ワンナイト聖杯戦争 第三夜  対決、三人のセイバー!   作:どっこちゃん

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15 決着

「マスター! バカな真似すんな!!」

 

 ウォレスの声にしかし、少年は答えない。ただ、ただ顔を歪ませる。

 

「ふ――――ざけるな!! 魔術師ごときの分際で! その使い魔の分際で! 訳の分からないモノの分際で!」

 

 続けてでたらめに、ありったけの呪詛の言葉を噛みつぶしながら、少年は手にしていたペーパーナイフを自分の細い手首に突き立てたのだ。

 

 顔面を握りしめられているバルバラも、剣を手に佇んでいたパラスもそれを見据える。

 

 少年の手首から血が流れ出すのと同時に、その周囲になにか、それまでは存在しなかった何かがうっすらを見え始めている。

 

 流れた血は虚空に吸い込まれるように消え失せた。同時に夜気に浮き上がる様な二匹のヘビが姿を現す。

 

 巨大な蛇だった。人間をゆうに飲みこんでしまうであろう大蛇だ。それらは紅い眼を光らせながら、舌をしゅるしゅると虚空に遊ばせつつ丸太のような胴をくねらせている。

 

「……ふ、ふふふふ……。ちょっと遅れたけど、僕も自己紹介させてもらうよ。ペンネームで悪いけど僕は水違い(バッドウォーター)……()()()()()のバッドウォーターさ」

 

 この二匹の〝ミヅチ〟こそ魔術師であった少年の父祖が残した遺産である。

 

 サーヴァントに必要量の魔力を与えることの出来ない少年に変わり、凶の魔力をセイバー。ウィリアム・ウォレスに供給していたのもこのミヅチたちである。

 

 なぜ未来を見限り、全てを捨てて死を選んだはずの先代がこんなモノを彼に遺したのかと言えば、それは簡単な話である。

 

 血の枯れた先代ではこのミヅチをコントロールすることも、ましてや処分することもできなかったのだ。

 

 今、少年が辛うじてミヅチを従えていられるのも、先祖とこのミヅチとの間に血の契約が残っていたことと、外部の魔術師に金を払い、これをコントロールするためのアウトラインを設定させたからだ。

 

 少年はその魔術師のことを思いだす。

 

 なんとも張り合いの無い男で、少年が何を言っても煽ってみても、反応を示さなかった。そしてまるで業務連絡でもするみたいに、「ロクなことにはならない」と繰り返し、ミズチを何処かへ引き取らせるべきだと提案してきた。

 

 

 ――ふざけるな! 怒りがオーバラップする。

 

 

 門外漢かのように自分を扱うな! いつか、いつか必ず――お前ら魔術師をひれ伏させてやる!!

 

 あのときの屈辱が、少年の思考を血色に染めた。少年は血を吐くような声で叫び、ミヅチを解き放つ。

 

「ヤレ! 殺せ! お前らが僕の力だ。殺せ! 魔術師を!!」

 

 ミヅチの動きは素早かった。滑るように地を這った二匹のミヅチはパラスに、そしてウォレスとバルバラに絡みつき、その身体を締め上げはじめた。

 

「なにしてる! セイバー、退くんだ!」

 

「馬鹿野郎! お前の方こそ止めろってんだ! コイツ等をどうにかできても、この蛇どもはお前を取り殺しちまうぞ! 解ってんだろうが!?」

 

 ミヅチは今も舌鼓を討つかのように虚空に青い舌をくゆらせている。少年の手首から流れた血が、直接このミヅチたちの口へと運ばれているのだ。

 

 少年は自らの血と引き換えにミヅチを一時的にコントロールしている。

 

 無論、こんな捨て身の〝魔術行使〟は長く続かない。

 

「良いんだ」

 

 少年は手首からだけでなく、目から鼻から、あらゆる孔から血を流しながら言う。文字通り命を削っているのだ。先ほどのバルバラどころではない。命を直に投げ捨てるかのような行為だ。

 

「勝てばいい。勝てばいいんだ! 勝てばもうコイツ等にだって用は無いんだ! 使い捨ててでも勝つ!!」

 

 少年は眼を血走らせ、色白の顔を蒼白に変えて、虚ろな笑みを浮かべる。

 

 もはやまともな判断力も残ってはいないのか。

 

「バカ……やろう……ッ」

 

 一方、パラスはどうするべきか。――と、ミヅチに絡みつかれたままウォレスに捕らえられているバルバラを見る。

 

 今も丸太のような巨漢の腕の中で「もがががッ」と暴れてはいる。すぐに死ぬような心配はない。むしろ捕らえれているとは言っても、今は逆にウォレスに守られているというべき状況なのだ。

 

 ウォレスがバルバラを手放せば、ミヅチは瞬く間にバルバラを殺すだろう。残っているバルバラの使い魔は少ない。自衛はままなるまい。

 

 ウォレスがバルバラを(くび)り殺さないのは、マスターである少年を案じているからか。

 

 いきなり出てきたこの蛇のような使い魔だが、どうやら十分なコントロールが出来ていないらしい。

 

 なるほど、向こうにしても味方にも敵にもなる駒と言うことだ。 

 

 ならばどうする?

 

 パラスは沈黙思考する。このまま自分に絡みついているミヅチとやらを斬り、敵マスターを討つべきか?

 

 否。それではウォレスがバルバラを護る理由がなくなる。

 

 では、敵マスターではなく、まずはミヅチを二匹とも先に斬るべきか?

 

 否。ウォレスは邪魔をしないだろうが、敵マスターの挙動が予測できない。令呪を使用されればウォレスは逆らえない。バルバラが危ない。

 

 では、先にマスターを助けるためにウォレスを討つべきか? 

 

 否。先にウォレスを取り除いてしまってはバルバラがミヅチに討たれてしまう。

 

 故に――パラスは動かなかった。彼女が選んだのは「見」。すなわち待ちに徹するという判断である。 

 

「くそ――なんで死なない!? なんでェ……ッ!」

 

 直ぐに少年が崩れ落ちた。半ば気を失ったかのように白い顔で朦朧と天を仰ぐ。

 

 この二匹のミヅチが彼に従っていたのは彼が血を提供していたからだ。無論、そんなものは長く続かない。

 

 さすがに限界だったのだろう。少年は手首を押さえつけ、血の出血を止めた。

 

 すると、目に見えてミヅチ達が標的を変えた。興味を失ったというべきか。パラスを拘束する力が緩む。予想の通り、もはや命令を聞く必要がなくなったと見なしたのだろう。

 

「くそったれ!」

 

 ウォレスが苦々しい声を上げる。パラスが冷静に状況を把握し、待ちに徹したのだということを悟ったのだ。

 

 今ここに立ち直っている女は、先ほどまでの不安定なケダモノとはまるで違っていた。

 

 それは彼らの勝率を著しく削る要因だ。それがわかるからこそ、セイバー、ウィリアム・ウォレスの行動は早かった。

 

 バルバラを地べたに投げ出し、少年の元へ向かおうとするミヅチを押さえつける。

 

 ミヅチは凄まじい力でのたうつ。その吐息は瘴気。撒き散らす粘性の飛沫は猛毒の雲を呼び寄せる。

 

 丸太どころではない胴体に充満する魔力はそこいらの魔術師では比較にもなるまい。なるほど血の枯れかけた魔術師が御せる代物ではなかった。

 

 それ故に、抑え込むので精いっぱいだった。ウォレスはパラスを見据える。案の定、パラスも自らのもとから去ろうとするミヅチを押さえつけ、しかしそれ以上の行動を取らない。

 

 彼女は待っているのだ。

 

「――クソ! マスター、聞こえてんのか、おい!」

 

 膝を突き、青い顔でうなだれていた少年が顔を上げる。

 

「……う、……う、う……」

 

 その手に在るのは、一画のみ、一度限りの発動を許された令呪だ。

 

 パラスは、挙動の読めない少年がこの最後の令呪を使用するのを待っているのだ。

 

 その上で、最善の挙動を選ぶべく、辛抱強く盤面を見据えて待ちに徹することを選んだ。

 

 まるで理性と知略の女神、アテナがそうするかのように。

 

「う――ぐ、セイバー、令呪をもって……命ず、る」

 

 少年自身にも、もはや自分に出来ることが令呪の行使だけなのだということが解ってたはずだ。

 

「セイバー、我もまた令呪を持って命ず!」

 

 時を同じくして、地に投げ捨てられていたバルバラも、ここまで温存されていた令呪を使用せんと、それを高く掲げる。

 

 決着の時は近かった。

 

 二つの令呪は同時に消費され、全てが同時に動き出した。

 

 ウォレスの身体は強制力によって突き動かされ、ミヅチを手放した。

 

 ミヅチはすぐさま地をどよもして少年に狙いを付けた。契約に従い、対価を要求するつもりなのだ。少年の血肉と命がその対価である。

 

 それをすべて承知したうえで、少年は自らのサーヴァントに、敵サーヴァントを討つことを望んだのだ。

 

「――――ッ!!」

 

 大戦士ウィリアム・ウォレスは、それを()んだ。その意思を、その意地を汲みとった。

 

 ならば惑うまい。我がマスターの願いに従い。死を覚悟して求められたる勝利を捧げん!! 

 

 大剣が唸り、巨躯の英霊は咆哮と共に、一本の剣を抱く乙女へと突貫する。

 

 対するパラスもまた、それに対して正面から迎え撃った。

 

 真正面からの迎撃だ。彼女もまたサーヴァント同士の一騎打ちを望むのか!?

 

 ――否、そうではない。彼女は剣を振りかぶりつつも、自らに絡みつくのをやめて少年へ殺到しようとしたミヅチを捕らえ、引きずりながらウォレスへ向かってくるのである。

 

「ッ!?」

 

 さしもの大戦士もこれには瞠目せざるを得ない。この女、何のつもりだ!?

 

 その間にもパラス・アテナは満身に魔力をみなぎらせ、鷲づかみにしたミヅチを、剣と共に振りかぶる。

 

 まるでミヅチを剣の、或いは盾の代わりに使用せんとするかのような勢いだ。

 

 もはや逡巡の猶予はなかった。ウォレスは自らの剣にすべてを掛け、令呪の強制力を追い風として最大の一撃を――見舞った。

 

 その刃はミヅチの身体に食い込み、さらに両断してパラス自身を狙う。

 

 ――が、その刃を再び紅い外骨格めいた装甲が止めていた。いや、それは先ほどまでの禍々しい装甲とは別物だった。

 

 基調となるは清純なる白。しかしそこには無数に紅いラインが()()()()かのように染め抜かれており、深紅の獣を想わせる牙や爪の意匠が覗いている。

 

 白だけに在らず、赤だけに在らぬ。まるで両者の性質を止揚(しよう)させ昇華させたかのごとき艶姿であった。

 

 今の一合の間に、セイバーの外装は今の彼女の精神を映し出すかのような形態へと変貌していたのだ。

 

 その鎧から突き出した四肢のごとき爪が強靭にミヅチを捕らえ、さらにはウォレスの最期の一撃を受け止めて見せたのだ。

 

 ウォレスの一撃は完全に受け止められていた。もしも彼女に反撃の意図があったなら、ウォレスの身体は両断されていたことだろう。

 

 しかし今、斬撃を終えて交叉したウォレスに新たな傷は無い。彼女は――パラスは剣を持っていなかった。

 

「テメェ……」

 

 さしものウィリアム・ウォレスも唸らずにはいられなかった。

 

 彼女がミヅチを引きずりながら振りかぶっていた剣は、今やウォレスから離れて少年を狙っていたミヅチの頭を射抜いていたのだ。

 

 彼女は今の交叉の瞬間、剣を投擲していたのである。

 

 呆然とそれを見守るのはウォレスと、そしてパラス・アテナに命を救われた少年であった。これで二匹のミヅチは同時に息絶え、全ての趨勢は決していた。

 

 少年にはそもそもウォレスに供給するだけの魔力が無い。それを補っていたミヅチが排除された以上、もはやウォレスには戦闘が不可能だ。

 

 それは今宵の、一夜限りの聖杯戦争の終結を意味していた。

 

「斬るつもりはない。マスターの元へ行くがよい」

 

 巨漢はその言葉に、盛大に溜息を吐いて見せた。納得はいかないが、受け入れざるを得ないと、全身で物語るかのような溜息だった。

 

「つっても、オレはこんなだぞ。何もできねぇ」

 

 その身体は急速に実体感を失っていく。もはや時間が残されていない証拠だ。

 

「後のことはいい。……ただ、最期に掛ける言葉もあろう」

 

「だからよぉ……なんでそう、芝居がかってんだよいちいち……ったくしかたねェ」

 

 ブツブツと言いながらウィリアムウォレスは踵を返した。「ガラじゃねぇ」と繰り返していはいたが、それを見据えるパラス・アテナはこれでいい、と思った。

 

 それが彼女自身にとって腑に落ちる結末だと思えたのだ。

 

「セイバーッ! うん? こっち……かしら!? ……あらら?」

 

「マスターッ」

 

 同時に、よたよたと闇の中を手探りしているバルバラにパラスは駆け寄る。

 

 彼女の視力は失われているのだ。彼女は本気で目を閉ざした。徹頭徹尾、本気の行動だったのだ。

 

「申し訳ありません。マスター。このような有様になってしまって」

 

 パラスが手をとって抱き寄せると、バルバラは不敵な笑みを取り戻した。

 

「なにが申し訳ないのかしら? この上なくエキサイティングな聖杯戦争だったわ。なにせ、妾たしの予想を幾重にも上回る結果になったのだからッ」

 

「マスター」

 

 バルバラはパラスに身を預け、その真新しい装束に指をはわせる。まるでその存在を確かめるように。

 

「妾たしが想定したそれ以上に、アナタは己を示して見せた。これ以上ない結果だったと思うわ」

 

「ありがとうございます」

 

「それに……どう? どう? 今のあなたにふさわしいと思って即興でやってみたのよッ」

 

 と、何やらこの期に及んでバルバラははしゃぎ始める。

 

 当然、それはこの土壇場で結晶したかのようなパラスの衣装であろう。

 

「マスター……これは令呪で?」

 

「もちろんよ! あのタイミングしかないと思ったわ。最後の最期で決められて満足よ!」

 

「……これは、最期の防御のためだったのでは?」

 

「こんなもの無くても、あなたが負けることはないもの! 天地神明にちかって、着せたかったから着せたのよ!」

 

 パラスは情けなく眉根をひそめる。こんな時くらい空気を読んでくれてもいいのではないだろうか?

 

「ふふん! そんなの御免よ。言ったでしょう? おべっかや阿諛(あゆ)なんて趣味じゃないの。()たしは妾たしのやりたいように、やるのよ!」

 

 バルバラはパラスの手を離れ、昇りつつある朝日を背に、胸を張って見せる。

 

「アナタだって、そうだったでしょ?」

 

 満面に笑みに応えるように、パラスも微笑するのではなく、無邪気に笑い返した。

 

「……ええ、そのようです。私も、したいようにするのが、私のようです。アテナではなく、私の」

 

 

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