない。

 

「はやく、早く殺さないと……アイツを、殺さないと……」

 

 幽鬼のように立ち上がる肢体へ、そこへ、さらなる深紅の装甲が、蜘蛛の糸を綾なすかのようにさらに、さらに重ねられていく。

 

 歪みねじれていく身体。もはや人の形を保つことさえままならない、異形の姿のまま、身体を引きずるようにして闇を彷徨う。

 

 敵もまた手負い。そう遠くには行っていないはずだ。それでもパラスは誰かの眼を避けるようにして闇の中の影を選んで魔力の痕跡を追う。

 

 辺りの景色はいつの間にか人の手が入っていない山林か何かのようなものに変わっていた。どれほどさまよった? 時間の感覚が失われてしまっている。

 

 ただ、人の目などあろうはずもない山野の闇間に視線を感じて、パラスは足を止める。

 

 ああ、見ないで。見ないで。私を見ないで。ああ、けがらわしい。ああ、醜い。

 

 隠しようもない醜く膨らんだ異形の姿をあらゆる視線から隠すようにして、敵を追う。

 

 急がなければ、殺さなければ。速く、はやく。ハヤく。

 

 踏み込む。思いのほか落ち着く場所だった。そこは広けた場所だった。

 

 茫々と生い茂る山野の山肌に、忽然と出現した洋館だった。まるで人ならざる魔性の者が住む場所であるかのようだ。

 

 しかし、今のパラスにはその事実に何らかのリアクションを返す余裕がなかった。

 

 ただ、黒い洋館が見下ろす広間のただ中に立ち尽くし、それを見つける。

 

 小さなテントのようなものだ。サーカスのテントを小さくしたような西洋建築めいた張りぼてのような小さなテントだ。

 

 まるで()()()()()庵のようにも思えた。 

 

 視界が開けたせいで、ぼやけたレンズのピントが合うみたいに、それに集中する事が出来た。

 

 パラスは感性で理解する。あそこだ、あそこにいる。敵のサーヴァントか?

 

 とにかく、魔力の反応。敵だ。敵がいる……。

 

 しかし、これはサーヴァントではなく? 魔力……令呪の反応だ。

 

 つまり……なんだろう? つまり、そうだ。マスターが居る。

 

 あの中に敵のマスターが居る。本当に? バルバラではないはず。バルバラはダメだ。マスターには見せられない。見られるのは嫌だ。こんな姿を見られたくない。

 

 私を――アテナだと認めてくれたのに。

 

 そうだ。急がないと、バルバラが追い着いて着てきてしまう。

 

 それはダメだ。その前に、血を鎮めなければならない。だから、速く。だからハヤく、殺さないと!

 

 もうマスターでいい。あのデクでなくてもいい。あのサーヴァントでなくてもいい!

 

 殺せ! あのマスターを、殺せ!

 

 あそこだ! あの影に居る! 庵の奥に! 波打つ帳の後ろに!!

  

 パラスは――跳んだ。そして相手の姿も確認せずに斬りかかった。

 

 相手がなんでもかまわなかった。これで終わりにできる。とにかく、速く。いち早く。疾く、殺すのだ!

 

 溢れる魔力はもはや血色の翼となって、パラスを闇に遊泳させる。全身から伸びた刃はそれぞれ(ことごと)くがつららの如く伸長し剣と化した。

 

剣の女王――揚々、斯くも荒々しく(クィーン・ザ・スペード)!」  

 

 もはや外さない。狙いも定めぬ広域斬撃によって、相手が何者であっても、この防御不能の刃の束で確実に切り刻む、のみ!

 

 しかし、パラスはそこで、もはや血色にカスミのかかった視界の向こうに、その相手の姿を見止める

 

 殺戮の予感に薄ら笑っていたその美貌が、さっと色あせた。

 

 ()()(ひるがえ)った帳の向こうに佇んでいたのは、ひとりの子供だった。しかもまだ、10歳前後の。柔らかな笑みを浮かべる小さな少年だった。

 

 ダメだ――――ッ!

  

 パラスは剣を止めようとした。が、止まらない。止まるはずがない。軌道をそらすことも、的を外すこともできない。

 

 もともとそんなものは無いのだ。周囲一帯を蹂躙するつもりで、身体ごと叩き付けるこの一撃。

 

 止めることだけは、本当に出来ないのだ。

 

 ブレーキは意味がなかった。まるごと剣と化した身体は止まらず、確かな衝撃をともなってそれを射抜いた。

 

「ああ、ああ私は――私は、」 

 

 パラスは顔を背けていた。感情はぐちゃぐちゃのまま、もはや自分をコントロールできない。

 

 アテナが――知性の神アテナが、無抵抗な子供を殺すというのか?

 

 こんなケダモノ以下のやり方で!? それがアテナの行いか?

 

 もう、嫌だ。こんなモノは悪夢でしかない。私は、私はただ、――アテナでありたかっただけなのに――

 

「……心配しないで。キミはいい人だ」

 

 返答は、もはや原形も止めぬほどに粉砕してしまったハズの少年の喉から響いた。

 

 パラス自身にも止められなかったはずの剣は、止まっていたのだ。

 

「けど、キミの負けだよ。パラス・アテナ」

 

 しかし、それはあり得ない。今の一撃は、防御絶対不可の宝具による一撃だったはず。なぜ、それが――

 

 疑問はそこで霧散する。

 

 少年の細枝のような手が執っていた小さなナイフが、パラスの胸に突き立っていた。

 

 彼女の五体を幾重にも包む込む紅い装甲が、何故かそのおもちゃのようなナイフに切り裂かれていた。

 

 彼女の魔力の結晶であるはずの血色の装甲がまるで飴細工のように砕かれ、溶け崩れていく。

 

「あ――、うッ」

 

 パラスは驚愕し、思わず反撃にでた。痛み。なにより理解不能な事態への恐怖が先に立った。

 

「残念だけど、そうはいかない。キミはもう、罠の中に居る――ボクの作品の中に」

 

 しかし、その反撃もまた止められてしまう。それがまるで必然であるかのように。

 

 少年が手にしていたのは、なにか――アクセサリーのような代物だった。

 

 ――在りえない! この一撃は、彼女の必殺宝具「剣の女王――揚々、斯くも荒々しく(クィーン・ザ・スペード)」は、如何なる防具をもってしても止まる様なものではない。

 

 例え神代の神々の宝具であったとしても、防御それ自体が不可能なのだ。

 

 それが、こんなおもちゃのようなもので――

 

 この剣を止められるのは、この世でただ一つ――。そうただ一つだけのハズ。

 

「不思議かい? でもこれは当然のことなんだ。なるべくしてこうなっているんだよパラス・アテナ」

 

 そこで、風鳴るガラスの響きめいた少年の言葉に聞き入っていたパラスを、次の瞬間、折れたクレイモアによるガムシャラな一撃が襲った。

 

 姿を隠していた蒼のセイバー、ウィリアム・ウォレスの横撃だった。

 

「チッ、浅ぇな……」

 

 苦悶しながら点々と地を転がる吹き飛ぶパラスに、しかしウォレスは顔をしかめる。まるで致命傷ではないのが手ごたえから解ったのだろう。すぐに止めを、――と豹の如く身を屈めた。

 

「いや、十分だよセイバー」

 

 しかしマスターである少年の言葉がそれを遮る。

 

「彼女はもう、立ち上がれない」

 

 確信に満ちた言葉である。しかし少年は非魔術師。魔術戦の素人だ。その判断を信じてよいものか?

 

「大丈夫だよ。適当に言っている訳じゃない。非魔術師(ぼく)なりに考えあってのことなんだから」

 

 少年は吹き飛ばされ地に伏したままの紅いケダモノへ歩み寄る。

 

 その足取りには警戒に足る様なそぶりは何一つとしてない。少年は手にしていたアクセサリーを掲げて見せる。紅い視線が上目にそれを凝視する。

 

「どうしてこんなもので君の宝具を止めることが出来たのか。不思議だよね? でもその理由は簡単なんだよ。パラス。これが『アイギス』だからさ」

 

 ケダモノは、パラス・アテナはうずくまりながら困惑に顔を歪めた。

 

「そんな……バカなことが」

 

「解説しようか。魔術師ですらない、この僕の勝算ってやつをさ」

 

 

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