鬼が鬼を殺す話。鬼に大切な人を殺され、復讐に走る鬼がかまぼこ隊に出会い鬼殺隊に入る。那田蜘蛛山後~無限列車前。

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最弱にして最悪の血鬼術

「鬼舞辻無惨っ!!」

 

 あまりにも突然だった。鬼は自ら呪いの名を叫び、口から巨大な腕を生やして頭を握り潰した。

 

 

 

 数時間前、鬼殺の剣士、竈門炭治郎(かまどたんじろう)我妻善逸(あがつまぜんいつ)嘴平伊之助(はしびらいのすけ)の三人は沈黙する山を登っていた。

 赫灼の目と髪を持つ少年、炭治郎は、余りの悪臭に顔をしかめる。

 

「う゛……酷い匂いだ……」

 

 山を登るにつれて鬼特有の腐った匂いが強くなる。人を喰らう程濃くなるその匂いは鬼の強さに比例し、優れた嗅覚を持つ炭治郎の鼻は既に利かなくなっていた。

 未だ眠り続ける鬼の妹、襧豆子(ねずこ)を蟲柱、胡蝶しのぶに預けてきてよかったと炭治郎は心を撫で下ろす。

 この強い悪臭は前回の任務を思い出す。前向きな性格の炭治郎でも前回の任務では多くの隊員を失い気が滅入った。今回の任務では、そんなことが無いようにと強い思いを持って臨んでいるが、トラウマを抱えたままの情けない姿を妹に見せるには長男の矜持が許さなかった。

 吐き気を催す悪臭に、炭治郎は鬼の実力を想像しより一層気を引き締めた。

 

「駄目だ炭治郎ォオオ!! 俺は今日の任務で今度こそ死ぬ!! この山も那田蜘蛛山(なたぐもやま)みたいにヤバイ音がするんだよォオオオオオ!!  帰りたいよお!! 襧豆子ちゃんをまだお嫁さんにもらってないよ炭治郎!!」

 

 黄色い布を適当に切ったような頭をした少年、善逸は、炭治郎の脚にしがみつき泣き喚く。彼が醜態をさらして泣き叫ぶことは毎度の事であるため特別慰めたりはしないが、前回の任務である那田蜘蛛山では、下弦の伍率いる鬼と対戦し勝利した実力者である。彼がいるといないのでは戦力が激しく変化する。

 理由はわからないが、善逸は自己評価が低い。自分を認められず、実力を認めらず、自信が持てない。

 そんな善逸を炭治郎は見捨てず、どうすれば前向きになるのか頭を悩ませた。

 自分だったらと考え、家族から誉められるだけで自信がつき力が湧くことを思い出す。

 炭治郎は弟妹によくやっていたように、善逸の頭をゆっくりと撫でながら話しかけた。

 

「善逸、襧豆子の婚姻は襧豆子が決めることだから俺は善逸を推さない。それに俺たちは前より強くなったからきっと大丈夫だ。必ず三人で生きて帰ろう!」

「え!? 何それどういう意味?! ねえ?! 推さないって俺だから薦めないっていうのと誰も薦めないっていうのとどっちの意味で言ったのねえ炭治郎?! 後きっと大丈夫って何?! 俺はきっとなんていう不確かなものは嫌なの!! 絶対がいいの!!  ねえ!!」

「おい弱味噌!! この先にあの蜘蛛ん時みてぇな強ぇ鬼がいるんだな?!  俺が勝ったら俺様がこの山の王になるってことだよな!!」

「知らねぇよバカヤロー!! 全集中の呼吸の『常中』が使えるようになっても今回の鬼に通用するのかわかんねえじゃねえかよ!!」

「一人で突っ走ったらだめだぞ伊之助」

「うるせええ紋次郎っ!!」

「伊之助、何度も言うが俺は紋次郎じゃなくて炭治郎だ」

「ねえ!! 俺の話聴いて!!」

 

 先に山を駆け始めた伊之助を追い、炭治郎も後に続いて走り出す。一人その場にぽつんと置いてけぼりにされた善逸は、泣き叫びながら二人の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 山の頂にある一本松の根元に男が座っていた。男は見えぬ侵入者に舌を舐めずり術を念じた。

 

 血鬼術──飛刹千里(ひせつせんり)

 

 空中にシャボン玉の様な丸い浮遊物がいくつも出現し、それぞれぐしゃりと潰れて石の塊に変わる。

 男がそれらを手で払うと、礫は目にも映らぬ速さで侵入者の元へ飛んで行った。

 

 

 

 

 

 ──なにか、やばい音がやってくる。それも大量に……。

 

「……どうした善逸?」

 

 木々を抉りながら何かが弾丸の様に飛んでくる音を善逸は誰よりも早く察知した。

 

「炭治郎!! 伊之助!! 何かが飛んでくるってギャァァアアアアアアアア゛ア゛!!」

 

 言い切る前に高速で飛んできた礫の嵐に、善逸は叫び声を上げる。

 炭治郎と伊之助は瞬時に茂みへ身を隠し、礫が飛んでくる方向に意識を向けた。

 善逸は逃げ遅れながらも良すぎる聴覚と身のこなしで礫を躱し続けていたが、不運にも落ち葉に足元をとられ、額に礫が直撃する。白目を向き、そのまま重力に従い善逸はドサリと倒れた。

 

「善逸っ!!」

 

 炭治郎は善逸を木の根元に移動させようと走り出すが、それを阻止するかのように礫が集中砲火する。

 

 ──シィイイイイイイイイ

 人は命の危機に瀕した時、防衛本能から本来の力を発揮する。

 

 雷の呼吸──壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)

 水の呼吸──陸ノ型 ねじれ渦

 

 善逸と炭治郎は同時に技を繰り出していた。気絶していた善逸は、そばにある木を切り倒して礫を遮り、炭治郎が残りの飛弾を巻き上げ霧散する。

 だが、これにより炭治郎達の位置を完全に把握した鬼は、間髪入れずに第二波第三波の弾丸を放ち始めた。

 場所を変えようと各々が違う方向へ走り出しても飛弾の数は一向に減らない。

 炭治郎は足に力を入れ、弾丸の嵐の中を突っ走る。

 

 水の呼吸──玖ノ型 水流飛沫(すいりゅうしぶき)(らん)

 

 このまま受け流し続けてもだめだ。技を放つ鬼を見つけないとやられる。

 飛んでくる礫の嵐を炭治郎は縦横無尽に避けながら伊之助に叫んだ。

 

「伊之助っ! 鬼の居場所を探ってくれ!!」

「俺に指図すんじゃねえ、紋八郎!!」

「頼む! 伊之助!!」

 

 (けだもの)の呼吸──伍ノ牙 狂い裂き

 

 小さく数の多い攻撃に、悪態を吐きながら目の前の弾丸を撃ち落とす。

 炭治郎と善逸は、迫る弾丸を斬り落とし、背後にいる伊之助を守るために五感を研ぎ澄ませた。

 現在の伊之助では、空間を把握している間は極度の集中力を要するため無防備な状態となる。それは範囲が広くなるほどその時間は長くなる。その間、二人は伊之助を守りきらなければならなかった。

 鼻の奥まで粘りつく悪臭に、炭治郎の嗅覚は麻痺していた。鬼の匂いが強すぎて血鬼術の匂いがわからない。匂いに頼っていたら絶対に術を取り零す。

 炭治郎は嗅覚に頼ることを辞め、闘志を練り上げて集団を見据えた。

 絶対に、伊之助を守る。

 伊之助は二振りの刀を地面に突き刺し、両手を広げて片膝ついた。

 伊之助もまた、仲間を信じなければならなかった。山で猪に育てられた伊之助には、これまで人間の仲間など存在しなかった。強者が弱者を従える。従属関係無しに、共に行動し共闘することに理解などできなかった。

 だが、今ならなんとなくわかる。

 目の前には二人が盾となって自分を守っている。この二人を囮にして鬼のところへ突っ走ったりはしない。

 期待に応えたい、という今までには無かった思いが伊之助に芽生え始めていた。

 クソ鬼!! さっさと出てこいや!! 

 

 獣の呼吸──漆ノ型 空間識覚(くうかんしきかく)

 

 自然に溶け込むように、伊之助は静寂な空気を纏う。肌に伝わる空気の流れから触手の様に空間を識別し、モノの居場所を把握していく。

 木や葉、岩の感覚ばかりが伝わり、もっと先へ先へと攻撃が来る方角へ識覚を広げていく。

 くそ遠いところから攻撃しやがって。

 その間も炭治郎と善逸が伊之助に降りかかる弾丸の嵐を撃ち落とす。

 ゾワリッ、と伊之助の肌が泡立った。鬼が近い。木々を抜け、山頂に辿り着き、野原に出る。その中央には大木があり、その根元に、鬼が居た。

 ──見つけたぞ! 鬼!! 

 

「権八朗!! 先のてっぺんだ!!」

「わかった伊之助っ!!」

 

 一人走り出す炭治郎に「おう!」と応えかけたところで、炭治郎の空気に侵食されていたことに気づく。

 くっそ!! 流されてんじゃねえ!! 

 むしゃくしゃする衝動を発散するために、伊之助は近くにいた善逸を乱暴に呼ぶ。

「おいクソ黄色いの!!」刃を返し、交差する。「飛べっ!!」交差せた刃の上に善逸が着地し、体重をかける。

 

 獣の呼吸──参ノ牙 喰い裂き

 

「オリャァアアアアアッ!! クソガァアアアアア!!」

 

 ドンッ──!! 

 

 伊之助の腕力、善逸の跳躍力により力が増幅され、善逸は空高く飛び上がった。

 木を超え、森を見下ろし、鬼の音がする方角へ大砲の如く飛んでいく。

 善逸は山頂にある大樹から鬼の音を聞いた。刀を振り、体勢を変え、音に向かって直下する。

 

 雷の呼吸──壱ノ型 霹靂一閃

 

 瞬間、青白い巨大な稲光が大樹に落ちた。

 轟音と共に落雷したそれは、地を揺るがせ、大樹をへし折った。

 

 

 

 

 

「俺の山を荒らしやがってよお。お気に入りの木が折れたじゃねえかよお」

 

 上空にあった人間の気配に、鬼は上からの攻撃を予想していたが一本松をへし折られる程の威力までは想像していなかった。

 土埃が晴れ、襲撃者を見る。金髪で、土をかぶった、少年だった。鬼は未成熟ながらも鍛えられた少年の身体に残念な声を出す。

 

「鬼狩はいつもいつも不味そうな奴らなんだよなあ。柔らかい女の肉が喰いてえっての」

 

 鬼が見定めている間も善逸は前傾の姿勢を崩さなかった。脚に力を籠め、息を吐き、集中力を高め続ける。

 

「雷の呼吸──壱ノ型……」

 

 ──あれが来る。

 鬼は松を斬った技を想像し、血鬼術──飛刹千里を念じる。

 夜空を埋め尽くすほどのシャボン玉が出現し、ぎゅっと押しつぶされて礫に変わる。

 鬼は考えることが苦手だった。相手がどう出れば自分がどう対処すればいいのか、駆け引きは面倒くさくて苦手を超えて嫌いであった。そんな鬼だからこそ、出した答えはシンプルだった。

 技を出す前に殺りゃあいい! 

 鬼は礫をガトリング砲の様に乱撃し、電光石火の如く縦横無尽に駆け回る善逸を的にする。

 善逸は加速し、鬼を間合いに入れ、鞘から刀を発射するが頚を斬ることはなかった。

 鬼は一閃と同時に後ろに飛び毛先を斬る。今まで対峙したどの鬼よりも目の前の鬼はよく動いた。

 鬼は礫を放ち、体術を仕掛け、善逸を追いかける。善逸が立ち止まり、壱ノ型の姿勢に入る度に死角から礫の嵐を降らす。

 善逸と鬼の一進一退の攻防が続いていた。

 だがその均衡は、時間の経過と共に崩れていった。鬼は善逸の速さに慣れはじめていた。礫は次第に善逸の肉を裂き、急所を撃ち、動きを鈍らせる。

 この開けた地形もまた、善逸にとっては不利だった。一か所のみ開けた樹木の無い原野では、身を隠すことも跳躍の足場にすることもできない。那田蜘蛛山のような六連は望めない。反動の無い霹靂一閃では、礫の雨を相殺できても打ち負かすことはできない。

 ──爺ちゃん……。心の中で育手こと剣の師匠である爺ちゃんに助けを求めるが、爺ちゃんは何も言わなかった。

 動きが鈍くなってもしぶとく走り続ける善逸に鬼は舌打ちした。ちまちまと一方向から撃ち続けても当たらないことにようやく気付いた鬼は、善逸を的にすることを辞め、善逸の周りの空間を潰すことに考えを改める。

 

「死角なしの穴だらけにしてやるよ!!」

 

 血鬼術──飛刹千里

 血鬼術──(しき) 即是(そくぜ) (くう)

 

 いくつもの小さなシャボン玉が善逸の周りを囲んだ後、直径3 m程の大きなシャボン玉が善逸とそれらを呑み込む。

 善逸は即座に大きなシャボン玉を斬り裂こうとするが、内側からは膜が伸びるだけで斬れることはなかった。その間にも小さなシャボン玉は礫に変わり、全方向から善逸を狙い定める。

 俺はここを死に場所にはしない。

 狭い空間により、動きまわることはできない。むやみやたらに刀を振り回しても膜は斬れない。それでも善逸は絶望に嘆くことはなかった。目の前の鬼に、殺される気などさらさらなかった。

 

 ──『諦めるな。お前は一つの事を極めればいい』

 

 縁起悪く、今になって爺ちゃんに言われた言葉が頭に響く。

 シィイイ、と息を吐き前傾姿勢に入る。刀を納め、片足に重心を乗せ、神経を研ぎ澄ます。

 生死を分けた緊張感が漂う中、不思議と頭の中は冷静に反論していた。

 そういうことじゃないんだよ爺ちゃん。俺はもっと具体的にどうしたらいいか説明してほしいわけ。道は自分で切り開けとかいうけれど、誰も素手だけでは道は切り開けないからね。道具が必要なんだよ道具が。その道具も使い方を知ってるか知らないかで切り開く速さと大きさは全然違うからね。つまり俺が爺ちゃんに言いたいことは、どうしたらいのかもっとわかりやすく言ってくれってこと。

 鬼は勝利を確信した。手を払い、至近距離から礫を発射する。

 

「死ね!!」

「雷の呼吸──壱ノ型 霹靂一閃・二連・(かい)

 

 雷鳴と共に暴力的な閃光が走る。

 閃光で目が眩む中、鬼は見た。鬼狩は刀を一閃した後、その勢いを殺さずに回転して遠心力と共に二閃目を放った。二連撃でほとんど全ての礫が撃ち落とされ、残ったものは当たっても致命傷には至っていない。

 鳥肌が立ち、ごくりと唾を飲み込む。次第に口が吊り上がり、心が歓喜に震える。

 膜の中には血に染まった鬼狩が立っている。

 おいおいおいおい、俺が知ってる人間じゃねえぞと目の前に立つ人間の力に興味が湧く。こいつを喰ったらその力が自分に宿り、無惨様にも認められるのではないかと血が騒ぎだす。

 ぎらつく目を隠さずに、唇を舐めた。

 こいつを喰ってもっと強くなりたい。十二鬼月に入りたい。

 

「おい人間、お前はすげえよ。だから俺はお前を喰う。喰われて俺の力になれ」

 

 鬼は展開している血鬼術──色 即是 空に追加して(さん)と念じた。

 

「鬼狩は空気が無いと駄目なんだろ? 空気(それ)、抜いたぜ」

 

 目を見開き、手で口を押さえる善逸を鬼は見つめた。真空状態でも意識を保ち続ける善逸に、何秒耐えられるのか数を数え始めていた。

 

 

 

 

 

「死なれたら目覚めが悪いなあ」

 

 善逸と鬼の戦いを向かいの山から男は眺めていた。

 そいつは木から飛び降り、姿を消した。男が走り去った方向は向かいの山だった。

 

 

 

 

 

「善逸っ!!」

 

 山頂に辿り着いた炭治郎に、礫の鬼雨が襲う。

 名前を叫んでも膜の中の善逸はピクリとも動かない。

 鬼は弱っている善逸を見て至福の時間に想いを馳せ、炭治郎は善逸の危機に心臓を掴まれ喉がヒュッと鳴った。

 あの膜を早く斬らないと善逸が危ない。

 土を踏みしめ、一気に駆ける。弾丸の嵐を払いのけ、掠りながらも善逸の元へ向かう。

 

 水の呼吸──漆ノ型 雫波紋突き

 

「まったく、次から次へと鬼狩はよお。飯の邪魔してんじゃねえよ!」

 

 血鬼術──(くう) 即是(そくぜ) (しき)

 

 鬼の周りに砲丸程度のシャボン玉が出現し、大砲の如く発射する。

 炭治郎が数ある玉の一つを刺突した瞬間、膜が破れ、圧縮されていた大量の空気が一気に放出され見えない鉛に殴打された。咄嗟に腕を交差して急所へのダメージを減らしたが、衝撃により後方へ吹き飛ばされる。

 原野の端へ飛ばされる中、炭治郎は猛スピードで森から突進してくる何かとすれ違った。

 

 獣の呼吸──肆ノ牙 切細裂(きりこまざ)

 

 伊之助の鋭刃な斬撃が全てのシャボン玉を切り裂く。

 山を動かす程の暴力的な風圧と轟音は、空気の爆発によって全てのものを吹き飛ばした。

 

「伊之助っ!! 善逸っ!!」

 

 炭治郎は二人の元へ向かおうとするが、衝撃波に呑み込まれ更に森へ飛ばされる。姿勢を低くし、木の根元にしがみついて二人の名前を叫ぶが、声は風に吹き飛ばされ届くことはない。

 頼みの匂いは暴風により辿れない。どんな些細な変化も見過ごさないように目を凝らし続けるしかない。

 土埃が舞い、風の流れが目に見える。そんな中、一瞬だけ流れが僅かに変化した箇所を炭治郎は見逃さなかった。

 すぐさま姿勢を低くして土を蹴る。視界が悪い中、近づくにつれて巨大な丸いシルエットを目に映す。

 善逸という確証はない。だが、直近の記憶では善逸は巨大な膜に閉じ込められていた。

 逸る気持ちを抑えもせずに炭治郎は刀を抜いた。

 

 水の呼吸──壱ノ型 水面斬り

 

「かっ……!! はぁっ!! ごほっごほっ!!」

 

 横一閃により膜が斬れ、空気と圧力が一気に戻る。真空状態からの急激な空気量と圧力の変化に善逸の体が叫びを上げる。

 

「善逸っ!!」

 

 炭治郎は咽る善逸を抱きかかえ、生きていることにほっと胸を撫でおろした。

 

「あーあ、やってくれやがってよお。鬼狩りはよお、本当によお、くそ五月蠅いなあ!!」

 

 獣の呼吸──捌ノ牙 爆裂猛進(ばくれつもうしん)

 

「ごちゃごちゃうるさいのはテメェの方だ!! 俺はお前を倒して勝つ!!」

 

 何処からともかく現れた伊之助に、鬼は礫の弾丸を浴びせる。

 弾丸は猪突猛進に迫る伊之助に確実に当たっている。肉を裂き、弾が体に埋まり激痛が走るはずなのに、勢いを殺すことなく突進してくる伊之助の狂気に鬼はわずかな焦りを抱いた。

 ──人間のくせに!! 

 空高く跳躍し、鬼は伊之助から距離を取る。

 

「てめぇ!! 逃げんじゃねえ!!」

「逃げてねえよ半獣が!!」

 

 血鬼術──色 即是 空 ・闊大(かつだい)

 

 念じると共に、原野を覆いつくす程の巨大な膜が三人を呑み込む。

 

「てめぇら苦しんで弾けろっ!! ──(さん)!!」

 

 鬼が叫んだ瞬間、膜内の空気が急激に消失した。1秒、2秒と時間が経つにつれて空気は更に薄くなっていく。

 真空状態の下、人間は通常15秒で気絶し、3分で内臓が弾け始める。

 鬼は自信に満ちた顔で伊之助を見下した。経験上、この技を使うと人間は苦しみながら死ぬことを鬼は知っている。鬼の頭の中では、伊之助は地べたに這いつくばり身体の至るところが弾けていた。

 伊之助は刀を構えて声を上げるが、それは音となって伝わることはなかった。

 だがその殺気を鬼はしかと受け止めて嘲笑った。

 絶望的な状況の中、伊之助と鬼の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 ──何かが近づいてくる。

 

 男は山頂に辿り着いた。息は乱れておらず、顔も涼しい。普通ならば、向かいの山の山頂へはどんなに急いで走っても数分で辿り着くことはない。

 だが男は辿り着いた。それは、男が普通でないことの証明だった。

 膜の中にいる炭治郎に向かって男は手を振った。

 

「やや、少年。随分危ない状況だねえ」

「あなたは……」

 

 極わずかな空気から、炭治郎はスンッと鼻を効かせて男を見る。人じゃない。でも鬼と言いきる程ひどい匂いはしない。

 男からは、以前出会った人を喰べない鬼、珠世(たまよ)愈史郎(ゆしろう)に近い匂いがした。

 

「鬼、ですね。でも人を喰べた匂いがしない」

 

 炭治郎の言葉に鬼は驚いたように目を丸くし、トントンと自身の鼻を指して笑いかけた。その仕草は、炭治郎の鼻の良さを予め知っていたかの様にどこか演技めいていた。

 

「君は鼻が良いんだねえ」

「少年でも君でもなく俺の名前は竈門炭治郎です」

 

 炭治郎の警戒心が一気に引き上げられ、鬼はくつくつと笑う。

 目の前の少年が、透明な尻尾と毛を逆立てた犬猫のように見えた。匂いで安心させてもどうやら尻尾を踏んでしまったらしい。頭を撫でようと手を近づけた瞬間に唸られたような気分になる。

 鬼は肩をすくめて訂正し、伊之助が戦っている鬼を指した。

 

「なあ、炭治郎君。私と組んであの鬼を殺さないか。私は君達に手を出さないし、あの鬼を殺したい。利害は一致するはずだ」

 

 スンッと、炭治郎は鬼から漂う匂いをもう一度嗅いだ。鬼からは嘘の匂いはしない。本気で言っているのだと信用できる。

 鬼が鬼を殺す。目の前の鬼が「鬼を殺す」と言った瞬間、咽る程の憎しみと悲しみの匂いがした。珠世たちのように、炭治郎には計り知れない思いが彼にもあるのだと察する。

 

「早くこの状況を何とかしないと、特にその黄色い子は危ないよ。早く呼吸を整えさせてやらないとどうなる事やら……」

 

 のらりくらりと鬼は話すが、その声音は否を言わせないものがあった。

 ──この人を信じよう。

 不利な戦況、善逸の安静、判断を迫られたというのもある。だがそれ以上に、目の前にいる鬼からは優しい匂いがした。

 

「わかりました。あなたを信じます」

「そうこないとな」

 

 炭治郎の力強い眼差しに答えるように、鬼はニヤリと笑った。

 鬼の指示により、炭治郎は善逸を血鬼術が張られている端まで運んだ。鬼曰く、この術は中心から空気が抜けていくらしい。特に範囲が広い場合は、端に近づくほど空気の抜けが遅く、少しの間だけならば善逸の呼吸の負担を減らすことができるとのことだった。

 炭治郎は善逸を寝かせ、苦しむ顔が和らぐのを確認した。炭治郎の体も酸素を循環させようと早く動いていた鼓動がほんの少しだけ緩やかになる。

 

「まあ、そうは言っても猶予はないけどな。ほら、君も一旦ここでこのうっすい空気をたらふく吸っときな。その後あの鬼を私にできるだけ近づけてくれ」

「それだけでいいんですか?」

「そう、たったそれだけで良いんだよ。私は今さらこの膜の中には入れないからね」

 

 鬼は膜をつんつんと指でつつき、挑発的に善逸、炭治郎、伊之助を見た。

 

「たったそれだけで、みんな助かる。ほら、頑張れよ」

「はい!」

「いい返事だ」

 

 炭治郎と鬼はそれぞれ走り出した。

 

 

 

 

 

 空気鬼はなおもドームの中の空気を吸引し続け、礫と大砲を乱射する。彼と血鬼術は、真空状態においてもその影響を受けていない。

 伊之助の体は限界だった。息を吸っても空気を取り込むことはできず、体内に取り込んだ酸素は底をついている。身体は酸素を供給する優先順位をつけて不要な供給を縮小していた。

 苦しいという思いは既に越えており、生理的な涙が出る。

 空気を大量に消費する全集中の呼吸はもうできない。思考もできない。視界も霞んで何も見えない。辛うじて、肌を掠める直前に伝わる感覚から血鬼術を避けることだけはできている。

 今、伊之助を生かしているのは、剣技でも精神力でも呼吸でもなく、幼き頃から山で研ぎ澄まされた本能だけだった。

 何も考えずに本能の赴くまま戦い続けていると、いつの間にか自分の中にいた獰猛な獣と目が合った。

 そいつは牙を見せて暴れ足りないだろ? と言う。

 そうだ、俺は暴れたいんだ。

 そう思った時にはもう止められなかった。

 伊之助の体から狂気が漏れ出すのを駆ける炭治郎は気がついた。

 いつも以上に荒々しく、獰猛な動きは獣そのものに見え、得体の知れない何かに伊之助が呑み込まれていく恐怖を感じた。

 空気鬼はとどめを刺すように血鬼術──空 即是 色を念じ、空気砲を乱射する。

 

「伊之助!! 端へ行け!! まだ空気がある!! 伊之助ェ!!」

「いや違う!! 猪っ!! そのままそいつに突っ込めっ!!」

 

 声の主は膜の外にいた。その声はなぜか伊之助の頭に直接響いた。

 

 獣の呼吸──肆ノ牙 切細裂き

 

「ウオラアアアアアアアア!!」指示する声に本能が従い、空気鬼に向かって切り裂く。瞬間、強烈な爆発と共に大量の空気が押し寄せ伊之助の体が歓喜に沸いた。

 日照りが続く干ばつした地に、突如鬼雨(きう)が降り注いで土地が貪欲にその水を飲むように、枯れ果てた伊之助の体は発生した空気を貪り体中に酸素を行き渡らせた。

 

 水の呼吸──捌ノ型 滝壺(たきつぼ)

 獣の呼吸──伍ノ牙 狂い裂き

 

 炭治郎は地面を撃ち大量の流砂を鬼に浴びせ、伊之助は四方八方から斬撃を放つ。

 空気砲により生み出された空気、抉られた土砂、斬撃、空気を引き続ける吸引力それら全ての力が相乗し測り知れない程の力が鬼に向かう。

 ──やべえぞ!! これくらったら暫く体が修復できねえ!! 

 鬼は大きく跳躍し、膜の端に着地した。迫る衝撃を相殺しようと血鬼術を念じ始めた瞬間、ゾクリと得体の知れない何かに心臓を掴まれ、恐怖に支配される。

 

「あ゛あ゛……、はッ……」

 

 鬼は胸を掴み、苦しさに視線が下がる。地面には、雷模様の光り輝く羅盤が浮かんでいる。

 光を目にしているはずなのに、無理やり頭を掴まれて、奈落の底を見せられていた。

 身体が震える中、鬼は後ろの正面を見た。羅盤の中心にいる存在を目にし、ゾッとした。そいつは膜を隔てた向かいからこの上ない笑みを浮かべていた。

 

 血鬼術──腹話術

 

「鬼舞辻無惨っ!!」

 

 空気鬼は自分の意志に反して鬼舞辻の名を口にした。

 やめろ、止めてくれ。俺が言ったんじゃない。そう叫ぼうとしても既に言葉を発することはできず、口から巨大な腕が出現していた。

 涙が出る。こんな死に方あんまりだ。そんな思いは反映されず、否応なしに鬼舞辻の細胞(巨大な手)によってぐしゃりと頭を握り潰された。

 俺じゃない、助けてください……。消えゆく間際、そう願っても誰も助けに来ない。

 涙で視界が滲む中、黄色い鬼狩が目に入った。お前は助けに来る仲間がいるんだな……。そう思った時には顔の半分は消えていた。

 いてもいなくても変わらない存在。思えば昔からそんな空気のような存在だった気がする。

 忘れ果てた記憶が蘇り、鬼は涙に溢れた。

 

 

 

 

 

 空気鬼が握り潰された瞬間、血鬼術が解けて空気と気圧が押し寄せる。突然の変化に体は対応しきれず、肉体が軋み咳と涙に見舞われる。

 それとは別に、炭治郎は先程の光景が頭に何度も繰り返されていた。体が心臓に変わる程バクバクと鼓動を鳴らしている。

 鬼が自ら鬼舞辻の名を口にした。鬼舞辻の情報を漏らすと死ぬ呪いが刻まれているのにだ。

 鬼舞辻の血を注入された人間は鬼となり、呪いを受ける。陽の光を浴びることができなくなる呪いと、鬼舞辻の情報を漏洩すると殺される呪いだ。後者は鬼舞辻に掛けられた呪いであり、情報を漏らすと体内にある鬼舞辻の細胞が異常に増殖して宿主の体を破壊する。全ての鬼がこの呪いに縛られており、例外は珠世と愈史郎、襧豆子の三人だけである。その三人でさえ、鬼舞辻も含めて日光の呪いは解けていない。

 それ故に、鬼舞辻の呪いが解けていない鬼は細胞に刻み込まれたその恐怖から鬼舞辻に逆らうことも名前を口にすることもない。

 炭治郎は目の前にいる鬼を見た。彼の足元には先程まで光っていた模様は無い。

 あれが、この人の血鬼術。この人があの鬼を殺ったんだ。

 なぜだか胸がざわつき、手を握りしめる。空気鬼が消える瞬間、とても悲しい匂いに溢れた。あんな、強制的に自殺させる方法をとらなくても良かったじゃないか。

 鬼の死に方に納得ができず、どうしようもない思いが湧き上がる。

 鬼は紙巻きたばこを咥え、燐寸(マッチ)を灯して煙草に点けた。燐寸を燃やす残り火を鬼は無情にも空気鬼の衣服へ落とした。

 揺らめく灯りを見つめる瞳は、火による浄化の弔いには見えない程笑っていた。

 ──何で、笑っていられるんだ。

 やるせなさが止まらない。我慢できない思いに、炭治郎は乱暴な足取りで鬼の元へ向かった。

 距離が近づくにつれ、鬼と目が合う。鬼は吸っていた煙草を火の中に投げ入れ煙を吐いた。その行為もまた、炭治郎には死んだ者を侮辱しているように見えて苛立ちが募った。

 

「そういうの、よくないです」

「? 何が?」

「無理やり自殺させるようなことも、着物を燃やすのも、煙草を投げ入れるのもです。その人の存在を侮辱するような行為はやめてください」

 

 鬼は何を言ってるんだこいつはと目を丸くする。

「正気か?」と投げかけ「あたりまえだ」と返す炭治郎を値踏みし、鬼は自嘲気味に嗤う。鬼に情けをかける人間に出会うのは久しぶりだった。

 炭治郎はぶわりと、鬼から何か懐かしむような、懇願するようなそんな悲しい匂いを嗅ぎとった。

 そんな匂いとは相反して、鬼は下賤な笑みを浮かべて炭治郎を詰る。

 

「君は面白いことを言うねえ。私達は人間じゃなくて鬼だ。鬼殺隊(君達)は人を喰った鬼の最期は悲惨であれば悲惨である程喜ぶもんだろ? 君達は(私達)が憎い、殺したい程にね。だから君は鬼殺隊に入って剣士になった。なら、君達にとって鬼の死に方とか、尊厳とか(むご)い方が嬉しんじゃないのかい。どうせ殺すんだしな。その方が一瞬でも心は晴れるだろ?」

「ちがうっ! そんなことない!! そんなこと、あるはずないだろ!!」

 

 炭治郎の叫びに鬼は吹き出す。笑いは止まらず、次第に腹を抱えて大きくなる。ひいひいと呼吸を乱し、目に溜まる涙を指で拭いながら鬼は呟いた。自分に言い聞かせるように、だが次第に炭治郎に言い聞かせるように声は大きくなっていく。

 

「勘違いも甚だしいな……。君は本当に面白い子だ。同情、とかして良いのかい? 君は仲間に申し訳ないと思わないのかい。隊の中には君と違って私達に地獄の業火に焼かれて悶え苦しみ、後悔の念に溺れて死ねと思う者が多いだろうに」

「確かに、そう思っている人もいると思います。でも俺はっ! 俺にとっては、鬼も人も関係ないんです」

「関係あるさ。……君は隊の中で浮いてそうだねえ」

 

 意志の強い目が鬼を射抜く。多くの人間は、目の前の少年の様に強くも優しくもない。己の特殊な想いを少数派とは知らずに信じて突き進むあまり、周りの人を傷つけているに違いない。

 炭治郎は尚も声を張り上げ、前を見据え、己の考えを口にする。

 

「あなた方が人から鬼へ変わろうと、その人たちが生きた証を誰も踏みにじっちゃいけない! 良いはずがないんだっ!!」

 

 ──踏みにじられるべきなんだ。そうして感情の捌け口を見つけて人は人らしく保てる。人と鬼の心の中を覗いてみるべきなんだ。胸を切り開き、そいつの心の闇を覗き見て、足下にある自分の価値観を叩き割られて落ちればいい。

 それでも、鬼は炭治郎が放った言葉にここ数十年の地獄が報われた気がした。

 凛とした、芯のある声に鬼は心の中にある毒気が抜かれていく。この子といっしょにいれば、腐敗し汚泥となった自身が清水へと変われるような気がした。

 だがそれは望んではならない。何十年も怒り狂う炎を宿し続けた自身が、今さら変わることを許さない。

「ありがとう」と鬼は眉を下げた。鬼は炭治郎に一歩近づき、手を差し出した。にこりと笑った笑顔の下には、鬼の中の醜い塊が炭治郎の優しさを利用して鬼殺隊に取り入る算段を立てている。

 

「そう言ってくれる人の子を私は探していた。なあ、私と一緒に鬼舞辻無惨を殺そう」

 

 炭治郎は差し出された手を見た。

 瞬間、ドサリと音がし、鬼の手が地に落ちた。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 炭治郎は地面に落ちていく鬼の手から目が離せなかった。ドサリ、という音に我に返り、辺りを見渡す。

 少し離れたところに、伊之助と善逸がいた。伊之助は刀を手にして暴れ、腰にしがみつく善逸を鬱陶しそうに蹴落としている。

 鬼は炭治郎に手を差し出した直後、伊之助の殺気を感知して瞬時に手首を斬り落とし距離を取った。手には稲妻が走る短刀を握っている。

 何でこんなことになっているだ。何で鬼が日輪刀を持っているんだ。炭治郎は困惑しながらも視覚と嗅覚から事象を整理していく。

 

「てんめぇ!!  逃げんじゃねえ! 鬼が刀もってんじゃねえ!!」

「鬼に金棒は必要でしょーよ」

 

 鬼の声は間延びしていたが、冷たい怒りを滲ませていた。

 くるくると片手で短刀を投げながらも警戒の色は消えていない。斬った鬼の手首からは、既に新しい手が生えていた。

 炭治郎はこのまま鬼と別かれるのは嫌だった。どうしても誤解を解きたかった。

 この人は気配に敏感で、とても寂しい人だ。

 自分から手を組もうと言ったにもかかわらず、殺気を感知した瞬間、手首を切り落として逃げる時間を稼いだ。それをする程度には、人を信用していない。心に深さがあるならば、人に好まれる人柄を表層に敷き詰め、深層は何も信じていない。そんな悲しさを纏っていた。

 それでもこの人の『鬼を倒したい』という思いは嘘じゃない。なら、俺たちと違うことは何もない。

 炭治郎は意を決し、鬼を見て、伊之助と善逸を見た。

 

「炭治郎ごめんよおお!! 伊之助を止められなかったよぉおおお!! 大事そうな話してたのにごめんよぉおお!」

 

 情けない善逸の声に炭治郎は安心する。善逸の体を気遣う声をかけながら、炭治郎は二人に手を振った。

 

「大丈夫だ善逸!! それと伊之助、この人は斬っちゃ駄目だ!! これからはこの人も一緒に鬼を倒しに行く!!」

「ああ゛? ならどっちが上か俺と勝負しろ!! そんでテメェは俺の新しい子分だ!!」

「はあぁあああああ?!! お前ら何勝手なこと言っちゃってんだよおおおおお!! どういうことなんだよ炭治郎説明して!!」

 

 炭治郎と伊之助の自由な発言に善逸は耳を塞ぎ、善逸の情けない叫びに鬼は耳を塞いだ。

 

 

 

 

 

「炭治郎ォオ!! お前何言っちゃてんだよおおおお!! ふざけんなよおぉおおお!!」

 

 いつになく汚い声を上げながら、善逸は鬼を指さした。鬼が仲間になるのが気にくわないのではない、整った顔の雄を周りに増やしたくないという妬みである。色男爆発しろっ! そう叫び続ける善逸を炭治郎は宥めるが、的はずれな慰めをするだけで善逸の卑屈な心は回復することはなく、むしろ荒んでいった。

 伊之助は鬼を追いかけまわし、何度も一方的な決闘を申し込んでは躱され続けている。

 

「善逸、お願いだから落ち着いてくれ」

「落ち着けるわけないだろうがよぉおおおお!! 色男爆発しろよぉおお!!」

「大丈夫だ善逸! 外観の美醜で人は爆発しない。鬼は首を斬らないかぎり爆発しても死なないから大丈夫だ。善逸、あの人はいい鬼なんだ。あの人からは人を喰った匂いがしない。善逸ならわかるはずだ!!」

「ふざけるのも体外にしろよだんじろ゛ぉおおおおお!!」

 

 善逸はポコポコと炭治郎を殴りながら噛み合わない互いの主張に激怒する。

 頑として自分の主張を譲らない炭治郎に、善逸は腹を立てながらも僅かに残る年上の余裕で炭治郎の言い分を聞く。

 炭治郎の言うことが外れてますようにっ!! 心の中でそう願う程度には荒んでいた。

 鬼の方向に耳を傾け、伊之助に追いかけ回されている鬼の音を聴く。直後、善逸は顔を盛大に歪めて炭治郎を見た。

 認めたくないという思いが匂いだけでなく表情からも読み取れる。

 

「……くっっっそ認めたくないけど、襧豆子ちゃんみたいな音がする。くっっっっそ認めたくないけどな」

「どんだけ認めたくないんだよ、少年」

 

 鬼は炭治郎を盾にして素早く身を隠し伊之助を防ぐ。それでも執拗に追いかけてくる伊之助に、鬼は善逸を投げつけてつかの間の休息をとった。

「まあ、座んなさいな」地面をポンポンと叩いて炭治郎に座るよう促し、鬼は袖から饅頭を取り出して口に入れる。

 

「饅頭はうまいなあ」

「饅頭が好きなんですね。俺もです」

「饅頭が好きというより、人間が作るモノがうまい。それでも無性に人間を喰いたくなる時がある。肉が喰いたい時はもっぱら動物で、他はちょっと多めにその辺の野菜や果物を拝借してる。それでも人間の血肉が恋しくなる時がある」

「えっと……俺が言うのもなんですが、どうしてそうまでして我慢しているんですか?」

「罰だな。自分の欲求を抑えることで自分の変えられない過去を戒めてる」

「そう、ですか。あ、じゃあもしかして麓の村の畑を荒らしていたのはあなただったんですね」

「騒ぎになってんだな。最近ちょっと喰いすぎな気はしてたけど……やっちまったなあ。まあ、うまいからしょうがないか」

 

 おどけた鬼に炭治郎は仄かな嘘の匂いを嗅いだ。全てが嘘ではない、だが事実の中に嘘が混ざっている、そんな微かな臭いの変化を感じたが炭治郎はそれを指摘しなかった。背筋を撫でるようなゾワッとした悪寒を感じなかったこともある。

 悪い嘘じゃないんだろうな。

 そう思いながら、炭治郎は眉を垂らして鬼の話に耳を傾けた。

 

「鬼になりたての頃は、君達がさっきまで戦っていた鬼と変わりはしなかったよ。人を喰いたくて喰いたくて仕方がなかった」

 

 顔を歪めて笑う鬼からは、寂しい匂いがした。どこまでも続く水平線の世界に一人だけ存在し、冷たい風に吹かれ続けている。そんな嗅いだことのない寂しい匂いに炭治郎は眉を下げた。

 

「どうして変わったんですか?」

「──妻がね、変えたんだよ」

 

 瞬間、殺気が肌を刺した。元を辿ると、善逸が恨みのこもった目を向けて蜘蛛のように迫っていた。

 

「ふざけんなよ……。お前、奥さんいるとかマジ羨ましいんだよこの野郎ぉおお!!」

「ブホォオッ!! ……アッハハハハハハハ!!」

 

 鬼は口に含んでいた饅頭を吹き出し善逸に浴びせた。土とあんこに塗れた善逸を拭う炭治郎の姿もまた鬼の笑いを助長させた。

 善逸の苛立つ視線を受けながらも、鬼は腹を抱え、止まらない笑いを必死に止める。

 肩を震わせながらも鬼は息を深く吸い、呼吸を整え、二人の顔を見た。

 

「私を変えたのは、妻なんだよ。元鬼殺隊の妻が、私にはいたんだ」

 

 ゆっくりと柔らかい、大切な人を思う声だった。

 一瞬の静寂が訪れ、鬼は憂いを含んだ笑顔を浮かべた。誰かが気を使う前にこの場を征する一言を発しようと息を吸うが、それは善逸の耳をつんざくような叫び声によって阻止された。

 

「ハァァアアア!!!!!? ふっざけんなよ馬鹿野郎!! 奥さん鬼殺隊かよ!! 絶対壮大な恋物語があるじゃねえかマジ羨ましすぎるんですけどオオオオ!! ハァアアアアアア!!!!」

 

「止めるんだ善逸!! 人の襟を掴むんじゃない!」炭治郎が善逸を止めるが、善逸は鬼の襟を揺さぶり続け、滂沱の涙を流す。

 鬼が善逸に目を丸くしたのは一瞬だけで、転瞬には善逸の悪意のない叫びに目を見開いた。

 この少年は今なんて言った? 羨ましい? 

 混乱する頭とは反対に、心の中を見せまいと雁字搦めに結んでいた紐が緩み始める。

 初めて言われた言葉だった。生きているだけで、人と一緒に居るだけで「死ね」と殺意を向けられてきた。鬼殺隊の人間が、鬼殺隊と鬼の恋に羨ましいと言った。

 鬼は涙の匂いを嗅いだ。次第に目頭が熱くなり、視界が滲む。

 妻の選択は鬼殺隊の恥じゃない。裏切りでもない。選択肢の中の『共に生きる道』を選んだだけだ。

 彼女が生きてる内に彼の言葉を伝えてあげたかった。君の選択は羨望される選択なんだと。

 不意に、妻の声がした。後ろから抱きしめられたように暖かな風が吹いた。

 

 ──鬼殺隊も捨てたもんじゃないでしょ? 時代が変われば人も変わるものよ。随分時間がかかったけど、待ってみるもんよね? 

 

「そうだな」鬼は、目の前の黄色い頭をぐしゃぐしゃに撫でまわして笑った。

 

「羨ましいだろ。私の奥さん、とびきり美人だったからな」

「は……ハァァアアア!!!!!? 聞いてないんですけどおおお!!」

「こら、善逸」

「お礼に私と妻の思い出話をしてあげよう」

「人の惚気とか聞きたくないんですけどぉおおおおおお!!」

「まあまあ、聴けよ。既婚者は実績がある。つまり既婚者の話には相手を惹きつける要素が盛り込まれてるもんでしょーよ」

「え、それ本当?!! 早く言ってよ!!」

 

 必死すぎる善逸に、鬼は笑いながら妻との出会いを語り始めた。

 

 

 

 

 

 炭治郎と善逸は、鬼からもらった饅頭を食べながら彼の話を聴いていた。

 二人の出会いは、山奥で樵として暮らしていた一家に鬼舞辻無惨が襲撃してきたことから始まった。

 鬼は人間だったころの記憶はない。その話は後に妻から聞いた話だった。

 彼女は、鬼が多く出現しているという情報からその地に来ていた。熊の被害、失踪といった様々な情報を確かめて巡回し、鬼を討伐していた。

 ある日、彼女はとある山に入り違和感を覚えた。山があまりにも静かすぎたのだ。動物のみならず、木々でさえも恐怖に怯えている様な沈黙した山に彼女は鬼を悟った。

 必死に山を駆け、家を見つけて足を踏み入れた時、絶望した。あまりにも悲惨な光景だった。一人を除いて人の形を留めておらず、その一人も虫の息だった。

 鬼は炭治郎と善逸を見てほほ笑み、その一人は私だと悟らせる。

 この時、せめて楽に死ねと刀を突き刺していればよかったのだろう。だが彼女は愚かにもその虫の息の人間を手当てした。普通であるならば助かる見込みがないにもかかわらず、彼女は鬼を追うよりも私を優先した。

 不運なことに、私の傷は数刻で治り始めた。そこで彼女は初めて人が鬼になる瞬間を目にした。自責の念も多分にあったのだろう。彼女は私に情が移っていた。

 暴れ出す私の手足を縛り、食人衝動を動物で補い、藤の花を食わせ、長い時間を共にして私に理性を取り戻させた。それによって私の体は変化した。あまり人を喰いたいとは思わなくなったのだ。

 私は彼女と共に過ごしたことで、鬼の本能よりも彼女に興味を持った。故に私は彼女と共に生き、彼女が死なないように手助けをする日々を送るようにした。

 

「で、その後夫婦になったのは良いんだけど、妻は老いる自分の姿を私に見せたくねくてねぇ、出ていったんだよ」

「え!? 出ていったんですか?!」

「計画的にね。追いつけないように夜が明けた直後に出て行った。しかも夏に。日の出日の入りまでの日照時間がもう長くてなあ。山を下りる際も普通の人間がかかったら死ぬ仕掛が山中にしてあってねえ。もう驚いたよ」

 

 目を細めて遠い過去を見る鬼に、炭治郎も修業時代を思い出して遠くを見た。

 やっぱりあれは普通じゃないんだな。

 

「え、どういうこと?! 炭治郎どんな修行してたの?!」

「何年もかけて探し続けて、ようやく見つけ出した。いやぁ、夜しか動けない状態で人探しは骨が折れたよ。いつの間にか鬼殺隊辞めてたしな。向こうは夜に出歩かなければいいだけで、時間が経てば見た目も変わる。見つけた時はかなり年をくってた」

「何!? まさかの無視?!」

「それでも奥さんを見つけ出したんですね! どうやって見つけたんですか?」

「愛だね」

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! 本当そういう惚気とか要らないんで!!」

「年老いて婆さんになってたからは昔ほど俊敏に動けなくなって良かったよ。それでも隙あらば逃げようとするから足の骨でも折ってやろうかと本気で考えた」

「え、やだこいつヤベエ奴じゃん」

「駄目ですよ、お年よりは大事にしないと」

「炭治郎そこじゃない」

「どうでもいいがあの鬼を倒したお前を倒せば俺はここで一番強いやつになる!! おい鬼! 逃げてねえで俺と戦え!!」

 

 野山を駆けまわっていた伊之助が突如現れて鬼に決闘を挑む。炭治郎と善逸が必死に説得するが、鬼は笑って見ているだけだった。

 鬼は賑やかな三人を見て、昔の彼女も仲間達とこんなひと時があったのだろうかと思いに耽る。それと共に、鬼である自分だからこそ仄暗い思いも生まれる。

 鬼がこの世に居たから、鬼殺隊という仲間ができたんだろ。仲間との尊い一時が生まれたんだろ。鬼が居なければ生まれなかった縁だろ。鬼がいたから──。

 誰にも見せない、ドロリとした黒い思いが一滴一滴胸に落ちて染みを作る。

 それでも目を閉じると、亡き妻が語っていたことを思い出す。

 

 ──人は自分以外の他人を必ず求めてしまうんだよ。何もなかったように生きるという選択もある。一人で戦うという選択もある。逃げるという選択もある。だけどね、それは一人で乗り越えなければならないから、時の経過と共に心が巣食われていくんだよ。

 同じ境遇、経験を経た人と接することで共感し影響され思考も変わるだろう。時には反発し、鏡となる人を見て嫌悪するかもしれない。羨望する人に出会うかもしれない。そうやって目まぐるしく変わる環境でふと立ち止まって、一歩を踏み出そうとした時の自分を見た時、その変化に驚く。

 変化を成長ととらえるのかは自分次第だ。その変化を亡き家族や仲間が見てどうとらえるのかはわからない。それは誰にも分らない。ただ言えることは、私は前を向き、己の思う道を信じ、一歩ずつ歩いてきた過去を否定することはない。それは人との出会いによって自身の価値観を何度も作り変え導き出した答えだ。

 私は死ぬ時、必ず私の手で君を殺す。君を一人にはしておけないからね。

 

 鬼は大きくため息を吐いた。そこには音もなく「嘘つき」という言葉が含まれていた。

 鬼の呆れた目が炭治郎達を捉え、善逸の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

 

「それで、奥さんが死に際に『代わりに鬼を退治して』って遺言を残したもんだから、私は鬼舞辻の呪いを解いて、鬼を見かける度に無惨無惨って鬼舞辻の名前を言わせて退治してるんだよ」

「え、なにそれ、あんた強くない?!」

「強かったらとっくに鬼は消えてるだろうが。私の戦い方は奇襲じゃない限り一人では成功しない。この力は戦闘向きの力じゃないしな。世の中そう簡単にはいかねえよ。今の私は向こう(鬼舞辻)に目をつけられて、鬼からも鬼殺隊からもびくびく逃げてる状態だ。おかげで気配を悟るのが誰よりも上手くなった。でももう疲れたし、そろそろ保護してほしいかな。見返りはちゃんとあるから」

 

 鬼は三人に頭を下げて頚を見せる。今ここで刀を抜いて頚に刃を当てることは容易だ。だが三人は刀に手を伸ばさなかった。鬼の肩に手を当て、目線の高さを一緒にしてほほ笑むだけだった。

 炭治郎は太陽の笑みを浮かべて鬼の手を今度こそ握った。

 

「助けになってくれる人が一人いるんです。俺の妹も鬼で、今その人が見ていてくれています。あなたも居られるように俺達が一緒に頼んでみます」

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 三人と共に鬼は山を下りていた。彼らの話はとても面白く、鬼も話に加わりながら頭の片隅でこれからの身の振り方を算段する。

 炭治郎君は助けになってくれる人がいると言っていたが、基本的に鬼殺隊(奴ら)は鬼殺隊と書いて『鬼殺したい』である。鬼である私の話なんて聞かないし、信用もしないだろう。会った瞬間に斬りかかってこなければ上々である。

 隣を歩く三人が特殊な感性を持っているだけで、他とは違うのだと自分に言い聞かせる。期待はするな。どんなに渇望したところで望みなんてそう簡単に手に入らない。

 鬼は、過去の話において彼等には話していない事があった。鬼は妻と共に暮らしていた時に血鬼術を使用できたわけではなく、妻を喰わなかったわけでもない。妻を失ってから今の力が使えるようになり、妻を喰ってから鬼を自滅させることができるようになったのだ。

 鬼の能力は全て妻が引き金になっていた。それ故に血鬼術は妻からの贈り物であり、この力を使っている時だけ妻を感じることができる。

 鬼は未だ過去へと整理しきれていない妻との記憶の海へ飛び込んだ。

 

 妻の死に方は最悪だった。病気でも老衰でもなく、戦闘狂の鬼と戦って死んだ。それも一方的に嬲り殺された。

 駆けつけた時には既に遅く、手足はちぎれ、体中の骨は折られ、内臓はそこら辺に散っていた。

 突如、自分が立っている地面に穴が開き、底の無い闇へ落ちたような喪失を受けた。

 

 若い時に比べて、老婆となった妻と私の生活は変わった。

 日が暮れると妻は微睡みだし、長い時間起きていることができなくなっていた。それは老化の性であり、人間の仕組みである以上仕方がなかった。

 私達はひっそりと山奥で暮らしていた。日中、私は屋内で内職し、日が暮れて妻が寝た後、山へ水を汲み、動物や山菜を狩って翌朝妻が調理していた。

 そんな生活を何十年と続け、これからも続くものだと思っていた。

 だが、その習慣が仇となった。夜中、私が家から離れている間に妻は殺された。

 月がきれいな夜だった。いつも通り寝床についた妻を見届けた後、私は狩りに出た。

 山は静かだが、獣たちが活動する普段通りの山だった。

 だが突如、圧倒的な恐怖が山を支配した。化け物のような何かが山に入ってきたのだ。そいつとの距離は姿も見えない程遠く離れているのに、絶対に勝てないと断言できる程の強者だった。

 あまりの力量差に警笛が鳴り響き、頭が割れる。

 獣達が驚くような速さでそいつは山を登り、開いていた距離が一気に縮まる。身体は次第に震え、本能が侵入者の答えを導きだす。

 ──鬼。それも十二鬼月の上弦だ。

 駄目だ、戦えない。

 ガタガタと震える身体に愕然とする。冷や汗が大量に出て、指一本動かすこともできない。

 どうして動かないんだ。婆さんに逃げろと早く伝えないといけないのに。

 それでも体は動かなかった。呼吸は乱れ、貫かれてもいないのに心臓を掴む。暫くの間その場で震え続け、風に乗った血の匂いにハッと気がついた。

 妻が、危ない。

 それまで頑として動かなかった体が壊れそうになる程速く動いた。

 最短距離を駆け、木を薙ぎ倒し、岩を踏みしめる。手と足の爪が何度も剥がれては再生していたが痛みなど感じなかった。

 家に近づくにつれ血の匂いが濃くなる。次第に耳が音を捉え、妻と鬼の戦いを理解する。

 

「婆さん!! 生きてるかっ!!」

 

 庭に辿り着いた時、立っていたのは幾何学的な入れ墨を入れた鬼だった。そいつの視線の先には、血だらけになった妻と思わしき人が倒れていた。強く刀を握っていた腕は体に繋がっていない。昆虫の様に手足をむしり取られ、腹は裂かれ、内臓も出ていた。

 妻は既に死んでいた。見るも無残な死に様だった。

 

「婆さん、だと……?!」

 

 向かいの鬼が呟いた。

 そうだよ私の妻だよ。

 心の奥底から目覚めたことのない獣が目を覚ます。

 妻の体を抱き上げ、家の奥へ寝かせる。

 

「……後は、任せてくれ」

 

 未だ握りしめる彼女の刀を奪い取り、雷が走る刃を鬼に向ける。

 嘗て私を襲ってきた鬼殺隊の気持ちを今になってようやく納得した。

 そうだな。理不尽だよな。許せねえよな。

 全身をかき乱す業火は、大切な人を痛めつけた目の前にいる奴を、その種族を根絶やしにしないと鎮火しない。お前等の頚を斬り裂いてやると復讐の炎が燃え上がる。

 私は刀を構えた。喧嘩した時、彼女が繰り出す型を私はそのまま模倣した。

 

「お前を!! 殺す!!」

 

 入れ墨だらけの鬼は舌打ちし、汚物を見るような目を向けた。

 

「俺は弱い奴が大嫌いだ。血鬼術も使えぬ弱者のお前は生きる価値もない。虫唾が走る」

 

 だから何だという話だ。

 だが、私は敵わなかった。そいつに血鬼術を使わせることもなく何度も嬲られ、素手で体を貫かれ、手足を捥がれた。

 それでも復讐の炎が弱まることはなく、自身への怒りの炎も燃え上がる。こいつが憎くて憎くて仕方がない。どんなことをしてもこいつを殺さなければ気が済まない。

 

「絶対に、お前を殺すっ!!」

 

 全ての憎しみを絞り出した瞬間、心の中を巣食う獣が体を乗っ取ったかのように力がみなぎる。

 使ったことがないにもかかわらず、口が、身体が使い方を知っている。

 

 血鬼術──腹話術

 

 目がカッと見開き、意識だけが相手の中に入り込む。人形師の様に相手の体を操るというよりは、相手の体も自分になったような感覚だった。自分が二人。私は私。お前も私。

 現に私自身の体は意識を持って起立しており、私は(こいつ)を見ている。そして逆もまた然りだった。四つの目玉が見ている景色を私という意識に集約する。

 戦闘向きではない力だ。これでは妻が受けた痛みをこいつに返すことができない。

 だが、落胆はしても失望することはなかった。

 こいつ(自分)よりも圧倒的弱者に敗北する屈辱を与える方法を思いついたからだ。

 息を吸い、口が三日月に吊り上がる。

 呪いがある限り、口に出してはならないあの方の名前を叫ぶ。

 瞬間、ゾクリと体の背筋が凍り、大罪を犯したような恐怖が体中を駆け巡る。

 

 ──お前ごときが私の名を口に出すなッ。

 

 手足が冷え、体中から汗が吹き出し震えが止まらない。足に力が入らず、地面に体が叩きつけられる。

 バタンッと二つの音がした。次に二体分の痛みと恐怖が意識を襲う。

 あまりの恐怖に叫んでいた。胸に手を当て、心を手放さないように強く掴む。そうしなければ精神が壊れ、二度と自分の体に戻れない気がした。

 恐怖に耐え、意識が朦朧とする。それに比例して術が弱まり、こいつ(体の主)が私を追い出した。

 私は弱かった。精神も、肉体も、能力も、考えも弱く甘かった。

 

 術式展開──破壊殺(はかいさつ)羅針(らしん)

 

 その後のそいつの行動は早かった。

 

 破壊殺・滅式(めっしき)

 

 未だ恐怖に震え横たわる体を蹴り上げ、抜き手を放つ。

 あまりの衝撃に、体は森へ飛ばされた。木をいくつも薙ぎ倒し、ボロ布の様に手足がちぎれていく。ようやく止まった時には腹に風穴を空け、手足はなく、首はねじれていた。

 そいつはゆっくりと歩きながら、ボロ布と化した私の手足を回収していく。最後に頭を掴み、太陽に灼かれるよう開けた場所へ投げ捨てた。

 

「お前みたいな役に立たない弱い奴が最も嫌いだ。二度と俺の前に現れるな蛆虫が。惨めに灼かれて死ね」

 

 鬼の顔は見えなかったが、そいつの声は酷く憎しみが込められていた。

 月と星が輝いていた空は流れ、ゆっくりと白み始める。

 仇の鬼の姿はもうない。

 朝日が近い。ここで死ぬのか。ならせめて彼女の元へ行きたい。

 死に方を模索し目を瞑ると、瞼の裏に彼女が立っていた。鬼殺隊にいた時の、最も生に輝いていた頃の彼女だった。

 

 ──駄目だよ。『泣いていい。逃げてもいい。でも、諦めるのは駄目だ』うちの一門の訓戒だよ。見つけることができてないだけで、まだやれることはある。惨めでも、しぶとく足掻きなさい。

 

 瞳を開けると涙が伝う。君の居ない、この地獄の世界で生き続けろという彼女に苛立ちと悔しさが押し寄せる。

 だが心とは反対に体は生への執着が強かった。手が這い、時間を掛けて脚を運び胴体に繋げる。その間も捥がれた四肢は急速な細胞分裂を続け、ゆっくりと元の姿に戻っていく。それでも完全な再生には時間がかかる。

 じきに山から太陽が顔を出す。それまでには間に合わない。

 鬼は脚を再生させて日陰へ逃げることを辞めた。その代わり、鬼は吹っ飛ばされた時に薙ぎ倒した木の下へ逃げ込んだ。片手で地面を掘り、身体を埋め、未だ繋がっていないもう片腕で枝葉をかき集めて木と地面の隙間を埋める。

 そうして鬼は、木漏れ日に灼かれながらも半日かけて体を再生させ、眠りについた。

 

 

 

 

 

 目覚めても光は無かった。暗く、肉が焼けた匂いが満ちており目の前には木の幹がある。

 なぜここに、と思うと同時に昨夜の記憶が濁流となって押し寄せる。

 枝葉と土を乱暴に取り払って這い出ると、家へ一目散に駆けた。どんなに速く足を動かしても、溺れた人間が酸素を得ようと藻掻いて余計に沈んでいくのと同じように、鬼の足は絡まり焦燥を煽った。

 家に入り妻を見る。もしかしたらという期待があった。あの光景は血鬼術であり彼女ではなかった、鬼になって生き延びてくれた、など彼女の死を受け入れている自分とそうでない自分が拮抗していた。

 だが、そんな願望は実現しなかった。彼の妻は死んだままだった。鬼はそこでようやく自分の弱さに打ちのめされ、打ちひしがれた。

 弱さは罪だ。弱者は強者の機嫌をとって初めて生かされる。

 弱かったから助けに行くことができなかった。弱かったから彼女の尊厳を守れなかった。弱いから、彼女がまだ生きてると期待した。

 鬼は妻を抱いて涙した。体温の無い、硬直する体に涙が止まらない。

 布団の上で死を迎えてさせてあげられず、死に際の言葉を聞いてあげることもできなかった。

 

「すまない……。痛かったな。怖かったな。頑張ったな。こんな最後で、申し訳ない……」

 

 ぽたりと、妻の顔に雫が落ちる。このままずっと、一緒に居られると信じていた。

 ──独りにしないでくれ。

 手向けの花の代わりに、声を拾うこともできない妻に言葉を供える。

 鬼の声は、先程の弱弱しさとは違い、意志のある仄暗い声だった。

 

「君は独りで土の中とかどうなんだい。埋められたことがないからわからないって? そりゃそうか。私はね、君を探してた時はよく土の中に潜ってたよ。朝日が迫るまで君を追いかけてたからね。君は知らないだろうけど、私を置いて姿をくらませたことはまだ許してないし、時折不安になるんだ。だから……、君は怒るだろうけど……私はもう君を離さないよ」

 

 鬼は妻を強く抱きしめ、最後の言葉を添えた。

 

「──愛してる(いただきます)

 

 心の底から手を合わせて、鬼は肉を口にした。

 私に喰われて共に生きよう。そうすればどこへ行っても私と君は一緒だから──。

 

 

 

 

 

 闇の中に立つ妻は刀を抜いていた。私はなぜか動くことも声を出すこともできず、石造のように立っていた。彼女は刀を何度も振り、私の周りにまとわりつく見えない何かを斬っていった。

 彼女が何かを斬る度に、指先、手足、胴体、頭と全身を自由に動かせることができ、石造だった私に自由が与えられる。

 彼女は最後に大きく刀を振り、強い何かを斬った。

 その瞬間、無惨様が姿を現した。地獄の業火で怒りを煮詰めた顔をしているにもかかわらず、なぜか恐怖に襲われなかった。

 

「無惨……様?」

 

 私の問いかけに無惨様はさらに怒り狂う。

 

「解いたなッ!! 珠世に続きよって!!」

 

 何で怒っていらっしゃるのかわからなかった。ただ、隣にいる妻は始終ケタケタと嗤っていた。

 次第に無惨様の声と姿が遠くなり、最後は何もない闇が広がった。

 

「もう、自由だよ」

 

 その言葉を最後に、私は目を覚ました。

 

 

 

 

 

 薬の匂いが染みついた木造家屋の一室に鬼はいた。部屋は薄暗い。窓はなく、四方は襖で囲まれている。升の中に入ったみたいだと鬼は思いながらも視覚、聴覚、嗅覚、直感を研ぎ澄ませ警戒する。自分を殺しに来る組織の拠点の一つに居るため気を抜くことはない。

 鬼は襖を見た。襖の向こう側にあるものを感じ取り、忌々しく思う。

 案内された部屋は木漏れ日が入らないようにきっちりと襖が閉められた部屋だが、襖を開けると容赦なく部屋に日差しが射し込むように計算されていた。

 鬼は目の前に座る華奢な少女を見た。口角を上げ、目を緩めて笑っているが瞳の奥には研ぎ澄ました刃を構えている。

 怜悧な少女だな、と感想を抱いた。いつでも殺せるように太陽の位置から部屋の向き、日射しの角度まで計算されている。それも家にいる他の人間に気取られないようにだ。

 鬼は少女の鏡となった。にっこりと笑みを浮かべ、人当たりがよさそうな雰囲気を出す。

 鬼を連れて帰った三人はしのぶに激怒された。予め善逸の雀に文を渡したが、受け取った時刻と四人の到着時刻はさほど変わらなかった。

 しのぶは荒ぶる気持ちを落ち着かせ、対応を考える時間を確保することができなかった。唯一できたことは、表情を取り繕っただけである。

 故に帰ってきた三人はしのぶを見た瞬間、顔を青くさせ、経緯を再度報告した。善逸に至っては肩を震わせ、涙を滝の如く流しながらみっともなく叫んだ。

 鬼はしのぶと対面し、目を伏せた。炭治郎()の紹介だからこそ話が分かる人だと無意識に期待していた。鬼に手をさし伸ばす特殊な人間はやはりあの三人だけだったのだと認識を改める。

 人の気持ちは伝播する。鬼はしのぶから発せられる憎悪を察した。しのぶは対話する気など無い。炭治郎たち三人が連れてきたという付加価値がついた鬼を今は斬らずにいるだけである。目の前に座る鬼の首を落としたいという衝動を抑えている様が伝わってくる。

 

「そういうわけで、私を保護してくれると助かるんだけどねえ」

 

 鬼はしのぶの眼をひたと見据えた。困ったような笑みだが、鬼のそれは演技だとしのぶは看破している。

 

「信用できませんね。今まで逃げていたあなたがなぜ今さら鬼殺隊に保護を求めるんです。それに、あんたは本当のことを全て話していません。そんな態度では信用も信頼もありませんよ」

「手厳しいなあ。私は鬼を殺し続けたことで鬼舞辻から大きな恨みを買った。その包囲網が年々厳しくなってきている、わかりやすい話だろ」

「だから保護を求めるのはおかしな話ではない、と。それは本当のことでしょう。ですが、それだけではないでしょう」

 

 しのぶは瞳を細めて鋭利な視線を向けた。心の底から下衆を見るような瞳だった。

 

「──今回、噂を流したのはあなたですね。あの山に鬼殺隊がくるようにあなたが仕向けたんじゃないですか」

 

 鬼は高揚を隠さずに口端を上げた。

 

「へえ、それはまた、どうしてだい?」

「あの鬼と村人たちの関係であれば噂は広がりません。鬼と人が結託していたわけですからね。推測となりますが、鬼の力で村に繁栄をもたらし、その見返りに村の人は(供物)を差し出していたんでしょう。実際にあの村だけは天候に恵まれていましたし、獣による農作物の被害は無かったようです。そんなところの任務にいきなりあなたのような鬼が出てくれば疑うのも当然でしょう」

「まあ、それもありだな」

 

 ──合格、と呟き胡坐に頬杖をつく。肯定も否定もせず、ただ胡散臭く納得するだけの鬼にしのぶの眉がピクリと動いた。

 

「人間の想像力は面白いねえ。君は鬼狩を辞めて物書きにでもなったらどうなんだい。今までの経験から猟奇殺人の物語とか何本でも書けそうだけど?」

 

 茶化す鬼に苛立ちが募るが、安い挑発だと理性が声を上げる。心を落ち着かせ、鬼の目的を考えて優勢に立ち主導権を握れ。そうしなければこいつに利用されるだけだ。

 しのぶは息を吐き、心を落ち着かせた。

 この鬼の本当の目的を炭治郎君たち(あの三人)は言っていた。

 報告された内容から、受け入れたくない三人の見解を思い出す。

 

 ──あの鬼は、人が好きなんだと思います。

 

 眉を垂らして健気に訴える炭治郎の姿が脳裏にちらつく。

 彼らの前ではそうだったのかもしれない。そういう一面もあるのかもしれない。だがそれはこいつの芝居だったのかもしれない。現に、目の前に座るこいつは──狡猾だ。

 目的のために鬼殺隊だけでなく、同族の鬼も利用した得体の知れない鬼に嫌悪感が募る。

 ──姉さん、やっぱり私は鬼が嫌いだわ。こんなにも私利私欲で狡猾な生き物を許すことなんてできない。

 最愛の姉は鬼に殺された。姉だけでなく、両親、継子、仲間も鬼に殺され喰われた。目の前の鬼は擁護を求めているが、姉が描いていた『人と鬼の共生』を求めているようには見えない。

 膝の上に置いていたしのぶの手は、いつしか白くなる程強く握りしめていた。

 

「本当は寂しかったんじゃないんですか。山の動物を喰い尽くし、村の畑を荒らしていたのは鬼殺隊をおびき寄せる為。山の中に喰い殺された動物の死骸が点々とあるのに、畑も荒らされているというのは不自然です。動物による被害ではないとすぐにわかります。そんな奇妙な噂は時間を置かずして広がります。そして──」

 

 しのぶは息を吸い、通る声で鬼をひたと見据えた。

 

「そんな不可解な噂を聞きつければ、鬼殺隊は直ぐに向かいます。あなたはそれを待っていたんです」

 

 ──そんな自分勝手な理由で人を巻き込みやがって。

 

「鬼殺隊をおびき出して、此処に来てあなたは何を企んでるんです?」

 

 怒りからか、喉の奥が乾き口調が強くなる。燻り続ける怒りを落ち着けるために、しのぶはとびきりの笑顔を繕った。

 その笑顔を見て、鬼はくすりと笑う。人の神経を逆なでするような計算された笑みに、しのぶの心にザラザラとした不快感が駆け登る。

 

「人は他人を求めてやまない」

「……意味を図りかねます」

「名言さ。だから私はここに来たという話」

「会話をする気があります? それとも一人の時間が長かったがために意思の疎通が困難になっているんでしょうか? いるんですよね、自身の長々しい考えを一言に凝縮して相手に汲み取ってもらおうという傲慢な考えの方が」

「ほぅ、それは大変だねえ。すぐにその人に教えてあげるべきだよ」

「あなたもそれに当てはまると言ってるんです」

「私は、君の気持ちが手に取るようにわかるよ? 君は存外、思いが外に漏れやすい。だからこそ私は冷静になれる。目の前に殺気立って怒っている人が居ると妙に落ち着くものさ」

 

 薄っぺらいことを言っているはずなのに、独特な声と話し方で言葉が脳を震わす。

 鬼はしのぶの真似をするように、とびきりの笑顔を浮かべて話し出した。

 

「君達は私を利用すればいい。その代わり、私が殺されないように護ること。分かりやすい仕組みだろ。君は鬼を殺す薬を開発しているらしいね。私という検体は魅力的に思わないかい? 君にこの体をいつでも差し出そう。他にも、私が知っている限りの鬼の情報も提示できる」

 

 どうだい? という鬼に、しのぶは初めて苦虫を嚙み潰したような顔を見せた。

 鬼は自分の価値を理解していた。この屋敷に来る道中も三人との会話の中でしのぶの情報を探り、自分の価値を吊り上げる種を拾っていた。

 薬の研究はそこら辺の鬼を狩りながらでも進めることはできる。だが、その際に薬の情報が他の鬼に伝達される。目の前に座る鬼にはその心配はない。無惨に情報を伝えることなく研究に打ち込め、尚且つ鬼の情報も得ることができる。

 目の前にいる鬼の代わりなど居るはずがなかった。

 

「……わかりました。ですが、あなたをまだ信用することはできません。なので、炭治郎君たちの次の任務にあなたも行ってもらいます。その任務には柱も同行します」

「もちろん。存分に私を見定めるといい。ただ、混乱に乗じて殺処分はやめていただきたいけどねえ」

 

 しのぶの眉がピクリと動いた。意趣返しが成功し鬼はにっこりと笑う。

 

「最後に一つだけ、あなたの目的は何なんですか」

「さっきも言っただろ。私は独りに飽き、人を求めてしまったのさ」

 

 寂しそうに言った鬼をしのぶは理解できなかった。

 

 

 

 

 

 熱を上げる黒くて大きな生き物に、伊之助は武者震いし、鬼は目を見開いた。

 

「な、な、な何だあの生き物はー!!」

「長いこと生きているけれど、私もこんなでかい奴を初めて見たよ……」

 

 伊之助と共に鬼は腕を広げ、善逸と炭治郎を汽車から遠ざける。

 

「いや汽車だよ、知らねぇのかよ」

 

 低い温度で善逸が事実を告げるが、未知の物体に熱を上げる二人にはその声は届いていない。善逸と炭治郎が汽車の話をしている間、伊之助と鬼は汽車へ奇襲の算段をしていた。

 

「いくぞ鬼野郎ォオオ」

「おお!!」

 

 善逸と炭治郎がその声に気がついた時には既に遅く「猪突猛進!!」と停留所の離れたところから伊之助が風を切る速さで汽車に突進していた。

 

「血鬼術──」

「二人ともやめろ恥ずかしい!!」

 

 騒ぐ四人に人目が集まりだし、更に注目を浴びる。事件に発展しそうな勢いに善逸が必死に火を消すが効果はない。

 追い打ちをかけるように、四人は鉄道職員から笛を吹かれ善逸の心臓が跳ね上がる。

「げっ!!」と汚い声を上げた時には腰に下げていた刀も見つかり、警官を呼べという声を拾っていた。

 善逸は三人を見た。だが三人ともこの状況を理解していない顔をしていた。

 ──やばっ、やばいやばいやばいやばい!! 

 このままじゃ捕まる。そう思った時には体が勝手に三人を掴み走り出していた。

 

 全速力で鉄道職員を撒いた後、四人は汽車が動き出す定刻まで身を隠していた。発車の時間が迫るにつれ、停車場に居た人は汽車の中へ入っていく。

 善逸は大きな目をキョロキョロと動かせながら、職員と警官に見つからないように伊之助と鬼に説教した。

 

「お前ら二人のおかげで酷い目に合ったぞ!! 謝れ!! あーやーまーれぇえええ!!」

「はあ!?」

「いやあ、すまん。あの生き物を汽車と言うんだね」

「生き物じゃねぇし!!」

「大体、なんで警官から逃げなきゃなんねぇんだよ」

「政府公認の組織じゃないからな、俺たち鬼殺隊は。堂々と刀持って歩けないんだよホントは。鬼がどうのこうの言っても却々(なかなか)信じてもらえんし、混乱するだろ」

「本当、そうだよねえ」

「お前が言うんかいっ!」

「人は悲しみに暮れた時、助けてくれた人を英雄と見る。逆に言えば、そういう立場にならない限り信じなかったものの存在を認めない」

「そんな、一生懸命頑張ってるのに……」

 

 炭治郎の悲しそうな声と共に汽車が警笛を鳴らし動き出す。

 焦った四人は警官の目を気にしながら急いで汽車に飛び乗った。

 速い速度で走りながら揺れる汽車に伊之助は目を輝かせ、炭治郎と善逸は、炭治郎が背負う桐箱の中で眠る襧豆子について話し出す。

 鬼は二人の会話を盗み聞きながら手すりにもたれて星を見た。三人に気づかれないように、鬼は屋根の上の存在に目を細めた。

 

 


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