ワンナイト聖杯戦争 第三夜 対決、三人のセイバー! 作:どっこちゃん
5 狡猾なるケーニヒスマルク伯
『――ふぅむ。不可解な事態ね。不思議だわ』
姿を消したままのバルバラは、戦場を
あの剣の形状から、あの銀箔のセイバーの真名は明らかである。
オットー・ヴィルヘルム・フォン・ケーニヒスマルク伯爵。
17世紀のドイツ貴族であり、当時甲冑相手に使用されていた両手用の刺突剣である「エストック」をさらに改良できないかと工夫を凝らした事で知られる。
そしてさらに、軽量な片手用の刺突剣として
※ コリシュマルドとは、そのままケーニヒスマルクのフランス語読み。
今も、まるで
――しかし、それでもなお、疑念は拭えない。
むしろその真名が明らかとなったが故に、事態はより不可解なものになっている。
ケーニヒスマルク伯。かの名将チュレンヌに仕え、これに貢献したとされる男である。英霊であることは疑いようがない。
しかし、その偉名は決して英霊の中で抜きん出たものではない。
せいぜいが平均値。あるいはそれ以下の英霊でしかないといえる。
セイバーのクラスとして召喚されたことを加味しても、その程度。
全サーヴァントの中でもトップクラスの能力を誇るセイバーとは比較にもならないはずなのだ。
ならば――なぜ自らのセイバーはこうも
疑念と奇妙な高揚感を胸に、バルバラは戦場を注視する。
白亜のセイバー自身にとっても、この戦況は理解しがたいものであった。
威力、速度、一挙一動に込められた魔力の過多。
どれをとっても自身が後れを取るはずはない。そのような要素は存在しない。
――にもかかわらず、この銀箔のセイバー、ケーニヒスマルク伯の剣は常にセイバーの先を行くのだ。
盾を構え前進、正面から相手の剣を受け、返す刀で攻撃を打ち込む。
本来は彼女の華奢な体格では成しえない戦法だが、その身体に満ちる神の魔力が豪胆な戦術を可能としている。
例え相手が雲を突くような巨人であったとしても、彼女の盾はそれを
そうだ。一撃でも当てることが出来れば彼女の勝ちなのだ。
しかし――それでもなお彼女が勝利を手にできずにいるのは、彼女の剣が
今もセイバーはあらん限りの速度をもって前進し、勢いもそのままに大剣を振るう。
しかし、ケーニヒスマルク伯の剣が、その突きが、一瞬だけ早く彼女の前進を阻むのだ。
まるですべてを知っているかのように。至極当然であるかのように。
セイバーはたまらず、不自然な体制でそれを受け止める。
そこで
たたらを踏むセイバーへ向けて、伯はさらなる刺突を繰り返してくる。
セイバーは自らの総身を盾に隠すが、構わず刺突が繰り出され、結果としてさらに後退させられる。
セイバーはその美貌を歪め、敵を睨み据えることしかできない。
ダメ押しの追撃。盾の上から無意味な刺突を繰り返されるのは屈辱であった。イラ立ちまぎれに奥歯を鳴らす。
だが、なおのこと理解が及ばない。なぜ自分が後退する? なぜ刃の指し合いで競り負けるのだ!?
セイバーはさらに激しく奥歯を軋らせ、再び剣を振りかぶって前進する。
しかし、何故か彼女の剣は空を切り、そこに狙いすましたかのような刺突が見舞われる。
この光景が繰り返される。
――セイバーの戦法が未熟なのではない。
やっていることはシンプルだが、その一挙一動にはケタ違いの魔力がみなぎり、触れるものすべてを破壊し蹂躙する
セイバーは、必要がないから駆け引きをしていないだけなのである。
彼女の能力を加味するならば、正面から堂々と前に出て、相手を押しつぶすのが順当な戦い方なのだ。
当然、素の能力で圧倒的に劣るケーニヒスマルク伯はこれに正面から押しつぶされるか、それが嫌なら退散するしかない。
しかし、事実はそれに反している。
なぜだ!? セイバーは再三の疑念に歯噛みする。
「どうしたね、剣の乙女よ。この小兵の技に、ずい分と手こずってみるように見えるな?」
――技。つまりはそういうことなのだろう。もはや認めねばならない。
本来、圧倒的なはずの彼我の戦力差を、この男は剣技の技量でもって帳消しにしているのだ。
「なるほど。小手先とはいえ――感服した。人の身で、よくぞそこまで練り上げたものだ」
セイバーは荒々しい息を吐き、歪む
「然り。――自らに課す修練こそが、
「調子に乗るな! ――確かに、この世に比類なき我が剛剣、よくぞ躱したものだ。だが、貴様の切っ先もまた、我が体に触れてはいない!」
互いに寸分のダメージすら与えてはいないという意味では、両者に差はない。
伯が優位に立っている訳では、決してないのだ。
勝ち誇るには早すぎるぞ。――と、気迫をみなぎらせたセイバーに、しかし伯は再び「フハッ!」と声にならない笑いを向けて見せる。
「――触れてはいない? なるほど、それは確かにその通り。しかし! それが、なんだというのかな?」
伯はリーグルへ視線を送る。機を見計らったように、再びセイバーの身体を金銀の鎖が拘束した。
「無駄なことを――ッ」
セイバーはただ、煩わし気にこれを振り払おうとした。――が、その身体が、不意に
「――――!?」
「剣が触れていない? だからなんだというのですかな? 乙女よ。
「わた、しにッッ――――触れるなァ!!!」
深紅の魔力を暴発させ、セイバーは五体に巻き付いていた鎖を吹き飛ばす。
しかし、拘束を解かれたはずの身体はふらつき、剣を杖のように突いて支えねばならない。
力が入らないのだ。まるで全身に
なぜ!? ――1撃たりとも攻撃は受けていないはずなのに!?
「
銀箔のセイバー、ケーニヒスマルク伯は自らの持つ宝具の哲理を厳かに
あまりにも致命的な、自らの宝具の哲理を。
「貫通――だと!?」
「然り。貴殿の五体には、
それが、この男の持つ宝具「
真名の詠唱によって真価を発揮するタイプではなく、利器として使用でき、着実に戦況を手繰り寄せるタイプの宝具だ。
「――付け加えるなら! そのダメージは、いかなる治癒の魔術も受け付けぬ。魔術ですらが、その見えぬ傷を補足できぬというわけだ――さらに!!」
脇からズズイと乗り出してきたリーグルが、諸手をかざす。
すると、再び何かに引き立てられるように、セイバーの身体が仰け反った。
あり得ない事態にセイバーが目を剥く。
「な、ぜ――!? これ、は……」
彼女の身体に巻き付いていた金銀の鎖は、すでに断ち切られている。
にもかかわらず、そのしなやかな肉体はギリギリと引き絞られていくのだ。
まるで、
「なぜだと!? それこそは我が真髄に他ならぬわ! ――
それは鎖だった。再三見せられたものとは異なり、見ることも触れることも、さらには認識することすらできぬ鎖であった。
先ほどまでのきらびやかな金鎖、銀鎖は、この鎖を悟らせないための布石だったのか!
「クハハハ!! 見えぬ鎖こそが奴隷商の真骨頂よ! 繋ぐは肉体に在らず、認識さえ許さぬ精神への
認識できないダメージと認識できない鎖。それらが、徐々にセイバーの五体から自由を奪っていく。
趨勢は拮抗するのではなく、すでに致命的なまでに傾いていたのだ。