藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜   作:なでしこ

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 更新びっくりしましたか? 私も驚いています。




友のため、君のために

 

 

 恋愛頭脳戦が幕を閉じ、甘酸っぱい高校生活を謳歌していた秀知院学園生徒会。白銀御行のアメリカ留学までの残された時間をどう過ごすか考えるだけでも、四宮かぐやの胸は高鳴った。

 そんな中、漠然と暗雲が立ちこめた。四宮グループ幹部の逮捕である。一つの不祥事で積み上げてきた権力が崩れ落ちる時代。長きにわたり財閥界を、日本を牛耳ってきた()()()()()を揶揄する声も少なくなかった。

 それからすぐ、四宮かぐやは姿を消した。だが全国でも屈指の秀才たちが集まる秀知院学園、ましてやその心臓部である生徒会のメンバーは学力の差はあれど頭がキレる。

 自分たちの出る幕ではない、かぐやのことだからすぐに帰ってくる。そう言い聞かせた。無論、彼女と念願の交際に至った白銀もである。(はた)から見れば。

 実際のところ、気が気でない感情を必死に押さえつけていた。分かっている。自分が出たところで何もできないことぐらい。だから今は、四宮かぐやのことを信じるしかなかった。秀知院学園生徒会長としての職務を全うすることが、彼女のためになると言い聞かせて。

 

 生徒会書記の藤原千花は、これがただ事ではないと悟っていた。タイミングを見計らったように、ライバル関係にあった財閥・四条家が動いた。TOB(株式公開買い付け)で四宮グループ企業の買収に動き出したのである。成功すれば経営権を剥奪(はくだつ)できるだけでなく、落ちても四宮グループの企業。再生すれば派閥の拡大にも貢献できる。

 千花自身、口にはしないが、自身の家系も政界に身を置いているせいで知恵が働く。直感的に、そういう流れになると理解できたのである。中でも「四宮かぐや」という存在は両家にとって重要で鍵を握る。それだけ、今の彼女自身が持つ()()は高いのだ。

 

 藤井太郎の耳に入ったのは、かぐやが姿を消した3日後だった。

 彼自身、そんな大人のやり取りがあったことは知らない。ニュースで四宮グループの幹部逮捕という表面上の出来事しか把握していない。それでも、四宮かぐやに何かあったのではないか、と察するぐらいの感性は持ち合わせている。

 

「大丈夫ですよ。かぐやさんなら」

 

 自身の部屋で学校帰りの千花がそう言った。普段全く付けない小さめのテレビを眺める。夕方のワイドショーはずっと四宮グループの話をしていた。藤井にとって存在価値が全く理解できないコメンテーターが喋っている。特に感情は湧いてこない。

 藤井は千花の言葉を信じることができなかった。あれだけ頭がキレて怖い四宮かぐやが姿を消したということは、何か強大な力が働いている。なんだかんだで生徒会思いであることは知っていたから、彼らに被害が出ないように、彼らを守るためにではないのか――と。

 

「そう、なのかな」

「あ、信じてないですね」

「ま、まあ……だってこんな急に居なくなるなんてさ」

「かぐやさんのことです。きっとすぐ戻ってきます」

 

 ベッドに腰掛けた千花は、彼から気づかれないように目線を逸らした。

 そう。嘘である。彼女自身も、そうなれば良いと願っているだけ。要は願望である。それだけ相手は強大で高校生にどうにかできる相手ではないということ。

 千花は思い返す。これまでのことを。藤井と交際を始めてからの自分は、常に心の中を優しく包み込まれているように思えた。

 

「白銀君は元気なのかな」

 

 そんな彼女を尻目に、床に座っている藤井が力なく漏らす。

 白銀御行。いまや四宮かぐやの恋人である。今回の事態を一番深刻に受け止めている人間でもあった。しかし、千花の回答は藤井が思っていたより軽いものだった。

 

「太郎くんが思っている以上に平然としていますよ」

「本当かな」

「信じられませんか?」

「そうじゃないけど」

 

 小さな嘘を吐く彼女の性格は分かっているつもりだった。だから、言葉が信用ならないわけではない。

 けれど、相手はあの白銀御行。藤井としても長い付き合いではないが、プライドの塊のような人間であることはうっすらと察している。奉心祭の前、そんな彼が漏らした弱音と悩み。あの時とは比べものにならないぐらいのトンネルに入り込んだ感覚がある。四宮かぐやの友人としての感覚。

 

 だから、彼なりに考え込んでいるに違いない。加えて平静を装うなんてことは無理に決まっていると心の中で断言すらしている。これが藤井太郎の結論であった。

 実際のところ、あながちそれは間違っていない。白銀はかぐやとの連絡手段を絶たれていて、完全に受け身にならざるを得ない状態。飛び級でアメリカに飛び立つ前であるが、現状は普段通り秀知院学院に通学するしかない。

 

「自分の恋人と連絡取れないのは、すごくつらい」

 

 それは紛れもなく、藤井太郎の本心だった。彼自身も、どうしてそんな言葉が出てきたのかよく理解できていなかった。考え得る可能性としては、それは同情。おこがましくも、自分が白銀御行のことを「可哀想」な目で見ている。それに気づいた彼は、とっさに口元を手で隠す。

 

 しかし――。

 

「むふふー」

 

 こんな空気感でも、藤原千花は素直に感情を吐き出してみせる。

 制服のスカートから伸びる白い足をパタパタさせながら、床に座っている藤井に視線をやる。だが彼は決して視線を上げようとはしない。ここで目を合わせたら、間違いなく茶化されると分かっていたからだ。

 藤井のその読みは正しい。彼にとって、交際期間の長さと彼女の内面は比例する。付き合わないと分からないアレやコレの多さに驚きながらも、それでも毎日を楽しんでいるのは事実だった。

 

「太郎くんは素直ですねー。可愛いと思いますよー」

 

 だが、藤井は詰めが甘い。目を合わせれば千花は間違いなく彼を茶化していた。だがそれは付き合う前までの話で、今は藤井を揶揄(からか)うのは他愛もない。

 千花は彼の背中を人差し指でツンツン刺し、クスクスと零れる感情を隠そうともしない。彼女の中に、そのまま首に腕を回したくなる感情が湧き出る。照れて何も言えなくなっている自身の恋人が愛おしくてたまらなかったのだ。

 

 けれど――彼は彼で藤原千花の恋人である。

 

「千花ちゃんは――」

 

 あれだけ、素直な気持ちを伝えていても。

 あれだけ、真っ直ぐに思いを伝えていも。

 あれだけ、彼女のことを知ったつもりでも。

 やっぱり、彼女は自分には持っていないモノを持っている。

 

 今までの彼であれば、ソレを()()()と表現していただろう。だが、それは二人の感情が近づいていくにつれ薄れていって、今は皆無と言っても過言ではない。

 だがそれを劣等感と呼ぶには、瑞々(みずみず)し過ぎるのだ。社会的にも何の権力も持たない学生のちっぽけな悩み。藤原千花だって、生まれた家が奇跡的に上流家庭であっただけで、彼女自身が何かをしたわけではない。

 二人はそんな壁を少しずつ壊しながら、今に至っている。千花自身も彼が自身に抱いていたコンプレックスを把握しているし、藤井の口から同じ悩みが吐露されれば、何度だって怒る覚悟ぐらいはできている。

 

「絶対に無理は……しないで」

 

 だから互いを思い合う。人間の感覚はそう簡単に変わらない。藤井太郎と藤原千花も子どもとは言え、自分自身の人生を歩んできている。その中で立ち回りなどを無意識に学んでいく。体の芯まで染みついたソレを変えるのは非常に難しい。

 藤井自身、差が埋まらない徒競走をしている感覚だった。これを劣等感と呼ばずして何と呼べば良いのか。藤井は口にしないが、その胸中は実に苦しい。親友である四宮かぐやを、助けるために身を投げ出すであろう、自身の恋人を止められなくて。

 

「別に、何もしませんよ」

 

 嘘である。相手を思っているのは、彼女も同じだった。

 

 四宮家と四条家。この二大財閥の()()を止めるのは至難の業である。千花は自身の父親に助力を請うことも考えたが、経済界の闇は一歩間違うと獲物を引きずり込む。四宮と四条、それぞれの財閥の規模を考えても、一政治家がどうこうできる相手ではない。四宮家に肩入れし、負けたとなれば――藤原家の扱いも厳しいモノになる。選挙と同じで、弱肉強食である。

 

 だから、彼女は自分の手で策を練る。どうってことない。全ては藤原家の受け売りだ。

 どんな相手でも生き残ってみせる(すべ)。直接両親から教わったわけではない。千花自身の洞察力と観察力は、なんだかんだで人よりも優れている。場面を選ぶが。

 

「千花ちゃん。俺は――本気で言ってる」

「分かってますよ」

「分かってない。何も」

「……今日はやけに食い下がりますね」

 

 いつの間にか、話の論点も白銀御行より藤原千花(自分の恋人)の心配にすり替わっていた。

 藤井もベッドに腰を下ろし、彼女の隣につく。大雨の日のような初々しさはすっかり薄まっていた。

 

「よからぬこと企んでるでしょ」

「人をそんな風に言わないでくださいよ。いつ私がそんなことしました?」

「なんでそんな自信満々なの?」

「……」

「痛い。暴力反対」

 

 千花が藤井のふくらはぎを(つね)るという暴挙に出た。すっかり話の腰を折られた感覚になった彼は、小さくため息を吐く。

 彼女だって、かぐやのことを思っているからこその嘘なのだ。それは藤井だって分かっている。彼がいなければ、即刻行動に移していただろう。

 だが、今は彼の家の狭い部屋で二人並んでいる。四宮かぐや奪還どころか、ありきたりな学生の青春を楽しんでいるでないか。そう、これは彼女自身が望んだこと。一般家庭に生まれ、普通の生活を送ってみたかったと、白銀御行に吐露したあの青春。だから――。

 

「かぐやさんは大切なお友達だから」

「うん」

「会長にも助けてもらったんです」

「うん」

「だから私は――」

 

 ふと、彼女の思考回路に一つの疑問が浮かび上がった。

 藤井太郎がいるから、行動に移すのを躊躇(ためら)っているのだろうか、と。先ほど即刻行動に移していたと仮定したのは、どうしてだろうか。ぐるぐる頭を回る疑問。放っておけば偏頭痛の原因になりそうな気持ち悪さがある。

 それでも、考えるのをやめなかった。やめられなかった。だってこれは、自身の恋人をもう一段階知るきっかけになると、彼女の直感がそう言ったから。

 

 日本を代表する二大財閥の()()。下手に手出しをすれば、間違いなく自身の身内にも影響を及ぼす。影響というのは、限りなく「悪」に近い方で。その身内には――友人や恋人も含まれるだろう。

 それだけで、千花が抗争に首を突っ込む理由がなくなる。生徒会の友人たち、テーブルゲーム部の仲間、そして――誰よりも大切な恋人。彼らを巻き込む必要性が全くない。

 だが、今回の事態はそんな簡単ではなかった。四宮かぐやと白銀御行。この二人は、間違いなく藤原千花にとっても大きな人物。彼女の人生観に少なからず影響を与えた人間である。

 身内を巻き込みたくない思いと、二人を助けたい感情。天秤にかけても、結果は見えている。

 

「――どうすれば良いんでしょう」

 

 それは、疑問となって出てきた。

 結論は出なかった。あれだけ助けたいと思っていながら、藤井太郎という存在が思考回路に登場したせいで、自分の適切な行動が把握できなくなってしまったのだ。

 この感情は、藤井に初めて告白された時に似ていた。全身の血管を言葉が通っていく感じがして、最終的に彼にぶつけるべきフレーズを見失ってしまった時のあの感覚に。

 

 だが、彼女が思っている以上に藤井太郎は冷静だった。ふくらはぎの上に置いていた拳に、彼の手のひらが覆い被さる。すごく温かった。

 

「別に何もしないでとは言ってないよ」

「え……?」

 

 彼としては、やむを得ずだった。その証拠に声のトーンは低いし、手は少し震えている。

 

「恥ずかしい話、秀知院のみんなと違って行動に移せることがないんだ。みんなが何を考えているかも想像できない」

「そんなことは……」

 

 藤井の独白。それはまさに真実そのものであった。

 千花たちと違い、そもそも財閥の抗争なんて縁遠い存在でしかなかったわけで。財界や政界にコネがあるわけでもない。こういうときの立ち回り方を学んだことがあるわけでもない。仮に彼が計画に参画したところで、藤井太郎はこの一件において、完全に足手まといでしかないのだ。

 彼は「恥ずかしい」と前置いたが、千花の父親がこの場にいたら褒めていたであろう。「出来ないと言い切れる勇気」を。

 

「俺に出来るのはその……千花ちゃんの帰りを待つだけ」

「太郎くん……」

「俺は絶対ここにいるから。だから……」

「うん……」

 

 藤原千花の思考回路がまとまっていく。彼は居てくれる。ここに。どんなことがあっても。

 やがて顔が藤井の胸に埋まる。嗅ぎ慣れた柔軟剤の香りが鼻を抜ける。このまま眠りについてしまいたくなる。彼もまた彼女の髪に顔を埋める。二度と離すもんかと言わんばかりの力で、千花を抱きしめる。

 

 程なくして、秀知院学院生徒会による「四宮かぐや奪還作戦」が決行されることになる。

 藤井は自宅で彼女の帰りを待つことに決めた。しかし――。

 

 あの藤原千花を奪いきった彼である。

 恋人のピンチに駆けつけないほど――腐ってはいなかった。

 

 

 

 





 漫画見返したら書きたくなっちゃいました。


~新たに高評価してくださった皆さま(敬称略)~

melhen、あのてゃん、Veronica422、アバランスミス、しののん@100%、のら猫?、日向ネジ、みっちゃん0428、Yakultttt、鶏胸肉は至高、くりとし

 本当にありがとうございました。
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