アルトリウス・ウェルシュ・オックスフォードという『存在』は、この世界にとって『光』である。これは疑いようのない事実。ただ、これは人類の味方である、という事では決してない。命を冒涜するものであれば、彼は人間であろうと敵対するであろうし、静かに生きているものであればアンデッド……死んでいるし、理性的であればだけど、と友になる。眩き理想を体現し、正道を歩み続ける高潔な騎士――…まさに『光』である。
ギシリ、と空間が軋むような音が響いてくるが、私は気にする事無く手記に書き込みを続ける。少なくとも、今この時は手記に考えていた事を書き込む事の方が重要だ。私と同じテーブルに座っている他の三人……アダマンタイト級の神官戦士と、魔法詠唱者。そしてそんな二人に一歩も引かないオリハルコン級の魔法詠唱者の相手をするよりも、こっちの方が大切だから。
さて、個人の主観として成長限界の超克について書けば、かつての自分が不可能だと思っていた所にまで居る事に疑いはない。その中で感じるのは彼に対する思い。日に日に膨らむばかりのそれが、その超克の原動力になっているのだろう――欲しいとは思わない。隣に立ちたいとも、自分を捧げたいとも思わない。ただ私は彼に憧れ、その後ろを歩み続けたいだけ。その光に殉じたいだけ。
おそらく、私の性質は『憧憬』という言葉が一番しっくりくると思う。
初めはその強さに。
次にその在り方に。
最後に彼自身に憧れて、私は望んでその光に焼かれ堕ちた。
その歩みに果てはない。彼が生き続け、歩み続ける限り、私はその後を歩こう。彼が見た物を、感じた事を、聞いた物を、森羅万象を書き連ねよう。それをするに差し当たって、寿命の問題は解決しなければいけない。出来れば彼の様に人のままである事が望ましいけれど、それは叶う事は無いと考えるべきだ。帝国の主席宮廷魔術師であるフールーダ・パラダインはその秘術で自身の寿命を延ばしたが、それでも緩やかに老いていっている。人である限り、それこそオックスの様に規格外の者でもない限り、寿命は絶対的な概念として存在し続ける。
故にそれを変える為には、人と言う種族から逸脱する必要がある。正直に言えば、これについてアテは全くない……わけではない。魔導王という存在が、ほんの僅かな光明を齎してくれたからだ。オックスが言う事を信じるのならば、魔導王は自身が作り上げた拠点と、その配下と共にこの大陸に転移してきた。
「想像もつかない」
ぽつり、と独り言を呟いてから、私は手帳を閉じる。超常の存在である彼の魔導王が望むであろう物なんて、私には想像もつかない。アンデッドだから人間の考える代償ではない可能性もある。三つの視線がこちらを見たが、私は気にせず考察を続ける。
一旦寿命の話は置いておき、性質の話をするとしよう。
光に焼かれた者が持つ『性質』。それは彼に対してどんな思いを抱いているか、だと考えられる。このテーブルに何故か集まった三人に私は既視感を感じ、多分相手も同じだろうと様子を観察すれば、見事に化物揃いだ。神官戦士……ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは第五位階の信仰系魔法を使いこなし、更には剣の力量もあるので、彼に一番近いタイプである。そんな彼女から感じる性質は『独占』と言った所か。出来るかどうかはさて置き、競争相手を蹴落とす事には躊躇いが無さそうだが、協力関係なら決定的に衝突するその時までは協力してくれるだろうという性格はしてそう。
アインドラの隣に座るのは、彼女がリーダーを務める『蒼の薔薇』の魔法詠唱者であるイビルアイ。正直目を疑ったが、《看破の魔眼》と名付けられた私のタレントである眼で見たら
そして、そのイビルアイの対面に座るオリハルコン級の魔法詠唱者だ。噂だけは聞いていた、
ものの見事に厄介な性質ばかりの三人ではあるが、苦労するのはオックスなので私はどうでもいい。私を巻き込まない修羅場なら、色々と書く事も増えて助かる。
「そろそろ、良いかしら?」
私の対面に座っているアインドラが、私を見ながら尋ねた。何も良くないし、三人の目当てであろうオックスは未だに帰ってこない。
「何?」
「貴女が、アルトリウス様に同行している魔法詠唱者で間違いないわね?」
「そっちの言う『アルトリウス様』が、私の知っている『アルトリウス』で間違いないなら、そうなる」
事実だけを述べれば、私を見る目付きが険しくなった。そもそもアルトリウスという名前は意外と有り触れている。『
「落ち着けラキュース。こいつの言っている事はただの事実で、確認だ。あの名前に被りが多いのは、お前もよく知っているだろう?」
「……えぇ、そうね。本当に忌々しい」
神官戦士がそんな大っぴらに殺意を振りまいて良いのだろうか? という疑問を言う気はない。自分でややこしくする気は毛頭ないし、流石にちょっと背筋が寒くなったので、これ以上標的にされるのも面白くない。
「……それで、私が目的の人物であったとして、何の用?」
「貴女があの方にどうやって取り入ったのか」
「何言ってるんだこいつ」
もしかして、私と彼がそういう仲だとでも思っているのだろうか? 男女二人で旅をしていれば、そう勘繰られる事があるのはわかる。
しかし、オックスからそう言う視線を受けた事は一切ない。何なら私の裸も見た事あるが、苦笑いを浮かべて『淑女として恥じらいは持った方がいいよ』と優しく諭してくるくらいだ。地味に傷ついたが、彼の話によれば六百年以上生きていれば性欲も擦り切れるらしい。肉体的には大丈夫らしいけど、心がついていかないのだと。後は皆、お爺ちゃんとひ孫以上に年が離れているから、そう言う対象にはなり得ないらしい。最初の百年以降、自分からそう言う事をする事は無かったと言っていた。
「別に取り入ったという事はない。彼に付いていく条件を出されて、クリアしただけ」
「その条件とは?」
「私の条件がそうだったというだけ。貴女達に当てはまるかどうかは知らない」
私の言葉に三人からの圧が強くなった。木で出来た分厚い天板のテーブルが悲鳴を上げるくらいに魔力を高めないで欲しい。正直に言ってるのにどうして……というか、本当にオックスが遅い。
「待たせたかい? アルシェ」
「……見ての通り」
そう思っていれば、いきなり声がかかった。彼の声を聞いた瞬間に圧が霧散して、それを発していた三人が声の方向を見る。場所はアインドラの真後ろで、さっきまで消えていたかのように認識できなかったオックスがそこに居る。いきなり現れるのは、彼の数少ない悪癖の一つだ。騎士のはずなのに暗殺者顔負けの隠密で、私も何度か驚かされた。
「いつから?」
「本当についさっきさ。それで、彼女達は?」
オックスが、彼の突然の登場に固まっている三人を見渡す。
「……見事に知っている顔ばかりだね」
「なら収拾をお願いする。さっきまで絡まれてた」
「絡まれていた?」
「い、いいいいえ、絡んでいたというか! 貴方様のお話をお聞きしたかっただけで!」
ガタン! と勢いよく立ち上がって弁明するのはアインドラだ。その言葉に仮面の魔法詠唱者がうんうんと頷き、もう一人は反応せずに穴が開くほど彼の顔を見ている。おい、さっきの私への態度と違いすぎるぞ。
「私の話など、聞いても面白くないと思うけどね。それとベイロン嬢、私の顔に何か付いているかい?」
「……忘れられていると思ってました」
そう呟いて、オリハルコン級冒険者のニニャが涙を零す。と言うかベイロン『嬢』って……あぁ、だから男装して髪も短いのか。
にしても、厄介な相手が焼かれた……いや、違うか。厄介な相手
そんな事を考えていれば、彼に宥められているニニャに二人が物凄い視線を向けていた。バレてないと思ってるみたいだけど、オックスはバッチリわかっている。その上でニニャの方を優先し、視線を遮る防波堤の役目もしているのだから流石の王子様と言った所か。
何より怖いのは、この状況でオックスの感情が一切乱れてないという事。
六百年も女泣かせてきたのかと、この場で聞きたい衝動に私は駆られるのだった。
◇
その日の夜。
「やぁ、よく来たねアインズ」
「まったく……急に『海に出る』と《伝言》を送って来たから何事かと思ったぞ」
しょうじき しんぞうが とまるかと おもった
「ん? その娘は?」
「同行者だよ。条件をクリアしたら連れて行くと約束してね」
「条件?」
「『精霊術の書』は覚えているかい?」
「あぁ。エレメンタリストへの転職アイテムだったな」
「それを彼女は独力で解読してエレメンタリストを得たんだ。才能限界を突破してね」
魔導王が私を見て、その視線の冷たさで意識に戻る。正直戻りたくなかったけど、このアンデッドを目の前にして放心したのに生きているという事は、彼は争う為に来たわけで無いという事はわかった。
というか、《転移》してきたようで何もない所から突然、魔導王は現れた。私はオックスに呼ばれて部屋に入った直後の事で、心の準備が何も出来ていない。下手をすればそのまま死んでいたかもしれないのだけど……という視線でオックスを見るが、彼は肩を竦めるだけだった。
「娘、名前は?」
紡がれた言葉の中に敵意は一切ない。ただ、その身体から溢れる、隠しきれない圧力が全身に圧し掛かってくるようで、まともに声を出すのに手間取った。
「あ、ある……アルシェ、です」
「アインズ、僕の同行者を怖がらせないでくれないか?」
「そう言ってもな……今可能な限りスキルは切ってるんだぞ?」
「だ、だ、だいじょうぶ、です……」
がちがちと歯が震えて鳴ってしまう事を止められないまま、私はそれだけを話す。こうして間近で見て、魔導王という存在が人の手では決して、倒し得ない存在であると認識させられる。そんな存在と軽口を叩きあっているオックスはやはり、人であっても人智を超えた存在だ。
「《上位精神防御》」
オックスの詠唱で私の身体を光が包み、震えが止まる。
「精神防御を施した。これで幾分かマシなはずだよ」
「……来る前に掛けてほしかった」
「掛ける暇が無かったからね」
「あー、すまないが続きを聞いて良いだろうか?」
どこか所在なさげに頬(の骨)を掻く魔導王の仕草が、とても人間味溢れている事に驚きながら、私は頷いた。
「このバカから課題として出された『精霊術の書』を読み解いたとの事だが」
「……二年以上かかったけど」
「その時に成長限界だった、というのは?」
「……その頃、新しい魔法が覚えられなかった。魔力が増えた感覚も無いから、限界かもしれないと言われた」
「ふむ……」
その後も何度か魔導王から質問されて、私はそれに答えた。それから少しだけ考え込んだ後、魔導王が虚空へと手を入れて探るような仕草を取った後、その手に握られた何かを投げ渡された。
私の手の中に納まったのは黒い、銅貨なんかよりは一回り小さい……種?
「……アインズ?」
これが何なのか知っているのだろうオックスの声に、厳しいものが混じった。
「ただの思い付きだ。受けるか否かは彼女に判断してもらう」
『さて、アルシェ嬢』と、魔導王が近くの椅子に座って私を見た。その眼孔の中に赤い炎のような揺らめきがあり、魔法を使われる前の私なら逃げ出していただろう圧がある。
「今渡した物は、『堕落の種子』という種族を変える事が出来るアイテムだ」
「……は?」
「簡単に言えば、それを使えば今の人間種から異形種の『
魔導王の説明は、私にとっての福音と言えた。
どうやら、彼らの言う『成長限界』に達した人間に対して、通常であればこの種類のアイテムは効果を発揮しないらしい。しかし、私は本来効果を発揮しなかったはずのアイテムを使って、一度はその効果を得ている。ならば次は違う種類のアイテムでどうなるか、実験をしたいのだと。
別に失敗しても問題なく、成功すれば定期的に経過を見せてほしいとの事だけど、その程度の代償ならハッキリ言って問題ない。むしろ破格過ぎて何かしら裏を疑うレベルだ。
「あんまりな事をすればこいつと戦う事になる。それは私の望む所ではないのでね」
「僕も、君があんまりな事を言えば、拳骨を落とすくらいはするつもりだったよ」
「お前の拳骨は威力だけでスキルを突破してくるからな……」
大袈裟に身震いする魔導王の態度に、こちらを騙そうとする意図は見受けられない。本当に『ついでに』という感じで、私が受ければ良いし、受けなくても良いと思ってる。
「……もし、使って、効果が無かったら?」
「別にそれはそれで、私が知るアイテムの効果通りになったというだけだ。それが証明されるだけでお前に責を問うわけでもない。無駄に出来るアイテムではないが、無駄にならないように実験するだけの数はある。お前が気にする必要はない」
こんな好条件は今後あり得ないだろう。保留しても、魔導王の気が変われば取り上げられる可能性だってある。
「ちなみに天使関係のは無かったのかい?」
「うちの属性を考えろ」
「……それもそうだね」
何か話しているが、私の耳には届かない。千載一遇のチャンスであり、もし効果を発揮しなかった場合は別の方法を探らないといけないが、それが分かるだけ私にも利益があると判断した。
「……使い、ます。使わせてください」
「う、うむ。と言っても特別な儀式をするわけではないがね」
可能性の種を握りしめ、私は深々と頭を下げる。魔導王が困惑したような声を出したのは気のせいだろう。もしくは、魔導王の友だというオックスの前で私が頭を下げたものだから、それで少し困惑したのかもしれない。
……そうだとするなら、魔導王はアンデッドとして規格外という事になる。その強さもそうだけど、非常に理知的である点が他のアンデッドとは一線を画する。エルダーリッチ等も話をする事は可能とされているけど、ここまで話をしてくれるという事は聞いた事が無い。
「ならば、種子を胸に当てよ。そして、念じるがよい」
言われた通りに、私は種子を服の中に入れて素肌に触れるようにして胸に当てる。念じると言ってもどうすればいいのか……
(キミは、堕ちる事を望むの?)
声が聞こえた。魔導王のものではなく、オックスのものでも無い声。種が私に語り掛けているのだろう。なら、答えは決まっていた。
(堕ちなければ、届かないものがある)
(――なるほど、こっちの彼も随分罪作りなんだね。いいよ。その
私の答えに『声』が応えて、ミキリと種が私の胸に根付く音を聞いて、私の意識は闇に堕ちていく。
あいんずさま「頭を下げた時の圧がですね、迫ってくるアルベドくらいの感じでした」
ちなみにアインズ様が部屋に来た理由はただの挨拶です。
『てめー今度はちゃんと連絡しろよ』って釘差しも兼ねてたり