ワンナイト聖杯戦争 第三夜  対決、三人のセイバー!   作:どっこちゃん

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8 パラスの提案 白バラの園にて

 

 

 闇の深まる頃合いであった。夜は深まり、黒い風は冷え冷えとして心地よい。

 

 光源もまばらな地方都市の夜景は、むしろか細い星の光を大地に映しだしているかのようだ。

 

 良い夜であった。妖魔が闊歩するにはうってつけの薄暗く、そして仄明るい夜だ。

 

 そんな、胸を打つかような景観の中、瞬く星と夜の空とがモヤのように入り混じり、もつれる様にして立ち昇っていくのがわかった。

 

 一条の筋のように、何かがこの景観を屈折させている。奇観であった。

 

 その立ち昇る分厚いモヤのようなものの()()()に、それは居た。

 

 それは人型の歪みであった。色もなく厚みもなく夜に入り混じり、星の光を呑んでそこに在る。

 

 人ならざる人型であった。

 

『オイ貴様!! なにを見ておるか! ああぉぉおおん!?』

 

 声ならざる声が轟く。磊落なる威嚇のようなそれに晒されたのは、その夜の歪みへ、油断なく鬼気を向けていた一匹の犬であった

 

 大きな犬だった。しかし巨犬は困惑していた。これはなんだ? なんだこれは??

 

 例え鎖で繋がれていたとしても、彼の認識上では彼よりも強大な存在はそうそう居ないものとなっている。

 

 少なくとも、彼の安心できる生活圏内に、そんなものは居なかった。

 

 そしてこれからも、居てはならなかった。

 

 故に、彼は奇妙にゆらゆらと立ち昇るそれを危険な、そして不快なものとみなし、威嚇し、吼えた。

 

 ――が、その抵抗の試みは、そのモヤが確かな実態を獲得し、なおかつ凄まじい怒号を発した時点で霧散した。 

 

 

 

 

 

 ゴンザレス(通称ゴン)と名付けられたこの巨犬は唐突にごろりと転がった。和太鼓のような腹をみせたのだ。服従の姿勢である。

 

 するとそれを真上から押しつぶさんばかりに顔をイカらせていた巨漢は一転、ニカッっと笑みを浮かべる。

 

「ンガハハハハハ!! よしよし。勝ったぞ!」

 

 豪笑しながら顔を上げ、幽鬼のごとき巨漢は再び夜道を歩き始めた。

 

 のたりのたりと、肩には身の丈を超えるような大剣を担いだまま、象のような歩みで進んでいく。

 

 そして他の犬や、また猫などを見つけると、また音もなく近づき鬼のように顔をイカらせ威圧を始めるのである。

 

 当然動物たちは瞬時に逃げようとするのだが何故か退路を塞がれてしまい、最期にはあえなく降伏を選択する。

 

 その度に巨漢は「うむ!」とただ納得してまたの他の他と歩く作業に戻るのだ。

 

 ――道々(みちみち)繰り返すこの行為にいかなる意味があるのか?

 

 実の所、たいした意味はない。ただの彼なりの現世の楽しみ方と言うだけの話である。

 

「よぉーしよしよしよしよしッ」

 

 獣は良い。と彼は常々考えている。人と違い、アレやコレやとウソを吐かず、分が悪いと見ればさっさと逃げるし、逃げられぬなら服従する。

 

 実にシンプルである。それが良い。この巨漢、今宵召喚された三騎めのセイバーのサーヴァントはそう考える。

 

「しかし、馬がおらんのはつまらんのー。羊も牛もおらんし、犬猫はいるがそれだけだ。つまらん世の中になっとるなぁ」

 

 で、あるからして、彼が好むのも率直で素直な人間ということになる。特に素直な女子供である。

 

 人間と言うのは得てして面倒くさいものだ。特にアレコレといらぬものまで背負い込み、あーでもないこうでもないを周りを巻き込んで悩んだ挙句にとんでもないことをしでかす。

 

 まったくつまらない話だ。――と、己の生前を鑑みんながら、しみじみと思う。

 

 そう言う手合いは面倒臭い。一度叩きのめしてやればマシになることもあるのだが、今度の相手は叩きのめすのも一苦労ときている。

 

 何せ神だというのではないか。戦神アテナ? 名だたる神? 人を超えた人ならざるモノ?

 

 まったく眉唾だ。――なによりも、あの()()()はなんだというのだろうか?

 

 あの女。まったく素直さのかけらもない。

 

 巨漢は、むっつりと顔を顰めると、在る場所を目指して進み始めた。

 

 見上げるのは夜の彼方。この地の繁華街に近い場所だ。しかしそこに何かがある。

 

 どうやら向こうが先手を打っているらしい。隠す気もない魔力の反応。まるで巨大な蓮の花が開き、月を呑み込もうとしているかのようなヴィジョンが浮かび上がる。

 

 バカでも分かるだろうという――これは招待状だ。

 

 我はここに在る。疾く参られよ、と。 

 

 

 

 

 

 そうして、またのたりと歩みを進めること幾星霜。行きついたのは広い空間を擁した場所だった。

 

 細々と区切られた石造りの街中にあって、こんな場所があったのかと思えるような場所だ。

 

 広場を囲む緑も多い――が、その割に動物の気配は感じない。

 

 狐も野兎も、それを狙う狼や熊の気配もない。

 

 ――天然の森ではなく、造られた模造品のような広間である。

 

 ケッ。つまらん。

 

 そう思いながら巨漢はのたのたと進んでいく。

 

 事実として、この場所は市が運営する運動公園であった。

 

 陸上競技用のトラック。体育館。スポーツ会館。プール。野球場。ラグビー場などが緑の木々を挟んで隣接している一大多目的運動施設である。

 

 少なくとも、何も知らない人々が安息をむさぼっている住宅街で戦うよりはよほど安全な場所であろう。

 

 その奥に、それらは居た。

 

 本来は華美な装飾を避けるべき運動場の中に、忽然と、まるでこの世のものとも思えぬ光景が広がっていたのである。

 

「――ほほぅ! コイツァなんとも……へヘ! 趣味じゃぁねぇなァ」

 

 巨漢も思わず感嘆し、その上で噴き出さずにはいられなかった。

 

 それは巨大にして絢爛極まりない花園であったのだ。

 

 白亜のバラ園を想わせる、光り輝くような花々が、夜風に花びらを揺らしている。

 

 しかし自然のものとは思われない。魔術を使って生育したのか?

 

 ――否。この花園は生きてはいない。

 

「悪趣味なお花畑だのぉ。あーいやだいやだ」

 

 皮肉気に吐き捨てている巨漢へ、鈴の鳴る様な声が掛けられた。

 

「よく来た(あお)のセイバー。今宵の戦場へ。その勇敢さを讃えよう」

 

 いかにも厳かな文言を向けられ、巨漢はいかにもバツの悪そうな顔をした。

 

 確かに彼の装束は深い空色を想わせる、簡素であはあるが身綺麗な晴れ着ではある。――が、普段からこんな格好をしている訳ではない。

 

 なにやら「馬子にも衣装だ」とでも指摘された様で居心地が悪い。

 

「ほぉ~んん? 戦場、ねぇ?」

 

 なので、少々わざとらしくとぼけた声を出す。

 

 暗に『そのノリはやめねぇか?』 と言う提案だったのだが、闇を背に凛として立つ白亜の乙女はそんな中年男の戸惑いとアンニェイな空気を読んではくれない。

 

「然り。我がマスターに掛け合い。あつらえていただいたものだ」

 

 少々得意げに微笑んで見せる乙女に対して、巨漢はいかつい顔をへの字にひん曲げる。なんでこう、いちいち芝居がかった物言いをするのだろうか?

 

「……そりゃあ御大層なこったが、なんでわざわざこんなモノを作る?」

 

 彼の問いはある種、当然の疑問だったことだろう。

 

 白亜のセイバーこと、パラス・アテナも予見していたのか、()()()()()()()()語り始めた。

 

「我らは所詮サーヴァント。一夜限りの幻にすぎぬ。この時代に対する異邦人、いわば部外者でしかない。それが今生の世界の文物に手を加えることがあってはならない。――と私は考える。神秘の漏えいを控えるという意味以上に、私はひとりの英霊としてこの現世の何物をも、我らの手で傷をつけるべきではないと思う。そのための処置だ」 

 

「……」

 

 パラスの言葉を測りかねてか、蒼のセイバーは太い眉を眇めてみせる。しかしパラスは構わず言葉を続ける。

 

 まるで、おのれの言葉でおのれを鼓舞せんとするかのように。

 

「故にこの場所なのだ! ここでなら、何物も傷つけることなく、雌雄を決することが出来るだろう」

 

「ええ、保証しますわ。我が総力を持って紡ぎあげた魔導の結晶! 効果のほどは、直に確かめていただきたく存しますわ!」

 

 するとパラスの背後から、()()()()という歩みで姿を現したのは、この花園の主であるマスター、バルバラである。

 

 その身に纏う、パラスと同じ白亜のボディスーツは、夜を照らし出すかのようだ。

 

「感謝しますマスター」 

 

 世にも美しい所作で謝意を示すパラスに、バルバラも王侯貴族の風格を持って応える。

 

 まったく同じ装束をまとった二人の美女はこの世のものとも思えぬバラ園の中に並び立ち、その輝きを持って夜を払い去るかのようでさえある。

 

 ――なぁ? どっかに観客でもいんのか? と蒼のセイバーは呆れつつ周囲を確認する。

 

 なるほどこの上なく美麗な光景だが、芝居がかるにも程がある。ここはいつから舞台演劇(おゆうぎ)の稽古場になったんだ??

 

「あー、盛り上がってるとこわりーんだがよぉ。フツーに考えりゃあ、罠だよなぁこりゃあ? オレが言うとおりにすると思うのかい?」

 

 仕方がないので、剣を担いだままざっくばらんな声を掛ける。

 

「――誓おう」

 

 すると、バルバラと蝶が睦み合うかのような視線を交わしていたパラスは、一転、感情のこもらぬ視線と言葉を巨漢へ向けてきた。

 

「あん?」

 

「あらゆる神と我が父祖の名において誓おう。今宵の戦いに、一切の虚偽も欺瞞も差し挟む事は無いと」

 

「……」

 

 やはり台本かなにかに沿って喋っているのだろうか? 会話が噛みあっていない気がする。

 

 どうしよう? と巨漢はいよいよ深く思い悩んだ。とにかく場違いな気がして居心地が悪い。

 

 尚且つこんな連中と絡みたくないとも本気で思う。

 

「他意が無いなら、始めよう。畏れぬならば踏み込んでくるがいい」

 

 言うや否やそれまで咲き誇るだけだった花々がさっと波打つように展開し、ストーンヘンジじみたサークルを幾重にも描き出す。

 

 レイライン――結界ってやつか。

 

 巨漢は依然としてその輪の外側から中の美女たちを見ている。

 

「いやよぉ。他意ならあるぜ? いや、そもそも()()ってなんだよ。あるに決まってんだろ。とにかくやらねぇってオレァ」

 

 すると世にも稀な美女は見に合わぬ大剣と盾を構え、凛として問うてくる。

 

「なにが不満だ? 我ら二騎の英霊が雌雄を決するにこれ以上の舞台があろうか?」

 

「まぁそう言われるとそうなんだが……」

 

 ()()が寒みぃんだよオタクら。――とは、この男をもっても口にしづらいことだった。

 

 絶対怒るし。この女、絶対オレより強いし。と、巨漢は口ごもる。絶対負けるし、と。

 

「ならばなんだ! はっきりと言うがいい!」

 

 あとは誠心誠意、正面から戦うだけと信じて止まないパラスは蒼のセイバーを急かしてくる。

 

「わかったわかった。そう怒るなって――」

 

「お、――怒ってなどいない!」

 

 言葉尻を濁した巨漢の言葉に、パラスは叫んだ。

 

「あん?」

 

 いや怒ってるだろ――と、言いかけて、蒼のセイバーは何かに気付いたようにパラスを見た。

 

 ――ハハァ。やっぱりそうだ。この女……。

 

「おう――そうかい。んじゃあ改めて」

 

 巨漢は迷いの晴れた顔で担いでいた大剣を地に突き立て、胸を張る。

 

 パラスも――いよいよか、と応じるように盾と剣を構える。

 

 が、

 

「改めて、嫌だねぇ」

 

 とそこで巨漢は改めて、実に小憎らしい顔で笑って見せた。

 

 

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