ワンナイト聖杯戦争 第三夜  対決、三人のセイバー!   作:どっこちゃん

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9 鬼さんこちら

「な――ッ」

 

「ンだぁってよぉ、とても信じられねぇんだよなぁ――あんたさぁ。どうにも胡散臭いぜ。何を誓うって? どーにも白々しすぎてウソくさいぜ。どんな英霊でもよぉ、もうちょっとくらいはムラッ気があるもんだぜ?」

 

「なにが言いたい!?」

 

「あんた、どっか作り物めいてんだよなぁ。()()()()ってぇの? それもよぉ『どこかでウソを吐いている』じゃねぇ。『どこからが嘘なのか、解らねぇ』ぐらいに装ってるよな? 偽装だぜ。なにを信じろって? くぅわばらくわばら」

 

「……セ、セイバー」

 

 蒼のセイバーの言葉に顔色を変えたのは当のパラスではなく、マスターであるバルバラのほうであった。

 

 このマイペース極まりない魔術師にあって、実に在りえないほどの狼狽がそこにはあった。

 

「装う……? ……ウソ? ……私が? 私の、私を」

 

「セイバー! 落ち着くのよ! アレはあなたを惑わす……」

 

 バルバラが声を上げようとしたのを、巨漢は遮る。

 

「――それによぉ。この時代の人間を殺すなっ、てのはまぁ解るが。物まで壊すなってのはちと行きすぎだろ? そういうのも、なぁんか白々しいねぇ。優等生ぶってよぉ。いやだねぇ。オレァな。そう言うのは信用しねぇことにしてるのさ。特に言うことがお綺麗すぎる貴族王侯に聖職者。あとは女な」

 

 女たちのやり取りに余裕がなくなったのを見て、巨漢は心から安堵の息を吐いた。

 

 そうそう。()()()()()()やろーぜ? 

 

「つーわけでな。ここでは嫌だ。まったく嫌だ。文句があるかい? あるなら」   

 

「私の――どこが、」

 

 次の瞬間、パラスは決闘の舞台であるはずの花園を飛び出し、蒼のセイバーの眼前にまで迫っていた。

 

「ウハッ!」

 

 まさしく電光石火。白々しい磁器のような夜に、深紅の軌跡が弧を描く。

 

「私のどこが! 嘘で、偽りで、ニセモノだキサマァァァ!!!」

 

 朱い斬撃が空を切る。まるで夜を両断するかのような勢いだ。陸上トラックの一角が抉られ、大穴が穿たれる。

 

「ウハハハ!! なにからなにまでも、さ! そんなおっかなびっくりじゃよぉ。せっかくの聖杯戦争も台無しだぜ。〝所詮我らは一夜の幻〟なんだろ? そんならよう。もっとハメを外してもいいんじゃねかァ!?」

 

 巨躯に見合わずひらりと身をかわした蒼のセイバーは、そのまま水すましの如くスーッと運動場を駆ける。

 

 先ほどまでののたりとした歩みからは想像もできない、熟練の足運びだ。

 

「逃げるな!」

 

「良いのか?」

 

 巨漢は足を止め、ビシッっと自らの背後を指差した。そこには隣接する大体育館があった。

 

 このままパラスが攻撃を加えれば巨漢ごとそれを粉砕してしまう。

 

 パラスは急ブレーキをかけたレーシングカーよろしく、全身から燃えがらのような臭いと煙を発しながら急停止した。

 

 周囲の闇が、ウソのように燃え上がる。真っ赤な血色の陽炎によって。

 

「どーこ見てんだぃ?」

 

 急停止したパラスを巨漢の剣がすかさず()()()()()

 

 すさまじいまでの金属同士の衝突音が響く。

 

 そう、それはもはや斬撃などではない。

 

 まるで大地へ杭でも打ち込むかのような、スレッジハンマーによる打撃だ。

 

 巨大な金槌を技巧もクソもなく振り回し、叩き込むという所業。

 

 彼女が神成る乙女でなかったなら、今頃原形も留めぬ赤いシミに変えられていたに違いない。

 

「卑劣漢!!」

 

 神秘的な黄金色に輝くはずの乙女の双眸が、まるで血が煮えたぎるかのような赤い光を宿して巨漢を睨み付ける。

 

「クハハ! 正直だな! そっちの方が似合ってるぜ。おもしろくなってきた! じゃ始めようか。こりゃあ――そうだ。鬼ごっこだ。おまえ、鬼な?」

 

 パラスは驚愕していた。巨漢の下卑た言動もそうだが、なによりもこの敵の剣を押し退けられない事に。

 

 いかに相手が巨漢であろうと、満身に神威を秘める乙女が力負けをするはずがないのだ!

 

 ただの剣士に、()()()()()()()()()()()()()()。なのに!!

 

 蒼のセイバーの剣は()()()()()動かない。

 

 

 ――私は、アテナだ! ニセモノなどでは、無い!!! ―― 

 

 

 その時、全力で押し合っていた状態から、蒼のセイバーはさっと身を引いた。

 

 迂闊(うかつ)! 余計なことを考えすぎた! パラスはつんのめるようにして体勢を崩す。なんということだろうか。

 

 まさか圧倒的優位に立つはずの己の方が、こんなにも無様に翻弄されている。

 

 こんなはずではなかったのに!

 

 いや、考えている場合ではない! 追撃が来る! 流石のパラスも防御を固めるしかなかった。

 

 この好機を逃す英霊などあるはずがない。――が、

 

「なーに縮こまってんだ?」

 

 大剣の一撃がパラスを襲うことはなかった。彼が斬ったのは、別のものである。

 

 蒼のセイバーはパラスではなく、先ほどパラスが急停止してまで守ろうとした体育運動場の方を斜めに両断してしまったのだ。

 

 さすがの一撃というべきか。上下に切り分けられた巨大な箱はゆっくりと、滑り落ちるように崩れ始める。

 

「な――に、を」

 

「なぁにって。鬼ごっこって言ってんだろ? アンタを斬っちまったらつまらんぜ。さーて、オーニさんこーちらぁ! ってなぁ」

 

 そして唖然とするパラスを置き去りにして、踵を返した蒼のセイバーはすたこらさっさと言わんばかりの足取りで姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

「マイペースなヤツね。嫌いなタイプだわ。自分の都合ばかりで人のことを考えない。まったく腹ただしいわ。――けれど、それ故に惑わされるべきではないわセイバー。相手は試合巧者よ」

 

「……」

 

 マスターであるバルバラの声に、しかしセイバーは呆然と彼方を見たまま、応えない。

 

「聞こえて? セイバー」

 

「ワタシが……ウソ? 私が()()()()だとでも言うのか――下郎めェ!!」 

 

 瞬間、パラスの身体からほとばしった魔力の波動が、周囲一帯に咲き乱れていた造花の花園を散らしてしまった。

 

 計算上、ただの戦闘なら問題なく耐えられるはずだった花園の結界が、無残に蹴散らされた。

 

 相当に、相当に我を失っている。

 

「……えっと、セイバー? 気をたしかにね? 怒らないで?」

 

 さしものバルバラも、恐る恐ると言った体で声を掛ける。

 

「怒ってない!」

 

 顔も向けずにパラスは言う。かなり怒っている。ありていに言えば、キレている。

 

 そのとどまるところを知らない憤怒に呼応して、彼女の煮えたぎる血色の魔力が周囲の大気と大地を焼き焦がしている。

 

 このままではまずい! まずはクールダウンが必要だ。これ以上あの男と会話をさせてはならない。

 

 パラスは強力な戦士だが、戦場に立った経験はない。彼女は()()()()()()()()()()()のだ。

 

 戦神としての英知を持ってはいても、それを活用した経験が彼女には無い。

 

 たたき上げの戦術家相手には分が悪いのだ。

 

 ならばどうする? バルバラは瞬時に思考する。

 

 ――ならば、戦術での勝負に付き合わなければよいのだ。

 

 大兵に軍略いらず。圧倒的戦力を持つパラス・アテナはそのままぶつけるだけで相手に勝てる。

 

 それが大前提。ならば相手の絡め手をマスターである己が先んじて潰してしまえばよいだけだ。

 

 バルバラもあくまで魔術師。戦術家ではない。

 

 が、数千万に及ぶ使い魔を精緻に操る彼女の情報収集・情報解析能力は凡百の魔術師とは一線を画す。

 

 まずは使い魔を広域に大展開。速やかに敵のもくろみを喝破。そしてパラスを敵マスターの元へ一直線に出撃させる。

 

 それでよいのだ。勝つために小細工など不要。

 

「セイバー。状況は何も変わっていないわ。貴女は、そして(わた)しは、相手に遅れなど取ってはいない。いいわね?」

 

 パラスは答えず、作り物めいた白い顔をバルバラに向ける。

 

 星の光を弾く、無機質な磁器のような顔を。

 

「この追撃戦、(わた)しが先陣を切るわ。あなたは少し――その、この場に留まって気持ちを整えて? このままでは万に一があるわ」

 

「万に一?」

 

 無機質な声が問う。

 

「あ――侮るべきではないわ! 如何に品性下劣な卑怯者であっても相手もまた英霊!」

 

 らしくもなく、ぎくりと身を強張らせたバルバラだったが、そこは魔術師である。萎縮して言葉を差し控えることなどあり得ない。

 

「それに、ね? ほら、このままでは()たしの出番が少なすぎると思わない? さっきは」

 

「マスターッ!」

 

 言いさしたバルバラの口上を、パラスの一喝が遮った。

 

「ヒェ!?」

 

「……修繕をお願いいたします」

 

「修繕? ええ。もちろんあの破壊跡についてはあとで工作まで行うつもりだけれど……」

 

 上下に切り分けられてしまった体育館は今にも崩落してしまいそうな状態だ。騒ぎになるのは、確かにまずい。

 

「いいえ! 出来る限り元の状態に戻していただきたい。今すぐ! ――戦闘におけるフォローは不要です。あなたはこれから起こるあらゆる破壊の修繕を行っていただきたい! あのならず者は私がこの手で斬り捨ててご覧に入れます」

 

「えぇ……? でもね? (わた)しとしても今度こそちゃんとしたサポートをするつもりで……」

 

「マスターッ!」

 

「はひッ!?」

 

「……お心遣い感謝いたします。ですがこの通りです。どうか、どうかお聞き入れ願いたい!」

 

 パラスは頭を下げた。そもそも傲岸とは程遠い彼女だが、その内心は誇り高い。

 

 マスターといえど、容易に頭を下げることなどは在りえない。

 

 その嘆願には真摯さと言うよりも必死さがにじみ出ていた。

 

「はぁ……わかったわ。――英霊よ、あなたの望むままに。ただ気を付けて。あの男は剣によらない戦いを知る巧者よ」

 

「だとしても! わが剣を阻める道理なし! いざ!!」

 

 パラス・アテナは音速を超えて駆けだしていった。一筋の朱い閃光がその軌道を伝えてくる。

 

「にしても、(わた)しは佐官屋じゃないのだけれど……。後始末しかしないマスターって今までにいたのかしら?」

 

 流石の魔術師もこの規模の物を完全に修繕するとなると一筋縄ではいかない。

 

 しかも、これからの戦闘で発生する破損を全てカバーするとなると、彼女の使い魔を総動員することになる。

 

 サポートは一切できない。それでも通常通りなら負けるはずはないが、あのパラスの様子。熱くなりすぎている。

 

 あのままでは万に一、どころか……。

 

「……いいえ、セイバー。貴女が望むなら、(わた)しはそれを支持するわ」

 

 この舞台は、主役たる英霊(アナタ)たちのものなのだから。

 

 

 

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