勝手に戦え
「それじゃあのどか、また明日です」
「うん、じゃあねーゆえー」
親友の綾瀬夕映に別れをつげ、女子寮の自分の部屋に戻る。
扉を閉め、鍵をかける。ここだけが、この世界で自分が唯一落ち着ける場所。
無理を言って一人部屋にかえてもらえたのがよかった。でなければストレスで死んでしまう。
「はぁー、疲れるったらねーなー」
無意識に出した声も、どこかおっとりキャラの色が抜けきっていない。
この数か月、元の宮崎のどかの話し方を真似るように、かわいらしく間延びした声を出すよう気を張っていた成果だろうか。
歩きながらブレザーを脱ぎ散らかし、制服のネクタイを緩める。
鏡の前にたどり着くと、そこには煽情的な格好の宮崎のどかがいた。
オレはいつものように、たまった鬱憤をそこにぶつける。
「お前が……お前が悪いんだぞ……はぁっ」
鏡の中の少女を罵倒し、いじめる。
身体を奪ってしまった自分の罪を、彼女になすりつける。なぜなら自分は宮崎のどかで、宮崎のどかはもう自分だからだ。
内気で大人しく可愛らしかった漫画のヒロインである彼女はもう、いない。頭のてっぺんからつま先、脳みその中身まで、オレに成り代わられてしまったのだ。
かわいそうに。でも……お前が悪いんだ。
「はいぃ……わたしが、いけないんです……っ」
長い前髪から覗く瞳が濡れている。紅潮した顔を見て加虐心が刺激される。しかしこれは自分のカラダだ。被虐心を突かれ、お腹の奥でよくわからない感情が響く。
こうして本人の記憶から彼女を再現すると、より気分が昂った。
何一つ悪くない、むしろ被害者である少女自身の口にこうして好き放題言わせることで、自分の中の支配欲が満たされていく。
本物の宮崎のどかは、こうしてオレが演じてやらなければ、どこにもいない。生まれてからこれまでの綺麗な思い出がこの脳みその中にある。だから誰ひとり、親友でさえ、宮崎のどかが消えたことには気づかない。
気の毒なことだ。
だけど、お前は原作で活躍し過ぎだ。オレがお前を演じなければ、ハッピーエンドにたどり着けないかもしれない。
そんな仕事を押し付けるなんて、悪い女の子だ。
図書館島の探検で鍛えたのどかの体力がつきるまで、毎日そうやって過ごす。
最近はテストの成績が下がって来て、クラスメイトや先生に心配されている。宮崎のどかの成績は学年でも上から数えた方が早かった。
それは仕方がない。努力家だった彼女の中身はオレになってしまったのだ。中学生の勉強など楽勝だと思っていたが、なめてかかってサボっていると案外難しい。
成績を元の順位まで上げようとも思ったが……どうせこの世界のハッピーエンドに学校の成績など関係ない。ならガス抜きした方がいい。
のどかの日課だった宿題や予習復習を放り投げて、眠くなるまで鏡の前にいた。
ネギ先生が担任になり、いくらか経った。
すでに自分たちは中学3年生にあがり、じきに修学旅行がある。
いよいよ宮崎のどかが大きく本筋に関わってくるころだ。ネギ先生と仮契約して従者となり、彼を助けなければならない。
主人公であるネギは幼く可愛らしいが、あいにく原作ののどかのように恋愛感情はない。好きなふりはしているが、この演技は中々に苦痛だ。いっそ何もかも無視して自分の好きに過ごしたい。だが、のどかがいずれ手にする能力は原作の重要なピースだ。欠けてはいけないものだと思う。
朝のホームルームで、ネギ先生を眺めながら嘆息する。彼に、彼らにうまく幸せな世界にたどり着いてほしいという気持ちは嘘ではない。
「そうだ、今日から新しく赴任した先生が、このクラスの副担任をしてくれるそうです」
「……ん?」
新しい副担任? そんな話あったかな。
原作で描かれていないような、どうでもいい出来事だろうか。
「天我・ブラストカイザー先生です」
紹介を受け教室に入ってきた青年の姿に、教室がざわめいた。
…………なんだ、あれは。
つんつん跳ねた髪の色は銀色。そして瞳の色が左右で異なり、青と赤だ。3Dメガネか?
顔の造形は芸能人もかくやという出来。となりに10歳のネギ先生がいるからわかりにくいが、まだ10代後半の高校生から大学生くらいにも思える若さだ。
そんなものを女子中学生の群れに投入すれば、混乱は必至である。
いや、そんなことより。
……誰だ?
あんな目立つキャラクター、魔法先生ネギまにはいないぞ。
ま、まさか。
『オリジナル主人公』か……!?
そんなバカげたこと、あるはずがない。そう思いたいが、自分の存在を考えると何も言えない。
出会ってはいけなかったものに遭ってしまい、焦燥感のようなものを覚えた。
そして。その口が開かれる。
「どうも。天我・ブラストカイザーです。よろしく」
あいさつと共に、青年が笑顔を作った。
その瞬間。
教室が歓声に沸いた。
それだけじゃない。
彼以外の景色がぼやける。心臓がギアを急激に上げ、一瞬で耳まで熱で火照る。
まず驚いたのは、自分の喉から黄色い声が出ていたことだ。我に返り、愕然とする。
こんなことはありえない。自分の精神は男だ。原作が終わったら誰かと同性婚でもなどと思っていたくらいには、それを改める気はない。
天我とやらから目が離せない。身体が、ヤツに女としてアプローチしろと訴えてくる。
……魅了のたぐいか? ふざけるな。こんなやつが現れたら、原作はどうなる。これからどう行動したらいい。
なんとかして排除するしかない。あいつは、自分以上に、原作を破壊しかねない。
襲ってくる自分のものでない感情に抵抗するように頭を振り払い、ヤツを睨んだ。
それから数日の間、観察を心掛けた。
どうもやつの魅了術は、対象に笑顔を見せることでかけるものらしい。よくあるやつだ。
視界に顔を入れなければ対処可能だ。オレは前髪で視線を隠し、やつが正面にいるときは、首から上を見ないよう努めた。
おかげでクラスの連中に比べると、魅了のかかりは浅いようだった。
あれからしばらく経って、クラスの様子はずいぶん変わっていた。
恋愛に興味無さそうなタイプ……桜咲刹那や超鈴音といった連中すら、あの男には好印象を抱いているようだった。会話のあとにぼーっと目で後を追う姿を見たことがある。
ネギ先生や大人たちにも信頼されているようだ。さらにあのエヴァンジェリンですらあれと親しく会話していたのは、正直ショックだった。
ただ、どうも神楽坂明日菜だけは彼に興味がないようだった。
彼女には敵意のある魔法や有害な魔法は効かない能力があったはず。あの魅了能力は魔法の範疇なのだろうか? だとすれば、打ち破る方法もないこともなさそうだ。
もしかしたらアスナがめちゃくちゃオジコンなだけかもしれんけど。
放課後。考察をしながら校内を歩く。
あの男の力への対抗策、原作からどれだけずれてしまうのか、その場合どう立ち回るべきか、など。
そうしてぼうっと歩いていたせいか、曲がり角で人にぶつかってしまった。宮崎のどかになってから、そういうことが多い。
鞄の中身がぶちまけられる。相手に謝りながら急いで回収していると、頭上から声がした。
「宮崎は危なっかしいなあ」
若い男の声。それは甘く響き、耳からしみこむように脳を侵した。
おもわず顔をあげ――ようとして、うつむく。顔面を直接見てはいけない。一緒になって拾ってくれるのは普通ならありがたいが、こちらにとっては気の抜けない時間だった。
鞄の中身を拾い終え、互いに立ち上がる。腹のあたりを見つめながら、目も合わせずにお礼を言った。宮崎のどかは恥ずかしがり屋なのだから、この態度は自然だろう。
よし。
これだけ至近距離でも、この対策は有効だ。笑顔で発動する魅了など恐れるに足らない。
「いいよ、気にすんな、ほら」
相手が何やら動く気配を感じて、不安に襲われる。
笑顔で落とす。よくある能力だ。オリジナル主人公の標準装備。
でも……それって、ほかに、種類がなかったっけ?
彼の手のひらが、自分の頭を撫でた。
気付いたときには遅い。
多幸感で脳がぶっ壊れる。この人に自分の全てを捧げたいという気持ちが、こんこんと湧いてくる。
頭の上にそっと乗せられた手はその実、脳みそを洗い流し、心臓を直接つかむ呪いの手だ。
触れられた瞬間から早鐘を打つそれは、自分の意思でどうにかなるものではない。
いつまでもこうしてほしい。そうねだろうとして、顔を上げた。
「じゃあな」
既に彼は、こちらに背を向けていた。
思わずその場にへたりこむ。あいつの魅了は、顔だけじゃなかったのだ。
「なんだと……」
数日が経った、放課後。
下駄箱に、自分の靴以外のものが入っている。
「のどか? どうしたのですか?」
「あ、ううん。なんでもないよーー……」
先生に頼まれごとをされていたことを思い出したので、先に帰ってほしいと友人2人に伝える。
当然手伝うと言ってくる。面倒なのでさっと会話を切って別れの挨拶をした。
人気の無い場所へ隠れ、下駄箱の中に入っていた手紙を確認する。
内容は。
伝えたいことがあるからどこぞに1人で来てほしい……という、テンガ・なんとかかんとかからの呼び出しだった。
「いかれてんのか?」
生徒に手を出すのが早すぎるだろ。大学で遊びまくっていた教育実習生じゃあるまいし、あいつの頭には服務規程という言葉が無いのか?
いや、年齢も20代かどうかも怪しいし、この例えはあながち間違いじゃないかもしれない。
……どうせハーレムでも築こうと企んでいるのだろうと観察していたが、魅了をそこら中に振り撒いてはいても、まだ誰にも手は出していない様子だった。いずれこういう動きをするだろうとは思っていたが……
まさか最初が自分だとは。
まあ宮崎のどかはヒロインの中でも人気はある方だと思う。なによりその容姿や言動の魅力は自分が誰よりも知っている。こうなるのも無理はない。
「………」
無視……かな。今日のところは。
のこのこと行くのは上策ではない気がする。少なくともやつの魅了に対抗できる方法を考えてから臨むべきだ。
そしてこっぴどくフッてやることができれば、溜飲も下がる。
この手紙は部屋で燃やして捨てるか。さっさと帰ろう。
「あ、いた」
「!?」
弾むような声がして、思わず身を固くする。
し、しまった。
何が間違いだったかと言えば、みんなと別れて1人になったことだ。ラブレターらしきものを秘密に、なんて、普通の学生のようなことをしてしまった、
「場所はもうここでいいか」
そう言ってぱちんと指を鳴らした。やがて放課後の校舎の喧騒が、どんどん遠くなっていく。
察するに、人払いの魔法か何かでも使ったのだろう。
まずい。
ここで告られるッ!!
「あ、あのーー……先生、わたし用事が……」
「宮崎、大事な話があるんだ」
真剣な声音が胸を打つ。それだけで何故か逃げられなくなった。
顔を見ないようにうつむき、触れられないように両手を警戒する。
落ち着け。魅了される前にごめんなさいと告げ、走って逃げる。これで解決だ。そうであってほしい。
もう目は付けられている。フラれてまで自分のものにしようと追いかけてくるやつではないことを、祈るしかない。
「その……出会ったときから、君のことが――」
緊張からか、心臓がうるさい。
「――好きなんだ!」
「え……」
警戒など、素通りするかのように。
いつの間にか、やつの腕に抱きしめられていた。
「あっ。あっ、あっ……」
優しく包む腕、匂い、声、見上げたところにある顔。そのすべてが、これまでの自分を溶かす毒だった。
強い不快感が、まったく違うものに書き換えられていく。それが怖い。怖さも、やがて幸せに変えられていく。
「わたしも……す、好きですぅ……先生ぇ」
宮崎のどかというメスの身体はあっという間に屈服した。
彼と結ばれたという幸福の刺激に、脳がバチバチと悲鳴を上げる。もう元には戻れない。
いや、屈服したのは自分だ。
そのせいで、ネギ先生に一途だった宮崎のどかは、もう影も形もなくなってしまった。
オレに成り代わられて。その上でこの男に侵された。
もうこれからどうしたらいいのか、わからない。
安心を求めるように、相手の背に腕を回し、しばらくそうしていた。
「ねえ。どこかもっと、二人きりになれる場所に行きませんか?」
夕暮れ時は過ぎ、日が落ちていく。
オレは男の腕を胸に抱き寄せ、手のひらは恋人繋ぎをする。身体を寄せて、耳元でささやいた。
「一生他の子に手を出さないなら、わたしがなんでもしてあげますよ……」
もう宮崎のどかのふりをするのはやめた。
彼のだらしない嬉しそうな表情を見て、嗤う。バカな男だ。それが愛おしい。
最初に自分に手を出したのが落ち度。ハーレムなんて考えもしないように変えてやる。
自分を落とした代償は支払ってもらう。宮崎のどかをやれない分、ハッピーエンドのために働いてもらう。
絶対に逃がさない。一緒に幸せになってもらおう。