気づいたら竜種に転生していた件   作:シュトレンベルク

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闘技大会本戦Ⅲ

 総ての一回戦が終了し、準決勝が始まった。

 そこには【閃光の勇者】マサユキと【双星】ユキの試合が始まろうとしていた。一般客からはユキの途轍もない強さは分かっていたが、それでも勝つのはマサユキだろうと思っていた。逆にごく一部の実力者の間ではユキが勝つだろうと思っていた。

 

 無理からぬ話だろうとヴェルディアスは思っていた。マサユキの有するユニークスキルは圧倒的な強者に対しては役に立たない。あくまでも究極の領域に至らぬ者にしか効果を発揮しないだろう。だが、だからこそその範疇に入らない者に対する効果は絶大と言える。

 圧倒的なまでのカリスマとも称するべきスキルであり、その力は眼を見張るものがある。とはいえ、究極の領域に立つ者であれば意味はないし、どれだけ多くの弱者が集まろうとそれだけでは何の意味もない。強者の暴虐によって簡単に蹴散らされてしまう。

 

 もしも、そのカリスマを活かす事の出来るスキルを得たのなら……化ける。だが、それは今ではない。人類側の希望ともいえる存在である【勇者】の称号を名乗る彼がこの局面をどう乗り切るのか、ヴェルディアスは少し期待をしていた。

 

「それでは準決勝第一試合!【閃光の勇者】マサユキ対【双星】ユキの試合を開始します!」

 

 そのかけ声と共に試合が始まる。マサユキがユキに向けて言葉をかけようとした瞬間、マサユキの地面に一筋の亀裂が奔る。マサユキは足元に突如として刻まれたその傷に眼を見張り、次にユキに視線を向ける。その手元には光を纏う剣が握られていた。

 目元こそ隠れているが、その口元には微笑を携えていた。その微笑は自身の攻撃を躱した勇者への称賛であるかのように周囲には見え、マサユキ本人からすれば死神の笑みにすら等しい恐怖を感じさせた。

 

「勇者殿、無駄な問答など止めましょう。この場は己が武威を披露する場所でしょう?ならば、戦いましょう。それが【勇者】を名乗るあなたの使命でもあるのでしょうし、ね?」

 

 その言葉と共にユキの猛攻が始まる。その剣戟の速度を見切ることが出来た者はごく一部であり、英雄戦士団の戦士たちもその技量の高さに感嘆のため息を吐いた。しかし、次第におかしなことに気付き始めた。そう、ユキの攻撃の総てがマサユキに当たっていないことに。

 

「どういう事だ?あの勇者殿が攻撃を受け流しているようには見えないが……まさか、我々でも視認しきれない速度で行動しているとでも言うのか?」

 

 マサユキの周囲は既にズタズタとなっており、マサユキの周囲5メートル圏内以外では傷が残っていない場所を探す方が難しかった。その破壊をユキ一人が行っており、その技量の高さをまざまざと見せつけている。だからこそ、無傷であるマサユキの姿が逆説的に証明されていた。

 

「ふむ……これはどういう事なのでしょう?」

 

 ユキ自身、何かしらの異常を感じていた。ユキの剣はマサユキの剣には触れていない。そもユキの剣は防ぐという行為を許さない必滅の魔剣だ。同質かそれ以上のエネルギーを内包した攻撃か衝撃波によって吹き飛ばすなどの手法でもなければ、この一撃は防ぎきれない。

 そういう物なのだ。だからこそ、放たれたが最後、標的を傷つけるのはほぼ確定路線なのだ。だからこそ、おかしいと言わざるを得ない。もう既に両手では数えきれない量の攻撃を放っている。しかし、その攻撃はマサユキではなく地面を削るばかり。その事実は不可解であると評さざるを得なかった。

 

 ユキは攻撃を止め、マサユキと距離を取る。思考がまとまらないので少し考えるためだったが、誰もがユキの一挙手一投足に注視しており思考はまとまらなかった。周囲に視線だけを向け、次にマサユキに視線を向け、最後にため息を吐きつつ剣を鞘にしまい両手を上げた。

 

「降参です。これだけ攻撃して凌がれたのです。これ以上はどうしようもない」

 

「け、決着~!勝者は【閃光の勇者】マサユキ~!決勝戦進出です!」

 

 審判の判定にその場にいた観客たちが沸き上がる。西方諸国においてかなりの知名度を誇る【閃光の勇者】。その二つ名の由来は誰も彼が相手を倒した姿を見たことがないという物。その攻撃は依然として見る事は出来なかったが、その技量の高さを目にすることが出来ただけに興奮も一入だった。

 

「すげぇ!流石はマサユキ様だ!あれだけの攻撃をいなし続けてたのか!?【閃光の勇者】の二つ名は伊達じゃないな!」

 

「そうだな!あの姉ちゃんも相当な実力者みたいだが、やっぱりマサユキ様には敵わなかったみたいだな!」

 

「何言ってるのよ!あのマサユキ様を相手に攻撃を許さなかったのよ?ユキ様も【勇者】パーティーの一員として相応しい実力者じゃない!」

 

「確かに!あの二人とパーティーメンバーなら魔王リムルにも勝てちまうんじゃないか!?」

 

 好き勝手に言う民衆に対し、六星竜王の反応は白けていた。率直に言って、他のパーティーメンバーを含めたとしても幹部陣営と魔王リムルを相手にして勝てるとは思えないからだ。あれだけの面子を前にして勝利する事が出来るほど、連中の実力は秀でていない。

 

「好き勝手に言ってるわね~。クレイマンぐらいなら勝てたかもしれないけど、覚醒魔王級の相手にそう易々と勝つことなんてできる訳がないでしょうに」

 

「まぁ、実力差が分かっていないから口にできる戯言なんでしょうけど、聞いていて心地のいいものとは言えないですね。魔物と人間の融和……そんな夢物語を現実にしようと思って行動している者の前で言う事ではないと思います」

 

「所詮は弱者の戯言。気にしすぎても仕方がないだろう」

 

「それもそうですね。しかし、あの勇者殿……アレは一体……?」

 

 ユキの攻撃の一切が通らなかった理由はその場にいる六星竜王たちですら分からなかった。だからこそ、その視線が主たるヴェルディアスの方に向いた。ヴェルディアスは眉をひそませながら沈痛な面持ちを浮かべていた。ヴェルディアスにはあの防御のカラクリが分かったからだ。

 

「ヴェルディアス様、どうかされましたか?調子が悪いようでしたら……」

 

「いや、そういうのではないよ。ただ、少し思うところがあっただけでな……エルピス、いるか?」

 

「はっ、ご主人様。エルピス、御身が前に罷りこしましてございます」

 

 ヴェルディアスの言葉にどこからともなくエルピスが現れ、膝をついていた。突如として現れた女の姿に戦士たちが身構えようとするも、ミュリアが片手を上げて止める。戦ったとしてもただでは済まない事が目に見えていたからだ。

 ヴェルディアス配下の中には悪魔も天使も存在する事は知っていたが、これほどまでに戦士として完成されている個体をミュリアは初めて見た。その身体能力はごく一部の例外を除き、随一と称しても遜色ないだろうと思っていた。

 

「あの子に声をかけておいてくれ。久方ぶりに話がしたいからな」

 

「かしこまりました。もしよろしければ、その後にお時間を頂戴できますでしょうか?」

 

「俺か?あの子のか?」

 

「あの不肖の弟子の時間でございます」

 

「それは俺に聞くことではないな。あの子に直接確認を取りなさい」

 

「失礼いたしました。それでは連れてまいります」

 

「穏便にな。急いでいる訳でもないし、この祭りが終わった後でも構わないと伝えておいてくれ」

 

 かしこまりましたと告げるとエルピスは立ち上がり、瞬きをした次の瞬間には影も形もなくなっていた。まるでその場にいた彼女の存在が夢想か何かだったのではないかと思ってしまうほどに。しかし、実際に彼女はそこにいた。それは疑うべくもない事実だった。

 

「凄まじいですね、彼女は」

 

「エルピスか?そうだろうな。魔法のエレボス、武技のエルピス。あの二人はこと専門分野では他者の追随を許さない。エルピスの技量を前にしてはアレクとて勝つことは至難だろうしな」

 

「勝てない、とは言わないのですね」

 

「まぁな。アレクは今も成長途上だし、究極の領域にたどり着く頃には対等か圧倒しているかもしれん。お前もエルピスに負けるとは思っていないだろう」

 

「技量自体はそこまで遜色はないと思っていますが、負けないとは思っていません。十本勝負をすれば2,3回は負けるでしょうし」

 

「その程度しか負けないと言っている時点で、エルピスも形無しだろうな。だが、俺の弟子である以上は全勝する勢いを持ってほしいがな」

 

「むろん、戦う以上は必勝の意思を持って戦います。しかし、客観的に見て彼女がそれだけの実力を持っている事は否定できませんから。師匠とて彼女と相対して一本もとられないとは言い切れないのではありませんか?」

 

「ただ当てるだけの戦いならばそうだな。あの子の速度は時に俺の認知を上回りうる。しかし、俺はあの子に負けると思ったことはないよ」

 

 それこそヴェルディアスの絶対の自信。かつての生涯において、個人の武勇という意味で【不敗】を貫いた絶対強者の威厳だった。多くのモノを砕き、多くの存在を喰らってきた武技の怪物こそが彼であるが故に。その経歴は多くの者の頂点に立つに相応しく、その経験値はこの世界では追随を許さない。

 ヴェルディアスの本来の姿――――竜種としての姿よりも今の人間態の方が恐ろしい理由。誰よりも力を持ちながらも、その全力を揮うよりも人間態の武威の方が恐ろしい。神の権能をも上回る人の武威、その極地の体現者足るが故に、彼は畏怖されてきたのだから。

 

 多くの魔物を討滅してきた最強の竜種でありながら、その姿は竜種としての姿ではなく人間態としての姿で語られる。多くの臣下を抱えるヴェルディアスだが、その真の姿を知る者は本当に数が少ない。六星竜王とアリーシャ、そしてミュリア以外にその真の姿を知る者はいないだろうと言えるほどに。

 

「多くの時間を生きてきた俺にとって、武技は果てに至った。魔法もまた同様に。スキルは今だ果てを見ないが、それもいずれは至るだろう。だからこそ、その道中にある者を育てるのは楽しい。お前たちが、俺に続く者たちがいずれその極みへ至る事こそ俺の望みなんだ」

 

 多くの困難と試練に立ち向かい、ソレを踏破して成長する姿が好きだ。誰もが困難を前にすれば足をすくませてしまう。それでも尚、その困難に立ち向かい踏破していく姿こそ最も尊い物だと思っている。だからこそ、その道を進んでいける者こそヴェルディアスは尊ぶ。

 それはそれとして、先達を名乗る者としてヴェルディアスにも意地がある。後に続く者には負けられないと、ヴェルディアスは振る舞う。誰もが届かないと思わせるような高みに居続けなければならない。何故なら、目標は高ければ高いほど目指す甲斐があるという物なのだから。

 

「お前とて、俺にその刃を届かせる事を諦めた訳でもないだろう?だったら、弱気な言葉を吐くな。俺はお前を古今東西無双の勇者になりうると見込んで弟子にしたんだ。その判断を間違いだと思ったことはない。いつまでも俺の二番手を重んじるような行動をするな。

お前はルドラ無き今、世界の誇る最強の勇者。ならば、後進に立ち塞がる勇者としてその名に恥じぬ者であれ。今のお前がそうだとは、俺はとてもないが言えん。自身の在り方をもう一度強く見直した方が良い」

 

「師匠……」

 

 アリーシャにそう告げるヴェルディアスの言葉には深い悲しみが刻まれていた。古くからの旧縁であり、自身の友であった男が逝った。その事実を自身の口から出さなければならない事が何よりもヴェルディアスの心を虐げる。久しく感じていなかった彼の嘆きを、アリーシャは聞いた気がした。

 

「ヴェルディアス様、御身の威光を必ずや我らが体現して見せましょう。ヴェルディアス様が心中に抱えていらっしゃる不安も我らが拭い去ってみせましょう。ですから、どうか、我々をお使いください。もとより我らは御身のために存在しているのですから」

 

「…………ありがとう、ミュリア。その心意気、ありがたく思う。けれど、お前はお前たちの守るべきものを守れ。それがひいては俺のためになるからな」

 

「……ヴェルディアス様の御心のままに」

 

 ミュリアは直接的にヴェルディアスの力となることが出来ない事を嘆くも、結果的にその力がヴェルディアスの力となることが出来るのだと知れるとその嘆きを修めた。そして、これまで以上に力をつける必要があることを理解した。

 ヴェルディアスのため、その目的に徹頭徹尾尽くすためには今のままではいけない。これまで以上にもっと力をつける必要がある。ミュリアを始めとした英雄戦士団の戦士たちにそう思わせるにはヴェルディアスの態度は十二分すぎた。

 

『どうなるにせよ、まだ足りない。今の戦力とセリオンの戦力だけでは足りない。もっと、もっと戦力が必要となるだろう。さて、どうするべきか……』

 

 心中でそうぼやきながらエルピスの帰りを待つヴェルディアスだった。

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