ワンナイト聖杯戦争 第三夜  対決、三人のセイバー!   作:どっこちゃん

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14 克つべきものは

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 何の工夫も見られない登場だった。バルバラはただ正面から、無数の使い魔を引き連れて(つい)の戦場へと踏み入ってくる。

 

 ――ああ、来てしまった。

 

 反射的に立ち上がろうとしたが、それもままならない。パラスは萎れるようにして自らの血だまりに突っ伏した。

 

 立てなかった。身体よりも心が言うことを聞かなかった。負傷よりも、立ってそれでどうするのだ、という諦観こそがが五体を縛る。

 

 もはや己の敗北は確定だ。なにより、バルバラは言った。「敗者には興味がない」と。

 

 圧倒的な勝利者、完璧な強者であるからこそ、――アテナであるからこそ、己には意味があったのだ。 

 

 今のパラスには、バルバラに追従するだけの価値すらない。

 

「良かったわ。まだ始まったばかりのようね?」

 

 もがくことすらやめて諦観に身をゆだねようとしたパラスの耳に、そんな言葉が冷や水を浴びせる。

 

僥倖(ぎょうこう)だわ。このまま後始末ばかりしてこの儀式が終わってしまうかと思っていたところよ。アナタ方も、もう一波乱(ひとはらん)欲しかったのではなくて?」

 

 言葉を向けられた蒼のセイバー、ウィリアム・ウォレスは無骨な肩を竦めつつ、マスターである少年を見る。

 

「いらないね。というか、あり得ない。ここから波乱なんて有りようがないよ、魔術師」

 

 少年は吐き捨てるようにして告げた。

 

「キミはもう負けてるんだよ」

 

「……マ、マスターッ、撤退してください! 私は策にはまりました。ここからの挽回は、もはや……」

 

「……」

 

 血を吐くかのごときパラスの叫びに、バルバラの視線が向けられる。なんの意図も読み取れない、物言わぬ視線だった。

 

 叫んだことを後悔しながら、パラスは己の顔を、身体を覆い隠そうを身を縮こまらせる。

 

「み――見ないでください! こんな! こんな無様な、醜い姿を、こんな私を……ッ!」

 

「そうかしら? その格好もワイルドで素敵だと、妾たしは思うのだけれどね……。いえ、この祭そんな言葉に意味はないのよね」

 

「降伏してくれないかな?」

 

 ため息交じりにこぼすバルバラに、ボーイソプラノの声色が語りかける。少年の細い喉は戦慄くようにして震えている。

 

「悪いけど、もう勝負はついてる。キミの負けだよ。魔術師のお姉さん」

 

 バルバラの視線が、初めて場にそぐわぬ小さな少年の姿を捉えた。それが対主たる敵マスターなのだと認識する。

 

「令呪を使って、サーヴァントを自害させるんだ。そうすれば命まではとらない。ただ、僕に宣言してほしい」

 

 一方的に突きつけるようなその言葉に、しかしバルバラは小首をかしげるばかりだ。どうにも要領を得ない様子。

 

「あら? アナタがマスターだったのね。返礼も無いからただの部外者かと思っていたわ。どこの痴れ者さんかしら? それに宣言とは?」

 

 両者の温度には未だに差があるかのように思われた。それがじれったいのか、少年はさらに声を絞り上げる。

 

「簡単なことさ。――魔術師として、僕に、『完全に敗北を認める』と宣言すればいいんだッ」

 

 少年はまるで肺腑に鈍痛でも覚えるかのように自らの胸を掻き抱きながら、言葉を絞り出す。

 

 対するバルバラはその言葉に一瞬だけきょとんと目を丸くし、苦笑した。

 

 嘲笑うのでもなく、一笑に伏すでもない。素直な笑いだ。

 

「あらそれだけ? 魔術師なら普通はもっと実利を得ようとするものだと思うけれど?」

 

「僕は魔術師じゃない!」

 

 少年は叫ぶ。窮地にあってなお涼しげなバルバラとは対照的に、まるで黄熱にうなされるかのように、熱湯の中を泳ぐかのように貌を歪めて、バルバラを見る。

 

「その、魔術師でない僕に、魔術師であるお前が、ひれ伏すんだ! それが条件だ。さぁ、どうする!?」

 

「……どうやら、そちらにもいろいろとあるようね? けれど、丁重にお断りさせていただくわ。正直なところ、アナタと言う存在にまるで興味が持てないのよね。魔術師がどうとか、肩書がどうとか言っている時点でね」

 

 少年は本来愛らしいはずの顔を引きつらせるようにして、笑った。

 

「なら、戦うしかない――君はこの場で、何の意味もなく死ぬことになる」

 

「そうかしら? ()たしのセイバーが立ち上がるなら、勝機は十分あると思うけれど?」

 

 バルバラの言葉に、パラスは視線を屈したまま、嘆きの喘ぎを漏らした。ああ、そんな、マスター……。

 

「無駄だよ。たとえ令呪を使っても、折れた心まではどうにもできない」

 

「それを決めるのはアナタではないわ」

 

 パラスはやりきれなかった。バルバラは解っていないのだ。ここまでの経緯を把握できていない。だから今場違いなノリで無様を晒している。

 

「マスター、私は……」

 

「セイバー、正念場なのは妾たしにも解るわ。力を貸して。それと、何か必要なものはあるかしら?」 

 

 パラスは何も言えない。何も答えられない。すべてが的外れなのだとでも言えばいいのだろうか? 

 

 煩わしかった。その誤解を、バルバラの勘違いを正すための余力さえもが、自分には残っていないかのように思われた。

 

 もはや彼女が望むのは。ただ、一つだけだった。

 

「み――見ないでください。私のことなど……見ないで、このまま、どうか」

 

 ――逃げてほしい。と、絞り出すように続けるよりも、しかし、先に。

 

「了解したわ――蝶々発止(メッサー)

 

 バルバラは迷うこともなく。自らが操る使い魔を眼前に舞い上がらせた。

 

 そして――

 

 そのまま、自らの両目を切り裂いた。

 

「マス……ター……」

 

「なにを――――お前、なにをバカなことをッ!?」

 

 パラスは状況を把握できぬまま、自分でも何を言いたいのか定かでない声を上げ、少年は困惑のままに叫んだ。

 

「あら? なにがかしら? なにがバカなことかしら? 特にあなた。坊や。()()()()()()()。そう言うものよ。魔術師とは即ち狂気の住人。真正であればあるほどに」

 

「……ッ」

 

「そもそも、アナタは何に勝ちたかったのかしら? 魔術師に勝つ? 何の意味があるのかしら? 妾たしたちの敵は、この世の不条理そのものよ」

 

 血の涙を流しながらもバルバラは冷然と、そして高らかに笑って見せる。

 

 傷が深いのが見て取れる。何の躊躇もない行動だった。バルバラは本気で、その視界を永遠に閉ざして見せのだ。

 

「負けが解っていながら、ゼロへ向け、全てを掛けて邁進する。それが魔術師よ。勝ち負けなんて言う領域に私たちはいないのよ。それに勝つなんて的外れな目標を立てている時点で、貴方の行動は全てが徒労だわ!」

 

 少年は言葉に詰まった。それは彼の行動を根底から否定する言葉だったから。 

 

「さぁ、降参を勧めるのはこちらの方よ! すぐに令呪にてサーヴァントを自害させ、勝利を私に譲りなさい。そうすれば、悪いようにはしないわ!」

 

 しかしその宣言を、哄笑を、――豪快な斬撃が遮った。

 

 展開する使い魔がそれを阻もうとしたが、バルバラの身体はそのガードごと吹き飛ばされ、あわや五体が霧散しかけるような衝撃に見舞われた。

 

「――――ッ!」

 

「おいおいおいおい。なぁーに言い負かされてんだマスター」

 

 バルバラを吹き飛ばしつつ、牛のごときやぼったい声を上げるのはセイバー、ウィリアム・ウォレスである。

 

 マスターである少年とは違い。この男にはいささかの動揺もなかった。

 

「そもそもよぉ。戦争やってる相手と戦争中に話が噛みあうっつー方が珍しいぜ? やめとけやめとけ。んなもんはなぁ。勝った後で好きなように理屈を付けりゃあいいんだよ」

 

「セイバー……」

 

「上等だわッ。問答無用、それもまた快なり……」

 

 言いながら、バルバラは不敵に立ち上がる。

 

 しかし、流麗に立つその身体からは赤い血が滴り、激痛に震えている。防御を固めていたはずの使い魔の群れは今の一合で半減してしまっていた。

 

 いかに損耗していようが相手はサーヴァント。一魔術師が正面から戦うには荷の勝ちすぎる相手なのだ。

 

「マスター……もういい! いいから下がって……言うとおりにしてくださいッ……私は、もう……」

 

「セイバー、貴女を縛るのは、なに?」

 

 パラスの再三の叫びに、バルバラは静かに応える。視線は向かず、その声は穏やかなままだ。

 

「――――ッ」

 

「私には()()()()()()わよ?」

 

「マス、ター」

 

「なんてね?」

 

 冗談めかすように笑って、バルバラは一路、自ら地を蹴って敵サーヴァントへ立ち向かった。

 

一人一殺! 血に狂え!!(One bloody men! one bloody vote!!)」 

 

 バルバラは蝶の群れとして従えていた使い魔を光弾のように変えてウォレスへ射出した。

 

 弾丸と化した使い魔達は着弾と共に炸裂し、夜気に光輪の花園を造りだす。

 

 捨て身の戦法だった。己が生命線とも言うべき使い魔を使い捨てての、決死の時間稼ぎ。

 

 そう、そこまでやってもバルバラにはサーヴァントを攻略する術などない。すべてを使い捨ててもなお、得られるのは僅かの時間だけなのだ。

 

 彼女は信じている。まるでうたがいもせず、パラスが立ち上がるのだと確信して時間稼ぎと言う挙に打って出た。

 

『――どうして、そこまで?』

 

 パラスはこの行動に感銘を受けるのではなく、むしろ困惑していた。

 

 なぜ? どうして? そんな言葉ばかりが彼女の思考を埋め尽くす。 

 

「パフォーマンスだよね?」

 

 そこへ、間近からボーイソプラノの軽やかな言葉が掛かる。ウォレスのマスターである少年だ。

 

 パラスは反射的に顔を上げた。

 

「取り殺されるってハナシあるだろ? 幽霊にさ」

 

 少年は自分を見上げているパラスに唐突に語りかけた。彼自身は魔術戦に参加するつもりはないらしい。

 

「魔術師についていろいろ調べてて思ったんだよ。たとえばさ、人が幽霊に殺されるって話があるじゃない? でもさ、アレっておかしいと思うんだよ。幽霊にはそんなパワーは無いんだよ。人間の残骸みたいなもんなんだからさ。生きた人間に比べたら、儚いものなんだ」

 

 パラスは重ねて困惑し、口を閉ざした。この期に及んでこの少年は何を語ろうというのか?

 

「幽霊じゃないけど、人面疽(じんめんそ)が笑うって話があってね。アレ怖いんだよ。主人公にできた人面疽がさ『チチチチ』って小鳥みたいに笑うっていう怪談なんだ」

 

「……」

 

 奇妙だった。パラスは何事かと耳をそばだてずにはいられなかった。

 

「でも、改めて考えてみたらなにも怖くもないんだよこの話。なんで小鳥みたいに笑うんだと思う? 『チチチチ』って。――()()()()()()だよ」

 

 少年はパラスではなく、今まさに命を散らして戦うバルバラを見据えながら――否、膿んだような視線で睨み付けながら呟く。

 

「しょせん皮膚の表面に出来てるデキモノでのでしかないから、そんなふうにしか鳴けないんだ。つまり、それが人面疽の限界だったってハナシなんだよ。そう考えると、途端に怖くなくなっちゃってね。――なんでこんな話をするかって? 君のマスターのパフォーマンスの話さ」

 

「……」

 

「ビビらそうとしてるわけだろ? ああいうパフォーマンスで相手をビビらせて、それで優位に立とうとしている。でもそれって、逆に言えばさ、そうしなければ勝てないって白状しているようなものなのさ」

 

「それは……」

 

「同じだよ。キミも、キミのマスターも! 魔術師ってやつらはそんなものなんだ! 結局はパフォーマンスで煙に巻くだけの連中なんだよ!」 

 

 ――違う!

 

 少年の吐き捨てるような言葉に、パラスは顔を上げていた。

 

 反射的に、思う。それは、違うと。

 

 声には出せずとも、その答えだけは揺るぎないものだった。迷うまでもないことだった。

 

 自分自身は、確かにそうだったかもしれない。自分をアテナだと、圧倒的な強者なのだと偽りながら、振る舞っていた。

 

 それが自らの小心にかまけたパフォーマンスだと言われるのなら、否定することは出来ないだろう。

 

 自分は、このパラス・アテナの本性は確かにその程度ものかもしれない。

 

 だがマスターは違う。彼女のマスター・バルバラは……偽らない。

 

 彼女は常に、あるがままだった。融通無碍にして、天衣無縫。自由自在そのものの在り方。

 

 だからこそ、その剥き出しのあり方は眩しかった。

 

 そんな彼女に褒められることがパラスは率直に嬉しかった。

 

 だからこそ自分は、必要以上に自分を偽ったのだ。まるで無謬であるかのように。

 

 もっと彼女に褒められたくて。認められたくて。賛辞が嬉しくて。

 

 ――だが、その欺瞞が、今の状況を作ってしまった。

 

 パラスは血だまりに伏していたからだをよじらせる。

 

 血に染まった大地に手を突き、膝を突いて、無様に身体を震わせながら、それでもゆっくりと身を起こす。

 

 もたげる眼光には、再び深紅の色彩が輝き始めている。

 

「――なッ! なんでッ!?」

 

 それを見た少年は身じろぎした。――回復している!? バカな!? ありえない。だって自分は魔術師の哲理を手玉にとって、それを貶めてやったはずなのに!

 

 いまだって、言葉巧みに、魔術も使わず、このサーヴァントを縛っていたはずなのに!!

 

「ちが、う。――それだけは、違う!」

 

 少年の混乱を余所に、パラスはうわ言のように繰り返しながら反り返るようにして夜の天蓋を振り仰いだ。

 

 血に濡れて歪んでいたはずの肉体が、まるで古い樹皮を脱ぎ抜てるかのように、瑞々しく変貌しようとしている。

 

 まだ変化するのか!? このサーヴァントには未だの底知れぬ余力が存在するのか!?

 

 少年は狼狽え、距離を取るように後退する。

 

 まずい! このままではまずい!

 

「セ、セイバー! はやくその魔術師を!」

 

「、たし……の」

 

 パラス・アテナは誰に充てるでもなく繰りかえす。

 

 声は玉響(たまゆら)の響きを孕み、その音響は神威を伴って世界に伝播していく。

 

「わたしの……勝手な、自己、憐憫で。わたしが、貶められるは、必定。それは私自身の甘えが要因なのだから。……けれど!」

 

 残響は木霊し、万象は声もなくそれを喝采するかのように波打ち、夜風は遥かな虚空へと逆巻き始める。

 

 夜を見上げていた紅い視線が、終にはひるがえり少年を見据える。

 

 そこに禍々しい怒りや狂気は無く、むしろこの上なく済んだ誠実を伴っている。

 

 先ほどまでの、怒りと恐れに我を忘れ、暴走していた面影は微塵もなかった。

 

「……それで、マスターまで死なせるわけにはいかない。私がどれだけ汚されて、どれだけ貶められたとしても! 私を――アテナでない私を、そのまま見止めてくれたマスターだけは!」

 

 そして、ついには立ち上がる。

 

 深紅の凱甲はもはや霧散し、彼女は生まれ変わったかのような瑞々しい肉体を惜しげもなく夜気に晒している。

 

 怜悧なる視線が少年を射抜く。

 

 手にするは簡素な一本の剣。自分を大きく見せようとした見せかけの大剣でもなく、自らの凶暴性に翻弄され手にした凶器でもない。

 

 ただ、彼女自身が等身大の己を投影した、簡素にして、しかし見事な剣だった。

 

「――チッ!」

 

 ウォレスは舌打ちしてそれを見る。立ってくる可能性はあった。相手の息を止めるまで解らないのが戦争であり、サーヴァント同士の戦闘だ。

 

 だが早すぎる。あの女の潜在能力はどれだけ底知れないというのだろうか?

 

 とにかく、このままマスターを無防備なまま放置は出来ない。装備まで完全に取りそろえる前に――――ッ!?

 

「行かせないわ!」

 

 踵を返そうとしたウォレスの背に、機雷源のごとき火花が追いすがる。

 

「私の………言うとおりになってきたようね!」

 

 高らかに宣言するバルバラだったが、その身体は生まれたてての小鹿のように震えており、コンディションはすでに虫の息だったと言っていい。

 

 それでもなお、彼女は負傷も疲弊も忘れたかのように、高らかに、心から謳うかのように宣下する。

 

「さぁ、どうするのかしら? 半端者! 今ならばまだ、降伏を受け入れる用意もあってよ?」

 

 その時、ウォレスは実をひるがえしてバルバラの顔面を捕まえた。

 

「のぶッ!?」

 

「マスターッ」

 

「――おいセイバー。あー、つまりはオレじゃねぇセイバーだな。ああ面倒くせぇ。ちょいとオレのマスターから離れな。ここはもう一度サーヴァント同士で……って、おい! 止めろ!!」

 

 ウォレスはバルバラの細身を野良猫でも捕まえるようにして抑え込みながら、叫んだ。

 

 しかしそれはパラスにではなく、少年――つまりウォレス自身のマスターに向けてであった。

 

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