ワンナイト聖杯戦争 第三夜  対決、三人のセイバー!   作:どっこちゃん

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7 剣の女王。その真名はアテナ!

 

 

「クッ!」

 

 伯は剣を引き抜こうとするが、万力のようなセイバーの左手がそれを許さない。

 

 ここに来て、凄まじい剛力である。

 

 いや、彼女が万全であったなら、このまま彼の宝具ごとその手を握りつぶすことさえ出来たかもしれない。

 

「感服したぞ銀箔のセイバー。――ここまで追い詰められるとは夢にも思わなかった。主義は違えども、敬意を払おう」

 

 それをさせないケーニヒスマルクの戦術に、セイバーは改めて感じ入ったような言葉を掛ける。

 

 まるで、――すでに勝敗が決しているというかのように。

 

 セイバーは右手に持つ大剣に力を込める。

 

 伯の剣を止めたまま、残った右手で剣を振ろうというのか。

 

「バカめ! 我が鎖は未だ健在よ!!」

 

 脇からリーグルの()()()様な声が轟く。 

 

 その見えない鎖は、いまだにセイバーの身体を縛ったままなのだ。

 

 ――だが次の瞬間、笑みを浮かべていたリーグルの強面が、怯えた子犬のように歪んだ。

 

 鎖が引きずられる。()()()()()()()

 

 鎖は切れない。――切れないが、それを固定している彼の魔術そのものがほころび始めている。

 

 空間に縫いとめるようにして固定されている架空縛鎖が、その()()()()揺り動かされている。

 

 ――回復し始めているのだ。

 

 先ほど、さんざん体内に打ち込まれた「コリシュマルド」の貫通ダメージが、自然回復し始めているのだ!

 

 魔術でも治癒できない微細なダメージ。しかし、それが微細であるが故に、神に連なる乙女の五体はその傷を修繕してしまったのだ。

 

 さらには、彼女の五体を貫くようにして脈動する朱い魔力の筋(レイ・ライン)が、動かぬ彼女の身体を強引に操作している。

 

 ギリギリと、自らのダメージなどお構いなしに、まるで自分の身体を人形であるかのように扱い、乙女はついに自らの大剣を振りかぶる。

 

「まだだ! マスター!!」

 

「お、……応とも!! クハハハ!! 我が鎖は潰えておらぬわ!」

 

 サーヴァントの一喝を受けて、リーグルは持ち前の強面を取り戻す。

 

 そして、再びその見えない鎖が、ジャラジャラと、耳には届かぬ音を立てながら伯の左腕を取り巻いていく。

 

「これぞ架空鎖箔・多重帷子(ケッテンヘムト・トラオム)!」

 

 それは魔力によって生成された架空防刃の鎧であった。

 

 即ち、眼には見えず、また重さもないチェーンメイルである。

 

「我が鎖は無類の防具としても機能する! 如何な威力の剣とて受け止めて見せるぞ!!」

 

 またこの鎖はいくら切り裂かれようとも内側から新たな鎖を精製し続けることで、いくらでも防御を厚くすることが出来る。

 

 質よりも量だ。その架空防刃の分厚さは、確かにサーヴァントの一撃さえ止め得るだけの凄みを持っていた。

 

 ――しかし!

 

「無駄だ――わが剣を前に、防御など無意味!」

 

 セイバーの振りかぶる大剣が、深紅の燐光を宿す。

 

 

剣の女王――揚々と斯くも白々しく(クィーン・ザ・スペード)!!」

 

 

 謳うかのような美声とともに横薙ぎに走った斬撃は、何の抵抗もないかのごとく深紅の軌跡を夜に残す。

 

 重層的な防御に護られていたはずの伯の身体はまるで豆腐か何かのように両断され、旋転しながら虚空を舞ったのだ。

 

「バ――カな。……こんなバカなことがあるか!!」

 

 リーグルの驚愕は、自らの魔術である架空防刃の鎧が破られたからではない。

 

  帷子( かたびら)は破られていないのだ。鎖は一本たりとも断ち切られていない。

 

 魔術師はうめくような声を上げる。

 

 セイバーが横なぎに振り払った剣は、彼の架空防刃の鎧に()()()()()いなかったのだ。

 

「我が宝具『剣の女王――揚々と斯くも白々しく(クィーン・ザ・スペード)』はあらゆる防御を無効化し、すり抜ける。唯一の例外を除き、あらゆる防御は意味を成さない。それがこの宝具の哲理!」

 

 

 

 彼女の真名はアテナ。

 

 パラス・アテナである。

 

 パラスとは、言わずと知れたギリシャ神話の戦神「アテナ」の一側面を持つとされる人物である。

 

 伝説には、ポセイドンの息子「海神トリトン」の娘であるともいわれ、アテナの親友であるとも、ともに育ったとも伝えられる。

 

 パラスとアテナは互いに切磋琢磨して戦いの術を学び、その剣技はアテナ以上とさえ言われた。

 

 彼女の規格外ともいえる剛剣は、それが戦神アテナに等しいことの証左なのである。

 

 

 

「卑怯とは言うまいな? 触れ得ぬ刃。言わば、貴様のセイバーの宝具と同じことだ。貴様自身の鎖ともな」

 

 バカを言うな! と言わんばかりにリーグルは顔を歪める。

 

 レベルが違う! こんな、最上位のランクに相当する宝具が、防御不能などと!

 

 こんな些末事(さまつじ)の儀式に呼ぶような英霊ではない! あまりにも慮外だ!

 

「ま、待て! 降参だ。そうだ、令呪をやろう。クハッ。つ、使う暇もなかったからな。それと、無論、差し上げられるものは何でも」

 

「そうして逃げ延びた先で、貴様はまた奴隷を狩るのに精を出すのだろうな。――外道め」

 

「ヒ……ヒヒヒッ」

 

 先ほどまでの豪胆さは何処へやら。尻尾を巻く様にして逃げ出そうとしたリーグルの巨体を、セイバーは猛禽のように見据えた。

 

 深紅の魔力が牙を剥く。

 

 

 

 パラスはトランプの絵札のモデルになった人物としても知られ、スペードのクイーンには剣を持つ彼女が描かれている。

 

 彼女の宝具が「剣の女王」の名を冠するのはこれが由来なのであろう。

 

 非業の死を遂げることとなったパラスは死後、アテナと同一視されるようになり、パラス=アテナとして神話に記憶されることとなったのだ。

 

 今、セイバーのサーヴァントとして現世に召喚されたのは、アテナとパラス、両方の名を冠する剣の乙女なのである。

 

 

 

 

 

 

 夜の虚空に、再び燐光を纏う蝶の群れが舞い上がる。

 

「見事ねセイバー。貴女の戦い。そして貴女の勝利。堪能させてもらったわ」

 

 完全勝利を見届けたバルバラは夜を割り開くようにして、悠然とその姿を現した。

 

「申し訳ありません。マスター、無傷で勝つべしというあなたの期待を裏切ってしまって」

 

 パラスは殊勝に頭を下げた。

 

 その総身は無残なまでに血で染まっている。

 

 最期のケーニヒスマルク伯の刺突を生身で受けたが故の負傷だ。

 

 ダメージよりも、このような無様な姿をさらしてしまったことに、パラスは苦心しているのだ。しかし、

 

「フヒ……そんなあなたも素敵よ……血に濡れる乙女。ふゅ、ふゅふゅふゅ……実に良いわ。画になるぅ……」

 

「……マスターッ」

 

「ふぇ!? ――え、ええ。問題なくってよ!」

 

 パラスが目を細めるのを見て、バルバラは少々焦りつつ、身なりを正す。

 

 さらに表情を一気に引き締め、気品あふれる令嬢のそれへと鋳造する。

 

「いいえ、むしろそれでこそよ! 私は無傷で勝ってほしかったんじゃない。完璧なままのアナタで勝ってほしかったのよ!」

 

 断言するバルバラに、セイバー・パラスも微笑を返した。

 

「すぐ治療するわ。まだ()があるものね」

 

「それよりも――あの男が捕らえたという一般人が気にかかります。どうか救い出していただきたい」

 

「仰せの通りに。勝者には報償を! 価値ある者へ望むものを!」

 

 セイバーの身体を覆い治癒を始めたモノ以外の蝶は彼方へと舞い上がり、雲霧のごとき塊となって何処へと飛んで行った。

 

 おそらくはあの魔術師リーグルの拠点へであろう。

 

 

 

 

「……マスターも、()()()()()()()()()……いえ、弱者へ情けを掛けるのは不合理だと思うのですか?」

 

 治療を受けながら、パラスは改めてマスター・バルバラへ、惑うような視線を向けた。

 

「ええ、そうね」

 

「……」

 

 即答したバルバラに、パラスは眉根をひそめる。

 

( わた)しは気まぐれなのよセイバー。おべっかなんてガラでもないから言わせてもらうわ。弱者にも敗者にも興味がないの。もっと言うなら、貴賤も勝敗にも、妾しは興味がない」

 

 悲しげに伏せられた瞳が、もう一度自分を見るのを待って、バルバラは続ける。

 

「ただ、自ら咲こうとする華に、自らを証明しようとする者に、私は惜しみない賞賛と敬意を注ぎたいだけなの。熱意こそが物語るに値する。それ以外は正直どうでもいいの。存在していないのと同じなのだから」

 

「……そうですか」

 

 言葉は違えども、それはあのケーニヒスマルクが語ったのと同じ、いわば強者の論理でしかない。

 

「そんな顔をしないでセイバー? だからこそ、あえて踏みにじろうとも思わないわ。そして、貴女がそれらを救いたいというなら、私はそれを支持する。なぜなら、貴女と言う()()()()()()()「英雄」がそれを望むからよ」

 

「……」

 

「さぁ、行きましょう。最後のサーヴァント、いえ、最後のセイバーが貴女の剣を御所望よ?」

 

 押し黙るパラスを率い、バルバラは夜を闊歩する。その歩みには寸分の憂いも有りはしない。

 

「……マスター、それならばもう一つだけ、勝者たる私の望みを聞いてただけますか?」

 

「なんなりと」

 

 バルバラは満面の笑みを浮かべて踊るように向き直り、全霊を賭すようにかのように深々と礼をとった。

 

「ですがその前に、もうちょっと……何か着てもらえませんか? せめて下着だけでも……」

 

 セイバーの治療を行う分とリーグルの拠点へ向かわせた分とで、バルバラの使い魔は総動員されてしまっていた。

 

 故に、彼女の格好は先ほどと同様の、「三枚あれば事足りる」状態になってしまっているのだ。

 

「…………――――ッ!!」

 

 その従者の言葉に、バルバラは厳しい表情を浮かべてしばし黙考した。

 

 そして唐突に、ニカッ! と快活な笑みを浮かべる。

 

 それきり、背を向けてしまった。振り返りもしない。

 

 どうやら嘆願はあえなく却下されてしまったらしい。

 

 そのまま夜気に肌を晒すバルバラと共に、難しい顔をしたままのセイバー「パラス・アテナ」は新たなる戦場へ向けて姿を消した。

 

 

 

 

 

「……どうかなセイバー」

 

 少年はそれを遠方から覗き込みながら呟いた。

 

 魔術が使えないがゆえに赤外線カメラを用いてである。

 

「いやぁ、ありゃあ強え。べらぼうだ」

 

 ともにそれを見ていたサーヴァント、セイバーがこの上なく魂消たような声で言う。

 

「確かにね――。聖杯戦争に()()()を呼ぶなんて、反則もいいところだ」

 

 本来の、まっとうな聖杯戦争でさえ、神霊であるアテナを呼ぶことなど不可能なのだ。

 

 神の化身とはいえ、それをサーヴァントとして呼び出せたのは奇跡に等しい。

 

「どうすんだ? まさかやめるなんて言わねぇだろうな?」

 

 巨漢のセイバーの言葉に少年は確たる声で応える。

 

「やめないよ。真名が知れたのはありがたい。――おかげで()()()()()()()()()()()()みたいだ」

 

「ほう?」

 

「セイバー、ボクの作戦を聞いてもらえるかな?」

 

 

 

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